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2010年1月17日 (日)

小沢一郎の権力意志と歴史認識について(5)

 ついに、小沢氏の元私設秘書で陸山会の会計事務担当だった民主党衆院議員、石川知裕氏と、石川容疑者の後任の事務担当者だった池田光智・元私設秘書(32)が政治資金規正法違反(虚偽記入)容疑で東京地検特捜部に逮捕されました。前者は、平成16年10月、陸山会が東京都世田谷区の土地を約3億4千万円で購入した際、簿外で調達した土地代金4億円を収支報告書に記載しなかった、後者は、17年1月に土地代金など約3億5200万円を支出したよう虚偽記載したほか、19年春に陸山会が小沢氏に返済金名目で支出した4億円を記載しなかったという容疑です。

 すでに、小沢氏の公設第一秘書大久保氏は、陸山会などが実際には西松から受領した3500万円の献金を西松OBが設立したダミーの政治団体から受けたように政治資金収支報告書に虚偽記載したとして逮捕起訴され現在公判中です。大久保氏はこれに加えて、16日、上記の事件に関する容疑でも逮捕されました。この事件をめぐっては、小沢氏自身も東京地検特捜部から事情聴取を要請されていますが、「忙しい」と拒否する一方で、日本棋院で井山裕太名人(20)と囲碁対局をするなど、挑戦的な態度を続けています。

 しかし、小沢氏にとって客観情勢は次第に絶望的になっているようですね。今年二月号の文藝春秋には、昨年3月3日大久保氏が東京地検に呼ばれた際、石川代議士の元秘書金沢敬氏らが、赤坂の陸山会事務所などから関連する証拠書類を運び出したとする一種の「内部告発」記事が掲載されました。金沢氏は、同様の内容の上申書と証拠テープをすでに東京地検に提出しているそうで、国会での参考人招致にも応じるといっています。14日には、自民党で開かれた民主党の小沢一郎幹事長の政治資金をめぐる勉強会に出向き証言までしています。

 昨年の3月に大久保秘書が逮捕された時点では、選挙を控えて政治的な影響の大きなこの時期に、あえて野党党首の公設秘書の逮捕にまで踏み切った検察の意図に疑問を呈する意見もありました。曰く「実際は西松建設がお金を出していることが分かっていても、政治団体から寄付を受けたのであれば、政治資金収支報告書には政治団体の名前を記載しても違反にはならない。政治団体がなんら実態の無いダミー団体で、しかも寄付を受け取った側がその事実を明確に把握していたことが立証されない限り、政治資金規正法違反とは言えないが、実態の無い政治団体はたくさんある。」(元検事 郷原信郎氏)など。

 この時は、小沢氏は、党内の動揺を避けるため、5月11日民主党党首を辞任しました。しかし、その一方で小沢氏側は、次期衆議院選挙が近づくこの時期に、このような検察の捜査が行われることは「国策捜査」であるとか、捜査当局でしか知り得ない情報がメディアにリークされているのは、国家公務員による秘密漏えいの疑いがある、などとを検察を批判しました。これが功を奏して、小沢氏への批判は次第に弱まって行き、世論調査では、半数近くが「検察側の捜査は政治的に不公平」と回答し、「公平」とする回答を上回るようになりました。

 その結果、8月30日に行われた第45回衆議院議員総選挙では、自民党麻生内閣の相次ぐ失態もあり、民主党が地滑り的大勝を得、55年体制確立以降初めての本格的政権交代が実現しました。しかし、この間、検察当局は、大久保秘書を政治資金規制法違反容疑で起訴するとともに、新たに、冒頭に紹介した土地購入をめぐる2004年の4億円の入金、2005年の4億円の入金と同額の出金、2007年の4億円の出金のいずれも、同会の収支報告書に収入や支出としての記載がないとして、政治資金規正法違反(不記載)で捜査を継続しました。

 2010年1月13日には、東京地検特捜部は、土地購入の原資などを解明するには、強制捜査が必要と判断し、陸山会や小沢氏の都内の個人事務所、当時小沢の秘書で会計事務担当だった石川知裕(現衆議院議員)の議員会館事務所や地元事務所大手ゼネコン鹿島などを一斉に家宅捜索しました。そして、ついに15日、冒頭に述べたように、小沢氏の元私設秘書で陸山会の会計事務担当だった民主党衆院議員、石川知裕氏と、石川容疑者の後任の事務担当者だった池田光智・元私設秘書(32)を、政治資金規正法違反(虚偽記入)容疑で逮捕したのです。

 こうした一連の事件は、田原総一朗氏が「今、この国で死に物狂いの攻防戦が繰り広げられている。戦っているのは小沢一郎・民主党幹事長。相手は東京地検特捜部だ。これはもう、すさまじい戦いである」といっているように、まさに死闘といえます。なにしろ小沢氏は、田中角栄のロッキード社からの収賄事件や、金丸信の佐川急便からのヤミ献金事件の渦中にあって、「企業からの献金について収賄容疑をいかに逃れるか」を徹底的に研究していますから、今後とも強気の姿勢を崩さないと思います。

 だが、こうした彼の手法では、田中角栄の豪腕をもってしても派閥内での権力維持ができなかったように、民主党派閥内での権力維持は困難になると思います。なにしろ、彼は自説で「公正であるべき政策決定がカネで歪められている」として、「政治資金の出入りを一円に至るまで全面的に公開し、流れを完全に透明にする」ことを主張するとともに、「企業や団体による政治献金は政党に対してのみとし、政治家個人への献金は禁止する。」その代わり、政治活動費は公費で助成すべきことを主張し、そのように政治資金法を改正し政党助成法を成立(1994)させてきた人間ですから。

 その彼が、こうした法律の制定趣旨を無視し、法の網の目をかいくぐり、臆面もなく地元建設会社からの小沢一郎個人に対する巨額の政治資金を受け続けてきたという事実は、ほとんど周知の事実になっています。ではなぜこのような言行不一致を犯してまでも、氏は金を集め続けたか。それは、氏が野党に身を置きつつ政治権力を維持するためには、彼自身の支配する政党組織が必要だったからです。そのことによってはじめて政治的パワーゲームが参加できた。だからこそ政党を作り、壊してはまた作る、それを繰り返した。そのために金が必要だったのです。

 小沢氏は『小沢一郎 政権奪取論』の中で次のような述懐をしています。
「(もし僕が自民党から離脱せず)党に残っていたら、逆に党内をもっと変えられたかも知れないと思う。」「利口な人なら自民党に残っただろうね(笑)。僕は派閥では、事務局長、事務総長、そして会長代行をやった。金集めもした。だから、自民党に残っていたら、派閥会長に小渕さんがなっていようが、ほかのだれかがなっていようが、そんなこととは関係なく、キングメーカーとして権勢をふるえて、きっと左うちわだったろう(笑)」(p105)

 この時の小沢氏の脱党について、石原慎太郎氏は次のように評しています。「これは五十五年体制と呼ばれてきた、自民党単独の与党としての長期にわたる君臨の終焉であり、日本の政治の長きにわたる混乱の始まりでもあった。しかしそこに国を左右しかねぬような何らかの重要な政治案件に関しての・・・決定的対立があったわけでは決してない。」(『国家なる幻影』p626)

 「その口火となった小沢氏達の脱党は、私から眺めれば、何を唱えてかかろうとただ噴飯なものでしかなかった。・・・同族意識から彼を寵愛した金丸信なる人物の存在なしにあり得ぬ抜擢を我が身の能力と錯覚していっこうに気づかぬ程度の男、つまり北朝鮮での中世的独裁者金日成あってはじめて存在できた息子の金正日と同じ実質でしかない指導者(?)の子供じみた衝動に依るもので、今になってそんな人物にとてもついて行けないなどという手合いの慨嘆は所詮身から出た錆としかいいようはあるまい。
 大体自分たちが経世会なる、党内のさらに絶対与党たる派閥に属してきたおかげで金銭と地位役職でどれほどの相伴に与り、勝手気ままなことをしてきたかを思い返してみたらいい。」(上掲本p627)

 小沢氏のこうした行動は、あるいは、石原氏のいうように「子供じみた衝動に依るもの」だったのかもしれません。だからこそ、氏自身にも、「あの時自民党に残っていたら・・・」という想念も蘇ってくるのでしょう。しかし、結果的にはそれが、いわゆる五十五年体制を崩壊させ、その後の「日本の政治の長きにわたる混乱」をもたらしたことは事実です。そして氏が、その不倶戴天の政敵である社会党との連立を余儀なくされたのも、そして、自民党が社会党と連立したのも、その「衝動」がもたらした混乱だった、ということができると思います。

 途中、小泉純一郎という、自民党内で同様の政治改革を目指した男が出て一定の成果を上げました。おそらく小沢氏にとっては、決して許せぬ異常事態の出現であり、ゆえにこの粉砕になりふり構わぬ攻撃をかけたのです。それが功を奏して自民党による政治改革は挫折しました。その間隙を突いて、民主党は、政権交代による日本政治の抜本的改革を訴え、そして政権奪取に成功したのです。ここに小沢氏の宿願かない、民主党の実質的なオーナーとして政権の中枢に君臨する日を迎えました。

 しかし、その日を目前にして、氏のこれまでの権力維持装置の動力源であった「政治資金調達」の合法性が問題にされたのです。また、上述したような小沢氏個人に対する企業からの政治献金の問題だけでなく、新進党や自由党解党時の、本来国に返却すべき、政党助成金を含んだ政党政治資金の残金22億の自己の政治団体への寄付も問題視されるに至っています。現行法上は違法とはいえないようですが、少なくとも、氏自身が成立させた「政党助成法」の精神を裏切るものであることは間違いありません。

 さて、以上のような小沢氏の権力意志をめぐって生じている混乱が、今後の日本の政治にどのような影響を及ぼすことになるのでしょうか。おそらく民主党は、鳩山氏のように小沢氏の「二度と現れない卓越した能力」を讃え、これまでの”ご苦労”に謝しつつも、静かにご退場願うことを選択するでしょう。というのも、小沢氏の「独裁者的資質」はどうやら、権力を取るまでの一時の仮の姿などというものではなく、「本物らしい」ことが、次第に明らかになっているからです。

 このことは、昨年の11月10日、小沢氏が和歌山県の金剛峯寺で全日本仏教会会長の松長有慶・高野山真言宗管長と会った後の記者会見で、キリスト教は「排他的で独善的宗教だ」。イスラム教も「キリスト教よりましだが、イスラム教も排他的だ」と述べたことにも表れています。その後氏は「宗教論と文明論を言っただけだ」といい、「東洋は、人類は悠久なる自然の中の一つの営みというとらえ方だが、西洋文明は人間が霊長類として最高の存在という考え方だ」と説明しました。

 これに対して、作家の曽野綾子氏は次のように批判しました。

 「人間の発言には根拠が要る。ことに政治に責任を負う人は、学者と同じくらい厳密な資料が必要だ。感情でものを言う人は指導者ではない。」小沢氏は、キリスト教は排他的で独善的だというが、「新約聖書に凝縮されるキリスト教の本質」はそのようなものではない。もちろん、「信仰の神髄を実生活において守らない人がいるのはどの宗教でも同じ」であり、「信仰を歪めた者も、命に懸けて守った人もいる」わけで、そこで気をつけなければいけないことは「教義をその人的な部分で判断してはいけない」ということだ。

 聖書には「隣人も敵も自分のように愛しなさい、という掟は執拗なまでに繰り返し述べられ」ている。また、「金も住居もなく、衣服にも事欠き、病気や不遇に苦しむいわゆる「難民」を優しく遇した人に、イエスは感謝を述べている。」「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」「敵を愛し、あなたがたを憎む者に親切にしなさい。悪口を言う者に祝福を祈り、あなたがたを侮辱する者のために祈りなさい」「人に善いことをし、何も当てにしないで貸しなさい」「あなたがたも憐れみ深い者となりなさい」等々。

 このようなキリスト教の教義の神髄をご存じなくても、「国内問題なら氏の発言も日本人は見逃 す。しかし勉強していない分野には黙っているのが礼儀だろう。また宗教について軽々に発言することは、少なくとも極地紛争以上の重大な対立を招くのが最近の世界的状況だ。それをご存じない政治家は決定的に資質に欠けている。」

 私もこの通りだと思いますが、その後行われた小沢氏と記者とのやりとりを見ても、「勉強していない分野には黙っているのが礼儀」であるはずなのに、逆ギレして「君は何教だ」と記者を問い詰め、あげくに「煩悩を生きながらにして超越できる人が生き仏。お釈迦様が最初の人だ」と力説した上で「死にゃあ煩悩がなくなるから仏様。君んとこも仏様あるだろ? ほかの宗教で、みんな神様になれるとこあるか」などど講釈しました。

 なんか仏教と神道とごっちゃにした理解の仕方で、威張るほどのことでもないような気がしますが、いずれにしろ、国内においても、政治家が「宗教について軽々に発言する」ことは差し控えるべきで、まして他宗教批判などすべきではないと思います。

 また、小沢氏は、2009年12月15日に行なわれた今上天皇と習近平中華人民共和国副主席との特例会見が「一ヶ月ルール」を破って実施されたことについて、羽毛田宮内庁長官が記者会見で「二度とあって欲しくない」と述べたことについて、次のように批判しました。

 「内閣の一部局の一役人が内閣の方針についてどうこういうなら、辞表を提出してからいうべきだ」。また、「30日ルールって誰が作ったのか。法律で決まっているわけでもない。国事行為は『内閣の助言と承認』で行われるのが憲法の本旨で、それを政治利用といったら陛下は何もできない」「陛下の体調がすぐれないなら優位性の低い(他の)行事はお休みになればいいことだ」「天皇陛下ご自身に聞いてみたら、手違いで遅れたかもしれないが会いましょうと必ずおっしゃると思う」。

 私は、羽毛田宮内庁長官が、習近平氏来日直前にわざわざ記者会見まで開いて、政府の対応を批判するというのはどうかと思います。宮内庁としては不満はあっても会見に同意したのですし、何といってもお客さんに対して失礼ですから。だが、これに対する小沢氏の批判も度を超していると思います。まるで独裁者のふるまいですね。聞きようによっては、羽毛田長官のみではなく天皇をも恫喝しているようです。日本の天皇は、かってイザヤ・ベンダサンが指摘したように、日本統治における二権分立の一方の文化的象徴であって、政治権力がそれを組み敷くことのできないものです。

 小沢氏の発言には、そうした日本の伝統に対する尊敬や畏れ、あるいは慎みといったものが感じられません。これはいよいよ「本物の」独裁者だと思ったことでした。こんな人物に、中国や韓国との真の和解のための外交ができるはずがありません。昨年末には、小沢氏は韓国で講演し、江上波夫氏の天皇家が騎馬民族の征服王朝であるとの説を紹介しました。これは学説として今はほとんど問題にされていないもので、これも「勉強していない分野には黙っているのが礼儀」という政治家としての節度を逸脱したものだといわざるを得ません。

 こんな調子では、現在問題となっている「永住外国人への地方参政権付与」など民族文化にかかわる問題の解決できるはずがありません。悪くすると、日韓関係の改善どころか、無用の感情的対立を煽ることにもなりかねません。ここは、小泉内閣以来日中歴史共同研究が行われ、この一月末にはその報告書が出されるまでになっているのですから、同様に、日韓歴史共同研究の報告も待ちながら、慎重に両国文化の相互理解の深化を図るなかで進めていくべき事だと思います。

 この点については、私は、自民党の「保守派」を自認する人たちの、過度に「東京裁判史観」に拘泥し「村山談話」程度のものを執拗に排撃する態度にも賛成できません。このことについては、エントリー「自民党『保守の思想』、鳩山首相『友愛思想』は、歴史認識問題とどう関わるか」で私見を述べました。もちろん私は、いわゆる「自虐史観」にも賛成できません。自国の歴史がもたらした恩恵と負債は共に引き受け、自らの問題としてその発展を期していくのが、歴史を後世に伝えていくものの努めだと思いますので。

 いずれにしても、以上のような小沢騒動が終結した後に問題となるのは、こうした日本人自身の「歴史認識」の問題ではないでしょうか。小沢氏の「歴史認識」も、『日本改造計画』や『小沢主義』を読んだ限りでは、検討してみる必要があるかと思いましたが、どうやら前者の大部分は大蔵官僚が書いたものであるらしく(参考)、その後の氏の発言とも矛盾しているのでやめました。では、鳩山首相はどうか、冗談にもなりませんね。では菅氏は、岡田氏は、前原氏は・・・と見ていくと、なんだか民主党も大丈夫かなあと不安に思えてきます。こりゃあ・・・近い将来政界再編ですね。

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