フォト

おすすめブログ・サイト

Twitter

« 2010年3月 | トップページ | 2010年5月 »

2010年4月

2010年4月28日 (水)

「自虐」でも「美談」でもない「独立自尊」の歴史観を持つこと――鳩山首相の「善意」が生んだ「悪意」

 ひょっとしたら、衆参同時選挙もあるかも知れないという、通常の常識では考えられないような状況に立ち至っていますね。それほど鳩山内閣の「政治主導」政治は混乱を極めていて、にもかかわらず、当の鳩山首相が異様に”落ち着いている”ものだから、田原総一朗氏なども唖然として、4月22日の田原総一朗の政財界「ここだけの話」では、次のような繰り言のような感想を述べています。

「おおらかなのか、現実離れしているのか
 しかし、鳩山さんの心中はこうだろう。
 「沖縄にこれ以上、迷惑をかけたくない」と考えているのは国民の皆さんも同じ。今は徳之島の方々は大反対だ。しかし、私が誠意を持って説明すれば、きっと理解してくれるに違いない……。

 以上のように推測しない限り、鳩山さんがこの土壇場にきてもなお平然としていることが私には理解できない。普通の人ならノイローゼになってしまうところだ。でも鳩山さんはならない。何しろ「宇宙人」なのだから。

 鳩山さんは、銀の匙(さじ)をくわえて生まれてきた。そして、銀の匙をくわえっぱなしで「雲上人」となった。ある意味ではおおらかであるし、ある意味では現実離れしていると言えるだろう。

 この土壇場に追いつめられ、誰もが狼狽しているにもかかわらず、あの異様な落ち着きぶり。それは、こうでも考えないと理解できないのである。」

 ”普通の人ならノイローゼになってしまう”のに、なぜあんなに”ケロッ”としておれるのか、という不可解な思いは誰しも抱くところだと思います(さすがにここ二、三日は動揺しているように見えますが・・・)。私は、その理由について鳩山首相には「善意の論理」が働いていたからだ、と考えています。(参照

 本来なら、鳩山首相が本気で自らの善意=「沖縄にこれ以上迷惑をかけたくない」という思いを普天間基地問題の解決に生かそうと思うなら、まず日米安保の重要性を国民に訴え、そこから生じる米軍基地負担について、国民全体で担おうではないか、沖縄だけに負担させるのはおかしいではないか、ということを正面から国民に訴えかけるべきでした。

 しかし、鳩山首相はもともと「駐留なき安保」論者ですから(一時的にそれを封印?しているだけ)、本音ではグアムにでも持って行けるとでも思っていたのでしょう。もともと「善意」の人ですから、その東アジア共同体構想に見るように、米軍の日本からの撤退がかえって中国との軍事的緊張緩和に役立つ、とでも考えていたのかもしれません。

 でも、こうした「善意の論理」は、到底、極東における平和維持や日本の国益に役立ちそうにありません。何しろ中国は経済的には資本主義化しているものの、政治的にはいまだ共産党一党独裁下の全体主義国家に止まっています。私たちは、中国は資本主義の導入から次第に民主主義社会へと移行すると期待していましたが、今はそうした希望は抱けなくなっている、といいます。

 「たとえば新鋭のミサイルや潜水艦の登場が物語る中国の軍事力拡大の実態、東シナ海で国威を発揚する国家主権の拡大の思考、宇宙やサイバーという領域での攻撃準備、そしてハゲタカと称される巨大な中国の国家ファンドの内幕・・・などについては、日本での情報は極めて少ないようである。」(『アメリカでさえ恐れる中国の脅威』古森義久)

 そんな状況の中で、沖縄にある米軍海兵隊の機能を司令部(現行案ではこの機能だけをグアムに移すとしている)だけでなく実戦部隊も含めて全てグアムに移すということはどんなことを意味するか。岡元行夫氏は「文藝春秋」5月号で次のように言っています。

 「米軍は、日本に『常時駐留』しているからこそ強い抑止力になっている。横須賀を母港とする第7艦隊の原子力推進の空母ジョージ・ワシントンは、艦載機を含めれば一隻二兆円する。随伴艦を含めれば三兆円に近い。これだけの艦隊を日本の首都のすぐ近くに置いているアメリカの政策が、周辺諸国にアメリカの日本防衛への強い意思表示になっているのだ。第五空軍(横田基地、嘉手納基地、三沢基地)と第三回海兵遠征軍(沖縄に展開)も同じだ。」

 問題は、これらの部隊がそれぞれどのような機能を持っているか、ということではなく、これらを合わせた、海、空、海兵の三本柱を日本に維持し続けるというアメリカの姿勢が、周辺諸国に対して、『日米安保体制は単なる条約上の約束ではなく、実際に機能する枠組みである』ことを知らせているのだ、といいます。

 そこで普天間基地の移設の問題ですが、もともと1996年に日米両政府が合意したのは普天間飛行場の「返還」ではなく、普天間にある海兵隊のヘリ基地を住宅密集地域から離すという基地の「移設」という話だった。つまり、これによって普天間は返還されるが、その代替施設をどこに置くかが問題だったというのです。

 最終的には、2006年11月、辺野古崎沿岸部の海上にV字形滑走路二本を埋め立てることで沖縄県、名護市が合意し、アセスメントに着手しました。しかし、2008年の沖縄県議選で反対派が多数を占めることとなり、さらに2009年8月の衆議院議員総選挙で民主党が県外移設を約束したことで、話は振り出しに戻ってしまいました。

 この結果、民主党は、普天間基地の移設先を県外または国外に探すことになりました。しかし、「普天間のヘリコプター部隊は沖縄に駐留する海兵隊の足だから、本隊から切り離すことはできない。移すのなら一万人の海兵隊員、キャンプハンセン、キャンプシュワブ、北部訓練場、瑞慶覧(ずけらん)の施設軍の全てを一緒だ。そんな場所が簡単に見つからないことは、誰でもわかる話だ」というわけで、鳩山首相は、今日のような窮地に追い込まれることになりました。

 一方、鳩山首相や社民党の「国外案」を支持する人たちの中には、アメリカは「海兵隊のヘリ部隊だけでなく、地上戦闘部隊や迫撃砲部隊、補給部隊まで全てグアムに行く計画を持っている」と主張する人たちもいます。アメリカや日本政府がそれを公表しないのは、その移転費用を日本に負担しようとしている事実を隠蔽するためだ、というのです。

 こうした意見に対して、岡本氏は次のように言っています。

 「出て行ってくれと日本が言えば、海兵隊は去るだろう。その場合には、沖縄だけでなく日本全土からの撤退だ。沖縄から主力を引いた後海兵隊の残余の部隊を岩国や東富士に置いていても仕方がないからだ。・・・第七艦隊、第五空軍とならんで在日米軍を構成する海兵第三遠征軍が仮にも日本から撤退する事態となれば、日米安保体制は一挙に弱体化する。中国にとって、これ以上の望めない喜ばしい事態が極東にやってくる。

 中国は第一列島線(九州、沖縄列島、台湾、フィリピンを結ぶ線)の内側で力の空白ができれば、必ず押し込んできている。南ベトナムから米軍が引くときは西沙諸島を、ベトナムダナンからロシアが引いたときは南沙諸島のジョンソン環礁を、フィリピンから米軍が引いたときはミスチーフ環礁を占拠した。

 このパターンどおりなら、沖縄から海兵隊が引けば、中国は尖閣諸島に手を出してくることになる。様子を見ながら最初は漁船、次に観測船、最後は軍艦だ。中国は一九九二年の領海法によって既に尖閣諸島を国内領土に編入している。人民解放軍の兵士たちにとっては、尖閣を奪取することは当然の行為だろう。先に上陸されたらおしまいだ。

 そうなった際は、日本は単に無人の尖閣諸島を失うだけではない。中国は排他的経済水域の境界を尖閣と石垣島の中間に引く。漁業や海洋資源についての日本の権益が大幅に失われるばかりではない。尖閣の周囲に領海が設定され、中国の国境線が沖縄にぐっと近くなるのだ。」

 この辺りの軍事専門的な判断は私にはできませんが、いずれにしろ、先の「第一列島線内」での力の空白を作らないことが重要なことは疑いないと思います。そのためには①沖縄に海兵隊の実戦部隊を置く必要があるか、②(民主党の小沢氏が言うように)第7艦隊だけでいいか、③その場合の兵力不足分は自衛隊が補うのか、はたまた、④こうしたパワーバランス的な考え方とは別に、中国との平和的な問題解決が可能か、これらの選択肢について検討を加える必要があります。

 言うまでもなく、岡本氏は①の立場で、次のように②や④の意見を退けています。「『常時駐留なき安保』を主張する人たちは、同盟の基盤は人間感情であることを理解していない。都合のいいときだけ米軍に『戻ってくれ』と頼んでもムリだ。長年連れ添った妻に対して『もうお前の顔は見たくないから出て行け。しかしいいな、病気の時はちゃんと看病に来るんだぞ』と言うわがままが通用すると思っているのだろうか。」

 もちろん、こうした日本の安全保障についてのアメリカ依存の考え方が、今日の日本人の防衛意識を劣化させていることは否めないわけで、③の考え方も今後重要になってくると思います。しかし、それはあくまでも日米同盟の重要性を損なわない範囲内で検討すべきことで、そのためには、「テロとの戦い」をはじめとするアメリカの安全保障政策に協力する姿勢も失ってはならないと思います。日本はいずれにしろ軍事大国にはなれないわけですから。

 話を元に戻しますが、先に述べた鳩山首相の「善意の論理」についてですが、確かに、「沖縄にこれ以上、迷惑をかけたくない」という首相の思いは正しいと思います。問題は、その思いが、「駐留なき安保」という非現実的な安全保障政策に依存していたために、日米安保の重要性とともに「基地負担」を全国民で担うべきだ、という議論を正面から国民に訴えることができなかったことにあります。

 その結果、日本国民の自らの国の安全保障についての自己責任の意識は、反基地運動の高まりによってますます希薄化することになると思います。また、沖縄の人びとの本土の人びとに対する不信感も一層増大することになるでしょう。さらに、アメリカの日米同盟の対する信頼感の低下を招くことになると思います。

 鳩山首相の現実政治におけるリアリズムを欠いた「善意」が、「友愛」どころか「不信」と「悪意」をしか生み出さなかったことを、私たちはこの機会にしっかりと見ておく必要があると思います。

 実は、同様の問題が、戦前の日中関係にも見られたのです。それが、今日に至るまで、大東亜戦争は日本のアジアにおける植民地解放という「善意」に基づくものであったか、それとも植民地獲得という「悪意」に基づく侵略戦争であったか、という日本人の歴史認識の亀裂にもつながっているのです。次回から、この問題について考えてみたいと思います。

2010年4月17日 (土)

「自虐」でも「美談」でもない「独立自尊」の歴史観を持つこと8――一読者様との対話2

 * 相当に突っ込んだご意見で大変勉強になりました。お付き合いいただきありがとうございました。経済的な専門的判断については、ご教示いただいて、勉強を進めたいと思っています。

(読) 『なぜ、日本人は韓国人が嫌いなのか ― 隣の国で考えたこと』は、岡崎氏の在韓国大使館での勤務後、1977年に出版された本だと思います。ということは、この当時の韓国は、朴正煕大統領の下、日本語世代が現役バリバリで活躍し、後に「漢江の奇跡」と言われるようになった時代ということになります。
 その当時、実際の韓国を見た岡崎氏が、引用された文章のような感想を持ったとしても、不思議ではありません。・・・そこには、ある種のパターナリズムも・・・日本の共産圏に対する防波堤を強化するという意味で(も)、日本の国益にも直結していました。
 問題は、こうした感覚を修正することもなく、冷戦終結によって東アジア情勢も大きく変化した90年代、さらに21世紀にまで持ち越してしまっている点です。
 ただ、岡崎氏自身は、後に「日韓関係は日米関係の従属変数」と言い切っています(要するに、日韓関係は日米関係次第。韓国をとくに問題にする必要はない、ということでしょう)。

tiku ここでの論点は、韓国理解に「歴史的観点が必要であるか否か」ということで、一読者さんのご意見は、それは情緒的対応を正当化するからそれはいらない」というものでした。そこで私は「歴史的観点を持つことが、ただちに情緒的な対応をもたらすとはいえない」のではないかといい、岡崎氏の提案を紹介したのです。

 確かに、私が引用した岡崎久彦氏の文章は、ご指摘の通りの時代背景の中で書かれたものです。しかし、『なぜ日本人は韓国人が嫌いなのか』は2006年11月に初版(再版)されたもので、2006年10月に書かれた前書きには、日本は韓国の近代化のために多額の援助だけでなくそれ以上に善意の援助をした。その結果、今日「経済成長による韓国人の自信と日本人の側からの親愛感情によって、日韓関係の悲劇が過去のものとなるための基本的条件はもう達成されていると思う」と書かれています。

 つまり、こうした「歴史的」努力が実を結んだといっているわけで、特に、こうした歴史的観点を切り捨てることを求めているようにも思われません。むしろ、韓国経済が日本の強力なライバルになっている今日こそ、その「成功」に対する日本人の警戒心を和らげる意味からも、より長期的な韓国理解の歴史的観点が求められるのではないでしょうか。

(読) また、一口に儒教的な倫理観と言っても、日韓のそれは全く違うということは、呉善花さんが頻繁に取り上げる主題的なテーマですから、そちらでご確認ください。

tiku 呉善花さんの見解は、日本の儒教の根底には、自然と一体のうちにあった縄文時代の狩猟採集時代に発する思想=神道がある。それが日本人の道徳心の根底に「人間のあるがまま、自然なままの心というのは、清らかで嘘いつわりのない心なのだ」という考え方があり、これが日本人の表面的でない道徳心を基礎付け社会秩序を保っている、というものです。(『帰化日本人』参照)
 
 私も、この通りだと思いますが、しかし、呉善花氏も言う「中国でも韓国でも、人間というのは放っておくと何をするかわからない存在だ」という人間観をもつ民族の方が、世界全体を見渡せば多いのも事実で、そういうシビア-な現実を認めながらなお人間に対する「愛」を説く教えがある、ということも事実です。山本七平はこの事実を、キリスト教の神概念の紹介を通して、日本人に学んでもらおうとしたのだと思います。

>お説のようなパターナリズムからの脱却が、おそらく双方に、求められているのではないかと思います。

(読) ※パターナリズム(英: paternalism)とは、強い立場にある者が、弱い立場にある者の利益になるようにと、本人の意志に反して行動に介入・干渉することをいう。日本語では「父権主義」「温情主義」などと訳される。
 上記の※を見て頂ければ分かるように、残念ながら、これでは意味が通じません。

tiku 韓国にも、日本文化に対する優越的な文化的「父祖」意識があることを指していったのです。これも広義のパターナリズムといえるのではないか、といった程度です。

(読) 呉善花さんは、日本での様々な出版や発言が原因で、事実上、韓国政府からの迫害を受け、すでに日本に帰化していますから、韓国でできることには限界があるかもしれません*。

tiku 呉善花さんもそうですが、黄文雄さんや金美齢さんなどの勇気ある毅然たる生き方には感銘をおぼえますね。洪思翊中将ではありませんが、「士(大夫)」的精神ということで共通項があるような気がします。しかし、これらの帰化された方のご意見はご意見として、ネイティブの日本人としては、自己弁護に陥らない率直な歴史観を持ちたいと思っています。日本文化をよりよいものに発展させていくために。

>…氏(=洪思翊中将)の精神が自己絶対化からは遠いものであったことを示していると思います。

(読) この「絶対」ということが感覚的に理解できないと、西欧思想の多くも、朱子学など一部の中国思想も理解できないということになってしまいます。
 私にとって、山本氏は、西欧や中国の古典などを読む上での非常に優れたナビゲーターで、たとえば「神の絶対性」という点についても、『禁忌の聖書学』の「結末なきヨブの嘆き」を読んで、初めて理解できたような気がしました。それまでは、どうしてもM・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理…』などで取り上げられている予定説(=決定論)を感覚的に理解できずにいましたから。

tiku 私も、山本七平によって、「絶対」という考え方に「独善」を超える知恵が隠されているのだということを教えていただいた、と思っています。

(読) それにしても、『現人神の創作者たち』は不思議な本です。

 確かに、山本氏はあとがきで「現人神の創作者」について、『私は別にその「創作者」を“戦犯”とは思わないが、もし本当に“戦犯”なるものがあり得るとすれば、その人のはずである」と言っています。
 しかし、これはどういう意味なのか。・・・この浅見絅斎のような考えがなぜ生まれたのか、という点について、山本氏は、後に対談で(司馬遼太郎氏との対談だったのかどうか、出典不明)、耶蘇(キリスト)教の影響ではないかと指摘され、同意していたという記憶があります。

 要するに、山本氏は浅見絅斎の思想が潜在的に継承され、昭和のある時期に猛威を振るったと単純に考えていたわけではないということが分かります。また、山本氏にとって、浅見絅斎の(キリスト教の影響を受けた)異端的朱子学が、単に個人的・主観的な“異端論争”の対象ではなかったことも理解できます。

 また、『現人神の創作者たち』は、解説で松本健一氏が言うように「ひとつの言葉、もしくは言葉となり終わるまえのエトス(心性)がどこに淵源をもつかを探」った労作であることは確かですが、・・・結局、山本氏の言う“戦犯”とは何のことだ、というのが以前から判然としない点で、一種のトートロジーに陥ってしまっています。

tiku 『現人神の創作者たち』の評価は必ずしも定まっていないようですね。私は、”戦犯”というのは、日本に昭和の「非合理的戦争」をもたらした「絶対主義思想」の創作者、という程度の意味に理解しています。もちろん軍事裁判とは無関係ですが、この言葉がいささか”きつく”なっているのは、それは、氏がクリスチャンであり、家族の履歴からも否応なしに、日本の「現人神」概念と、ユダヤ・キリスト教的な神概念との対決を意識せざるを得なかった、さらに、戦場における悲惨な体験がその思いを倍加させたのではないかと思います。

 また、山本七平が、「現人神の創作者」の次に「育成者」「完成者」を書くつもりでいたことは、この本の「あとがき」に言及されていますが、その育成者とは、おそらく平田篤胤(1776~1843)や後期水戸学のことではないかと思いますが、前者は、神キ習合的国体思想、後者は忠孝一致の国体論を説いています。おそらく、この段階で西欧的非合理性が朱子学的非合理性に重なった、と見ていたのではないかと思います。

 昭和になると、こうした伝統の上に、さらに、北一輝や石原莞爾の国家社会主義思想(田中智学の国体至上主義を背景にもつ)が導入されて幕僚軍人間で主流となり、それに筧克彦や蓑田胸喜らの狂信的国体思想が重なって、昭和の「現人神」思想が完成された、と山本は見ていたのではないかと思います。

 問題は、北や石原などは、本音では現実の天皇を機関説扱いしていたことです。これに対して2.26事件を起こした隊付青年将校やその精神的指導者であった平泉澄などは純粋な天皇親政論者でした。つまり石原ら幕僚軍人は尊皇思想を制度論的には機関説扱いし、精神論的には国民にそれに殉ずることを求めていたのです。

 しかし、このあたりを記すことなく山本は亡くなりましたので、これがどのような「神の像」として書かれる予定だったか、ということは判りません。今後、私なりに勉強して見たいと思っていますが・・・。なお、完成者については立花隆氏の『天皇と東大』が参考になります。

 ところで、天皇制についての山本七平自身の考え方は、「日本国民の統合及び継続の文化的象徴」というもので、そこが浅見氏らとの違いですね。つまり、天皇は憲法内の存在として、日本人の「生活様式」(私はそれを、「日本人性善的人間観がもたらす人間関係文化の総体」という程度に理解しています。)を象徴するものとして認めていて、それが政治権力との原初的な二権分立機能を果たしていると評価しているのです。

 このことは山本七平自身がクリスチャンであることと少しも矛盾せず、実際思想信条の自由は憲法で保障されているわけですから、国民がどのような思想信条を持とうと自由なわけで、私見では、こうした日本の統治システムを支える原理としてかっては「天の思想」がありました。「人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして己を尽くして人を咎めず、わが誠の足らざるを尋ぬべし。」といった西郷の言葉にも通じる思想ですね。

 もちろん、どういう思想を選ぶかは個人の自由ですが、そうした「絶対」の基軸を持った思想、逆説的な言い方になりますが、人間が「絶対者」になることを拒否する「絶対」思想を持つことが、日本の性善説文化にも求められている、ということなのではないでしょうか。伝統的には、その「絶対」は「自然」であり、いわば「無私」で言葉を持たない「美意識」のようなものですから、人間の方で忖度するほかなく、昭和の尊皇思想ではこれを「現人神=天皇」に仮託したのです。もちろん、その裏で、その観念を利用し自ら絶対権力を握ろうとしたした人たちがいたのですが・・・。

 しかし、より伝統的(ある意味では卑弥呼以来ともいえる)には、天皇は「宗教的に祈祷を受け、祭祀を受けられて・・・人びとの日常生活に禍福を与えられる」存在ではなくて、あくまで日本民族の幸福を神に祈る、そのために神を祀る存在なのです。つまり「天皇ご自身が神をお祭りになるのでありまして、その点では天皇は神に対する人の位置にあらせられるのであります」(津田左右吉『公判記録』より)。また、昭和天皇ご自身の自己規定も「憲法どおり」で、あくまで立憲君主として行動する、であったことは歴史の証明するところです。(以上4パラグラフは余談として追加4/18)

(読) *ここまで書いてきて気づいたことは、私とtikurinさんとは、山本七平氏の著作の理解の仕方が結構違うということです。
 たぶんtikurinさんは、出版されたのとほぼ同時期、リアルタイムでお読みになっていたのだと思いますが・・・
 以前、一知半解さんのところで、吉田 五郎太さんがとても興味深い論文を引用なさっていました。これは、M・ウェーバーに関するものですが・・・

tiku リアルタイムで読んでますので、当時の時代状況の記憶が残っているとは事実です。ただ、全体像がつかめていたわけではありませんので、近年、あらためて読み直しているところです。このあたりの一読者さんの感想については、ご紹介いただいた論争を参考に勉強させていただきます。

>…村山談話を、その成立の事情のいかがわしさをもって批判しても、私は説得力を持たないと思います。

(読) 私は、そもそも政府が歴史談話など出す必要はない、という立場です。・・・また、村山談話はどう見ても国内向けの形式になっており、対外的な談話としては、意味不明であるだけでなく、有害でしかありません。「反省していると言うのなら、行動で示せ(要するに、金を出せ)!」というのが国際社会での常識でしょう。

tiku 「村山談話」は日本の国内政治事情の産物と見ておられるのですね。私もそういう一面があることは認めますが、中国や韓国の「反省の強要」に対して、政治的決着をつけるという意味もあるのではないかと考えています。しかし、この件に関して、自民党がいくら言い訳をしても、自社さ連立政権を政党の基本思想を無視して立ち上げたのは自民党だったのですから、責任転嫁はできません。

 実際、安倍内閣でも麻生内閣でもこの談話を継承しています。それは、この談話の効用をそれなりに認めた部分もあったからではないでしょうか。もし、この談話を根拠に、賠償問題や教科書問題で中国や韓国が理不尽な要求を突きつけてきても、この談話の付帯的見解もありますので、その線で処理すればいいのです。問題は、むしろ国内の「中韓迎合勢力」の存在なのではないですか。その説得も必要ですし。

>一読者さんが、この村山談話に代わる大東亜戦争を総括する言葉をお持ちであれば、…

(読) 一国が国運をかけて戦争という究極の行動を起こしたこと、ましてや世界中の国々が、それぞれの国益を追求して相争った先の大戦を、簡単に『総括』することなど不可能です。

tiku 戦後半世紀過ぎて、資料的には特定の事件を除いて9割方明らかになっているのではないでしょうか。私は、いわゆる「自虐史観」を克服するためにも、山本七平の見解を参考にしながら、既出の資料をもとに、自分自身に納得できる歴史解釈を求めているのです。私見では、特に政治家では森恪、軍人では石原莞爾の歴史的評価が甘いと思っています。前者の満洲領有論、後者の最終戦総論はもっと厳しく評価しなければいけないと思っています。

(読) また、とくにここ10年は、新資料の発掘などで歴史解釈自体も大きく変化しつつあります。・・・現在の私には、到底こうした動きをフォローする時間も能力もっPありません。したがって、歴史解釈は基本的には歴史家に任せるしかない、と思っています。

tiku 歴史解釈は資料の発見により大きく変わります。ただし、そのことは、一定の歴史段階での解釈を無意味にするものではありません。日中の歴史共同研究の報告書も出されていますし、ここには村山談話程度の反省は日本側から提示されています。これに異議を唱える方もおられるようですが。 

(読) ・・・将来的には、機会を捉えて村山談話を実質的に破棄し、「歴史的評価は後世の歴史家に任せる」という原則に立ち戻るべきだと考えています。

tiku 私は、歴史家による歴史的評価と、政治家による歴史的事件の政治的決着とは分けて考えるべきだと思います。「村山談話」の評価については、その政治的効果についての見解は先に述べた通りですが、その歴史的評価という点では、――あくまでも、今までの私が勉強した範囲内での結論ですが――、言葉遣いの問題はあるとしても、日本人自身の反省としては一応、妥当と言えるのではないか、と思っています。(「村山談話」参照

 一読者さんは「歴史的評価は後世の歴史家に」とおっしゃいますが、同様に「村山談話」を批判している人たちの多くは、多母神さんのように、「大東亜戦争は侵略戦争ではない」とか「アジアを欧米の植民地主義者の手から開放するための戦争だった」というような歴史解釈上の主張を持っているのではないですか。

 渡部昇一氏などもこれを応援していますが、私は氏の『日本史から見た日本人―昭和編』までは賛成ですが、それ以降はすこし我田引水が過ぎるように思います。他国向けではなく、自分たち自身のための歴史評価としては、私はより厳密に解釈すべきと考えています。その点、多母神さんの論文はいただけませんね。詳細については、私論「多母神論文から有事教育のあり方を考える」(参照)をご覧下さい。

(読) 自民党の敗北について・・・確かに、テレビや新聞が主たる情報源である場合、当時の自民党や麻生政権が何をやっていたのか、なぜそうした行動を取るのか、まったく分からなくなるのは当然だと思います。正確な情報が無ければ、正確な判断はできないのですから。
 なお、鳩山邦夫氏や東国原知事などの騒動は、基本的にはワイドショー・ネタ、スタンドプレーないし茶番でしかなく、瑣末的な問題で、私は興味がありませんでした。

tiku 自民党への信頼喪失の原因を、麻生政権の経済政策をマスコミが正確に報道しなかったことに求めておいでですが、私は、鳩山郁夫氏の”かんぽの宿不当売却摘発騒動”が、小泉構造改革路線に対する「格差」攻撃を”炎上”させる上で効果があった、と見ています。一読者さんは、小泉構造改革に批判的ですので、当然、このような見方は無視されるわけですが、この辺りの評価は、しばらく時間をおいて考えてみたいと思っています。

(読) もともと自民党は、「伝統的な政治文化の上に乗っかってるだけ」と指摘したのは山本氏でした。・・・良く言えば、状況に応じて非常にプラグマティックに対応をすることこそ、自民党の持ち味だったと考えていました。そして、この両面の特色を壊してしまったのが小泉政治だった、とも考えています。

tiku 伝統主義とプラグマティズムが自民党の持ち味だったことはよく分かりますが、これが経世会的談合政治に堕していたことを見逃すわけにはいきません。私は、これまでの官僚組織の問題点、その「身内主義」的弊害は身にしみて知っています。山本七平流に言えば「機能集団が本来の組織目標を見失い、身内の利益を優先する共同体組織に堕している」訳で、角を矯めて牛を殺すようなことがあってはいけませんが、より開かれた能率的な組織に改変する必要があると考えています。

 日本が今日まで生きのびてこられたのは、日本の固有文化を創った武士集団が、基本的に「器量第一主義」をとったことによります。山本七平は、明治を創り上げた幕藩人の伝統的文化を、「式目的能力主義」→「一揆的集団主義」→「集団主義的能力主義」→「(その中に潜在する)孟子的平等主義・論語的礼楽主義」→「人望に基礎を置く組織の統率力」と説明しています。この「器量第一主義」が日本のコアの伝統文化と言えるのではないでしょうか。

(読) そもそも新保守主義(新自由主義)というのは、アメリカの特殊な歴史的背景においては保守主義としての意味があっても、それをそのまま日本に持ち込めば、保守主義としての意味がないばかりか、却ってラディカルな改革思想になってしまう・・・

tiku その保守主義と新自由主義のアンビバレントな関係についてですが、佐々木教授の本は読んでみますが、私は、日本ではこの両者は両立しない、とは思っていないのですが。

(読) また、グローバリズムも、歴史上何度も繰り返される理念ではあっても、必ずしも普遍的なものではないことは、すでに崩壊して緩やかな保護主義に向っている現在の国際情勢を見れば明らかでしょう。規制緩和も同じで・・・

tiku 経済のグローバル化は避けられないのでは・・・。もちろん、道路標識が必要なように、事故をなくし、スムースな交通の流れを確保するためには、共通するスタンダードが必要なことは言うまでもありません。なお、日本の規制緩和についても、一概にマイナス評価することもできないと思います。

(読) 以上のような観点を基に、現在の自民党内部を政策的に分類すると、経済・財政政策的には橋本・小泉ラインと小渕・麻生ラインに分けることができ、前者はいわゆる財政再建派であり、後者は経済成長派と言うことができると思います。
 また、構造改革(地方分権を含む*)や規制緩和(及び民営化問題)に対する態度は、前者は教条的、後者は実際的と考えることができるのではないでしょうか。

tiku 小渕政権の国債発行による巨額な財政出動を続けるべきだったとおっしゃるのですか。また構造改革や規制緩和も実際的であればよろしいということでしょうか。であれば、いずれが実際的であったかは評価の分かれるところですね。

(読) なお、その他の政治・外交的には、安倍・麻生ラインが主流になりつつある、という風にも見えますが・・・
 そして、政策的妥当性においては、現在のようなデフレ経済下においては、小渕・麻生ラインが妥当で、橋本・小泉ラインが失敗だったことは、すでに数値による結果が出ている問題ですし・・・

tiku 麻生ラインと民主党の成長戦略は似ていると言われますね。一読者さんの麻生政権の成長戦略を評価するご意見については、一読者さんの過去コメントなどを勉強させていただいて、私見を整理したいと思います。私自身は小泉構造改革を支持してきましたので。

 私は、消費税増税ができない段階での構造改革や規制緩和が、世論の反発を生んだことは仕方ないと思っています。といっても、一方で、セーフティーネットの早急な整備の必要も併せて説かれていた訳で、この辺りの対応が安倍政権以降明確でなかったことも、自民党敗北の一因ではなかったかと考えています。この辺りは意見の分かれるところだろうと思いますので、しばらく時間をおいて考えたいと思います。

>これが、自民党が小党分裂せざるを得ない理由です…

(読) マスコミは、必死にそれを煽っているようですね。
 私自身は、テレビや新聞をほとんど視たり読んだりしなくなっているので、ほとんど実感はありません。

tiku 自民党の伝統的な保守主義やプラグマティズムにしても到底党内コンセンサスが得られているようには思われませんね。また、私は、小党分裂に期待しているわけではありません。自民党が小選挙区制度の下で一体性を維持するだけの求心力を持ち合わせていないのではないか、ということを言っているだけです。

(読) 前回の安倍政権時の参議院選挙直前の最終支持率は30%前後、その前の数カ月間の地方選挙の勝率がほぼ5分でも、実際の選挙では、1人区の小選挙区効果で自民37:民主60でした。来る参議院選挙で、この逆、あるいはこれ以上の差がついたとしても不思議ではない、と現時点では考えています。
 逆に、民主党については、もともと選挙互助会的な体質から、参議院選挙の結果と小沢氏の動向次第で、一気に瓦解する可能性があるという見方もあり、私もその可能性が高まっていると考えています。

tiku 民主党が参院選挙に敗北すれば、政界再編の可能性はあると思いますが、自民党中心の政権が誕生する、というところまでは難しいかなと。いずれにしても、小沢氏の動向が見物ですね。そこで氏の本当の思想が露呈します。おそらく、どういう形が自らの権力を温存する上で最も上策であるか、そんなところが氏の判断基準ではないでしょうか。

(読) 私は、ここ数年の政治的混乱の責任の7,8割はマスコミにあると考えています。それだけ、ここ数年(とくに3,4年)のテレビを中心にしたマスコミの劣化は著しく、かつビジネスモデルとしても成り立たなくなっていますから、来る参議院選挙も、その崩壊・再編成のキッカケになってくれることを、内心では期待しています。

tiku 情緒に流されない正確な報道がなされるべきだと思います。多角的な視点かららなされるそれらの報道を総合して自らの判断を導くのは、国民一人一人の責任です。その点ネットによる情報公開は民主主義の発展のために革命的な意義を持っていると思います。この対話も、その賜と感謝しています。

2010年4月12日 (月)

「自虐」でも「美談」でもない「独立自尊」の歴史観を持つこと7――一読者様との対話

一読者様へ(「一知半解」さんのブログでの対話ですが、長いのでこちらに全文掲載させていただきます。)

 大変参考になるご意見(参照)ありがとうございます。今後とも勉強していきたいと思いますので、忌憚のない対話ということで、よろしくお願いします。

(読) 一般論として、韓国理解に歴史的観点が必要なことはその通りだと思います。とくに朱子学的伝統のマイナス面を直視することは重要でしょう(今まではこのことを軽視し過ぎましたから)。ただ、個人のレベルならいいのですが、日々現実の韓国と向き合わなければならないビジネスマンやジャーナリスト、政治家などは、韓国社会の現状を把握して的確に対応すべきであり、歴史的観点からの情緒的な対応が正当化される余地はほとんどないように思います。

tiku 歴史的観点を持つことが、ただちに情緒的な対応をもたらすとはいえないのではないでしょうか。近代史についてはそうした傾向があることは事実ですが、そうした情緒的対応に陥らないためにも、より長い目で見た歴史的観点を持つことが大切だと思います。

 岡崎久彦氏は「日韓の感情的摩擦の原因は巨視的に言えば、近代化が早かったか遅かったかの違いに集約される」といっています。この差が縮まる過程では競争も激しくなり愛憎ともに増幅されるが、「この時こそ、われわれ日本人としては、過去の歴史の重みに深く思いを致して、また将来長い目で見た日本と韓国との関係でどうすることが両国双方に得になるかを決して見失わないようにして、問題があれば、感情問題にならないようにスマートに妥協で処理して行き、協力できることは何でも協力していくということで、韓国近代化の最後の仕上げを暖かく見守るのが正しい態度と思います」(『なぜ、日本人は韓国人が嫌いなのか』)と言っています。

 感情的にならずスマートに妥協する術も身につけると同時に、韓国の近代化に協力を惜しまないという日本の基本的姿勢も見失うべきではないと思います。それが日本の安全保障にもなるわけですし、呉善花さんのような韓国人も現れているわけで、近年の韓流ブームに見られるように、儒教的な倫理観を共有する部分も相当あるのではないですか。

 韓国併合時代日本もいいことをした、と言うことも事実でしょうが、皇民化政策によって、彼らを民族文化喪失の危機に追い込んだことも事実で、こうした失敗を繰り返さないという意味において、お説のようなパターナリズムからの脱却が、おそらく双方に、求められているのではないかと思います。

(読) 韓国の漢字教育廃止も知る人ぞ知る問題で、司馬遼太郎氏は、70年代(?)の対談集でこの問題に触れ、将来の日本人と韓国人は英語で意思疎通をするようになるのではないか、と述べていたと記憶しています。

tiku 呉善花さんの『漢字廃止で韓国に何が起きたか』を読みました。韓国には「漢字教育推進」の運動もあるようで、また氏は、韓国語に漢字の訓読みを導入することを提唱しておられるようで、がんばっていただきたいと思いました。

(読) 山本氏は、「自らの信仰(神)への忠誠」から殉教へ、という西欧の伝統的な精神史に関する理解から、それと同質のものを、ドグマたる朱子学の「政治的大義への忠誠」から殉難へ、という過程の中に見出し、その一変容を洪思翊中将の「自らの決断への忠誠」という考えに見たのではないでしょうか。

 これらは、ともに「自らの主観的信念に対する忠誠」に基づき迫害や受難を甘受するという態度で、同じ『型』だと言ってもよいのではないでしょうか。
 こうした観点からは、洪思翊中将の最期の言葉は、まさに「殉教者」の言葉と同様のものと受け取ることができるような気がします。

tiku キリスト教と朱子学が殉教を正当化する論理を持っている点で共通する面があることはその通りだと思います。吉利支丹の教えの中で日本人が最も激しく抵抗したのはこの教え=思想に殉ずること、すなわち「殉教」であったことは、ベンダサンの『日本教徒』や『日本的革命の哲学』の中で詳細に論じられています。

 その理由は、当時の日本人は「思想」を、人間が生まれながらに持っている「善悪を知る心」=善心を磨くための「磨種(とぎぐさ)」(石田梅岩)と考えたからで、それは人間教育の方法論に過ぎない。その方法論を頑迷に固守して、自分の意志で処刑を選んで殉教するということは、「自然ノ道理」に反する、という風に考えたのです。(そうした考え方が今日に及んでいる)

 この点、キリスト教の教えは「 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。」(ヨハネ福音書)という言葉に見られるように、言葉=思想を、神の意志と結びついたものとしてとらえる伝統を持っています。ここから神の教えに殉ずる→「思想に殉じる」という考え方も出てきているのではないかと思います。

 ただ、こうした考え方に危険性が孕まれていることも事実で、それに歯止めをかけているのが、イザヤ書の次の言葉「64:6全てわれらの義は瀆れた布きれの如し(日本聖書教会)」だとベンダサンは言いました。浅見氏はこうした見解を批判し、イザヤの言葉は、「正すべきだったのに正さず、清めるべきだったのに清めなかった」ことを懺悔しているのであって、「正義を口にすればけがれる」等といったのではないと山本七平を批判しました。

 しかし、ベンダサンが言ったのは、「人間が正義を口にし自分を絶対化することの危険性」についてであって、イザヤ書の言葉も、「正しいと思ってやったことが罪を犯すことになった」といっているのですから、ベンダサンは、特に間違ったことをいった訳ではないと思います。そうした抽象化が間違っていると言うなら、それでは浅見氏は、ベンダサンの指摘する「人間の正義」に対する歯止め、という考え方について、そういう考え方は聖書にはないと言われるのでしょうか。道理で・・・という感もしないではありませんが。

 山本七平自身は、「人間の正義」には歯止めがかけられなければならない、ということを、自らの軍隊経験を通して知ったのだと思います。つまり、人間が自らの思想を正義として絶対化することの危険性を、昭和の「現人神」思想の中に見たのです。そして、もともと、そのような絶対思想は日本にはなかったはずなのに、どこから、そうした危険思想が生まれたかを、日本の思想的系譜の中に探ろうとしました。その一つの成果が『現人神の創作者たち』でした。つまり、それは朱子学の正統思想に淵源するものであり、それが浅見絅斎に至って殉教の対象となる「現人神」思想を生み出していると見たのです。

 では、「洪思翊中将」の場合はどうか。氏の思想が朱子学の影響を受けているのは当然でしょうが、では、その生き方は「現人神」への殉教者たちと同じだったか、というとそうとは言えず、氏は、敗戦により天皇が消え、日本軍が壊滅したのちも、自分がユニフォームを来ている間はそれに忠実であろうとした。しかし、それは、氏がフィリピンで南方総軍の兵站総監(その下に兵站病院や捕虜収容所があった)の職にあった間に発生した「捕虜虐待」という戦争犯罪の責めを負うことでもあった。氏自身は、それを自らの罪だとは思わなかったけれど、あえてそれについては弁明せず、その罪を自ら負って慫慂として死刑台に立ったのです。

 氏は、もちろんクリスチャンではありませんでした。しかし、その死に際して片山氏に読んでくれと言ったのは、旧約聖書の詩編五一篇でした。それは、「ああ神よ ねがわくは汝の仁慈(いつくしみ)によりて われをあわれみ 汝の憐憫(あわれみ)の多きによりて わがもろもろの愆(とが)をけしたまえ わが不義をことごとく洗い去り われをわが罪より清めたまえ。 われはわが愆を知る わが罪は常にわがまえにあり。・・・」という言葉でした。ここには、自らを正義と主張する姿はありません。

 つまり、自分自身は正しいと思うことをやってきたが、それをあれこれ弁明してみても他を非難することになるからそれはやらない。それは確かに冤罪というほかないものだが、そうした責任を問われる職に就いたことは自らの選択でもあったわけで、これは一種の「敗戦罪」であってその咎は自ら負うしかない、というものだったと思います。おそらく、これは一種の「士的廉潔」を表わす精神だと思いますが、それが、先に紹介した聖書の詩編の言葉と共鳴するものであったことは、少なくとも、氏の精神が自己絶対化からは遠いものであったことを示していると思います。

>この人物を、山本は、韓国の人びとに紹介する義務を感じていたのではないかと思います。…

(読)その通りだと思いますが、現在の韓国でその想いを受け取ることができるのは、おそらく70代以上の日本語世代に限られることになるのでしょうね。

tiku せめて日本人にはこの山本七平の思いを共有してもらいたい、と思いますね。

(読)現在の韓国では、50代以下の世代は、ほとんど漢字の読み書きができないということになります。一部では、漢字教育の復活を望む声もあるようですが、こうした状況では相当に困難でしょう。

 また、本家である中国においても、現在は簡体字が主流になっており、30代以下の世代では、大学卒でも簡体字しか理解できない人が増えているそうですし、日本も戦後は新字体が広く普及し、旧字体が分からなくなっている人も増えているように思います。
 私の経験からは、同じ漢字文化圏にあると思えたのは、繁体字を採用している臺(台)湾だけでした。

 こうした点を見ても、漢字文化圏だとか「同文同種」などという幻想に基づいた『東アジア共同体』構想が、いかに空疎なものか理解できるのではないでしょうか。もっとも、それ以前に、倫理感や価値観があまりにも違い過ぎることが問題なのですが(このことは、上記のビジネス体験記等に如実に描かれています)。

tiku 中国が簡体字を採用したことについては、文化大革命の頃だったでしょうか、三島由紀夫もそのことを問題にしていましたね。また、「同文同種」ということが「倫理観や価値観」の一致を意味しないことは、山本も繰り返し指摘していました。

 しかし、他国の文化を理解するためには「その言葉を理解する」ことが最良の道であることも事実で、そういう意味では、お互いに漢字を共有することで意思疎通が容易になり、相互理解が深まることは、私は望ましいことではないかと思います。

 ただ、「同文同種」をいうことで倫理観や価値観が同じだと考えることが危険であることは、戦前の「支那通」軍人を見ても明らかですね。そうした失敗を繰り返さないための付き合い方について、一読者様は、現実体験を通してお話しされているのだと理解しています。

>その歴史的観点が「自虐的」であってはダメだということですね。

(読)そうではありません。
 河野談話の問題点は、旧日本軍の強制性を証明する資料も根拠も無いにも拘わらず、あのような談話を出してしまった点にあります。
 河野氏は直接戦後教育の影響を受けた自虐世代だから当然でしょうが、当時から私が最も問題だと思っていたのは、宮沢元首相のナイーブな対韓(対中)姿勢であり、それを念頭に、以前のコメントでは「歪んだパターナリズム」に基づく情緒的対応と批判したのです。

tiku このことについては、私は、秦郁彦氏の著作も参考にしていますが、同意見です。

>なお「従軍慰安婦」の問題については同意見ですが、村山談話については、私はおおむね妥当だと思っています。

(読)村山談話は、河野談話と同等かそれ以上に問題があります。
 なぜなら、村山談話は、政権に就いたために、日米安保と自衛隊を認めるという党の基本に関わる部分で譲歩を余儀なくされた旧社会党の党内や支持者の不満を逸らすために、抜き打ちだまし討ちで閣議決定されたものだからです。

tiku 自社さ連立政権の成立を悔やんでも仕方ないでしょう。それは、小沢氏の細川非自民連立政権を政党の思想を度外視して、数だけ集めて政権を奪取したことの反動ですが、それは、55年体制崩壊後の日本の保守の政治思想に確たるものがなかったことの証左でもあるのです。

 このことは、今日の政治状況を見てみれば一目瞭然で、一体、保守の側に、村山談話に抗して明示できるいかなる大東亜戦争を総括する言葉がありますか。それができていない以上、村山談話を、その成立の事情のいかがわしさをもって批判しても、私は説得力を持たないと思います。

 一読者さんが、この村山談話に代わる大東亜戦争を総括する言葉をお持ちであれば、ぜひ、お伺いしたいと思います。私自身、それを求めて日本近現代史の再検証を、山本七平の所説を参考に進めているのですが、今のところ、村山談話の内容は、この問題の外交的決着を図るためのものとしては、私はほぼ妥当ではないか、と考えているのです。

(読)小泉談話に関する私の評価は、やや否定的です。要するに、「場違いで必要なかった」のではないか、という気がするからです。

tiku 小泉談話は、村山談話という社会党党首が出した談話を、自民党党首が再確認した談話です。つまり、村山談話は自民党内閣が継承したのです。このことは安倍政権も福田政権も麻生政権も同様なのではないですか。

(読)私は、以前から、小泉外交の良さというのは、結局は“反射神経”の問題だろうと考えていました。
 国内で中国の内政干渉に関する反発が強まっていると感じれば、直ちに靖国参拝を断行する。9.11事件が起これば、即座に哀悼の意を表する。アメリカがイラク攻撃を宣言すれば、直ちに支持を表明する…

tiku 少なくとも中国の執拗な内政干渉を断固拒否したという点では、立派だったのではないでしょうか。というのは、なぜ小泉氏より伝統的保守主義者である安部氏が中国に受け入れられたか、それは小泉氏のNOなしには考えられませんから。

(読)イラク戦争については、異論があるかもしれませんが、現状の日本では、どう考えてもアメリカを支持する以外に方法が無かった以上、いち早く支持を表明することは、むしろ日本の負担を減らすことに繋がったのではないでしょうか。

tiku 9.11の対応についてもイラク戦争と同様でしょう。

(読)ただ、小泉氏の問題点は、国内問題の場合と同様に、中長期的なビジョンが無いところです。

(tiku) その点は私も同意見です。問題はいかなる中期的ビジョンを示すべきであったか、ということですが、氏は5年の任期一杯首相を務めたわけで、その後の政権運営は後継者の責任というべきでしょう。

 あえて、小泉氏の中期ビジョンが問題だとすれば、私は、それは氏が政治家を任期途中で引退したことで、それは、氏の首相時代に負った政治責任を抛棄した事になるからです。

 それと、選挙地盤を進二郎氏に譲ったことです。これは政治権力の私物化を意味しており、これは氏の政治信条の不徹底を証するものだと思います。中期ビジョンと言うより、長期ビジョンを欠いていたというべきですね。

(読) また、小泉氏の対応が可能だったのは、国際的に漠然と「面倒な最前線に立つのは止めて、二番手で美味しいところだけを頂く」という日本の外交姿勢が(おそらく莫大なODA等と引き換えに)受け入れられる土壌があったからですが、現在では、もはやそうしたやり方が成り立たなくなっています。

tiku 小泉氏のあの時点での対応は適切だったと言うことでしょう。

(読)最近、暫定とはいえ唐突に常任理事国入りという話が出てきたり、G7復活の話が出てきているのは、たぶん今後の経済動向を含む国際情勢の変化を睨んだ「中国外し」の動きの顕在化であるとともに、日本に対する主体的な行動要求であるという見方が出てきています。その場合、好むと好まざるとに関わらず、日本は最前線に立たざるを得なくなりますし、日本の国益に基づくビジョンを明確にする必要が生じるでしょう。

tiku そのビジョンを明確にするためにも、まず、過去の総括を大筋ででもつける必要があるのではないでしょうか。現実には、自民党は、民主党ばかりか国民新党にも振り回されているわけで、これでは勝てるわけがありません。

(読)民主党に対応できるでしょうか? 言うだけ無駄かもしれませんが。

tiku 前回の選挙は、民主党が選ばれたのではなく、自民党への落胆票だということが言われます。その通りで、それは、政権党である自民党に対する国民の信頼が地に墜ちたことの表明だったのです。その発端となったものが鳩山邦夫の「かんぽの宿」問題での立ち回りで、何とか交付金の問題や東国原氏の問題もありましたね。

 要するに、自民党の政治思想的一貫性が一体どこにあるのか、見えなくなってしまったのです。もちろん、民主党もそれと似たり寄ったりで、夢想家の首相を、権力至上主義者の幹事長が操っている分だけ、政策が支離滅裂になっていますが、残念ながら、それに取って代わるだけのものを、今の自民党が持ちあわせていないことも事実です。

 これが、自民党が小党分裂せざるを得ない理由ですが、おそらく、ここしばらくは、日本の伝統文化の再把握とその活路を見いだすための試行錯誤が続くのではないでしょうか。迂遠なようですが、私は、そうしたプロセスが必要なのではないかと思います。

 民主党政権のもたらす混乱も、その意味では、日本国民がリアルポリティクスを学ぶための高価な授業料と考える他ないのではないでしょうか。結論としては、言葉=思想による秩序づくりの大切さを、日本人も再認識する必要がある、ということだと思います。

2010年4月 6日 (火)

「自虐」でも「美談」でもない「独立自尊」の歴史観を持つこと6――葵様への返書3

葵さんとの論争?について
 今回の葵さんの反論を読んで、少し反省したことがあります。というのは、氏の無礼千万な語り口は一つの”お遊び”ではないか、ということです。そういうことなら、真に受けても仕方がありませんので、議論の要点だけお答えしたいと思います。

(葵)「天皇の象徴的性格」と「象徴天皇」は全く違います。

(tiku)私は、象徴天皇制の意味を、「天皇が政治の実権から離れて文化的象徴となったこと」と限定しています。そういう意味では、鎌倉時代に政治の実権が幕府に移ったことを葵さんも次のように認めています。

(葵)頼朝の時代で公家政治は終わり、実権(主権ではない)は幕府になりましたが、その権力を与えたのは天皇です。
天皇には旨味がありましたので、継承問題で争いがあったのでしょう。

(tiku)葵さんはここで、幕府の実権は天皇が与えたので、それは「象徴天皇制」とは違うといいたいのでしょうが、それは間違いです。平氏滅亡後、後白河法皇は、義経と頼朝の離間させ、義経及び源行家に頼朝追討の宣旨を出しました。しかし、義経・行家は兵力を集められず逃亡。頼朝は舅の北条時政に大軍を率いて上洛させ、後白河に強硬な申し入れを行い、院の近臣らの解官、九条兼実政権の樹立、守護・地頭の設置を呑ませたのです。(これは公領を含む警察権・行政権(=政治権力)を幕府が武力で掌握したことを意味します。)

(葵)明治憲法(大日本帝国憲法)での主権者は天皇です。

(tiku)葵さんが、これで何を説明しようとしているのかわかりません。察するに天皇は鎌倉時代から明治時代までずっと主権者だった、と言いたいのでしょうか。ちなみに私は、鎌倉時代にはじまった天皇の文化的・象徴的位置づけは、建武中興の一時期を除き、幕末には尊皇思想の影響を受け絶対主義的天皇制に変わったと説明しています。さらに、それを規定した明治憲法の解釈が、教育勅語的な天皇親政的解釈と立憲君主制的解釈(これが天皇機関説)に分かれことを説明しています。といっても、1930年頃までは機関説が学界の定説として扱われていました。

(葵)日本国憲法での主権者は国民です。
国民の選挙で選ばれた議員が総理大臣となり、内閣を決めますが、天皇の任命は儀礼であり、天皇は内閣の人選に関与は出来ません。

(tiku)同様に鎌倉時代も天皇は幕府の人事に関与できなかったのです。後白河法皇が頼朝の許可なく義経を検非違使等に任命したことが頼朝の怒りを買い、それが、その後の義経の運命を決めたのです。さらにその後、幕府から政治の実権を取り戻そうとした後鳥羽上皇等三上皇は北条泰時に島流しされました。つまり、将軍職の任命も儀礼であり形式だったのです。

>天皇が政治の実権から離れて文化的象徴となったことについて

(葵)上記は日本国憲法においてのことであり、明治憲法や頼朝から家康の時代のことではありません。

(tiku)以上説明した通りです。

(葵)日本沈没、あれはあくまでもSF小説です。ありえないから面白いのです。

(tiku)あり得ない「日本沈没」を設定してまで、日本人のディアスポラの必要性を訴えたかったということです。紹介した会話を見ればわかるでしょう。また、だから33年もたって二部を出版したのです。失敗してますが。

>日本人は「人は皆、仏性がある」と考える、というのが葵さんの結論なのでは。なのに、葵さんは結論として「仏教徒でないものには仏性は無いのだ!」と強弁される。
そして「屁理屈こいて己の恥を晒せば、教祖の山本の恥でもあるぞよ」とご託宣なさる。これを”インチキ教祖のご託宣”といいます。

(葵)私は「仏教徒(日本式の大乗仏教)には」と言いましたが、日本人にはと言っていません。

(tiku)日本の仏教は皆大乗仏教です。

(葵)山本は、神仏混合の時代が長かった日本では信仰心が薄いので、日本のキリスト教徒は、日本教キリスト派であると言っているでしょ?私も同意いています。
もし日本教キリスト派の人が亡くなって、仏になったら困るでしょ?
神のみもとに行けなくなります。だから、日本人の全てに仏性があってはならないのです。

(tiku)「仏性」とは、現代語で言えば「良心」にあたる言葉だと説明しています。「一切衆生、悉有仏性と説給ふ也。喩ば、天上の一月の、万水に移るが如し。大海にも一月、一滴の露にも一月有に似り」(『破吉利支丹』鈴木正三)というように、人の心には仏性(=慈悲の心)が移されている、という風に解釈したのです。それが、江戸時代になって仏教色が薄れ「本心」と呼ばれるようになったのです。キリスト教徒であろうがなんであろうが「良心」に相当するものはあるのではないですか。それにどういう言葉をあてるかは別としても・・・。だから、その「良心」を持っていたら死んだ時「仏」になる、ということにはならないのです。

>インチキ教祖のご託宣”といいます

(葵)私は教祖ではありませんよ
勿論、アンチ山本信者でもないし~。
ただの東京下町に住む意地悪オババです。

(tiku)あまり高飛車で高踏的な言い方をするから誤解されるのでは。

>(葵)なにやら半島はきな臭いようだね、(いつものことがけど)停戦中と言う事を思い出して、この際、「統一は民族の悲願」のために頑張って欲しいな。
アメリカや中国や日本の経済の為に、思う存分と死闘してください!南北ともに頑張れ!

tiku こういうことを匿名をいいことに平気で言う人がいるのです。進歩的文化人どころの話ではありません。これを”卑怯”といいます

(葵)↑これを日本語では卑怯とは言いません。
毒舌or正直な心の叫びと申します。(苦笑)

(tiku)あなたが、匿名でなく本名で、こうしたことを「正直な心の叫び」としていえるなら、私は「卑怯」という言葉は撤回しますが、おやめになった方がよろしいのでは。

(葵)卑怯とは、私宛のコメントを私のブログにしないで他人のブログに書く人のことですよ。コメント欄が無理ならば、トラックバックすれば卑怯とは言いません。

(tiku)あなたのブログのコメントはかって字数制限と投稿制限がなされていましたね。だから、私HPに掲載すると断ったでしょう。また、最初のあなたとの論争は、あなたが「一知半解」さんのブログを通じて私論を嘲笑し、また、本名まで上げて論争に引き出そうとしたことから始まったものです。今回の場合も貴方のイニシアティブですよね。また、ご希望であればトラックバック致します。

>>朝鮮戦争は、日本の資本家が(もうけるため)、たくらんだものである」と平気でいう進歩的文化人に対して、

(葵)だから~~、そんな嘘を言う進歩的文化人って誰なのさ!山本七平かい?

tiku そんなこと文脈見ればわかるでしょう。これを”口からでまかせ”といいます。

(葵)文脈を見ても私には分かりません。そんな嘘を言う進歩的文化人の名前を教えてください。もしかしたら山本が”口からでまかせ”ですか?
日本語は誤解されないように、正しく使いましょう。

(tiku)「山本かい!」が”口からでまかせ”だといっているのです。だって、引用した文章は、ベンダサン(あなたたちはベンダサン=山本七平としている)が進歩的知識人を批判した文章ですから。

>「この平和ボケしている日本人に攘夷思想なんてあるのだろうか?」と葵さんがいった時の「攘夷思想」とは”米軍基地撤退”を想定していたのかしら
日本のナショナルアイデンティティーを中国や韓国の攻撃から守る、程度の象徴的な意味だったのでは。これを”話のすり替え”と言います

(葵)攘夷論(じょういろん)は、日本に於いては、江戸末期に広まった考えで、夷人(外国人)をしりぞける。つまり外国人を実力行使で排斥しようという思想。元は中国の春秋時代の言葉。
他国の軍隊が日本にのさばっています。
攘夷思想となれば日本軍を認め、強めて米軍基地撤退でしょう。
しかし日本には“国軍”がありませんので仕方が無いと私は諦めています。
九条改正は、今の日本人の思想では・・・今の所、私は保留です。

(tiku)葵さんは、日本にのさばっている米軍基地を撤退させるという攘夷思想をお持ちなのですね。

(葵)中国は確かにミサイルの標的を日本にしているそうですが、日本を武力攻撃して何か得をすることがありますか?損失の方が多いと思いますがね?
韓国が日本を攻撃する?日本沈没より面白いジョークです。

(tiku)私は「日本のナショナルアイデンティティーを中国や韓国の攻撃から守る、程度の象徴的な意味だったのでは」といっています。「中国や韓国が日本を武力攻撃する」とはいっていません。

>これを”話のすり替え”と言います
(葵)違います。貴方の勝手な思い込みです。

(tiku)”話のすり替え”じゃないですか。

(葵)貴方には元日本兵や銃後の妻の哀しみを理解する心が感じられませんので、私はそれに触れません。同じ本を読んでも、その解釈は十人十色であり、感性や知識力、理解力で異なります。確かに私の文章力の無さが、貴方の誤解を生じたのでしょうが、それにしても酷すぎます。きっと山本文やそのほかの人の文も同じような誤解、誤読をしていると思います。

(tiku)葵さんが、議論の相手を頭から嘲弄する態度に出なければ、誰でも間違いはあるのですから、失礼なやりとりにはならないのです。貴方が「元日本兵や銃後の妻の哀しみ」を理解したい、とおっしゃるなら、私もそのことに意義はありません。わたしにそれが感じられないとおっしゃるなら、私の説明が不足していたのかも知れません。自戒したいと思います。

(葵)貴方は私に知られるように、こっそりと愚痴を吐いているつもりでしょうが・・・そこがネットの恐ろしさです。論争を仕掛けるのならば最後まで気合を入れてなさいな。
その根性や知識がないのならば、人様に暴言を吐くべきではありません。
mugiさんに対する仕打ちは、人間として許せません!

(tiku)私も、ネットは世界に公開されていますよと初めに断っています。この論争を仕掛けたのはあなたですし、暴言を吐いたのもあなたです。ただし、論争となれば、言葉を曖昧にせず徹底してやります。そしてそれは記録されるべきです。そうすることで言論の責任が明確になります。ところで、mugiさんに私がどんな仕打ちをしましたか?

(葵)自分の痛みは分かるけど、人の痛みは分からないものですが、思いやる心があれば、ある程度は分かるはずです。私が貴方や一知半解さんにした意地悪は、『痛みを感じて欲しい』からですよ。ブログは個人の部屋です。その人の趣味ですから、その趣味が悪いと“喧嘩”を売るべきではありません。リアルではエチケット、ネットではネチケットを守り、愉しく暮らしましょう。

(tiku)貴方の言葉遣いを見る限り、葵さんが人の痛みや、人を思いやる心を大切にされているとは思いませんでした。また、いくら趣味だからといって、ネット上の書き込みでは、もう少し「人の痛みや人を思いやる心」が感じられる言葉遣いにすべきではないでしょうか。

以上

2010年4月 3日 (土)

「自虐」でも「美談」でもない「独立自尊」の歴史観を持つこと5――葵様への返書2

 「自虐」でも「美談」でもない「独立自尊」の歴史観を持つこと4、への葵さんの反論の紹介と、それへの私の再反論(これが最後)です。「一知半解」さんが、旧日本軍に見られた「とっつき」と「いろけ」について紹介されていますが、同様に、いいまくり、暴力的な言辞や侮辱で、対話の相手を黙らそうとする日本人が、今も多くいると思いました。もって「自戒」としたいと思います。

(葵)tikurinさんの記事を読んで、これぞ山本教と・・悪いけど嗤ってしまった。
葵に間違いを指摘されて、それをつくろうために恥の上塗りをしている。
哀しい人だなぁーと・・・・以下は『一般常識の範囲』で私見を述べる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(葵)私は(山本の論を)「大事」だとは言ったが、良い評価はしていない。
「大本営のバカに殺されたようなもの」は当時の日本兵の心の叫びではあるが、戦後の軍批判とは別であると山本が注意しているにもかかわらず、「戦犯を日本で裁けなかった云々」と書く読解力を嘲笑しているだけ。

tiku ①「日本兵の心の叫び」と「戦後の軍批判」との違いをどう理解しているのかわかりません。なのに②「戦犯を日本で裁けなかった云々」(これは私の言葉ではないが)と「戦後の軍批判」を同定していますが、①の理解が間違っていれば、②も間違いとなる可能性があります。そこであえて①を曖昧にしたまま(理解していない証拠)、②で相手を嘲笑し黙らせようとする。これを、”こけ脅かし”といいます。

(葵)長々と日本沈没の解説をしているが、あれはあくまでもSF小説である。
あのような作品は20世紀少年と同じように娯楽として愉しめばよろしい。
tikurinn殿は『銀河鉄道999』や来るべき宇宙戦争の為に『宇宙戦艦ヤマト』が必要と考えている?まさかね・・・・SFものは現実にはありえないから面白い。違う?

tiku 「ディアスポラ」の意義は、歴史的事実を踏まえて諒解されているものであり、それを踏まえて『日本沈没』が書かれているということを指摘したのです。現実にはあり得ないのは「日本沈没」というプロットであって、あえてそういうあり得ないプロットを設定してまで、日本人のディアスポラの必要を示唆したところに、この小説のねらいがあったのです。これが理解できないはずはないと思います。つまり”いいまくり”ですね。

>もちろん、私がディアスポラというのも、それは祖国喪失をすすめているわけではなくて、若者には、積極的に異国に出て行って、日本と異なる文化を体験してほしいといっているだけです。そうした経験を通じて、自らの民族的アイデンティティーを確認し、さらにその発展に努めて欲しいといっているのです。あるテレビ番組で兵役に代わる一年間の「徴農制」を提言していましたが、そんなことより一年間の「ディアスポラ」の方が効果的ではないかと思ったことでした。

(葵)それを言うのならば留学、遊学と言う言葉を使用しなさい。「ディアスポラ」とは自分の意思に反して祖国を追われて民族が分散することを言う。

「ディアスポラ」という言葉を、先に説明したように「自民族の文化的アイデンティティーを自覚するための体験」という意味で使っているのです。そういう意味があるのだということを理解してもらうために、小説の該当部分を引用したのに、これもしらんぷり。つまり、これも”いいまくり”ですね。

>”攘夷思想くらい持ちなさい”と母親が息子を叱っているみたいですが

(葵)↑これは超ウルトラ誤解ですよ。(笑)
今の時代で攘夷となれば、米軍基地撤退、そして全ての外国人を国外追放となってしまう。そんな危険なことを、私は夢にも考えたことはありません。

tiku「この平和ボケしている日本人に攘夷思想なんてあるのだろうか?」と葵さんがいった時の「攘夷思想」とは”米軍基地撤退”を想定していたのかしらん?日本のナショナルアイデンティティーを中国や韓国の攻撃から守る、程度の象徴的な意味だったのでは。これを”話のすり替え”と言います。

>朝鮮戦争は、日本の資本家が(もうけるため)、たくらんだものである」と平気でいう進歩的文化人に対して、

(葵)だから~~、そんな嘘を言う進歩的文化人って誰なのさ!山本七平かい?

tiku そんなこと文脈見ればわかるでしょう。これを”口からでまかせ”といいます。

(葵)「朝鮮戦争はアメリカとソ連の代理戦争である」という歴史の定説を無視するのか?
「われわれが三十八度線で死闘をして日本を守ってやったのに」とは常識ある朝鮮民族は思わないはず。三十八度線は、日本が引いたのではない。

tiku そういう誤解がないよう願いたいものですね。

(葵)なにやら半島はきな臭いようだね、(いつものことがけど)停戦中と言う事を思い出して、この際、「統一は民族の悲願」のために頑張って欲しいな。
アメリカや中国や日本の経済の為に、思う存分と死闘してください!南北ともに頑張れ!

tiku こういうことを匿名をいいことに平気で言う人がいるのです。進歩的文化人どころの話ではありません。これを”卑怯”といいます。

>(tiku)象徴天皇制をGHQの発明と考えているようでは、まだまだ山本学を理解したことにはなりませんね

(葵)山本学って・・・俳優のこと?嗤)山本学という学問はないのじゃ!
偽学問に心酔するから左巻きになってしまう(嗤)山本は聖書学者でも歴史学者でもない。ただの聖書屋のおやじにすぎない。象徴天皇制は源頼朝が創出した制度とは恐れ入りすぎる。頼朝は朝廷から征夷大将軍という役職を頂いたのであり、一応は臣下の礼をしている。
信長も秀吉も家康も同じ。あの頃の天皇は象徴ではない。
「天皇を日本の象徴とする」は、日本国憲法に書かれたものであり、主権在民の内閣では、天皇に臣下の礼はなされない。したがって、源頼朝が創出した制度は間違い、×なのだ!

tiku 天皇制の「象徴」的性格については、津田左右吉、和辻哲郎、美濃部達吉らも指摘しています(私コメント参照)。それを思想史的に解明したのが山本七平です。象徴天皇制の意味は、天皇が政治の実権から離れて文化的象徴となったことを指しています。それが、制度的に確立したのが鎌倉時代なのです。なお、現憲法下の「象徴天皇制」でも、内閣総理大臣は天皇の任命を受けていますよ。(憲法6条)

(葵)天皇機関説は軍部が強力になりすぎたから問題になったのであり、教育勅語は関係なし。
立花隆もそんなことは承知しているはず。彼は学者ではない。
『自分で想う』いいとこチョイスは、間違えれば作者の名誉を毀損することが分からないならば、むやみに引用しなさるな。

tiku 軍部の力が強力になりすぎると「天皇機関説」が問題になるのですかな?「なり過ぎる」程度はどの程度?。天皇機関説とは、それが依拠する思想、それに基づく憲法解釈があって初めて出てきているのであって、その思想を表出していたのが教育勅語であり、、この論争の過程を記したのが立花隆の『天皇と東大』です。この本に「軍部の力が強力になりすぎると「天皇機関説」が問題になる」と書いてあるのかしらん?”これを”あてずっぽ”といいます。

> つまり、「仏性」とは、仏教徒だけの「信心」についていったものではなく、人間の「良心」にあたる心的現象を仏教用語で説明したものなのです。
>この「本心」の持ち主は重ねていいますが、「仏教徒」だけのものではなくて、私たち日本人一般が持っている良心的観念のことを指していて、この心的現象の存在を担保しているものが、日本人独自の自然主義的宗教観念なのではないのか、という意味で、山本七平はそれを「日本教」と名付けたのです。

*(以下6パラグラフ挿入3/4)

 付け加えれば、それまで仏教によって語られてきた「仏」という宇宙の絶対的中心概念が、徳川幕府による平和が維持される中で、日本人が創作したオリジナルな中心概念=「天地自然」に切り替わったのです。

 ここから「天地は万物を生み給う根本にして大父母なり」「されば、人は天を父とし、地を母として、かぎりなき天地の大恩を受けたり。故に天地につかえ奉るを以て人の道とす」

 「天地の御心にしたがうとは、われに天地より生まれつきたる仁愛の徳をうしなわずして、天地の生めるところの人倫をあつくあわれみうやまうをいう。これすなわち人の行うべき所にして、人の道なり」「仁は人の心に天より生まれつきたる本性なり」

 「人倫の道は天性に生まれつきたれども、その道に志なくして、・・・聖人の教え(=五常・五倫)を学ばざれば、人の道なくして鳥けだものにちかし。かくの如くなれば、人と生まれたるかいなし。万物の霊とすべからず。」(貝原益軒『大和俗訓』)

 という具合に、仏より授かった「仏性」が、自然に生まれつきたる「本性」となり、さらに石門心学の流行を経て「本心」となったのです。しかし、それを本当に身につけるためには、五常・五倫の教えを学ばなければならない、とした。 

 それを教育方針として簡潔にまとめたのが明治の「教育勅語」だったのです。(もちろん「教育勅語」はこうした道徳律だけでなく、天皇を宗主とする家族主義的「天皇親政」国家論を伴っていました。これが「天皇機関説」と対立するようになったのです。)

(葵)仏教とは悟りを開いて仏になる修行である。
「人は皆、仏性がある」と説くのは日本式の大乗仏教だけであり、小乗仏教には無い。
神に全て身を任すキリスト教や八百万の神を畏れる神道では仏性は説かない。
神仏混合の時代が長かった日本では宗教観が薄い。簡単に神や仏を敬う。
そんな体質を山本は日本教と言ったのだろう。
仏性とは仏になれる素質ということを理解しなさい。
『仏性』とは、あくまでも大乗仏教の言葉であり仏教用語である
仏教徒でないものには仏性は無いのだ!
屁理屈こいて己の恥を晒せば、教祖の山本の恥でもあるぞよ

tiku この文章の論理は、「仏教とは悟りを開いて仏になる修行である。(これが小乗仏教のこと、付け加えれば出家僧の悟りのこと=筆者)「人は皆、仏性がある」と説くのは日本式の大乗仏教だけで、小乗仏教には無い」。ということは、日本人は「人は皆、仏性がある」と考える、というのが葵さんの結論なのでは。なのに、葵さんは結論として「仏教徒でないものには仏性は無いのだ!」と強弁なさる。そして「屁理屈こいて己の恥を晒せば、教祖の山本の恥でもあるぞよ」とご託宣なさる。これを”インチキ教祖のご託宣”といいます。

>以上、葵さんご自身の「本心」に照らして考えてみて下さい。もちろん、以上の説明が”左巻き”の仕業としか考えられなくても、私は一向にかまいませんが

(葵)葵のいう“左巻き”はクルクルパーのことであり、左翼のことではないよ。

tiku 別に左翼のことと思っていたわけではありませんが、こういう罵詈雑言を投げつけて相手を黙らそうとする、これが”とっつき”の手法です。戦中の話ではなく、平和の御代にも、こうした「とっつき」を得意とし、相手を、言葉の暴力で黙らそうとする人がいるのです。昔の話ではありません。

(葵)著名人の思想という色眼鏡無しでは語れない、己の愚かさを知らず、山本という刃をかざして論争を挑む滑稽さを私は嘲笑しているのさ。

tiku 思想というのは先人に学びつつ身につけていくものです。”はったり”や”こけ脅かし”や”あてずっぽ”では議論になりません。先に紹介したように「学ばざれば禽獣に近し」なのです。葵さんはその恐れが多分にありますね。

 今回の返信は、あなたがわざわざ「一知半解」さんのブログに私論への反論を紹介したから応答したまでです。その後、少しは正直さや礼儀を身につけたのかと思っていましたが、相変わらずの「とっつき」三昧!あなたに、「左巻き」を批判する資格はありませんね。「自虐」以下です。

« 2010年3月 | トップページ | 2010年5月 »

twitter

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ

最近のトラックバック