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2009年10月

2009年10月30日 (金)

鳩山・「亀福」内閣後の小沢「普通の国」政治の行方

 鳩山邦夫元総務大臣の「正義」連発報道が発端となって、自民党崩壊から民主党政権誕生に至るまでの国内政治の推移についてフォローしてきました。それまでは、昭和史における青年将校の暴走について考えていて、その最大責任は、軍人というよりむしろ政治家にあったのではないか、などと考えていました。というのは、軍の政治介入を決定的にした「統帥権干犯」騒動は、実は、政友会による党利党略のための「軍の抱き込み」の結果引き起こされたものだったからです。そして、これを主導したのが政友会幹事長森恪、それに沿って政府・民政党を国会で追及したのが、政友会総裁犬養毅と鳩山一郎でした。

 今年の5月3日に放送されたNHKジャパンデビュー「天皇と憲法」でもこの問題を取り上げていました。しかし、当時の政局に配慮したのか、あえて鳩山一郎の名前は出さず、犬養毅の責任だけを追及していました。しかし、実際は「統帥権干犯」に引き続く政友会の議会攪乱については犬養首相は極めて消極的で、にもかかわらず、幹事長森恪は独断でそれを推進し、鳩山一郎はそれを積極的に支援したのです。そんなことを考えていたところに、その孫の鳩山邦夫総務大臣が、かんぽの宿売却問題を追求して「正義」を連発し、兄の鳩山由紀夫民主党代表がそれを後押しする姿に接したのでした。

 私は、今までに度々論じてきた通り、小泉構造改革には賛成の立場をとってきました。従って、郵政民営化も必要な改革だと思ってきました。ところが、鳩山邦夫氏の、郵政社長西川氏に対する”国民の貴重な国有財産をかすめ取った”というような非難の仕方が、あまりにも一方的で、一体いかなる証拠があって、人を犯罪者扱いするのか。あまつさえ、自らを「正義」だと公言してはばからないその態度に、政治家の恐るべき傲慢さを感じたのです。私は、ベンダサンの言った「正義を口にすれば必ず汚れる」という言葉を肝に銘じていますので、かくも軽々と「正義」を口にする政治家に不審に感じたのです。

 この件は、当初、鳩山邦夫氏の個人的「思いつき」によると説明されてきました。しかし、今日までの情報を総合してみると、西川社長の押し進める郵政民営化に反対する総務省官僚などの情報操作もあったのではないかと推測されます。そこで、鳩山氏は、選挙を間近に控え郵政票の回帰を望む麻生首相と連携し、うまく西川社長を退任させることで、郵政民営化の見直しに着手しようとしたのではないかと思われます。しかし、これが党内の郵政改革グループの激しい反発を生み、この混乱の中で妥協策が模索されましたが、鳩山氏は”思惑”はずれもあって「正義」に固執し、妥協を拒み続けたのです。

 この混乱に野党が「千載一遇のチャンス」とつけ込むのは当然の話で、国会で「かんぽの宿一括売却」にいたるプロセスに疑惑があると追求を始めました。また、マスコミもこの疑惑を盛んに報じ、鳩山氏も正義の味方よろしくパフォーマンスを繰り広げましたので、あたかも、本当にこの間に不正があったかのような空気ができてしまいました。しかし、あれだけ騒がれながら、今日までその不正の証拠が提示されていないところを見ると、実はこれは「事件」ではなく、その本質は「政争」に過ぎなかったのではないか、と思われます。(いずれ公平な調査が行われ事実が判明すると思いますが)

 しかし、結果的には、この問題が自民党内で決着するまでに、なんと6ヶ月もかかってしまいました。この間民主党は、「かんぽの宿」売却問題を突破口として、郵政民営化の見直しの必要性や、さらには小泉構造改革が日本を格差社会に変えたとする宣伝を巧みに行いました。一方、麻生首相も、この問題の処理について「ブレ」が生じ(当然ですが)、さらに、鳩山氏に私信を暴露されるという「みっともなさ」も重なり、国民の自民党に対する不信を一気に爆発させることになりました。それに、東国原宮崎知事による、自民党総裁擁立を条件とする立候補承諾、という話までありましたね。

 このように見てくると、政党間の政権をめぐる駆け引きは、まさに策略・秘略をつくした「仁義なき闘い」であることが判ります。冒頭に紹介しましたように、かっての政友会は、政権党である民政党を斃すためには、「統帥権干犯」騒動まで引き起こして軍部を味方につけようとしました。その中枢に鳩山一郎もいたわけで、ただし、今回の場合は、引き込まれたのは軍ではなく国民ですから、民主政治としては当然のことといえますが、それが政略の一環としての言論に過ぎなかったことを、国民としてしっかり見ておく必要があると思います。それが、政権奪取後の民主党の行動をチェックする唯一の方法だからです。

 その意味で、今回の「かんぽの宿」問題が猖獗を極める中、鳩山由紀夫氏が言ったという次の言葉は、誠に意味深長といわざるを得ません。

 「私は正攻法で正面から(自民党に)戦いを挑み、政権交代を果たしたいと願っているハトだが、もう1羽は中から内臓をえぐってしまうのではないか」

 「友愛」などという福祉的な看板の裡には、そうしたすさまじいばかりの権謀術数が隠されているのかも知れませんね。

 さて、今回も前置きが長くなってしまいましたが、本題に入りたいと思います。
  
  以上のようなわけで、民主党に政権が移り、「国民との契約」と称するマニフェストをもとに現在民主党独自の政策が実行に移されつつあります。その一つに、前述した「郵政民営化の見直し」があります。民主党は国民新党との連立によって、郵政担当大臣に亀井静香氏を任命し、亀井氏はその連立合意に従って、郵政民営化の見直しを大胆に進めています。今回、亀井氏は西川社長を政治的に追放する事に成功し、その代わりに、かって小沢氏と盟友関係にあった元大蔵次官斉藤次郎氏を次期社長に据えました。

 こうした人事に対して、小泉内閣のもとで郵政民営化を推進した竹中平蔵氏は、、「なぜなのかを明確にせず(西川氏の郵政社長としての経営責任が明示されないまま=筆者)、正式な手続きを踏まず(社長人事は同社の指名委員会の権限=筆者)、嫌がらせのように一民間人に圧力をかけた。尋常ではない」と激しく抗議しています。また、10月25日のサンプロでの大塚耕平金融副大臣との討論では、亀井氏のすすめる郵政民営化見直しは、郵政国営化に戻すことであり、そのような亀井氏の主張を民主党も受け入れたのだから、その通りすべきだ。中途半端な民営化は最も危険、と主張しています。

 そして、多くの論者が、こうした郵政民営化の見直し、つまり郵政の国営化に対して危惧の念を表しています。しかし、私は、民主党は郵政国営化はやらないと思います。また、亀井氏もそれをごり押しするつもりはないと思います。要するにこれは権力闘争で、亀井氏にとっては、小泉氏のおし進めた郵政民営化をぶっ壊し、氏が任命した郵政社長を追放すれば気が済むわけで、それが首尾よくいった後は、郵政民営化による改革を押し進め経営改善を図ると思います。四分社化も郵便局会社と事業会社を統合するくらいでごまかすのではないでしょうか。結局、竹中氏の言う中途半端になるのかも知れませんが。

 というのは、先の討論で大塚耕平副大臣は、元郵政公社社長の生田氏の考え方を引き継ぐようなことをいっていましたし、また、原口総務大臣も一定の猶予の後、郵貯、簡保の株式上場をするといってました。亀井大臣は俺の権限だといって怒ってましたが、おそらく政治的タイミングが悪いという意味でしょう。おそらく、この問題も、例のモラトリアム宣言と同じやり方で、常識的な「落としどころ」で収めるつもりなのです。つまり、結果さえよければ、そのプロセスにおいてどれだけ「漫才」をやろうとかまわない、世論は結果的に勝利を収めた側につく、といった考え方なのです。

 なぜ、私がこのような判断をするかといえば、実は、この問題の背後に小沢氏が控えているからです。氏の公式サイトに書かれた次の「政策」を見て下さい。

特殊法人等の廃止・民営化
 特殊法人、独立行政法人、実質的に各省庁の外郭団体となっている公益法人等は原則として、すべて廃止あるいは民営化する。それに伴い、それにかかわる特別会計も廃止する。今日、どうしても必要なものに限り、設置年限を定めて存続を認める。

経済の持続的成長と財政の健全化
 個別補助金の全廃と特殊法人等の廃止・民営化により、財政支出の大幅な削減を実現すると同時に、本来民間で行うべき事業から政府が撤退し、民間の領域を拡大することで、経済活動を一層活発にする。それによって日本経済を持続的成長の軌道に乗せ、税収を増やすことで、財政の健全化を加速する。
  
 この基本政策から、「郵政国営化」が生まれるはずがありません。では、なぜ亀井氏を野放しにしているか、はっきりいって、この問題について何らかの責任を問われるようになった場合のスケープゴートとして、利用価値があるからでしょう。この点は福島氏についても同じです。あるいは、亀井氏はこうした危険性は当然察知していて、斉藤氏に「負い目」を持つ小沢氏の歓心を買おうとしたのかもしれません。いずれにしろ、民主党が参議院においても二分の一を確保した後、国民新党あるいは亀井氏自身が生き残るためには、民営化の方向は拒否できないと思います。

 これらの方向性は、小沢氏の過去の政治的主張や行動を見てもわかります。小沢氏の本来の主張は、「普通の国」作りを進めることなのです。その思いは、1990年8月の湾岸戦争において、自民党幹事長として、135億ドルにも及ぶ世界一の経済貢献を行いながら(この時の資金拠出に協力したのが大蔵省の斉藤次郎氏)、国際社会に認められず、クウェート政府の感謝広告にも日本の名前は出なかった、という苦い経験に基づいています。それが小選挙区制の導入という政治改革構想につながっていったのです。

 もちろん小沢氏は、こうした思いきった選挙制度改革(「小選挙区比例代表並立制」の導入)によって、政界の再編を行い、それまでの自民党の「後援会」を中心とする政治システムを「政党本位、政策本位」の二大政党制に変えようとした、これは間違いないと思います。しかし、そのもう一方の目的は、湾岸戦争という国家の危機に際して、自衛隊派遣に執拗に反対した左派政党を切り捨て、国際貢献のできる、発言力を持った「普通の国」日本をつくることにあったともいわれています。『日本政治の対立軸』大嶽秀夫)

 そうした小沢氏の「思い」の性急さと、その手段を選ばない多数派工作のやり方が、その後の日本の政界の台風の目となり、55年体制下の自民党単独政権を分裂させて、その後の幾多の政党の消長・離合集散を招くことになりました。とりわけ、不可解極まる自社さ連立政権の誕生もその反動といえます。その小沢氏に対して、2002年9月、民主・自由両党の合併協議を提案した鳩山由紀夫氏の決意は、一体いかなるものだったのでしょうか。しかし、これによって鳩山氏は首相になれた訳で、小沢氏もまた、これで救われたことは間違いありません。

(以下敬称略)*wiki参照
 2003年9月、小沢は民主党との合併後、民主党の代表代行に就任しました。11月の第43回衆院選で民主党は、公示前議席より40議席増の177議席を獲得しました。合併後小沢は、野党結集のため社民党に民主党への合流を呼びかけました(失敗)。2004年5月には年金未納問題で管が代表を辞任、岡田克也が代表となり、小沢は副代表になりました。しかし、2005年9月のいわゆる郵政選挙では、民主党は現有議席を60近く減らして惨敗しました。そのため岡田は代表を辞任、小沢も党副代表を辞任しました。ところが 2006年3月、後任の前原が「堀江メール問題」で辞任、その後の代表選で小沢は119票を獲得し、菅直人氏を破って第6代の民主党代表に選出されました。

 代表選後、小沢は、菅を党代表代行、鳩山由紀夫を党幹事長にするトロイカ体制を敷きました。そして、これ以降の小沢の国会での戦術は、前原時代の「対案路線」ではなく、徹底した「対立路線」をとり、与党との対決姿勢を鮮明にしました。その結果、2006年10月に北朝鮮が核実験を行った際は、「周辺事態法は適用できない」とするトロイカ体制の見解を発表し、前原誠司をはじめとする党内の若手の反発を招きました。7月29日に行われた、第21回参議院議員通常選挙で民主党は60議席を獲得、参議院第1党となり、野党全体(共産党を含む)で過半数を獲得しました。

 こうして生まれた「ねじれ国会」では、11月に期限切れとなるテロ対策特別措置法(テロ特措法)の延長問題について、小沢はアフガン戦争が国際社会のコンセンサスを得ていないとして海上自衛隊の支援活動に反対しました。そのためテロ特措法は、安倍内閣の突然の総辞職もあり延長出来なくなり失効しました。安倍晋三の後任には福田康夫が選出されました。2007年11月には、小沢は福田と会談、連立政権協議がなされました。しかし、民主党内の反対で小沢は連立を拒否。小沢はその責任を取り代表辞任を表明しましたが、民主党内の慰留を受け、代表を続投することになりました。

 その後、テロ特措法の後継の法律として衆議院に提出された「新テロ特措法」は、民主党が多数を占める参議院では否決されましたが、衆議院本会議で与党の3分の2以上の賛成多数で再可決・成立されました。また、2008年度予算案も、野党3党の欠席のなかで強行採決されました。そのため、民主党はその「報復」(民主党は、官僚出身者であることを理由)として、武藤敏郎副総裁の日本銀行総裁への昇格を拒否し、さらに、政府与党が再提案した田波耕治の総裁候補にも同意しませんでした。その結果、白川方明が総裁に就任しました。

 9月には、民主党代表選で小沢が無投票で三選されました。その後、鳩山邦夫総務大臣が「かんぽの宿」売却問題で郵政社長の西川社長の解任を求めたことから、自民党内での郵政民営化をめぐる対立抗争が激化し、民主党はそれにつけ込む形で、郵政民営化見直しを主張しました。しかし、2009年5月、西松建設疑惑関連で小沢の公設秘書が逮捕されたため、小沢は民主党代表を辞任。後継には、側近として共にトロイカ体制を支えてきた鳩山由紀夫を支持しました。小沢は5月17日、選挙担当の筆頭代表代行に就任しました。

 以上、小沢氏が自民党幹事長として湾岸戦争に対応して以来の氏の行動及びその主張の変化について見てきました。これを見ると、小沢氏が「普通の国」論で展開した論理と矛盾しているように見えます。しかし、それは多分に民主党の党内事情を反映した政略的行動でしょう。というのも、氏の対テロ戦争についての基本的な考え方は、「日米同盟のもとにアメリカと集団的自衛権の行使が可能であると、日本政府として正式に決定した上で、堂々とイラクに自衛隊を派遣す」べきというものだからです。(『小沢主義』p49)

 では、民主党が参議院でも半数を獲得した後の氏の行動はどのように変化していくのでしょうか。いうまでもなくそれは、氏が提示している基本政策の方向だと思います。それは、従来の政官業癒着の権力構造、官僚依存の無責任な政治体制を脱却し、政治家主導のリーダーシップを確立するという、明治以来の民主政治の課題をはっきりと捉えています。同時に、政治において大切なことは「自らの信念を堂々と述べること」といい、「一般の人間関係と同様、国際関係においても嘘やごまかしは最もよくない。本音で話し合い、自分の信じるところを語れない人間は誰からも信用されない」と強調しています。(上掲書p155)

 しかしながら、新政権発足当初の民主党の政治手法は、「言論を通しての意志決定」という民主主義の原則を蹂躙するような、ごまかしや牽強付会が目につきます。とりわけ、亀井大臣の言論は、言論というよりブラフあるいは恫喝であり、世論を政治的操作の対象としか見ないもので、まさに権力乱用というほかありません。こうした、言葉に対する「誠実さ」と「正確さ」を欠いた政治的パフォーマンスが、民主党政権では許されるのか。何を言っても何をやっても結果さえよければそれでいいのか。

 あるいは、こうした言葉に対する”鈍感さ”は、鳩山首相の言葉の「軽さ」から来ているのか、小沢氏の政策よりも議席数を優先する考えの故か、その政権奪取にいたるプロセスが、堂々たる言論というより、多分に政略的言論に端を発しているだけに、今後の民主党の政権運営における説明責任が徹底して問われなければならないと思います。民主政治とは、その意志決定に至るプロセスにおける合法性と合理性によってその正当性が担保されるものであり、目的だけで正当化できるものではないからです。

 民主党が、真に日本に民主制を定着させた歴史的政党と評されるかどうかは、まさにこの点にかかっているといえます。

(追記)小沢氏は、小泉政治について、「市場原理・自由競争の名のもとに、セーフティーネットの仕組みについて何の対策も講ずることなく、ごく一部の勝ち組を優遇し、大多数の負け組に負担を押しつける政治」であり、「そこには理念もなければ、確固たる信念もない」と批判しています。私は、この部分には同意できません。というのは、氏は「今の日本の低迷は、利益分配型の戦後政治のあり方と、コンセンサス社会の弊害によってもたらされた」といい、改革を決意したなら、それに伴う犠牲や痛みには一切妥協すべきでない、といっているからです。(前掲書p83)

 小沢氏は、そうした観点から織田信長における「合戦の無慈悲」を肯定しているわけで、小泉氏が、田中政治の生んだ政官業トライアングルの既得権構造の打破に果敢に挑戦したことは評価せず、ただ、セーフティーネットの対応が遅れたことをもって、その構造改革路線を全否定しようとするのは、いささか身びいきが過ぎるというか、バランスを失した見解だといわざるを得ません。私見では、小泉内閣を引き継いだ安倍内閣以降この問題に取り組むべきでしたが、なんだかイデオロギッシュな戦後レジーム脱却論に流れましたものね。

 まあ、小沢氏の真意は、改革が不徹底だ、ということだと思いますが。

(最終校正11/1 5:27)

 

2009年10月22日 (木)

鳩山「友愛」、亀井「怨念」、小沢「普通の国」政治の不思議な関係

 今日の日本の民主政治を壟断する亀井大臣の立ち回りには、本当に驚かされます。21日には、公正取引委員会の竹島一彦委員長らを金融庁に呼び、大企業による中小企業などの「下請けいじめ」の是正と、「明るく正しい良き談合作り」を要請したといいます。これに対して、竹島委員長は「良い談合、悪い談合はない。談合はとにかくだめだ」と注意したそうですが、こうした特定の利益団体の票獲得をねらった「法による支配」を無視した政治的パフォーマンスがいつまで許されるのでしょうか。

 先日までは、亀井大臣の「モラトリアム発言」で大騒ぎでしたね。結局、「一律でなく申請をベースとした猶予措置、政府保障が付く緊急補償制度の利用、融資後焦げ付いた場合は公的資金活用、一年間の時限立法、猶予期間は最長3年、金融検査マニュアルの見直し、不良債権基準緩和、融資状況の報告を義務付け」という「貸し渋り・貸しはがし」対策法に落ち着いたようです。金融界は、返済猶予の一律義務化でなくなり、焦げ付いた融資について政府保障が付いた(政府の公的資金を投入する)となったことで安堵しているそうですが、とんだ人騒がせです。

 こうしたドラマ展開について、田中竜作氏は次のように解説しています。http://www.news.janjan.jp/government/0910/0910091424/1.php
 「民主党のベテラン秘書は次のようにニンマリとしながら解説する。
 「亀井さん一流の高い目標設定だ。おかげで、ウチが主張した返済猶予は陽の目を見るよ」。もし亀井大臣がブチ上げなかったら、銀行業界あげての反対で法案化の行方は怪しくなっていたかもしれない。亀井大臣の功績は小さくないのである。
 9日昼、金融庁で持たれた記者会見が終わった後、筆者は「大臣の思う線に落ちそうですね」と水を向けた。
 「俺は最初からこうなると思ってたよ」。亀井氏は、してやったりの笑みを浮かべた。
 数時間後、亀井大臣の意向にほぼ沿った原案が連立与党から出され、亀井氏は了承した。」

 つまり、こういうやり方が「亀井流」なのです。ところで、民主党の小沢幹事長は21日、都内での「小沢一郎政治塾」で講演し、自民党政権当時の政官関係を「党と政府を使い分け、官僚との交渉で『これだけ勝ち取った』と掛け合い漫才をやっていた」と批判した、と報道されていますが、「亀井流」はその典型です。漫才士には話の「落としどころ」はもちろんわかっている。それを知らないふりをして(つまり観客を騙して)話を「落とし」笑わせるわけですが、亀井大臣は、民主党の官僚出身議員との間で漫才をやり、国民を騙しているのです。笑って済まされることでしょうか・・・。

 こうみてくると、冒頭紹介した「明るく正しいよき談合づくり」というのも、そういう漫才のネタ作りと見なければなりません。では、その「落としどころ」は何処にあるのでしょうか。おそらく、それは来年の参議院選挙での建設業界の票獲得であり、現在進行中の郵政民営化見直しについては、100万と言われる郵政票の取り込みでしょう。もちろん政治家は選挙が全てですから、それが優先されるのは仕方ありませんが、国策の決定に当たってこうした票獲得のための漫才ばかりやられてはたまりません。

 小沢氏は、先の講演で、「国会から官僚支配をなくさなくてはならない。野党が十分な情報と資料を得られる仕組みを作りたい」と述べ、衆参の法制局や調査局の拡充など、国会の調査能力の強化を唱えた、といいます。これは私が「政治主導と派閥の関係――官僚内閣制から内閣官僚制への転換」のエントリーで述べたように、内閣官僚制の構築を目指すものといえます。つまり、政策判断において必要となる情報をいかに入手するかが政治主導のカギになるということです。このことは政治家と国民との関係についてもいえるわけで、亀井大臣の漫才ネタに振り回されないよう十分な注意が必要です。要するに、常識の目で事実関係を正確につかみ取るということですね。

 そうした観点に立って、現在進行中の民主党による政治主導の政治を見ると、亀井大臣のみならず、誠にばかばかしい常軌を逸した政治行動が目に付きます。そこで、現在民主党が進めている政策についての、私なりの常識的判断を述べておきたいと思います。私は先に、エントリー「教育政策について民主党と自民党のマニフェストを比べてみた」で、民主党の2009INDEXやマニフェストにみられる政策構想の期待される部分について紹介しました。これを見ると、確かに自民党は「しがらみ」から抜けていない。このことは、文藝春秋11月号の「『自民党はぶっ壊れない』与謝野馨×鳩山邦夫×石破茂」を見てもよく判ります。まるで、自民党壊滅のA級戦犯が靖国神社に祀られたような印象を受けますね。

 この鳩山邦夫氏については、私見を、エントリー「正義を連発する”アホ”大臣を見る不快」「なぜ麻生自民党は国民の支持を失ったか――見失われた「構造改革」の旗印」で述べました。鳩山邦夫氏は、先の文藝春秋で、自らの引き起こした日本郵政の西川社長更迭騒ぎについて、「自民党の利益をまず考えて、総理を怒鳴りつけてでも西川さんを切りますよ。昔の派閥の実力者はそうだった」などど述べています。だが、一体、氏が公言した、西川社長はかんぽの宿という「国有財産をかすめ取った」という批判に一体どれだけの根拠があったのでしょうか。

 西川社長は、辞任にあたっての記者会見で、--かんぽの宿の問題発覚のときに辞めるという考えはなかったか、と問われ、「かんぽについては、反省すべき点はあったが、不正な点は一切なかった。それが、辞任の理由になるとはまったく考えておりませんでした。」
と答えています。

 また、「竹中平蔵元総務相は20日、日本郵政の西川善文社長が辞任を表明したことについて、「政治家は(西川氏を)代えると言いながら、なぜなのかを明確にせず、正式な手続きを踏まず、嫌がらせのように一民間人に圧力をかけた。尋常ではない」と政府の対応を批判」しました。参照http://news.goo.ne.jp/article/jiji/business/jiji-091020X408.html

 私も関連情報をネットで見てみましたが、西川社長に辞任を迫る側が、はたしてそれに相当する不正を立証し得たか、というと、竹中氏が指摘されるように、「なぜなのかを明確にせず、正式な手続きを踏まず、嫌がらせのように一民間人に圧力をかけた。尋常ではない」といった印象はぬぐえません。野党の政局戦略としては、あり得る話だとは思いますが、自民党政府の郵政担当大臣が、野党の政略の露払いとなる騒動をあえて引き起こし、あげくの果てに首相からの私信を暴露するに至っては、国民が自民党に愛想を尽かすのも当然です。

 マスコミの推測としては、「落ち目の麻生首相の後釜ねらい」だったとか、次の記事のような「どうせこの内閣はろくなことにならない。それなら今のうち、自分だけ思い切り目立って泥舟から抜け出し、次期衆院選での当選を確実にして、選挙後の政界再編でも役者の一人になろう」というようなものだったろう、などと推測されていますが、さもありなんと思います。国民も随分と舐められたものです。

「かんぽの鳩山」にあやかる麻生総理と甘利行革担当大臣」
週刊文春2009年2月26日号「THIS WEEK 政治」http://bunshun.jp/shukanbunshun/thisweek_pol/090226.html

「かんぽの宿」問題で、郵政民営化のカラクリを分かりやすく暴いた鳩山邦夫総務相。「国民の財産がハゲタカにさらわれる」寸前に阻止したとして、今や愛称は「かんぽの鳩山」。麻生ダメ内閣で一人だけ「救国の英雄」扱いである。

 しかし、裏があると分かっていたなら、なぜもっと早く指摘しなかったのか。

「本人は『最初は勘でした』と告白しています。昨年末まで『かんぽの宿』の問題など何も知らなかったのに、入札の報告を受け、とっさに『これはおいしい話だ。第二の“死に神”になるぞ』と直感したのだそうです」(全国紙政治部デスク)

 鳩山氏は安倍改造内閣の法相だった時、死刑執行をめぐり朝日新聞のコラムに「2カ月間隔でゴーサイン出して新記録達成。またの名、死に神」とからかわれた。猛然と抗議したところ、死刑賛成が圧倒的多数の世論に味方されて、朝日新聞に謝罪させ、結果的に男を上げた。

 今回も、「誰もが知っている『かんぽの宿』をめぐって所管大臣が騒げば、死に神騒動と同じように、注目を集められる」と思い立ったのがきっかけ。「地元で支持者とビールを飲んだ勢いで売却不許可を決断し、後から役所に理屈を考えさせた」のだという。

「どうせこの内閣はろくなことにならない。それなら今のうち、自分だけ思い切り目立って泥舟から抜け出し、次期衆院選での当選を確実にして、選挙後の政界再編でも役者の一人になろうという考えです」(自民党関係者)

 思惑は的中。鳩山氏は二〇〇五年の郵政選挙で、東京から福岡六区に国替えしたばかり。今回は自民党への逆風で、世論調査で対抗馬の民主党議員に遅れをとっていたが、今では鳩山支持が急上昇中だ。

「麻生太郎首相が『郵政民営化に反対だった』と失言したのも、鳩山氏にあやかろうとしたのが原因です。政権は下り坂ですが、鳩山氏は『麻生も勘の悪い奴だ。かんぽ問題は自分が指示したって言えば、支持率も上がるのに。このままじゃ俺から麻生と別れることになるかもな』と鼻息は荒い。甘利明行革担当相が公務員改革問題で人事院総裁を批判するのも、鳩山流を見習って目立とうとしているためです」(同前)

 いつの間にか麻生首相に代わり、鳩山氏が内閣の主役に躍り出た。ただし、目的はあくまで個人PR。政権の存続は二の次らしい。」

 兄である鳩山由紀夫首相とは犬猿の仲だそうで(そりゃ、そうですよね)、今後、どのように振る舞われるか、いずれにしても、折角、「正義」を口にされるのですから、そのまえにもう少し我がことについて「正直」であって欲しいですね。

 さて、前置きが長くなりましたが、次に民主党の政策とその政治手法について私なりの意見を申し述べておきます。

○ 小泉構造改革批判
 民主党は、本当は小泉構造改革賛成なのです。2003年の民主党衆議院議員中島政希氏の次のインタビュー記事「小泉構造改革路線を推進せよ」をとくとご覧下さい。http://homepage2.nifty.com/seiyu/interview13-6.html

―― 民主党は小泉政権にどう対処しますか。

中島 鳩山さんの言うとおり、小泉改革を政権の外にいて推進するということでいいと思います。今は改革の旗を小泉さんに預けておく、万一彼が挫折したらまたわれわれが旗手になる、そういう気持ちでいいんじゃないでしょうか。
 私が鳩山さんたちとさきがけや民主党を創った理由は、制度疲労に陥った戦後日本のシステム、政治や行政や経済の仕組みの抜本的改革を実現するには、自民党に代わる、しがらみのない新しい保守政党が必要だと考えたからです。小泉さんのいう改革の大部分は、私たちが年来主張してきたことです。自民党を基盤にして、本当に小泉さんがこれを実現出来るならたいしたもので、応援するのに吝かではありません。

≪小泉改革の行方≫

―― 小泉さんの改革への意欲は良くわかりますが、旧態依然たる自民党を基盤にしていて出来ますかね。

中島 構造改革の対象は自民党支配システムそのものなんですね。政官業の癒着体制、経済活動へ規制や許認可、補助金や公共事業のバラマキ、自民党政権はこれらを所与の条件として成り立っているのです。例えば、不良債権処理とは生産性の低い企業を潰す、つまり地方の土建屋さんや不動産屋さんや卸問屋さんなど、自民党を一番応援して来た人たちに犠牲を強いるということです。
 だから小泉改革の成功とは、すなわち自民党体制の解体に他ならないのです。小泉さんの位置は、ちょうど旧ソ連のゴルバチョフに相当する。ゴルバチョフは改革を進めた、それが成功した時には共産党一党体制は崩壊し、彼が拠って立つ政治基盤はなくなっていた。

―― 小泉さんは日本のゴルバチョフになれるでしょうか。

中島 なって欲しいと切に期待しているんです。ただ、構造改革に劇的に着手するには、もうかなり時期を逸している。民主党がいっていたように、遅くとも去年の夏前に着手すべきだった。いまは明らかに景気の下降局面で、手をつければ、たちまちいろいろなところから悲鳴が上がる。自民党政治家たちはそれに耐えられないのではないでしょうか。

―― 小泉改革は頓挫すると・・・・。

中島 構造改革というとき、手術患者は自民党自身です。患部はわかっていても、患者が自分でメスを持ってそれを切り取ることが出来るかです。既存のシステムの抜本的改革はそれほど難しい、ということです。

―― 確かに自分じゃ切れない。政権交代なしで改革が成功したためしは、あまり聞きませんね。医者は別に必要ですね。

中島 麻酔もね。小泉さんは改革には痛みが伴うと言っていますが、一時的に予想される失業率の上昇などにどう対処するのか。まだ具体的な処方箋は言っていません。セーフティネットの整備は改革を成功させる上で必須の条件です。民主党はこの点参議院選の公約の中にも、明快に述べています。」

 つまり、これが民主党の本音なのです。いま言っている小泉構造改革批判は、政権を取るためについた嘘です。嘘をつき続けているうちにそれが本気になったかのようですが、こういう自己欺瞞は人間を優柔不断にします。今日の政治状況で、一体誰が首相なのかわからないような情況が現出していますが、これも不正直の結果かもしれません。

○ 外交・安全保障
 やっぱり、アメリカに対する”二枚舌外交”と見なされ、とうとう恫喝を招いたようですね。対米外交の対等を主張するつもりが、恫喝の果てに降参を余儀なくされるのか、それとも、窮鼠猫を噛むのか?噛めるわけもありません。
 「ゲーツ国防長官:「普天間基地の移設がなければ海兵隊のグアム移転はないし、グアムへの移転がなければ沖縄での兵員や基地の縮小もない」

○ モラトリアム問題 
 上記の通り

○ 郵政民営化問題
 例の、「落としどころ」探しに、従来の脱官僚の主張を棚に上げ、”天下り”に”渡り”の餌をつけて、もと「豪腕大蔵省事務次官」を任命しました。どんな「落ち」をつけるか見物です。
 
○ 子ども手当
 鳩山首相は国連で、これを内需拡大策といいましたが、国内では子育て支援策といっています。従来は、高齢者福祉ばかりに目がいって子育て支援が後回しになっていました。特に、貧困家庭の経済支援は必要ですね。しかし、現在の財政状況下で政策を実行するなら、現在の児童手当制度を拡充するのが一番簡単です。中学校卒業まで支給することとして、所得制限を二段階に分ける。給付水準は上限で現在の三倍程度にする。

 そうすれば財源も国、地方自治体、事業主拠出金でまかなうことができますし、財政的にも何とかなるのでは。また、将来消費税率が上がった段階で、あらためて扶養控除の見直しを含めて制度全体を見直せばいい。自民党もかってそういう主張をしていたのですが民主党はこれに反対しました。これも政局作りの一環とは思いますが。ムダなことをやるものです。

○ 高速道路無料化
 高速道路の巨額の費用をかけて設置したETC設備は一体どうなるのでしょうか。確かに現在の高速料金は高いと思います。その値下げが必要なら、交通量を見ながら、料金設定すればいいことで、これはETCシステムで簡単にできます。高速道路だけ無料化すると、バスや鉄道やフェリーなどとの料金のバランスがとれなくなるし、CO2削減にも逆行します。

○ 暫定税率の廃止
 環境税の創設の見返りとして提案しないと嘘になります。

○ ダム建設中止
 なぜ、ダム建設がそんなにムダなのか、しっかり国民に資料を示し説明してから話を進めるべきですね。それにしても、水力発電はなぜダムの利点とならないのでしょうか。話によるとサイリスタによって交流を直流に変換し送電できるようになれば、水力だけで電気をまかなえるという学者もいるみたいですが。

○ 農産物所得補償
 農協の存在が問題になっているようですし、従来の自民党の農政も行き詰まっているようです。そこで、直接生産者を支援する仕組みとしての「所得補償制度」が提案されているわけですが、その制度設計がどうなるか、それが明らかになるまでは、よく判りません。

○ 政治主導
 先に、小沢氏の講演の内容の通りです。各大臣が勝手な自分の判断で腕ずくで政策を押しつけるのが政治主導ではありません。内閣官僚制が確立すれば自ずと政治主導の予算編成も可能となります。

 以上、簡単に民主党の政策とその政治手法について、私の常識的判断を付け加えさせていただきました。そこで最後に問題となるのが、これらの民主党の政権運営について、民主党のキーマンとされる小沢幹事長はどう考えているか、ということです。22日の読売新聞には、「民主党の小沢一郎幹事長は21日、ルース駐日米大使と党本部で会談し、「日米関係は何よりも大事だ。互いに言うべきことを言い合うべきで、米国も率直に言ってもらいたい」と述べた、とされます。
 
 もともと、小沢氏は、92年に、いわゆる湾岸戦争を契機に国連軍に参加できる「普通の国」づくりをめざしてPKO法案成立に尽力した人物です。93年には、政権交代のできる二大政党制作りのため、選挙制度改革=小選挙区制度の導入を主張し、自民党を割って新進党を作りました。

 さらに、94年には、野党政権の中での社会党の影響力の削減をねらって「改新」を立ち上げたところ、社会党が連立を離脱し自民党と連立したため、再び野党に逆戻りした、という苦い経験ももっています。その政治手法は、豪腕とも傲慢ともいわれ、多くの政敵をつくりながら今日至っているわけですが、こうした経歴やそのホームページの政策を見ると、その政治理念は極めて「自由主義的」かつ「保守的」であることがわかります。

 ただ問題は、立花隆氏が文藝春秋十一月号「小沢一郎『新闇将軍』の研究」で指摘しているように、氏の政治手法が密室政治=宮廷政治であるということです。

 「民主主義の政治過程で主役をしめるのは、公開の場における言論だが、宮廷政治で主役を占めるのは、密室における政治的実力者の取引、談合、恫喝、陰謀、抱き込みなどであり、そこで主たる行動のモチベーションとなるのは、政治的見解の一致不一致ではなく、物質的利益と政治的利益の分配、あるいは義理人情、愛情、怒り、嫉妬、怨恨といった感情的どろどろである。」

 最近、鳩山「友愛」政治の政治的見解の一致不一致に、甚だしい齟齬が生じていますが、一体その原因は何か。鳩山首相のリーダーシップの曖昧さが主因だとは思いますが、小沢氏が影の最高権力者であることは明白であり、かつ上記のような批判もあるわけですから、そうした疑念を払拭すべく行動していただきたいと思います。氏のホームページの政策提言を見る限り、到底政策に無関心な方のものとは思われません。ぜひ、正々堂々の政策論争を期待したいと思います。

2009年10月14日 (水)

自民党「保守の思想」、鳩山首相「友愛思想」は、歴史認識問題とどう関わるか

 野党になった自民党がいかにも精彩を欠いて見えるのは、誠に意外な感じがしますね。それに比べて、政権与党となった民主党の面々は、それぞれに自分の政治家としての言葉を持っているようで、結構頼もしく見えます。まあ、55年体制以降初めての政権交代ですから、自民党のショックも大きいのだとは思いますが、よって立つ思想的基盤さえしっかりしていれば、民主主義社会で政権交代はあたりまえなのですから、二大政党制下の野党として、ぜひ堂々とその責任を果たしてもらいたいと思います。

 でも、残念ながら、自民党にそうした覇気が見えないのは、その「保守の思想」が脆弱だからではないでしょうか。それを象徴する出来事が、鳩山邦夫元総務大臣が日本郵政社長西川氏を解任しようとした事件――結局、麻生首相は鳩山総務相を解任し、鳩山氏は麻生首相は自分に一任していたとして、首相の私信の暴露に及んだ――や、古賀自民党選挙対策委員長による、東国原氏の自民党総裁候補擁立事件だったと思います。これが、麻生首相の”漢字の読み違い”や「定額給付金」をめぐる度重なる”食言”と相まって、自民党に対する信頼を決定的に低下させたのです。

 さらに、そうした”ブレ”が単なる首相や大臣の”失態”に止まるものではないことを証明したのが、今回の総選挙直前に行われた、自民党による民主党に対する「ネガティブ・キャンペーン」でした。それは、近年の、特に若者世代に見られる保守化傾向や、社会一般に見られる公務員バッシングの風潮に訴えようとしたものでした。しかし、世間の評判ははなはだ悪かった。なぜなら、その「日教組」や「労働組合」に対する批判がおよそ時代錯誤であり、55年体制下ならともかく、今日の「無党派K1ガチンコ時代」の闘い方としては、ひどく”みじめ”に見えたからです。

 では、こうした自民党の「保守の思想」の思想的劣化は、いつ頃からはじまったのでしょうか。私は、それは、93年7月の総選挙で自民党が過半数割れし、社会、民主、公明、日本新党、新生党、さきがけなどが細川連立政権を作った時以降のことだと思います。その後、94年6月、新進党主導の連立与党が立ち上げた新会派「改新」が社会党を外したことから、社会党が連立離脱し、そのため連立与党の羽田内閣が総辞職、次いで、自民党が、新党さきがけや社会党と連立して、社会党委員長村山富市を首班とする村山内閣をつくった。

 しかし、この「自社さ」連立政権は、日米安保を基本的な安全保障政策とし、自衛隊を合憲とする自民党が、それを真っ向から否定する社会党と連立を組んだもので、政権欲しさとはいえ、あまりにも節操のないものでした。といっても、その後社会党は、日米安保条約の堅持と自衛隊合憲を表明し、それまでの方針を大転換しました。また、小選挙区制の導入、年金支給年齢の65歳繰り延べ、被爆者援護法の成立、従軍慰安婦に対する基金の発足、さらに1995年8月の終戦記念日には、次のような村山談話を発表しました。

 「・・・いま、戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきことは、来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、未来を望んで、人類社会の平和と繁栄への道を誤らないことであります。 

 わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。

 敗戦の日から50周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません。同時に、わが国は、唯一の被爆国としての体験を踏まえて、核兵器の究極の廃絶を目指し、核不拡散体制の強化など、国際的な軍縮を積極的に推進していくことが肝要であります。これこそ、過去に対するつぐないとなり、犠牲となられた方々の御霊を鎮めるゆえんとなると、私は信じております。・・・」

 この村山談話については、特にその第二段「国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与え」たとする部分が、今日も論争の的になっています。というのも、この談話は、先に述べたように、およそ常識では考えられない「野合政権」のもとで生まれたものだからです。しかし、その後の歴代内閣はこの談話を踏襲しています。おそらくそれは、戦後五十年を期に、この問題に外交的な決着をつける意味で有効と判断されたからではないでしょうか。

 もちろん、だからといって韓国や中国が日本に求める歴史認識を全て受け入れなければならないというものでもありませんし、また、その事実関係や歴史評価をめぐって見解が分かれるのも当然です。しかし、その当否は、今後の実証的な歴史研究に委ねるべきであって、外交問題としては、この談話をもって一区切りとすべきだと思います。この点、私は小泉首相が、この談話に自らの戦後六十年談話を加えて、歴史認識問題の決着をはかり、靖国神社参拝問題を内政問題として処理しようとしたことは、正しい判断だったと考えています。

 問題は、A級戦犯の合祀であって、私は、本当は、これは靖国神社の方でそうした政治的事情を考慮すべきだと思います。というのは、これを総理大臣が指図することは憲法上できないわけですから、そうしない限り、首相や閣僚が靖国神社に参拝して戦死者の慰霊をすることが、政治的理由でできなくなってしまうからです。本来は、日本政府が村山談話を踏襲することを表明している以上、戦死者の慰霊を日本がどのように行うかは、あくまで日本の内政問題であって、他国の干渉すべきことではないと思うのですが、そうならないのは、これらの国のお国柄というほかありません。

 この点、繰り返しになりますが、小泉首相が、村山談話の踏襲を表明した上で、さらに、終戦60年を迎えて次のような談話を発表し、自らの靖国神社参拝の意味を説明したことは、私は妥当なことではなかったかと思います。こうした説明をしてもなお、中国や韓国が、日本人の戦死者慰霊の仕方について干渉する、ということは、日本人のナショナリズムを刺激することであり、明らかに行き過ぎだと思います。小泉首相の行動は、一時外交摩擦を生みましたが、中国や韓国にその行き過ぎを伝える意味で必要なことだったのではないでしょうか。

 「私は、終戦六十年を迎えるに当たり、改めて今私たちが享受している平和と繁栄は、戦争によって心ならずも命を落とされた多くの方々の尊い犠牲の上にあることに思いを致し、二度と我が国が戦争への道を歩んではならないとの決意を新たにするものであります。
 先の大戦では、三百万余の同胞が、祖国を思い、家族を案じつつ戦場に散り、戦禍に倒れ、あるいは、戦後遠い異郷の地に亡くなられています。
 また、我が国は、かつて植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。こうした歴史の事実を謙虚に受け止め、改めて痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明するとともに、先の大戦における内外のすべての犠牲者に謹んで哀悼の意を表します。悲惨な戦争の教訓を風化させず、二度と戦火を交えることなく世界の平和と繁栄に貢献していく決意です。・・・」

 もちろん、こうした談話を発表したからといって、それは、日本人が、かっての日本の戦争指導者の戦争責任について、それを等閑視することを意味するものではありません。私は、中国や韓国にそれぞれの歴史の見方があり、それに基づいて日本批判をするのは、両国が被害を受けた側でもあり当然のことだと思います。しかし、同様に、日本人自身が、自らのこととして過去の戦争について共有すべき歴史認識もあるわけで、それは、中国や韓国が日本に対して持つ歴史認識以上に、正確かつより厳しいものであるべきだと思っています。

 こんなことをあえていうのも、実は、今回の政権交代にともなって、おそらく最後に問題となってくるのは、この歴史認識の問題ではないかと思うからです。先に自民党の「ネガティブ・キャンペーン」について触れましたが、この問題はここに端を発しているのです。日教組に対して「国旗・国家を否定する」反日教育を行うとか、”愛国心”のない国をつくるとか、間違った歴史観や社会観を教え、国民の生命、財産、領土、資源を危険にさらすとか、家族制度や自助・共助の精神を否定する、とかの危惧を表明するのは、その歴史認識(伝統文化を含む)に対する不信があるからです。

 確かに、こうしたネガティブな批判の仕方は、先に述べたように”みじめ”にしか見えません。しかし、民主党がこの問題を軽視することは危険だと思います。というのは、民主党の政策の中には、戦争責任や戦後処理の問題、国立追悼施設の設置の問題、二重国籍の容認の問題、永住外国人に地方参政権を付与する問題等、関係国間の相互理解と信頼なくしては、解決不可能な問題が多く含まれているからです。また、対等な日米関係を実現するという一方で、では、中国とは対等な関係が築けるのか、といった問題も生じてきます。

 重ねていいますが、こうした問題は、日本人のナショナリズムを無視するような形で処理されるべきではないと思います。確かに、日中戦争、大東亜戦争については、村山談話に述べられたような反省にならざるをえない。しかし、より大切なことは、それを自らの民族の歴史の問題として、主体的に検証することです。自民党がこの問題を日教組や労働組合攻撃のような形でしか提起できないのは、その「保守の思想」の思想的劣化の現れだと思いますが、民主党も、この問題を中国や韓国に迎合するのではなく主体的に処理することが必要だと思います。(10/15最終校正)

 以上、自民党のネガティブ・キャンペーンに見られる保守の思想や、民主党の政策には、こうした歴史認識に関わる問題が伏在していることを指摘しました。そこで、ついでに、小沢一郎(民主党幹事長)氏のホームページを見てみたのですが、そこには、以上紹介したような歴史認識に関わるような「公約」は一つも含まれていませんでした。また、安全保障問題についても、「平和は自ら創造する」と題して、次のような提起がなされていました。ここには、鳩山首相の一枚看板である「友愛」外交や、グローバリズム批判に見られるような”危うさ”は感じられず、一安心した次第です。

*問題は、日米同盟による安全保障と国連による集団安全保障を並べて、前者の重要性を軽視しているかに見えるところです。といっても、氏は政略上有効であれば何でもやる人ですからね。社民党や国民党の連立利用も氏の意向だそうですし・・・、道理で他の人が黙っているはずだ。(下線部挿入10/15)

V、平和を自ら創造する

真の日米同盟の確立
 日米両国の相互信頼関係を築き、対等な真の日米同盟を確立する。そのために、わが国はわが国自身の外交戦略を構築し、日本の主張を明確にする。また、日本は国際社会において米国と役割を分担しながら、その責任を積極的に果たしていく。さらに、真の日米同盟の確立を促進するために、米国と自由貿易協定(FTA)を早期に締結し、あらゆる分野で自由化を推進する。

アジア外交の強化
 アジアの一員として、中国、韓国をはじめ、アジア諸国との信頼関係の構築に全力を挙げ、国際社会においてアジア諸国との連携を強化する。特に、エネルギー・通商分野において、アジア・太平洋地域の域内協力体制を確立する。

貿易・投資の自由化を主導
 世界貿易機関(WTO)において貿易・投資の自由化に関する協議を促すと同時に、アジア・太平洋諸国をはじめとして、世界の国々との自由貿易協定(FTA)締結を積極的に推進する。それに向け、農業政策を根本的に見直すことで、わが国が通商分野で国際的に主導権を発揮する環境を整える。

政府開発援助(ODA)の抜本見直し
 政府開発援助(ODA)を抜本的に見直し、相手国の自然環境の保全と生活環境の整備に重点的に援助する。それにより、日本が地球環境の保全で世界をリードする地位を築くための突破口とする。

自衛権の行使は専守防衛に限定
 日本国憲法の理念に基づき、日本及び世界の平和を確保するために積極的な役割を果たす。自衛権は、憲法第9条に則って、個別的であれ集団的であれ、わが国が急迫不正の侵害を受けた場合に限って行使する。それ以外では武力を行使しない。

国連平和活動への積極参加
 国連を中心とする平和活動については、国連の要請に基づいて積極的に参加する。国連の平和活動は、国連憲章第41条及び42条に基づく強制措置への参加であっても、主権国家の自衛権行使とはまったく性格を異にしており、したがって日本国憲法第9条に違反せず、むしろ、国際社会における積極的な役割を求める憲法の理念に合致するものである。

2009年10月 6日 (火)

民主党政治主導の「悪しき前例」となりかねない亀井大臣の”傍若無人”

 亀井金融郵政改革担当大臣の暴言・暴走が止まるところを知りません。

 先日(10月1日)のフジテレビ(BS)の報道番組「PRIME NEWS」には亀井大臣が出演し、中小企業に対する金融機関の貸し出し返済のモラトリアム政策について質問を受け、次のような趣旨の発言をしていました。

 曰く、私は金融相という重い仕事ではなく、もっと軽い仕事を望んでいた。実際自分は金融については素人で民主党には他に専門家はたくさんいる。しかるに鳩山総理があえて自分に金融大臣をやれと言ったのはなぜであるか。つまり、鳩山総理と私の金融政策における齟齬は全くない、ということである。

 これは、亀井氏自身は自分は金融の専門家ではなく、今回の私の金融政策はあくまで政治家として提示しているものであるが、鳩山首相はそれを全面的に支持している、ということでしょう。いわば、金融行政における政治主導を腕力のある亀井氏に託しているわけです。しかし、こうした氏一流の「庶民の味方」を気取る政治判断が、今後の日本経済にどのような影響を及ぼすことになるのでしょうか。また鳩山首相の任命責任はどうなるのでしょうか。

 また、氏は10月5日、東京都内で行われた講演会で、「日本で家族間の殺人事件が増えているのは、(大企業が)日本型経営を捨てて、人間を人間として扱わなくなったからだ」と述べ、日本経団連の御手洗冨士夫会長に「そのことに責任を感じなさい」と言ったそうです。御手洗会長は「私どもの責任ですか」と答えたといいます。

 ここには二つの間違いがあります。一つは近年家族殺人が増えているというのが全くの間違いであるということ。統計では、特に子殺しなど大幅に減少しています。

(以下「凶悪犯罪増加の誤解を解くページ」参照)http://pandaman.iza.ne.jp/blog/entry/515559/

 「日本で家庭内殺人が多いってのはちょっと意味が違います。単なる「総殺人数の中の家庭内殺人比率」と「家庭内殺人発生数」をゴッチャにしている事からくる錯覚です。それどころか家庭内殺人が多く感じるのは皮肉にもいかに日本が治安がいいか示す証拠になってます。

 というのはアメリカ途上国のように日本の何倍、何十倍も殺人が起きている国のように「町を歩いていたら突然、ギャングに襲われて殺された」というような治安の悪さゆえの面識のない加害者被害者による乱暴な殺人が警察の努力により根絶されて極端に減少し、比較的減りにくい家庭内や知人同士の殺人が目立つようになっただけです。街中の強盗殺人などは警察の努力で減らせますが家庭内殺人は家庭内のいざこざが原因で起こるので警察の努力では比較的減らしにくいのです。

 日本で家庭内の殺人が多いのではなく殺人件数の低下から全体から見た割合が変化しただけです。しかも日本ではその家庭内殺人すら外国よりはずっと少ないですし減少もしくは横ばい傾向です。よく日本で家庭内殺人割合が多いことについて「日本人特有の病理」とか「家庭内の愛情が薄くなった」とかいうご高説をたれる人がいますが大嘘です。」

 もう一つの間違いは、日本的経営についてです。これは終身雇用、年功序列制に象徴されますが、これが可能であったのは、戦後の高度成長期、右肩上がりの経済成長ができた時代のことなのです。これが低成長の時代、経済のグローバル化の時代を迎えて、企業は生き残りをかけて経営体質の合理化・効率化を図らざるを得なくなった。そうなるとどうしても従来の企業福祉的な負担を軽くせざるを得ない。

 そこで、そうした負担を企業に代わって引き受けることになるのが社会福祉政策であって、これは当然のことながら政府の責任である。そこで政府は雇用保険や職業訓練等社会のセーフティーネットを整備したり、また、万一の場合の生活保護や生活支援のための財源も確保もしなければならない。そこで、公的部門のムダを徹底して排除する一方、「親方日の丸」体質の残る公営企業部門を民営化し、経営のガバナンスを高めて自立を図る。また、規制を緩和して起業のインセンティブを高めるなど、雇用機会を創出するための経済政策も採らなければならない。(しかし、こうした対応が、膨大な財政赤字やリーマンショックに始まる世界不況の勃発のために遅れた。)

 これが当時の政府(小泉内閣以降の自民党政治)に課せられた課題であったわけですが、亀井氏は郵政民営化(参照)に執拗に反対するなど、政府の以上のような努力を妨害する役回りを演じてきたのです。そして今回は、大企業に対して「日本で家族間の殺人事件が増えているのは、(大企業が)日本型経営を捨てたからだ」などと濡れ衣を着せ、「反省」を強要しているわけです。(今日、政治家のなすべきことは、先に述べた社会福祉政策に加えて、労働の選択的流動性を高めることであって、そのためには、従来、正規社員のみを対象としてきた労働法制や雇用慣行を、全労働者を対象とするものに作り変える必要があります。10/9追記)

 これに対して御手洗会長が、それは「私どもの責任ですか」と応じていますが、はたしてこんな亀井大臣の非常識いつまで放任されるのでしょうか。また、こんな”わがまま”(多分に、小泉改革に対する個人的恨みに端を発している)は郵政改革見直しでは、どんな”暴力”に発展するのでしょうか。また、これを鳩山「友愛」政治はどう処理するのでしょうか。

 悪くすると、これが民主党の政治主導の「悪しき前例」となりかねません。折角の政権交代、ほんとにやらなければならないことはたくさんあるのに、もう少し大切にしてもらいたいですね。(*政治主導の悪しき前例」とは、政治家が世論受けを狙って建前のきれい事だけを言い、官僚にはその本音を斟酌させて落としどころを見つけさせ、自分は名を取ろうとする政治手法のこと。国民は建前に振り回されて「現実」を見ることができなくなり、不満だけをつのらせることになります。下線部追記10/8)

(以下10/7日追記)

 なお、ついでですから、鳩山首相の「友愛」理念についても私見を申し述べておきます。先に、亀井大臣の金融政策は鳩山首相がその腕力を見込んであえてやらせているのだ、ということを申しました。このことについては、亀井大臣自ら、自らの政策は鳩山首相の「友愛」政治に沿ったものだと何度も公言しています。多くの場合「亀井流」発言として聞き流されていますが。

 だが、案外この発言は、鳩山首相の「友愛」政治が、「亀井流」庶民の味方政治と似ているということを裏書きしているのかも知れません。ということになると、問題は少しこじれるかも知れませんね。一連の亀井発言はどう考えても一国の大臣の発言としては常軌を逸しているし、そうした言動を鳩山首相の「友愛」政治が黙認していることになりますから。

 こうした鳩山首相の「友愛」理念が、国際政治の中でどう受け取られているか、ということについては、これを曖昧だとして疑問視する意見が多いようですが、特に問題視されている訳でもないようです。かといって、それが諸国間の利害を調整するほどのキーワードになり得るかというと、首をかしげる人も多いのではないでしょうか。

 ただし、これが国内政治の問題となると、前述したような問題点も出てきているわけで、これが鳩山首相の政治手腕に疑問符を投げかける材料ともなりかねません。確かに、こうした理念を理想として掲げることは悪いことではないと思いますが、実際問題の処理においては、周到な事実認識に基づく冷静な判断が求められるからです。

 この鳩山首相の掲げる「友愛」という言葉は、本人の説明ではフランス人権宣言の「自由・平等・博愛」の博愛に当たるものだそうです。そこで、フランス人権宣言に当たってみましたが、この宣言文には「博愛」という言葉は見あたりませんでした。ネットで調べてみると、この「自由・平等・博愛」は、フランス人権宣言の前からある言葉で、元はフリーメイソンのスローガンだったそうです。

 このフリーメイソンリー(リーがつくと組織名となる)という組織は、wikiによると、西欧において、絶対王政から啓蒙君主、市民革命へと政治的な激動が続く時代に広まったもので、特定の宗教を持たずに理性や自由博愛の思想を掲げるヨーロッパ系フリーメイソンリーは、特定の宗教を否定したため、自由思想としてカトリック教会などの宗教権力からは敵視されたのだそうです。フランス革命の当事者たちの多くもフリーメイソンであったため、しばしば旧体制側から体制を転覆するための陰謀組織とみなされた、といいます。

 この団体は現在もあり、その入会条件は「無神論者や共産主義者は入会できない。たとえ信仰する宗教があったとしても、社会的地位の確立していない宗教である場合は入会できない。ただし、特定の宗教を信仰していなくても、神(あるいはそれに類する創造者)の存在を信じるものであれば、入会資格はある。これらの信仰を総称して、「至高の存在への尊崇と信仰」と呼ぶ。そのほかの入会資格として、成年男子で、世間での評判が良く、高い道徳的品性の持ち主であり、健全な心に恵まれ、定職と一定の定収があって家族を養っていること、身体障害者でないことが求められる。」となっています。

  つまり、特定の宗教を超えた「理性や自由博愛の思想」が求められるとは言っても、それは「至高の存在への尊崇と信仰」に基づくものであり、それ故に無神論者や共産主義者は、会員となることができないのです。実は、日本占領時連合国総司令官であったダグラス・マッカーサーもこの会員であり、昭和天皇が会員となることを望んだそうです。また、鳩山首相の祖父である鳩山一郎は戦後この会員になっています。

 これで、鳩山首相の祖父鳩山一郎がなぜ「友愛」という言葉を好んだか判ります。ただ、この言葉は、英語でfraternity という訳語があてられているように、元来キリスト教の隣人愛に基づく言葉ですから、絶対神の観念の希薄な日本人にはピンと来ない言葉なのかも知れません。日本人にとっては、亀井大臣ではありませんが、人間を大切にする「和」の政治とでも言った方がわかりやすいかも。

 ところで、先に、フランス人権宣言に「友愛」という言葉はないと申しましたが、それは、「人身,意見,表現の自由(7,10,11条),所有の不可侵(17条),罪刑法定主義,無罪の推定(8,9条),抵抗の正当性(16条)等を宣明するとともに,国家形成上の最も基本的な原則として国民主権(3条),法律の支配(6条),武力(12条),租税(13,14条),行政報告(15条)について規定した」ものです。つまり、フランス人権宣言は、国民の基本的人権と民主的政治原則について規定したものなのです。

 つまり、「友愛」(=fraternity)という言葉は政治概念ではなく、一種の倫理概念であって、それはフランス革命を推進したメンバー間には、当然のこととして共有されていたので、この宣言文では、特にこの理念を謳い上げることをしなかったのだと思います。とすると、鳩山首相が国際社会で「友愛」を強調することは、西欧諸国のリーダーたちにとっては、言わずもがなのことであり、問題は、現実問題をどう処理するかだよ、ということになるのではないでしょうか。

 そこで結論ですが、鳩山首相の「友愛」政治は、先に紹介したような亀井大臣の暴走の処理を通して、その実相が見極められることになると思います。繰り返しになりますが、折角の政権交代ですから、鳩山首相には、ここぞという局面では、(小泉首相のように)情を断ち切る非情さを見せて欲しいですね。

 

 

    

 

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