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2010年7月

2010年7月25日 (日)

「14世紀に寿命がなくなった」天皇制とは後醍醐天皇が目指した祭政一致の天皇制のこと?

キンピー様へ
>憲法の天皇条項は14世紀に既に寿命が無くなっている条文である。
>天皇家滅亡の出典は学術的に高い評価を得ている大日本史である。

 キンピー様は、ここで、『大日本史』を、14世紀に(南朝の消滅とともに)その寿命がなくなった後醍醐天皇による親政的天皇制のことを記述した歴史書だと言っているのでしょうか。キンピー様の言は誠に”ハッタリ”が多くて、上記のことばもその類だと思いますが、ここに氏の国旗国歌反対の思想的根拠が置かれているようですので、蛇足ながらその間違いを指摘しておきます。

 徳川幕府が朱子学を採用した目的は「官学としての朱子学」の採用によって徳川幕府の統治権の正統性を証明しようとしたのです。ではなぜそんなことをする必要があったか。それは徳川幕府が軍事政権であり武力で天下を取ったものなので、いつ、徳川幕府以上の武力を持った大名が現れて政権を奪取されるかわからない。そこで、中国の朱子学の正統論を援用して天皇の正統性を証明し、その天皇から将軍職を宣下された徳川家の統治は正当という論理で、その統治権の正統化を図ったのです。(下線部「大日本史」の目的となっていたのを訂正しました。7/29)

 そうした流れの中で、『大日本史』(徳川光圀編纂)は「神武天皇から南北朝時代の終末すなわち後小松天皇の治世(1382‐1412)までを,中国の正史の体裁である紀伝体で記述したわけですが、何しろ中国の歴史と日本の歴史は違う。中国の歴史には武家の歴史はない。さらに鎌倉幕府以降統治権は実質的に武家の手に渡っている。特に、承久の乱で三上皇が流され(後鳥羽、土御門、順徳)、後堀河天皇が北条泰時により立てられて以降、統治権は実質的に幕府が握り、天皇家は「文化的象徴」に棚上げされてしまっていた。こうした状態を糺そうと、武家政権の内紛を利用して幕府からの権力奪取を図ったのが後醍醐天皇でした。

 この時、足利高氏は、北条高時の命によって上洛し、後醍醐天皇の起こした倒幕クーデター(元弘の変1331年)を平定しました(天皇は隠岐の島に流された)。しかし、その後高氏は北条高時に不満を持ち、隠岐の島を脱出した天皇方に寝返って京都に侵攻し六波羅探題を滅ぼし、新田義貞は鎌倉に侵攻して幕府を滅亡させました。高氏はこの戦功によって後醍醐天皇より、その諱(尊治)の「尊」の一字を与えられ尊氏となったのです。こうして後醍醐天皇による建武親政が始まりました。

 ところが、その後醍醐天皇による建武親政は、その統治において公私の区別もなく、朝令暮改で、賞罰はでたらめ。そのためこの親政樹立に味方した武家の支持も次第に離れて行き、ついに足利尊氏の反意を招くことになりました。後醍醐天皇は、新田義貞と北畠顕家らに尊氏誅伐を命じましたが、尊氏は義貞軍を破って入京、しかし、北畠顕家軍に敗れて九州に敗走、その後再び勢力を盛り返して湊川で楠木正成軍を破って入京し、光明天皇(北朝第2代、第1代は北条高時が擁立した光厳天皇)を擁立しました。

 一方、後醍醐天皇は、神器を携えて京都を脱出して正統を主張し、吉野に南朝を立てました(1336年)。以後、後村上天皇、長慶天皇、後亀山天皇に至るまで、足利氏の推戴する寺明院統に対立し、この間、足利氏側の内紛に助けられ、また、南朝側についた諸武将の奮戦によって勢力を維持しました。しかし、その後次第に劣勢となり、足利義満の時代(1992年)に南朝の後亀山天皇から北朝の後小松天皇に神器が渡されて、南北朝合一となり、南朝は北朝に吸収されました。

 問題は、この間の事情を『大日本史』がどのように記述したかということですが、『大日本史』は、中国の『資治通鑑』などの歴史書の紀伝体をまねたため、特に天皇の正閨問題を論じようとしたとき、北朝を偽朝として足利氏を叛臣に入れれば、現に存在する天皇家の正統性を否定することになる。また、幕府の統治権の根拠も否定してしまう、という矛盾を抱え込むことになったのです。このため『大日本史』の編集方針は二転三転し、ついに史実に対する論評である「論賛」は本文から削除されてしまいました。

 しかし、この『大日本史』が提起した南北朝正閨問題は、その論賛において、確かに後醍醐天皇に対する栗山潜鋒や三宅観覧による強烈な批判はされていますが、それが幕府の合法性を論証することにはなっておらず、結局、「君、君たらずとも、臣は臣たり」ということで、天皇に対する忠誠心を思想的に純化する方向に向かいました。こうして、そうした臣の鑑として、楠木正成が賛美されることになったのです。また、こうした現実の天皇制とは別に、「真の天皇制」が日本の歴史の中に求められるようになりました。

 こうした「真の天皇制」を求める動きの一つとして、萬世一系で欠けることのない皇統の連続性が、国学思想によって新たな光を当てられることになりました。ここから、幕府を、その皇統の連続性を断ち、天皇の統治権を簒奪した賊と見なす考え方が生まれたのです。さらに、幕末に異国船が日本沿岸に姿を現すようになると、全国至るところに「尊皇攘夷を叫ぶ志士」が登場し、それが公武合体から尊皇倒幕運動、そして大政奉還さらには明治維新へと発展していったのです。

 以上、少々長くなりましたが、『大日本史』は、14世紀に天皇の寿命(南朝の?)がなくなったことを論証したものではないこと。それどころか、それは、後醍醐天皇の失政によって崩壊した天皇親政イメージを、幕末において尊皇思想イデオロギーとして復活させる「バイブル」になったということです。このため幕府の統治が非合法化され、徳川慶喜は大政奉還をすることになったのですから、この本は、幕府にとってまさに厄災をもたらした本だったということができます。

 なお、現行憲法に規定する天皇条項は、鎌倉時代に武家政権が打ち立てた「文化的象徴」としての天皇制の伝統を引き継ぐものといえます。山本七平は、特に建武の中興以降に確立した象徴天皇制を「後期天皇制」と名付けていますが、そのあり方は、前記天皇制の祭政一致型天皇ではなく、政策・政略等に超然とした、いわば日本の伝統文化における「則天去私」の天皇像を示すものだった、と言っています。

 こうした新しい日本の天皇のイメージは、建武の中興という後醍醐天皇による天皇親政の失敗の経験を経て生まれたものでした。この後期天皇制が、幕末期に尊皇思想に基づくイデオロギ命を経て、明治期の絶対主義天皇制に変身したわけですが、それは、法制上はイギリスの立憲君主制をまねたものでしたので、「君臨すれども統治せず」になっていました。しかし、その内実は、後期天皇制における象徴天皇の伝統を引き継ぐものだったのです。

 しかし、これはあくまでも法制上の「天皇機関説」的位置づけであって、これとは別に、教育勅語に謳われた天皇制は、尊皇思想に基づく一君万民平等の天皇親政を建前としていました。そして明治が、この天皇制の思想的矛盾を解かないままに放置したために、昭和になって、中途半端に終わった明治維新をやり直すという昭和維新――天皇機関説を排撃して国体明徴し、天皇親政の政治体制を確立しようとする運動に発展していったのです。

 もちろん、この運動の推進力となったのが軍部だったわけですが、政党政治家を含めて国民全体がこの運動に巻き込まれ、これが現実の天皇を「玉」として担ぐ軍部によって、一党独裁の翼賛政治体制が布かれることになりました。こう見てくると、実は、戦後の天皇制を巡る国民間のアンビバレントな感情も、この明治期の尊皇思想に基づく絶対主義天皇制のイメージを払拭できないことから起こっている問題なのかも知れませんね。

 キンピーさんの持っておられる天皇制のイメージもおそらくこれで、そのため、14世紀に南朝が崩壊した時をもって、天皇制がその寿命を終えたと理解しているのだと思います。しかし、上述した通り、これは間違いで、こうした南朝による天皇親政の統治イメージは、『大日本史』の働きもあって幕末に至って不死鳥のように復活し、これが尊皇攘夷運動を契機として明治維新という中央集権的絶対主義革命をもたらすことになったのです。

 なにやら「人間万事塞翁が馬」といった感じですが、ここで重要なことは、歴史というものは、このように、その民族の歴史伝統文化の延長上に組み立てられるものだ、ということです。明治以降の歴史を見れば、確かに明治維新はすばらしかった、しかし、昭和の歴史は”一体何だ”ということになりますが、こうした歴史上の難問を解くためにも、そこに至った歴史をより正確に読み解き、その新たな発展の方向を見定めることが大切なのです。

 キンピーさんの”独りよがりの論理”を見ていると、憲法の思想信条の自由を、自分の思想信条の絶対性を擁護するためだけに使っているように見えます。要するに、この自由を「自分勝手」に行使しているわけですが、民主主義政治制度下における自由とは、ロックにおいては「つねに神に対する人間の義務と結びついていた」こと。つまり人間の自由意志は人間の義務の観念とセットではじめて行使できるものなのです。

 先ほど紹介した後期天皇制における基本的な倫理観は、そうした人間の独善性を排した慈悲にもとづく共同体を理想としていたわけで、特定のイデオロギーに基づく自己絶対化とは無縁のものです。その意味で、日本国憲法における天皇条項は、そうした天皇像を日本国の象徴として置いたものだということができます。キンピーさんには、以上のような歴史をふまえた上で、日本国の象徴としての国旗国歌の問題を考えていただきたいと思います。

参考図書 山本七平著『現人神の創作者たち』『日本的革命の哲学』『山本七平の日本の歴史(上・下)』

2010年7月21日 (水)

「日の丸・君が代」論争について――思想信条の自由をもって「法」を否定するのは間違いだ

 以下、一知半解さんのブログで、「日の丸・君が代」論争(参照)がなされていましたので、論点整理のために敢えて、キンピーさんに私見を申し上げました。正直いって、キンピーさんの主張は、国旗国歌法自体が憲法の思想信条の自由に矛盾するので違法だといっているのか、その運用が個人の思想信条の自由を侵害するものだから違法だといっているのかはっきりしませんでした。後者なら、その運用の仕方、それを巡る当事者の反対行為の程度が問題になると思うのですが、キンピーさんは思想信条の自由の優越性を主張するばかり・・・。

 そこで、この問題が現在進行中の裁判の中でどのように論じられているかを見てみました。最高裁の最終判決がどうなるかまだわかりませんが、私見ではここに紹介した高裁判決の主要部分がそのままま支持されることになるのではないかと思っています。キンピーさんとの論争はこれで終了したいと思いますが、一応の論点整理はできたと思いますので、これまでの論争経過(参照)とも合わせて参考にしていただければ幸いです。

キンピー様へ
>「国旗,国歌に対し,宗教上の信仰に準ずる世界観,主義,主張に基づいて,国旗に向かって起立したくない教職員,国歌を斉唱したくない教職員,国歌のピアノ伴奏をしたくない教職員がいることもまた現実である。このような場合において,起立したくない教職員,斉唱したくない教職員,ピアノ伴奏したくない教職員に対し,懲戒処分をしてまで起立させ,斉唱等させることは,いわば,少数者の思想良心の自由を侵害し,行き過ぎた措置であると思料する次第である。国旗,国歌は,国民に対し強制するのではなく,自然のうちに国民の間に定着させるというのが国旗・国歌法の制度趣旨であり,学習指導要領の国旗・国歌条項の理念と考えられる。これら国旗・国歌法の制度趣旨等に照らすと,本件通達及びこれに基づく若枝長の原告ら教職員に対する職務命令は違法であると判断した次第である。」

 以上の判決文は「国歌斉唱義務不存在確認等請求事件 判決趣旨」(平成18年9月21日)のものでしょう。

 この裁判での主たる争点は
 「在職中の原告らは,都立学校の入学式,卒業式等の式典において,国旗に向かって起立して国歌を斉唱する義務を,また,音楽科担当教員である原告らは,国歌斉唱時にピアノ伴奏をする義務をそれぞれ負うか。本件通達及びこれに基づき学校長が原告らに対し発した職務命令は違法か」です。

 そして、これに対する判決は、
 「学習指導要領の国旗・国歌条項は,法的効力を有しているが,同条項から,原告ら教職員が入学式,卒業式等の国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し,国歌を斉唱する義務,ピアノ伴奏をする義務までを導き出すことは困難であるというべきである。」というもの。

 また、 校長の職務命令の適法性については、
 「都立学校の学校長は,校務をつかさどり,所属職員を監督する権限を有しており,所属職員に対して職務命令を発することができ,所属教職員は,原則として,学校長の職務命令に従う義務を負うものの,当該職務命令に重大かつ明白な瑕疵がある場合には,これに従う義務がないものと解するのが相当である。」としています。

 そこで、当該職務命令に重大かつ明白な瑕疵があったかどうかということが問題になりますが、これについては次のようにいっています。

 「これを本件についてみてみると,原告ら教職員は,「教育をつかさどる者」として,生徒に対して,一般的に言って,国旗掲揚,国歌斉唱に関する指導を行う義務を負うものと解されるから,入学式,卒業式等の式典が円滑に進行するよう努カすべきであり,国旗掲揚,国歌斉唱を積極的に妨害するような行為に及ぶこと,生徒らに対して国旗に向かって起立し,国歌を斉唱することの拒否を殊更に煽るような行為に及ぶことなどは,上記義務に照らして許されないものといわなければならない。」

 しかし、このことは、原告ら教職員が思想・良心の自由に基づき、国旗に向かって国歌を起立斉唱することを拒否することを、上記の義務違反することにはならない。なぜなら、それは、式典の進行や国歌斉唱を妨害したり、生徒らに国歌斉唱の拒否を煽ったりするわけではなく、また、児童生徒に式典における国旗国歌に対する正しい認識をもたせ、これを尊重する態度を育てる教育目標を疎外する恐れもないから、というのです。

 また、音楽科担当教員が国家のピアノ伴奏をする義務があるかどうかについては、入学式、卒業式等の式典における国歌斉唱の伴奏はピアノ伴奏でなくてもその他の手段(例えばテープ)でもできるし、式典の進行等が滞るおそれもないので、当該音楽教師にピアノ伴奏の義務があるとはいえない、といっています。

 そして,そうした原告ら教職員の行為が,「これとは異なる世界観,主義,主張等を持つ者に対し,ある種の不快感を与えることがあるとしても,憲法は相反ずる世界観,主義,主張等を持つ者に対しても相互の理解を求めているのであって,このような不快感等により原告ら教職員の基本的人権を制約することは相当とは思われない。」といい、

 結論として、「都立学校の学校長が,本件通達に基づき,原告ら教職員に対し,入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し,国歌を斉唱せよとの職務命令を発することには,重大かつ明白な瑕疵があるというべきである。従って,原告ら教職員は,本件通達に基づく学校長の職務命令に基づき,入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し,国歌を斉唱する義務,ピアノ伴奏をする義務を負うものと解することはできない。」としています。

 この結論だけを見れば、キンピーさんの言い分が認められているかのようです。しかし、キンピーさんの主張は、「憲法に矛盾するような法律はそもそも作れない」(7/17コメント)といい、ここでは国旗国歌法が問題になっているのですから、この法律自体が違法だといっているかのようです。また、その後「強制になるような国旗国歌法案は憲法違反になるからできない」ともいっています。これは国旗国歌法の運用が強制にあたる場合にはできないといっているようにも受け取れます。ここは、ap_09さんの言われるように、このいずれかをはっきりしてもらわないと議論はできませんね。

 これがもし前者なら、上記の判決文でも、下線部分のように、国旗国歌法も、その指導を行うことを規定した指導要領も適法であり、職員には、生徒に対して国旗掲揚、国歌斉唱に関する指導を行う義務があり、入学式,卒業式等の式典が円滑に進行するよう努カすべきであり、そのために必要な職務命令を出すことも全て適法となっていますので、キンピーさんの見解はこの判決文によって斥けられたことになります。

 これがもし後者なら、この裁判で争われているのは、「当該教職員の国旗国歌の掲揚斉唱に反対する行為の程度」であるという私の主張と同じことになりますから、同じ前提に立って議論を進めてもらいたいと思います。そうした場合、この判決では、もし、当該職員の行為の程度が「国旗掲揚,国歌斉唱を積極的に妨害するような行為に及ぶこと,生徒らに対して国旗に向かって起立し,国歌を斉唱することの拒否を殊更に煽るような行為に及ぶことなどは,上記義務に照らして許されない」とはっきりいっています。

 つまり、この判決は、ごく少数の職員がその思想信条の理由から国旗国歌に向かって起立斉唱しなくても、式の進行にはほとんど影響ないから”大目に見るべきだ”といっているのです。しかし、もし当該校で、国旗国歌に反対する職員が多数を占めるようになった場合は、式典の円滑な進行ができないということにもなります(国旗国歌法の法制化以前はそのような事態が頻発していました)が、この場合は、そうした職員の行動は是認されない、というのでしょうか。

 以上、平成18年9月21日の東京地裁の判決文の概要を紹介しましたが、私は、この判決は常識的に見ておかしなところがあると思います。それは、教職員に下線部のような義務が課されていることを認めながら、教育委員会が校長に対して、これらの式典で教職員に国旗に向かい国歌を起立斉唱するよう指導よう求める通達を出したことを、職務命令を発する上での重大かつ明白な瑕疵と認定している点です。

 その理由は、「人の内心領域の精神的活動は外部的行為と密接な関係を有するものであり,これを切り離して考えることは困難かつ不自然であり,入学式,卒業式等の式典において,国旗に向かって起立したくない,国家を斉唱したくない,或いは国歌を伴奏したくないという思想,良心を持つ教職員にこれらの行為を命じることは,これらの思想,良心を有する者の自由権を侵害しているというべきであ」るから、というのです。一読して、裁判官にもこんなバカげたことをいう人がいるのかと、あきれました。

 これについては、幸いというべきか、2008年2月 9日 (土)東京都「君が代」嘱託教職員再雇用拒否事件東京地裁判決では、次のようにこうした考え方を否定しています。

 「一般に、自己の思想や良心に反するということを理由として、およそ外部的行為を拒否する自由が保障されるとした場合には、社会が成り立ちがたいことは明らかであり、これを承認することはできない。

 本件職務命令は、卒業式等において国家成勝寺に国旗に向かって起立し国歌を斉唱することを命じるものであって、原告らに対し・・・直接的に原告らの歴史観乃至世界観または心情を否定する行為を命じるものではないし、また、卒業式島の儀式の場で行われる式典の信仰上行われる出席者全員による起立・斉唱であることから、前記のような歴史観乃至世界観または心情と切り離して、不起立・不斉唱という行為には及ばないという選択をすることも可能であると考えられ、一般的には一般的には、卒業式島の国家制勝時に不起立行為に出ることが、原告らの歴史観乃至世界観または心情と不可分に結びつくものということはできない。」

 また、平成22年1月28日「君が代不起立」再雇用訴訟東京高裁判決では、原告の上告を棄却した上で、次のようにより厳密な判断を示しています。

 「憲法1 9条は,人の内心における思想及び良心の自由を保障するものであって,これに基づく外部行為の自由まで保障するものではないが,個人の内心の自由の本質又は核心にあるものときわめて密接な関係にあるとみるべき外部的な行為,すなわち,一般的に人の内心の自由と不可分に結び付けられたものと認められる外部的行為に限り,なお憲法19条の保障するところであると解されるべきことは,前示のとおりである。

 しかるとき,一審原告らは,教職員として卒業式等の儀式的行事において国旗に向かって国歌を斉唱することが全国民の間で価値中立的な存在となっていない以上,上記の起立・斉唱を強制してはならないという考えに基づき,卒業式等において不起立行為を行ったものであるが,上記の起立・斉唱というものは,教職員として高等学校学習指導要領に基づき行う儀式的行事における学校職員という社会的な立場における行動にすぎず,一般的に一審原告ら個人の内心における国旗及び国歌に対する特定の思想や信条と不可分的に結び付けられたものと認められる類型の外部的な行為ではない。

 したがって,一審原告らに対する本件職務命令が,一審原告らの思想及び良心そのものに対する直接的な侵害となる旨の主張と解される一審原告らの上記主張は,採用することができない。なお,本件通達は,校長に対して発せられたもので,一審原告らに直接何らかの義務付けをするものではなく,それ自体としては,一審原告らの思想及び良心の自由を侵害するものではない。

 一審原告らは,原判決が,本件職務命令が思想及び良心の侵害とならない理由について,一審原告ら自身の主観からみた思想及び良心と拒否行為との不可分性及び真摯性について考察することなく,「一般的には」との一言で思想及び良心と拒否行為との結び付きを否定したことを非難し,かつ,一審原告らは,自己の思想及び良心の領域が侵害されることを防衛するために,極めて消極的な拒否態様により自らの思想及び良心を防衛すべく不起立行為に及んだにすぎず,かかる行為は憲法1 9条の保障を受ける旨主張する。

 しかし,思想及び良心の自由と上記した外部的行為との不可分性について,当人の主観を考慮要素に入れて判断すると,その不可分性の有無が,結局,当人の判断に委ねられてしまい,各人が,自己の内心における思想や良心に反すると主観的に考えるか否かによって,当該外部的な行為について憲法1 9条違反の問題が生じ得るか否かが決定されることとなる。

 また,一審原告らは,そのような主観的要素として,真摯性を考慮すべきである旨もいうが,各人の内心における思想及び良心が真摯なものであるか否かの判断自体,当人の主観によるとするならば,結局,上記と同様の理となる。

 しかし,各人が,その内心における思想や良心に反するという主観的な理由から外部行為を拒否する自由が保障されるとした場合には,社会の秩序は成立し得ず,憲法1 9条がかかる趣旨の保障規定であると解することはできない。

 純粋に内心の自由の外においても,憲法1 9条の保障を認めるべきであるという判断は,自己の内心における思想及び良心の本質又は核心にあるものときわめて密接に関係するとみるべき類型の外部的な行為に属するかどうかという一般的,客観的な観点を中心として判断されるべきであると解するのが相当である。したがって,一審原告らの上記主張は,採用することができない。」

 なお、平成19年2月27日の最高裁第3小法廷における、東京都市立小学校の校長が音楽専科の教諭に対し入学式における国歌斉唱の際に「君が代」のピアノ伴奏を行うよう命じた職務命令が憲法19条に違反しないとされた事例についての判決は、次のようになっています。

(裁判要旨)
 市立小学校の校長が職務命令として音楽専科の教諭に対し入学式における国歌斉唱の際に「君が代」のピアノ伴奏を行うよう命じた場合において,

「(1)上記職務命令は「君が代」が過去の我が国において果たした役割に係わる同教諭の歴史観ないし世界観自体を直ちに否定するものとは認められないこと,
(2)入学式の国歌斉唱の際に「君が代」のピアノ伴奏をする行為は,音楽専科の教諭等にとって通常想定され期待されるものであり,当該教諭等が特定の思想を有するということを外部に表明する行為であると評価することは困難であって,前記職務命令は前記教諭に対し特定の思想を持つことを強制したりこれを禁止したりするものではないこと,
(3)前記教諭は地方公務員として法令等や上司の職務上の命令に従わなければならない立場にあり,前記職務命令は,小学校教育の目標や入学式等の意義,在り方を定めた関係諸規定の趣旨にかなうものであるなど,その目的及び内容が不合理であるとはいえないことなど判示の事情の下では,前記職務命令は,前記教諭の思想及び良心の自由を侵すものとして憲法19条に違反するということはできない。」

 以上、最終的な判決がどうなるかわかりませんが、いずれにしてもキンピーさんが内心の自由を主張されるならば、その内心の自由と外面的行為を直接結びつけようとする見解には反対するのが筋ではないかと思います。社会の秩序が保たれなくなれば内心の自由もなくなりますから。最後に、蛇足ながら、あらためて東京高裁の次の言葉をキンピーさんに捧げて終わりにしたいと思います。

 「各人が,その内心における思想や良心に反するという主観的な理由から外部行為を拒否する自由が保障されるとした場合には,社会の秩序は成立し得ず,憲法1 9条がかかる趣旨の保障規定であると解することはできない。」

以上

2010年7月15日 (木)

小泉構造改革はなぜ批判されるのか――堀江支援と所得再分配政策の欠如がその原因?

 今度の参議院選挙で「みんなの党」が躍進しました。この党の政策は、中途半端に終わった小泉構造改革をより徹底しよう、というもので、こうした考え方は、民主党の「事業仕分け」の評判がいいように、今なお、国民のかなりの支持を集めているのだと思います。

 では、その小泉構造改革とはどのようなものだったでしょうか。wikiでは次のように概略まとめています。

 「発想そのものは新自由主義経済派の小さな政府論より発したものである。郵政事業の民営化、道路関係四公団の民営化等、政府による公共サービスを民営化などにより削減し、市場にできることは市場にゆだねること、いわゆる「官から民へ」、また、国と地方の三位一体の改革、いわゆる「中央から地方へ」を改革の柱としている。」

 そして、その改革の評価については、経済学者の池田信夫氏は「民主党は今こそ小泉構造改革に学べ」http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/3747で次のように述べています。

 「竹中平蔵氏が小泉政権の経済財政・金融担当相に就任した2002年は、日本経済のどん底だった。信用不安が続き、不良債権は底なしで、日経平均株価は2003年の3月にバブル後最安値の7054円をつけた。しかし株価はその後、急速に回復し、小泉氏が退陣した2006年までに2.5倍になった。

 失業率は小泉政権の時代に下がり、所得格差を表すジニ係数も下がった。

 小泉政権の政策は「小泉・竹中改革」とか「新自由主義」とか呼ばれるような特殊なものではなく、経済学の標準的な考え方である。ただ、競争原理を強める経済学の論理は選挙では喜ばれないので、政治的には実行が難しい。それをあえて竹中氏に任せ、首相はそれを断固としてバックアップする姿勢を示したことが小泉氏の功績だろう。

 日本の抱えている問題は「行き過ぎた市場原理」ではなく、市場原理が足りないために成長率が低下していることだ。」

 以上は、経済面からの評価ですが、政治的な評価も忘れてはいけません。それは、自民党の「経世会」を中心とする鉄のトライアングルといわれた政・官・業癒着の利権政治構造を解体し、経済財政諮問会議による政治主導体制を確立した、ということです。

 道路公団や郵政それに特殊法人は、それまで「経世会」の政・官・財利権構造の温床となってきており、小泉首相は、これらの「親方日の丸」的な組織を、市場の下に置くことで、その政・官・財の癒着構造を断ち切り、経済合理的な運営を図ろうとしたのです。

 ところが、この小泉構造改革に対しては、「新自由主義」=「市場原理主義」で格差が拡大したという批判が左右からなされました。自民党から民主党への政権交代もこうした批判が功を奏した結果ですし、民主党はこうした見解に立って、一度民営化された道路公団や郵政を再び国営化しようとしています。

 ただし、今回の選挙結果を見る限り、国民新党は参議院の議席を失い、民主党は惨敗し、みんなの党は躍進しましたので、こうした民主党の政策は、国民の目には逆行と映ったのではないかと思います。このことは「事業仕分け」に対する国民の評価が高いことを見ても納得できますね。

 私自身は、小泉構造改革については、国鉄の分割民営化や電電公社の民営化などで明らかなように、これらの組織については経営責任を負わせない限り、機能的・効率的運営は期待できないと考えてきましたので、道路公団や郵政の民営化についても支持してきました。

 というのは、日本の組織は、機能集団としての基本的性格の外に共同体的な性格を持っており、この両者の機能がうまく噛み合ってはじめて、組織としてその機能を発揮するのです。それが日本的経営と評され、日本経済の強さの源泉でもあったわけです。そして、そのためには、この組織を競争的環境に置くことがどうしても必要なのです。

 つまり、もし、この組織が独占的環境に置かれた場合には、必然的にその組織は機能性よりも共同性の方が優先されることになり、柔軟な組織運営ができなくなってしまうのです。こうした問題点は、「親方日の丸」組織においてはとりわけ深刻になります。(これが今日なお公務員制度改革が執拗に提起される所以です。)

 従って、私は、小泉構造改革の意味をこのように解しているから、それを「新自由主義」という言葉で総括することにはあまり賛成ではないのです。ここは池田氏がいうように、「日本の抱えている問題は『行き過ぎた市場原理』ではなく、市場原理が足りないために成長率が低下していることだ」といったほうがよいのではないかと思ってきました。

 とはいえ、竹中平蔵氏らの推進した経済政策が「新自由主義」に基づくものであったことは事実ですから、そうした批判もやむを得ませんが、それにしても、小泉内閣の時の選挙で、ライブドアの堀江氏の選挙応援をしたりして、マネーゲームを奨励したような格好になったのは大きな失敗だったと思います。

 もう一つの失敗は、いわゆるセーフティーネットの制度設計として、所得再分配政策が十分議論されなかったことではないかと思います。この点、経済学者の飯田泰之氏は、最低生活保障のための給付金制度を実施すべきだといっています。また、税制としては累進課税を強化すべきだとも。(このあたりが竹中氏の主張と違っていますね)

 *民主党政権が誕生した頃の、小泉構造改革についての私の認識については私HP「山本七平学のすすめ」の「鳩山民主党政権の行方」を参照して下さい。

 その上で、飯田氏は「問題となっている格差と貧困の問題に一番有効なのは、長期的には経済成長、短期的にお景気対策だ」。そして、その「経済成長を可能にする方法は――第一に個人の自由な創意工夫が発揮される環境を作ること〈競争〉、第二にその挑戦を可能にするためにも失敗時のセーフティーネットが整備されていること〈再配分〉、第三に長期的成長へのビジョンが描けるよう景気の振幅を抑制するマクロ経済政策運営が行われること〈安定化〉に尽きます」といっています。(『経済成長って何で必要なんだろう』p288)

 また、氏の著書『経済を損得で理解しろ』では、現在の日本経済の本質的問題は、「新自由主義」の問題ではなくデフレの問題だとして、次のように、世間一般で流布している小泉構造改革批判の通説を批判しています。

・デフレは実質賃金の高止まりを通して非自発的失業の増大を引き起こしている。

・デフレ下では、個々人が頑張れば頑張るほど、経済全体が停滞していく合成の誤謬(ミクロの視点では正しくてもマクロの世界では正しくない結果が引き起こされること)に陥っている。

・格差問題は、派遣労働の解禁ではなくデフレ不況によって引き起こされている。

・財政破綻を避けるためには、政府の無駄な支出を削減するというのも大事だが、それ以上にデフレを終わらせることによって、税収を伸ばし、財政再建の後押しをすることが大事。

・そのためには日銀の金融政策が必要で、現在のゼロ金利政策に加えて、1.政府と日銀でアコード(=政策協定)を結んで2%を下限とするインフレターゲットを設定する。

 そして、こうした政庁政策に加えて格差是正のための再分配政策が必要だといっています。

 「現在の日本の再分配の仕組みは、都市部に住む20代~50代~集めた税金で、60歳以上を養う仕組みになっている。しかしする20代や30代はそんなにお金を持っていない」「一方、60代の人全員が貧困というわけではない」だから、これを是正して、ちゃんと、お金をたくさん持っている人から集めたお金で、生活が苦しい人を助ける再分配政策の見直し」が必要だというのです。最低生活保障の給付金制度や累進課税の見直しもその一つだといっています。

 先ほどのデフレ克服のための金融政策は、竹中氏も、そのブレーンであった髙橋洋一氏も主張していました。また、「みんなの党」の渡辺氏も同様の金融政策を主張しています。

 ところが、財務省や与謝野馨氏などは消費税増税による財政再建策の方を優先すべきだといい、特に与謝野氏は「みんなの党のようにデマゴーグの典型みたいな政党と組むと、国民が不幸だ」と激しくその政策を批判しています。また、先ほどの池田信夫氏も「みんなの党」の政策に対しては批判的です。「一人勝ちした民主党、小さな政府は信用できるか」http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/3978

 はたしてどちらの意見が正しいのか、私には専門的なことはわかりませんが、せっかく国会もねじれ状態になったことですから、表での、堂々たる政策論争で決着をつけていただきたいと思っています。私には、飯田氏らの政策の方がより説得力があるように思われるのですが・・・。

2010年7月12日 (月)

菅首相の正体不明はどこからくるか――日本の伝統文化を無視した市民政治理論の帰結

 「伝統的な社会構造は、一つの政治文化を生み出す。どこの国でもそうであって、政治文化に対応しているのが政治である。この前イスラエルに行ったとき、政治学の人からいろいろ質問されたが、最後に、日本ではなぜ与野党の交代がないのかと聞かれた。戦後の自由世界において、世界が大きな転換期を迎えているのに、与党と野党の交代がない民主主義国家が存在するのはおかしい、いったいなぜか、と聞かれたのである。

 そこで、日本の自民党は日本の伝統的な政治文化や社会構造に乗っかっている。野党が存在するとすれば、同じように伝統的な政治文化に乗りながら、これへの対応が違うという形でしか存在しえない。これはどこの国でもそうであって、政党というのは、伝統的政治文化に対応する形の違い方で生じていくわけである。日本では、伝統文化に対応する形の野党は存在していない。存在しないから政権交代はない、といちおう説明したのである。」(『日本人の可能性』「日本人の可能性を考える」山本七平P198)

 この『日本人の可能性』という本は1981年に出版されたものですが、その約30年後、日本においても政権交代が実現し、民主党という「野党」政権が誕生しました。問題は、この間、「野党」政権つまり民主党が、日本の伝統文化に対応する政党になり得たかどうか、ということですが、実は、これが”はっきりしない”。というのは、菅首相の政治思想は松下圭一氏の市民政治理論に依拠しており、その松下氏の政治思想は、ロックの人民主権論に基づく社会契約説の一種であって、次のような問題点を持っているからです。

 まず、政治学者の福田勧一氏は、ロックの政治思想について次のように述べています。

 「ロックはまず相互契約によって社会を構成した諸個人が,多数決によって選んだ立法機関に統治を委託(=信託)すると説き,その目的を私有財産を含む個人の自由権の保障に求めることによって,権力に制限を加えた(《統治二論》1689)。(『世界大百科事典』「社会契約説」)

 松下氏はこのジョン・ロックの統治権の信託説に依拠しながら、「市民」が社会契約によって三つの政府を創設すると主張します。その三つの政府とは、自治体政府と国家(中央政府)と国際機構(国連)で、これら相互の関係は、まず、市民が市町村という基礎自治体を作り、基礎自治体が担えない事務事業は都道府県レベルの広域自治体が担う。更に広域自治体が担えない事務事業は国が担う、という具合に、基礎自治体である市町村における市民自治を重視するのです。

 つまり、従来は国家主権、国家統治権を前提として地方自治権があると考えられてきたが、日本国憲法の基本形は、国民主権による「政府信託」に基づくものである。従って、この「政府信託」説にたてば、その信託の対象は、まず自治体、それから国、次いで間接的だが国際機構となる。つまり、これらの三政府に、市民がこれらの政府にその処理を任せた事務事業に応じて、それぞれに必要な権限と財源を信託する、という理論構成になるというのです。

 この場合、問題となるのは、こうした市民自治を主体的に担う市民像(松下氏の言う「市民的人間型」)をアプリオリに日本の民主的政治の担い手として措定することがはたして妥当かどうか、ということです。これについては、ロック研究者である加藤節氏は、次のようにロックの思想について解説しています。(『世界大百科事典』「ロック」)

 「ロックが前提とした人間像は〈合理的で勤勉な〉主体,自己判断に従ってみずからを規律する自律的な個人であった。ロックの思想にみられる一連の特徴,すなわち,認識論における生具観念の否定と経験の重視,政治学における労働・自然権・政治社会を作為する人間のイニシアティブ・抵抗権の強調,寛容論における宗教的個人主義への傾斜は,すべて主体的な人間のあり方を前提にしたものにほかならない。

 その点で,例えば,ロックの認識論が自律的な人間の能力を内観し批判した近代認識論の出発点とされ,またその政治学が,〈人間の哲学〉を政治認識に貫いた近代政治原理の典型とされるのは決して不当ではない。

 しかし,同時に注意すべき点は,ロックにおいて,人間の自律性,人間の自由が,つねに神に対する人間の義務と結びついていたことである。ロックにとって,人間は,〈神の栄光〉を実現すべき目的を帯びて創造された〈神の作品〉であり,したがってその人間は,何が神の目的であるかを自律的に判断し,自己の責任においてそれを遂行する義務を免れることはできないからである。

 その意味で,世界を支配する神の意志と人間の自律性とが矛盾せず,むしろ両者の協働の中で,思考し,政治生活を営み,信仰をもつ人間の生の意味を規範的に問い続けた点に,ロックの思想の基本的な特質があったといえるであろう。」

 つまり、ここでは、松下圭一氏のいう「自律性と自由」をもった「市民的人間型」とは、「何が神の目的であるかを自律的に判断し,自己の責任においてそれを遂行する義務」を負うという宗教(キリスト教)的人間像を想定していたのです。つまり、ロックが前提とした人間像は、こうした西欧社会の宗教的文化的伝統の上に措定されたものであって、そうした伝統を持たない日本に、そのような信仰に支えられた人間像を措定することには無理がある、ということなのです。

 こうした松下氏の考え方――それぞれの民族の歴史や伝統文化とは関係なしに、一定の経済的条件を整備しさえすれば、そうした自律した近代的市民像を定立できると考える啓蒙主義的な考え方――は、必然的に、松下氏の「国家観念の終焉」という考え方につながっています。ところが、日本においては国家=民族ですので、この考え方は必然的に、民族の否定、つまり民族の伝統文化の否定に帰結することになります。

 では、こうした考え方は、民主党内ではどのように取り扱われているか。以下の会話は、鳩山首相の演説の振り付けを担当した劇作家の平田オリザ氏と鳩山首相のスピーチライター松井孝治前内閣官房副長官の間でなされたものです。(『正論』8月号「菅政権に潜む日本解体の思想」八木秀次より)。これらを、鳩山首相の”日本という国は日本人だけのものではない”というような言葉と考え合わせてみると、その思想的根拠がよく判ります。

 平田 ずっと10月まで関わってきて、鳩山さんとも話をしているのは(略)、やはり21世紀っていうのは、近代国家をどういう風に解体していくかっていう100年になる(略)。しかし、政治家は国家を扱っているわけですから、国家を解体するなんてことは、公にはなかなかいえないわけで、(それを)選挙に負けない範囲で、そういう風に表現していくかっていうこと(が)、僕の立場。

 松井 要はいま、平田さんがおっしゃったように、主権国家が、国際社会とか、地域の政府連合に、自分たちの権限を委託するって流れ。流れとしてはそういう姿になっているし、そうしないと、問題は解決しない問題が広がっている・・・。

 ここでは、「国家の解体」ということと民族の伝統文化との関係についての議論がまるで等閑視されています。実は、こうした「国家の解体」という考え方は、人類の発展には一種の普遍的な原理があり、人類は全部そのとおりにやればいいという啓蒙主義思想をその背景としています。マルクス主義もその一つで、資本主義から必然的に社会主義に発展すると考えます。これが歴史的必然(=神の意志)で、人間は、それをできるだけ早く、巧く実現する義務を負うと考えます。そして、こうした考え方が、日本の戦後政治の民主化という課題にも適用されてきたのです。

 つまり、日本の野党による戦後の民主化運動は、このような啓蒙主義的な普遍主義思想に基づいて進められてきたのです。松下圭一氏はその中心的な理論的指導者であり、菅首相はそれを現実政治に生かすべく、政権奪取を図ってきたのです。しかし、これは、欧米の普遍主義的政治思想をその伝統から切り離して、戦後の日本社会に、いわば外科的に移植しようという試みであって、その結果、日本の野党は、まるで生体拒否反応にあうように日本の現実政治から疎外され続けてきたのです。

 そこで、やむを得ず民主党の取った戦術が、日本の伝統的政治文化に習熟しそれを自在に操ることのできる小沢一郎氏と手を結ぶことでした。また、小沢一郎氏も、自民党内の権力闘争に敗れて自民党を飛び出していましたので、再び権力の座につくためには野党との共闘を必要としていました。そこで、氏は、裏では自らが熟知する伝統的政治手法を駆使して自らの権力の維持を図りつつ、表では、日本の伝統的政治文化の欠陥の暴露とその改善策を、先述した野党の政治改革理論と結びつけることによって、政権奪取を図ろうとしたのです。

 一方、自民党においては、小泉首相による”自民党をぶっ壊す”と称する、日本の伝統的政治文化の構造改革が始まっていました。その一つが、いわゆる自民党内の最大派閥である「経世会」の構築した、「鉄のトライアングル」といわれた政・官・財癒着の権力支配構造の解体でした。それは、経済財政諮問会議を中心とする内閣主導の政治体制の構築によって、道路公団の民営化や郵政民営化など、いわゆる特殊法人の民営化という形で押し進められました。

 こうした改革は、自民党にしてみれば自らの選挙地盤を掘り崩すようなもので、当然激しい抵抗が繰り返されましたが、小泉首相の強力な政治的リーダーシップにより、ついに郵政民営化法案が国会で承認されるまでになりました。本来なら、野党もこうした小泉首相による政治改革や特殊法人改革に賛同すべきでしたが、偽メール問題で前原氏が民主党代表を辞任した後に民主党代表となった小沢氏は、小泉構造改革を”格差”を生み出すものとして激しく攻撃し、郵政民営化に対しても、”かんぽの宿売却問題”をテコに倒閣運動を繰り広げました。

 それが功を奏して、首尾よく民主党の政権奪取となったわけですが、ここに民主党は政策的に二つの大きな矛盾を抱え込むことになりました。それは、小沢氏を実質的リーダーとすることによって、必然的に日本の伝統的政治形態である派閥政治的利権構造を温存することになったこと。もう一つは、西欧的な、神の意志と人間の自由意志を協働関係に置くことではじめて成立する自律的人間像を、日本の民主政治を担う「市民的人間型」として措定した誤りに気づかないまま、現実政治を担うことになったことです。

 その結果、民主党の政策はバラマキから事業仕分け、郵政再国有化など、まさに支離滅裂なものとなりました。それに沖縄の普天間基地移設問題の処理の不手際が重なって、小鳩政治はもろくも崩壊することになったのです。ただ、その際、鳩山首相が「政治とかね」の問題を理由に小沢幹事長を抱き合わせ辞任に追い込んだことが国民に支持され、次の菅内閣の支持率のV次回復をもたらしました。しかし、残念ながら、菅首相の信奉する市民政治理論は上述した通りのものであるため、小鳩内閣の政治的負債を清算することができず、その結果、菅内閣の政策は再び一貫性を欠くものとなりました。

 それが、今回の参議院選挙の結果明らかになったような、政府与党の過半数割れ、小泉構造改革の徹底を標榜する「みんなの党」の躍進につながったのだと思います。では、次どうなるか。おそらく、みんなの党も公明党も自民党も、民主党との連立や大連合を選択することはせず、政策ごとの各政党との個別協議に応じることになると思います。しかし、その間、各政党の政治理念や政治思想の違いも明らかとなり、それに与党内の主導権争いも加わって、政界再編の動きが活発化することになるのではないでしょうか。

 その際最も大切なこと。それは、冒頭に紹介した山本七平の言葉にあるように、与党、野党を問わず、日本の伝統的な政治文化の実相を正確に把握し、その上で、それへの対応の違いを政策に反映するということです。この点、菅首相の信奉する市民政治理論が、上述したような、日本の伝統的な政治文化から切り離された正体不明のものに終始することになれば、それは鳩山首相の二の舞になることは必定です。

 そこで次回は、その日本の伝統的な政治文化の実相の理解についての山本七平の説を紹介しながら、その問題点の解決策について考えて見たいと思います。

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