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2006年11月23日 (木)

教育基本法改正の疑問

 教育基本法改正が大詰めを迎えている。これについては民主党も、独自の改正法案の提出をしており、その内容は政府案より「伝統的・保守的」な部分を含んでいて、与党の「ねらい」とするところとも重なっているから、本法案は、今国会で成立する可能性が高い。

 しかし、この件については、市川昭午氏が、先の教育基本法の改正を審議した中央教育審議会において異議を申し立てて以来、極めて重要な問題提起をしており(『教育基本法を考える』教育開発研究所、「考察・教育基本法の改正 法律で心を律すべきか」『教職研修』2006.3~)、そこには、今後の日本の教育を考える上で見過ごせない論点が含まれていると思うので、あえて、この問題を論じておきたい。

 また、この問題については、かってイザヤ・ベンダサンが「教育勅語と日本人」(『諸君』1975.4)というテーマで論じたことがある。氏は、ここで、教育勅語の問題点を、日本の三教(神・儒・仏)合一論以来の伝統思想である「治教一致」の問題とする興味深い指摘を行っており、戦後、「一国の政治ルールを規定するにすぎない憲法や(教育)基本法が教育の依拠すべき基盤と見なされる」ようになったことを、「明治の教育方針がついに行きつくところまで行きついた」と評している。

 実は、ベンダサンがこの指摘を行った頃、平和憲法や教育基本法を盾に「民主教育」や「平和教育」などの戦後教育の正当性を主張し「教育裁判闘争」を展開していたのは、日教組をはじめとする革新勢力であった。市川昭午氏は、当時のこうした風潮を批判し、「行政権力による教育干渉に抵抗する人々が、教育の本質をこともあろうに国家権力によって裁定してもらおう」と教育裁判に訴える矛盾を鋭く指摘するとともに、裁判官が「個人的な人生観や世界観を述べるのは可能な限り抑制すべき」とも説いていた。(『教育行政の理論と構造』教育開発研究所s50)

 実は、今回の教育基本法改正は、こうした当時の革新勢力の運動の「裏返し」としての性格が強いのである。つまり、法律=教育基本法に「教育の本質」を規定することによって、他律的かつ強制的に、政府ないし行政府が期待する教育の実施を求めることを可能にしようとしているともいえるのである。市川昭午氏はこのことを「法律で心を律すべきか」という言葉でその問題点の大きさを指摘している。

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