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2015年6月

2015年6月27日 (土)

日本国憲法第9条2項は日本人にとって「栄光」かそれとも「屈辱」か

集団的自衛権に関する国会審議が95日間の会期延長となりましたが、民主主義社会にふさわしい、徹底した議論を期待したいと思います。ただ、今までの議論を聞いている限り、表題のような視点からの意見が見当たりませんので、こうした視点から私見を申し述べたいと思います。

そもそも日本国憲法第9条とは何か。ご存じの通り、その第1項「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」は、昭和3年の不戦条約第1,2条をモデルとしたとされるように、日本国憲法独自の規定ではありません。同様の規定は国連憲章にもあり、今や国際社会における安全保障の規範となっています。(西修氏によれば侵略戦争を放棄した憲法を有する国は124カ国に及ぶという)

では、日本国憲法――ノーベル平和賞に推薦されるほどの、その「栄光」のオリジナリティーの根拠は何なのでしょうか。言うまでもなく、それは、その第2項「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」にあります。では、仮に日本国憲法にノーベル賞が授与されたとして、この第9条2項を、自国の憲法に書き込む国は、はたしてどれだけあるでしょうか。

おそらく、現在軍隊を持つ国で、第9条2項を自国の安全保障規定に書き込む国はないと思います。なぜなら、この条項は、字義上、国家の自然権とされる自衛権を行使する手段としての戦力及び交戦権を自ら否認するものだからです。

ただ日本の場合は、いわゆる芦田修正によって、自衛権は留保されるとしています。といっても、それは字面からはわかりません。ただ、政府の解釈として、国際紛争を解決する手段としての「戦力」は保持できないが、「急迫不正の侵害」を受けた場合は自衛権を行使でき、その場合は「戦力」ではなく「自衛力」でもって対応するとしています。

では、この第9条2項のような規定が、なぜ日本の憲法に組み込まれたかというと、いうまでもなくそれは、日本がポツダム宣言を受諾することで戦争を終結したからです。つまり、当時の国際社会における日本軍のイメージは、ポツダム宣言やカイロ宣言にあるように、「世界征服のための侵略戦争を起こした」とされ、ヒトラーと同じように邪悪で危険なものとされていたのです。

従って、そうした邪悪で危険な日本軍に、再び侵略戦争を起こさせないため・・・というより、その頃マッカーサーは日本占領を成功に導くためには天皇制を利用すべきと考えていたので、その日本がもはや危険な存在でなくなったことを他の連合国に示すため、天皇の人間宣言や、日本国憲法の象徴天皇及び第9条2項の「戦力不保持、交戦権否認」の規定を設けたのです。

なお、この第9条2を誰が発案したかについては、マッカーサー回顧録ではこれを幣原喜重郎としています。この幣原の提案を受けて、マッカーサーノート(S21.2.3)が作成され、2月4日から総司令部で新憲法の起草がはじまり、2月13日に日本側に案文が示されました。その後、日本政府及び議会の修正を経て、現在の日本国憲法第9条1、2項の条文となったのです。問題は、なぜ幣原がこのような発案をしたか・・・。

このあたりの事情については、昭和21年1月24日、幣原がマッカーサーを訪問した際、幣原は次のように言ったとされます。「原子爆弾が出来た今日では世界の情勢は全く変わってしまった。だから今後平和日本を再建するには、戦争を放棄して再び戦争をやらぬ大決心が必要だ」(『幣原喜重郎』幣原平和財団p675)。

なお、この幣原の戦争放棄提案に、「戦力放棄」が含まれていたかどうかですが、1952年5月3日に幣原がマッカーサーを訪問した際、マッカーサーは「幣原君は日本は一切の戦力を抛棄すると言われたが、・・・今日の世界情勢から見ると、何としても早すぎたような感じがする」といい、「幣原は苦笑いをして聞いていた(衆議院事務総長大池眞手記)」(上掲書参照)とあります。

これらの証言を総合すると、幣原が「戦争放棄」をマッカーサーに言ったことは事実で、その戦争放棄には「戦力放棄」も含まれていた。当時日本側が起草中の「松本私案」には、「陸海軍」ではなく「軍」という言葉が使われており、これは(当面の措置として)「国内治安を維持する警備力程度のものを構想していた」のではないか、と推測されています。(上掲書P692)

ところが、マッカーサーは、幣原のこの提案を受けて、先に述べた通り、天皇制の存廃についての連合国の強硬論を抑えるためにも、また、それが「日本の戦争遂行能力の破砕と日本の完全武装解除」をめざすポツダム宣言にも合致することから、現憲法の第9条1,2項のもとになる戦争放棄及び戦力不保持の条項を、GHQ憲法草案に書き込ませたのです。

幣原はこの草案を見て、最初は「相当に動揺した」そうですが、氏は、当時日本が置かれていた厳しい国際情況を切り抜けるためには、マッカーサー憲法草案を受け入れるほかないと決心しました。そこで、新憲法成立後(といっても米軍の占領下)は、この憲法の「戦争放棄は、正義に基づく大道」であるといい、その宣伝・擁護に努めました。

では、はたしてこれが、幣原の本心であったかどうかというと、本当は、戦後の東西のイデオロギー対立が顕在化する中で、日本軍が両陣営の代理戦争の先兵として使われる危険性を予知し、それを未然に防ごうとした、つまり、これは老練な外交官である幣原の「負けて勝つ」外交の狡知ではなかったか、とする意見があります。

このあたりの事情については、昭和25年の晩秋に、金森徳次郎国立国会図書館長が、幣原に「日本側でも一つ正確な記録を作って」起きたいので「この際是非お話を伺っておきたい」と述べたのに対し、幣原は「そのことをお話しするにはまだ時期が早い」と答えたといいます。(上掲書)

ということは、もし、幣原が1月24日にマッカーサーに「戦争放棄」の提案をした際の真意が、マッカーサー証言にある通りのものであるなら、それは、新憲法成立後、氏が第9条を擁護した論理と同じですから、特にこれを隠す必要はなく、ということは、やはり「負けて勝つ」外交の狡知だったのではないか思われます。

いずれにしても、この「戦争放棄」条項、特にその第9条2項が、日本占領期、さらには冷戦期において、日本が東西対立の代理戦争に巻き込まれることを防ぐ強力な防壁となった事は事実です。この間、第9条2項の芦田修正や、国際連合憲章の規定などを根拠に、この憲法の下でも、日本に「自衛権」が認められる、との憲法解釈がなされるようになりました。

また、日米安保条約によって日本に駐留するアメリカ軍の合憲性を争う砂川裁判の時の最高裁判決では、憲法第9条2項で、その保持を禁じられた「戦力」は日本の「戦力」であって、外国(アメリカ軍)の「戦力」はこれに該当しないとの判断が示されました。

このことは、つまり、先に論じた通り、憲法第9条2項の戦力放棄の規定は、「過去における我が国の誤って犯すに至った軍国主義行動を反省し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないよう」にするために設けられたものであるということ。

つまり、憲法第9条2項は、その1項において「永久にこれを放棄する」と定めた、いわゆる侵略戦争を、我が国が再び引き起こすことのないよう設けられたものであって、それゆえに、ここに言う「戦力」とは、「我が国の戦力」を指し、外国の軍隊はその「戦力」に該当しない、とされたのです。

私は、今日の我が国の安全保障論議が混迷するのは、実は、このような、日本国憲法の安全保障規定の基本構造――自国が「戦力」を持つことが「侵略戦争」の原因となる(ちなみに他国=連合国にはその危険性がない?)ので、それ防止するために、日本が自らの「戦力」を持つことを自ら禁じた――にあるのではないかと思います。

これでは、たとえ、憲法第9条は日本の自衛権を否定するものではないと解釈したとしても、その自衛権の行使には、なにがしかの「自衛力」を必要とするのですから、その「自衛力」そのものが、「侵略戦争」を起こす原因とされかねません。

つまり、日本の自衛力そのものが、この憲法第9条の安全保障規定によって、その構造上「侵略戦争」を起こす原因と見なされてしまうのです。三島由紀夫ではありませんが、これでは、いつまでたっても自衛隊が「国を守る軍隊」として誇りを持たされることはないでしょう。

今日、集団的自衛権に関する議論が混迷を深めていますが、個別的自衛権であれ集団的自衛権であれ、そもそも日本の場合、「自衛権」そのものが、国家防衛上の正当な地位を与えられていないのですから、いかに日本を取り巻く安全保障環境の変化や厳しさを説いても、その行動基準や範囲を合目的的に説明することは出来ないと思います。

まずは、この憲法第9条に反映した、このような自縄自縛の「屈辱」の構造を自覚する必要があるのではないでしょうか。はたして、それほど日本は危険な存在であるか、戦後70年を経て世界を見渡せば、危険な国は、むしろ連合国の側にこそあったのではないかと・・・。その上で、日本の「自衛権」のあり方について改めて考える必要があると思います。

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