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2020年9月12日 (土)

なぜ、縄文人は弥生系渡来人に征服されなかったか

 日本人の起源については、考古学的研究に加えて最近は核DNA解析が行われ、どのようなルートで日本に来て、周辺文化の影響を受けて発展してきたかが次第に明らかになってきた。ここでとりわけ重要な観点は、なぜ、約一万二千年前に大陸から切り離され、孤立した日本列島の中で生き延びてきた縄文人が、その後の超先進的な中国文化の流入になぜ吸収されなかったか、ということである。(R3.10.4修正の上再掲)

 現生人類=ホモサピエンスは、今から20万年前から10万年前にかけてアフリカで現生人類として進化した後、6万年前にアフリカを離れて世界に広がり、先住のネアンデルタール人やホモ・エレクトスなどの初期人類集団との交代劇を繰り広げたとされる(wiki「ホモサピエンス」)。そして、約4万年前頃、アジア東北岸に到達し、その後、最終氷期に伴う海面低下や氷結により日本列島に上陸した。

 「洪積世の終わり2万年前頃には、ほぼ現在に近い地形であるが、最終氷期最盛期のため海面が低下し、大陸と陸続きになることがしばしばあった。」「 例えば、間宮海峡は浅いため、外満州・樺太・北海道はしばしば陸橋で連絡があった。津軽・対馬両海峡は130 - 140メートルと深いため、陸橋になった時期は限られていた。」「最後の氷期が終わり、マイナス約60mの宗谷海峡が海水面下に没したのは、更新世の終末から完新世の初頭、すなわち約1万3,000年から1万2,000年前である。」(wiki「日本列島」)

 その後、日本列島は次第に温暖になり、縄文式土器を特徴とする縄文文化が栄えることになる。縄文時代の中期の最盛期の人口は約26万人と推計されているが、その人口分布は東北地方の落葉広葉樹林帯が中心で、クリ、ナラ、ブナなどの繁茂する森での狩猟採集や川や海でのサケ、マスの漁労が行われた。青森県の山内丸山遺跡からはクリやマメなどの栽培農業も行われていたことが分かっている。

 ではこの縄文人とはいかなる民族か、について、山本七平は『日本人とは何か(上)』で、日沼頼夫博士の「ATLウイルスキャリア」による研究を紹介している。これによると、このウイルスキャリアは東アジアでは日本人にしかないこと、日本以外では沿海州からサハリンに分布している少数民族に発見されているに過ぎず、中国・韓国にはいかに調査しても全くいないことが発見されたという。

 さらに興味深いのは、そのキャリアの日本における分布で、全国的に平均しているわけではなく、沖縄、アイヌなど日本列島の周辺部が極端に高く、稲作が早く伝播したと思われる地域が低いことが分かった。このことから、縄文人はATLウイルスを持っており、稲作を持ってきた弥生人にはATLがなく、それとの混血が早かった地方ほどATLのキャリアが少ないという仮説が成り立つ。

 日沼氏は、このATLウイルスを持つ日本の先住民は「中央アジアから東進して東北アジアに至り、その一部は日本列島に至った」としているが、ただ、残念ながら「東北アジア」方面に「ATLウイルスキャリア」が多いというデータは示されていないと、安本美典氏は指摘している。(『日本人と日本語の起源P163』)

 ところが、最新の分子人類学研究によると、中国や朝鮮では極めて少ない「Y染色体ハプログループD1a2a」は、日本人の約32%~39%にみられ、沖縄や奄美大島では過半数を占め、アイヌでは80%以上もこれに属する。」しかし、漢民族や朝鮮民族などの周辺諸民族にはほとんど見られないことから、ハプログループD1a2aは縄文人に特徴的なY染色体だとされる。(wiki「日本人」)

 「ハプログループD1は、ハプログループCFとともに、現在アフリカの角と呼ばれる地域から、ホモ・サピエンスとしては初めて紅海を渡ってアフリカ大陸を脱出した。アラビア半島の南端から海岸沿いに東北に進みイラン付近に至った。さらにイラン付近からアルタイ山脈付近に北上したと推定される。

 ハプログループD1のうち、東進して日本列島に至り生まれたのがハプログループD1a2aである・・・アリゾナ大学のマイケル・F・ハマーは「縄文人の祖先は約5万年前には中央アジアにいた集団であり、彼らが東進を続けた結果、約3万年前に北方オホーツクルートで北海道に到着し、日本列島でD1a2aが誕生した」とする説を唱えた。崎谷満はハプログループD1a2が華北を経由し九州北部に到達し、日本列島でD1a2aが誕生したとしている。(wiki「ハプログループD1a2a (Y染色体)」)

 これによって、安本美典氏が提出した日沼説に対する疑問は解かれることになり、日本の先住民は「中央アジアから東進して東北アジアに至りその一部は日本列島に至った」とする仮説が実証されることになった。つまり、これらの日本先住民が、その後約8000年に渡って、大陸から切り離され孤立した日本列島の中で、縄文文化を形成し、それが日本文化の基底となったのである。

 また、核DNA解析による研究では、最初に日本列島に到達し住み着いて縄文人となった旧石器時代人のDNA(約4万年前から約4400年前、旧石器時代から縄文時代の中期)は、現在の大半の東アジア人とは大きく異なっている。どういうことかというと、縄文人は「(出アフリカ後)古い時代に東アジア人の共通祖先から先に分岐し、独自の進化をとげたことが判明した」という。これは従来の説を裏付けるものである。

 その後、縄文時代後期(約4400年前-3000年前)、第二の渡来民が流入した。これは縄文人とDNAを大きく異にしていたが、後述の第三期渡来民とも若干異なっていた。斎藤成也はこの集団を黄海沿岸に住む「海の民」と推定し、漁労を主とする狩猟採集民もしくは狩猟採集と農耕をともに生業とする園耕民であったとした。この集団は日本列島中心部において縄文人と混血した。(wiki「日本人」)*ハプログループO2グループに属し陸稲をもたらしたという。

 次いで、縄文時代晩期(約3000年前)から弥生時代末期(1700年前)にかけて、中国江南から海を渡り、あるいは朝鮮経由で、水稲栽培が日本に持ち込まれた。日本列島へのこのハプログループO1b2の流入は弥生人と関連し、「則ちこのグループの到来と共に縄文時代から弥生時代へ移行しはじめたと考えられる。O1b2系統は日本列島の他、朝鮮半島や中国東北部の一部でも比較的多く見られる。」(wiki「日本人」)

 興味深いのは、「核DNA解析」によって、韓国人のDNAは東アジア人のグループに属するのではなく、東アジア集団の北京中国人と縄文人の中間に位置することが明らかになったことである。これは、朝鮮人と縄文系日本人の混血を示すものだが、韓国語と日本語の基礎単語の違いが大きいことから、言語的な分離はかなり早かったものと思われる。(「弥生人DNAで迫る日本人の起源」2018年12月23日放映 )

 次に、縄文人はどのような言語を話していたかというと、実は、日本語は「系統未詳言語」であるとされ、中国語や韓国語とも系統を別にする「混合後=クレオール言語」とされる。その文法構造は、モンゴル語、満州語、朝鮮語などのアルタイ系言語に似ているが、基礎単語は南方オストラネシア系のものが多いという。

 つまり、大陸から切り離された後も、日本列島には、生き残った旧石器時代人の他に、南方から海を渡ってやってきた人々が多数いて、縄文人との混血を繰り返していたということ。列島では温暖化が進み、これらの多様な人々の言葉が入り混じって、紀元前3000年までには、日本語の原型が成立したと考えられるのである。
 
 その後、春秋戦国時代の混乱期に、水稲栽培の技術と鉄器と家畜を持った人々が、中国江南から日本列島に渡来するようになり、その先進文化を縄文人が吸収同化する形で弥生文化が生まれた。水稲栽培は西日本から東日本へと急速に広まり、各地に部族が形成されクニが生まれ、さらに全国的な統一政権樹立へと進んでいった。

 ここで問題となるのが、この間に流入した人口は、新撰姓氏録に見るように相当数いたと思われるのに、なぜ、日本語が朝鮮語の語彙や中国語の文法構造の影響を受けなかったかということである。それは、先に述べたように、日本語の原型が堅固であったことと、この間の人口流入が、長い時間をかけて徐々に行われたためであろうと思われる。

 朝鮮との関係については、かって稲作は朝鮮から日本に伝わったと考えられていたが、「遼東半島で約3000年前の炭化米が見つかっているが、朝鮮半島では稲作の痕跡は見つかっていない。水田稲作に関しては朝鮮南部約では2500年前の水田跡が松菊里遺跡などで見つかっており九州からの伝来と議論されている。」という。(wiki「稲作」)

 

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