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2012年9月 3日 (月)

竹島、従軍慰安婦問題から私たち日本人が学ぶべきこと。

 私が中高生の頃、竹島付近で日本人漁師が拿捕・抑留されたり銃撃され死亡したりするニュースをよく聞いたものです。(1952年李承晩ラインの一方的設定から1965年の日韓基本条約までの間、日本漁船328隻が拿捕、日本人44人が死傷(うち5人が死亡)、3,929人が抑留された)最近では、ロンドンオリンピックのサッカー三位決定戦で、韓国が勝利した後のパフォーマンスで、韓国のMFパク・ジョンウが「独島はわが 領土」とのプラカードを掲げた問題がありました。

 なぜ、韓国人はたかが竹島問題であんなに異様なほどエキサイトするのだろう?と不思議に思っていましたが、8月24日のフジテレビプライムニュース「竹島、尖閣、北方領土、日本外交は機能不全?」と題する番組の中で、元外務省条約局長東郷和彦氏と評論家松本健一氏の解説を聞いて、なるほどと得心する所がありました。

松本:日本政府は、1905年に竹島は日本に編入された(1905年(明治38年1月28日)、島根県隠岐島司の所管の竹島と閣議決定し、以降、竹島は行政区画では島根県隠岐郡隠岐の島町竹島官有無番地であり、正式に日本の領土となった。)という。しかし、韓国人は、それは、第二次日韓協約(1905年11月17日)―― 韓国は外交権を日本に譲渡し、日本の保護国となった――が締結される直前に行われたものであり「日韓併合」を象徴するものとなっている。故に、韓国は「他国によって併合されるような民族ではなかった」ということを主張するためにも、この時の日本の竹島領有は認められないのだ。

東郷:竹島が島根県に編入されたことは、韓国人は全員、併合前夜の出来事だと思っている。韓国人の前でこの問題を持ち出すと韓国人の顔色が変わる。魚の問題ではないのだ。

 まあ、常識的に見れば、こうした韓国人の言動は単なるナショナリズムの発露であって、国際的な理解を得られるものではありません。まして、その実効支配が、「国際法上の慣例」を無視した李承晩ライン(軍事境界線)の設定(1952年1月18)によって武力的に推し進められて来たものである以上、国際紛争の解決の手段としての「武力による威嚇又は武力の行使」を放棄している日本としては、これを認めるわけにはいきません。

 では、1905年以前はどうなっていたかというと、
 日本側は「竹島は日本が島根県に編入するまで他国に実効支配されたことはなく」つまり、実質的に日本が実効支配していた。」従って、「竹島の編入手続きは、国際法に照らしても全く合法的である。」とする。これに対して、韓国側は、「1905年1月の日本による竹島編入は、軍国主義による韓国侵略の象徴であり強制的に編入された。もし日本領であったなら編入する必要はない。この年11月に締結された第二次日韓協約によって、大韓帝国は外交権が事実上奪われていたため、独島(竹島)の島根県編入を知った後、日本が敗戦するまで抗議できなかった。」(wiki「竹島」参照)としています。

 要するに、韓国が現在やっていることは、竹島を、日韓併合の歴史的怨みをはらすための「抵抗のシンボル」としているということです。従って、その実効支配が武力を用いてなされたことについては、その国際法上の当不当ということより、むしろ、実力でもって日本の韓国併合の残滓を跳ね返した英雄的行為としての意味合いの方が強いのです。これが、現代の日本人には容易に理解できないところです。

 結論からいえば、韓国が竹島を実効支配しそれを武力で守る意志を持ち、一方日本がそれを武力で奪還する意志を持たない以上、現状のまま推移するほかないでしょう。日本にできることは、この問題をICJに提訴して、韓国による竹島の実効支配を国際法上不当であるとアピールすることだけです。しかし、提訴しても韓国が応じなければ裁判は成立しませんから、これで日本と韓国の和解が成立するということにはならないと思います。

 ではどうすればいいか。日本としては、「日韓併合」が、韓国人が言うように本当に非道かつ侵略的・収奪的なものであったかどうかの歴史的検証を行い、その実相を把握し歴史観を共有する必要があります。というのは、次の、従軍慰安婦問題に見るように、韓国人の日本人に対する批判には常軌を逸したものがあり、これをこのまま放置していては、日本人の国際社会における信用が毀損される恐れがあるからです。

 もちろん、それが事実に基づく非難であればやむを得ませんが、そうした非難・攻撃の対象となっている歴史的事実の認識に、甚だしい事実の歪曲や誤認があることは、すでに多くの研究によって明らかだからです。おそらく、こうした傾向は、独立後の韓国の反日教育によって拡大再生産されたものなのでしょうが、こうした隣国に対する悪意に満ちた虚偽宣伝を、これ以上、漫然と放置すべきではありません。

 なお、こうした韓国人の不可解な行動を理解するためには、かって小室直樹氏が指摘した次のような観点を念頭に置く必要があります。

 「独立は自ら勝ち取らなければならない、という大原則」・・・ 

 「大韓臨時政府主席金九は、亡命地の重慶で、日本敗北のニュースを聞いたとき、思わず絶句した・・・。

金九は言った。
日本が敗戦して朝鮮解放の日は近づいた。嬉しくてたまらないはずなのに、少しも嬉しくない。韓国光復軍が日本軍を破ることによって、韓国は独立を獲得したかった。このままだと韓国には発言権かないことになってしまう。

 予言的な言葉である。と言いたいところだが、そうではない。これぞ国際政治の常識。韓国光復軍といったところで、実は、何もしなかったのであった。

 いくら何でも、正式の会戦で日本軍を破れ、ここまでは、ルーズベルトもチャーチルも、蒋介石も周恩来も要求はするまい。いや、考えてもみないだろう。しかし、重慶に本拠をおく大韓臨時政府の軍隊たる韓国光復軍。せめて、対日ゲリラくらいには参加してもよかったのではないか。

 韓国の「解放」が、日帝から戦いによって奪取したものでなく、日帝とアメリカとの取引によって得られたものであること。

 この外傷が致命的な後遺症となって大韓民国を呪縛することになる。・・・
 大韓民国には、韓国人民によってではなく、アメリカによって処刑された、大日本帝国の亡霊かまといついて離れないのである。宿命か作為か。」(『韓国の悲劇』小室直樹p66)

 おそらく、韓国人の日本に対する理不尽とも思える敵対心の背景には、こうした心理作用が働いているのでしょう。だとすれば、日本人が彼らの前に言うべきことを言わず、小心よくよくとした臆病な姿をさらすことは、彼らの目には、その日本に反攻できなかった自分らへの、さらなる屈辱感として、跳ね返っていくのではないではないしょうか?

 なお、以上のような心理は、韓国人の「従軍慰安婦」問題の扱いにより露骨に見る事ができます。これは、戦時中日本は、韓国人の女子を強制的に狩り立て、戦地に送り日本軍兵士の慰安婦とした、ということを国際社会に宣伝することで、日本人を道徳的に貶めようとするものです。この問題の解決策として「アジア女性基金」制度が発足したのですが、あくまでこの受け取りを拒否して、日本政府が強制連行を認め国家賠償することを求めています。

 しかし、戦時中に慰安所を作り慰安婦を置くことは、日本だけがやったことではなく、戦場での強姦を防ぐなどのためにどの国もやったこと(もちろん韓国も)です。また、当時は公娼制度もあり、韓国などでは、戦後も外貨獲得の手段として近年まで行ってきたのであって、日本だけが道徳的に非難される”いわれ”はありません。もちろん、戦中、そうした職業に就いた女性の多くが、気の毒な境遇にあったであろうことは容易に想像できます。

 まあ、この時、日本が戦争なんかしておらず、また、日韓併合なんかしていなければ、こんなことにはならなかったわけですが、こうして慰安婦になった女性たちの約4割は日本人、約2割が韓国人(秦郁彦)だったそうですから、韓国人が特に標的にされたというわけではありません。といっても、貧困の度合いは韓国の方がひどかったようで、それだけ未婚女性が慰安婦になるケースが韓国では多かったといいます。

 ただ、こうして慰安婦として働く期間は、「前渡金」を返済するまでの期間が基本であって、奴隷的に拘束され働かされたというわけではないようです。また、賃金は、二等兵兵士の約数十倍から百倍だったそうで、雇い主との折半割合もほぼ半々であり、早い人では約1年で故郷に帰る人もいたそうです。もちろん、雇い主はあくまで民間人であってその条件はいろいろだったでしょうが・・・。

 いずれにしても、こうした日本の戦中における慰安婦制度によって、約2万人の韓国人慰安婦が生まれたことは事実です。ただし、日本の敗戦後、戦争賠償問題が李承晩大統領との間で話し合われた際、その補償対象にはこれらの慰安婦は含まれていなかった。このことを、その後起こったことと対比してみると、この問題は、金銭的な問題というより、慰安婦の名誉回復の問題であった、と見る事もできます。

 このことに関わって、いわゆる「河野談話」の作成にあたった石原信雄元官房副長官は、次のように述懐しています。(当時その取材に当たった産経新聞の阿比留瑠比氏のインタビュー記録。「1回目はアポなしで石原氏の自宅に押しかけ、家の前で長時間立ったまま話を聞いてノートにメモし、2回目(2005.7)はきちんと約束して指定先に出向いて取材し」た、その時のメモを元にまとめたもの)

「Q  河野談話からは、甘言、強圧の主体が誰かが欠落している

石原氏 これはまさに日韓の両国関係に配慮して、ああいう表現になった。普通の談話であれば、物的証拠に基づく手法ではああいうものはできない。だから、論者によっては当然、そこまでいかないのになぜ強制を認めたのかという批判はあるでしょう。あの当時、「絶対強制なんかなかった」「とんでもない話だ」と反対意見もあったし。だけども、本人の意思に反して慰安婦にされた人がいるのは認めざるをえないというのが河野談話の考え方、当時の宮沢内閣の方針なんですよ。それについてはいろいろとご批判はあるでしょう、当然。当時からあったが。

Q  石原さんは反対しなかったのか

石原氏 私は補佐役だから、弁解なんかしない。過程はいろいろあるが、政府として内閣として補佐にあたった以上は私は全責任を負わないといけない。個人的にどうだとか言ってはいけない、組織の人間としては。まとまるまでは中で議論があったが、まとめた以上はそこにいた人間は逃げられない。

Q  河野談話が出された結果、国連人権委員会などでも「セックススレイブ」という言葉が使われるようになった

石原氏 それはもちろん、そういうことに利用される可能性は当然ある。限られた状況の中で意に反した人がいたと認めれば、やはり訴訟している人たちは一事が万事、すべてが強制だと主張している。それを認めることになるというリスクは当然、あの談話にはあるわけだ。それは覚悟した。そういう風に言われるだろうと。だから出すべきでないという意見も中にはあった。だけど、政府として決めたんだから、我々関係者は少なくとも弁解がましいことはいえない。

Q  宮沢首相の政治判断か

石原氏 それはそうですよ。それは内閣だから。官房長官談話だけど、これは総理の意を受けて発表したわけだから、宮沢内閣の責任ですよ、もちろん。

Q  国家賠償請求につながるとは思わなかったのか

石原氏 全く想定していない。それはもちろん、あの談話をまとめるにあたっては外務、財務、法務省すべて関係者は承知している。われわれはあの談話によって、国家賠償の問題が出てくるとは全く想定していなかった。当然、当時の韓国側も、あの談話をもとに政府として要求するということはまったくありえなかった。

(中略)慰安婦問題はすべて強制だとか、日本政府として強制したことを認めたとか、誇大に宣伝して使われるのはまことに苦々しくて仕方ない。もちろん、こういうものをいったん出すと悪用される危険はある。外交関係とはそういうものだから。だけど、あまりにもひどいと思う。

(河野談話発表の)あのときは、これで日韓関係は非常に盤石だ、お互い不信感がとれたと日韓間で言っていた。韓国側も、自分たちが元慰安婦たちの名誉のために意に反してというのを認めろと求めたのを日本が認めた。これで未来志向になると言っていた。それが(韓国は)今日まで、いろんな国際会議で日本政府が政府の意図で韓国女性を強制的に慰安婦にしたと言っているが、全く心外そのものだ。 (後略、おわり)」

 つまり、政府の調査の結果、軍が強制的に慰安婦を集めたという物的証拠はなく、ただ、元慰安婦の訴えを聞いただけであること。また、それが事実かどうかは調べようもなく、本人の証言を信用するしかなかった。その時、韓国側が元慰安婦たちの名誉のために「意に反して」というのを認めてくれ、それで日韓関係は盤石になる、といったので、そういう書き方をした。まさか、国際会議で、それが日本政府の意図で韓国女性を強制的に慰安婦にした、と宣伝されるとは思ってもいなかった、というのです。

 この国際会議とは、1992年2月に韓国「挺対協」が、国連本部やジュネーブの人権委員会に代表を送り、これを国際的な人権問題として訴えたことを指しています。結果的には、慰安婦問題は、家庭内暴力を主題とする「クマラスワミ報告書」の付属文書という扱いで、「そういう報告があったと”聞きおく”程度の意味で拘束性もない」(『慰安婦と戦場の性』秦郁彦P271)ものとなりました。

 しかし、これを不満とする日本人も沢山いて(坂本義和、吉見義明、田嶋陽子、山崎朋子他)その後、慰安婦の国家補償の議員立法化や、「アジア女性基金」の受け取りを拒否する運動が展開されるようになりました。その後、この運動はさらにエスカレートし、2000年には、昭和天皇を有罪と宣告した女性国際戦犯法廷、2007年には、アメリカ下院に次のような対日決議案が提出されるに至りました。

(その決議の内容)
 決議一二一号
 日本政府による軍事的強制売春である「慰安婦」システムは、その残酷さと規模の大きさで前例のないものと考えられる。集団レイプ、強制妊娠中絶、辱めや性暴力を含み、結果として死、最終的には自殺に追い込んだ二十世紀最大の人身売買事件になった。日本の学校で使用されている新しい教科書のなかには、「慰安婦」の悲劇や第二次世界大戦中の日本のその他の戦争犯罪を軽視しているものもある。

 日本の官民の当局者たちは最近……河野談話を薄め、もしくは無効にしようとする願望を示している。……’』のため、以下、下院の意思として決議する。

 日本政府は、
(1)日本帝国軍隊が若い女性に「慰安婦」として世界に知られる性奴隷(Sexual Slavery)を強制したことを、明確にあいまいさのないやり方で公式に認め、謝罪し、歴史的責任をうけいれるべきである。

(2)日本国首相の公的な資格でおこなわれる公の声明書として、公式の謝罪をおこなうべきである。

(3)日本帝国軍隊のための性の奴隷化および「慰安婦」の人身売買はなかったといういかなる主張にたいしても、明確、公式に反論すべきである。

(4)「慰安婦」にかんする国際社会の勧告に従い、現在と未来の世代に対しこの恐るべき犯罪についての教育を行うべきである。

 こうした動きに対して、日本の国会でも「河野談話」の取り扱いをめぐる議論がなされるようになり、安倍首相は、2007年3月1日記者会見で、「強制性を裏付ける証拠はなかったのではないか」「(強制性の)定義が(狭義から広義へ)変わったということを前提に考えなければ」などと注釈しました。しかし、これをニューヨーク・タイムスなどが「首相が河野談話を全面否定した」と書きたて、さらに国粋主義者、歴史修正主義者と批判したため、安倍首相は3月5日の参議院における質疑で、あらためて「河野談話は基本的に継承していく」と答えました。

 この件について、大阪の橋本市長は、8月24日の記者会見で次のように語っています。

「Q赤旗 慰安婦問題だが、橋下市長は強制の事実は確たる証拠はないといったが、河野談話をみていると強制の事実を認めているが見直すべきか

橋下氏「2007年の閣議決定はどうか。鳥の目というか全体の視野を持たないと。2007年の閣議決定では、強制連行の事実を直接示す記述は見当たらなかったと、そういう閣議決定が安倍内閣のときになされている(※「政府が発見した資料の中に、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述は見当たらなかった」)。僕は歴史家ではないから、すべての資料について、古文書等含めて行政文書を含めて全部調べたわけではないので、政治家として93年の河野談話と、それについての2007年の閣議決定、この2つをもとにして自分の意見を組み立てている。

河野談話でいろんな表現はあるけれども、しかし2007年に強制連行を示す、それを裏付けるような、直接の証拠はなかったということを2007年の安倍内閣のときに閣議決定がされているわけです。そうであれば河野談話の中身をもう一度しっかり疑義がないように内容を見直すのか、それとも2007年の閣議決定が間違ったのかどちらかですよ。

で、僕は2007年の閣議決定というのは、河野談話出した以降、日本政府が閣議決定をやっている以上は責任をもってやっていると思いますよ。河野談話は、閣議決定されていませんよ、それは河野談話は談話なんですから。」

 要するに、2007年に安倍内閣のもとで、慰安婦の募集に「強制性を裏付ける証拠はなかった」ことが閣議決定されている。つまり、河野談話で「慰安婦の募集において官憲等が直接これに加担した」と解釈されている部分については、それを裏付ける証拠はなかったということで訂正されている。また、この見解は閣議決定されているから、これが日本国政府の正式見解だ、と言うのです。

 しかし、前述した通り、安倍首相は「河野談話は基本的に継承していく」と言っています。ただし、その強制制の意味は、「強制連行を示す」狭義の意味ではなく、「本人の意志に反して集められた」という広義の意味だ、といったのです。しかし、それが大変わかりにくく、言い逃れに聞こえたために、国際的な非難を浴びることになった。そんなことなら、はじめから「官憲による強制連行はなかった」だけで押し通した方が良かった、と秦氏は言っています。

 橋下氏は、秦氏のこの見解を支持し、あえて、2007年に閣議決定した慰安婦の募集に関する政府見解を、「強制連行がなかったこと」の表明としているのです。

 ところで、この慰安婦問題がどのような経緯で河野談話という形で発表されることになったか、については、自民党の片山さつき氏が次のように簡潔にまとめています。

 「一九六五年の日韓基本条約において、五億ドルの賠償を支払う等により、日韓間の戦争に拘わる賠償は最終的に解決されました。時の李承晩大統領は、「反日」政策で有名ですが、日本への要求リストに「従軍慰安婦」はありません。戦争で徴用、徴兵された人々に対する補償は、同条約で解決したのに慰安婦は、話題にもなかったという重要な事実があります。

 一九八三年に吉田清治という日本人が「私の戦争犯罪-朝鮮人強制連行」という本を出し、「軍命令で済州島に行き、若い未婚の女性等を連行した」と名乗り出た。八九年にこの本が韓国語に訳され、現地新聞が取材したが、住民は「そんな事実はなかった。吉田氏は嘘をついている」と証言。九一年にNHKも現地取材したが「軍に連行された」人も一人もいなかった。(この取材に池田信夫氏も当たり同様の証言をしている)

 九一年八月十一日付けの朝日新聞が金学順氏を取り上げ、「「女子挺身隊」の名で、戦場で連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた。」と報じた。しかし、金氏は韓国向けの会見では、「貧しさのため母親に40円でキーセンに売られた。自分を買った義父に連れられて日本軍慰安所に行った」と証言しています。彼女は日本政府相手に訴訟を起こしていますが、訴状にも「親に売られた」と書いています。この記事を書いた植村隆記者の妻は、韓国人で、その親は日本政府相手に裁判を起こしている遺族会の幹部でした。

 九二年一月に朝日が報道した「軍の関与」とは、なんと「慰安婦募集業者がトラブルをおこさないように取り締まること」でした。

 日本政府は、一年近く調べたが、慰安婦を権力によって強制連行したという文書は出てこなかった。

 韓国ソウル大安乗直教授は、名乗り出ていた40人の「慰安婦」の聞きとり調査を行い、「権力による連行は証明されていない」といっている。」

 つまり、(この問題は)吉田清治という商業的「ザンゲ屋」の、慰安婦狩りの作り話が発端で、それを真に受けた朝日新聞が、1982年の紙面に「告白」と題して彼を初登場させ、また、「慰安婦問題がホットな話題となった91年半ば頃から、1年間に四回も吉田を紙面に登場させ」たこと。さらに、応募投書を単行本化した『女たちの太平洋戦争』(朝日新聞社刊)には、吉田関連記事をはめ込んだことで一般に知られるようになったものだということ。(『慰安婦と戦場の性』P240)

 その後、秦氏の調査で吉田証言が全くの作り話と判った後も、朝日は、それまでの報道の真偽を確認することも訂正することもせず、「それどころか、別の場所では「〈強制〉を〈強制連行〉に限定する必要はない。強制性が問われるのは、いかに元慰安婦の〈人心の自由〉が侵害され、その尊厳が踏みにじられたか、と言う観点からだ」と論点をそらし、社説では、「歴史から目をそらすまい」との一般論で逃げを打っている」と、秦氏は朝日を批判しています。

 最近、朝日新聞は、韓国の李明博大統領が慰安婦問題に関して日本側に「謝罪」を求めたことが日本側の反発を呼んでいることに対して、8月31日の社説で次のように批判しています。

 「見過ごせないのは、松原仁・国家公安委員長や安倍晋三元首相ら一部の政治家から、1993年の河野官房長官談話の見直しを求める声が出ていることである。

 河野談話は、様々な資料や証言をもとに、慰安所の設置や慰安婦の管理などで幅広く軍の関与を認め、日本政府として「おわびと反省」を表明した。

 多くの女性が心身の自由を侵害され、名誉と尊厳を踏みにじられたことは否定しようのない事実なのである。

 松原氏らは、強制連行を示す資料が確認されないことを見直しの理由に挙げる。枝を見て幹を見ない態度と言うほかない。」

 ここでは、枝=「強制連行などを示す」狭義の意味での強制はなかったが、幹=「本人の意志に反して集められた」という広義の意味での強制はあった。だから、慰安所の設置や慰安婦の管理などで幅広く軍の関与を認め「お詫びと反省」を表明した河野談話を見直すのはおかしい、と言っているのです。(産経新聞の阿比留氏は、この問題の「幹」は「強制連行の事実関係」であるはずなのに、朝日は「本人の意志に反して集められた」を「幹」、「強制連行」を「枝」にして論点をすり替えていると批判しています。)

 この部分を読んで私は、かってベンダサンが『日本教について』で指摘した日本人の「雲の下」論を思い出しました。これは、「雲の上に現れた峰に過ぎない」ものの信憑性が「かりに」「自白の任意性または信憑性の欠如から否定されても」、「雲の下が立証されている限り・・・立証方法として十分である」、従って、(表に現れた細かい)点の矛盾点を故意にクローズアップして、それによって「事実」がなかったかのような錯覚を起こさせる方がむしろ正しくない、という論法です。

 しかし、これは、「事実か否かが立証されていない(雲の下の)『語られた事実』をまず『事実』と断定しておいて、その上に組み立てた議論である。しかし、人間が知りうるのは『語られた事実』だけであって、その「語られた(複数の相矛盾する)事実」から、ぎりぎり決着の『推論』で「事実」に到達しようというのに、その前に(雲の下の)「語られた事実」を『事実』と断言してしまえば、もう何の証拠も要らなくなる」。

 ベンダサンは、これを本多勝一氏との「百人斬り競争」論争の中で指摘したのですが、これは、先ほどの朝日新聞の慰安婦問題における「枝・幹」論そのものです。つまり、枝である慰安婦の強制連行が、それを自白した吉田証言が全くの「作り話」であったことで明らかになっても、それを無視して、幹である「本人の意志に反して集められた」ことは事実だから、枝である強制連行がなかったとは言えない、と言っているのです。

 しかし、ここで証明さるべきは、慰安婦募集における軍や官憲による強制性の有無であって、戦中の慰安婦制度によって「多くの女性が心身の自由を侵害され、名誉と尊厳を踏みにじられたこと」の事実関係ではありません。なのに、ここでは、この異なった二つの事象が、枝と幹の関係で一体化されているのです。そして、後者を”自明=証明済み”とすることによって、前者の強制性が証明されたとしているのです。

 これは、一見正しい議論のように見えますが、実は、後者が”自明=証明済み”だと言っても、その内実は様々であって、それは慰安婦の雇い主の問題であったり、親の意志あるいは本人の覚悟の問題であったり、あるいは貧困、公娼制、戦争を含めたその時代の制約であったりするわけで、その原因を特定することは困難です。まして、その責任者を特定し処罰の対象とすることはほとんど不可能です。

 つまり、「幹」と称する部分の事実関係や責任関係が証明されているわけでもないのです。従って、これをもって、「枝」の部分の事実関係や責任関係が、すでに「幹」によって証明されたということはできません。また、この「強制性の証明」に「狭義」「広義」の概念を導入することも問題を分かりにくくするだけです。強制性の有無は、あくまで軍あるいは官憲による慰安婦募集の強制性を示す証拠によるべきです。

 もともと、こうした分類法は、朝日新聞が女子挺身隊を慰安婦として報道したことに同調して、「強制連行説」を唱えた吉見義明氏が、90年代半ば以降、「慰安所生活に自由がなかったとする「広義の強制論者」に転向した」際に主張したものだと言います。安倍首相は、この敵の論理を、慰安婦募集における軍や官権の強制がなかったことの論拠にしようとしたのですが、逆に、これに足を掬われた格好になった。

 では、なぜこうした論法を、朝日新聞が採ったかというと、それは第一に、慰安婦に対する贖罪意識を先行させることで、事実関係の究明を曖昧にできる。第二に、事実関係の究明ができず責任関係を特定することができなくても、「ゴメンナサイ」と謝る、それによって謝った人の責任は解除され、逆に、謝らない人はその責任を追求され断罪される。こうした日本的相互懺悔・相互告解方式に無意識に従ったからです。

 しかし、こうした論理は、日本以外では通用しない。実は日本政府も、この論理に乗って、慰安婦の募集に軍や官憲の強制の事実を証明する資料が見つからなかったのに、相手の気持ちをおもんぱかって「ゴメンナサイ」と謝った。それで和解が成立することを期待した。しかし、逆にそうして謝ったことが、慰安婦募集における軍や官憲の強制の証拠とされるようになった。

 では、こうした状態から脱却するにはどうしたらいいか。これは今までの論述から明らかな通り、この問題についての事実関係の究明を徹底すること。すでに「ゴメンナサイ」といったために「事実」とされたもので、実は証拠がなく事実と認定できないものは訂正する、そして、そうした議論を世界に向けて発信する。韓国政府による悪質なデマ宣伝には逐一断固として反撃することです。

 で、その事実関係の究明としては、私は、秦郁彦氏を初めとする研究者やジャーナリストの努力によって、すでにその作業は完了していると考えます。ここでは、慰安婦の実態を理解するために、秦郁彦氏が「〈慰安婦伝説〉を再考する――その数量的考察」でまとめた、いわゆる「従軍慰安婦」(正確には慰安婦は軍属ではなかったから「従軍・・・」とはいわない)についての8項目の結論部分を紹介しておきます。(『現代史の対決』秦郁彦p106)

1,慰安所には軍専用と軍民共用の二種があった。
2,軍専用慰安所にいた慰安婦の総数は一万数千人。
3,慰安婦の民族別では内地人(日本人)が最多。
4,戦地慰安所の生活条件は平時の遊郭と同レベルだった。
5,思案婦の95%以上が生還した。
6,軍を含む官憲の組織的な〈強制連行〉はなかった。
7,主要各国の軍隊における性事情は第二次大戦時の日本軍と相似している。
8,慰安婦たちへの生活援護は、他の戦争犠牲者より手厚い。

 近年は、池田信夫氏や大阪市の橋本市長のように、徹底した論争スタイルを持つ論者が現れています。その結果、朝日新聞に典型的に見られるような「ゴメンナサイ」方式=相互懺悔・相互告解方式による情緒的な問題解決法は、論理的にも現実政治上でも破綻しつつあります。

 また、池田氏や橋本市らの論争スタイルは、日韓併合の論議についても適用すべきです。先日、金美齢氏の講演を聴きました。金氏は、日本の植民地政策が決して悪逆非道なものではなかったこと。光の部分と影の部分があるが、精算すれば光がプラスだったこと。このことは、先の東日本日本大震災における台湾からの義援金が、他の世界全体の義援金の総計より多かったことで証明された、と言っていました。

 私たちは、韓国が事実に基づかない「反日教育」や「反日宣伝」を繰り返していることについて、あくまで事実論を基礎として、徹底した論争を挑んでいく必要があります。それが、日本のためにも韓国のためにもなると確信します。

最終校正 H24.9.6 17:00

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コメント

健介さんへ
>やり方としては日本人でもそのやり方を十分できて、精神の不安定さをもたらさない人々がある程度の割合でいますから、その人々にしてもらうことがいいとおもうが、それには、日本人全体が団結するか、鎖国するかしか道がないように思う。

tiku 山本は、これからの日本に求められるのは”日本人特有の「語呂盤的思考」(そろばんで数字計算の答えを出すことになぞらえて、日本人の言葉の論理構造を説明したもの)ができて、それを西洋的な数学的・論理的思考で検証できる人”だといっていました。

 そういう日本人の「語呂盤的思考」は日本語をつかうことで可能になっているから、日本語を使う限り、それがなくなると言うことはない。無理に捨てれば、日本的思考もできなければ西欧的思考もできなくなる、ということです。

 つまり、そうした日本人の生き方は、日本語を使うことで出来上がっているのだから、それは簡単に消せるとか捨てられるとか言ったものではなくて、それはブラッシュアップし発展させていくしかないものなのだ、ということなのです。

 その場合の”研ぎ草”となるのが西欧文化(あるいは中国文化)だと考えるべきなのではないでしょうか。それはそれでなかなか優れたものがありますし、まあ、難しいことでしょうが”両刀使い”になることを目指すべきだと思いますね。

 もちろんその前に、自分自身を生かしめている文化的伝統、保持すべき日本文化とは何なのか、ということについての自覚を、日本人全体が共有できるようになることが必要ですね。そのための国民的学習を開始すべきだと言うことです。

 ユダヤ人がバビロニアに連れて行かれ、つまりディアスポラの境遇に置かれた時、彼らは自らが生き延びるための絶対条件として、彼らの文化的アイデンティティーを保持するための学校=シナゴークを造り民族教育を始めました。

 それと同じような努力を日本人もやり始めなければならないのではないでしょうか。息の長い仕事ですが、それができて初めて、日本人は、この国際化の時代を、力強く生き延び世界に貢献することもできるのではないかと思います。

 

支那問題の背後にアメリカ人のキリスト教宣教師たちがおり、この人々が問題でしょう。西安事件においても宣教師が働いたと、鈴木氏が確か記しています。
 韓国はキリスト教国で、それは儒教的朝鮮的キリスト教(?)で、このキリスト教が我が国の教会組織を通じて、働いている。
 ここが大きな問題だと見ている。

山本七平は我が国はキリスト教の布教が難しい国として知られており、その信者は100万人を超えない。これがなぞとして研究されていると述べている。
 日本へ来た宣教師たちの日本に対する本当の見方、感情を調べる事だが、これは部外者にはわからないが、あるはずです。

 推測だが<一種の憎しみ>があると思う。

韓国のやり方はこのキリスト教を通じてしているから、厄介ではと思う。

 国内に多くのキリスト教信者の朝鮮人がいるが、それはそれで、わかるが、それを基にして政治活動がおき始める。実際に起きていると思う。

 この手の事に対して欧米や支那朝鮮は長けているから、そのやり方自体、ご指摘の文化的矛盾が生じて、我々日本人が国内向けと外国人向けに同じ事象に対して、対応を変える必要が生じて、なおさらその二重性が我々の精神の不安定さをもたらし、逆にその行動をとりにくくさせる。

 一種の袋小路となり、これに対して、どうするかが、一番の問題だと判断している。

 やり方としては日本人でもそのやり方を十分できて、精神の不安定さをもたらさない人々がある程度の割合でいますから、その人々にしてもらうことがいいとおもうが、それには、日本人全体が団結するか、鎖国するかしか道がないように思う。
 主戦場はやはり、アメリカです。

 外交的には、国連と南北朝鮮をまずつぶす(言葉は悪いが、敵国と認識する事)ことで、具体的には核武装で、これもやはりアメリカとの関係でしょう。

 極東は竹島、尖閣で、近い将来衝突する。
興味深いことに、相手が戦争を意識しているにもかかわらず、我が国はそれを意識していない。
 戦後日中戦争と言ったが、当時は支那事変、日華事変といった。今も言葉はないが我が国の対応は事変と言う意識です。

 確かこの落差も山本七平は問題視していたと記憶します。

tackyさんコメントありがとうございます。長い文章でなかなか読んでくれる方が少ない中でありがたいです。

>ただ今度の対策について「プロパガンダ vs プロパガンダ」の構図では、日本は圧倒的に劣勢だと思われます。

tiku これは「南京大虐殺」についても言えることですね。南京防衛軍が撤退の遅れから壊乱状態に陥り、日本軍に殲滅されたのは第一に中国軍の責任であって、それを、蒋介石はアメリカの宣教師や良心的ジャーナリストを使って「大虐殺」に仕立て上げた、それと同じことが従軍慰安婦問題で再現されているのです。 

>海外ではもはや「慰安婦=Sex Slave」が既成事実として確立してしまってる以上、過去の対応例を見ても「言い訳ばかりの非道徳的な日本」というレッテルだけが議論余地なく先走り、更に厳しい立場に立たされる事になるだけのような気がします。特に欧米は人道的モラルが偽善的に優先されるので尚更でしょう。

tiku 「言い訳ばかりの非道徳的な日本」という見方は、本稿でも安倍首相の例で説明しましたが、要は、なかったものはなかったと断言することですね。「欧米人の偽善的人道的モラル」ということについては、その心理的メカニズム(山本七平はこれを彼らの社会合理性がもたらす一種のレイシズムの非合理的噴出と見ていました)を見抜いた上で、欧米向けプロパガンダの技術を開発し、中国や韓国に負けないように、間髪入れず反論していく必要があると思います。

>私見としては海外に向けてのメッセージが一番大事だと思ってますが、今までのような隣国に配慮して控え目で事実だけを連ねたメッセージ性の低い広告や記事では逆効果だと思われます。もっと隣国がいかに狡猾で悪質な嘘つきなのかが誰から見ても明確かつ論理的に理解出来るようなメッセージである必要があると思いますが、日本人の美徳に反するこのやり方はまず実現不可能でしょうね。

tiku 日本人は「嘘つき」はきらいですからね。今までは贖罪意識から中韓の日本に対する非難を真に受けてきましたが、最近ようやく彼らがとんでもない「嘘つき」であることが判ってきました。だから、彼らの「嘘」を国際社会で徹底的に暴いてやればいいのです。

>そういう意味では貴殿が提案するやり方が一番現実的ですが、やはりまだ議論の余地がある間に全面対決を考えないと最悪の結果「国際史実」になってしまうのもそう遠くない未来だと危惧しております。

tiku 問題は日本人の歴史認識が曖昧なことです。これでは中国や韓国に脅かされればすぐへたります。この点、中国は共産党が全体主義的に国民世論を引き締めてますし、韓国は反日感情で引き締めている。日本は言論の自由でバラバラ、外国にご注進を繰り返す知識人やマスコミがゴロゴロしている。(そんな日本の様子を中韓はどう見ているでしょうか。私は、きっと腹の底ではこうした日本人の姿を心底軽蔑していると思います。だって彼らから見ればこうした人間は将に「漢奸」「親日」そのものですから)。これでは到底かないませんね。

 だから、橋下氏も言っていますが、日本人は、まず、自らの国の近現代史についての徹底学習を子どもから大人まで含めて、これを国民運動として開始する必要があります。もちろん、あくまで史実を踏まえて、日本の行為の何を是正し何を継承すべきかを国民総がかりで徹底的に議論する。そうした議論を通じて、日本が生き延びるためにはどうしたらいいか考える。

 その点、人権とかプライバシーに関する中途半端な理解で、やるべき議論もやらず事なかれ主義の「和を保つ」ようでは、日本の将来はありませんね。そうした議論をしていく際の処方箋として、私は「山本七平学のすすめ」を、非力を省みず薦めているのです。

慰安婦問題の発足から現状に至るまでの全体像が大変解り易く、勉強になりました。

ただ今度の対策について「プロパガンダ vs プロパガンダ」の構図では、日本は圧倒的に劣勢だと思われます。海外ではもはや「慰安婦=Sex Slave」が既成事実として確立してしまってる以上、過去の対応例を見ても「言い訳ばかりの非道徳的な日本」というレッテルだけが議論余地なく先走り、更に厳しい立場に立たされる事になるだけのような気がします。特に欧米は人道的モラルが偽善的に優先されるので尚更でしょう。

私見としては海外に向けてのメッセージが一番大事だと思ってますが、今までのような隣国に配慮して控え目で事実だけを連ねたメッセージ性の低い広告や記事では逆効果だと思われます。もっと隣国がいかに狡猾で悪質な嘘つきなのかが誰から見ても明確かつ論理的に理解出来るようなメッセージである必要があると思いますが、日本人の美徳に反するこのやり方はまず実現不可能でしょうね。

そういう意味では貴殿が提案するやり方が一番現実的ですが、やはりまだ議論の余地がある間に全面対決を考えないと最悪の結果「国際史実」になってしまうのもそう遠くない未来だと危惧しております。

中国や韓国はこうした反日工作が得意というか当たり前なのですね。それに負けたものは侮蔑の対象なのです。しかし、日本人はそうした工作に、迎合にしろ反発にしろ影響を受けやすいのです。世界で最も罵詈讒謗に弱い国と言われますから。つまり、国際政治にはこうした謀略宣伝はつきものなのです。従って、こうした宣伝に感情的に反発するのではなく、逆にそこに相手の弱点を見抜き効果的な反撃法を考えなければなりません。ともあれ彼らが工作の対象としているのは日本の世論です。これを動かせば日本の政治は動かせると思っている。そこで私たちがこうした工作に対処するため最初のやらなければならないことは、日本人の国家観と歴史認識の基本的ベースを確立するということです。そこで本稿では、次のように提言しました。

 「ではどうすればいいか。日本としては、「日韓併合」が、韓国人が言うように本当に非道かつ侵略的・収奪的なものであったかどうかの歴史的検証を行い、その実相を把握し歴史観を共有する必要があります。というのは、次の、従軍慰安婦問題に見るように、韓国人の日本人に対する批判には常軌を逸したものがあり、これをこのまま放置していては、日本人の国際社会における信用が毀損される恐れがあるからです。」

それと同時に、これらの国の悪宣伝に対しては間髪いれず反論しなければならならない。あくまで次のような事実論を基礎として。

 「私たちは、韓国が事実に基づかない「反日教育」や「反日宣伝」を繰り返していることについて、あくまで事実論を基礎として、徹底した論争を挑んでいく必要があります。それが、日本のためにも韓国のためにもなると確信します。」

もちろんこうした言論戦を実効あらしめる国家としての総合力を保持しなければならないことはいうまでもありません。

tikurinさん。このビデオを見て、tikurinさんの主張賀彼らに物を言うか、考えていただきたい

http://www.nicovideo.jp/watch/sm18799423

>つまり、言論はあくまで、私は"これこれの理由でこう思う"であって"これが事実"ではないのです。人間が知りうるのは"語られた事実"だけ、だから、複数の視点を異にする"語られた事実"を総合することで、ようやく「真実」に迫ることができる、これが、民主主義という政治制度を衆愚政治に陥らせない唯一の方法です。

 我々の受けた教育において認識論が在りません。これについては色々考えましたが、考えてそれを当然とした声の質まであり、おそらく文章においてもその書き方を見れば、分かると思います。
 確か山本七平も認識を教えていないと欠いていたはずです。
<何で英語をやるの>の著者中津女史(多分今も存命)も、その英語学習における日本人にかけていることに、認識、判断する前に物を見ることがかけていると書いていました。彼女の文章でその意味が分かりました。
 従って判断を言い合うことにはなっても、その前の見ることに対しての議論ができない。
 ここが大きな問題でしょう。
幼少期から、その訓練を受けていないから、色々起きます。

 
以前普通選挙法が昭和の鍵だと書いた文章を読みました。一定の納税をした人のみにする選挙法が個人的にはいいと思っています。 
 

健介さんへ
中共には未だ言論の自由はないのです。韓国は日本との関係を主権国家同士の関係ではなく中華文明の序列の中で下位に見ている半近代国家なのです。日本は儒教の家族倫理を武士道的個人倫理に高め、福沢の、天は人の上に人を作らずで身分制を打ち破り、一身独立して一国独立すで個人と国家の関係を見定め、学問のすすめで私立を貫いて、富国強兵の近代化の道を切り開いたのです。それで明治はうまく行った。では昭和はなぜ失敗したか。昭和3年に普通選挙が実施されて、日本の政治が世論に支配されるようになったからです。この変化を最も早くキャッチしたのが、軍部で、満州事変は、軍部による「満州は日本の生命線」という一大キャンペーンによって国民世論が地ならしされ、その世論に後押しされることで、初めて、奉勅命令も無視した満州占領が可能となったのです。つまり、国民は福沢をはじめとする明治のリーダーとは異なって時代の空気に支配され感情的に判断しますから、投票を通じてそれが政治に反映するようになると、ブレーキが効かず国のコントロールができなくなるのです。その意味で民主社会とは民が主君とされる社会であって、その主君が感情的な判断しかできないと、国は集団自殺をするようなことになるのです。そういう観点からみると、昭和の悲劇は、まさに普通選挙がもたらしたものと言えます。だから、国民には"知らざるを知らずとなす、これ知るなり"という自制・自戒が市民道徳として必要になってくるのです。そこで始めて他者との意見交換が実のあるものになってくる。つまり、言論はあくまで、私は"これこれの理由でこう思う"であって"これが事実"ではないのです。人間が知りうるのは"語られた事実"だけ、だから、複数の視点を異にする"語られた事実"を総合することで、ようやく「真実」に迫ることができる、これが、民主主義という政治制度を衆愚政治に陥らせない唯一の方法です。

病気ですか?
ネットで中国人とろんそうをして、その経緯を色々考えましたが、彼等は事実の証明という感覚を持っていないのではと判断しました。パソコンが壊れて、そも論争過程が分からなくなってしまったが、そのように判断しています。それから見ると彼等とは事実論争以外のものが必要です。

健介さんへ
また悪いくせが出ましたね?手当り次第ものを投げつけるような話はヒスの表現であって議論ではありません。実証的で辛抱強い会話ができなければ論者とは言えません。単なる不平家です。御自戒あれ。

>Tikurintw
勿論それは必要ですが、それは既に結果が出ている。何をいまさらでしょう。
 東京裁判をご存知か。
史那人、朝鮮人とはどのような人々かご存知か?

かの国は自然科学が発達した国ではないし、その目も持っていない国ですよ。その精神にそれらを生み出す要素を持たない人々ですよ。
 
 彼等は事実関係を争っているのではなく、それを出しにして、別なことを狙っており、それは国内における、たとえば中皮種について、科学的疫学的に争って、その結果を元にして、何かをしようとしているのではない人々と同じですよ。
 沖縄も同じ、B型肝炎訴訟も同じです。
背後にアジアという共通の要素があり、不思議なことに勉強をして、西洋の考えを身に付けた(?)人々ほど、そのアジア的要素がおおくあり、普通の庶民方がそれがない。
 あたりまえですね。もともと我国のいろいろなものは漢字を通じてきたが、その漢字を知る人々は今で言う高等教育を受けた人々で、普通の人は異なる。明治以降その教育が普及して、現在に至った。既に当時の教育に危惧を抱いた人は多くいたはずです。

 尖閣や竹島や北方領土は、普通の庶民は皆我国の領土だと思っているが、それぞれの領土問題(?)の型によって、思うことが異なるに過ぎない。
 日韓基本条約やポツダム宣言を読めば、それらは我国の領土で、もっと言うと終戦とは何を知らなかった当時の政府首脳の能力に問題がある。それはつまるところ開戦時の能力にあり、それは結局史那、亜米利加、朝鮮、ロシアについて何も知らず、勉強もしなかった当時の上層部にあり、我々の精神に問題があった。明治の教育が普及して、そのような人々が増えたに過ぎない。戦後は元別な形でしょう。

 尖閣など、政府が買えば、招来さらに大きな問題となり、わが国が中共と戦争をする腹を固めているなら、いいが、逆だから、ヨーロッパの国々は日中はさらに大きなトラブルを抱えるから、ここは一番と考えているでしょう。
 わが国は日中の戦争を意識的には望んでいないが、別な要素を見ると望んでおり、それは大正以降の対史那政策、特に昭和の初め、史那がわが国に対してした行動に対処した、その時の我国政府の政策及びその背後にある我国の精神と同じものが作用している。

 致命傷を負うでしょう。今度は我国国内に史那人が闊歩して、日本人をこき使うでしょう。勿論女は犯される。
 今軍事力を増強しないとわが国は一つの終わりを迎えると健介は見ています。

 中共が歴史的文書があるにもかかわらず、わざわざ国際社会の反発を招くことを言うのかご存知か?
 彼等はすべて承知してしていること、韓国の慰安婦問題と同じです。
それを考えると、中共は必ず尖閣を武力で取ることはあっても、事実を調べてすることはない。今はアメリカがわが国についているからしないだけで、いなかったら、とっくの昔にしていたでしょう。それよりみると、当人たちはどのように思っているか知らないが反米基地闘争をしている人々は、中共の手先か、得することばかり考える子供のような人々でしょう。アノ人々は腹黒いにも拘らず、当人たちはそのように本当に思っていないことが大きな問題でしょう。
 わが国にはうようよ居り、始末が誠に悪い。NPOの人々にもその要素が多い人が多くいるようにその報道を見ると思います。

議論は過去に積み上げられた研究成果を踏まえないと単なる大言壮語で時間の無駄です。「慰安婦と戦場の性」を読んでからにしてください。お説が何の研究成果を踏まえているかもわかりません。思いつきやハッタリは誰にでもできます。中韓の自己中心的言動と同じレベルじゃ勝てませんよ。
たとえ戦争でも!

 国連の従軍慰安婦の問題は我が国が負担している国連の資金を負担しないではなく、延期すると言えば、それでおしまいで、我が国がそれをしないから起きているに過ぎない。
 従軍慰安婦問題の元は日韓国交樹立のときに種がまかれたに過ぎず、適当にうまい方法があるとて、あのように条約を結んだ我が国にもとがある。

 確かあの時南朝鮮に4000人くらい、拉致されており、その救出を計るために譲歩したと言うが、その人々は戦争で取り返すのが普通の国がする事で、当時そのような判断をしなかった自民党政権がもとでしょう。そして、その大元が軍人嫌いの二流政治家吉田茂にあるでしょう。

 南朝鮮との癒着が始まったのは中曽根内閣のときで、あの時日朝の歴史について、丁度今従軍慰安婦について事実を言うように、述べた文部大臣藤尾を罷免した、中曽根総理にある。
 このとき我が国から南朝鮮へ行く資金のキックバックが自民党の政治資金の一部になっただろうと推測する。
 その後の自民党の異様とも思われる南朝鮮への密着振りはそれが元でしょう。特に朝鮮銀行破綻のときの政府援助2兆円くらいあったはずだが、それは大きかった。

 それすら朝鮮人は感謝しておらず、ふざけた事を言っているのが在日朝鮮人でそのことに怒らない日本人が異常でしょう。何より政治家が異常ですが、国内にスパイ防止法が無い事にそれが如実に現れている。

 われわれは国内にいる朝鮮人支那人がなぜ我が国にいるのか?
 彼らは我が国にいる理由はまたくないにもかかわらず、いることを疑問に思わず、さらに彼らを追い出す行動をまttくしていないことがおおきい。何より政府が追い出そうとしない事に疑問を感じないその精神に大本がある。
 なぜかを考える事ではないか。
これはたぶん我が国のなりたちに大きな原因があると思っている。つまり我が国の国家思想にあるとおもう。
 従軍慰安婦問題は歴史問題でもなく捏造問題でもなく、ただ単に我が国の精神の弱さと犠牲を払おうとしない精神にあるとおもう。

<従軍慰安婦って何ですか>
<ダム建設現場に板場ができて、飲み屋ができて、それから売春宿ができるように、軍隊が移動するとその軍隊についていろいろなものが移動するがそのひとつ軍隊用の売春宿にいた人々を言うのさ。
アメリカ軍にも、ソ連軍にもイギリス軍にもいたでしょう>と言う常識的答弁をしないからに過ぎず、そのような正直な行動をしないからにすぎない。
 それだけですよ。
 

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