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2011年2月17日 (木)

日下公人「さあ、新しい政治の話をしよう」がおもしろい!

*私HP「山本七平学のすすめ」『談話室』より再掲 

『正論』3月号に、日下公人氏が「さあ、新しい政治の話をしよう」というエッセイを書いています。「一年半前に民主党政権が誕生して、あなたはよかったと思いますか?」という問いかけから説き起こしているのですが、なかなかおもしろいと思いましたので、その「見方」を紹介しておきます。

一、普天間のこと

 「むしろこのままゴタゴタが続けば、いっそのこと飛行場はやめて日本も航空母艦を持ったらどうかという話になる。米軍も沖縄は中国に近すぎると考えているし北朝鮮は遠すぎると考えている。その問題に向けて新しい展開がもう始まっているんだから、国民はその解説を求めている。」

 ぜひ、その解説を聞きたいものです。

二、尖閣諸島沖中国漁船体当たり事件のこと

 「この時の政府の対応は近年まれにみる外交的勝利をもたらした。」なぜか、「中国側は、ちょいと脅かせば日本は折れるだろうとタカをくくっていた」が、「民主党政権が予想以上にもたもたして何も決断できずにいたため、業を煮やした中国側は・・・しなくてもいい強硬手段を取らされるはめになったのだ。それをみて世界中が中国への警戒感を強めた。アメリカもそれまでの中国よりの態度を改め、再び日本に擦り寄ろうとする。引くに引けない中国は脅かしを一層強めて中国人船長を釈放させるのだが、それが却って日本の大衆の目を覚まさせる結果になった。とんだ藪蛇である。

 つまり民主党政権の、一見して杜撰きわまりない弱腰外交は中国という覇権国家からその本質と手の内をすべて吐き出させるという成果をもたらした。」

 自民党であれば、「最初から中国人船長を逮捕せず、逮捕したとしても起訴せずさっさと国外追放にした」事は間違いありません。

三、日本の大衆が「新しい政治の話を聞きたい」と思うようになったこと

 「日本が世界に誇れるのは古来より大衆の持つ常識の力である。各国の知識人はみんな腹の底では日本のインテリ層をバカにしているが、日本の大衆には歯が立たないと思っている。・・・ところが昭和期に入り官僚らインテリ層(おそらくエリート軍人もこの中に入る=筆者)が政治の実権を握るようになる頃から雲行きが怪しくなる。二進も三進もいかなくなって戦争に突入したのも、無能な官僚たちがルーズベルトの策略にまんまと引っかかったからだ。・・・

 しかしここでも、大衆で組織された下士官兵の驚異的な粘りにアメリカ軍はさんざん手こずらされる。中でも特攻隊の出現は前アメリカ将兵にとって衝撃だった。このため戦後のアメリカが何より重視したのは日本の大衆の力を弱めることで、セックス、スポーツ、スクリーンの”3s”を広めて大衆を娯楽漬けにし、無能な官僚組織はそのまま温存して漬け物石の役割をさせようとした。それでも大衆の力は押さえがたく、日本はたちまち経済大国となった。

 日本の大衆の力を恐れるのはアメリカだけではない。中国もまた、日本の大衆が目覚めやしないかとビクビクしている。そこで大衆に罪悪感を植え付けて自信を喪失させようと教科書の内容にまで口を出す。アメリカが日本の官僚を子飼いにしたように中国は日本のマスコミを手なづけた。ところが民主党政権の誕生により、とうとう日本の大衆が目覚めてしまった。これから日本の政治は全く新しいものへと向かうだろう。

 民主党に政権をわたしてみてとてもよかったと思う。」

 という内容です。では、その新しい政治とは何か、ということが問題ですが、要するに「これからの政治は、お江戸八百八町一般行政、司法、治安を一手に握る町奉行の配下にいたのは与力二十五旗、同心百二十人、たったこれだけの人数で、後は町民を信頼して任せていた江戸時代に倣って、政府は外交と防衛に専念し、生活のことは大衆に任せてあれこれ口をはさまないことだ。官僚の数はうんと少なくする。特殊法人は全廃である」と言っています。

 その第一歩として、まずは民主党政権にこういってみたらどうか。「お疲れ様でした。本当に有り難う」と。

 これを私流にいえば、いわゆる「空体語」を振り回すことで飯を食ってきた政治家や、また「実体語」しかなく「空体語」を手段として使ってきた政治家のインチキぶりが白日の下にさらされたということ。それに、特捜検察という超エリート官僚さえも、常識に欠けたものはいくらでもいるということ。さらに、郵政民営化を阻止しようとした元エリート官僚の馬脚も、そろそろ顕れようとしている等々・・・。

 ここから、日本人の大衆が歴史的・伝統的に積み上げてきた常識の力を、エリートたちの振り回す「空体語」の幻惑からさめて、どれだけ回復できるかが、問われているわけですね。そこで、上述した「実体語」と「空体語」の関係ですが、ベンダサンはこの言葉を「てんびんの論理」として説明したわけですが、この論理の最大の問題は、「空気支配」に陥りやすいということです。

 で、ここに期待されている大衆の常識の力とは、言葉=思想を「実体語」に即して組み立てる力のことだと思います。民主党のリーダーは、「実体語」のリアリズムから浮き上がった「空体語」を、その時の「空気」の力を頼りに政治をしてきたわけで、そのインチキ論理と手法が、政権を取ってリアリズムに直面させられた破綻した、ということだと思います。

 そんな地道な思想的営為が必要だと思いますね。「空気」におもねらない長い歩みになることと思いますが・・・。  

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コメント

 古川さん、コメントありがとうございます。
日下氏は山本七平について次のように言っています。
 
 「本当に大変な方だった。天才と同じ時代に生まれ合わせるくらい幸福なことはない。・・・平和で幸福な時代がきて、山本七平さんのように”考えぬく人”がいなくなると、それはまた次の不合理な時代を呼び寄せるだろう。
 私もこれからは次の時代のために山本七平さんのことを語り伝えることにしよう。」(voice『山本七平追悼記念号』)

 で、日下氏は山本七平に何を学んだか。おそらく、それは「日本教=人間教の強み」ということではないかと思っています。それが氏の言動の核心(or確信)を支えているような気がします。その日本教について山本七平は本多勝一氏との論争で次のように言っています。

 「鎖国は日本人だけの体験でなく、人類全体の貴重な経験と考えております。今や人類は『地球に鎖国された』と似た状態に近づきつつあります。従って徳川期には、現代の先駆的思想家と非常によく似た考え方・生き方があっても不思議ではありません。『相互懺悔→←相互告解』の日本教=人間教といった考え方がもしできるとすれば、それもその一つです。民族のこの貴重な体験を人類の経験として役立てようとせず、自分は実際にはその延長上に生きていながらそれを無視し否定し、古いとか新しいとか言う判断の基準にはならないものを基準にしていることは、幼児性でなければ『長いものにまかれろ』主義でしょう。」(『日本教について』)

 世界が、地球「鎖国」時代を迎えようとしている今日、日本はそれに対応する思想的ベースをすでにもっている。少子高齢化への対応も、低成長への対応も・・・政府が余計なことをしなければ・・・しっかり対応できる、と言っているような気がします。

 なお、先日のプライムニュースでは少子高齢化への対応策として、「公共事業より”日本人”を作れ」「子供に尊敬される親になれ」ともいっていました。要するに日本人の家族主義的な文化的アイデンティティーを、しっかり育てろ、ということを言っているのだと思いました。ただ個人主義と家族主義が原理的に矛盾するとは思いませんが・・・。


 

日下先生のようにスバリと日本の確信を突き止め、発言する先生はおりません。
 国民はこの事実を良く心に刻む必要があります。そして日本の有り方を見直す必要があります。

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