ロシアのウクライナ侵略、国連はどうして止められないか?
今年のある会の来賓あいさつで野党の県議の方が、ロシアがウクライナを一方的に軍事攻撃している状況の中で、憲法第九条の理念を説明しづらくなっている。また、ロシアをどうしたら止められるか答えるのは大変難しい、ということを言っていました。
これに答えるのは大変難しいわけですが、私は長い間、比較文化論の観点から昭和史を勉強してきましたので、こうした視点から私見を申し述べたいと思います。
問題は、憲法第九条ですね。これがどうしてできたか。いうまでもなく日中戦争及び太平洋戦争の敗戦の結果生まれたのです。この憲法第九条について考える時、まず知っておかなければならないことは、これは二つの考え方から成り立っているということです。一つは、第1項の戦争放棄、もう一つは、第2項の戦力放棄、つまり軍隊を持たないということです。
実は、この第1項の戦争放棄の規定は、憲法九条だけのものではなくて、昭和20年10月24日に発効した国際連合憲章でも謳われています。
国連憲章第一条1項「国際の平和及び安全を維持すること。・・・平和を破壊するに至る虞(おそれ)のある国際的の紛争又は事態の調整又は解決を平和的手段によつて且つ正義及び国際法の原則に従つて実現すること。」
第二条4項「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。」
つまり、国際紛争を武力で解決することは、原則的に国連憲章で禁止されているのです。
これに対して日本国憲法第九条1項は「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」となっており、表現は強いですが、内容は上記の国連憲章と同じです。
問題は、第九条2項「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」です。
これは日本国憲法第九条独自の規定です。では、国連憲章は、この「前項の目的を達成するため」にはどうすると言っているのでしょうか。
第42条「安全保障理事会は、(兵力を伴わない措置では不充分と認めた場合は)国際の平和及び安全の維持又は回復に必要な空軍、海軍又は陸軍の行動をとることができる。」つまり、国連は必要となれば軍事行動をとるとしているのです。
その場合、国連は「使用される軍事力の管理は国連が行う。各国が勝手に軍事力を使うことは許されない」としています。唯一それが許されるのは、国連の安全保障理事会の決定が遅れて侵略行為に対応できない場合、第51条「個別的又は集団的自衛の固有の権利」を認めるとしています。
つまり、国連の安全保障理事会の機能が迅速に働いて、国際社会の平和維持のために必要な軍事力の動員がすぐにできれば、国連は世界政府のような役割を果たすことができる。そうなれば、各国は警察力を持つだけでよく、軍事力の行使は全て国連に委ねることになります。実は、この状態が、日本国憲法第九条が期待した国際秩序なのです。だが、戦後77年たってもそれができない。それどころか逆行さえしてる。なぜか?
« 望月五三郎『私の支那事変』の「件の箇所」は、後から誰かが挿入したのではないか? | トップページ | 日本国憲法第九条2項は幣原喜重郎の発案 »
この記事へのコメントは終了しました。
コメント