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2011年6月 3日 (金)

「金権」「ルーピー」「ペテン師」だった民主党のリーダー

 自民党から民主党に政権が移る時の私の考えは「あれよあれよの政権交代劇――「小泉がつき、麻生がそこねし天下もち、ちぎりまるめて、食うは鳩山(小沢か?)」
http://www7b.biglobe.ne.jp/~sitiheigakususume/jijimondai/minsyutou.html#2009/9/3
で論じた通りです。次にその冒頭の三パラグラフを示します。

 「まさに地滑り的な民主党の勝利で歴史的な政権交代となりました。55年体制以降初めてといわれますが、二大政党制のもとでの政権交代劇という意味では戦後初めてといってよいと思います。はっきり言って、私は、小沢一郎氏の金権体質は看過されべきでないと思っていました。また、鳩山由紀夫氏のユーモアのかけらもない生真面目な弁論スタイルも好きになれませんでした。また、民主党の、郵政民営化を始めとする小泉構造改革批判、特に格差問題をその帰結と断じる党利党略、子ども手当、高速道路無料化などのバラマキ政策もばかげていると思いました。

 しかし、注意深く見ると、民主党の政策の根幹は、実は小泉構造改革の果実を盗み取り、整形を加えた上で、あたかもそれが民主党オリジナルの政策であるかのように粧ったものではないか、そんな風にも思われました。というのは、その中心的な政策課題は、官僚の天下り廃止や独立行政法人改革を始めとする「行政の無駄をなくす」こと。霞ヶ関官僚支配の政治体制を政治家主導の政治体制に切り替えること。政府の権限と財源を地方に移管し、地方分権を「地方主権」を呼べるレベルにまで高めること、等どこかで聞いたことがあるものばかりだからです。

 つまり、これらはまぎれもなく、小泉元首相が目指した政治・経済の構造改革、行政・特殊法人改革、地方分権改革を継承するものなのです。それどころか、「子ども手当」等バラマキ政策として批判される各種の給付政策や、高速道路無料化のために必要となる財源は、全て行政の無駄をなくす政策によって生み出されると極言されているのです。違うのは、鳩山氏が「新自由主義的な市場万能主義」に対する批判をしていること位ですが、これも、行き過ぎた市場原理主義に「大枠で公正なルールや安全性を確保する」というほどのことでしかないらしい。」

 以下、神保氏の本「民主党が約束する90の政策で日本はどう変わるか」を参考に、民主党に期待できるところと、危うきところについて私見を述べました。結果的には、民主党は、いわゆる「4k」といわれるばかげた「ばらまき政策」に固執しただけで、より根本的な次のような政策理念の転換には全く手がつけられずに終わりました。

 「民主党のマニフェストには、前回、教育行政制度改革についてみたように、自民党のマニフェストには見られない、重要な制度改革提言が、数多く掲げられている・・・。また、そうした制度改革の基本理念として、次のような、”バラマキ”という言葉から受ける印象とは無縁の、市民としての自立を求める力強いメッセージ――他力本願からの脱却、お上意識からの卒業、機会均等・フェアープレーの精神、未来への責任、公正な負担の要求、フリーライド(ただ乗り)の禁止など――が、繰り返し表明されています。」

 なぜこんなことになったか、つまりは、これらの政策理念が”偽札”だったということで、そのことは、この民主党を創り支えてきた三人のリーダーに冠せられた言葉が「金権」「ルーピー」「ペテン師」だったことで明らかだと思います。

 昨日来、菅内閣に対する「内閣不信任決議案」提出をめぐるごたごたが続いていますが、この間、とりわけ私の印象に残ったのは、この決議案に対する反対討論を行った民主党の山井和則氏の演説内容及びその態度でした。

 子供会じゃあるまいし、既に不信任決議案を国会に提出している自民党に対して、頭を壇上にこすりつけて、ひらぐものように懇願する姿を見ると、民主党議員は、国会が言論を弾丸とする戦場である事が判っていない!と罵声の一つも投げつけたくなりました。

反対討論 反対討論「山井和則」
http://www.youtube.com/watch?v=T6XdrO9iWe8&feature=related

 これに比べれば、何となく、そのイメージが水戸黄門の時代劇に出てくる”悪代官”風で、その物言いも時代がかっていて、支持する気になれなかった大島理森氏の「内閣不信任案」提出理由説明演説は、年季の入った堂々たるものでしたね。

内閣不信任決議案 提案 大島理森
http://www.youtube.com/watch?v=qebBLlSmJpc&feature=related

 いずれにしろ、この言論戦の天王山に、山井和則氏のようなアマチュアを送る民主党の気が知れませんが、もう一つ、この決議案採決の直前に取り交わされた、鳩山前首相と菅首相との間の「確認書」の内容にも驚きました。

 一、民主党を壊さないこと
 二、自民党政権に逆戻りさせないこと
 三、東日本大震災の復興並びに被災者の救済に責任を持つこと
 (1)復興基本法案の成立
 (2)11年度第2次補正予算の早期編成のめどをつけること

 ここで、”辞任”の文字がないことが鳩山氏と菅氏の間で水掛け論になっていることなど、ありそうなことで驚きませんが、この冒頭の一、二がいずれも、党利であり、”一度転がり込んだ権力は絶対手放さない”という”私利”の宣言であることは、民主党の思想を知る上で注目すべきだことだと思います。

 先ほど、民主党の政策理念は、「偽札」だった、ということを申しましたが、その本音の思想はこの「公私混同」の域を出ていなかった、ということだと思います。少なくとも、この三人の民主党結党以来のリーダーにおいて、この区別が付いていなかった事は明白です。

 今月号の『正論』に岸田秀氏が「原発と皇軍」という記事を書いています。その中に、日本軍が惨敗した第一の重要な原因は「日本軍が多くのばらばらな自閉的共同体の雑多な集まりであって、一つの確乎とした目標をめざし、全体を視野に収め、統括する統合された団体ではなかったことあった」という指摘がなされています。

 そもそも民主党のいう「政治主導」とは、日本の政治過程において「自閉的共同体の雑多な集まり」が「メンバーの安全と利益」のみを優先し、「共同体外の者がどうなろうと無関心」な政治から、「一つの確乎とした目標をめざし、全体を視野に収め、統括する統合機能をもつ政治」に転換することだったはずです。

 それが、この結果はどうですか。民主党自体がまさに「自閉的共同体の雑多な集まり」であって「メンバーの安全と利益」のみを優先し、「共同体外の者」(この場合は日本国民)がどうなろうと無関心」な政党であった。それどころか、各共同体のリーダーに「実力」と「人望」が欠けていた。

 こうした組織が早晩分裂を余儀なくされることは当然といわなければなりません。皮肉なことに、民主党のこうした末路が、鳩山前首相による菅首相に対する「ペテン師」攻撃で”華を添える”ことになったわけですが、改めて、”世間をごまかす事はできないものだ”と痛感されたことでした。

 参考までに、私論「菅内閣の正体不明」を紹介しておきます。
http://www7b.biglobe.ne.jp/~sitiheigakususume/jijimondai/kan.html

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時事問題」カテゴリの記事

コメント

ap_09 様

 いつも参考になる貴重なご意見ありがとうございます。

>日本人に限らず、世界のどこの民族でも、複数が異郷の地にあれば、自分達のコミュニティーを形成するのは、普遍的に見られる現象のように思います。

tikuここでは国家と民族の関係を扱っているわけですが、戦前の日本とアメリカの間に生じた排日移民法の問題には、「低い生活水準に対する反感、ゲットーを形成して生活する新来者への生理的嫌悪、低い賃金労働者に対して中流下層の感じる脅威、生活習慣、宗教に相違から生じる違和感」などの一般的な人種的迫害要因とは別に、白人の黄色人種に対する人種的蔑視が加わっており、さらに注目すべき点は、その排日運動の背後に日露戦争以降急激に膨張しつつある日本そのものへの恐怖の感情(黄渦論)が存在していたということです。

 これが1906年のサンフランシスコ市学務局による日本人学童の公立学校からの隔離(公立学校は公費支弁であったのでそれから排除した)に始まり、1913年カリフォルニア州の土地法(帰化不能外国人の土地所有禁止など)、1920年の土地法改正(借地権まで否認)、その合衆国西北部11州への拡大、1922年には米国大審院で日本人の帰化不能が決定され、さらに、1924年には排日移民法が合衆国議会を通過し、日本人の移民は完全に禁止されました。この間、日本政府は紳士協定による自主的な移民の制限や、写真結婚の禁止などによって事態の沈静化に努める一方、排日立法の阻止にむけた外交交渉を重ねましたが成功しませんでした。

 こうした一連のアメリカ人のとった反日的行動が、当時の日本人の誇りを深く傷つけ反米感情を一挙に高める事になりました。これが、太平洋戦争の遠因となったことは間違いないと思います。当時の日本人の多くはアメリカが好きで、「これほどまでにアメリカ人に憎まれていたのかと愕然とした」といいます。また、元来は親米・知米的であった学者、思想家、実業家の間にも、反米・憎米の感情が現れました。徳富蘇峰は「排日移民法実施の日を国辱の日とせよ」と書き、これに対して、キリスト教界の代表的人物であった内村鑑三もこれを熱烈に支持しました。

 また、日本経済界の重鎮だった渋沢栄一も、この排日移民法がアメリカ議会を通過した時の衝撃を次のように語っています。

 「永い間、アメリカとの親善のために骨を折ってきた甲斐もなく、あまりに馬鹿らしく思われ、社会が嫌になるくらいになって、神も仏も無いのかという愚痴も出したくなる。私は下院はともかく、良識ある上院はこんなひどい法案を通さないだろうと信じていましたが、その上院までも大多数で通過したということを聞いた時は、70年前にアメリカ排斥(幕末期の攘夷運動のこと=筆者)をした当時の考えを思い続けて居たほうが良かったかというような考えを起こさざるを得ないのであります。」

 戦前の日米関係を考える場合は、白人の黄色人種に対する人種的偏見に加えて、成功したアジア人である日本人に対する警戒心と恐怖心がアメリカ社会に広範に伏在していたことを考慮に入れるべきだと思います。アメリカ海軍は日本を潜在的敵国であると見なしはじめ、対日戦争を想定した「オレンジ計画」が作成され、西海岸では上記のような激しい反日運動が巻き起こりました。これに対抗するように、日本側でも1907年の「帝国国防方針」では、海軍がアメリカを仮想敵国とするようになったのです。

>社会的ダーウィニズムとは、私にはなんのことかよくわからないのですが、たとえばアメリカ南部では日本の田舎のような、人間関係のしがらみが結構大変だと聞きます。一方、ニューイングランドの田舎の白人優勢の地域では、共同体意識が高く、人々は暖かく、安全で住み易いです。多民族の入り混じるメトロポリタン地域では、治安が悪く凶悪犯罪が多く、うかうか道を歩くこともできません。真昼間から銀行強盗や銃撃事件など、かなり頻繁にあります(ニューヨークの中心街はちょっと違うようです)。また、公務員や権力者の汚職や腐敗は日本よりよほどひどそうだという、個人の観察による実感です。

tiku 江藤淳が、アメリカの暗黙の日常倫理が適者生存つまり社会的ダーウィニズムだといったのは、氏がロックフェラー財団の交換研究員(プリンストン大学)として1962年から2年程アメリカに滞在した時の経験に基づいていました。

 「それは民主主義のモデルでもなければ資本主義の悪の権化でもなかった。そして力の最大限の発揮と、強者の勝利という明快な原則の作用を、いささかも隠そうとしないこの国のあり方・・・力が正義だという思想が支配的だというのではない。しかし、この国で『正義』を行っているのは、ほかのなんであるよりも、力であった。」

 米国を評する時、「人種のるつぼ」といったり「モザイク社会」といったりしますが、多様な人種の集まりを一度るつぼで溶かしてアメリカ人という一種の合金国民を造る、その統合原理が、この社会的ダーウィニズムに支えられた力の論理なのではないかということ。また、その統合原理が強力であるゆえに、その社会が、あたかも「モザイク画」のように、多様な民族が全体的な統一を保ちつつ共存することを可能にしているのではないか、ということです。あくまで、私の論理的な推量に過ぎませんが。

 いずれにしても、地域社会が「共同体意識が高く、人々は暖かく、安全で住み易い」ものとなるためには、その社会が伝統的な文化的・宗教的規範意識に支えられることが必要です。さらに、それが国家として全体的な統合を保つためには、その統合原理が明快で、それが国民に共有されていることが必要だということですね。

>>tiku 日本民族の文化的統合原理を「移民を米国のように有効に活用」できるほど自覚的で確かなものにする必要があるということではないでしょうか。他民族の問題ではなく自民族の問題だということ。

>おっしゃることに全面的に賛成です。大量移民ができる準備を、日本は全くしていません。その状態で、大量移民受け入れなどしたら、結果は社会混乱、治安の悪化、その結果、経済のさらなる悪化、そして、それを利用して侵略してくるであろう外国の動きなど、文字通り日本沈没になりますよ。
グローバル経済には、まず、外へ出かけて行って攻勢をかけるべきであり、準備も無しに、いきなり本拠地を外国人に開放し明け渡すような愚は、犯すべきではないと思うのです。

tiku 戦前のハワイの日本人移民の記録を読むと、彼らが特別に知識人や教養人であったわけでもないのに、子弟の教育に当たっては、自らの伝統的・文化的な規範意識をしっかり伝えていたようですね。男児厨房にいるべからず、で「男はそんな細かいことをしてはいけない、もっと大きなことをしなさい」とか、「どんなに貧乏であっても理想的な武士の行動をするのが日本人である」とか、「勤勉に働き、家族だけで家を保っていかなければならない、外に頼るのは家の恥である」「政府の援助金をもらうのは恥だ」など。

 また、戦場においては、国家や軍に対する忠誠心が重視され、自分が危険であっても友達を助けるのが武士道精神である、などといったような日本的倫理観を自然に身につけていたといいます。

 この点、戦後の日本は、「日本人の歴史観」が完全に崩壊あるいは分裂してしまい、そのため、上に紹介したような日本人の伝統的価値観や倫理観のもつ悪い面だけが強調されるようになってしまいました。しかし日本の場合は、こうした歴史観を日本人が共有することによってはじめて、その伝統的倫理観が保持され国家としての全体的な統一が保たれるわけで、この再構築が強く望まれていると思います。

 もちろん、戦前の,特に昭和10年代に支配的となった歴史観は、尊皇思想に基づく家族主義的な忠孝一致の倫理観で、英米流の個人主義や自由主義を忌避するあまり、明治憲法の法治主義や立憲君主制を否定する極端な心情主義に陥ってしまいました。また、自民族の文化的優位性を排他的に主張したことから、全体主義的独善に陥ってしまいました。

 こうした問題点を、思想史的にどのように克服し、その優れた面を創造的に発展させていくこと、これが今後の日本人に課せられた重要な思想史的課題ではないかと思っています。


tikurin様
いつも丁寧なお返事をありがとうございます。もう少しご辛抱いただいてお付き合いいただけると幸いです。

>移民した日系人たちは勤勉で粘り強く仕事をこなし、ある程度の成功を掴む者もあらわれた。しかし彼らは一般的に「日系人だけで閉鎖的コミュニティーを形成し地域に溶け込まない」、「稼いだ金は日本の家族に送金してしまう」などとアメリカ人からは見られていた。また、現実にアメリカ市民権の取得には熱心ではない人が多く、合衆国への忠誠を誓わないなど、排斥される理由はあった。」(WIKI「排日移民法」)

日本人に限らず、世界のどこの民族でも、複数が異郷の地にあれば、自分達のコミュニティーを形成するのは、普遍的に見られる現象のように思います。
地域社会に溶け込まないと言いますが、ほとんど農奴と変わらない、言葉も文化も違う有色人種の異邦人の集団を、アメリカ人が自分たちと同じように暖かく同等に扱うなどということが20世紀の初頭、有り得たのかどうか疑問です。その頃は、人権だとか、移民の同化教育なども公的に行われることはなかったでしょうから、合衆国が日系のプランテーション労働者移民のために、わざわざ税金で学校と建ててあげて教育しようなどとはしなかったと思います。日系人が自発的に始めたのであろうことと、ハワイというところは日系人が確か40%くらいで、実は、堂々のマジョリティーでした。その勢力に、米国側が遅ればせながら脅威を感じるようになったのではないかと思います。現に、太平洋戦争中、ハワイではマジョリティーである日系人を隔離することは不可能で、強制収容所に収容されることはありませんでした。
ロサンゼルスを中心とする、米国西海岸の日系移民は、中国移民の排斥運動の後、単純労働の担い手として、その後釜として入植したようです。強制収容所へは、メイン・ランドの日系人が入ったようです。

>「稼いだ金は日本の家族に送金してしまう」などとアメリカ人からは見られていた。また、現実にアメリカ市民権の取得には熱心ではない人が多く、合衆国への忠誠を誓わないなど、排斥される理由はあった。」
現在、中南米からの移民のように、貧困のためにアメリカに来て単純労働をしている人達は、重労働のストレス発散のために、ばくちや酒で稼いだ金をすってしまわない限り、祖国に送金している人は、ごく普通にみられ、それが、同化を妨げているという、WIKIの説明には、違和感を感じます。
東北から東京・大阪に出稼ぎで来る人が、故郷に仕送りしているからといって、都会の生活に馴染もうとしない、けしからん、などと、非難する人があるでしょうか?

>また、現実にアメリカ市民権の取得には熱心ではない人が多く、合衆国への忠誠を誓わないなど、排斥される理由はあった。」(WIKI「排日移民法」)
繰り返しになりますが、有色人種の移民一世が市民権を取る権利は無く、奴隷労働のような仕事しかなくて、どうして米国に忠誠など誓う気になれましょうか?また、アメリカ生まれの2世ですら、法的にも正当なアメリカ人なのに、法的権利を無視されてしまう人は、日系だけでなく、公民権運動が実るまでは、有色人種にとっては普通のことでした。

>tiku かって江藤淳がアメリカを社会的ダーウィニズムの国家といっていました。
社会的ダーウィニズムとは、私にはなんのことかよくわからないのですが、たとえばアメリカ南部では日本の田舎のような、人間関係のしがらみが結構大変だと聞きます。一方、ニューイングランドの田舎の白人優勢の地域では、共同体意識が高く、人々は暖かく、安全で住み易いです。多民族の入り混じるメトロポリタン地域では、治安が悪く凶悪犯罪が多く、うかうか道を歩くこともできません。真昼間から銀行強盗や銃撃事件など、かなり頻繁にあります(ニューヨークの中心街はちょっと違うようです)。また、公務員や権力者の汚職や腐敗は日本よりよほどひどそうだという、個人の観察による実感です。

>tiku 日本民族の文化的統合原理を「移民を米国のように有効に活用」できるほど自覚的で確かなものにする必要があるということではないでしょうか。他民族の問題ではなく自民族の問題だということ。
おっしゃることに全面的に賛成です。大量移民ができる準備を、日本は全くしていません。その状態で、大量移民受け入れなどしたら、結果は社会混乱、治安の悪化、その結果、経済のさらなる悪化、そして、それを利用して侵略してくるであろう外国の動きなど、文字通り日本沈没になりますよ。
グローバル経済には、まず、外へ出かけて行って攻勢をかけるべきであり、準備も無しに、いきなり本拠地を外国人に開放し明け渡すような愚は、犯すべきではないと思うのです。

ap-09様へ

>個々の民族文化の尊重と、社会秩序の維持は別問題ではないでしょうか。・・・主流の文化をもとにして構築された社会秩序を乱さない範囲内で、民族固有の文化を保つ分には構わない、が移民の国といわれる米国の現実の姿だと思います。

tiku 国家と移民の問題は、私は山本七平の『民族とは何か』等の著作から得た知識で考えているだけで、ap-09さんは実際体験もお持ちで、私よりずっと詳しいようですので、私の不明な点はどうぞご教示いただきたいと思います。

 その上でのお答えですが、「アメリカに住む諸民族・諸人種は、人種のるつぼの中で溶解されて(個人となり)、『アメリカ民主主義という人類普遍の原理』によって統合されることで一国を形成している」といいます。従って、その原理を普遍的と信じることを求められるのでしょう。だから次のお説のようになるのだと思います。

>だから、個々の民族の文化の上位に、アメリカ合衆国の社会秩序を維持する価値観、ルールがあり、それらに従うことが市民か否かを問わず、住民全員に強制されるのです。移民の国、米国でも、民族自決による自治などは存在しません。あくまでもアメリカ人として振舞うことが要求され、その上で支障の無い範囲で、付属程度の文化の保持をしているように見えます。

>>戦前におけるアメリカへの日本人移民は、アメリカに同化しないことをもって居住地のアメリカ人に排斥されたわけですが。 

>これはどうなのでしょうか?間違っていたらご指摘下さい。どちらかと言えば、一時の出稼ぎに来た人は別にして、

tiku「日本人の場合、ハワイへの移民は明治時代初頭からみられ、やがて米大陸本土への移民も盛んとなる。日本から直接渡航する場合もあったが、多くの者は入国しやすくまた日系人コミュニティーがすでに存在していたハワイ諸島(あるいはカナダ・メキシコ)をベースとして、ハワイ併合などにより機を見ては西海岸各都市に渡航していたようである。

 移民した日系人たちは勤勉で粘り強く仕事をこなし、ある程度の成功を掴む者もあらわれた。しかし彼らは一般的に「日系人だけで閉鎖的コミュニティーを形成し地域に溶け込まない」、「稼いだ金は日本の家族に送金してしまう」などとアメリカ人からは見られていた。また、現実にアメリカ市民権の取得には熱心ではない人が多く、合衆国への忠誠を誓わないなど、排斥される理由はあった。」(WIKI「排日移民法」)

 そのハワイにおける日本人の教育で重要な役割を果たしたのが日本語学校並びに日系の教会や寺院でした。こうしてハワイ全島の日本人学校は200校に及び、公立学校をしのぐ勢いになりました。しかし、外国にあって自国の教育方法をそのまま持ち込んだ学校の存在は、ハワイ政府から「アメリカかを妨げるもの」とされ日本人学校の規制がされるようになり、独自の教科書編纂がなされましたが、日本の歴史や終身の教育はほとんどそのまま「日本的な教育」や「しつけ」が引き継がれました。(『ハワイ日系米兵 私たちは何と戦ったのか』参照)

 その教科書編纂要領、小学校6年の終身、歴史は次のようなものでした。
修身教材
一、家庭。1円満なる家庭 2家事を励め 3女子の務め
二、名誉を重んぜよ。1自己の名誉を重んぜよ 2他人の名誉を重んぜよ
三、国民の公務。1法令を重んぜよ 2納税を怠るな 3選挙を重んぜよ
四、協同。1協同の精神 2協同の必要 3犠牲の精神
五、教育に関する勅語。
六、米国独立宣言書。
七、善良なる市民。

歴史教材
 1徳川家康、関ヶ原の戦い 2新井白石 3悪政、三奇人 4開港顛末、ペリー提督 5明治維新 6明治二十七、八年、戦後 7明治三十七、八年、戦後 8明治大帝 9日本歴史概要 10白虎隊 11大波の先登 12乃木大将 13日米日布の関係 14日本海海戦 15米布合併 16コロンブスのアメリカ発見 17ワシントン 18リンカーン、奴隷廃止 19南極探検20電信電話電灯の発明、蓄音機

 日系兵五〇年記念会の最初の打ち合わせの日、元ハワイ大学の史学科教授ジョージ・アキタは、出席者一同を見渡して、おもむろにハワイ中央学院の校訓を朗々と暗唱してみせ、一同から拍手喝采を浴びたそうです。

規律を守り活発に行動すべし
責任を重んじ義務を果すべし
忍耐事に当り勤励業を遂ぐべし
敬愛の心を持し報恩の誠を致すべし
理想を高くし目的に向って邁進すべし

 この話は、戦前における日本の武士道的倫理観がアメリカの建国精神と共鳴する部分もあった、ということなのではないでしょうか。 

>新天地でアメリカ人になろうと努力した日系人は、戦後、1960年代後半の公民権運動が実るまでは、有色人種として、アメリカ社会から疎外されていたのではないでしょうか?
そもそも当時、一世には市民権を得る資格は生涯与えられませんでした。二世は、生まれつきの、法律上も正統なアメリカ市民でしたが、アメリカで学校教育を受け、良きアメリカ人になろうと努力し、戦時中、財産没収の上収容所に入れられても、軍隊に志願し、442部隊のように決死の働きにより良きアメリカ人であることを証明して、勲章は授かりました。しかし、戦争が終わると、没収された資産の返還がないのはもちろん、職業選択にも依然差別が待っていて、二級市民扱いだったようですよ(レーガン政権時代になってやっと、その当時の隔離差別への正式な謝罪と、補償金が出たそうです)。

tiku 戦争の影響もあるし白人の黄色人種に対する偏見もあったということでしょう。

>グローバル化という、目先の金儲けのことしか頭にない経済人の美辞麗句には騙されない方が良いのではないでしょうか。

tiku 経済がグローバル化していることは間違いないし、そこにおける経済的合理性の追求を無視することもできないと思います。また、こうした経済面のグローバル化が必然的に民族の伝統文化の消滅を意味するとは思いません。

>移民や多民族国家という考えを否定しているのではなく、移民を米国のように有効に活用するためには、社会秩序を維持する為に、民族間の摩擦に耐えるだけのかなり強権的な社会装置が必要で、そこまでしなければならないほど(そうしないと、日本国は消滅するか、政情不安定な弱小国に転落するでしょう。たとえばレバノン)、

tiku 日本民族の文化的統合原理を「移民を米国のように有効に活用」できるほど自覚的で確かなものにする必要があるということではないでしょうか。他民族の問題ではなく自民族の問題だということ。かっては日本製皇国思想を「古今を通して謬らず、中外に施しても悖らず」としてきたわけですが、今日は、日本の外面的防御だけに関心を払っています。せめて自国文化を堂々と自信を持って他民族に語れるようになりたいものです。ap-09さんはそのことを実践されているのだと思いますが。

>日本が移民の助けを必要としているのか、またアメリカのような社会に日本人が住みたいと思うようになれるのか、疑問に思っているだけです。

tiku かって江藤淳がアメリカを社会的ダーウィニズムの国家といっていました。私は住んだことがないから判りませんが、体験的に知り得た問題点などをお聞かせいただけると有り難いです。 

>外国と上手に交渉・交易して独立国家として繁栄存続することと、生活感覚として、もともと異民族と入り混じって生活する経験がほとんど無かったところに、いきなり異民族を自国社会に受け入れるということとは、別なのではないかということです。

tiku いきなり異民族を自国社会に受け入れる、というのは具体的にどういうことを指しているのですか。私は外国人地方参政権には賛成していませんし・・・。翻って日本のコミュニティー文化についてですが、かっての先祖の神々の集う鎮守の森を中心とした祭祀共同体は都市化と共になくなりつつあります。また、会社組織も家族共同体的なものから契約的なものに変わりつつあります。そういった時代状況の中で、先の民族的統合原理を確立していくことは、凡人にはできそうにありませんし、時間もかかることだろうと思いますが、山本七平の紹介を通して、少しでも役に立てれば、と思っているところです。

tikurin様、お久しぶりです。横レス失礼致します。

個々の民族文化の尊重と、社会秩序の維持は別問題ではないでしょうか。そこが難しいというか、日本人には感覚として理解しがたいことだと思います。
多民族社会には、どうしても主流の民族とマイノリティーの民族があって、
主流が規則を作り、マイノリティーは社会秩序の維持の為に、それに合わせて生きて行く。
しかし、主流の文化をもとにして構築された社会秩序を乱さない範囲内で、民族固有の文化を保つ分には構わない、が移民の国といわれる米国の現実の姿だと思います。

たとえば、ベトナム戦争後に、戦争で米軍に協力した為に、ラオス高地民族であったモン族は、民族ごと根こそぎ、アメリカに移住するこを余儀なくされました。狩猟採集に近い生活であったモン族一世が、近代化された米国に順応することはほとんど不可能であったようです。というわけで、まともな職に付けるスキルも無く、米国人の税金による福祉のお世話で(これがまた普通の米国人の反感を買う)、モン族が集団で住んでいるアパートがありました。そこで、彼らの伝統的な仕方でもって、どこからか生きた牛を一頭調達して、アパートの庭先で屠って解体し、皆で仲良く分け合って、集団で食事をしていたら、消防だか警察だかが、すっ飛んで来て大騒ぎになったり、彼らの結婚の流儀である、夜這い婚が強姦と間違えられて、警察が新郎を刑務所にしょっ引いていって裁判沙汰になったりする訳ですね。そこでは、アメリカ人がモン族の文化を尊重して、彼らの生活習慣を受け入れることは、決して起こらず、モン族の方がアメリカ式に順応することを、一方的に求められる訳です。だから、個々の民族の文化の上位に、アメリカ合衆国の社会秩序を維持する価値観、ルールがあり、それらに従うことが市民か否かを問わず、住民全員に強制されるのです。移民の国、米国でも、民族自決による自治などは存在しません。あくまでもアメリカ人として振舞うことが要求され、その上で支障の無い範囲で、付属程度の文化の保持をしているように見えます。

>戦前におけるアメリカへの日本人移民は、アメリカに同化しないことをもって居住地のアメリカ人に排斥されたわけですが。 

これはどうなのでしょうか?間違っていたらご指摘下さい。どちらかと言えば、一時の出稼ぎに来た人は別にして、新天地でアメリカ人になろうと努力した日系人は、戦後、1960年代後半の公民権運動が実るまでは、有色人種として、アメリカ社会から疎外されていたのではないでしょうか?そもそも当時、一世には市民権を得る資格は生涯与えられませんでした。二世は、生まれつきの、法律上も正統なアメリカ市民でしたが、アメリカで学校教育を受け、良きアメリカ人になろうと努力し、戦時中、財産没収の上収容所に入れられても、軍隊に志願し、442部隊のように決死の働きにより良きアメリカ人であることを証明して、勲章は授かりました。しかし、戦争が終わると、没収された資産の返還がないのはもちろん、職業選択にも依然差別が待っていて、二級市民扱いだったようですよ(レーガン政権時代になってやっと、その当時の隔離差別への正式な謝罪と、補償金が出たそうです)。

先日、ドイツ系スウェーデン人の留学生に、日系人は過去、アメリカでそういうつらい差別があって、戦中、戦後の二世の中には、アメリカに愛想を着かして日本に帰っても、日本でも差別されて、居場所が無くて苦しんだ人達がたくさんいた、という話をしたら、ヨーロッパからロシアまで、飛び地のようなマイノリティーのコロニーが、外国にポツンとあることがあり、(たとえばドイツ人コロニーがロシアの中にあるとか)、先の大戦前後におけるアメリカの日系二世のような身の置き所の無いような体験をしている人は、現在でも別段珍しくはないと言われました。

グローバル化という、目先の金儲けのことしか頭にない経済人の美辞麗句には騙されない方が良いのではないでしょうか。移民や多民族国家という考えを否定しているのではなく、移民を米国のように有効に活用するためには、社会秩序を維持する為に、民族間の摩擦に耐えるだけのかなり強権的な社会装置が必要で、そこまでしなければならないほど(そうしないと、日本国は消滅するか、政情不安定な弱小国に転落するでしょう。たとえばレバノン)、日本が移民の助けを必要としているのか、またアメリカのような社会に日本人が住みたいと思うようになれるのか、疑問に思っているだけです。

外国と上手に交渉・交易して独立国家として繁栄存続することと、生活感覚として、もともと異民族と入り混じって生活する経験がほとんど無かったところに、いきなり異民族を自国社会に受け入れるということとは、別なのではないかということです。

健介さんへ
 まあ、あまりケチなことを言わないで、他民族とも堂々と渡り合って、自己主張して、生きていきましょう。日本は昔も今も守りで生きていける国ではありません。世界中誰とでも商売して、働いて、お金を稼いで生きていく他ない国です。だから、むしろ開かれた進取の気性をこそ持つべきです。アメリカ依存の自己防衛心理だけで生きていける時代は、もう終わりました。

実を言うと最近稲作について知りました。そのため長年思っていたことが氷解しました。
縄文弥生という見方は棄てるべきだというのが基本的な考えです。
 これについては今後のことです。
一番の問題は<水田耕作が朝鮮からきた>かです。今のところ逆だとみています。日本から朝鮮へその技術がいったです。

 もう一つは渡来人が多くきたかです。これはどうもないようです。これも逆でしょう。前方後円墳の築城年代測定で朝鮮が200年位後のようです。

もう一つは百済新羅をつくた人々はどのような人々かです。それ<みなま日本府>のことです。
 もちろんあったでしょう。

>日本人が外国に居住すると自国文化を保持できない、ということは、それだけ文化的基盤が脆弱だと言う事になりますが、そういう意味ですか。

そうです。つまりわが日本文化は地理的空間を離れては存在しない弱い文化だということです。
 これはユダヤ文化や、朝鮮シナ人、イスラム文化とは大きく異なります。だから本土防衛です。


>私が知っているのは、呉善花さん、キム・ワンソプさん、専門的なところでは金日坤さん位です。少ないことは事実ですね。

 これではなく日常レベルです。これはいろいろ問題があり、人によって大きく異なります。
無理に朝鮮人と仲良くする必要はないというのが基本態度です。無理にですよ。
 同じように外国とは無理に仲良くする必要はありません。東アジアのわが国日本側の問題点です。
 これが戦前いろいろな意味で働き今も働いています。
 何かわが国は間違えています。これは外交交渉において、現れます。逆に早く喧嘩もする必要はないです。ケツをまくる必要もないです。<そうですか>といって、外交を中断することです。中断ですよ。


>彼らに対しては、幼児の頃、差別的な言動したことをうっすらと覚えていますが、私の両親はそのような感情は少しも持っていないようでした。私の場合その程度です。あなたは、どんな直接的経験を持っているのですか? 

 私のところはありませんでした。ただ朝鮮人は多くいたようです。私が鈍感だッたからかもしれません。近代史を素人勉強をして、終戦後の彼等の行動をしるにおよんで、逆に現在の<共生運動>ですか、それが異常に見えました。ソレヲしているのは日本人ではないでしょう。

 常識的にいえば<馬鹿も休み休み、言え>でしょう。
 コノ事実を朝鮮人たちは隠し通せるとでも思っているでしょうか?
 それと関東大震災のときの朝鮮人の蜂起事件ですがこれは今戸よく解明されていないようです。
 朝鮮人の虐殺はなかったとはいいませんがその元になることはたぶんあったでしょう。その数もいい加減ですよ。


 共生の主張など 一種の間接侵略ですがそれに実にやすやすと犯される日本人が異常か。利巧か無関心か不明です。
 それに彼らはそれをするつもりはさらさら、ありませんよ。文化がことなりますから。それは南北朝鮮国内においても同じでしょう。
 大陸の民族はミナ同じです。

>一民族一国家が「帝国」的に振る舞ったところに問題が生じたのです。朝鮮人の問題はその後遺症でしょう。そのことを自覚すべきだと言っているのです。

これはご指摘が正しいですが、それは敗戦によって終わりました。従って国内にいる朝鮮人は本国へ送還するのが基本態度で、彼等を国内に自治権を認めてその生存を許すことはする必要も義務もありません
。これが敗戦の結果です。これを維持しないと戦争の反省はありません。これ以外の思考方法は駄目でしょう。意味がなく、有効でもありません。
 しかし現状は多く異なっていることはわが国が戦争を反省していないことを示しています。

健介さんへ
>>弥生時代になって水田稲作を伝えた中国江南人、さらに騎馬民族のほか百済・伽耶など朝鮮渡来人など、多様な民族の遺伝子が混ざり合ったまま、現日本人に保持されている

(健)これは既に考古学的発見によって、水田耕作は縄文時代において行われていますよ。
 渡来人が大量に来たとか稲作は朝鮮から来たとか、弥生縄文時代のみかたは大きく変更をすることでしょう。

tiku日本で稲作が始まった時期について私は、http://www7b.biglobe.ne.jp/~sitiheigakususume/goroku_nihonshi.html#「いつ頃日本人は発生したか」で、上記の記述の後に次のように書いています(紹介ですが)。
「なお、その後の研究で、縄文時代は、雑穀、根菜型の焼畑農業ばかりでなく陸稲栽培も行われたことがわかってきています。また、弥生時代の始まりを紀元前1000年頃まで溯らせるべきとする意見も出てきています。
 従来、弥生時代の始まりは紀元前5世紀頃と考えられていましたが、これが5世紀以上溯る可能性も出てきているわけです。紀元前1世紀頃から始まる急激なクニの発展も、これによって説明できるのではないでしょうか。」
 
  なお、以上の説を踏まえれば「水田耕作が縄文時代に行われていた」ではなく、弥生時代が5世紀以上遡る、でしょう。(といっても陸稲栽培を弥生時代に含めるかどうか異論はあると思いますが)。また、私は「水田稲作を伝えた中国江南人」と言っていますし、朝鮮から渡来人が来たことは間違いありません。

 しかし、私がここで言っているのは、稲作の起源のことではなく、日本人が民族的には雑種であることを指摘したに過ぎません。

>>戦前におけるアメリカへの日本人移民は、アメリカに同化しないことをもって居住地のアメリカ人に排斥されたわけですが。 

(健) これはたぶん異なります。史上初めて自国の文化を保持せず、アメリカに埋もれた民族として日本人は取り上げられているはずです。

tiku 私は排日移民法当時の日本人について言っているのですが、日本人が外国に居住すると自国文化を保持できない、ということは、それだけ文化的基盤が脆弱だと言う事になりますが、そういう意味ですか。

>>前述したように、日本の「一民族一国家」的文化的伝統に抵触する問題ではありますが、私は、これを鎖国的排外主義的な観点から処理するのではなく、お互いに「民族的文化的自治権」を尊重し合うという方向で処理すべきだと思います。

(健)日本人が日本列島から外国人を追い払おうとすることは別にしてはいけないことではない。

tiku 何れの民族に対しても鎖国的排外主義的であってはいけないということで、民族的自治権と言っても、いろんなレベルがあって、ここではお互いの生活様式を尊重するといった程度です。外国人が他国に住んだ場合、その国の法律の遵守義務を負うのは当然です。

(健)多くの日本人が朝鮮人を嫌っていますがその理由を朝鮮人自身が調べて、それについて考察したものがありますか?

tiku 私が知っているのは、呉善花さん、キム・ワンソプさん、専門的なところでは金日坤さん位です。少ないことは事実ですね。

(健)終戦直後の朝鮮人行動を一度調べて、現在の在日朝鮮人にそれに対して現在どのように思うかをたずねて、それに対しての返答はありますか。?

tiku 終戦後、私の家には旭化成の工場労働者として徴用された朝鮮人の家族が間借りしていました。私が浪人中の頃だったか、その人の子供が父親の遺骨を探しに大阪からやってきました。幸い、近くの神社に預けられていて、涙を流して喜び持って帰られました。その他、中学校時代には在日朝鮮人の友達もいましたが、根性のある子でしたね。彼らに対しては、幼児の頃、差別的な言動したことをうっすらと覚えていますが、私の両親はそのような感情は少しも持っていないようでした。私の場合その程度です。あなたは、どんな直接的経験を持っているのですか? 

(健)いずれにしてもわが国は一民族一国家で戦前目指したような帝国という考えは必要ありません。

tiku一民族一国家が「帝国」的に振る舞ったところに問題が生じたのです。朝鮮人の問題はその後遺症でしょう。そのことを自覚すべきだと言っているのです。

(健)一民族一国家に触れるものはわが国の破壊工作とまず第一に認識することだと思います。

tiku 私は、日本の民族的文化伝統をより懐の深いものに発展させなければと思っています。すぐに同化吸収されるようなものではダメですから。ところで、おっしゃっているのは「外国人の地方参政権」の問題だと思いますが、日本は防衛問題でも国家意思より地方の意思が尊重されたりしますし、自国の文化的伝統が何なのかも判らなくなっていますから、まず、そのあたりの再建をしっかりすべきだと思います。排外主義的になっても困りますから。6/8 12:00校正

以上

>弥生時代になって水田稲作を伝えた中国江南人、さらに騎馬民族のほか百済・伽耶など朝鮮渡来人など、多様な民族の遺伝子が混ざり合ったまま、現日本人に保持されている

これは既に考古学的発見によって、水田耕作は縄文時代において行われていますよ。
 渡来人が大量に来たとか稲作は朝鮮から来たとか、弥生縄文時代のみかたは大きく変更をすることでしょう。

>戦前におけるアメリカへの日本人移民は、アメリカに同化しないことをもって居住地のアメリカ人に排斥されたわけですが。 

 これはたぶん異なります。史上初めて自国の文化を保持せず、アメリカに埋もれた民族として日本人は取り上げられているはずです。

日本文化は日本列島と切り離しては存在しません。そこへ地理的条件を持たずに生存する朝鮮人、シナ人、その他が来ては、根本的に会うはずがありません。抗争になるだけで、その人数が増えれば間違いなくなります。日本人は黙っている民族ではありませんから。そのとき出てくるのは何でしょう。

>前述したように、日本の「一民族一国家」的文化的伝統に抵触する問題ではありますが、私は、これを鎖国的排外主義的な観点から処理するのではなく、お互いに「民族的文化的自治権」を尊重し合うという方向で処理すべきだと思います。

これはアメリカの文化でしょう、韓国にそれがありますか。
 それこそ外国が喜ぶ逆の侵略を受け入れる考えでしょう。日本人が日本列島から外国人を追い払おうとすることは別にしてはいけないことではない。

 在日朝鮮人は外国人ですよ、彼らに民族的自治権などありはしない。

 それでは日本国の核がなくなります。外国人は日本国憲法を尊重しますか?

 特にそこにある天皇条項を在日朝鮮人が尊重しますか?日本人ですらおかいい人がいるのにまして外国人はです。

 わが国はそれこそ変な普遍思想であるアメリカの政策を受け入れるのではなくやはり一民族一国家を維持することです。それを壊すために外国は朝鮮人を利用しているのですから。

 既にメインは在日シナ人へと移りつつあります。

 多くの日本人が朝鮮人を嫌っていますがその理由を朝鮮人自身が調べて、それについて考察したものがありますか?

 見たことがありません。

 終戦直後の朝鮮人行動を一度調べて、現在の在日朝鮮人にそれに対して現在どのように思うかをたずねて、それに対しての返答はありますか。?
 ないでしょう。

いずれにしてもわが国は一民族一国家で戦前目指したような帝国という考えは必要ありません。それは<民族的文化的自治権>を必要としますから、わが国は既に帝国ではありません。

一民族一国家に触れるものはわが国の破壊工作とまず第一に認識することだと思います。

健介さんへ

 「私は日本は一民族一国家が国是だと見ています。これに反するものは一応わが国の破壊工作と見ています。」

 この「一民族」の意味ですが、人種的な観点から見れば「日本人の遺伝子には、東アジア後期旧石器時代人(3万年~1.2万年前)や縄文時代にナラ林文化を東日本に伝えた東北アジア人、照葉樹林文化を西日本に伝えた中国江南人、弥生時代になって水田稲作を伝えた中国江南人、さらに騎馬民族のほか百済・伽耶など朝鮮渡来人など、多様な民族の遺伝子が混ざり合ったまま、現日本人に保持されている」といわれます。

 つまり、日本人は人種的には雑種なんですね。それが、日本列島に居住するという「育ち」を共有する中で、それまでの人種的区別を消して一民族になった。「そこは海に、山に川に採集できるものが多くあり、稲作が到来すればそれを栽培する適地であった。同時にその収穫は、自らの意思では如何ともしがたい天候に左右された。それは日本人をごく自然に『自然信教』の世界に」導いた、というわけです。

 さらに、弥生時代を経て大和朝廷という統一国家を形成して以降は、中国や朝鮮から儒・釈・道三教合一思想を導入し、日本ではそれが神儒仏混合思想となり、江戸時代以降は新儒教であるところの朱子学を、「秩序の学」として導入した結果、幕末にはそれが国学思想と結びついて尊皇思想を生み、それが皮肉にも徳川幕藩体制を壊して、日本を天皇中心の中央集権国家へと変えて行ったのです。

 こうした大陸の普遍思想の影響が思想レベルの影響に止まり得たのは、日本列島が日本海・玄界灘によって守られていたためで、これがもし陸続きであったら、朝鮮のように「宗主国中国への朝貢を余儀なくされた儒教国家」として存立するほかなかったのかも知れません。そして、明治維新以降の日本は、それまでの思想的蓄積の上に、西洋近代文化を導入し殖産興業・富国強兵に努めた結果、アジアで唯一の近代国家となったのです。

 これは大変な幸運といえるわけですが、いずれにしろ、こうした地理的・風土的・歴史的環境の中で、日本独自の言語、神話伝説、風俗習慣、思想的伝統が形成され、それによって独自の「生活様式」を有する日本民族が形成されたわけです。このように、民族とは、氏(=血統)より「育ち」なわけですが、日本は海で隔てられていたために、日本人にとって民族とは領土と一体のものだ、としか考えられなくなってしまったのです。

 ここで考えなければいけないことは、弱小民族が、強大な普遍主義的思想をもつ周辺国家と争った場合、政治的にその国家に飲み込まれてしまうことになるが、その時、飲み込まれた弱小国家は、その民族特有の生活様式(言語、神話伝説、風俗習慣、思想的伝統)=その民族の「文化的自治権」を維持できるか、という問題です。この場合、他国に住もうと思うならそれを放棄して同化しろ、ということには必ずしもならない。

 日本の戦前の朝鮮人に対する民族同化政策が、例えそれが当時の日本人の善意に基づくものであったとしても、容易に受け入れられなかった、それどころか戦後65年たっても、消しがたい恨みとして残った、ということは、一つの民族にとって、その民族の「生活様式」を守ることがいかに大切なことか、ということを証すものではないかと思います。出来ることなら、日本も、朝鮮統治は政治的統治に止めて、生活様式については「民族的文化的自治権」を認めるべきではなかったか、と思います(安全保障問題が解決すれば独立回復させる)。

 おそらくこのことは、日本人にとっては、民族的ディアスポラを経験しない限り、判らないことなのかもしれません。これについては以前にも誰かと議論したことがありますが、日本沈没でも経験して日本人が世界に散りぢりになって生きることを余儀なくされた場合は、あるいは、日本人も他国に居住しつつ、そうした「民族的文化的自治権」を要求することになるのかもしれません。戦前におけるアメリカへの日本人移民は、アメリカに同化しないことをもって居住地のアメリカ人に排斥されたわけですが。 

 とはいえ、一民族一国家でいられると言うことは、確かに幸せなことであるとは思います。しかし、そうした恵まれた国家ばかりではないということ。日本人は朝鮮人に対して、悪意と言うよりむしろ善意であったが故に、この問題の本質に気づかずその処理を誤ったのではないか、私はそのように考えています。健介さんは、こうした観点に立つことが、日本の政治的統合やさらに文化的統合を揺るがすとお考えのようですが、韓国とはお互いの文化的伝統を尊重しつつ協力しあえる関係を構築できるのではないか思っています。

 また、健介さんは「 現状では国内に地理的には朝鮮中国コロニーのようなものができ、経済的にもコロニーができます。これはなんとしてでも防がないと国内の秩序の維持ができません」と心配されています。これは、前述したように、日本の「一民族一国家」的文化的伝統に抵触する問題ではありますが、私は、これを鎖国的排外主義的な観点から処理するのではなく、お互いに「民族的文化的自治権」を尊重し合うという方向で処理すべきだと思います。

 そうした長期的観点に立ったより広い他民族文化に対する受容力を、日本文化も持てるようにならないといけない、と私は考えています。

 管氏の家系については、見ました。
しかしなんとなくというやつです。賓がないことを言います。えらそうですが。いとこ結婚だそうですが、これは朝鮮中国にはないですから、違うでしょう。しかし名家の出というが、賓がありません。時代遅れでしょうかね。我が家は平民ですが。

>戦前アメリカが排日移民法を成立させたことが、日本人の心を反米へと切り替える大きなきっかけとなりました。だから、日本人が、中国人や朝鮮人を見る時も、同じような過ちを犯さないようにしなければいけない。


 これは視点が異なります。アメリカはひとつの理想をかかげた、移民国家です。わが国は異なります。
コノ違いを忘れては物事が見えない。

戦前からいる朝鮮人と戦後の不法入国(一種の難民)とは別で、ここに大きな問題があります。

> ただ、今日の一般的な傾向としては、中国や韓国に方に、日本に対する無理な要求が多いように思われます(儒教の名残り)。しかし、私たちとしては、かって陥った陥穽に陥らないよう、冷静かつ適切に対応することが必要です。

これは当然ですが、民族の違いは大きなものがあります。これについてはその差を認識する必要がありますがわれわれ日本人が朝鮮人、中国人に日本国内であわせる必要はさらさらありません。
 連中にわが国の法律と慣習に従う義務が当然ありますが、そのような感覚は彼らにはありません。
ここが問題です。現状では国内に地理的には朝鮮中国コロニーのようなものができ、経済的にもコロニー^ができます。これはなんとしてでも防がないと国内の秩序の維持ができません。すでに朝鮮関係においてわが国国内法の適用ができていません。
 免許証において国籍欄がなくなりました。
おかしなことです。これは自民党政権時代です。


 私は日本は一民族一国家が国是だと見ています。これに反するものは一応わが国の破壊工作と見ています。
 マスコミは朝鮮や中国ロシア、アメリカの手に落ちています。

 民主党の党員資格に外国人でも可とありました。選挙後にそれを指摘しても、当選者はいい顔をしませんでした。これは近代国家の原則を忘れていることを証明していますから、ソレヲ元に朝鮮政権である書きました。

 なぜそれが必要ですか?外国人から政治資金をもらっていますよ。無邪気といえば無邪気ですが。

 わが国の政党は欧米のそれとは異なります。
むしろ<ぐる政党>と見ることがただしく、そのぐるには外部からの規制はありません。つまり法的規制や伝統を重んじるとかいった法則のような規制ははく、その時々でしょう。

鳩山氏とは芝居かもしれませんよ。

とにかく変です。朝鮮の文物を返すことにおいても菅氏は何も考慮した形跡はありません。
 とにかくいろいろあります。

健介さんへ

 批判する時、帰化人であるかどうかなど持ち出すべきではないと思います。あくまで、その人の言論を対象とすべきです。金美齢さんや黄文雄さんなど日本人以上の愛国者である帰化人もいくらでもいるわけで、朝鮮系の人についても同様でしょう。

 戦前アメリカが排日移民法を成立させたことが、日本人の心を反米へと切り替える大きなきっかけとなりました。だから、日本人が、中国人や朝鮮人を見る時も、同じような過ちを犯さないようにしなければいけない。

 また、同様に、一方的な感情移入が危険であることも、これは戦前の歴史が証明するところです。従って、お互い別の民族であり、歴史や文化伝統も異なるゆえに、価値観やものの考え方も違う、ということをお互いに認め合うことが大切だと思います。

 ただ、今日の一般的な傾向としては、中国や韓国に方に、日本に対する無理な要求が多いように思われます(儒教の名残り)。しかし、私たちとしては、かって陥った陥穽に陥らないよう、冷静かつ適切に対応することが必要です。

 もちろん、鳩山氏ではありませんが、だます人も悪いがだまされる人も悪いわけで、氏の”みっともなさ”を他山の石として、”だまさず、また、だまされないしたたかな民族”をめざすべきではないでしょうか。

 なお、参考までに、菅直人氏の家系については、ネットでは次のような説明もなされています。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1442132364

民主党は朝鮮人帰化人の政権ですよ。
帰化朝鮮人がそれを明らかにして、立候補して当選できる可能性はすくない。そこにうそが混じっているから、あとは説明の必要がないでしょう。

 詐欺師とよく似た位置ですが詐欺師は詐欺師として、それ自体が事実ですから、いいですが、彼らはそこはことなる。
 朝鮮のために行動をしているなら、それはそれでいい。
 しかし菅氏のやり方はシナ人朝鮮人のやり方と同じですね。
 朝鮮人そのものという感じが菅氏には感じられます。
 後ろに誰がついているでしょうか?
またこれまで誰が彼の政治資金を提供して、誰がそれを管理してきたでしょうかね。
 

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