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2012年2月16日 (木)

「百人斬り競争」論争の現在と未来

前回、5回にわたって「百人斬り競争」事件に関する記事を投稿させていただきました。何を今さら、と思われた方もいるかと思います。この論争は、ベンダサンvs本多論争以来の議論の積み重ねがあるし、裁判でも争われたのに、それを無視しているのではないかと・・・。

では、その後、この論争はどのように発展してきたでしょうか。実は、それは、「日本刀の硬性」=日本刀で何人の捕虜等を殺傷できるかなどの、脇道にそれた議論に終始しただけで、論争としてはほとんど進歩がなかった、と私は考えています。

ところで、この「日本刀の硬性」ということについては、秦郁彦氏が「いわゆる『百人斬り』事件の虚と実(二)」で、山本の「日本刀はバッタバッタと百人斬りができるものではない」という言に対し、無抵抗の捕虜を据えもの斬りする場面を想定外としていることと、成瀬著の『戦ふ日本刀』から都合のよい部分だけ引用している、という二つの理由から、「トリック乃至ミスリーディング」と評しています。

しかし、山本が日本刀の脆弱性について言及したのは、東日の新聞記事の第4報で、両少尉が互いに100を超えたレコードを「さすがに刃こぼれした日本刀を片手に」報告し合い、さらに向井少尉が、記者の前で「俺の関孫六が刃こぼれしたのは一人を鉄兜もろともに唐竹割にしたからぢや、戦ひ済んだらこの日本刀は貴社に寄贈すると約束したよ」と述べたことを受けてのことでした。

つまり、本当に両少尉が百人斬り競争をしたとすれば、その時の日本刀は、血糊による刃先の腐食、刃こぼれ、刀身の曲がり、目釘のがたつきなどでひどい状態になっていたはずで、記者らはその日本刀を見たのか、それを見れば、「百人斬り競争」が事実であったか否かすぐに分かったはずだ、と言っただけのことです。

そもそも、捕虜等を「据えもの斬り」で殺そうと思えば、何も日本刀を使わなくても、カミソリでも可能です。つまり、なぜここで「日本刀の硬性」が問題になったかといえば、近代戦において日本刀で100人の敵をバッタバッタ殺すようなことはできない、という単純な事実を指摘したに過ぎません。このことは、成瀬の著書によらずとも、本多氏等が持ち出した鵜野晋太郎の証言でも証明されます。

また、「百人斬り競争」裁判も行われました。その判決は、「百人斬り競争」の記事の内容を信じることは出来ないし、その戦闘戦果ははなはだ疑わしいと考えるのが合理的である。しかし、両少尉が新聞報道されることに違和感を持たなかった、つまり、その記事の元となった武勇伝を記者に話したことは事実であるから、これを記者の創作記事であり全くの虚偽であると認めることは出来ない、というものでした。

また、朝日新聞の出版した書籍に、両少尉を「殺人ゲームの実行者」「捕虜虐殺競争の実行者」と名指しする表現があることについては、これは甚だしい名誉毀損表現であるから、控訴人等が受けた精神的障害を賠償する義務がある、としました。ただし、本件摘示事実(捕虜等を「据えもの斬り」したと主張されていること)が、その重要な部分において全くの虚偽であるとは認められないので、当該書籍の出版差し止め等は認められないとしました。

これは要するに、たとえ両少尉が「ヤラセ」で武勇談を語らされたとしても、あくまで本人が語ったことであって、いわば自白と見なされるということです。従って、これが記者の利益誘導によるものであっても、その対象となった戦場心理(参照「戦場の精神的里心」)は戦後生まれの裁判官には分かりませんから、その結果、両少尉の「自白」が重視され、「ヤラセ」を誘導した記者の責任は問われない、ということになったのです。(南京裁判と同じですね)

また、「本件摘示事実」が、その重要な部分において全くの虚偽である事が証明されたわけではない、とする判断については、その論拠となったのは、大なり小なり、この「百人斬り報道」の延長あるいは余波としてなされた両少尉の言動、あるいはそれにまつわる伝聞証言や手紙その他新聞記事等であるようです。しかし、これらはその何れも「百人斬り競争」報道がない限り、生まれないものでした。

ところで、この両少尉の「百人斬り競争」が新聞記事となるについてとった態度には違いがあって、山本七平は、向井少尉が主導的な役割を果たし、野田はそれを茶化しながらも親しい友人のことだから「引き立て役」で付き合う、といった態度だと見ていました。実際、記事にある台詞は、ほとんど向井少尉で、野田少尉の会話は以下のような半ば冗談のようなものでした。

それは、第一報の野田の会話「僕等は二人共逃げるのは斬らないことにしてゐます、僕は○官をやつてゐるので成績があがらないが丹陽までには大記録にしてみせるぞ」に現れています。というのは、軍隊では人称代名詞を使う場合は必ず「自分は」でなければならず、「ボク、キミ、アナタ、ワタシ」は禁句で、次のような戯れ歌まであったといいます。”ボクといったら撲られた、ワタシといったら撲られた、ホンマに軍隊ヘンなとこ”。

また、この「百人斬り競争」は「前線ではさしたる話題にはならず、なっても新聞の誇大な武勇伝の一つとして軽く受け止められていた」。しかし、数年経つと内外を問わず二人は有名人になってしまい、「二人はどう対応したらよいかとまどったようすが窺える。話題を振られると、小心なところがあった向井は苦い顔で沈黙し、剛胆奔放な野田は開き直って茶化すという正反対の対応に走った例が多」かった、と秦氏は述べています。(秦上掲論文)「百人斬り」裁判で提出された新資料にはこうした両者の性格の違いがよく現れています。

また、これらの資料の中でとりわけ注目を集めたのが、望月五三郎の『私の支那事変』(私家版)における「百人斬り競争」に関する記述でした。ここでは「百人斬り競争」はまるで絵に描いたような住民(=農民)虐殺競争として描かれています。しかし、この本の出版は昭和60年7月1日で、本多氏等が「虐殺説」を唱えはじめた後の出版であり、前後の文脈からして不自然で、資料的価値は全くないと思います。

そもそも、両少尉の所属する第16師団が白茆口に11月15日頃上陸し、無錫から紫金山まで約180キロの間を14日間で、後退する敵と戦闘を交えながら走破した強行軍において、そんな農民=住民虐殺ゲームなどやってる暇などなかったはずです。また、前回も指摘しましたが、この強行軍の中で多忙を極める大隊副官と歩兵砲小隊長が、自らの職務を放棄して、このような残虐な私的競争をやるなどあり得ない話で、また、軍紀上も決して許されなかったと思います。

また、戦後生まれの私たちは、時代劇の影響で人を斬ることが簡単なように思っていますが、実は、「人体を日本刀で切断するということは異様なことであり、何年たってもその切り口が目の前に浮かんできたり、夢に出てきたりするほど、衝撃的なこと」だといいます。「従って本当に人を斬ったり、人を刺殺したりした人は、先ず絶対にそれを口にしない、不思議なほど言わないもの」なのだそうです。まして、それを武勇談にして新聞に載せるなどありえない話です。

にもかかわらず、裁判所の最終判断が、「百人斬り競争」において示された「本件摘示事実」が、その重要な部分において全くの虚偽であるとは認められないとしたのは、これらの新資料によるのではないかと思われます。しかし、こうした判断は、前回の論考で述べた通り、東日の「百人斬り競争」記事が「ヤラセ」であったことが証明されれば、自ずと消えて然るべきものです。そして、その証明は30年前の論争で決着したと思っています。

聞くところでは、南京大虐殺記念館を世界遺産として登録申請しようとする動きもあるそうです。その時、その入り口に掲げられた等身大の両少尉の写真は、私たちに何を語りかけるでしょうか(前回紹介した野田少尉の日本国民に向けた遺言も想起すべきだと思います)。その時までに、私たち日本人は、この事件の真相を明らかにしておく必要があると思います。なにしろそれは、戦意高揚をねらった日本の新聞記事により引き起こされた歴史的冤罪事件だったのですから。

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日本近現代史をどう教えるか」カテゴリの記事

コメント

健介さんへ
お説の通りですね。そろそろ草莽の士が反撃を開始する時ではないでしょうか。思想・言論の自由を武器にして。それにしても、国際謀略宣伝戦のいかにすさまじいことか。日本人は戦後一貫して自己反省に努めてきましたが、こうした国際政治の厳しさ・現実を学ぶ上では絶好の機会かも知れませんね。こうした視点で考えれば、自虐派もまさにお人好しではあったわけで、しかし、日本人全体がこの問題をまじめに考えてきたおかげで、事実関係をほぼ明らかにすることができたと思います。

今後、できるだけ簡潔に、分かりやすく「南京大虐殺」の基本構造を解き明かし、日本人にかけられたマインドコントロールを打ち破っていきたいと思っていますので、また、ご意見をいただきたいと思います。

河村市長は無邪気に史那を見すぎです。
史那人は真実とは何かという思想は持っていません。あるのは自身が利益と考える利益だけです。

 したがって彼等はこの発言の当否を見るのではなく、この事件をどのように展開させたら自分の利益に結びつくかのみに力を集中します。そのため、これには同じように名古屋市がしていることで中共が利益があると心底思っていることを、<遺憾ながら中止する>と明言することでしょう。

そして、東京裁判は一つの裁判だから冤罪ということも在る、従って一応の再審を試みる一段階として、
言われるような南京事件の前に起きた通州事件についても、同時に忌憚なく、調べて公開の席で意見を自由に交わしたい。わが国は亜米利加とおなじ思想良心の自由を国是としていますから、そのわが国で、公開の席で議論を交わしたい。そのための予算も計上して、さらに東京裁判は連合国、特にアメリカも参加していますから、アメリカの参加も門戸を開いた会議を来る?月?日に開きますから、ぜひ参加していただきたい。
 資格は学者でも政府一員でも、民間でもいい。あくまで公開の議論で究明するものだから、。ぜひ、ご参加を>という声明をだせばいい。勿論本命はニュウヨークのごろつきどもですが。

 河村市長の発言が問題を引き起こしているが、これと同じ問題が百人斬りにもある。
 ことは背後に亜米利加の問題があることで、史那人にいてやればいい。
<我々日本人は原爆、東京大空襲、都市爆撃という非人道攻撃については講和条約が発効してからは、それが事実でも文句を言わない。お国とは1972年講和条約というより日中国交樹立(国交回復といってはいけない)時に、それらについての外交的解決はついているから、わが国が亜米利加について、言わないように、貴国も行動する義務がある。事件があったかどうかは東京裁判の判決が出ているから、その判決には従う。しかし我々日本と日本人はその裁判を受諾したわけではない。それが貴国が参加していないサンフランしクコ条約にうたってある。>
とのべればいい。問題はこの事件を元に日中の間にもぐりこんで暴利をむさぼっている、戦前のアジア主義の生き残りがいることが問題でしょう。
 中共はこの恐慌で史那大陸にある日本資産の没収を狙っているから、これを機にわが国は国策を変更することでしょう。
 経済の時代は終わったと。
わが国は史那大陸、朝鮮については政経分離で経済的付き合いのみして国交はしないことである。
 特に史那大陸とは菅原道真以降ソレデしてきたから。明快に史那の本質を理解していたことを示している。そのまねっこである、朝鮮も同じである。

 我国の裁判所は多分ドストエーフスキーが問題にした状況になっています。およそ我国の役所はみな同じ病にかかっています。
 我国の裁判官がいかにひどいかは、門田氏が<裁判官がわが国を滅ぼす>に詳しく書いています。
 慄然たる状況です。
新聞社は経営があり、確か税金も免除されています。言論、思想の自由とかである。要するに銭だけの連中でしょう。従って銭が儲かる方向へと必ず行きます。そのうちなるでしょう。

その昔裁判官が予算で給料が減らされるという話になった時に、それは憲法に保障されている裁判官の独立に反するといって給料の減額はできないと主張したことがありますが、我国の裁判官はその程度ですよ。
 幻想を抱いてはならない。
最近覚せい剤密輸事件で裁判員裁判で無罪、高裁で有罪となった案件で、妙な能書きをたれて、最高裁が<無罪>としましたが、新聞から読むと、有罪に決まっていますが、無罪です。
 この案件は裁判員には少し難しかったようです。
この手の犯罪は被告の前科、生い立ち、日ごろの素性を考慮して判断すればいいが、妙な近代裁判の理屈<疑わしきは「被告に有利に>が働いたようですが、この文言の意味を裁判員は理解していなかったようです。この手の犯罪は常識で見ることです。
 知っていたに決まっています。仮に友人に騙されたとして(知らなかった)としても、この場合は有罪でしょう。
 とにかく最高裁を含めて我国の裁判所はくるっている要素があります。
なぜか?
規準は徹底した現状追認でしょうね。法律を見て判断をしているのではないでしょう。
 長いものには巻かれろという伝来の行動をかしこまた裁判という衣にかくして、能書きを書いた判決を出すだけです。およそジャッジをしません。

 司法試験を通過するのにやっとという人が多いのではないでしょうか?
 先は暗いですよ。司法試験が法科大学院へ2年いく必要ができました。二年で600万さらに必要で、苦節十年とかといった世の中のことを知る貧乏人上がりの人々が銭で排除されてます。そのためこれからおかしな判決が次から次へと出るでしょうね。
 金持ちしかいけなくなりました。
 もともと弁護士(言葉がわるい、正確には代言人です、政府側へ行くと検事、被告側へ行くと弁護士です)の子供が弁護士になれるように私立の医科大学と同じ目論見が背後にあったでしょう。

 これまでタダ一つ、公正な国家試験でした。
また司法修習生のとき給料が払われましたので、その間、お上の世話になったから、その行動に自制を外部から掛けることができましたが、それもやめで、通過した人はすべて自分の銭でなったということになり、社会の為にという意識はなくなるでしょうね。
 俺の銭でなったということです。
 

健介さんへ
朝日新聞が文革時代中共の宣伝塔になり本多勝一記者がその尖兵となったという印象ですね。朝日新聞が彼を支えない限り、「百人斬り」に関する彼の主張は維持できなかったと思います。稲田朋美さんによると、裁判では本多勝一記者は原告の尋問要求を拒否し、法廷にも現れず、意見陳述もしない。そして支援者の報告集会だけに顔を出したそうです。例の志々目氏の証人申請さえもしなかったし尋問要求にも応じなかったそうです。なんか訴訟指揮がおかしいのではないかと思いますが、要するに朝日新聞側の弁護士が全て対応したわけです。朝日が本田記者を全面擁護しない限りあり得ない話しですね。

この議題については多分世界中において見張っている機関があるでしょうね。
具体的には中共,南北朝鮮、ロシア、そしてアメリカの一部でしょう。特に中共,南北朝鮮でしょうね。
 ソレヲしているのは国内にいる、日本人が主でしょうね。どのような人々かは面白い問題ですが、成りすましが多くいることは多分事実でしょうね。
 ところで
>この問題については本多勝一記者の問題というより朝日新聞の問題の方が深刻のような気がします。

ではなくやはり記者の問題です。本田氏は毎日の浅海記者と同じ人々に過ぎない。物語を見る人々です。およそジャーナリストとしても素質が無い人々だと見ています。立花氏も同じだとみています。
 本田氏はその前の著書に亜米利加合州国という本を出版しており、その中にアメリカ合衆国は間違いで合州と書いています。面白い見方ですがこれではリンカーンの役割が分からないとおもいます。
 そのとき、その記述に対して間違いであるといった人がおり、アメリカ人宣教師オフナー・クラークで、彼との論争がのっており、それを読むと議論がかみ合っていないというより、本田氏が何が問題かを理解していない。
 百人斬りの論争と同じです、その間、8年ほどたっていますから、百人斬り論争を読むと彼はまったく何も勉強をしなかったなと思わせます。

 それは立花氏がロッキード事件で何が問題かを理解していなかったことと同じでしょう。何しろ物語から外れるものは自動的に見えなくなるからです。

 実を言うとあるとき、偶然ですがオフナークラーク氏に会いました。まったくの偶然です。30年以上前です。そのとき本田氏の話をしたら、、<彼は分かっていないし、反省もしていない。。との返事でした。

 そのときの論争を本田氏の著作にて読まれるといいでしょう。
 愚かというか、間抜けと言うか何か本田氏にはかけているものがあるなと思わせます。事実とは何かを理解していないことが分かります。
 明快にオフナー氏はそれを指摘しています。

 それは言語の内包と外延の区別がつかず、思考の自由というものを理解していないなと思わざるを得ない記述が出てくるからです。
 その一つで、ジャーナリストとして失格で、彼はその訓練をまったく受けていないことが分かります。大学卒ではないということです。

Maricokeさんへ
最近私の周辺に不思議な動きがあって、本記事のせいかとも思っているのですが、議論はオープンにしたいので、アゴラでも本ブログでもご意見をお寄せください。

健介さんへ
この問題については本多勝一記者の問題というより朝日新聞の問題の方が深刻のような気がします。
戦前の反省としては、日本は安易なアジア主義から脱して自らの歴史伝統文化の再把握に努めるとともに、他民族文化にたいする理解力を高める必要があると思います。もちろん国家主権を損なわないようにしなければいけませんが、排外主義に陥らないようにすべきです。

渡辺 斉己さんのブログ楽しくて結構チェックしてるんですよ(^~^)実は読者なんです(笑)普段はあんまりコメントとかしないほうなんだけど(照)見てるだけなのもアレかなって思ってコメントしてみました(笑)渡辺 斉己さんに仲良くしてもらえたら嬉しいです( ´艸`)一応わたしのメアド載せておくので良かったらお暇なときにでもメールくださいヽ(゚◇゚ )ノ maricoke@docomo.ne.jpだよ(≧▽≦)

百人斬りは事実論争としては結果は出ています。なかったに決まっている。問題はそれではありません。
これを戦後紹介した朝日の本多勝一氏が問題に過ぎない、彼は帰化朝鮮人だそうですから、後は説明の必要は無い。問題はそれを中共政府が利用して使ったことで、本田氏はただのピエロに過ぎない。ピエロとは何かを知るには彼を調べればいいでしょう。ガキみたいな能力しかない人です。彼の著作を少し読めば分かります。その程度に騙された日本人の資質が問題です。

 問題はこの程度のことで日本人を動かせると考えた中共政府の首脳たちがその後何をさらにもくろんでいたかでしょう。
 日中国交樹立(これは回復ではない)を有利にすることで、その当時も今も我国の指導者たちは戦前の史那大陸でわが国がした、またはしようとした事を反省して、史那とはどのようにして付き合えば、わが国に有利になるかという視点すらもっていないことです。
 中共政府は万々歳でしょう。それほど日本人はいまだ大東亜戦争を反省していません。明治維新とは何であったかということを把握していません。
 司馬遼太郎的なみかたしかしていません。
 大阪の橋下氏たちの竜馬理解を見ればいいでしょう。
 治外法権撤廃にどれだけ努力したか、それは明治維新よりはるかに多くの努力がひつようだったが、その苦闘を学校教育ではまったく教えていません。
 治外法権という概念で見れば簡単にかたずく問題を処理することがいまだできません。 

 具体的な例としては国家権力を発動して在日朝鮮人を国外退去させることですが,それを当然として、彼等にはわが国は対処していません。
 いずれにしても百人斬りは事実論争ではありません。東京裁判を批判することと同じで、別なものです。

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