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2015年8月

2015年8月28日 (金)

安倍「70年談話」は歴史認識における「日本人の視点」確立に寄与する

私は、安倍首相も、村山談話や河野談話を”全体として引き継ぐ”と言っているのだから、あえて「70年談話」を出す必要があるのか、と思っていました。そもそも歴史認識というのは、基本的には内政の問題であって、他国から強要される筋合いのものではないからです。

しかし、日本の場合は、極東軍事裁判によって満州事変以降の歴史が裁かれ、かつ占領期間中のWGIP(ウオーギルトインフォメーションプログラム)によって、戦勝国に都合の良い歴史認識を「教化」されたために、日本人は今日に至るも、自らの視点に基づく歴史認識を持てずにいます。

こうした状態につけ込み、これを外交カードとして使い、「日本の国論を分裂させ、日米の同盟関係を離間させ、日本を国際的に孤立させる」いわゆる孫子流の兵法を駆使しているのが、中国や韓国です。従って、中国や韓国がこうした状態を持続させたいと思うのはその伝統からして当然です。

これに対して安倍首相は、いわゆる「戦後レジーム」に基づく歴史認識を、日本人の視点から見直そうとしているわけですから、必然的に、中国や韓国のこうした思惑とは齟齬を来します。そこで、村山談話や河野談話との関係もあり「70年談話」が注目を集めたわけですが、それは、バンドン会議や米国の上下両院合同会議における安倍演説に沿ったものになることが予測されました。

いわく、戦前昭和の日本は、国際紛争を武力で解決しようとして侵略戦争を起こし自国のみならず近隣諸国に多大な犠牲を強いた。戦後の日本は、こうした先の大戦の深い反省を胸に、いかなる時でも、“侵略の行為、武力の行使によって他国の領土保全や政治的独立を侵さない”“国際紛争は平和的手段によって解決する”と誓った。また、戦後の世界秩序の基本原則である「自由、民主、人権、法の支配」を守ることで、戦後70年の平和と繁栄を達成した。こうした世界秩序の原則に基づき、日本は「積極的平和主義」の旗印の下、世界の平和と安定に貢献するつもりである、云々。

「70年談話」は、こうした反省と抱負を基軸として、被害を被った関係国や人々にあらためて謝罪し、”二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない”と誓いました。それに加えて、この談話は、戦前の昭和史の理解に”事実に即した視点”を導入することに成功しました。このことについて、欧米各国はもちろん中国や韓国からも、正面切った批判はなされていません。

ところが、驚くべきことに、朝日新聞は、2015年8月15日の社説で「この談話は出す必要がなかった。いや、出すべきではなかった」と論評しました。その理由は、この談話は「日本の行為を侵略だと認め、その反省とアジアの諸国民へのおわびを、率直に語っていない。そのため、国民とアジア諸国民との間に横たわる(不信感の)負の連鎖を断ち切ることに失敗した」というものでした。

率直に言って、私自身がこの談話を実況で聴いた後のその最初の印象は、そこまで四方八方に気を遣って謝らなくてもいいのでは!というものでした。従って、朝日新聞の「日本の行為を侵略だと認め、その反省とアジアの諸国民へのおわびを、率直に語っていない」とする批判は、私には大変意外でした。では、朝日新聞は何が不満でこうした論評をしたのでしょうか

それは、この談話が、戦前の日本のアジア侵略の歴史について、それは「戦争自体を違法化する(当時の)国際社会の潮流」に反して、国際紛争(=満州問題)を武力で解決しようとしたこと。その原因の一つとして世界恐慌後ブロック経済が導入されたこと。それ以前は、日本もこの「国際社会の潮流」を支持していたこと、などの論述が、朝日新聞には「言い訳」のように聞こえたのかもしれません。

もちろん、その原因はブロック経済だけではありません。「20世紀を振り返り21世紀の世界秩序と日本の役割を構想するための有識者懇談会(21世紀構想懇談会)報告書」によると、「パリ講和会議において人種差別撤廃決議が否決されたこと、1924年に米国議会で日本人が帰化不能外国人とされ、移民枠ゼロとされたこと」なども指摘されています。

また、談話では、明治維新以降、昭和に至るまでの世界が「西洋諸国を中心とする植民地化」の時代であり、「植民地化」が「世界を覆った」時代であったこと。これに対して日本は、明治維新を経ていち早く近代化に成功し「植民地化」を免れたこと。日露戦争は「植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気」を与えたこと、にも言及しています。

しかし、大正末から昭和の初めにかけて、先に指摘したような、人種差別問題、移民排斥問題があり、さらには世界恐慌に端を発する米の高関税政策や英のブロック経済が自由貿易体制を崩壊させたこと。そのため「持たざる国」日本は経済的に追い詰められ、英米に対する反感が高まったこと。また、国内的には、関東大震災や東北地方の冷害などが重なり、社会不安は一層増大しました。

また、「21世紀構想懇談会」報告書には言及されていませんが、日本は1922年のワシントン会議において、アメリカから日英同盟の破棄を迫られました。当時の駐米大使でこの外交交渉の全権を担った幣原喜重郎は、日英同盟に代えて日米英仏による四カ国条約を締結しました。これは、日英の集団的自衛体制から、日英米仏による集団安全保障体制へと切り替わったことを意味しました。

しかし、その後、この四カ国による集団安全保障体制は、太平洋方面(中国を含む)においてほとんど機能せず、そのため、英国の後ろ盾を失った日本は、満州における権益をめぐって中国と激しく対立するようになりました。ここから、日本の「外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しよう」とする動きが軍に生まれました。それが、関東軍の一部将校によるクーデター的性格を持つ満州事変に発展したのです。

また、これら青年将校の暴走の原因として、ワシントン軍縮会議後断行された海軍軍縮や陸軍軍縮の影響を見逃すことはできません。こうした思い切った軍縮が、軍人の早期退職を含む処遇の低下や威信の低下をもたらし、社会的な軽視や揶揄さえも生むようになりました。これが当時のエリート青年将校の心に”10年の臥薪嘗胆”という言葉を芽生えさせ、これが昭和の青年将校を暴走させる一つの心理的要因となったのです。

残念ながら、当時の政治はこうした問題に適切に対応できませんでした。また、統帥権を盾に取って暴走する軍に対して、明治憲法に基づく「国内の政治システムは、その歯止め」たり得ませんでした。こうして「日本は、世界の大勢を見失」い、満州事変、そして国際連盟からの脱退を経て、「新しい国際秩序」への「挑戦者」となり、日中戦争、対英米戦争に突入し、国を滅ぼすことになったのです。

談話では、このように、日本の明治維新以降昭和の敗戦に至るまでの歴史を簡潔に述べた上で、日本が、国際紛争(=満州問題)を武力で解決しようとしたことが、日本が国策を誤った最大原因だったとしました。この間、国内外におびただしい犠牲を生んだことに対し、「深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます」と、謝罪と哀悼の言葉を述べています。

これに対して、安倍首相自身の反省の言葉がないとか、間接的な反省に止まっている、などの批判がなされていますが、内閣が国を代表して反省するのですから、安倍首相個人の反省ではなく、次のように「我が国」が主語であっていいと私は思います。

「先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。

 我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。
こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。」

また、こうした反省を踏まえて、今後、日本人は、どのように世界の平和と安定に貢献していくかを述べるに際しては、次のように「私たち(=日本国民)」が主語であっていいと思います。

「私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。

 私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。」

まあ、この談話でタクティカルな論述と思われる部分は、こうした戦前昭和の日本の反省から得られる教訓を、「国際紛争を武力で解決しようとしたこと」に集約したこと。そして、戦後の日本は「いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべき」ことを原則に、戦後一貫して、平和国家としてのあゆみを続けてきたと、戦後の日本の歩みを自負しているところです。

「だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、『積極的平和主義』の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります」。つまり、安倍首相の「積極的平和主義」を、以上の論述の帰結に位置づけているのです。言うまでもなくこれは、中国が「力により現状変更しようとしている」ことに対する批判にもなっています。

伝えられるところでは、この談話に対する評価は、国内の世論調査〔YAHOO(8.14~9.3)〕では、評価するが約73%、評価しないが約27%になっています。また、欧米各国の評価も高く、東南アジア各国の評価も総じて好意的です。もちろん中国や韓国の反応は批判的ですが、かなり抑制的なものに止まっています。

これに対して、欧米メディアの中には批判的なものもありますが、その論理は曖昧です。これは、談話が、侵略戦争の原因として、かっての欧米の植民地主義やブロック経済の存在等を指摘したこと。つまり、村山談話のような「無条件謝罪」ではなかったこと。かといってそれへの反論が困難なこと。これらが、欧米ジャーナリズムを「不満」に陥れた要因ではないかと思います。

私は、この安倍首相の「70年談話」によって、中国や韓国を含む国際社会からの日本の歴史認識をめぐる批判は、終息に向かうと思います。一方、安倍首相のもう一つの課題である”日本の近現代史を見る際の「日本人の視点」を確立する”については、この談話及び「21世紀構想懇談会」報告書が、今後、ベーシックなテキストになるのではないかと思います。

その意味で、私は、「21世紀構想懇談会」報告書及び安倍首相の「70年談話」を高く評価します。これによって日本の近現代史、とりわけ昭和史に関する理解は、中国や韓国が主導する「政治的プロパガンダ」から、より客観的な「事実に即した理解」へと進んでいくと思います。そのためにも、学校のみならず、一般社会においても、近現代史とりわけ昭和史を学ぶ気運が高まって欲しいですね。

2015年8月 1日 (土)

安保法制の「集団的自衛権」は我が国の「存立危機事態」に同盟国と共同で対処すること(2)

前回言及した中国の東シナ海、南シナ海における軍事進出の脅威にどう対処するかについて、自民党の佐藤正久氏は極東における安全保障環境の変化について次のように述べています。

「中国は1950年代以降、“力の空白”を埋めるかのように、時に武力を用いて周辺地域に進出」している。

つまり、「 冷戦が終結してソ連が崩壊し、東欧同盟国を失ったロシアが中国との関係改善に動き国境問題が解決した結果、中国人民解放軍の課題は台湾問題となり、一方で、第二次天安門事件や台湾海峡危機の結果、中国人民解放軍の第一潜在仮想敵国はロシアから、台湾を支援するアメリカ合衆国に変わった。

1993年には、李鵬首相が全国人民代表大会で「防御の対象に海洋権益を含める」と表明した。1997年に石雲生が海軍司令員に就任すると、沿岸海軍から「近海海軍」への変革を本格化させた。その中で打ち出された「海軍発展戦略」の中でも、第一列島線および第二列島線の概念が強調された。

法制面では、1992年に、尖閣諸島、西沙諸島、南沙諸島を中国の領土であると規定した「領海法」を施行し、1997年には、国防の範囲に海洋権益の維持を明記した「国防法」を施行、さらに現在、国家海洋局が中心となって、島嶼の管理を強化する「海島法」の立法作業を進めている。

その目的は、「短期的には対米国防計画、長期的には中国が世界に同盟国を持つ覇権国家に成長するための海軍建設長期計画。具体的には、2010年までは第一列島線に防衛線を敷き、その内側の南シナ海・東シナ海・日本海へのアメリカ海軍・空軍の侵入を阻止することである。」

「但し当然の事ながらこれら第一、第二列島線概念は公式に対外的にアナウンスされた方針ではなく、あくまで人民解放軍内部の国防方針である」という。その海軍建設のタイムスケジュールは次のようになっている。

「再建期」 1982-2000年 中国沿岸海域の完全な防備態勢を整備 ほぼ達成済み
「躍進前期」 2000-2010年 第一列島線内部(近海)の制海権確保。
「躍進後期」 2010-2020年 第二列島線内部の制海権確保。航空母艦建造
「完成期」 2020-2040年 アメリカ海軍による太平洋、インド洋の独占的支配を阻止
2040年 アメリカ海軍と対等な海軍建設

こうした中国の動きがどこまで現実のものとなるか、このことを正確に予測する必要があります。実は、こうした計画の一環として、中国の歴史認識をめぐる対日プロパガンダが行われているのです。それは第一に、戦後ポツダム体制の枠組みを復活すること。第二に、その中で中国をファシズムと戦ったメンバーと位置づけること。第三に、それによって日本を打倒すべき「ファシズム勢力」と位置づけ日米離間を謀ることです。

こうした中国の思惑を逆転させたのが、安倍首相の米国上下両院における演説でした。安倍首相は、日本はアメリカと共に戦後冷戦を戦って勝利し、自由・人権・民主主義・法の支配による国際秩序形成に貢献してきたと述べ、戦後の国際秩序をポツダム体制に引き戻そうとする中国の狙いを阻止しました。今回の安保法制の提案も、こうした国際秩序観を前提にしているのであって、それ故に、中国や韓国以外の世界各国はこれを支持しているのです。

ただし、この場合も、日本の安全保障政策における「専守防衛」の原則は堅持されるべきです。それは、「戦争に巻き込まれない」と言う消極的な理由からでなく、世界平和に向けた、武力に依らない平和維持活動の原則を確立するためです。また、自由・人権・民主主義・法の支配による世界秩序の形成を謳う以上、テロの脅威に屈しない国際平和維持活動には、同様の「専守防衛」の原則の許す範囲内で積極的に参加すべきです。

私は、今回の安保法制についてこのように考えていますが、この安保法制案に対して、多くの学者や歴史家、さらには著名な文化人からの反対の声が相次いでいます。そこで、ここでは近現代史家である半藤一利氏や保阪正康氏の反対意見について、私なりの歴史認識をふまえた私見を申し述べておきたいと思います。

半藤氏らは、昭和史の反省から、この法案に反対しているのですが、一体どういう反省に立って、今回の安保法制提案における「集団的自衛権」に反対しているのか、その根拠が判然としません。私は、昭和史の反省をふまえるなら、日本が日英同盟(=集団的自衛権)を破棄し、それに代わって四カ国条約(集団安全保障)を締結したことが、日中戦争に至った最も大きい外交的要因ではないかと思っています。日独同盟はこの代替として採用されたからです。

この教訓を踏まえれば、今日の国際的な安全保障環境の下で、日米同盟を堅持することは極めて重要です。確かにアメリカは万能ではありません。理想主義故に失敗もあります。しかし、戦後の自由・人権・民主主義・法の支配に基づく世界秩序を支えてきたのはアメリカです。つまり、このアメリカとの同盟関係を堅持しその再構築を図ることで初めて、中国の主張する「反ファシズム連合」という、旧ポツダム体制復活の野望をくじくことができます。

そもそも、彼らが日本に押しつけようとしている歴史観とはいかなるものでしょうか。半藤氏は韓国が主張する慰安婦問題や、中国が主張する南京大虐殺について、日本が歴史的事実の検証作業を地道に行ってきたことに対し、それに「歴史修正主義」のレッテルを貼り、いわゆる人道的主義的観点からこれを非難しています。

しかし、歴史を現代の価値観で裁けば歴史の事実は見えなってしまいます。一方、中国や韓国が日本に強要しようとしている歴史認識は、事実とかけ離れた政治的プロパガンダ以外の何者でもありません。確かに、歴史上の罪を現代的価値に照らして贖うこともケースによっては必要でしょう。しかし、そのためにも、まず歴史を客観的に検証し事実を見極めることが大切です。

この点(事実の見極める上での言葉の大切さについて)、この安保法制を巡って、共同通信社が今年の5~6月に実施したという次の戦後70年世論調査の結果は大変興味深いものがあります。

「仮に外国が日本を攻撃してきた際の対応を聞いた設問では『非暴力で抵抗する』が41%で最も多く、『武器を取って戦う』の29%を12ポイント上回った。『逃げる』16%、『降伏する』7%を合わせると、非交戦派は64%に上る。安倍政権が目指す『戦争のできる国』を国民は拒否していると見るべきだ」

まず、この64%の非抗戦派の人たちは、実際に日本が外国の占領下におかれたとき、占領軍の圧倒的権力にどのように非暴力で対抗できると思っているのでしょうか。まあ、安保法制に対する危険・邪悪といったイメージが世論の空気を支配しつつある中でのアンケートですから、それに対する拒否反応が出ただけだと思いますが、仮にそうなった場合、どのような情況が現出するか、過去の事例を見てみる必要があります。

かって山本七平氏は、日本人が戦争に敗れて連合国の捕虜となり捕虜収容所に入れられたとき、その収容所内でどのような秩序が現出したか次のように語っています。驚くべきことに、そのほとんどが暴力団支配に陥ったそうです。また、日本人約60万人がシベリア抑留されたとき、ソ連に迎合し仲間を告発することで身の安全を図る人間が輩出したこと。『テャーズ』の遠藤誉氏も、中国における自らの体験をもとに同様の証言をしています。

つまり、「非暴力で抵抗する」とは言葉で抵抗することです。南方の捕虜収容所内部でどういう秩序を形成するかは、収容所内の自治に任された。にもかかわらず、そのほとんどが暴力団支配に陥ったということ。ここに、日本人の言葉による秩序形成能力の弱さが露呈しているのです。極限状態におけるこの言葉による秩序形成能力の弱さが、空想的な言辞の横行による無秩序を招き、それが暴力団支配をもたらしたのです。この根本原因が、言葉と現実の遊離にあります。

この点、 日本報道検証機構, 2015年7月23日の記事、「安全保障関連法案の合憲性をめぐり、朝日新聞が実施した「憲法学者へのアンケート」結果は、学者でさえ、この言葉と現実が遊離する傾向が極めて強いことを如実に示しています。

「憲法学者122人回答 『違憲』104人『合憲』2人」で、回答者の大半が安保法案について違憲か違憲の可能性があると答えた」。その一方で、設問(4)現在の自衛隊の存在は憲法違反にあたると考えますか、という問いに回答者の6割超の77人が違憲もしくは違憲の可能性があると答えた。また、設問(5)憲法9条の改正について、どのように考えますか、という問いに、改正の必要がないと答えた人は99人だった。(この(4)と(5)の問いに対する回答は、朝日新聞は紙面の版記事に載せなかった)

これはどういうことを意味するかというと、自衛隊の存在を違憲とする人が6割超77人いたのなら、これらの人々は、自衛隊を解散すべきか憲法を改正すべきかのどちらかを選択すべきですが、なんと、99人が憲法9条を改正する必要がないと解答したということです。これは、自衛隊を違憲とするほとんどの憲法学者は、自衛隊は憲法違反だが、憲法9条は現在のまま(つまり矛盾したまま)放置してもよいと考えているということです。

いうまでもなく、これは論理的に矛盾していますが、実は、このような「自衛隊は必要だが、同時に自衛隊を憲法違反といえる状態も必要」といった考え方は、かってイザヤ・ベンダサンが「天秤の論理」と名付けたものです。つまり日本人は、物事を言葉で厳密に規定せず。本音と理想を天秤にかけ、そのバランスを取る、つまりその支点の位置に身を寄せることで、その時代の空気に迎合し身の安全を図ろうとするのです。憲法学者にしてこの通りですから、一般の人が同様の考え方をするのも当然です。

なお、ここでさらにおもしろいのは、これらの学者がこの法案に反対する理由として、それは「存立危機事態」の定義が漠然としているため、集団的自衛権の歯止めなき行使につながる恐れがあり、憲法9条に反する、といっていることです。法案では、我が国が「存立危機事態」にあることの認定には、原則国会の事前承認が必要としていますが、それも信用しない。だから「集団的自衛権は有するが行使できない」とする従来の憲法解釈を維持すべきとしているのです。(憲法学者ら173名による「安保関連法案に反対し、そのすみやかな廃案を求める憲法研究者の声明」)

しかし、今回の政府の提案は、我が国が「存立危機事態」に直面した場合、同盟国と共同でその危機事態に対処しようとするものであって、あくまで「専守防衛」の枠内での限定的な「集団的自衛権」の発動を可能にしようとするものです。そのために、それが「歯止めなき行使」とならないよう、その行使の3条件とともにその具体的事例を例示し、さらに「存立危機事態」にあることの認定にあたって、国会の原則事前承認を義務付けているのです。

また、今回の安保法制を巡る国内の議論は、かっての60年安保とはその時代背景が違います。60年安保の時代は、社会主義や共産主義に対する夢が厳然として生きていました。それ故に、アメリカとの同盟に不安があり、あれだけの反対運動になったのです。しかし、今回は、そうした希望が完全に消滅した中での、アメリカに対する不信と、日本が主体的に安全保障策を講じることへの不信・不安を表明するものとなっています。これは、一体どうしたことでしょうか。

もともと、日本国憲法第9条2項の「戦力放棄」条項は、戦後の東西冷戦を見越して、日本人がその先兵として使われないよう「負けて勝つ」外交的狡知として組み込まれたものでした。つまり、それは日本にとって手段だったのですが、いつしか目的とされるようになった。なぜこのようなことになったかというと、それは、かってイザヤ・ベンダサンが「日本人は安全と水はタダと思っている」と喝破したように、日本人の伝統的な安全保障観が、戦後70年の平和の中で復活したためでしょう。

でも、先に述べた通り、戦後70年の日本の平和は、憲法9条だけでもたらされたものではなく、日米安保とのセットで守られてきたものです。この単純な事実を日本人がリアルに認識すること。これが、今日の日本人に求められていることではないでしょうか。リアリズムを見失った民族が滅びることは、先の大戦で証明済みです。山本七平は、昭和の敗戦の最大要因を、日本人が「事実(「現実」を訂正)を見る勇気を失ったため」としました。今回の安保法制を巡る議論で日本人に求められるのはこの「事実(同上)を見る勇気」だと思います。

こうした観点に立って私が今期待しているのは、政府と維新の修正協議ですね。維新案は、本稿で述べた「専守防衛」の範囲内での「集団的自衛権」のあり方に、より明確な定義を与えようとしています。両党間のリアルな現実認識に立った熾烈な政策論争に注目したいと思います。
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