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2010年1月22日 (金)

民主党に小沢政治からの脱却をすすめる

 野党に身を置いてきた小沢氏になぜ地元建設業界が献金をするのか。それは総会屋がみかじめ料を企業から取るようなものだという「一読者」さんのご指摘(ブログ『一知半解』参照)には、なるほどと思いました。ただし、これは、企業が表に出せない何らかの弱みを総会屋に握られていることが前提で、小沢氏の場合は、建設業界の裏の談合組織の実態を熟知しているゆえに、そういう恫喝的「裏権力」の行使ができたのだと思います。

 こうした裏権力の行使は、小沢氏の親代わりだったという田中角栄氏が最も得意としたところで、氏は自民党を離党し「一審有罪刑事被告人」となった後も、「田中閥」を通して自民党を支配し「キング・メーカー」であり続けました。小沢氏はその下で「小角栄」として「角栄マシン」の構成と運営に参加することを通して、それを機能させ「裏権力」を行使する方法を学び、かつ、彼が何処で躓いたかを知り、それを免れるためのより巧妙な方法を案出したのです。(『派閥』山本七平)

 ではそうした「裏権力」はどのように行使されるか。ガルブレイズによると権力の源泉は、「個人的資質、財力、組織」であり、その手段は「威嚇、報償、条件づけ」だといいます。小沢氏は、野党にある間、野党「組織」(新生党、新進党、自由党、民主党)を掌握し、そのための金力を維持し、そして、ここがポイントですが『日本改造計画』を出版して、日本社会のぬるま湯的「コンセンサス社会」を民主的「多数決」社会に、伝統的談合社会を新自由主義的競争社会に転換するよう提起し、これによって、日本の政治家の中では傑出した国家論の持ち主として、その「個人的資質」を国内だけでなく欧米にも高く評価されたのです。

 こうして氏は権力の三源泉を押さえ、その上で選挙時の公認権や政党内の政治資金を差配し、人事を支配することで、ある時は威嚇、ある時は褒賞、それを繰り返すことで、支配下にある議員や秘書を、あたかもパブロフの条件反射の犬のように、小沢氏の思いのままに動くよう条件付けたのです。また、地元選挙民との関係は徹底した戸別訪問によるスキンシップでした。角栄氏の場合は「慶弔」特に葬式。氏は「人と会う前にその人のことを両親から親戚縁者、出身地、一族の中の有名人等々まで調べて、すぐにそこから話をした」といいます。(上掲書)

 氏はこうした角栄的政治手法を徹底して学んだわけです。ところが、そうした権力操作に想定外の狂いが生じることになりました。それは、小沢氏が自民党を脱党して新生党を作ったが、その次の選挙で多数を得なかったために、氏の思想とは対極にある社会党との連立を余儀なくされたことでした。社会党はいうまでもなく、日本の「コンセンサス」文化を政治に持ち込み、「多数決の横暴」を批判し、これを国際政治にも延長し、国際社会を家族主義で理解した政党です。もちろん表向きの思想や経済政策は社会主義でした。

 小沢氏は、当初は小選挙区制の導入によって社会党の壊滅を策しましたが失敗し、結局、彼らとの妥協なしには野党をまとめきれないことを悟りました。そして、民主党に合流した時点で、党内の社会党閥重鎮の横路氏と政策合意する事を決心したのです。そのため、その後の氏の主張は、かって『日本改造計画』で説いたものと矛盾するようになりました。そして自民党による「多数決」の横暴を批判し、小泉内閣の外交政策やその民営化路線を徹底的に攻撃するようになったのです。

 これが功を奏して首尾よく政権交代を果たすことができました。しかし、このため、マニフェストに事業仕分けのような「ムダ排除」と特殊法人改革に逆行するような郵政民営化見直し、そして子ども手当のような「バラマキ」政策が混在することになりました。そこで問題となったのは、小沢氏の「本音の思想」は何なのかということです。氏の『日本改造計画』や『小沢主義』を読んだ人は、その後の氏の主張の変化をあくまで政局上の方便と見て、なお氏の政治力に期待する人が多かったと思います。(下線部挿入1/22)

 ところが、それにしてはどうもやり口が「角栄的」すぎる。ひょっとしたら、氏の「本当の思想」は、『日本改造計画』ではないのではないか。この本は小沢氏の外10名程度の学者や官僚の協力で書かれたそうですが、一説によると、『改造計画』のほとんどは大蔵官僚が書いたもので、小沢氏が書いたのは有名な序文の「グランドキャニオンの柵」の話とイギリスの議会の部分だけだったともいいます。

 いずれにしても、氏の最近の言動を見ていると、氏の資質は公開された「言論」を通して政治的意思形成をはかる民主政治家のものではなく、むしろ、権力を維持するためには、裏権力をも駆使して威嚇し、あるいは報償し、条件付けすることを辞さない、権力闘争至上主義者のものではないか、と疑われるようになったのです。一体氏は、その独裁的権力を自己に集中することによって、何をしようとしているのかと。

 『小沢主義』では、中国とも、歴史問題や靖国神社問題について堂々と渡り合っているように書かれています。しかし、それがどういう手法によっているのか分からない。氏の言う率直な意見交換だけでそれが可能になっているとも思われない。もしこれが、習近平氏の「天皇会見」で示された手法や、高野山金剛峯寺での「キリスト教批判」程度の見識に基づくものなら、それが本物であるはずがなく、所詮ブラフの域を出ないものではないかとも推測されます。

 さらに、恐るべきは氏の順法精神の希薄さですね。現在問題になっている政治資金規正法違反は、日本の談合社会的伝統(これは鎌倉時代に武家社会に発生した一揆契合に由来する)、そこに根ざす日本政治の金権体質を、より高次の法的規正のもとに置くことで、その是正(合理化を訂正1/25)を図ろうとするものです。政党助成法もそこから生まれた。そして、このような政治制度改革の必要を訴えてきたのが小沢氏本人でした。

 ところが、今日の政権奪取に至るまでに氏のやったことといえば、こうした政治制度改革の裏をかき、その不備を突いて、自己の政治資金を貯め込み、その資金力をもって政党及び政治家を支配することでした。そして、かって自分が主張した思想とは裏腹の、日本のコンセンサス社会の談合体質を温存しそれを抱き込み、小泉構造改革の民営化路線を「格差社会」を作りだしたとして徹底的に批判することでした。

 これが功を奏して民主党が政権を獲得し、小沢氏が絶対権力を掌握したその矢先、東京地検特捜部から政治資金規正法違反容疑で、氏の三人の秘書が逮捕されたのです。疑惑は、2004年の土地購入や、西松建設、水谷建設、山崎建設、鹿島建設などから小沢氏の政治団体への政治献金が、政治資金規正法違反にあたるというものです。これについて検察の暴走を指摘する意見もありますが、これらの疑惑が、政治家個人への企業団体献金を禁止した政治資金規正法や政党助成法の立法趣旨を裏切るものであることは明らかだと思います。

 こうした手法を、小沢氏が政府与党の幹事長として活用したらどうなるか。小沢氏は、業界からの陳情を全て与党幹事長に集権化しようとしています。これは日本全国全ての利権が小沢氏に集中することを意味します。ジャーナリストの上杉隆氏は、政府や官僚が陳情から開放されることのメリットを強調していますが、これによって政党に対する業界からの政治資金が合法化され、それを与党幹事長が仕切ることになるわけで、小沢氏は与党立候補者の公認権も持っていますから、小沢氏には誰も逆らえなくなります。

 おそらく氏はこのような体制下で、全てを「多数決」によって決めようとしているのでしょう。しかしこれはどこかおかしい。何か変だ。氏は、先に紹介したガルブレイズの権力の三源泉「個人的資質、財力、組織」を独り占めし、臆面もなく「威嚇、報償、条件づけ」を駆使して権力を行使しようとしている。本来なら、これらの権力は首相に帰着すべきものではないか。首相は議会で選出され、内閣は議会に対して責任を負う。しかし、与党幹事長の「裏の権力」行使は議会に拘束されない。(下線部1/25挿入)

 もちろん、小沢氏が首相になれば、これらの権力は全て「表の権力」となり小沢氏が掌握することになります。その時はすでに政治資金は与党に集中しています。従って、与党の政治家に対する政治資金の配分も、さらに選挙における公認権も全て小沢氏が握ることになります。そして与党の人事も、政府の人事も、また政治主導に基づく官僚の政治任用も思いのままです。今、氏を追い詰めている検察でさえ、所詮は官僚ですからね。(下線部1/25挿入)

 かって田中角栄の闇権力行使にストップをかけたのは東京地検特捜部でした。ロッキード社からの五億円献金事件がそのきっかけでした。その後の金丸信氏の佐川急便からの五億円献金事件等を経て、1994年政治資金規正法が改正されました(1999年には企業から政治家個人の資金管理団体への寄付が禁止された)。これによって、たとえ政治資金をめぐる受託収賄が立証されなくても、政治資金規正法違反で、自民党の橋本元首相や加藤紘一氏は議員辞職に追い込まれたのです。(下線部1/25挿入)

 しかし、小沢氏はこうした制度改正にもかかわらず、その後も依然としてより巧妙かつ悪質な方法で、東北の建築業界の裏組織からの政治献金を受け続けました。それに待ったをかけたのが再び東京地検だったわけで、残念ながら、日本の政治においては、その談合体質に根ざす利権構造からの脱却は、やはり検察権力によったことになります。これに政治的圧力を加えることしかできなかった民主党の議員達、彼らもまた角栄的ヤミ権力にひれ伏すものであったわけです。(下線部1/25挿入)

 かっての政治資金規正法違反は、形式犯として政治資金収支報告書の訂正程度で済まされたという意見があります。しかし、それは以上述べたような政治資金規正法の改正趣旨や政党助成法の導入による政党交付金の交付の意義を考慮しない意見だと思います。もし、小沢氏のやってきたようなことが「形式犯」として「収支報告書の訂正」程度で済まされるなら、1994年、1999年の政治資金規正法改正の意義はなくなってしまいます。

 しかし、政治資金規正法違反といっても、その罰則はその違反の程度によるわけで、鳩山首相の場合は、脱税額の納付と政治資金収支報告書の訂正で済まされました。これに対して、小沢氏の場合は、より悪質性が高いと評価され、それが今回の三人の秘書の逮捕につながったのです。いずれにしても、こうした捜査の適否を判断する上からも、事実関係の究明が第一であって、もし今回のように被疑者が検察との対決姿勢を鮮明にすれば、捜査がより厳しくなって当然です。

 そこで今日民主党の取るべき態度ですが、まず、事実関係を迅速かつ正確に把握し、党としての見解をまとめることが大切だと思います。あえて私見を申し述べれば、民主党は、小沢氏の上述のような政治手法から決別すべきです。その上で、権力至上主義に基づく野合的な政権ではなく、言葉=思想に基づく政権作りをめざすべきです。また、言ってることがころころ変わるリーダーではなく、明快かつ確固たる政治的メッセージをもって党内をまとめ、国民に支持を呼びかけるリーダーを選出すべきです。

 私は民主党の政策を、神保哲生氏の『民主党が約束する99の政策で日本はどう変わるか?』で理解したために、政権獲得後の民主党の姿には思想的にも政策的にも大きな落胆を味わいました。しかし、そこには日本の政治を蘇らせる大胆な思想に基づく政策提言がなされていることも事実です。そうした政策を実現していくためにも、小沢政治からの脱却を契機に、堂々たる言論による日本政治の民主的改革を推進してもらいたいと思います。まずは、自らの思想的・政策的立脚点を明確にし、野合的連立を解消することからスタートすべきではないでしょうか。

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