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2008年5月

2008年5月13日 (火)

「司馬史観」そんなものはない

 一般的に「司馬史観」などといわれていますが、谷沢栄一氏は、そのようなものはない、といっています。司馬自身は、氏にあてた手紙の中で「諸欲を・・・ゼロに近い近似値にまで近づけていって、百態のものや疼き、心、謎を見たいということだけが、小生を創作へ動かしている持続的な動機だろう」と言っています。そして谷沢氏はそれを「史観」というより「人間観」といった方が良いと言っています。(『封印の近現代史』)

 私も、正確に言えば、昭和を「日本史の異体」といった司馬の言葉を「司馬史観」という言葉でくくるのは、適切ではないと思います。それは、その時代の人物像を明治時代の人物像と見比べたとき、司馬の目には、まるで「異体」のように見えたということに過ぎないと思います。

 また、谷沢氏も、明治時代の日本とそれ以降の日本とでは、とても同じ国とは思えないほどである、といっています。それは、明治時代の日本は弱小国で、国際法とか国際関連とか、そういうことに対しては絶対守らなければならないという慎重な姿勢があったが、つまり、日露戦争あたりまえまでは、まさに処女の如くであったが、その処女が、日露戦争に勝った瞬間あばずれになった、と。

 つまり国民全体がその思わぬ勝利に舞い上がり傲慢になったのですね。そして、その分だけ自分が見えなくなり、その後の国際関係に適切に対応できなくなり、本来ソビエトに備えるはずの戦略が、中国と戦いアメリカと戦うはめになったということです。

 この日露戦争以降の日本人の「心の動き」をどう理解するか、そこに表れた日本人の弱点をどう克服するか、それが私たちに遺された課題だと思います。その意味では、やはり、あの時代を「異体」として切り離すのではなく、自分たちの民族性の一部と捉える視点が大切だと思います。

 そして、そのためには、自分自身を一度その時代において考えてみる必要があると思います。私がHP「山本七平学のすすめ」でまとめた山本七平の「戦歴」はそれを追体験する上で誠に貴重な記録だと思います。おそらくあの時代に生まれ合わせていれば同じように行動しただろう、といっても、とてもあんな記録は遺せませんが・・・。   
 

2008年5月 9日 (金)

書評「司馬史観と太平洋戦争」

 潮匡人の「司馬史観と太平洋戦争」を紹介したところ、高妻さんより、それは司馬遼太郎が「坂の上の雲」で展開した乃木の203高地戦に関する批判についてのものかとの質問がございましたので、追記しておきます。

 潮匡人の司馬批判の論拠は、乃木の旅順攻略戦の評価に関するものではありません。簡単に言えは、司馬は、日清、日露戦争は「どう考えても、この戦争は祖国防衛戦争」であり、「明治政府の軍備の思想は、それなりに機能した」と評価しているのですが、昭和の戦争については、「あんな時代は日本ではない。と理不尽なことを、灰皿でもたたきつけるようにして叫びたい衝動が私にある。日本史のいかなる時代とも違うのである」としていることについて、潮は、その見方は公正を失しているのではないか、と次のように言っています。

 「私には、大東亜戦争こそ『自存自衛』の戦いであり、経済制裁措置を受けた『多分に受け身の戦争に思える』・・・もし、先の大戦が『侵略』なら、日清戦争は明らかな謀略であり、侵略ということになろう。日露戦争とて無罪ではない。なぜ、日清・日露を美化し、昭和の戦争だけ貶めるのか、その感覚がわからない。」

 ここで問題となっているのは、昭和の戦争を司馬のように「日本史における『異体』」と見ることができるかどうか、ということなのです。潮が言っているのは、それはあくまで日本文化の連続性の中でとらえるべきだ、ということで、昭和の悲劇を「宿命」ととらえる視点の重要性を指摘しているのです。

 このことに関して小林秀雄は次のように言っています。
 「戦の日の自分は、今日の平和時の自分と同じ自分だ。二度と生きてみる事は、決してできぬ命の持続がある筈である。無知は、知ってみれば幻であったか。誤りは、正してみれば無意味であったか、実に子供らしい考えである。軽薄な進歩主義を生む、かような考えは、私達がその日その日を取替しがつかず生きているという事に関する、大事な或る内的感覚の欠如からきているのであります。」(「私の人生観」s24)

 そこで、山本七平ですが、彼は、ここにおける歴史の連続性を思想史的に解明したのです。つまり、明治維新というのは「尊皇思想」という、朱子学によって「掘り起こされた」復古思想がもたらした日本史における唯一のイデオロギー革命であり、この革命思想を明治以降思想的に精算できなかったということ。結局それが西郷とともに地下に潜り、これが昭和の危機の時代において噴出し制御不能となったという、その日本史における思想史的連続性を論証したのです。(といっても、山本の旧日本軍批判は、前回紹介したとおり「日本人による最も厳しいもの」であることに違いはありません。)

 この点において、司馬と山本は根本的な昭和史に関する認識の違いを示しており、二人の最後の対談では、司馬は終始、山本にではなく記者に顔を向けて話をした、とも伝えられています。

 ところが、今日昭和を語る識者のほとんどがこの「司馬史観」に基づいて昭和を語っているのです。要するに、この時代の戦争の「悲劇性」に対する想像力を失い「まるで他人事のように」昭和を語っている、このことに潮は抗議の声を発しているのです。

 看過できない重要な視点であろうと思います。

ところで、高妻さんの言及された、司馬の乃木批判ですが、wikipediaには次のように書かれています。
 「日露戦争時の乃木、特に旅順攻略戦に対する乃木の評価は識者の間だけでなく、歴史好きの人たちの間でも度々議論になっている。乃木無能論は日露戦争当時からあったが、これが一般的になったのは、やはり司馬遼太郎の『坂の上の雲』によってであろう。乃木について厳しい評価をした司馬の『坂の上の雲』発表後すぐに、乃木擁護論が発表されるなど大きな議論ともなった。

 第二次世界大戦以前、乃木は彼自身の名声と軍部の情報操作もあって、軍神となったある種の信仰の対象であり、『坂の上の雲』発表当時もまだ乃木に対する評価は高かった。一方、より多くの部下を戦死させたほうが、活躍した将軍であるという偏屈な視点を、明治の日本人に植えつけたとも評され、現在も議論は続いているが平行線となっている。乃木の評価の大部分は人格的功績や軍人精神などにあり、必ずしも軍事的才能ではない事なども要因である。近年では、旅順攻囲戦の勝利や、奉天会戦での活躍など、乃木の軍事的な才能も再評価されている。」

 実はこの乃木の人格は西郷とも通じるものがありその「悲劇性」も共通しています。そして、この心情は現代の私達にも通じるものであり、これが昭和の悲劇にも通底しているとすると・・・。これが昭和の戦争の理解を困難にしている最大のポイントで、そして、それを思想史的に解明したのが実は山本七平だったのですが・・・まあ、あわてずゆっくり話を進めていきましょう。

2008年5月 1日 (木)

山本七平回顧展のことなど

 10日ほど所用で東京・千葉に滞在しました。4月20日には神奈川近代文学館で開催された「山本七平回顧展」に行きました。展示資料の一つに、手塚治虫から山本七平にあてられたすてきな年賀状があり、次のようなキャプションが添えられていました。

 手塚は、1988年10月に熊野で開かれた日本文化デザイン会議(「21世紀の日本をグランドデザインする」ことをコンセプトに、翌1980年、梅原猛を代表に、黒川紀章、高階秀爾、栗津潔、草柳大蔵、山本七平、吉田光邦らが集まり「日本文化デザイン会議」が発足した)に講師として招請されたとき、半蔵門病院に入院中でしたが抜け出して出席し、会議の後のパーティーで山本に「あなたを心から尊敬していました。先生の本を愛読しています」と言い「お会いできて、もう思い残すことはありません」と語ったそうです。手塚はこの3月半後に亡くなりました。

 また、靖国神社の偕行文庫(旧軍関係の重要史料が多数収蔵されている)で、例の「百人斬り競争裁判」の判決に大きな影響を与えた望月五三郎の『私の支那事変』のコピーを入手しました(朝日新聞がこの文庫でこれを見つけ「百人斬り競争」を直接目撃した証拠史料として裁判所に提出したもの)。この史料批判については「竹林の国から」でも言及しましたが、これで全文読む事ができますので、後日その結果を報告したいと思っています。

 また、旅行中、潮匡人の『司馬史観と太平洋戦争』を読みました。司馬遼太郎の日清・日露・太平洋戦争観の不公正さを指摘していて、大変おもしろかった。またこの本の中で、山本七平の『一下級将校の見た帝国陸軍』を日本人による最も厳しい旧日本軍批判と言い、その数ではなく「言葉の力」を信じた言論〈すべてを奪われても、なお、自分が最後の一線で渾身の力をふるってふみとどまれば、万人に平等に与えられている唯一の、そしてほんとうの武器がなお残っていること、それは言葉である──『私の中の日本軍』〉、その「守るべきものがある」「群れる必要のない」言論を高く評価しています。

 極めて重要な問題指摘であり、また、その山本七平の言論についての評価も的確だと思いました。良いヒントが与えられたと感謝しています。そろそろ、ブログの書き込みを再開したいと思っています。

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