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2015年12月

2015年12月 6日 (日)

HATENA::DAIARY様への再反論

HATENA氏が私の反論に対して再び反論してきましたので、再反論をしておきます。私の反論部分は【】内

スマイス調査をろくに読まない、あるいは都合の悪い箇所は「スマイスの推測に過ぎない」と貶める否定論者CommentsAdd Starkufuhigashi2zakincorawan60
南京事件, 歴史修正主義
以前の「スマイス調査をろくに読まない否定論者」に対して、渡邉斉己氏が反論してきました。

「「南京事件」に関する私論へのHATENA::DAIARY様の反論への反論」

反論箇所1

渡邉氏による“スマイス調査に記載された被害者について「その加害者が日・中いずれであるかを全く問題にしていない」”という主張が誤りであるとこちらが指摘した件に対する渡邉氏による反論です。


本調査「まえがき」(M・Sベイツ)には「われわれ自身の立場は戦争の犠牲者にたいする国境をこえた人道主義の立場である。この報告書のなかでわれわれはほとんど「中国人」とか「日本人」等の言葉を使うことなく、ただ農民・主婦・子供を念頭に置いている」と書いている。実際、第4表「日付別による死傷者数および死傷原因」の死亡原因は軍事行動、兵士の暴行という区分はあるが、その加害者が日中いずれであるかのく分がなされていない。そもそも50戸に1戸の割合で抽出した数字を50倍した被害者数について加害者が誰であったかを正確に推定できるだろうか。なお、この「報告書の作成と調査結果の分析について、指揮者は金陵大学のM・Sベイツ博士の貴重な協力を得た」となっていおり、『戦争とはなにか』でベイツの果たした役割を考えると、その作為がこの分析に反映したことは当然である。

http://sitiheigakususume.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/hatenadaiary-e7.html

要点は以下の2つ。

(i).スマイス調査の表4には「加害者が日中いずれであるかのく分がなされていない」し、「まえがき」にも「われわれはほとんど「中国人」とか「日本人」等の言葉を使うことなく」と書いてあるから、「その加害者が日・中いずれであるかを全く問題にしていない」と渡邉氏は結論付けた。

(ii).「『戦争とはなにか』でベイツの果たした役割を考えると、その作為が(報告書の作成と調査結果の分析)に反映」されたに違いない、と渡邉氏が考えている。

反論への反論に対する反論1

(i)は要するにスマイス調査に書かれた被害について加害者が明記されていないのだから、日本軍による加害とは言えない、ということですが、最初の指摘記事でも引用した部分に少しだけ追加して示します。


Of those killed 2,400 (74 per cent) were killed by soldiers' violence apart from military operations.(1)

There is reason to expect under-reporting of deaths and violence at the hands of the Japanese soldiers, because of the fear of retaliation from the army of occupation.

https://en.wikisource.org/wiki/War_Damage_in_the_Nanking_area_Dec._1937_to_Mar._1938

軍事行動の巻き添えではない兵士たちの意図的な暴力による死者は2400人に上るが、占領軍の報復を恐れて日本軍による死傷被害については過小評価されている可能性があると記載されています。普通に読めば、主たる加害者が日本軍であるという前提での記載としか読めないでしょう。

ベイツの記述「まえがき」として引用した部分が以下です。

For the period covered in the surveys, most of the looting in the entire area, and practically all of the violence against civilians, was also done by the Japanese forces - whether justifiably or unjustifiably in terms of policy, is not for us to decide.

https://en.wikisource.org/wiki/War_Damage_in_the_Nanking_area_Dec._1937_to_Mar._1938

調査対象期間における、全地域での略奪のほとんど(most of the looting in the entire area)、民間人に対する暴力のほぼ全て(practically all of the violence against civilians)は日本軍によって為された、とはっきり書かれています。「加害者が日中いずれであるかのく分がなされていない」のではなく、虐殺・暴行のほぼ全て(practically all)について日本軍が加害者であると言っているわけです。

【まず、「スマイス報告」は「戦争とはなにか」と同様、国民党中央宣伝部国際宣伝処の工作を受けて作成されたものだということです(『中国国民党新聞製作之研究』)。(北村稔『「南京事件の探求」P39』)。一見公平を装っていますが、恣意的な解釈が随所に見られます。次に引用された文の前後の文を原文で引用します。

In order to guard against controversial misuse of the present report, we feel it necessary to make a brief factual statement as to the causation of the injuries listed.

The burning in the municipal areas immediately adjoining the walled city of Nanking, and in some of the towns and villages along the southeasterly approaches to Nanking, was done by the Chinese armies as a military measure - whether proper or improper, is not for us to determine.

A very small amount of damage to civilian life and property was done by military operations along the roads from the south-east, and in the four days of moderately severe attack upon the city.

Practically all of the burning within the city walls, and a good deal of that in rural areas, was done gradually by the Japanese forces (in Nanking, from December 19, one week after entry, to the beginning

For the period covered in the surveys, most of the looting in the entire area, and practically all of the violence against civilians, was also done by the Japanese forces - whether justifiably or unjustifiably in terms of policy, is not for us to decide.

Beginning early in January, there gradually developed looting and robbery by Chinese civilians; and later, particularly after March, the struggle for fuel brought serious structural damage to unoccupied buildings.

Also, there has latterly grown up in the rural areas a serious banditry which currently rivals and sometimes surpasses the robbery and violence by Japanese soldiers.

In some portions of our report, these elements of causation can be distinguished.

From a humanitarian point of view, we venture merely to point out that losses to life and property from actual warfare are shown by these surveys to be one or two per cent of the total.

The rest could have been prevented if both sides had wished to give sufficient consideration to the welfare of civilians, including reasonable protection by military and civilian police.

ここには概略「城壁に接する市街部と南京の東南部郊外の町村や既払いは中国軍がやった。南京陥落後4日間の攻撃による住民の生命及び財産の損害は極めて少なかった。入場から一週間過ぎて後の焼き払いは次第に日本軍がやるようになった。調査期間内の全域の略奪の大半と、一般市民に対する暴行は、それが正当か不当かは我々の判定するところではないが、同様に日本軍がやった。1月初旬以来、中国人による略奪と強盗が徐々に広がった。特に3月以降は燃料争奪戦のために空き家に構造上の被害が出た。また、後には農村部において深刻な盗賊行為が増加し、今では日本軍の強盗と暴行に匹敵し、時にはこれを凌ほどになった」などが書かれています。中国軍も中国人もいろいろやったわけですね。なお、このスマイス報告はアメリカや中国が訴える被害者数に比べて少なすぎたために、東京裁判の証拠として採用されませんでした。残念!】

このベイツの記述は渡邉氏にとって都合が悪かったせいか、(ii)の主張に繋がります。「『戦争とはなにか』でベイツの果たした役割を考えると、その作為が(報告書の作成と調査結果の分析)に反映」されたに違いない、という渡邉氏の示唆ですが、要するにベイツが作為的に捏造・改竄したとほのめかしているわけです。しかし、その根拠は一切示されません。

「『戦争とはなにか』でベイツの果たした役割」なるほのめかしだけで、渡邉氏や否定論者たちにとっては十分なのでしょうが、これでは反論とは言えません。

【「戦争とはなにか」でベイツの果たした役割については、アゴラの拙稿参照。ベイツもスマイスも「南京安全地帯の記録」では不法とは言えなかった便衣兵摘出処断を、どうにかして捕虜不法殺害や市民殺害に思わせようとしました。そこで、「この本をショッキングな本にするため、学術的なバランス感覚を犠牲にして劇的な効果を上げ」(南京事件資料集アメリカ関係資料編p371)ようとして「4万人近くの非武装の人間が南京城内または城門の付近で殺され、そのうち約30%はかって兵隊になったことのない人々である」という記述を三章に追加挿入したのです。しかし、この部分の記述があると本の真実性が損なわれるので、この本と同時に出版された「漢訳本」からはこの部分は削除されているそうです(『国民党極秘文書から読み解く』東中野修道)。なおこの部分の原文は次の通り。
This is not the place to discuss the dictum of international law that the lives of prisoners are to be preserved except under serious military necessity, nor the Japanese setting aside of that law for frankly stated vengeance upon persons accused of having killed in battle comrades of the troops now occupying Nanking. Other incidents involved larger numbers of men than did this one. Evidences from burials indicate that close to forty thousand unarmed persons were killed within and near the walls of Nanking, of whom some 30 per cent had never been soldiers.

この文のnor以下を洞氏は「日本軍もまた、国際法など眼中になく、今南京を占領している部隊の戦友を戦闘で殺したと告発した人間に対しては復讐すると公然と言明したのである」と訳しています。しかしこれは、not ~nor構文であって、正しくは「捕虜の生命が重大な軍事的必要以外には保障されるという国際法の条文を論じる場所ではないし、・・・復讐すると公然と言明し国際法を無視した日本兵について論じる場所でもない」でしょうね。】

反論箇所2+反論への反論に対する反論2

占領軍の報復を恐れて日本軍による死傷被害については過小評価されている可能性があるとの指摘に対する渡邉氏の反論が以下です。


この英文資料の邦訳は『日中戦争資料9南京事件?』(s49年刊)で読むことができる。この本をご存じないか、それとも訳文に不満か。この文章はスマイスの推測。そもそも加害者を特定しない調査であるから日本軍の報復を怖れる必要はないと思うが。

http://sitiheigakususume.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/hatenadaiary-e7.html

前半部分の意図はよく分かりません。英語というかなり一般的な言語で書かれたWEB上で閲覧できる原文資料があるのに、わざわざ書籍の邦訳にあたる必要性はあるとも思えませんし。これがロシア語とかアラビア語とかであれば、邦訳にあたりますけど、英語ですからねぇ。

後半部分はあきれる他ありません。「加害者を特定しない調査」なら、ソ連軍占領下でもイスラム国支配下でも住民は何も恐れず被害実態について答えてくれると思ってるんでしょうか。

【だから「訳文に不満か」と聞いているのです。不満がなければ邦訳の方が読者に親切でしょう。もちろんHATENAさんのように文脈を無視したつまみ食いの翻訳をしてはいけません。なお、洞氏の訳に見るように専門家でも意図的な誤訳をする場合もありますので原文で確認する必要はありますね。なお、「加害者を特定した告発のための調査」より「加害者を特定しない調査」の方がより正確な調査ができると思いますが。】

「There is reason to expect under-reporting」という可能性の指摘ですから「スマイスの推測」なのは当然の話ですが、重要なのはその推測が妥当かどうかであって、占領軍による暴力被害について占領下の住民が訴え出る上での心理的障壁という一般的な認識があれば、「スマイスの推測」が妥当なのは誰でも分かる話です。南京事件否定論者は、加害者が日本軍の場合だけ、そういう一般的な認識を喪失する傾向が強いんですよね。

【スマイス調査は、南京における被害状況調査としては第一次資料として扱えますね。ティンパーリーの『戦争とはなにか』より良心的です。ベイツに付き合って4,200拉致の付記として「12,000人の一般市民が暴行によって死亡した」としましたが、本表の数字は改竄しませんでした。なお、農業調査の郊外4県半の死者数の統計の取り方に、被害を水増しする作為があることが北村稔氏より指摘されています。いずれにしろ、HATANAさんが主張するように信のおけるものなら東京裁判で証拠採用すべきでした。よほど都合が悪かったのでしょう。】

反論箇所3+反論への反論に対する反論3

渡邉氏は最初の記事で、「(虐殺拉致被害者)6,600人は、一般市民ではなくこの期間に掃討された兵士の数である可能性が大である」と何の根拠もなく決め付けています。要するに渡邉氏の推測に過ぎないわけですが、スマイス報告にはこう明記されています(前記事で指摘済みですけどね)。


The figures here reported are for civilians, with the very slight possibility of the inclusion of a few scattered soldiers.

https://en.wikisource.org/wiki/War_Damage_in_the_Nanking_area_Dec._1937_to_Mar._1938

これに対する渡邉氏の反論が以下です。


これもスマイスの推測に過ぎない。6.600人の内拉致された4,200人について、スマイスは「拉致された男子は少なくとも形式的に元中国兵であったという罪状をきせられた。さもなければ、彼らは荷役と労務に使われた」と記している。兵士の暴行による男1,800人の死亡の47%846人が元兵士であったとすると、5,046人が元兵士の疑いをかけられたことになる。

http://sitiheigakususume.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/hatenadaiary-e7.html

渡邉氏は自らの推測に過ぎない「6,600人は、一般市民ではな」いという主張にスマイス報告の記載をもって反論されると、「これもスマイスの推測に過ぎない」と否定するわけですが、スマイスと渡邉氏では同じ推測でも信憑性に雲泥の差があります(どちら泥の方かはあえて言いませんけど)。

さて、渡邉氏は、拉致被害者4200人を敗残兵と決め付けている根拠をスマイス報告の記述に求めていますが、「形式的に」と書かれているのが読めなかったのでしょうか。

原文は「often accused, at least in form, of being ex-soldiers」ですね。

The men taken away were often accused, at least in form, of being ex-soldiers; or were used as carriers and laborers. Hence it is not surprising to find that 55 per cent of them were between the ages of 15 and 29 years; with another 36 per cent between 30 and 44 years.

https://en.wikisource.org/wiki/War_Damage_in_the_Nanking_area_Dec._1937_to_Mar._1938

言うまでもなく、元兵士と告発された(accused)イコール兵士ではありません。まして形式的(in form)では話になりません。どうも渡邉氏にとって、20~40歳くらいの中国人男性は全て兵士と見なして拉致して構わない存在のようですね。

【at least in form「少なくとも形式的に元中国兵であったという罪状をきせられた」と言っているでしょう。この場合の「形式的」は、元兵士であるかどうかの判別のための一定の調査をした、ということでしょう。もちろん、現地召集の雑兵が混じっていたため判別が難しいということはあったと思います。ただ、兵士が軍服を脱いで民間人になりすませば、まだ戦闘継続中なのですから掃討の対象となり、摘出された場合は不法戦闘員扱いされ直ちに処断されても文句が言えないことになります。だから、ベイツやスマイスは「少なくとも公式には」これを非難できなかったのです。】


この調子でずっと渡邉氏の反論と称するものが続くのですが、すべてに反論すべきかどうか悩みます。「拉致と連行とは違うのでは。」とか訳の分からぬものまでありますから。

【この調子でHATENA氏に反論すべきかどうか悩みます。拉致と連行を区別できない訳の分からぬものまでありますから。なお、拉致という項目は最初の調査書では「死傷者のうちの一項目『事情により』」に書き込まれた数字を拉致(take away=連行?)としたものだと説明されていますよ。】

Indeed, upon the original survey schedules, they were written in under the heading "Circumstances," within the topic of deaths and injuries; and were not called for or expected in the planning of the Survey.

2015年12月 2日 (水)

南京事件では”一般市民の組織的虐殺はなかった”

(12/1アゴラ投稿論文)
去る11月12日のフジテレビプライムニュースで、南京事件をめぐって大虐殺派の山田朗氏、中間派の秦郁彦氏、まぼろし派の藤岡信勝氏の討論が行われた。山田氏は南京陥落時の人口が60万位いたとか、崇善堂の埋葬記録(11万)を根拠に加えて十数万の犠牲者が出たなどと怪しげなことを述べていた。

秦氏は『南京事件』の3万人の捕虜不法殺害、1万人の一般市民殺害を主張していたが、後者の1万は、スマイス調査の江寧県等4県半の地域での犠牲者数より算出したもので、南京陥落後の「南京城及びその周辺」の犠牲者数ではない。その他、自説の根拠をティンパーリーの『戦争とはなにか』に求めたり、厳密を欠くエピソードを連発するなど、研究の停滞を感じさせた。

藤岡氏の発言で最も重要なものは”南京戦はあったが、一般市民の組織的な殺害はなかった”だが、幕府山事件の弁明は苦しげで、山田支隊が長勇の捕虜殺害の「私物命令」を無視して捕虜を解放しようとして失敗し、捕虜暴動から鎮圧に至った状況の説明をしなかったのは不可解だった。

だが、いずれにしろ、山田氏も秦氏も、南京陥落後に”一般市民の組織的殺害があったか否か”という論点については、安全区からの便衣兵の摘出処断や、幕府山事件における捕虜殺害に一般市民が含まれていた可能性を述べるだけで、”一般市民の組織的殺害はなかった”とする藤岡氏の主張に反証できなかった。

そこで問題となるのが、安全区からの便衣兵の摘出処断や、幕府山事件のような捕虜の殺害が、当時の戦時国際法に照らして合法であったか否かということだが、当時、国民党も国際連盟も、そして南京安全区国際委員会も公式にはこれを非難しなかったわけで、この事実を無視するわけには行かない。

おそらく、国民党にしてみれば、万を超す中国軍兵士が軍服を脱いで安全区に逃げ込んだり、敵に数倍する兵士がむざむざ投降したのは、「勇敢に敵を倒す忠誠な将士」にあるまじき行為だったに違いない。まして、それは南京防衛軍司令官の「敵前逃亡」によりもたらされたわけで、下手に抗議してやぶ蛇になることを恐れたのかもしれない。

そこで、これを「人道的見地」から非難する役割は「我が抗戦の真相と政策を理解する国際友人に我々の代言者になってもらう」(『曾虚白自伝』)ことにしたのである。そのための宣伝本がティンパーリーの『戦争とはなにか』と『スマイス報告』だった。

これらの著作に関わった宣教師らは一定の節度は示していて、「南京安全地帯の記録」に掲載された事件について「これらは、我々の雇員により書面で報告された事件である」(匿名の中国人協力者の書面報告を英文に翻訳したもの)と注記していた。また、中国兵の処刑や戦争捕虜の処刑についても、国際法上の判断を避ける記述をしていた(『「南京事件」の探求』北村稔)。この点、同書の洞氏訳には、多くの意図的誤訳があることが北村氏や冨澤繁信氏により指摘されている。

しかし、その一方で、彼らは、『戦争とはなにか』では、中国国民党中央宣伝部の意を受けて「日本軍の暴虐」を伝聞を利用し醜悪かつ誇大に記述した。また、便衣兵等の摘出処断についても、捕虜の不法殺害や一般市民の虐殺を思わせる記述をした。

さらに、その記述は、s13年3月に紅卍会の埋葬記録が4万弱と出たことで、「四万人近くの非武装の人間が南京城内または城門の付近で殺され、そのうちの約三0パーセントはかって兵隊になったことのない人々である」とエスカレートした。(なお、この加筆記述は、『戦争とはなにか』とほぼ同時に刊行された、その漢訳本『外人目撃中の日軍暴行』からは削除されているという―『南京事件国民党極秘文書から読み解く』東中野修道)

では、こうした「日本軍残虐宣伝」は何を目的にしていたかというと、これは『戦争とはなにか』の「結論」に記されているが、「中国が屈服することは許されない」それを許せば「現在、中国が体験している言語に絶する惨禍を繰り返す危険を冒すことになる」。これを防ぐためには、イギリスとアメリカは日本に経済的圧力を加えるべきであり、中国に武器援助や財政援助をすべきと訴えるためだった。

こうした宣伝工作が功を奏して、アメリカによる対日経済制裁が始まり、ひいてはアメリカを中国の抗日戦争に巻き込むことに成功したのである。さらに、こうした宣伝工作は、日本敗戦後の東京裁判決にも決定的な影響を与えた。このことは『戦争とはなにか』の記述が、エドガー・スノーの『アジアの戦争』(1941)によって、日本軍の残虐宣伝から、さらに日本人及び日本文化の残虐宣伝に変容したことによってもたらされた。(『新「南京大虐殺」のまぼろし』鈴木明参照)

そこでは、南京における日本軍の「残虐行為」は次のように描写された。
「南京虐殺の血なまぐさい物語は、今ではかなり世界に聞こえている。南京国際救済委員会(南京安全区国際委員会の改称)・・・の委員が私に示した算定によると、日本軍は南京だけで少なくとも4万2千人を虐殺した。しかもその大部分は婦人子供だったのである」「いやしくも女である限り、十歳から七十歳までのものはすべて強姦された」「この世界の何処においても日本の軍隊ほど人間の堕落した姿を念入りに、そして全く組織的に暴露しているものはない」日本人は「人種的に関連のあるイゴロット人の場合と同じく医者と首狩り人が今もなお併存している」「日本軍の精神訓練は・・・封建的な武士道に立脚している・・・今日行われている武士道は、気違いじみた人殺しの承認に過ぎぬ」

こうしたスノーによる日本人の描写が、太平洋戦争における日本軍の”バンザイ突撃”や”カミカゼ自殺部隊”の目撃を経て、アメリカ知識人の日本人観を形成した。そこでGHQは、「南京大虐殺」を日本本土の無差別爆撃や原爆投下の非人道性を相殺する格好の宣伝材料として利用した。GHQは、昭和20年12月8日から「太平洋戦争史」の掲載を新聞各紙に命じ、その連載の初日「南京虐殺」は次のように描写された。

「このとき実に2万人の市民、子供が殺戮された。4週間にわたって南京は血の街と化し、切り刻まれた肉片が散乱していた。 婦人は所かまわず暴行を受け、抵抗した女性は銃剣で殺された」。同様の描写は、この「太平洋戦争史」をドラマ仕立てにしたNHKのラジオ放送「真相はこうだ」、さらに「真相箱 」へと引き継がれた。また、これを受けて東京裁判では、新たな南京での証拠集めがなされ、中国は「30万大虐殺」を唱えるようになり、そして今日、「南京大虐殺」はユネスコ世界記憶遺産に登録された。

虚偽の謀略宣伝を放置すれば、それがいかに事実とかけ離れた大虐殺事件に変貌するか、まさに恐るべき情報戦争の世界である。では、日本人はこれにどう対処すべきか。秦氏は、「あったことは否定せず、訂正すべき部分は直すようにする」(プライムニューステキスト)と提言している(番組での実際の発言は”不毛の論争は止めた方がいい”だったが)。

では、その「あったこと」とは何か。私見では、それは南京陥落時の捕虜等の扱いにおいて、松井司令官より解放命令が出されたにもかかわらず、上海派遣軍参謀、長勇による”皆殺し”「私物命令」があったことが、拙速な便衣兵処断や捕虜暴動鎮圧を招いたこと。日本軍の統制さえしっかりしていれば避け得た事件だったのではないか、ということである。

一方、「訂正すべき部分」とは何か。それは先に述べた如く、そうした日本軍の統制の乱れに起因する「南京事件」は確かにあったが、少なくとも”一般市民の組織的な虐殺はなかった”ということ。このことを、日本政府は明快に主張すべきだということ。もちろん、これは、日中戦争を招くに至った日本の軍部主導の「力による大陸政策」を正当化するものではないことは、言うまでもない。

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