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2009年7月19日 (日)

なぜ麻生自民党は国民の支持を失ったか――見失われた「構造改革」の旗印

 自民党が、”がけっぷち解散”とも”やぶれかぶれ解散”とも何とも名付けようのない奇妙な解散に追い込まれようとしています。麻生首相はなお「政策は間違っていない。堂々と胸を張っていい」と強気ですが、例の鳩山氏が「南北朝もあり得る」といっているように、今後は、政権公約=マニフェスト作りをめぐって、なお一波乱、二波乱ありそうです。
 
 麻生首相の問題点は、私は、小泉首相以来の「構造改革」の旗印を見失ったことにあると思っています。最近は、この「構造改革」の意義が「格差問題」の提起によって見えにくくなっていますが、問題は「格差問題」があるから「構造改革」はダメだ、ではなくて、「格差問題」は「構造改革」を進める中で解決するほかないのです。

 というのは、この問題を考える際に忘れてならないのは、小泉首相が推し進めた「構造改革」の根底には、”自民党をぶっ壊す”戦略があったということです。これは、日本の戦後政治の、いわゆる「55年体制」の中で確立した、政・官・業癒着の「政治的分配の口利き」政治を終わらせ、内閣主導の政治体制を確立しようとするものでした。

 これがどれだけ困難な仕事であったかは、今日でも郵政民営化問題がくすぶっていることを見てもよく判ります。もちろん、この問題は、郵政問題だけではなくて、道路、農水、文教、厚生などの族議員を含む、いわゆる田中派「総合病院」体制につながっていました。そしてこの体制への資金供給源となっていたのが、郵貯・簡保などの財投資金だったのです。

 こうした財投資金による「政治的分配の口利き」体制を完成させたのは、いうまでもなく田中角栄でした。それがどのようなものであったか、田中直樹氏は次のように説明しています。

 「郵政事業を通じての利権構造作りがねらったものは『票とカネ』を同時に引き出すことであった。さらに郵貯・簡保から財投機関に対する資金の環流の中で、道路に代表される公共事業が政治資金作りにおける実質上の財源の位置につくことになる。自民党の族議員といわれる分野別専門性を示すグループのなかで、道路、郵政、農水、文教、厚生の『五族』は圧倒的な存在感を示し、政治による経済価値の配分構造の中核を形成した」(「〇五年体制」の誕生と衝撃」中央公論2005.10)

 そして、こうした体制を完成させるための手法が、無集配特定郵便局を大都市圏に新増設することでした。この郵便貯金と簡易保険だけを扱う無集配特定郵便局は、55年には8,420でしたが、自民党が一旦政権から降りる93年までの間に6,334局が増設されました(上掲書)。この日本郵政公社の郵貯・簡保には、政府保障がついているということもあり、国民の金融資産の四分の一が流れ込み、その口座数は2003年4月郵政三事業が日本郵政公社に移行した段階で、何と日本人口の五倍の5億6千万に達していたといいます。(『日本国の研究』猪瀬直樹)

 この資金が1965年にはじまる高度成長期のインフラ整備にまわされたのです。もちろん、こうした社会資本の整備は必要で、財投資金からの資金調達は効果を発揮しました。しかし、問題は、これらの資金が大蔵省の財政投融資計画によって、安定的に、国の特別会計や政府系金融機関、公社、公団、事業団等の特殊法人、地方自治体などに供給される仕組みになっていたため、ここに、上述したような族議員を媒介とする政・官・業三者の「鉄のトライアングル」と称される利権構造が組み込まれることになったのです。

 そして、この「政治的分配の口利き」構造を取り仕切った裏組織が、自民党の田中閥(のち経世会)で、これが表組織である内閣をも自由にコントロールしました。そのための手段が、先の利権構造からの政治資金調達であり、これを力の源泉として、選挙時の代議士の公認権や大臣推薦権さらには総理大臣の擁立権まで握っていました。また官僚に対しては、族議員を通じて法律案をコントロールし、業界に対しては、公共事業等への予算配分の見返りとして集票及び政治資金の拠出を求めました。

 こうした派閥による利権政治からの脱却を目指して、1994年に小選挙区比例代表制と政党助成金制度が導入されました。これによって党執行部の力は強まりましたが、小泉政権発足前までは派閥はなお隠然たる力を持っていました。これに対して、小泉首相は、閣僚と党役員人事において派閥の推薦を一切受けず、「年功序列」を無視し、女性や民間人を重要ポストにつけることで従来の派閥の影響力を殺いだのです。

 また、この時変わったのは派閥だけではありませんでした。政府の政策は長年にわたって、官僚が立案し、与党の族議員に根回しする「官僚政治」で決定されてきましたが、小泉首相は、これを内閣中心の「政治主導」体制に転換しました。その舞台となったのが「経済財政諮問会議」でした。

 特に予算編成では、従来は、七月下旬頃来年度予算の概算要求が示され、八月に各省庁の概算要求がとりまとめられ、十二月中旬に来年度の政府経済見通しが固まるのを受けて、年末に予算案を決定するというもので、すべて財務省(旧大蔵省)主導で行われてきました。

 ところが小泉内閣では、「まず一月に諮問会議が『構造改革と経済財政の中期展望』(改革と展望)をつくり、経済の中期見通しを示す。次いで六月に諮問会議が『経済財政運営と構造改革に関する基本方針』(骨太方針)をまとめ、閣議決定する。さらに七月に、翌年度の経済見通しを踏まえて予算の全体像を提示する。財務省はこの大枠に基づいて、八月から各省の概算要求を取りまとめに入る。その後は、従来と同様の手順で進む」という流れになりました。

 こうした諮問会議による「政治主導の政策決定システム」が本格的に機能し始めると、自民党内から強い不満が噴き出すようになりました。なぜなら「予算をはじめ行財政に関する重要課題は、諮問会議で大枠が決まってしまい、(従来)官僚と二人三脚で政策に関わってきた族議員の出番が急に減」ってしまったからです。
 
 また、「族議員の背後には支援する業界団体が控えている。政策決定に影響を及ぼすことができなければ、業界団体から得てきた票とカネの支援も先細る」ことが恐れられました。地方分権改革でも、国と地方の税財源のあり方を見直す『三位一体改革』に対して、補助金削減を求められた各省庁と族議員が一体となって、これに激しく抵抗」しました。

 また、「郵政民営化では族議員の抵抗はさらに激化」しました。全国の特定郵便局長の0Bらでつくる『大樹』は、長年にわたって自民党を支えてきた有力組織でしたが、『民営化すれば、合理化で地方の郵便局が廃止される』などとして反対しました。しかし、小泉首相は「一部の支持団体を犠牲にしても、国民全体を考えるのが真の改革だ。特定郵便局長の会は自民党を応援しなくなっちゃったが、それでも結構だ」と述べました。(以上「『自民党を壊した男』小泉純一郎の体制内革命」大久保好男『中央公論』2005.10参照)

 結局、郵政省の郵政事業部門は、2003年4月1日に郵政事業庁が特殊法人である日本郵政公社となり、さらに、2005年8月8日郵政民営化法案が参議院で否決されたことを受けて「郵政解散選挙」が行われ、郵政民営化を訴える自民党が圧勝して、10月14日の特別国会で関連法案が可決・成立しました。

 ではなぜ、こうした改革が可能となったかというと、「市場メカニズムの整備(経済のグローバル化)が進むなかで、(1)郵便貯金、年金積立金の資金運用部への預託義務が、特殊法人等の肥大化、非効率化を招いたこと、(2)資金の調達が市場メカニズムと連動していないため、貸付金利が相対的に高くなって融資のメリットが低下したこと、(3)事業の選択について、コスト分析が欠けていること、等の問題点」が、次第に認識されるようになったことが指摘されています。

  だが、こうした経済のグローバル化に伴う(9/15挿入)民営化は、言葉を代えていえば、組織の経済合理性を徹底する、ということで、組織の改廃は避けられません。もちろん、その際には経営責任が厳しく問われることになりますが、そのために発生した失業者や、その生活保障・再就職のためのプログラム―いわゆるセーフティーネットの整備が不可欠です。例えばヨーロッパでは、失業保険は失業したら誰でもすぐにもらえるそうで、さらにそのベースには失業扶助があり、金額は少ないがとりあえずは何とか生活できるようになっているそうです。

 また、日本では地方自治体は生活保護を出し渋る傾向があります。これは生活保護から就労支援へという流れがうまく作れていないためだそうです。従って、こうした問題点を解決するためには、生活保護から就労訓練、就労支援を一貫させる必要があり、職業訓練もハローワークも地方が受け持てるようにすべきだと猪瀬直樹氏は主張しています。さらに氏は、今まで貴重な雇用保険財源を食いつぶしてきた無駄な関係施設や財団を早急に整理すべきだ、ともいっています。(『Voice』4月号)

 最後に、このように経済のグローバリズムが進行するなかで、急速に高齢化しつつある日本社会を、今後どうしたら、その活力を維持し発展させていくことができるか、ということについて、一つの重要な視点を紹介しておきます。これは、山本七平が『日本資本主義の精神』の中で提起しているもので、日本の伝統的な社会構造に対応した「日本資本主義の倫理」について述べたものです。(『日本資本主義の精神』)

 日本の社会構造は伝統的に機能集団と共同体の二重構造でできている。そのため、機能集団として組織されたものが容易に共同体に転化して、植物組織となり活力を失う傾向がある。こうした状態から脱却し組織の活力を回復するためには、「倒産」が必要であり・・・つまり、それくらい厳しい経営環境にさらされることが必要である。
 
 また、その組織の合理的再編のためには、成果主義的な評価が不可欠だが、日本の組織は機能集団であると同時に共同体でなければ全体が機能しない。従って、成果のみの評価は問題で、基本的には、各人が自らに峻厳な自己評価を下すという以外に方法はない。つまり、このような伝統的な価値観に基づく厳格な自己把握が、個人にも、企業にも、民族にも求められている。

 しかし、こうした自己把握に基づく発展の原則は、文字通り「言うは易く、行うは難し」である。これらを実行に移せば、多くの抵抗があり、その抵抗は、常に、その時代の「権威」とされる言葉によって行われる。いわば「聖人の教え」であり、「武士の道」であり、戦後なら「民主主義」であろう。

 そして、こうした抵抗を克服して組織の再生を図った人は、常に、日本の伝統、即ちそれに対応している各人の精神構造を正確に把握し、それに即して解決策を見いだし、それを実施に移すための方法論を身につけた人である。それが「日本資本主義の倫理」であり、この倫理を失ったものには指導力がない。

 では、この日本資本主義の倫理とは何か。
 それは、一、「資本の論理」に従わないものは破滅する。二、この「資本の論理」の上に「資本の倫理」を樹立しなければならない。いわば、「資本の論理」を厳格に実施しつつも、本人は無私・無欲であらねばならぬという倫理である。言葉を代えて言えば、公私の峻別であり、「資本の論理」をあくまで公の論理として把握するということである。

 このことについて、氏は、江戸時代の名君と言われる上杉鷹山が、次のような言葉を嗣子に遺したことを紹介しています。

(1)国家は先祖より子孫に伝候国家にして、我私すべき物には無之候。
(2)人民は国家に属したる人民にして、我私すべき物には無之候。
(3)国家人民の為に立てたる君にて、君の為に立たる国家人民には無之候。
 
 さて、こうした伝統的な「日本資本主義の倫理」に照らして見た時、その後の小泉首相の行動(引退と世襲)はどう国民の目に映ったでしょうか。”ブルータスよ、お前もか!”の思いを深くしたのは、おそらく私だけではないと思います。(私は、これが構造改革に対する不信を招いた一つの原因だと思います7/22挿入)これが自民党の崩壊だけに止まるならばよろしいですが。(7/20追記)  

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