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2009年12月

2009年12月26日 (土)

小沢一郎の権力意志と歴史認識について(3)

 前回、オバマ大統領の「戦争論」を紹介しました。それがブッシュ政権の「戦争論」とどう違っているかと言えば、アメリカの一国行動主義から、国連中心主義へと比重が移っているということではないかと思います。演説では次のようにいっています。

 「だからこそ、すべての責任ある国家は、平和維持において、明確な指令を受けた軍隊が果たし得る役割というものを認めなければならない。

 世界の安全保障における米国の責務が消えることは決してないが、米国は一国だけでは行動できない。北大西洋条約機構(NATO)諸国の指導者や兵士たち、そして他の友好、同盟国は、アフガンでその能力と勇気をもってこれが事実であることを示してくれた。

 しかし、多くの国で、任に当たる者たちの努力と、一般市民の抱く相反する感情との断絶がある。私は、なぜ戦争が好まれないのか理解している。だが、同時に、平和を求める信条だけでは、平和を築き上げることはできないということも分かっている。

 平和には責任が不可欠だ。平和には犠牲が伴う。そうだからこそ、NATOが不可欠であるのだ。そうだからこそ、われわれは国連と地域の平和維持機構を強化しなければならない。いくつかの国だけにこの役割を委ねたままにしてはいけないのだ。」

 これは、必ずしも国連だけにそれを委ねばいいといっているわけではなくて、「世界の安全保障における米国の責務が消えることは決してない」が、「米国だけでは行動できない」。だから、「国連やNATOなどの地域の平和維持機構を強化する必要がある」といっているのです。つまり、犠牲を伴う平和維持の努力を、アメリカだけに委ねるのではなく、各国が責任を「明確な指令を受けた軍隊(militaries with a clear mandate )」=「国連などの平和維持機構」によって担って欲しい、といっているのです。

 「極東ブログ」のfinalventさんは、このオバマ大統領の「戦争論」は、理念的には日本国憲法の平和主義と一致するのではないかと、次のようにいっています。

 日本国憲法前文は、「平和を愛する諸国民の公正と信義」に信頼するという「普遍的な政治道徳」に従って、平和を維持することを誓っている。つまり、「日本国憲法の平和主義は、人道主義の高い理想の実現で諸国間が協調して『悪』を排斥するとともに、その最終的な裏付けとしての軍事力に対して、"a clear mandate (明確な委任)"を持っているだろう。これは、9条との関係でいうなら、日本国国権の発動としての戦争は放棄されても、国家間の公正性に委託される軍事力の運用は否定されていないのではないか。」

 これは、前々回のエントリー「小沢一郎の権力意志と歴史認識について(2)」で紹介した小沢一郎の「国連に御親兵を差し出せ」という論理と同じです。私も、日本国憲法の論理から言えば、その通りだと思います。しかし、オバマ大統領がこの日本国憲法と同じことをいっているのかというと、そうではなくて、「米国の責務が消えることは決してない」といっているように、各国の派遣する軍隊が"a clear mandate (明確な委任)"を受けたものであるべき、ということを言っているに過ぎないと思います。

 この点が、小沢一郎氏の「御親兵」論に無理のあるところで、これは、民社党内の護憲派勢力や連立社民党の主張と論理的一貫性を持たせようとした結果だとは思いますが、現実的ではないと思います。多分、日本は敗戦国であるし、かってその国権発動に瑕疵もあったことだから、ここは身を低くして世界平和のために犠牲を払おう。そうすることで国際社会の信用も回復できる、という算段だと思いますが、それだけの覚悟ができていれば自衛隊を派遣して国連軍の指揮下に置くこともできるわけで、つまり、この問題は外国の問題ではなくて国内問題だということです。

 小沢氏の主張には、こうした「論理のこね回し」に起因する無茶な主張が随所に出てきます。それは、後述する氏独自の権力闘争至上主義に基づくものですが、「日本改造計画」に見られるような官僚依存国家から自由と責任を自覚した「普通の国へ」という主張が当を得ているだけに、その評価をめぐって、極端な分裂が生じる事になっているのです。(この点、民主党連立政権において社民党が小沢を後ろ盾にしていることは誠に不可解)

 典型的には、氏は、元来「占領憲法無効論・天皇元首」論者(1999年独自に改憲案(「日本国憲法改正試案」を示す)でありながら、今日では、現行憲法との論理的整合性を維持するため、上述したような国連中心主義の日本の国際安全保障政策を主張していることです。また、憲法解釈においても集団的自衛権を容認する立場から、2003年に内閣法制局の廃止を主張し、これを内閣の権限とすることを主張しています。

 従って、その国連中心主義に則って自衛隊を海外派遣すること、例えば国際治安支援部隊(ISAF)への派遣は容認しています。にもかかわらず、イラク戦争については、アメリカが自衛権を発動して開始した戦争であり、日本がその同盟国として有志国軍(OEF)に参加することは集団的自衛権の行使にあたり憲法違反だとして、テロ対策特別措置法の延長に反対しました。

 確かに、イラク戦争(2003.3.19)は、それが国連の開戦決議を得ないまま、米英による国連安保理決議1441号(イラクに、大量破壊兵器および関連計画について全面的かつ完全な申告を30日以内に提出するよう要求したもの2002.11.8)違反等を理由とする「専制的自衛権」の発動により開始されたことは間違いありません。

 そして、その後、イラク国内から大量破壊兵器が見つからなかったことから、この戦争の正当性が疑われる結果になりました。しかし、この戦争が2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件を契機にしていることも忘れてはいけません。これが大量破壊兵器によるテロ攻撃への恐怖をかき立てたわけで、事件発生後イラクがこのテロ攻撃を「世紀の大作戦」と賞賛したり、国連の大量破壊兵器の査察に抵抗したりしたことは、一国の為政者としては誠に重大な誤りだったと思います。

 結果的には、この戦争にはアメリカの同盟国は皆なんらかの形で参加しました。日本の小泉政権も、「イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法」(イラク特措法)に基づき、人道復興支援活動と安全確保支援活動を柱に、比較的治安が安定しているとされたイラク南部の都市サマーワの宿営地を中心に活動し、2006年(平成18)7月に撤収しました。

 このあたりの判断は、時の政府が責任を持って決めることですが、イラク戦争後のイラクの治安維持が「自爆テロ」の頻発などによって軍民に膨大な数の犠牲者を出すことになっただけに、アメリカは、国連の開戦決議がなされるまでの十分な大量破壊兵器の査察を行うべきであったと思います。ただ、そうしたアメリカの行動に同盟国が協働したことも、またやむを得ないことだったと思います。

 この点、小沢氏が、先に紹介したように、この戦争はアメリカが自衛権を発動して開始したものだから、日本がその同盟国として有志国軍(OEF)に参加することは集団的自衛権の行使にあたり憲法違反だ、と主張することは論理的にはその通りです。しかし、氏自身は、先に見たように、憲法解釈としての集団的自衛権の容認を主張し、それに反対する内閣法制局の廃止さえも主張しているのですから、その思想的一貫性が疑われてもやむを得ません。

 さらに、こうした小沢氏の主張の矛盾は、日本の安全保障について、「日本の法律より国連決議が優先する」と述べたことで一層深刻になりました。それがいかに非現実的な主張であるかは、今回のCOP15が何も決められなかったことでも分かりますが、これが一国の安全に関わる問題となれば、国連決議が各国の国益利害に左右されることは明らかであり、そんなところに一国の安全を委ねることはできません。

 このあたり、戦前の日本の安全保障に関わって、日英同盟が廃棄(1923年)され、それに代わって四カ国条約という集団安全保障体制が採られたが何の効力も発揮しなかったこと。結局それが、極東の安全保障体制を崩壊させ、その後の日本の外交的失敗から日中戦争そして日米英戦争につながったという歴史的反省を十分ふまえる必要があります。

 氏は、このように国連中心主義を高唱する一方、2009年2月24日には「米国もこの時代に前線に部隊を置いておく意味はあまりない。軍事戦略的に米国の極東におけるプレゼンスは第7艦隊で十分だ・・・あとは日本が自らの安全保障と極東での役割をしっかり担っていくことで話がつくと思う・・・米国に唯々諾々と従うのではなく、私たちもきちんとした世界戦略を持ち、少なくとも日本に関係する事柄についてはもっと役割を分担すべきだ。そうすれば米国の役割は減る」と述べました。

 これもよく分からない主張で、一見、米軍の代わりに日本が極東の安全保障について積極的に役割を果たしていく、といっているようですが、しかし、これは、先に見たような「日本の安全保障に関する主権を国連決議に従属させ」ようとする氏の主張と矛盾しています。また、2006年10月に北朝鮮が核実験を行った後の朝鮮半島情勢は「周辺事態法」を適用できるかどうかについて、「周辺事態法は適用できない」という小沢トロイカ体制の見解を発表して、前原誠司を始めとする党内からの反発を招いています。

 また、中国や韓国との信頼関係の確立を主張することは当然としても、靖国神社問題に関する氏の主張にも一貫性があるとは言えません。かっては「東京裁判は不当な報復裁判であり、A級であろうがB級であろうがC級であろうがそういう問題ではない。しかし当時の国家指導者は敗戦責任があり、天皇陛下が参拝できるよう靖国神社から削除すべき。行く行かないは個人の自由だが、公約をし、政治信念で行くのならば8月15日に公式参拝を行うべき。」と言っていました。

 しかし、氏の著書『小沢主義』では、「戦争の勝者が敗者を裁いたことによる「戦犯」という考え方を僕はよいとは思わないが、ただ靖国神社にいわゆるA級戦犯の人々が雌られていることは問題だと思っている。なぜならば、靖国神社とは戦死した人を祀る場所であって、戦犯とされている人たちは戦死者ではないからだ。この問題をクリアすれば、僕は首相が靖国神社に参拝するのはまったく問題がないと思っている」と述べています。

 ところが、2008年2月21日の朝鮮日報からのインタビューでは、「靖国神社問題は日本側が大きな間違いをしている。民主党が政権を取ったら、戦争責任者を靖国神社から分祀し、韓国と中国に強力な信頼関係を築く」と述べています。
 
 以上、安全保障や靖国問題に関わる小沢氏の矛盾した言動を見てきましたが、これが氏独自の「権力闘争至上主義」に基づくものであることに注意を払わなければなりません。氏は、『小沢主義』の中で、次のような織田信長の「合戦における無慈悲」に共感を示しています。

 「汝は合戦を行う以上、ひたすら合戦に勝つことを願わなければならぬ。・・・汝が合戦のあいだ敵方に慈悲を与えることは、いかにも人間の道にかなうようではあるが、そもそも合戦そのものを考えれば、そこに慈悲のあるはずはない。合戦とは相手に勝つためのものであり、相手を打ちはたすためのものである。合戦がある以上、最早慈悲はない。・・・合戦のことに入るならば、いかようなりとも、はじめより終わりまで合戦のことでなければならぬ。」

 この合戦というのが、氏の権力闘争である事は論を待ちません。従って「妥協するくらいなら、改革は最初からしないほうがいい」というのです。そして、「改革とは最初から痛みや犠牲を伴うものと決まっている」といい、自民党やマスコミのいう「痛みを伴わない改革」などはどこにも存在しない、といいつつ、「いわゆる小泉改革なるものは、多くの人たちに痛みを与え、その一方で特定の者にだけ利益をもたらすもので、およそ本来の改革とは似ても似つかぬものなのである」と批判しています。

 しかし、これが、氏一流の「権力闘争至上主義」に基づく、マスコミの「格差批判」に便乗した論難であることは、今日の民主党の財政政策を見れば明らかです。小泉改革の最大眼目は、経世会による政官業一体の「鉄のトライアングル」といわれた政治的利権構造の打破にありました。これこそ、従来、小沢氏の依拠してきた政治資金調達の源泉となってきたもので、現在問題となっている小沢氏の西松建設がらみの政治資金も、この構造から生み出されてきたものです。

 この外、小泉構造改革では、以上の経世会の政治利権構造の打破という政治改革だけでなく、バブル崩壊後の不良債権処理、「官から民へ」のスローガンのもとに進められた道路公団はじめ特殊法人改革、その一環としての郵政民営化、「中央から地方へ」というスローガンのもとに進められた三位一体改革(財務省の抵抗で挫折したが)、医療制度改革、特別会計の整理統合、FTA(自由貿易協定)・EPA(経済連合協定)の締結などが目指されました。

 しかし、こうした改革は、同時に自民党の従来の支持基盤を切り崩すものでもあったわけで、それは小沢氏の論理からすれば、「改革に必然的に伴う痛み」であったわけです。しかし、氏は、この場合も当然の如く、この痛みを訴える側に立ち、小泉構造改革は「強者の論理」であり「格差社会」を招来した、として全面的に否定し攻撃しました。その後、社会保険庁の年金記録問題に端を発して、2006年の参議院選挙で野党が過半数を制したことから、上述したような、安全保障に関する矛盾した主張や、小泉構造改革批判を掲げて政府を揺さぶりました。

 それが功を奏して、自民党も、小泉構造改革による支持基盤の崩壊を危惧するようになり、さらに、従来の改革方針に逆行するような政策を取り始めたことから野党に乗じられ、自民党はそれまでの「改革の旗印」を野党に奪われることになりました。その先兵を努めたのが鳩山邦夫総務大臣だったわけです。氏としては、麻生総理と連携し郵政票のつなぎ止めを図ったのかも知れませんが、読みが浅かったというほかありませんね。

 以上、今回は、小沢一郎氏の元来の思想と、その後の民主党党首となって以降の政権奪取のための氏の主張の変化について見てきました。一言で言えば、氏の一大特徴は、権力闘争のためには、氏自身の本来の思想とは全く異なった主張を平気で行うことができる、つまり、氏は「権力闘争至上主義」の持ち主であるということです。

 確かに、氏は、その著書『日本改造計画』や『小沢主義』において、日本の政治のアメリカ依存の体質、そこから生まれた政治家の指導力欠如、その原因となっている日本人の自立精神の欠如、それが官僚依存体質を生み、日本の民主主義を機能不全に陥らせている点を的確に指摘しています。しかし、氏の権力闘争至上主義に基づく矛盾した言動が、民主主義の基盤である「ことば=言論」による政治的意志決定を大きく損ねてきたことも事実です。

 なぜ、そのようなことになるのか。多くの人びとが、氏のそうした矛盾した言動に翻弄され、混乱させられてきました。それが、「傲慢」とか「豪腕」であるとか、あるいは「純粋」であるとか、ある時は「悪魔」などという酷評さえ生んだのです。果たして、そのどれが氏の真実の姿なのか。私自身もよく分からなかったのですが、最近、そうした謎の一端を解く出来事が立て続けに二件起きました。

 一つは、11月10日、小沢氏が、和歌山県の金剛峯寺での全日本仏教会会長である松長有慶・高野山真言宗管長と会い、その後記者団に、キリスト教は「排他的で独善的宗教だ」。イスラム教も「キリスト教よりましだが、イスラム教も排他的だ」と述べた事件。もう一つは、12月14日、小沢氏が記者会見で、天皇が中国の習近平副首相と、いわゆる「一ヶ月ルール」を破って会見したことについて、宮内庁長官が苦言を呈したことについて、恫喝ともとれる批判をした事件です。

 前者については、曽野綾子氏が、「キリスト教をご存じなくても、国内問題なら氏の発言も日本人は見逃す。しかし勉強していない分野には黙っているのが礼儀だろう。また宗教について軽々に発言することは、少なくとも極地紛争以上の重大な対立を招くのが最近の世界的状況だ。それをご存じない政治家は決定的に資質に欠けている。」と厳しく批判しています。氏は後に、文明論を述べたに過ぎないと弁解していますが、それは氏の文明論の皮相を証するだけのもので、傲慢とに批判は免れません。

 後者については、天皇の国事行為が憲法上「内閣の助言と承認」のもとにおかれていることはその通りです。しかし、今回、天皇の行為の政治的中立性を担保する「一ヶ月ルール」の変更を求めたのは内閣であって、そのことに苦言を呈されたことについて「30日ルールって誰が作ったのか。法律で決まっているわけでもない。国事行為は『内閣の助言と承認』で行われるのが憲法の本旨で、それを政治利用といったら陛下は何もできない」
というのは、これも傲慢のそしりを免れません。

 また、外国の賓客を天皇が引見することは、天皇の象徴としての地位に基づく「公的行為」であって、国家機関の地位に基づく行為である「国事行為」とはではない、という議論は措くとしても、苦言を呈した宮内庁長官を”辞表を出せ”と恫喝したことに続いて、「陛下の体調がすぐれないなら優位性の低い(他の)行事はお休みになればいいことだ」「天皇陛下ご自身に聞いてみたら、手違いで遅れたかもしれないが会いましょうと必ずおっしゃると思う」といったことは、それは、(かって天皇元首論を唱えていたが)そもそも天皇の日本国の象徴としての意味が分かっていなかったということであって、これも、日本の政治家として決定的に資質を欠いている証左としなければなりません。

 以上、今回は小沢氏の政治家としての資質を問う論考となりました。先の私の、氏の「政治改革思想」の可能性を問う論考とは対照をなす立論となりましたが、この両者を総合することで、小沢一郎なる政治家の実相を捉えることが可能になると思います。最後に、立花隆氏が文藝春秋十一月号「小沢一郎『新闇将軍』の研究」で、小沢一郎の政治手法を「密室政治=宮廷政治」であると批判した一文を紹介しておきます。

 「民主主義の政治過程で主役をしめるのは、公開の場における言論だが、宮廷政治で主役を占めるのは、密室における政治的実力者の取引、談合、恫喝、陰謀、抱き込みなどであり、そこで主たる行動のモチベーションとなるのは、政治的見解の一致不一致ではなく、物質的利益と政治的利益の分配、あるいは義理人情、愛情、怒り、嫉妬、怨恨といった感情的どろどろである。」

 その感情的どろどろが、今の民主党政治の混乱の底流にあることは間違いなく、これが本格的な小沢政治となった場合、それがどのような混乱を惹起することになるか、私としては氏の権力意志が、その本来の思想と矛盾なく発揮されるようになることを祈りたいと思います。

2009年12月23日 (水)

日本人は、オバマ大統領の「戦争論」にどう向き合うか。

 鳩山首相の普天間問題をめぐる対応には、誠に首をかしげざるをえません。11月13日の日米首脳会談ではオバマ大統領に「沖縄における米軍再編に関する二国間合意の実行について迅速な完遂」を約束したような言動をしておきながら、翌14日には、訪問先のシンガポールで、日米合意を前提にしない考えを記者団に表明し「具体的な移転先を約束したわけではない」と否定しました。

 そんな経緯があるのに、COP15に出席する12月18日に、「普天間問題先送り」をオバマ大統領に説明する会談を持つよう呼びかけあっさり断られています。にもかかわらず鳩山首相は、12月19日、COP15関連の晩餐会の席上、米国のクリントン国務長官にその「先送り方針」を説明しました。その結果、クリントン長官が「よく分かった」と答えたことを記者団に明らかにしました。

 私は、”えっ!晩餐会の立ち話でそんな話を?”と首をかしげましたが、何のことはない、22日には、クリントン長官が藤崎一郎駐米大使を呼び、日本の立場を理解したわけではない旨を伝え、鳩山総理の受け止め方に釘を刺した上で、日米合意に基づく現行計画の早期履行を求めたことが明らかになりました。これに対して鳩山首相は、「お互いに日米同盟が大事だから頑張ろう」という意味だと訂正しました。

 素人でも分かるような変な話ですよね。同様の不可解な印象は、鳩山首相の「友愛ボート」の話(14日、アジア太平洋経済協力会議関連のフォーラムで講演)を聞いた時にも持ちました。だって自衛艦を災害救援に使うなんて、緊急の時にはそんなこともあるかもしれませんが、政府がそれを自衛艦の計画的な使用法として構想するなんて、平和ボケもいいとこだ、と思ったからです。

 ところが、なんとこの話は、11月13日の日米首脳会談でも、鳩山首相がオバマ大統領に提案していたのだそうです。関係者によると、会談の途中、鳩山首相が「友愛の船」構想を持ち出し、説明を始めたところ、オバマ大統領は鳩山首相が説明を続けている最中に、話を露骨に遮る形で発言し、在日米軍など日米安保にかかわるテーマを持ち出し、このため鳩山首相の「友愛の船」についての語りかけは完全に中断される形になった、といいます。
 
 アフガンに3万ものアメリカ兵の増派を決断し、現在も対テロ戦争を継続中のアメリカの大統領に対して、よくもそんな寝ぼけたような話をするもんだと、その無神経さに改めて驚かされました。

 ところで、マスコミでは、この普天間基地の移設問題について、鳩山首相の冒頭に紹介したような雲をつかむような不明瞭かつ無神経な発言について、今後の日米同盟を危うくするものだ、と危惧する意見が多いようですね。一方、「普天間基地の辺野古移転案は、日本の官僚体制による米海兵隊の全面撤退計画に対する引き留め工作」であり、鳩山政権としては、あくまで海兵隊のグアムへの全面撤退を主張すべきである」とする意見もあります。(参照)

 この後者の意見は、アメリカ自身、実は普天間基地はグアムに移す方がいいと考えているというもので、アメリカが一見辺野古にこだわっているように見えるのは、日本が”思いやり予算”まで出して”居てくれ”というから、それをみすみす断ることはしないというだけのことだ、と言っているのですが、ホントですかね。

 いずれにしても、肝心なことは、日米同盟のもとで日本の安全及び極東アジアの平和をいかに維持するかということで、その上で、現在、住民生活に大きな危険を及ぼしている普天間基地の再配置をどうするか。それを専門的な見地からやって、その結果を国民に説明するということだと思います。

 その結果、グアムや沖縄以外の本土の空き空港を利用するなどの余地があるというのなら、沖縄の基地負担軽減のためにも、それを国民に説明し理解を得るよう努める必要がある思います。そのために民主党が時間が必要というなら、もっともだと思いますが、実際は、僅か数議席しか持たぬ連立社民党の主張に引きずられている印象です。

 このため、社民党の、単に”沖縄から米軍基地をなくせ”という主張と、”日米同盟のもとでの日本の安全保障及び極東アジアの平和維持のための基地は何処に置くべきか”という議論との区別がつかなくなっています。特に問題なのは、社民党が日米同盟の意義やアメリカの極東の平和維持の努力を有害無用のものと考えているらしいことです。

 これが単に社民党だけの問題なら、放っておいてもいいのですが、実はこうした平和観は日本人の伝統思想にもつながっていて、何もしないでいると、それが国民の多くの支持を得ることになってしまう危険性があります。そしてそれは必然的に、現在のアメリカの日米同盟及び極東の平和維持に果たしている役割を無視することになります。

 私は、それは、日本の安全保障にとって極めて危険な考え方だと思います。なぜか、日本はアメリカとの同盟関係なしに、独力で自国の安全及び極東の安全を守るだけの力を持たないからです。日本は通商国家として生きる外ない。そのためには世界とりわけ極東の安全保障は必須である。しかし、国土の狭隘さ、資源の少なさなどの自然条件や、食糧安保という観点からも、またイデオロギー的に言っても、軍事力とイデオロギー力を兼ね備えた政治大国には到底なれないからです。

 さらに、お隣の中国は、その軍事力とイデオロギー力を兼ね備えた超政治大国として国際政治社会に躍り出ようとしている。その政治体制は一党独裁であり、民主政治の基本的条件である思想・信条の自由を始めとする基本的人権は制限されている。確かに、今後日中の経済関係は不可欠ですが、その政治体制が民主化の方向に向かうまでは安心はできない。このことは中国共産党の反日教育の実態を見ても明らかです。ゆえに、民主的政治大国であるアメリカとの同盟は不可欠なのです。(『アメリカでさえ恐れる中国の脅威』参照)

 では、そのアメリカの平和維持のための基本的な考え方とはどのようなものでしょうか。実は、こうした問題を考える上で最もよい資料が、次のノーベル平和賞受賞式においてオバマ大統領が行った演説です。ここにはオバマ大統領の「戦争観」が明快に語られています。オバマ大統領を支持する日本人は多い。なら、ぜひ、以下のオバマ大統領の演説を読んで、その戦争観について、それぞれの意見をまとめていただきたいと思います。

(以下、オバマ大統領演説の共同訳を、その論旨を損なわない範囲で抜粋します。分かりにくいところは私訳も交えています。)

 まず、オバマ大統領は「この栄誉を、深い感謝とともに謹んでお受けする」といいました。なぜなら、「この賞は、この世が残酷さと困難に満ちていても、われわれは単なる運命の囚人ではなく、行動こそが重要であり、歴史を正義の方向に向けることができる、という崇高な精神を支持するもの」だからだと。

 その上で、自分は、この栄誉にふさわしいとは思わないが、それ以上に問題なのは、この賞を受けた「私が二つの戦争の最中にある国の軍最高司令官だ」という事実だと、いきなり今回のノーベル平和賞受賞問題の核心を突いています。続けて、

 しかし、この戦争は、どのような形であれ、昔から人類とともにあったもので、その道義性が疑われたことはなかった。部族間の、そして文明間の力の追求と相違の解決手段として、干ばつや疫病のように現実にあるものだった。

 時を経て、集団間の暴力を規制する手段として法律が登場すると、「大義のある戦争」という概念が登場し、戦争は自己防衛の最終手段として、適正な武力により、可能な限り非戦闘員は犠牲にしないという条件に合致する場合のみ正当化されるようになった。

 だが、歴史上、「大義のある戦争」という概念はほとんど実現していない。それは、「外見の違う人々、異なった神を信仰する人々に対し無慈悲にその能力を行使した。全面戦争では、戦闘員と一般市民の区別が不鮮明なものになった。

 さらに核兵器時代の到来もあり、勝者にとっても敗者にとっても、あらたな世界戦争を予防する仕組みが必要なことが明確になった。そこで「米国は平和を守る構想を打ち立てる上で世界を主導した。マーシャルプラン、国際連合、戦争抑止メカニズム、人権擁護の条約、虐殺の予防、最も危険な武器の規制がそれだ。

 もちろん、恐るべき戦争は発生し、残虐行為も起きてきたが、冷戦は終結し、商業は世界の大部分をつなぎ合わせ、数十億人が貧困から脱した。自由、民族自決、平等、法の支配といった理想は、もたもたしながらも前進してきた。これは米国が真に誇れる遺産である。

 21世紀に入り10年、古い構造は、新しい脅威により崩れつつある。世界はもはや二大核超大国間の戦争の脅威におびえることはないだろうが、核拡散は破滅への危険を増している。テロは、激しい憎悪を抱く少数の人間が罪のない人々を大量に殺すことが可能になった。

 私は今日、戦争をめぐる問題の絶対的な解決策を携えてはいないが、私が認識していることは、こうした難題に立ち向かうには同じ考え方、懸命の努力、すべての人たちの粘り強さ、さらに、大義ある戦争の概念と平和の必要性について新思考が求められているということである。

 私は、マーチン・ルーサー・キングの「暴力は決して永続的な平和をもたらさない。社会的な問題を何も解決せず、もっと複雑な問題を新たに作り出すだけである」というキングのライフワークを引き継ぐものであり、非暴力の道徳的な力を信じる証言者だ。

 しかし、国民を守り保護することを誓った国家のトップとして、彼らの例だけに導かれるわけにはいかない。私は現実の世界に対峙し、米国民に向けられた脅威の前で手をこまねくわけにはいかない。

 誤解のないようにいえば、世界に悪は存在する。非暴力運動はヒトラーの軍隊を止められなかった。交渉では、アルカイダの指導者たちに武器を放棄させられない。時に武力が必要であるということは、皮肉ではない。人間の欠陥や理性の限界という歴史を認識することだ

 私はこの問題点について提起したい。なぜなら今日、理由のいかんを問わず、多くの国で軍事力の行使に二つの相反する感情があるからだ。

 しかし、世界は思い出さなければならない。第2次大戦後の安定をもたらしたのは国際機関や条約、宣言だけではない。いかに過ちを犯したとしても、その国民の血と力で60年以上にわたり、世界の安全保障を支えてきたのは米国なのだ。

 われわれの献身と犠牲が、ドイツから韓国までに平和と繁栄をもたらし、バルカンに民主主義を打ち立てることを可能にしたのだ。われわれの意志を押しつけるためではなく、子や孫のよき未来のために重荷を背負ってきたのだ。

 つまり、平和を維持する上で、戦争という手段にも果たす役割があるのだ。しかし、この事実は、いかに正当化されようとも戦争は確実に人間に悲劇をもたらすという、もう一つの事実とともに考えられなければならない。

 私たちの課題は、この両立させることは不可能に見える二つの事実に折り合いをつけさせることだ。具体的には、かつてケネディ元大統領が言ったように「人類の本性を急に変化させるのではなく、人間のつくる制度を少しずつ発展させた上で、実際的かつ達成可能な平和を目指す」ことだ。

 では、この発展の実際的なステップとは何だろう。

 まず初めに、戦力行使について規定する基準を、強くても弱くてもすべての国々が厳守すること。無分別な攻撃は許されない。世界はそれた対決しなければならない、ということだ。

 その際、特に重要になのは、われわれは、政府による自国市民の虐殺や、一つの地域全体を暴力と苦悩に巻き込みかねない内戦をどのように防ぐかということだ。それは、後により大きな犠牲を伴う介入が必要になる可能性がある。だからこそ、すべての責任ある国家は、平和維持において、明確な指令を受けた軍隊が果たし得る役割というものを認めなければならない。

 世界の安全保障における米国の責務が消えることは決してないが、米国は一国だけでは行動できない。北大西洋条約機構(NATO)諸国の指導者や兵士たち、そして他の友好、同盟国は、アフガンでその能力と勇気をもってこれが事実であることを示してくれた。

 しかし、多くの国で、任に当たる者たちの努力と、一般市民の抱く相反する感情との断絶がある。私は、なぜ戦争が好まれないのか理解している。だが、同時に、平和を求める信条だけでは、平和を築き上げることはできないということも分かっている。

 平和には責任が不可欠だ。平和には犠牲が伴う。そうだからこそ、NATOが不可欠であるのだ。そうだからこそ、われわれは国連と地域の平和維持機能を強化しなければならない。いくつかの国だけにこの役割を委ねたままにしてはいけないのだ。

 だからこそ、われわれは国外での平和維持活動と訓練から、オスロとローマ、オタワとシドニー、ダッカやキガリへ、故郷へと戻った者たちをたたえるのだ。戦争を引き起こす者としてではなく、平和を請け負う者たちとしてたたえるのだ。 

 武力行使について最後に言っておきたい。戦争を始めるという難しい決定を下すのと同じように、われわれはいかにして戦うのかについても明確な考えを持たねばならない。

 武力が必要なところでは、一定の交戦規定に縛られることに道徳的、戦略的な意味を見いだす。規定に従わない悪意ある敵に直面しようとも、戦争を行う中で米国は(規定を守る)主唱者でなければならないと信じている。だから、私は拷問を禁止にした。

 われわれが戦争を行うことを選択するとき、心に重くのしかかる問題について私は言及してきた。しかし、そうした悲劇的な選択を避けるための努力についてもう一度立ち戻り、公正で永続的な平和を構築する上で必要な三つの方策を説明しよう。

 まず最初に、規則や法を破る国と立ち向かう際に、態度を改めさせるのに十分なほどに強い、暴力に代わる選択肢を持たなければならないと私は信じている。制裁は実質的な効果がなければならない。非協力的なそれらの国の態度には圧力を強めなければならない。そうした圧力は世界が一つになって立ち上がったときにのみ、成り立つのだ。

 核兵器の拡散を阻止し、核兵器のない世界を追求する取り組みが急務だ。各国は(核拡散防止)条約(NPT)に従うこと。核兵器を持たない国は所有を断念すること。核兵器を持つ国は軍縮に向けてまい進すること。

 また、イランや北朝鮮のような国が核不拡散体制を悪用しないよう主張することもわれわれの義務だ。中東や東アジアでの軍拡競争の危険性を無視することはできない。平和を追求する者は、核戦争のため各国が武装するのを何もせず傍観してはならないのだ。

  同様の原則は国際法に違反し、自国の人々をむごたらしく扱う国々にも適用される。国際社会の関与や外交努力はあるが、その時、われわれが結束すればするほど、武力介入したり、抑圧の共謀者となるといったような選択を迫られることは少なくなる。

 これは第2の点につながる。われわれが求める平和の本質についてだ。平和は目に見える紛争状態がないということだけではない。すべての人々が生まれながらに持つ人権と尊厳に基づく平和だけが、真に永続することができる。

 第2次大戦後、世界人権宣言の起草者を後押ししたのはこの洞察だ。荒廃の最中、彼らは人権が守られなければ、平和は空虚な約束にすぎないと認識したのだ。

 しかし、こうした言葉は、人権は西洋の原理だとか、地域の文化に合わないとか、国家の発展の一段階にあるので守れないなどと間違った考えで言い訳する国もある。

 しかし、市民が自由に話したり、好きなように礼拝したり、指導者を選んだり、何の恐れもなく集会を開いたりする権利を否定されるところでは、安定した平和は得られないと信じる。われわれの最大の親友は、市民の権利を守る政府だ。

 米国はさまざまな国の独特の文化や伝統に敬意を払いながらも、常に人類共通の思いの代弁者になる。希望と歴史はこうした(自由を求める)運動の味方になるとはっきりと示すことが、すべての自由な人々と自由な国家の責任だ。

 これも言わせてほしい。人権は、言葉で熱心に説くだけでは促進できない。時には、労を惜しまない外交と連携させなければならない。しかし、相手に手を差し伸べずに制裁を科したり、議論の余地なく非難するだけではだめで、抑圧的な政権は、開かれた扉という選択肢がなければ、新たな道を進めない。

 単純な公式はない。孤立させることと関与すること、圧力をかけることと励ますこと、両者の間のバランスを取るよう、最善を尽くさなければならない。そのようにして人権と尊厳は徐々に向上するのだ。

 第3に、市民の権利や政治的な権利があるだけでは公正な平和とはいえない。経済的な安定と機会が保障されなければならない。なぜなら真の平和は恐怖からだけではなく、貧困からの解放でもあるからだ。

 きちんとした教育を受けたり、家族を支える仕事を得たりするという子供たちの望みがかなえられないところに安全はない。希望がなければ、社会は内側から腐りかねない。

 それゆえ、人々に食料をもたらす農家や、子供たちを教育したり病人を世話したりする国々を支援することは、単なる慈善事業ではない。このことはまた世界が団結して気候変動に立ち向かわなければならない理由でもある。

 国家間の合意。強力な制度。人権の保護。開発への投資。これらすべてが、ケネディ大統領が言及した進化をもたらすのに極めて重要な要素だ。またこれを完遂するためには、道徳的想像力の継続的拡大、すなわち、全人類が共有すべき何かがある。

 世界がだんだん小さくなるにつれて、われわれが基本的に同じものを望んでいると理解し、自分自身や家族がある程度の幸福感や充足感を持って人生を全うすることは、人類にとってだんだん容易になるだろうと、皆さんは思うかもしれない。

 しかし、目まいがするほどのスピードでのグローバル化、現代の文化的平準化の中で、人々が大事にしている自分ら特有のアイデンティティー、すなわち人種、部族、そして恐らく最も力強い宗教といったものの喪失を恐れることは、驚くに値しない。

 しかし、最も危険なのは、偉大な宗教であるイスラム教を歪曲(わいきょく)し、汚し、アフガニスタンからわが国を攻撃した者によって、宗教が罪なき者の殺害を正当化するために利用されるそのやり方だ

 こうした者たちは、われわれに、いかなる聖戦も正しい戦争とはなり得ないことを思い出させる。もし、心から神聖な意志を実行していると信じるなら、抑制する必要などないだろう。自らと同じ信仰を持つ人の命を容赦する理由などないはずだ。

 そうしたねじ曲がった宗教の考え方は、平和の概念と両立しないだけでなく、信仰の目的とも矛盾する。なぜなら、すべての主要な宗教の中心にあるただ一つのルールは、自分たちにしてほしいと思うことを他人にも行う、ということだからだ。

 われわれは誤りに陥りがちであり、間違いも犯す。自尊心や権力、そして時には悪がもたらす誘惑の犠牲ともなる。どんなに素晴らしい意図を抱いていても、時に自分たちの誤りを直すことに失敗することがある。

 しかし、人類の状態を完成させることが可能であると、信じるためにも、人間性が完全であると考える必要はない。また世界をより良くする理想に近づくために、理想化された世界に住む必要はない。

 ガンジーやキング師らの人々が実践した非暴力主義は、いかなる場合でも現実的で可能性を秘めていたわけではない。しかし彼らが唱えた愛、そして人類の進歩にかけた彼らの信念は、どんな時もわれわれの旅を導く北極星でなければならない。

 なぜなら、もしわれわれがその信念を失い、ばかばかしい、甘いと言って退けたり、戦争や平和に関する決定を下す際に無視したりするなら、人間性の最も優れた部分、可能性にかけたわれわれの思い、そして倫理的な指針を喪失することになってしまうからだ。

 キング師は次のように語った。「私はあいまいな歴史への最終回答として絶望を受け入れることを拒否する。私はまた、人間が現在『そうである』性質が、永遠の課題である『そうであるべき』姿に近づくことを不可能にしているとの考えにはくみしない。」

 だから、あるべき世界に到達するよう努力しよう。今日、世界のどこかには、戦闘で不利になりながらも毅然と平和を守る兵士がおり、残虐な政府に対し勇気をもって行進を続ける女性がいる。

 こうした手本を見ならおう。この世界に抑圧はいつも存在することを認めながらも正義に向かって進むこともできる。腐敗が手に負えないことを認めながらも尊厳を追求し、戦争がこれからもあると知りつつも、平和への努力を続けることができる。

 われわれにはそれが可能だ。なぜならそれこそが人間の進歩の物語であり、全世界の希望であり、この困難な時代にあってわれわれが地上で果たすべき仕事であるからだ。

以上 

2009年12月11日 (金)

小沢一郎の権力意志と歴史認識について(2)

 鳩山首相は、12月5日、今後の政権運営のあり方をめぐって、前日4日に首相官邸で小沢幹事長及び輿石東参院議員会長と協議したことを明らかにしました。これについて、小沢一郎幹事長は7日の記者会見で、「私は首相とは会ってません。首相に聞いてほしい」と否定しました。一方の首相は、首相官邸で記者団に対し「まぼろしの方とお会いしたと・・・。現実は、お会いしました。私から持ちかけた。普天間基地移設問題と平成21年度第2次補正予算に関する対応を申し上げた。『その通りで、頑張ってください』という話だった」と、会談があったことを改めて認めました。

 これらの記者会見の様子は、テレビ報道されましたので、多くの国民が目にしたことと思いますが、”一体どっちが首相なんだろう?”と首をひねった人も多かったのではないでしょうか。果たして、小沢幹事長の方が世間の噂通り傲慢なのか、それとも、鳩山首相のリーダーシップ能力が欠如していて、部下から舐められているのか、いずれにしても、内閣のあり様としては前代未聞の醜態のように思われました。

 次いで、12月8日には、当日開催された基本政策閣僚委員会で、菅直人副総理兼国家戦略担当相と国民新党代表の亀井静香金融・郵政改革担当相が、約20分にわたって口論したことが報じられました。

 菅氏は当初、4日に決定するだった経済対策が8日に先送りされたことについて、亀井氏が4日の閣僚委員会に出席しなかったことを批判し、次いで、亀井氏の推薦で元大蔵事務次官の斎藤次郎氏が日本郵政社長に就任したことや、郵政関連法案の成立にも協力したことをとりあげ、「亀井政権じゃないんだ」「鳩山由紀夫首相を支えて、政権全体の責任を分かち合ってもらいたい。党を代表する立場なんだから、理解してもらいたい」と注文を付けました。

 これに対し、亀井氏は閣議後の記者会見で、「ああいうのは議論とは言わない。菅氏は言ってはならんことを言った」と憤まんやるかたない様子でした。結局、亀井氏は、第2次補正予算案に盛り込む経済対策の規模を、当初案より1000億円上積みして、7兆2000億円とすることについて、「首相が決めれば私は従う」と述べ矛を収めました。

 ここで問題は、亀井氏の言う「菅氏は言ってはならんことを言った」の意味ですが――これを詮索する報道は見かけませんが――私は、このポイントは、菅氏の発言によって、日本郵政社長に斉藤氏を充てたことや、日本郵政とゆうちょ銀行、かんぽ生命保険3社の株式売却凍結法案などの「郵政関連法案」の成立は、亀井氏の意向によるものであって、民主党の本意ではないということが国民の前に明らかにされたことだと思います。当然菅氏はこうした計算をしていたはずで、亀井氏が憮然としていたのもむべなるかなと思いました。

 それにしても、今までの亀井氏の行動は、国民新党がいくらキャスティングボートを握っているからといって、国民新党の獲得議席数からすれば、国民の意向を無視した独断・独善的行動といわざるを得ず、それだけに、菅氏の発言は国民の目には”まっとうな意見”と映ったのではないかと思います。本来なら、こうしたことは、鳩山首相のリーダーシップさえ”まっとうに”発揮されていれば起こり得ないことなのですが、ここでも、氏のリーダーシップの無さが遺憾なく露呈されたと思います。

 しかし、真の問題は小沢氏です。氏は、今後、民主党政権をどのように運営しようとしているのか。普天間基地移設問題を端緒に信頼の揺らいでいる日米同盟関係や、核戦力を含め軍事力を一層強化しつつある一党独裁国家中国との外交関係をどのように調整しようとしているのか。本年度の国債発行額が、終戦直後の1946年度以来63年ぶりに税収を上回るという財政の異常事態にどう対処するのか。そのあたりの氏の意向が一向に見えてこない、ということなのです。

 そこで、前回言及しました氏の著書『日本改造計画』と『小沢主義』などから、氏のこうした問題に対する基本的考え方を探ってみたいと思います。

 まず、日本の安全保障の問題の問題ですが、とっかかりの問題提起として、WSJ(ウオールストリートジャーナル)10月26日のTokyo Defense kabuki と題する記事を念頭に置いていただきたいと思います。外国のジャーナリストがこの問題をどのように見ているのか、ここに明快に示されているからです。

Mr. Hatoyama may feel that he's simply sticking to a campaign pledge to put more distance between Japan and the U.S. But it doesn't sound like he's thought much about the alternatives. Will Japan spend more on its own defense? Does Mr. Hatoyama think the North Korean nuclear program and growing Chinese military force aren't serious enough to warrant a closer U.S.-Japan relationship? Does he think diplomacy alone can keep Japan safe? These are the questions Japan's new prime minister needs to be asking, rather than putting on a kabuki show on defense.

 鳩山氏は、単に、日米の同盟関係に今よりも距離を置くとした選挙公約にこだわっているだけなのかも知れない。しかし、彼はそれに代わる十分な対案を持っているようには思えない。日本は自国の防衛により多くの支出をしようとしているのか。鳩山氏は、緊密な日米関係による保障を必要とするほど、北朝鮮の核開発プログラムや中国の軍事力増強は深刻ではないと考えているのか。彼は、外交だけで日本の安全が確保できると思っているのか。これらが、防衛問題について日本の新首相が問われている問題である。歌舞伎を演じている場合ではないのである。(私訳)

 ここで問われているのは以下の三点です。
一、日本は自国の防衛により多くの支出をしようとしているのか。   
二、北朝鮮の核開発プログラムや中国の軍事力増強は、緊密な日米関係による保障を必要とするほど、深刻なものではないと考えているのか。
三、外交だけで日本の安全が確保できると思っているのか。

 では、これらの疑問についての小沢氏の考えはどうなっているのでしょうか。それは氏の次のような言葉に明快に示されています。

外交不在の国

 そもそも日本は歴史的に見ても、島国という地理的条件もあって、外交らしい外交をほとんどやってこなかった国である。
 近代に入って、日本は西欧諸国とも外交関係を持つようになったわけだが、明治維新の元勲たちがいた間はよかったが、彼らがいなくなってしまうと途端に「外交音痴」に戻ってしまった。そして、昭和の日本は国際問題を処理することができなくなり、あのような戦争に突入することになってしまったというわけだ。

 戦後は、「アメリカの傘」に守られていた日本は、外交や防衛といった国家にとって重要な問題をみずから考え、決断する必要に迫られずに済んだ。
 しかし、冷戦構造の終結によって、そうした時代はすでに過去のものとなった。日本は否応なしに「自分の脚」で立ち、「自分の頭」で考えて決断することが求められている。

無定見な対米外交

 今の日本が抱えている最大の外交問題は何といっても、対米関係、ことにアメリカが行なっている「テロとの戦争」への対応だろう。
 僕は日本の外交にとって最も重要なのは日米関係だと思っている。日本と同じ政治体制、経済体制を持ち、長い歴史的関係を持つ両国が緊密な関係にあることは、世界平和にとっても、また日本の繁栄と安全のためにも必要不可欠なことだ。
 しかし、だからといって現在のように「アメリカのI」機嫌取り”をしていればよい」というような態度を取るのは、けっして本当の意味での同盟国のあり方ではない。

 読者もご承知のとおり、アメリカは二〇〇一年のアフガン戦争、そして二〇〇三年のイラク戦争において「これはアメリカの戦争だ」として、国際社会の同意を待たずに戦争を開始した。
 僕は、日本が国連決議を待たずにアメリカ支持を打ち出したことそのものを一方的に批判しているわけではない。
 国際社会全体がアメリカのやり方を支持しなくても、日本の国益や世界平和の観点から、同盟国としてアメリカを支えるという判断がそこにあるのなら、それはそれで国家としての行き方であり、一つの外交政策となりうる。

 しかしながら、そこにはたして日本外交としての見識や思想があったのか。あるいは国益に基づく判断があったのか。そんなものがあるとは、僕にはとうてい思えない。
 しかもその一方において、アフガンの復興と治安維持のため、国連は各国に要請してPKOを組織してアフガンに派遣したが、日本は国連の活動であるPKOであるにもかかわらず、「危険だから」という理由で参加を断わっているのである。

その場しのぎの下策

 そもそも、自衛隊は紛れもない軍隊であり、その軍隊を自国の領土の外に派遣するというのは、ひじょうに重大な意味を持っている。
 自衛隊を派遣するならば、まず日本の立場と方針を明確に説明し、その枠の中で行動するのが当然のことであって、「その場その場で対応する」という対応は国家のあり方としては下策だ。
 ましてや、自衛隊の海外派遣については、従来から憲法第九条の規定に抵触するのではないかという議論が絶えないところだ。

 アメリカと連携して対テロ戦争に参加するというのであれば、従来の憲法解釈を変更し、我が国の安全と直接関係のない事態であっても、目米同盟のもとにアメリカと集団的自衛権の行使が可能であると、日本政府として正式に決定した上で、堂々と自衛隊をイラクに派遣するのが筋というものであろう。

国連に「御親兵」を

 今のアメリカの過ちは、世界の平和を自国だけの力で維持できると過信しているところにある。
 たとえば現在のイラクの混乱にしても、やはりアメリカが「これはアメリカの戦争である」として、国連による決議といった手続きを経ずに戦争を開始してしまったことがそもそもの誤りだった。
 これがもし、アメリカが最初から国際協調の中でイラク問題を処理していたら、ここまで戦後統治に苦労することはなかったはずだ。

 といっても、今の国連には残念ながら、平和のための実力行使を行なう自前の警察力、軍事力がない。現在の国運の枠組みでは、国連が平和維持活動を行なうときには各国からの軍隊がそれに参加することになっているわけだが、それではしょせん「借り物」にすぎない。

 国連が本当の機能を果たすためには、やはり常設の警察軍を自前で持つのが理想である。しかし、国連がみずから独自の警察車を創設することは、今の世界情勢ではほぼ絶望的であろう。

 そこで僕がかねてから理想として提唱しているのが、日本が世界に先駆けて、国運にその力を提供するということである。
 ご承知のとおり、明治維新の際、新政府は当初、自前の軍隊を持たずに、薩長をはじめめとする旧藩の「多国籍軍」によって国家防衛、治安維持を行なっていた。今の国連と同じである。
 僕は、この明治維新の故事にならって、日本は今こそ国連に「御親兵」を出して、世界平和への我が国の姿勢と理念を世界にアピールしていくべきだと思っている。

今こそ日本国憲法の精神を

 といっても、現在の自衛隊をそのまま国連に差し出すのは内外から誤解を受ける恐れがある。だから自衛隊とはまったく別に国連専用の組織を編成し、これを提供するわけである。もちろん、その場合、その部隊は国運事務総長の指揮下に入る。
 日本には不幸な過去があるから、現在のように自衛隊を国連の平和維持活動に提供すれば、それは周辺諸国に対して余計な疑念を起こしかねない。自衛隊はあくまでも国家防衛に専念する、専守防衛の兵力としておけば、そうした摩擦はなくせる。

 さらにもう一つ、付け加えれば、国連に部隊を提供することは現行の憲法といささかも矛盾するものではない。いや、それどころか憲法の精神に合致していると言っても過言ではない。

 なぜなら、先はども述べたことと重なるが、日本国憲法前文には世界の国々、諸国民と協力して「国際社会において名誉ある地位を占めたい」という理想が掲げられている。  一国だけの努力や活動ではなく、世界との連帯こそが重要であるという憲法の理想に、現在の地球上で最も近いのが国連であるし、実際、国連憲章の精神は各国が個別的に平和を目指すのではなく、国際的な協調の中で平和を実現するということにあるのだから、これはまさしく日本国憲法の精神とも合致するものだ。

 だとすれば、日本が国連の改革・発展に尽力していくのは、憲法の要請するところだとも言えるわけである。
 さまざまな問題を抱えている国連をどう改革し、世界平和実現のために実効ある組織に変えることができるかを考えるのが、現代を生きる我々日本人の責務ではないだろうか。

 何度も繰り返すけれど、外交とはまずみずからの信念、ビジョンを世界中に明確にアピールすることから始まる。そして、みずからの信念に基づく行動を起こしてこそ、国際社会において敬意を払われる国家になれる。
 僕は日本に、そうした国になってほしいと心の底から思っている。

日本は世界に何をできるか

 もちろん、国連部隊の創設ですべてが解決するわけではない。軍事力・警察力の行使は、あくまでも「対症療法」的なものであって、戦争や紛争、あるいはテロそのものがそれによってなくなるわけではない。
 現在のイスラムーテロにしてもそうだが、あらゆる戦争や紛争の根っこにあるのは貧困の問題だ。

 こうした世界的規模での貧富の差、富の偏在をどうやって解決していくか。これは難問ではあるが、日本が二十一世紀の外交課題として取り組んでいく問題だと思っている。

 日本は戦後半世紀の間、アメリカの傘の下で保護されてきたから、みずからの信念、哲学を問われることはなかった。
 しかし、二十一世紀の日本はそうであってはならない。「自立した国家」として、世界に何が貢献できるか、それが問われている。「アメリカのご機嫌を取っていれば大丈夫」などといった安易な道は止め、今こそ「日本が世界に対して何をできるのか」を考えなければいけないと僕は思う。 

 以上で、先の一及び三の疑問についての小沢氏の答えは明らかだと思いますが、では次に、二の疑問についての小沢氏の答えはどうなっているのでしょうか。

靖国参拝の問題点

 小泉首相が就任以来、靖国参拝を繰り返して、そのたびに中国や韓国の反発や抗議を受けてきたのはご承知のとおりである。
 首相は、この靖国参拝について「政治家の信念として」とか「不戦の決意を込めて祈願している」などと語っているが、そうした政治的信念に基づくというのならば、堂々と靖国神社に行くのが筋というものである。

 つまり、あくまでも首相としての公式参拝ではなく、私人としての信仰活動だということにして、アジア諸国や国内からの反発を避けようとしたわけである。

 僕は中国や韓国が繰り返している批判には同調するつもりはないが、首相のこのやり方は姑息きわまりないものだと思っているし、政治家としての見識を大いに疑う。靖国神社に参拝するのが自分の信念ならば、それをきちんと説明するほうがかえって日本のためになったはずだ。

自らの信念を堂々と述べる

 僕は年に一回、「長城計画」と題して、一般からの参加者を募って中国指導部と人民大会堂で会食・懇談をしたり、北京市内や万里の長城を見学する交流事業を実施している。これは日中国交回復を成し遂げた田中角栄元首相の「両国の友好親善のためには草の根レベルの交流が大切」という精神から、自民党時代の昭和六十一年から行なってきたものだ。 そんな関係もあって、僕はこれまで何度も中国の指導者だちと会談を持ってきたが、そのときに靖国問題がしばしば話題に出る。

 もちろん、中国側は靖国神社の存在そのものを不快としているわけだが、僕はそのたびに自分の信念をきちんと説明している。
「どこの国でも、自国のために命をささげた国民に敬意を払うのは当然のこととされている。我が国においては、それが靖国神社であって、そこに行って日本人が感謝の念を示すことに他国から文句を言われる筋合いはない」

 「戦争の勝者が敗者を裁いたことによる「戦犯」という考え方を僕はよいとは思わないが、ただ靖国神社にいわゆるA級戦犯の人々が雌られていることは問題だと思っている。なぜならば、靖国神社とは戦死した人を祀る場所であって、戦犯とされている人たちは戦死者ではないからだ。この問題をクリアすれば、僕は首相が靖国神社に参拝するのはまったく問題がないと思っている」

 こうやって僕は中国要人に対して、さまざまな問題に関していつも堂々と自己の信念を明確に説明しているが、それで会談がこじれたり、会談をキャンセルされたことは一度もない。
 もちろん、僕の話で彼らが考えを変えるわけではないが、「あなたの考えはよく分かった」と理解してくれる。

 今回の訪中(二〇〇六年七月)で、胡綿濤主席をはじめとする、中国首脳と会談したときにもあらためて感じたことだが、立場の違い、歴史の違い、民族の違いはあっても、みずからの所信を堂々と述べれば、相手はそれなりに尊重してくれるし、理解もしあえるのだ。これは中国に限らず、どこの国であっても同じことだろう

最も恥ずべき「嘘つき」の汚名

 そもそも、現在、靖国神社問題がごじれているのは、ひとえに日本側の対応に問題がある。
 外交においては、「嘘つき」と呼ばれることは最も恥ずべきことである。その恥ずべきことを一国の首相が行なったために、中国も韓国も余計に憤激しているのである。このことはあまり知られてないようだから、ことの顛末を簡単に振り返れば、こうなる。

 二〇〇四年十一月にチリーサンティアゴで行なわれた日中首脳会談の場で、胡錦濤主席から靖国参拝を見送るように要請された際、小泉首相は「分かった。適切に対処したい」と答えた。
 ところが、それでも小泉首相は二〇〇五年十一月になって靖国参拝をしたわけである。これでは中国側が「小泉首相は言うこととやることが違う男だ」と不信感を持ってもしかたがない。

 一国の首相である以上、その場しのぎのごまかしを言って済ませることは許されない。首相はその場を取り繕うために「適切に対処したい」と言ったのかもしれないが、それは最悪の選択だ。
 参拝するつもりだったならば、「主席の立場はよく理解した。しかし、私は日本人の立場から参拝せざるをえないのだ」と堂々と語っておけばよかった。

 一般の人間関係と同様、国際関係においても嘘やごまかしは最もよくない。本音で話し合い、自分の信じるところを語れない人間は誰からも信用されない。

(以上『小沢主義』より抜粋引用)

 これで、二の疑問についての小沢氏の見解もほぼ明らかになりました。氏は、自民党時代の昭和61年から、田中角栄首相の「両国の友好親善のためには草の根レベルの興隆が大切」という精神から、年に一回、一般からの参加者を募って中国との交流事業を実施してきているのです。従って、今回の総勢600名にも達するという同行者を連れての中国訪問も、その一環ということになります。そこで、中国指導部とも、それぞれの国の「立場の違い」「歴史の違い」「民族の違い」を尊重しつつ、率直な意見交換が行なえるのなら、それは本当にすばらしいことではないかと思います。

 そういえば、小沢氏はかって(2002年4月6日)、福岡市内で講演し、東アジア情勢に関連して、中国の軍事力増強への懸念を示すとともに、日本の「核武装」論に言及したことがありましたね。

 「私はこの間、中国共産党の情報部の連中に言ってやった。あまりいい気になっていると、日本人はヒステリーを起こす。中国はロケットだの、核弾頭だのと言っているが、核兵器を作るのは簡単だ。日本がその気になれば一朝にして、何千発の核弾頭が保有できる。プルトニウムは一杯余っているのだから」と語った。そのうえで、「日本は軍事力では(中国に)負けない。だけどそういう時代にまた逆戻りするのか。それで本当にお互いの共存繁栄を図れるのか」とも語り、日中両国とも軍備増強路線は取るべきではないとの考えを強調した、というものです。

 さて、以上のような氏の主張を見ていると、鳩山首相の最近の対米交渉における、「嘘つき」といわれても仕方のないような曖昧な態度について、氏がどう見ているか、おおよその見当がつくように思われます。冒頭に紹介した「私は首相と会っていません」という、小沢氏の木で鼻をくくったような、突き放した物言いは、氏の鳩山首相に対する感情が決して同情的なものではないことを示していると思います。

 それにしても、なぜ、以上のような、氏の著書から伺われる小沢氏の思想信条と、氏の現実政治における政治手法及びそこから生み出される言動とは、関連して論じられることが少ないのか。そこには、およそ同一人物のものとは思われないほどの懸隔があるから、実は、社民党や国民新党との連立も可能となっているわけで、次回は、これらの問題を、小沢氏の日本の経済・財政問題についての考え方とも合わせて、総合的に考えてみたいと思います。

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