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2017年2月

2017年2月12日 (日)

小池都知事における「人望の研究」

(前稿と重複する前段の文章を削除、次パラグラフ挿入2017.2.14.0:33)
 
最近の小池都知事の言動を見聞きしていると、正直言って気分が悪くなります。中には、小池氏の恣意的な権力行使や礼節をわきまえぬ言動に喝采を送る人もいますが、私は、これは、「平等社会になればなるほど、リーダーに求められる共通の能力」としての「人望」の欠如を示す以外の何物でもないと思います。
 
まず、小池都知事の石原元都知事の責任を追及する最近の物言いを見てみます。
 
(小池都知事の2月3日の定例記者会見)
小池都知事は、石原元都知事が移転決定の経緯を詳しく説明していないとして、「逃げてしまっているという印象」「石原さんらしくない」と批判
 
(2月8日 BSプライムニュースインタビューでの発言)
都議会特別委員会が石原元都知事や浜渦氏を参考人を決めたことについて、石原元都知事が「喜んで応じる」と語ったことについて、小池都知事は「いろいろ環境も変わってきましたので、そういったところで何か動かなければと思ったのでは。その時、知事でいらしたわけですから、侍とかの精神とか、日本男児たるものはとずっと言ってこられたわけですから、人に責任を転嫁することなく、自らのことをしっかり語られたらいいと思います」
 
浜渦元副知事が、石原元都知事は「国の大きなことをやっていたので、チマチマしたことは私がやってました」(浜渦のテレビでの発言)と言ったことに対し「都知事として選ばれていたわけでしょ。国のことは頼んでないでしょ。それを聞いてショックでしたね」
 
また石原都知事が行った尖閣諸島問題の取り組みについて「むやみに問題にされて結局14億円を宙に浮いている」「この始末はどうしましょうか」「国と都がやるべきこととをもう少し明確にしてやられた方が良かったのではないか」
 
(2月10日記者会見)
 参考人招致等に出席に意欲を示す慎太郎氏に対し「急にここにきて動きだされた。何があったのかよく存じません」「急に元気になったり、弱気になられたり。この後もどんな波になるか分からない」、「『記憶にありません』という姿勢をみせるなら、国民が見ている」
 
プライムニュースでの発言にもありますが、自分は石原元都知事の「後始末をやらされている」と、尖閣問題まで持ち出して責任転嫁しようとしているのです。言うまでもなく尖閣問題は、尖閣が個人所有になっており、中国へ売却という怖れもあったことから都が購入を決めたもので、購入資金の寄付募集のアイデア自体は、当時副知事だった猪瀬氏の発案だったといいます。
 
いずれにしても、こうした高飛車な挑発的言辞は、すべて目的があって発していることで、小池都知事は、豊洲移転が当初の予定より大幅に遅れることを予測し、この間に生じる膨大な無駄金=築地、豊洲の維持管理費、業者への保証金等に対する責任追求を、石原氏に責任転嫁しようとしているのでしょう。
 
では、その結果、どういう事態が発生するか。まず、豊洲への市場移転は困難になります。その理由は、豊洲の地下水が環境基準を満たしていないということですので、では築地は満たしているか、他の市場はどうかという話になります。最悪の場合、築地の汚染状態や危険性が暴露され”にっちもさっちもいかなくなる”こと請け合いです。
 
小池都知事が本物の政治家であるならば、まず、モニタリング検査結果を市場の安全をオーサライズするものと判断したことの誤りを詫び、地下空間の設置についても、公報と実際の工法が違っていたことの都の不手際の謝罪と共に、それを「盛り土」なし=土壌汚染対策工事の手抜きと判断した自分の誤りを訂正すべきです。
 
残念ながら、小池都知事はこのいずれもやっていない。そのために、モニタリング検査結果に異常値が出たことへの正しい対応もできなくなり、豊洲は危険との風評を既定事実化してしまいました。さあ大変、ということで、石原元都知事をこうした混乱の元凶とすべく、先に見たような挑発的言辞を弄するようになったのだと思います。
 
こうした見方に対して、小池都知事の石原元都知事に対する批判は確かに厳しいが、豊洲移転の決定を石原元都知事がしたことは間違いないし責任は免れないと考える人も多いようです。先日のプライムニュースに中田氏と猪瀬氏が出ていましたが、中田氏は、もう豊洲移転は無理との前提で、石原元都知事の責任を追及していました。
 
猪瀬氏は小池氏を内田攻撃の先兵として使ってきた関係上、小池氏の石原たたきを非難することは避けていましたが、『東京の闇』を見る限り、豊洲への市場移転は長い議論の結果決まったことであり、石原氏が独断で決めたことではない。土壌汚染対策は徹底して行われており、移転の時期はあくまで科学的に判断すべきだ、との見解です。
 
問題は、中田氏が移転は無理と判断しているのと同様に、小池氏も、豊洲への移転は困難と見ているのではないか。それ故に、石原氏への攻撃が常軌を逸したものになっているのではないでしょうか。あるいは、豊洲移転となる場合も想定し、石原元都知事の豊洲移転定過程における無責任さを印象づけようとしているのかも知れません。
 
いずれにしても、こうした小池都知事のやり方を続けていけば、私は、石原元都知事が悪人であるかどうかは、世間の常識に任せるとしても、肝心の都政は、豊洲移転が遅延することによって引き起こされる混乱に止まらず、彼女の言う「東京大改革」そのものも、「大改革」ならぬ「大混乱」に陥る可能性が極めて大きいと思います。
 
それは、政策の問題と言うより、おそらく、小池都知事の「人望」に、以下述べるような、九徳ならぬ「一八不徳」があるためでは?かって菅首相の時「東日本大震災」が発生し、その時首相であった菅首相の「人望」のなさがどれほど大きな混乱をもたらしたか、この際、このことを思い出して見る必要があると思います。(参考:「普通の人の常識で見た東電「全員撤退」問題の真相」)
 
その時、私は、菅首相の言動を見ていて、次のような一文を私ブログにアップしました。小池氏の言動に、菅氏と同じような危うさを感じましたので、以下再掲しておきます。
 
人望の研究――菅首相の場合
 原子炉への海水注入をめぐるドタバタ騒ぎで、「いら菅」と評されてきた感情激発型人間菅首相の「人望のなさ」がいよいよ明らかとなり、早晩、辞任を余儀なくされることになるのではないか、と予測されます。
 
 山本七平の『人望の研究』には、この「人望」とは何か、ということが大変興味深く論じられていて、この人望を身につけるためには、まず、「克・伐・怨・欲」を抑え、「己に克ちて礼に復る」こと。つまり、他人を押しのけ、オレがオレがと自己主張し、それが叶わないと人を恨み、私欲をたくましくする、そんな自己中心的な心を抑えて、礼節をもって人に接する事ができるようになること、これを、その第一条件としています。
 
 次に、そうした自己中心的な心を抑えたとしても、人間には「感情」がある。つまり、喜・怒(いかり)・哀(悲しみ)・懼(おそれ)・愛(執着)・悪(にくしみ)・欲の「七情」がある。そこで、これらの感情を抑制しないで野放しにすると、自分の本来持っている人間性が損なわれるだけでなく、周囲の者も、その感情に振り回されどうしたらいいのか判らなくなる(そのため、首相の意向を忖度し「海水の注水を止める」といった今回のような行動が生まれる)。従って、この「七情」の激発を抑えることが極めて大切だ、というのです。
 
 つまり、このような努力を積み重ねることによって、人は少しずつ「人望」を身につけていくわけですが、実は、この「人望」というのは、その人の職業や思想信条、あるいは時代や国の違いを超えて、リーダーに対して共通に求められる普遍的な「能力」となっている。
 
 さらに、こうした「人望」は、平等社会になればなるほど、リーダーに求められる共通の能力となってきていて、従って、リーダーたるべき人は、学問知識を身につけることと同時に、こうした「人望」を身につける努力=「自己修養」を怠らないようにしなければいけない、というのです。
 
 では、その「人望」というのは、具体的には、どのような「徳」を身につけることをいうのか、というと、『近思録』では、これを「九徳」と言い、次のような九つの徳目を身につけることを、その具体的な到達目標としている。
 
(一)寬にして栗(寛大だがしまりがある)
(二)柔にして立(柔和だが、事が処理できる)
(三)愿にして恭(まじめだが、ていねいで、つっけんどんでない)
(四)乱にして敬(事を治める能力があるが、慎み深い)
(五)擾にして毅(おとなしいが、内が強い)
(六)直にして温(正直・率直だが、温和)
(七)簡にして廉(大まかだが、しっかりしている)
(八)剛にして塞(剛健だが、内も充実)
(九)彊にして義(強勇だが、義しい)
 
 何となく、判ったような判らないような感じで、まあ、なんと細かな人間観察をしたものか、と感心しますが、いずれにしろ、こうした「九徳」を身につけることが、リーダーたるべき条件であると、儒教は教えてきたわけです。
 
 現代の日本人は、儒教といえば、封建的な人間道徳を教えるもので、個人の自由を基本とする現代社会には合わないと考える人も多いと思いますが、こうした儒教におけるリーダー条件を見れば、その人間観察が決して半端なものではないことが判ります。
 
 といっても、これらの徳目には、それぞれ相反する要素が含まれていて、どちらが欠けても不徳になる、全部がそうなれば「九不徳」となり、両方が欠ければ「十八不徳」になる。では、その理想的な状態とはどういう状態を指すのかというと、これらの徳の相反する要素をバランスさせることであり、つまり、これが「中庸を得る」ということなのではないかと思われます。
 
 そこで、この「九徳」をよりわかりやすくするために、あえて、その逆の「十八不徳」になるとどうなるか書き出してみると、
 
(一)こせこせうるさいくせに、しまりがない。
(二)とげとげしいくせに、事が処理できない。
(三)不まじめなくせに、尊大で、つっけんどんである。
(四)事を治める能力がないくせに、態度だけは居丈高である。
(五)粗暴なくせに、気が弱い。
(六)率直にものを言わないくせに、内心は冷酷である。
(七)何もかも干渉するくせに、全体がつかめない。
(八)見たところ弱々しくて、内もからっぽ。
(九)気が小さいくせに、こそこそ悪事を働く。
 となります。
 
 以上、山本七平による「人望」の条件について記して来ましたが、「克・伐・怨・欲」を抑えられず、「七情」をところ構わず発散し、と言ったところで、なんだか”オレは聞いてない!と怒鳴り散らす・・・らしい菅首相の姿が自然と脳裏に浮かんできました。
 
 さらに、これを前記の「十八不徳」に照らしてみると、不思議にピタッと当てはまる項目が、菅首相の場合にはいくつもあるように思われ、ああ、これでは、この危機的状況の中で、日本のリーダーを務めることはできないだろうな、と思われました。
 
 なにしろ、リーダーにこうした「人望」を欠いた場合は、旧日本軍においてすら、部下が面従腹背となり、組織が全く動かなくなったと言いますから。
 
 平等社会になればなるほど、リーダーには、こうした「人望」を身につけることが求められる・・・。日本の政治家の皆さんも、以上の「九徳」を自らを写し出す鏡として、真に「人望」あるリーダーを目指していただきたいと思います。」
 
「十八不徳」・・・どれを見ても都知事就任後の小池都知事にぴったりのような気がします。
 

2017年2月 5日 (日)

小池都知事は、なぜ石原慎太郎元都知事を「さらし者」にしようとするのか(2)

 この件について、小池都知事は「第一次自己検証報告書」の発表時は、地下空間の設置について、都の技術者らには「プロジェクトX」との思いがあったとか、この事実を都の幹部が周知しなかったことについて技術者は愕然としたとか、この事実が公表できなかったのは都議会の民主党などが豊洲移転に反対していたからだとか、注釈的な説明をしていたように記憶します。確か、民進党がこれに対して抗議したような話も・・・。
 
 ところが、「第二次自己検証報告書」では、一転して、「全面盛り土」をせず建物下に地下空間を設けたのは、都の「整備方針」違反であったと決めつけ、その責任者を厳しく追及するようになりました。私は、その「整備方針」に石原氏の決済印があるのなら、石原氏は「全面盛り土」を指示したことになるから、ここで「整備方針」に違反して地下空間を設置した責任を問われるべきは技術者らではないかと思いましたので、ここで石原氏を批判するのは筋違いだと思いました。
 
 もちろん、石原氏は、当時、土壌汚染対策はしっかりやれと指示していたらしく、猪瀬氏の証言では、その意を受けて、30メートルメッシュ(900㎡ごとに、検査するポイントを1カ所選ぶ)の土壌汚染調査を、10メートルメッシュに精密化して行ったそうです。従って、当然のことながら土壌汚染対策に金がかかることについては石原氏も承知していたと思います。しかし、その具体的な工法については専門家集団を信頼して任せていたのだと思います。
 
 こう見てくると、小池都知事の質問状に対する石原氏の回答は、小池氏が「ゼロ回答」だと怒るようなものではなく、私にはむしろ、極めて真摯な対応がなされていると思いました。
「市場関係者の皆さんを含め東京都民の皆さんや国民の皆さんに対しては、私が就任中のことに端を発して結果としてこのような事態に立ち至っていることについてまことに申し訳なく思っております」と率直に謝罪の言葉も述べていますし・・・。
 
 さらに「今となっては、小池都知事の責任と権限をもって、私が就任する以前の段階から今日に至るまでの各都知事のすべての時代の本件に関する資料をいわゆる「のり弁」的な細工をすることなくすべて公開していただき、ぜひ皆さんの目で何が行われたのかをご覧いただくしかないと思っております。無責任に聞こえるかもしれませんが、その専門的内容に鑑み、記憶の問題ではなく、資料がすべてを物語ってくれるものと思っています。」
と提言しているのです。
 
 だから、小池知事は、都知事の持つ強大な権限と膨大な東京都の職員組織を使って、疑問と感じる点を、関係者や資料に当たって徹底して調べればいいのです。石原氏もそれを望んでいます。そうした石原氏の、いわば「恭順」と感じられる程の姿勢を無視して、石原氏の賠償責任を問う市民裁判に便乗し、今までの弁護方針を一転し。担当弁護士を総入れ替えしててまで、石原氏の豊洲移転決定の責任を追求しようとしているのです。
 
 私は、徹底してやればいいと思っています。そもそも「豊洲移転」については、2月2日のゴゴスマでの浜渦氏の証言では、石原都知事以前の青島都知事の時に決まっていて、豊洲以外の土地の可能性について、浜渦氏が都に聞いたところ、築地の業者の意向もあり豊洲以外にはないとのことで、当時の行政課題としては、いかに早く築地から豊洲に移転するかだった、と言っています。
 
 また、猪瀬氏の前掲書でも、「都議会でも2009年に、民主党が議会で最大勢力となった際に、現地建て替え案が検討されましたが、民主党は結局、その案を引っ込めました。現地改築は無理との結論に達したからです。営業しながら立て替えるのは不可能だし、やるとしても結局移転して立て替えないといけません。都議会や共産党や一部コメンテーターは『反対だから反対』と言う原理主義に陥っているように見えます。」と言っています。
 
 小池都知事は、こうした豊洲移転が決定されるまでの経緯を無視し、「衛生面では築地の方がよっぽど問題がある」ことも無視し、移転を先延ばしすればするほど豊洲、築地の維持費用や業者への保障金などの費用がかさんでくる現実も無視して、豊洲移転を推進した石原元知事に対する賠償責任を、市民団体の訴訟に相乗りする形で強引に進めようとしているのです。こんな事態を招いたのは”おまえの責任だ”と言いたいのでしょう。
 
 これは、豊洲のモニタリング検査結果に異常数値が出たことが契機になっているようですが、こうした小池氏の判断について、郷原信郎氏は次のように批判しています。
 
 「小池氏が、「盛り土」問題を大々的に取り上げる際、「安全性の確保のオーソライズを行う機関」として位置づけた専門家会議の平田座長も、「地上と地下は明確に分けて評価をしていただきたい。」「地上に関しては大きな問題はない。」と繰り返し述べて、豊洲市場の地上の安全性について、地下水の数値と環境基準との関係を過大視すべきではないことを強調している」(「『小池劇場』の暴走が招く地方自治の危機」郷原信郎
 
 また、宇佐見典也氏は、「豊洲市場は現状においても土壌汚染対策は完璧で食の安全は確保されている」として、次のような説明をしています。
 
 「環境基準」という言葉の意味について、「土壌溶出基準」と「土壌含有量基準」の二つがあり、前者は「これは地下水等を通じた人間の直接的な摂取を想定したもので、「70年間人が1日2ℓその土地の地下水を摂取し続けること」を前提に設定されています。」後者は、地下水等の直接的な摂取がない場合を想定した基準で「70年間その土地の上に人が住み続けること」を前提に「土が舞って口に入る」ことを想定したもので、この二つの基準を総称して「環境基準」と呼んでいます。
 
 豊洲の場合は「地下水の摂取や利用」が”全くない”わけですから、本来重視すべき(環境)基準は「土壌含有量基準」です。ただこの土壌含有量基準の観点で見たとしても、豊洲では(2005年から東京ガスによる土壌汚染対策が行われた)が、2007年の調査の段階で(環境)基準を超過する(地下水の)汚染が判明したので、「健康被害が生じるおそれはないが汚染は確認される「形質変更時要届出区域」に指定された。()内は筆者
 
 この「形質変更時要届出区域」では、土地の形状を大きく変えない限りは”健康被害を生じるおそれがない”わけですから、そのまま豊洲の工事を強行することもできたわけですが、「汚染が残ったままでは生鮮食品を扱う市場にふさわしくない」という理由で総合的な汚染対策が進められることになりました。その代表的なものがいわゆる「盛り土」の措置で、実際に一部安全上の措置で地下ピットが設置された場所以外は盛り土がなされました。
 
 こうした汚染対策が総合的に実施された結果、平成26年(2014年)6月の時点で豊洲は土壌含有量基準を99%以上の地点で満たすこととなりました。(中略)もちろん汚染が確認された1%以下の地点でも汚染処理がなされています。そしてこの上にさらにコンクリが敷かれることになるわけですので、もはや「汚染土が舞って、口に入り健康被害が生じるおそれ」は、全くなくなったと言っても良いでしょう。」
 
 つまり、土壌汚染対策法上の安全基準はすでに満たされているのです。(「豊洲は安全だけど安心じゃない」というレッテル貼りに屈してはいけない」宇佐見典也)。
 
 では「なぜ東京都は食の安全に関係のない地下水のモニタリングをしているのか?」というと、東京都若林基盤整備担当部長は次のように言っているそうです。

 「豊洲新市場用地における二年間モニタリングは、形質変更時要届け出区域台帳から操業由来の汚染物質を削除するといった、記載事項を変更するための手続に必要な措置として実施するものと認識しております。」
 
 つまり、土壌汚染対策法上「安全」は確保されているが、さらに「安心」のため地下水を環境基準以下に抑えることで、形質変更時要届出区域の指定を全部又は一部を解除すべくモニタリング検査を行っているということ。この場合、「安心」と「安全」を混同しないことが大切で、小池都知事は、モニタリング検査結果を「安全」をオーサライズする基準と誤解したために、今回のような大騒ぎを引き起こすことになっているのです。
 
 ここで、今なすべきことは、第9回目のモニタリング検査結果が急に悪化した原因を特定すること。また、汚染された地下水は、くみ上げて浄化した上で外海に排出するようになっているのですから、いずれピークアウトして、「安心」レベルで安定すると思われるので、少しも慌てる必要はないのです。
 
 厳密に言えば、法的根拠なく強権的に豊洲移転を延期した小池都知事の責任こそ問われるべきでしょう。第二次報告書では、都の「整備方針」には「全面盛り土」は建物下は省かれているにもかかわらず、都は「全面盛り土」を決定したと歪曲し、地下空間設置は土壌汚染対策上問題がないことが明らかなのに、関係者8名を厳重処分、あまつさえ、3期前の石原元都知事の豊洲移転推進の責任を問おうとしているのです。
 
 浜渦氏は、ゴゴスマで、”石原は巨竜だが残念ながら年老いている。これは誰もが通る道で、小池氏も老いるときが来る。それを先輩政治家であり前任都知事でもある石原を、足で蹴りつけるようなことはすべきでない、と言っています。もちろん、政治の世界ですから問題があれば徹底的に批判されます。しかし、豊洲移転問題に関して、小池氏が石原氏を「さらし首」にしようとするのは、一体何のためか、不可解と言わざるを得ません。
 
 確かに、近年の石原氏は、老いの故か、繰り返しや失言が多くなりました。政治家ですからそれを批判されても仕方ありません。また、氏は、都知事を4期務めましたが、元々国政政治家であって、戦後の日本社会を「宦官国家」と言い、戦後日本のアメリカ依存体質を批判してきました。また、アメリカに対してだけでなく中国に対しても言いたいことを言ってきました。それだけにマスコミの反発も強く、毀誉褒貶は今も相半ばしています。
 
 といっても、都知事としての実績がないわけではなく、都財政の黒字化(五輪費用4000億はここから捻出)、日本で初めて公会計制度導入、風俗店の一斉撤去、排ガス規制、東京オリンピック誘致計画、災害対策費の備蓄、羽田沖の拡張・第四滑走路の建設、東京の治安回復、東京マラソンの実施、認証保育所の待機児童対策、三環状整備、横田空域一部返還、羽田国際化、学区撤廃、建物の耐震化促進、尖閣諸島購入計画、新銀行東京等があります。
 
 中には失敗とされた事業もありますが、4期にわたって都民に支持されたことも事実です。小池都知事は、そうした元知事の仕事を同じ保守政治家として引き継いだわけですから、それなりの敬意を払うべきではないでしょうか。ましてや、小池氏の都知事選勝利は、猪瀬氏のバックアップあってのことであり、その猪瀬氏を都知事に推薦したのは石原氏です。そして、その当の石原氏は、小池知事の質問書に、戸惑いつつも誠意を持って答えようとしたのです。
 
 それは、石原氏が、年来、官僚批判を繰り返してきたことからも判るように、氏自身、開かれた「都民ファースト」の都運営のためには、都知事のリーダーシップが不可欠だと考えてきたからではないでしょうか。また、都議会の「ドン支配」とか「ブラックボックス」とか言われるような非民主的で閉鎖的な議会運営についても、改善すべきとの問題意識も持っていたに違いないのです。それ故に、石原氏の回答が「誠意を感じさせる」ものになったのです。
 
 小池氏は、ゴゴスマでの浜渦氏の証言について「まあ、非常に自由にお話をされていたと聞いている。私から言わせれば、ご自分に都合のいいように解釈されているようだと、言えるのではないか」「キーマンでいらっしゃるので、どんどん発言されればいいのではないか。これから百条(の設置)や、(住民訴訟で)司法の動きにもなってくる。(テレビではなく)そういった所で、お述べいただければと思う」と言っています。
 
 さて、このように、日を追って挑発的な言辞を吐くようになった小池氏に、世論はどのような反応を示すでしょうか。私自身、石原氏に対する小池氏の質問書を見て以降、次第に不審をおぼえるようになり、私ブログ「竹林の国から」にも、ツイッターのコメントにも小池批判を書くようになりました。こうした疑念と不信は小池氏のその後の言動でますます強くなりました。すばらしい女性リーダーが登場したと喜び、誇りにさえ思ったのに、誠に残念と言うほかありません。

小池都知事は、なぜ石原慎太郎元都知事を「さらし者」にしようとするのか(1)

 小池都知事に対する一般国民の見方も当初の絶賛から少しずつ失望そして批判へと向かいつつあります。私自身もそうで、私が疑問を感じ始めたのは、小池都知事の石原氏に対する質問状を見てからです。
 
 その質問状の内容ですが、大まかに次の四点、1.なぜ土壌汚染のある豊洲に移転を決めたか及びその交渉経過について 2.東京ガスと東京都の汚染対策費用の負担割合について、3.豊洲市場の事業採算性について 4.土壌汚染対策としての盛り土の評価と建物下に盛り土がされなかったことについて、5.以上のことについての石原氏の道義的責任と、その具体的な取り方について糾すものでした。
 
 その質問の各項目が、あまりに微に入り細をうがったものでしたので、84歳の高齢しかも脳梗塞を患ったとされる三期前の知事石原氏に対する質問書としては、いささか酷過ぎると私は思いました。細目の事務処理や技術的なことは、都に残された資料や都職員等に聞けば分かることで、後任の知事が高齢の元知事に、その細部について問い詰め、元知事は何とか誠意をもって答えようとしているのに「ゼロ回答」だと決めつけ、その質問書や回答書を公開して「さらし者」にするというのは、いささか常軌を逸していると私は思いました。
 
 次に、石原氏の1の質問(なぜ土壌汚染のある豊洲に移転を決めたか及びその交渉経過について)に対する回答を見てみたいと思います。
 「1999年4月に私が都知事に就任する以前から東京都の幹部や市場関係者の間では築地市場の限界を感じ、移転先候補地を物色する中で豊洲という場所を決めていたようで、就任早々にそのような話を担当の福永副知事から聞いた記憶です。ただし、豊洲の中の東京ガスの敷地であるとまでは聞いた記憶はありません。したがって、少なくとも豊洲という土地への移転は既定の路線のような話であり、そのことは当時の資料をお調べいただけば分かるものと思います。」
 
 石原氏は「豊洲が東京ガスの敷地」であったことも忘れているような状態で、ただ豊洲移転が既定路線だったと記憶しているだけで、結局、「当時の資料をお調べいただけば分かる」と言うほかなかったようです。
 
 次に2の質問(東京ガスと東京都の汚染対策費用の負担割合について)に対する回答
 「担当が福永副知事から浜渦特別秘書に交代したことと、その理由がハードネゴシエーションが必要なためその適性を考慮してのことであったことは覚えておりますが、交渉に至る経緯とその後の経過の内容は、その後相当な期間が経過していることもあり、記憶にありません。場面、場面で決裁を求められたことはあったのかもしれませんが、大型構造物の建築や土壌汚染といった専門的、実務的内容に鑑みても詳しい交渉の経過の報告は受けていなかったと思います。いずれにせよ、この点は記憶に頼るより当時の資料を見ていただけば分かることだと思います。」これも当時の資料を見れば分かるというもの。
 
 また、土壌汚染対策費用の負担割合については、「今思えばアンフェアだと思いますが、私の判断を求められることがありませんでしたから、全く分かりません。」また、汚染対策費用を含む豊洲の土地価格が858億に上ったことについては「妥当うんぬん以前にずいぶん高い買い物をしたと思いますが、何故そうなったのかは私に判断を求められることがなかったことから分かりません。しかし、この点は東京都及び東京ガスに残っているはずの当時の諸条件に関する交渉経過の資料を見れば明らかになるものと思います。 」これも上と同じ答えです。
 
 次に3の質問(豊洲市場の事業採算性について)に対する回答
 「場面、場面で決裁を求められたことはあったのかもしれませんが、特段の知事の判断を求められたことはありませんでしたから、その専門的、実務的内容に鑑み、実務を担当した職員に任せておりましたので、分かりません。」これも上と同じです。
 
 次に4の質問(土壌汚染対策としての盛り土の評価と建物下に盛り土がされなかったことについて)に対する回答
 「指示、推奨あるいは容認といったことではないですが、そして、どなたからであったかは忘れましたが、ある専門家から「盛り土をするより汚染対策として地下にコンクリートの箱を重ねて埋め込み、土台として構えた方が工期も早いし、安く済むので良いのではないか」という提案があり、「なるほどそれなら一挙両得だから検討するに値する。」といった話を週に1度の昼食会だったかで都の幹部らと話した記憶はあります。」
 
 この点を捉えて、石原氏を地下空間設置の元凶だとする言説が流布するようになりましたが、当時の市場長比留間英人氏から石原知事に「コンクリート製箱の埋め込み案」はコスト高になるため採用できません」との報告を受け、石原知事は「ああそうか、分かった」と了承したことが、比留間氏自身の証言から明らかになりました。つまり、この「「コンクリート製箱の埋め込み案」と、建物下の地下空間は全く別の話だと言うことです。
 
 この、建物下に盛り土がなく地下空間になっていたことについて石原氏は「私はその点について何らかの指示をしたことはないと思いますが、 そもそもそのような専門的なことは、知事ではなく、担当職員が専門家の意見を聞いたり専門業者と協議したりしながら実質的に決定するものだと思います。」と答えています。
 
 最後に、5の道義的責任の追求に対しては、石原氏はとまどいつつも以下のような神妙な答え方をしています。
 
 「都知事の業務をよくご存じの都知事からこのような専門的な内容の事項について道義的責任をご質問いただくことにいささか複雑な思いを感じざるを得ませんが、市場関係者の皆さんを含め東京都民の皆さんや国民の皆さんに対しては、私が就任中のことに端を発して結果としてこのような事態に立ち至っていることについてまことに申し訳なく思っております。

 かつ調査に協力する意味で当時の記憶を整理し、思い出してはみたのですが、内容が大型構造物の建築や土壌汚染あるいは法律問題を含む売買契約交渉といった専門的、実務的内容であるため、何らかの決裁を求められてこれを行ったにせよ、そのほとんどを思い出すことができなかったことを申し訳なく思っております。
 
 そもそも、都知事が最終決裁を行うべき事案は膨大かつ多岐にわたるところ、本件のように専門的な知識・判断が必要とされる問題については、私自身に専門的知見はないことから、都知事在任中、私は、知事としての特段の見解や判断を求められたり大きな問題が生じている旨の報告を受けたりしない限り、基本的に担当職員が専門家等と協議した結果である判断結果を信頼・尊重して職務を行っておりました。
 
 本書のご回答において、度々、私自身は関与していないとか、担当者に任せていたとか、担当職員が専門家の意見を聞いたり専門業者と協議したりしながら実質的に決定していくもの等お答えしている趣旨は、このような意味合いです。加えて、13年半という在任期間中に私が都知事として決裁をした案件数は膨大であることもあり、ご質問の各事項については、本書のご回答以上の記億はございません。

 今となっては、小池都知事の責任と権限をもって、私が就任する以前の段階から今日に至るまでの各都知事のすべての時代の本件に関する資料をいわゆる「のり弁」的な細工をすることなくすべて公開していただき、ぜひ皆さんの目で何が行われたのかをご覧いただくしかないと思っております。無責任に聞こえるかもしれませんが、その専門的内容に鑑み、記憶の問題ではなく、資料がすべてを物語ってくれるものと思っています。」
 
 こうした石原氏の回答について、小池都知事はこれを「ゼロ回答」だと「憤りを露わにし」、質問状と石原氏の回答を全文公表しました。これに対し、ほとんどのマスコミは、これに付和雷同し、石原の「ゼロ回答」を無責任だと批判嘲弄しました。小池都知事は、これにさらにたたみかけるように、5年前から起こされている豊洲市場の土地購入をめぐる住民訴訟で、従来「石原元都知事に責任を認めない」方向で対応してきた都の弁護方針を180度転換し、石原都知事の責任を検証するとして、弁護団を総入れ替えし、6人の特別チームを発足させました。
 
 私は、こうした小池都知事の石原氏に対する対応を見ていて、正直、その情け容赦のない攻撃に驚くと共に、怒りを感じるようになりました。というのも、以上見た通り、石原氏の回答は、氏自身にとっては豊洲移転問題は既定路線であり、それを促進する決断はしたものの、用地買収交渉は副知事の浜渦氏に一任し、土壌汚染対策等の専門的な課題の処理は都の職員を信じて任せていた、と言うもので、石原氏としては誠意を尽くしたもののように感じられたからです。従って、「ゼロ回答」との非難には当たらないと思いました。
 
 このことは、特に盛り土問題が発覚して以降の石原元知事の言動を見れば判ります。この事実を初めて知らされた時の氏の対応は、「欺された」「都は伏魔殿」というものでした。元来氏には、国会議員の頃から官僚に対する不信がありましたので、”自分としては土壌汚染対策に万全を期すよう指示していたのに、こんな手抜きをしていたのか”と言う思いが、こうした発言になったのではないかと思います。
 
 ただ、実際は、建物下に地下空間を設けることは、土壌汚染対策としては決して「手抜き」ではなかったわけで、石原氏は、小池氏の発表を聞いて、とっさに、これを「手抜き」と思い込んでしまった結果、上記のような発言になったのだと思います。なんと言っても豊洲の土壌汚染対策を説明する公報が「全面盛り土」となっているのに、実際は建物下は空間で盛り土がなされていなかったわけですから、そう思い込むのも当然です。
 
 また、この事実については、その後問題になったように、歴代の市場長を始め都の幹部も知らない、あるいは問題認識を持たなかったことが判明しました。その結果、組織としてのガバナンスの欠如や、事実と異なる土壌汚染対策の説明を都議会等で行った責任が問われることになり、8人の関係者が処分されました。これについては、石原都知事の下で副知事を務めた猪瀬元知事も知らなかったのですから、石原氏が知るはずはありません。
 
 ではなぜ、この事実が都で共有されなかったかについてですが、その原因としては、私は、猪瀬氏が氏の著書『東京の敵』で指摘した、次の二点が考えられると思います。
 
二、意図して公にしていなかったが、悪いことをしていない場合。これまで盛り土をすると喧伝していたため、変更したならばその安全性を再度一からアピールする必要があります。移転の工期は確実に遅れてしまうため、こっそりとやってしまったと言う可能性。
 
三、担当者は意図して隠していたわけでも、悪意があってやったわけでもない場合。むしろコストを抑えて安全性をより高められるとの判断ではないかと思います。全てがやり直しになるわけではなく、あくまで建物の下の部分であり、それ以外の盛り土は行っているので、自分たちで進めていい範疇だと思った。

 この二つの考え方に共通しているのは、「悪いことをしているわけではない、むしろいいことをしたという自負が、都の技術職員にあった」ということ。しかし、当時、都議会では民主党が多数派を占め、石原都知事が決定した豊洲移転を阻止すべく、議会で攻勢を強めていた。これに対し、移転推進派の自民党、公明党は「盛り土するから安全」と訴えていたので、建物下に盛り土がないという認識が技術者レベルに止まった、というのが事の真相ではないでしょうか。
 
 しかし、都の土壌汚染対策の手続きとしては、最終的な都の整備方針(平成21年2月26日)には、「埋め戻し・盛土」については、①採石層の設置には「敷地全面にわたり」とあるのに、②埋め戻し・盛土には「敷地全面にわたり」の記述が省かれていました。このことは、「整備方針」がその提言を承けることとなった「技術者会議報告書」の「埋め戻し・盛土」の記述でも同様の処理がなされていました。つまり、都の「整備方針」は建物下は盛り土をしないことを予定していたのです。(参照「小池都知事「根回しなし」は結構だが事実認識を誤っては元も子もない」) *(2)に続く
 

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