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2022年5月

2022年5月 3日 (火)

核戦争の脅威の中で世界はどこに向かうのか、日本は何をすべきか

 幣原は、1945年(昭和20年)10月9日、第44代内閣総理大臣に任命され、1946年(昭和21年)5月22日まで、通算約7ヶ月あまり在職しました。この間、昭和21年1月24日にマッカーサーとの間で、「武力放棄」を憲法に盛り込む話が行われたのです。


 この時は、幣原は首相であり政治家でしたから、この時の判断は政治的判断ということになるでしょう。そもそも政治とは、理想のみを語るものではなく、理想をしっかり見定めると同時に、リアルに現状を認識し、その現状から理想とする状態へ、いかに早く犠牲少なく到達するか、その具体的方策を政策を通して実現するのが仕事です。


 その意味で幣原は、敗戦直後の日本の現状をリアルに認識すると同時に、核兵器開発後の世界平和は、世界政府を樹立しそこに軍事力を一元化することによってしか実現できないと考え、その現実を未来へとつなぐ一段階として、日本の非武装化を世界の軍縮の道しるべにしようとしたということができます。


 しかし、この方策は、日本の平和は実現したけれども、軍縮による世界平和の実現には結びつかなかった。この間、世界の警察を自認してきたアメリカは、その負担をアメリカだけが背負うことに不満を感じるようになってきた。それがトランプのアメリカファーストという言葉になっているわけです。


 そんな状況の中で、常任理事国ロシアによる核の恫喝を含んだウクライナ侵略が公然と行われた。これを許せば、国連の現在の”なけなし”の安全保障機構も完全に崩壊し、各国が生き残るためには核武装するしかない、という結論になります。それ故に、プーチンの戦争を勝利に終わらせるわけには行かない、それが現状だと思います。


 では、こうした状況の中で日本はどう行動すべきでしょうか。いうまでもなく、日本は、国際機関による軍事力の共同管理のための、国連の安全保障体制の強化さらには再構築へと進まなければなりません。常任理事国で拒否権を持つロシアが、虚偽のプロパガンダによって正当化し、世界がロシアの核の脅かしに負けてこれを容認すれば、日本の核武装も必至となります。


 であれば、ロシアのウクライナ侵略をロシアの勝利という形で終わらせるわけにはいきません。世界は一致団結して、ロシアの、つまりプーチンという独裁者の野望の実現を阻まなくてはなりません。そのためには、ウクライナ東南部の完全占領を目指すプーチンの攻撃を撃退しなければなりません。日本はこのために何ができるか、憲法の許す範囲内でギリギリの努力をすべきです。


 その意味で、私は、現在岸田内閣がとっている対ロシア政策、ウクライナ支援策に賛成です。しかし、この紛争を短期間で片付けることは困難で、核戦争を抑止しつつ、プーチンが自らの判断の過ちに気付き、外交による問題解決に転換するまで、辛抱強く戦い続けなくてはなりません。その戦線の矢面に誰が立つか。


 どうやら、世界の警察を辞めたいアメリカ、そしてドイツをはじめ、従来ロシアとの経済関係の緊密化によって緊張緩和を図ろうとしてきた国々は、そうした政策が、独裁者には通用しないことに気づきはじめたようですね。日本のお隣には中国の習近平独裁体制が世界制覇を目指しており、北朝鮮の金独裁王朝は核攻撃を辞さない構えです。さて、日本は、如何なる方法で、幣原の唱えた「世界史的役割」を果たすべきでしょうか。

「戦争に負けて外交で勝つ」幣原の本当の”ねらい”

 では、幣原はこのことを予見できなかったのでしょうか。それとも、それは武力を放棄した日本の問題ではなく、その後に続かなかった世界の問題なのでしょうか。私はここに、幣原の老練な外交としての狡智が隠されているように思います。


 というのは、幣原は、マッカーサーに対して「日本をして自主的に行動させることが世界を救い・・・アメリカをも救う唯一つの道ではないか」と説き、日本の非武装を憲法に明記させました。それによって戦後の東西対立の冷戦構想の中で、日本軍がアメリカ軍の先兵として使われる危険性を無くし、この間の世界秩序維持のための「犠牲」をアメリカに負わせようとしました。しかし、これは絶対に口外できないことなので、それ故に、あくまで核の時代における非武装の理想論を説き続けたのです。


 だが、だからといって、幣原の理想とした世界政府の樹立、そこに軍事力を一元化する構想が、空想あるいは虚偽であったというわけではありません。本稿の初めに論じた通り、それは国連憲章にも謳われていることであって、何時のことになるのか分かりませんが、世界平和のために、軍事力を国際管理する組織が必要になることは間違いないと思います。


 つまり、幣原が考えたことは、核の時代において世界平和を実現するためには、軍事力を国際管理するしかない。そうした組織を樹立しない限り、人類は生き残れない。そのためには、各国が軍縮に努め、将来的には軍事力をその国際機関に一元化する必要がある。日本は率先してその模範を示す。それは狂人の仕業であるが、人類が生き残るための歴史的使命でもある、これが幣原の身命を賭した外交メッセージだったのです。


 これ、間違っていますか?いや、誰もどの国も反対できないと思います。しかし現実は、世界の軍縮は実現できませんでした。「核拡散防止条約」(NPT)やICBM等戦力兵器削減交渉、近年では「包括的核実験禁止条約」(CTBT)の発効などがありますが、ロシアが核をウクライナ侵略の正当化に使おうとしている現状、それを中国やインドがそれを支持している状況では、端的に言えば、人類が”愚かだ”ということです。


 従って、世界は幣原を責めることはできないと思います。幣原に言わせれば、「ローマ帝国などもそうであったが、何より記録的な世界政府を作った者は日本である。徳川家康が開いた三百年の単一政府がそれである。この例は平和を維持する唯一の手段が武力の統一であることを示している。」それができない責任は日本にはなく世界にある・・・ということになるでしょう。


 さて、そこで幣原はこうした状況をどこまで予測していたかと言うことですが、私は、彼の第一次世界大戦後の加藤高明内閣、第一次、第二次高槻礼次郎内閣の外務大臣として国際協調外交を推し進めた実績に照らして、当然、こうした事態が起こりうることを予測していたと思います。この点、マッカーサーの方が空想的だったのです。つまり、マッカ-サーは幣原にはめられたのです。


 マッカーサーは、北朝鮮の韓国侵略を端緒に朝鮮戦争が始まり、ダレスに日本軍の再軍備を迫られた時、幣原に対して”軍備放棄は100年早かったね”といい、幣原は苦笑いしていたといいます。しかし、時すでに遅しで、日本国憲法にそれが明記してある以上、日本の「再軍備」(自衛隊は「軍隊」ではない)は困難で、その結果、その後のベトナム戦争をはじめとする、東西のイデオロギー対決に起因する戦争に日本が巻き込まれることはなかったのです。

 

戦後77年、世界は日本にならって軍縮を実行したか?

 以上、「平野文書」の一部を紹介しましたが、私は、幣原のこの段階での判断は正しかったと思っています。吉田茂もこれを承知しており、昭和天皇には幣原が報告し了承を得ています。ただし、手続き炊きには大問題で、それ故にマッカーサーの意向=命令と説明したのです。


 だが、平野文書における幣原の説明にはいくつかの矛盾があります。一つは、「若し或る国が日本を侵略しようとする。そのことが世界の秩序を破壊する恐れがあるとすれば、・・・その第三国との特定の保護条約の有無にかかわらず、その第三国は当然日本の安全のために必要な努力をするだろう。要するにこれからは世界的視野に立った外交の力に依て我国の安全を護るべきで、だからこそ死中に活があるという訳だ」の部分です。

 
 まさに、現在が「ロシアがウクライナを侵略し、そのことが世界の秩序を破壊する恐れがある」状態です。これに対して第三国がウクライナのために必要な支援をしていることは事実ですが、それは、ウクライナが戦う意思を持ち、必要な武器や核シェルタを準備し、食糧備蓄をし戦っているからです。


 ”市民に犠牲が出る前に降伏すべし”との意見もありますが、それが「世界の秩序を破壊する」ものであれば、誰かが戦わなくてはなりません。本来なら、国連の安全保障理事会が対応すべきですが、常任理事国である国が、核を恫喝に使って侵略行為そするような状態は、幣原も想定していなかったと思います。


 幣原は、世界政府が樹立された場合、「世界の一員として将来世界警察への分担負担は当然負わなければならない。しかし強大な武力と対抗する陸海空軍というものは有害無益だ」と言っていますが、残念ながら、世界はその段階に達していません。科学技術の発達で武器の殺傷能力は飛躍的に高まっており、現状では、国連の「警察力」は各国の軍事力に依存している状態です。


 国連憲章第42条は「第41条に定める措置(兵力を伴わない措置)では不充分であろうと認め、又は不充分なことが判明したと認めるときは、国際の平和及び安全の維持又は回復に必要な空軍、海軍又は陸軍の行動をとることができる。この行動は、国際連合加盟国の空軍、海軍又は陸軍による示威、封鎖その他の行動を含むことができる」となっています。


 つまり、現在は世界政府ができる段階にはなく、それどころか、冒頭に紹介した国連憲章の「国際紛争の武力解決禁止条項」を無視した、むき出しの帝国主義に時代に逆戻りしかねない状態なのです。幣原は、こうした逆転現象が起こることを想定していなかったのでしょうか。本当に、日本が武力を放棄することで、世界が軍縮から世界政府樹立へ進んでいくと思っていたのでしょうか。


 この疑問を解く鍵は、私は、幣原の「僕は我国の自衛は徹頭徹尾正義の力でなければならないと思う。その正義とは日本だけの主観的な独断ではなく・・・そうした与論が国際的に形成されるように必ずなるだろう。」という言葉にあるように思います。


 つまり、これが、幣原の主張に論理的一貫性を持たせる条件であって、この条件が満たされなければ、世界政府の下での平和は訪れないと言うことです。実際、戦後77年、今日まで、日本国憲法第九条2項のように「戦力放棄」した国は、バチカンやリヒテンシュタインなど小国を除いて外になく、特に独裁国では軍事力の増強がつづいています。

原爆の脅威の中、日本は世界の軍縮に向け武力放棄で模範を示す

 幣原は、平野に語る際「念のためだが、君も知っている通り、去年金森君からきかれた時も僕が断ったように、このいきさつは僕の胸の中だけに留めておかねばならないことだから、その積りでいてくれ給え」と言いました。その後、昭和三十九年二月の憲法調査会事務局にて、平野は次のように証言しました。(一部のみ抜粋)。


問  かねがね先生にお尋ねしたいと思っていましたが、・・・実は憲法のことですが、私には第九条の意味がよく分りません。あれは現在占領下の暫定的な規定ですか、それなら了解できますが、そうすると何れ独立の暁には当然憲法の再改正をすることになる訳ですか。


答 それについては僕の考えを少し話さなければならないが、僕は世界は結局一つにならなければならないと思う。つまり世界政府だ。世界政府と言っても、凡ての国がその主権を捨てて一つの政府の傘下に集るようなことは空想だろう。だが何らかの形に於ける世界の連合方式というものが絶対に必要になる。


 何故なら、世界政府とまでは行かなくとも、少くも各国の交戦権を制限し得る集中した武力がなければ世界の平和は保たれないからである。凡そ人間と人間、国家と国家の間の紛争は最後は腕づくで解決する外はないのだから、どうしても武力は必要である。しかしその武力は一個に統一されなければならない。


 二個以上の武力が存在し、その間に争いが発生する場合、一応は平和的交渉が行われるが、交渉の背後に武力が控えている以上、結局は武力が行使されるか、少なくとも武力が威嚇手段として行使される。したがって勝利を得んがためには、武力を強化しなければならなくなり、かくて二個以上の武力間には無限の軍拡競争が展開され遂に武力衝突を引き起こす。


 すなわち戦争をなくするための基本的条件は武力の統一であって、例えば或る協定の下で軍縮が達成され、その協定を有効ならしむるために必要な国々か進んで且つ誠意をもってそれに参加している状態、この条件の下で各国の軍備が国内治安を保つに必要な警察力の程度にまで縮小され、国際的に管理された武力が存在し、それに反対して結束するかもしれない如何なる武力の組み合せよりも強力である、というような世界である。


 そういう世界は歴史上存在している。ローマ帝国などもそうであったが、何より記録的な世界政府を作った者は日本である。徳川家康が開いた三百年の単一政府がそれである。この例は平和を維持する唯一の手段が武力の統一であることを示している。


 要するに世界平和を可能にする姿は、何らかの国際的機関がやがて世界同盟とでも言うべきものに発展し、その同盟が国際的に統一された武力を所有して世界警察としての行為を行う外はない。このことは理論的には昔から分かっていたことであるが、今まではやれなかった。しかし原子爆弾というものが出現した以上、いよいよこの理論を現実に移す秋がきたと僕は信じた訳だ。


問  それは誠に結構な理想ですが、そのような大問題は大国同志が国際的に話し合って決めることで、日本のような敗戦国がそんな偉そうなことを言ってみたところでどうにもならぬのではないですか。


答  そこだよ、君。負けた国が負けたからそういうことを言うと人は言うだろう。しかし負けた日本だからこそ出来ることなのだ。」日本が狂人となり歴史的使命を果たすのだ。

日本国憲法第九条2項は幣原喜重郎の発案

 この問題を考えるためには、この日本国憲法第九条がどうして生まれたか知る必要があります。よく、この憲法はアメリカ軍の占領下に日本に押しつけられたものだという解釈がありますが、第九条2項に関する限り事実ではありません。本当は、戦後二番目に首相の座にあった幣原喜重郎が発案したものです。


 幣原は肺炎になり、アメリカにペニシリンを処方してもらい、そのお礼に、昭和21年1が24日マッカーサーを訪問し、その際、憲法に武力放棄を書き込むことを提案し、マッカーサーがそれを受け入れたのです。


 では幣原はどういう気持ちでそうした提案をマッカーサーにしたのかというと、
一、連合国内に天皇断罪論が高まる中で、日本が武力を放棄すれば、天皇制は本来「象徴天皇制」だから、それに対する連合国の警戒心を弱めることができる。
二、戦前の日本軍国主義の復活を抑える。
三、戦後の東西冷戦構造を予期し、日本がそれに巻き込まれることを回避する。
四、原爆の発明により、戦争は世界の破滅になるので、世界に軍縮を呼びかける。そのために日本が率先して武力を放棄し模範を示す。


 これらの理由の内、幣原が公に表明したのは、一を天皇の「人間宣言」という形でおこなったことと、最後の原爆の発明云々と言うことだけでした。


 一については、マッカーサーは、昭和二十年九月二十七日、昭和天皇がマッカーサーを訪問した際、天皇が「敗戦に至った戦争の、いろいろの責任が追及されているが、責任はすべて私にある。文武百官は、私の任命する所だから、彼等には責任はない・・・」旨の発言をしたことに感動し、日本の占領統治をうまく進めるためには、天皇の存在が不可欠と考えました。


二、三は、幣原は、日本の敗戦は、外交に軍が介入したことでもたらされたと考えていましたので、戦後の東西冷戦構造の中で軍が復活し、かつ、その軍事力を、アメリカが共産勢力との戦いの先兵として使う危険性を予測し、これを回避しようとしました。だから、マッカーサーに対しては、一、二、四の理由だけ述べて、三については終生語りませんでした。


 ところで、なぜマッカーサーは原爆の発明を理由とする日本の武力放棄に賛成したかというと、彼は軍人でありながら敬虔なクリスチャンで、キリスト教の千年王国平和説を夢見ていました。同時に、当時、原爆を持っていたのはアメリカだけでしたので、自分が原爆を管理できると思ったのです。


 こうした幣原の行動を当時の内閣がどの程度承知していたかというと、実は、幣原は「武力放棄」は自分の発案だとはいわず、あくまでマッカーサーの意思によるとしました。一方、マッカーサーは、幣原の発案であることを、米国議会などで次のように証言しています。「戦争を禁止する条項を憲法に入れるようにという提案は、幣原首相が行ったのです。提案に驚きましたが、首相にわたくしも心から賛成であると言うと、首相は、明らかに安どの表情を示され、わたくしを感動させました」。

 
 幣原は、この間の事情について、国立国会図書館館長の金森徳次郎が30年間秘密にするから真相を語ってくれと頼まれましたが「まだ早い」といって語りませんでした。しかし、幣原が亡くなる10日ほど前、元衆議院議員平野三郎にその真相を語りました。

 

ロシアのウクライナ侵略、国連はどうして止められないか?

 今年のある会の来賓あいさつで野党の県議の方が、ロシアがウクライナを一方的に軍事攻撃している状況の中で、憲法第九条の理念を説明しづらくなっている。また、ロシアをどうしたら止められるか答えるのは大変難しい、ということを言っていました。


 これに答えるのは大変難しいわけですが、私は長い間、比較文化論の観点から昭和史を勉強してきましたので、こうした視点から私見を申し述べたいと思います。


 問題は、憲法第九条ですね。これがどうしてできたか。いうまでもなく日中戦争及び太平洋戦争の敗戦の結果生まれたのです。この憲法第九条について考える時、まず知っておかなければならないことは、これは二つの考え方から成り立っているということです。一つは、第1項の戦争放棄、もう一つは、第2項の戦力放棄、つまり軍隊を持たないということです。


 実は、この第1項の戦争放棄の規定は、憲法九条だけのものではなくて、昭和20年10月24日に発効した国際連合憲章でも謳われています。
 国連憲章第一条1項「国際の平和及び安全を維持すること。・・・平和を破壊するに至る虞(おそれ)のある国際的の紛争又は事態の調整又は解決を平和的手段によつて且つ正義及び国際法の原則に従つて実現すること。」


 第二条4項「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。」
 つまり、国際紛争を武力で解決することは、原則的に国連憲章で禁止されているのです。


 これに対して日本国憲法第九条1項は「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」となっており、表現は強いですが、内容は上記の国連憲章と同じです。


 問題は、第九条2項「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」です。
 これは日本国憲法第九条独自の規定です。では、国連憲章は、この「前項の目的を達成するため」にはどうすると言っているのでしょうか。


 第42条「安全保障理事会は、(兵力を伴わない措置では不充分と認めた場合は)国際の平和及び安全の維持又は回復に必要な空軍、海軍又は陸軍の行動をとることができる。」つまり、国連は必要となれば軍事行動をとるとしているのです。


 その場合、国連は「使用される軍事力の管理は国連が行う。各国が勝手に軍事力を使うことは許されない」としています。唯一それが許されるのは、国連の安全保障理事会の決定が遅れて侵略行為に対応できない場合、第51条「個別的又は集団的自衛の固有の権利」を認めるとしています。


 つまり、国連の安全保障理事会の機能が迅速に働いて、国際社会の平和維持のために必要な軍事力の動員がすぐにできれば、国連は世界政府のような役割を果たすことができる。そうなれば、各国は警察力を持つだけでよく、軍事力の行使は全て国連に委ねることになります。実は、この状態が、日本国憲法第九条が期待した国際秩序なのです。だが、戦後77年たってもそれができない。それどころか逆行さえしてる。なぜか? 

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