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カテゴリー「時事問題」の記事

2017年4月 2日 (日)

瑞穂の国を「恩の国」から「怨の国」に変える左右翼連合の脅威

(大幅に加筆校正しました。2017.4.5 9:55)
森友学園問題の発端について
この事件は、まず、木村真豊中市議が「まあ(極右の学校を)つぶしたかっただけなんですけどね」に始まり、「さらに安倍政権にダメージが与えられれば御の字という点で、木村市議と朝日新聞の利害が一致し」、これに野党4党が乗ったものだが、問題は、こうした動きに、攻撃を受けていたはずの籠池氏が一転して同調し、安倍政権攻撃を始めたことである。

この原因について、アゴラでは、梶井氏が、次のような安倍首相の籠池氏に対する「人格否定発言」を問題視する論を展開している。

「証人喚問(参院)で「なぜ今になって、献金の話をしようと思ったのか」と聞かれた籠池氏は「安倍総理から『しつこい人』と言われ……」と述べている。「え、それだけ?」と思うかもしれないが、偉人、敬愛するとまで讃えていた人物からの人格否定ともとれる発言は本人にとっては重かったのだろう。」(安倍首相の「しつこい」発言は2月24日で、籠池氏はこの言葉で安倍首相批判を始めたわけではない)

私は、この見方は、本末転倒した見方だと思う。なにより、なぜ安倍首相がなぜ「しつこい人」と言ったかの事実認識が間違っている。従って、それが籠池氏の人格否定となったという理解の仕方も間違っている。そこで、この問題をよりクリアーに理解するため、次に、日本人の伝統的な「恩に基づく倫理基準」について説明したい。

日本人の伝統的な倫理基準とは?

イザヤ・ベンダサンは、著書『日本教徒』の中で、不干斎ハビアンの『キリシタン版平家物語』を紹介しつつ、今の日本人にも通用する倫理基準としての「恩論」を展開している。
これは、戦国時代から江戸時代への転換期、仏僧からキリスト教徒に改宗した不干斎ハビアンが、日本に来た宣教師(パードレ)に日本理解のための教材として「平家物語」を抄出し「日本人のものの見方・考え方」を解説したものである。

この中でハビアンは、日本人の倫理基準を次のように説明している。
「この世には四恩がある。天地の恩、国王の恩、父母の恩、衆生の恩」、人間はこの「恩の貸借関係の世界」に生きている。この「恩」の世界では、人は「恩」を受けた債務を感じなければいけない。一方、「恩を施した」権利を主張することも許されない。つまり、忘恩や「施恩の主張」は「科=罪」であり、「受恩の義務」を忘れず、「施恩の権利」を主張しない生き方こそ「人間らしい生き方」である。

従って、「施恩の権利」は権利として主張するのでなく、あくまで、相手の「受恩の義務」として説くことになる。こうしたプロセスを踏むことを日本人は「相手の自主性を尊ぶ」という。こうしたプロセスを踏まず、いきなり「受恩の義務」を「施恩の権利」として主張された場合に、受け手が感じる感情が「恥」である。

つまり、この世界では、もし「施恩の権利」を主張し、「受恩の義務」を否定する者が出現した場合、これに対抗する手段がなく、そのため「怨」が生まれる。そして、この「怨」はつもりつもって、「受恩の義務」を拒否し、「施恩の権利」を主張した、いわゆる「人を人とも思わぬ」「世を世とも思わぬ」人を滅ぼす・・・。

では、こうしたハビアン版「平家物語」に見られる倫理観は、もはや日本人にとって時代離れしたものだろうか。そこで、籠池氏の行動・言動をこの倫理観に照らして見たい。

それは、森友学園の教育方針に賛同し、瑞穂の国記念小学校の建設のために講演、寄付?までしてくれた首相夫人に対する「受恩の義務」を拒否し、幼稚園児に”安倍首相がんばれ”と言わせるなどの「非常識かつはた迷惑な行動」を「施恩の権利」として主張し、校名や寄付振込用紙に「安倍晋三名義」を冠することを「しつこく」迫って断られたことを、逆に”しつこい”と言われた、”はしごを外された”と逆怨みし、その腹いせに、首相夫人より寄付を受けた?ことを野党・マスコミに暴露し、これに乗じて安倍内閣を潰そうとする野党と連携して安倍首相を攻撃する・・・まさに「人を人と思わぬ」「世を世と思わぬ」大罪ということになる。

菅野完氏の「仕込み]と奸計
 
不思議なのは、こうした「常識的な見方」が、戦後の日本のマスコミ界にほとんど見られなくなったことである。籠池氏の場合も、証人喚問に呼ばれて堂々としていた、立派だったと褒めそやす人がいるが、本当に、彼は、自己保身に走る権力者に「はしごを外された」か弱き民間人被害者なのだろうか?小川栄太郎氏は次のような証言をしている。

「その後、(平成29年3月)10日夕方から、籠池理事長と電話のやり取りをし、メディア対応に限定した助言を数回やり取りした。ところが、3月15日夜、理事長の電話に出た夫人から「昭恵さんに裏切られた。許しません」と突然言はれ、一方的に電話を切られた。朝までの理事長とのやり取りは丁重なものだつたので驚いた私は昭恵夫人に即座に電話し、何かあつたのか尋ねたが、この数日連絡をとつてをらず何もしてゐないとの事だつた。」

ではこの間何があったか。
15日午後2時、日本外国特派員協会による記者会見をキャンセルした「籠池夫妻は菅野完氏に会つてゐる。そこで籠池氏の態度が180度変つたのである。メールから確実に推定されるのは、菅野氏が籠池氏に「安倍総理が地検に云々など」と荒唐無稽な話をそこで吹き込んだのだらうといふ事だ。 又、安倍総理からの寄付金100万円を「振込用紙」と共に主張しだしたのも16日で、これも菅野氏の仕込みであらう。この「振込用紙」は馬鹿げてゐる為、検証対象になつてゐないが、実は精査する必要がある。」

「実際菅野氏の仕込みの直後、籠池氏に野党4党が面会した。面会内容は非公開の約束となつてゐるといふが、証人喚問前に証人と召喚する側の非公表の面会などが許されるのか。籠池氏はなぜ証人喚問に応じたのか。議事録を精査すると、証人喚問で野党4党と証人の間で平仄のあひ過ぎるやり取りが多見されるが、なぜか。」(小川栄太郎)

この件について当の菅野氏は、週刊新潮のインタビューで次のように答えている。
「その本(『日本会議の研究』―筆者)の取材で、塚本幼稚園の問題は知っていたのにあまり書かへんかった。だから、国有地問題が火を噴いたのを機に、僕は園児に軍歌を歌わせるようなその異常性をもう一度掘り下げていこうと思った。ところが、他のメディアも役所の責任追及より右翼的教育を主に取り上げた。だから、僕が矛先を変えようかと。国、大阪VS幼稚園という構図で見ると、籠池理事長は弱者の立場なので、そちら側に付くことにしたのです」

「3月10日に記者会見が開かれたとき、僕が質問すると“あんたが菅野さんか!”と、籠池理事長はご立腹だった。でも、なぜか、長男の佳茂さんはニコニコしながら“後で時間取るから”と言うてくれはって。だから、佳茂さんにライン送って、翌日、会うことになった。そして、話しているうちに意気投合し、理事長の自宅に行こかとなったのです」(この話し合いで菅野氏は10時間位かけて佳茂さんに”ある事”を説得したという)

(3月12日籠池宅訪問)「とはいえ、過去の取材活動のなかで、塚本幼稚園の園児虐待疑惑などを度々取り上げてきたため、籠池理事長には“天敵”とも言える人物だった。だから、僕の顔を見るなり、“君のせいで、ウチがどないなっとると思うとるんや!”と怒鳴られ、僕も“あんたが悪いんやろ!”と怒鳴り返しました。その場は佳茂さんが仲立ちし、なんとか収まった。それから、僕が籠池理事長にメディア対策などを伝授していくと、妻の諄子さんからは“あんた、ホンマ悪知恵が働く男やなあ”とからかわれたりして、だんだんと心を開いてくれるようになったのです」

こうした経過は、自ずと「窮地に立たされた籠池氏は『藁をも掴む』心境で本来水と油の関係の左系議員や著述家?と手を組んだのではないでしょうか。」という小川氏の推測を可能にする。
 
また、当の菅野氏が籠池氏のスポークスマンとなった狙いは、「極右人脈と政治家が接近し、その蜜月から森友学園疑惑は起こった」という構図の下でこの疑惑を事件化することだった。それによって、財務省の国有地売買における不正や、大阪の松井知事の私学審審査への介入を暴き、さらに昭恵夫人からの100万円寄付を梃子に、安倍首相の不当な政治的働きかけをあぶり出そうとした。
 
私は、この問題が起こった時、籠池氏はなぜ正々堂々と正面突破を計らなかったか疑問に思ったが、「しばき隊」に属していたこともある極左の菅野氏と連携する姿を見て、刑事訴追されかねない何らかの不正を自覚していたのだろうと思った。それが3月10日の補助金申請取り下げになったのだろう。
 
籠池氏の「逆恨み」と「恩」の関係
 
おそらく菅野氏はそうした追い詰められた籠池氏を見て、次のような「策略」を計ったのだろう。
 
国有地払い下げには、必ず安倍首相以下維新の不正な働きかけがある。従って、この不正を突けば、彼らは必ず逃げ出し籠池氏を見捨てる。籠池氏は保身に走る政治家を見て失望、怒りの矛先を彼らに向ける。彼らは戸惑い籠池氏を批判する。その結果、籠池氏は自己防衛上、彼らこそがこの国をダメにしている元凶だとの心的転回に至る。
 
こうして籠池氏は、一転して安倍首相や松井知事を攻撃するようになり、「私こそ、信念なき自己保身の政治家らにおだてられ、木に登らされたあげく、はしごを外されたかわいそうな民間人」とのイメージを打ち出す。それをマスコミが宣伝することで、籠池氏に対する世論の同情が高まる。その結果、その後の籠池氏をめぐる状況は籠池氏に有利に展開する。
 
私は、結局、話はこのようには展開せず、籠池氏は孤立せざるを得ないことになるのではないかと思うが、こうした極端の心的転回がいわゆる伝統的を価値を重んずる人々になぜ起こるかと言うことについては一考する必要があると思う。
 
それは、端的に言えば、先に述べた日本人の「恩」を媒介とする相互債務の人間関係の中においては、法的な権利義務関係を厳格に設定することが忌避されるからである。この結果、今回の事件で問題となった「忖度」という現象が生まれる。松井知事は政治家は「忖度」には「良い忖度」と「悪い忖度」があるといい、安倍首相や野田元首相は「忖度はない」という。
 
では、この両者の関係はどう整理すべきか。私は、「恩」を媒介とする相互債務の人間関係こそ日本人のモラルの源泉だと思う。そうしたモラルをベースに、社会関係においては法的な権利義務関係が形成されているわけである。従って「忖度」はモラル面から見れば「良い忖度」となり、法的な権利義務関係から見れば「悪い忖度」となる。
 
そこで今回の森友学園事件をこうした観点から整理すると、まず、教育勅語の問題はあくまで教育問題であり、学校認可の問題や国有地払い下げの問題とは区別して論じるべきである。昭恵夫人の森友学園に対する100万円寄付が問題となっているが、これ自体は何ら問題ではない。また、そうした肩入れが後者の問題にどう関わったかは、今のところ一般的な行政問い合わせの域を出ていないようである。
 
また、こうした昭恵夫人の行動に関わって、安倍首相が後者の問題にどう関わったかが問題とされる。しかし、安倍首相自身は籠池理事長の「しつこい」働きかけに困惑しており、その土地取得に不当な働きかけをしたという動機も証拠も挙がっていない。そこで「忖度」と言うことが言われるが、行政手続きがしっかりなされておれば問題とはならない。
 
今回の場合は、近畿財務局に手続き上の”チョンボ”があったとされる。あわせて、松井知事の、私学審議会に対する学校開設認可の働きかけにおいて、森友学園の財務状況の把握が十分でなかった点が指摘される。この点については、籠池理事長自身も自覚しているらしく、学校建設に伴う補助金申請を取り下げている。
 
では、何が問題を大きくしたかというと、籠池氏が、元来天敵であったはずの菅野完氏らと連携して、学校認可の問題や国有地払い下げに、安倍首相や松井知事の不当な働きかけがあったと告発に転じたことである。それは、まさに冒頭述べた「極右の森友学園潰し、安倍政権潰し、維新大阪府市政治潰しを画策する勢力の思惑にはまることだが、ではなぜ籠池氏はこんな奇策に打って出たか。
 
端的に言えば、「逆恨み」であろう。問題の根本は、籠池氏が教育者に求められる人格を欠いていたこと。また、小学校建設のための資金力もなく、そのため、その認可・土地取得に伴う政治家への働きかけに無理があったこと。そこに左翼の活動家がつけ込み、その中に菅野完という「しばき隊」上がりの極左活動家がいて、窮状に陥った籠池氏の「逆恨み」を安倍内閣、維新大阪政治攻撃へと導いたのである。
 
では、今後どうなるか。籠池氏は破産から免れるか、何らかの不正を摘発され「豚箱入り」となるか。今回の国有地払い下げについては、近畿財務局の”チョンボ”も指摘されるし、大阪府より一度は学校設置認可が下りたわけだから、両者の責任も免れないだろう。今後の成り行きを見守るしかないが、残る問題は、今回の籠池氏の行動・言動が日本人にどう受け止められるかである。
 
なんと言っても、籠池夫妻の奇矯な言動、自分の責任を棚に上げ、自分の学校の教育方針に賛同し支援してくれた首相夫人が100万円の寄付?をしたと暴露し、それを、自分の学校建設のための土地取得に安倍首相が不正を働いた証拠として告発する。その、まさに「恩を仇で返す」行動は、私は日本人には決して受け入れられないと思う。日本人の「恩」と菅野氏の「怨」の闘いである。
 
昭恵夫人は100万円を寄付したか

ともあれ、昭恵婦人は、100万円寄付をしたか、しなかったか。この疑問を解くための最も良い資料は、私は、昭恵夫人と籠池夫人とのメールのやりとりだと思う。このメールでは10万円の講演謝礼について次のような会話が交わされている。

平成29年2月28日
安倍昭恵:私は講演の謝礼を頂いた記憶がなく、いただいていたのなら教えて頂けますでしょうか。 申し訳ありません。
籠池諄子:『私は講演の謝礼を頂いた記憶がなく、いただいていたのなら教えて頂けますでしょうか。 申し訳ありません』 あまりにひどい なぜその情報はどなたからですか 全国の方々から励ましのメールがどっさり届き励まされます 絶対おかしい!
安倍昭恵;報道をされたようなので、確認です。
籠池諄子:えーひどい ひどすぎます 応援メールをみていただきたいぐらいです。
これをみれば、籠池夫人は明確に10万円の講演謝礼を否定している。(森友学園の決算書には寄付支出40万の説明に昭恵夫人の名があるというが、これについては後述)。また、100万円の寄付については、3月16日の昭恵夫人の籠池夫人に対する「100万円の記憶がないのですが」の問いかけに対し、籠池夫人は何も答えていない。

一方、籠池氏は、3月23日の衆参両院の予算委員会、森友学園理事長籠池泰典氏の証人喚問で、「私とふたりきりの状態で『一人にさせてすみません。どうぞ安倍晋三からです」とおっしゃって、寄付金として封筒に入った100万円を下さいました。」と証言した。
また、10万円の講演料については、3月23日の証人喚問における民進党福山議員の質問に答えて次のように答えている。

福山。10万円を講演料として渡したというのは?
籠池:先に用意していた。講演が終わった後に渡しました。お菓子の袋に感謝と入れて、お持ち帰りいただいた。
福山:昭恵夫人に直接渡したでしょうか?
籠池:記憶がはっきりとしていませんので、申し訳ありません。
福山:100万円も10万円も、安倍総理側は否定されています。なぜ今となって公にしたのか?
籠池:当初から安倍首相に敬愛を持っていました。2月10日に事件が勃発して、国の方向性も見ていたが、2月23日にテレビ中継で、安倍首相が籠池氏はしつこい人だと言っていました。重要なのは我々はこの学園を作り上げようとしている時に、途中、手のひらを返すように、潰すようになってきたので、私自身も、何が動いているのかという気持ちになって、解明しないと国民の皆様に申し訳ないと思いました。(The Huffington Post執筆者:ハフィントンポスト編集部 投稿日2017年03月23日)

つまり、籠池婦人は、2月28日のメールでは10万円の講演料を昭恵夫人に渡したことを否定する一方、3月16日に籠池氏が四野党調査団に安倍首相から100万円の寄付をいただいたと証言したことが影響したのか、昭恵夫人からの3月16日の「100万円の記憶がないのですが」との問い合わせには何も答えていない。

しかし、例の100万円の郵便振込用紙の「受領証欄」の安倍晋三の文字は、その筆跡鑑定で9割方籠池夫人のものと言われている。よって、もし籠池夫人が100万円を昭恵夫人からもらっていたのなら、100万円いただきましたと返信するはずである。それをしなかったと言うことは、その100万円は、昭恵夫人からの寄付ではなかった・・・。

また、その籠池夫人が否定している10万円の講演料について、籠池氏が昭恵夫人にあげたと国会で証言したのは、この100万円の出所について、当時、籠池氏が昭恵夫人に差し出した講演料100万円を昭恵夫人が受け取らなかったので、それを寄付として処理したのではないかとの見方があったことを、否定するためのものと推察される。

では一体真相は?私は、10万円の講演料については、昭恵夫人は差し出されたが受け取らなかった。そして100万円は、実は籠池氏が用意したもので、それを「安倍首相の寄付」として処理し、その記録を残すため郵便振り込みの受領証「ご依頼人欄」に安倍晋三名を記入した。しかし郵便局が受け付けなかったので、やむなく森友学園に訂正した、と言うことではないかと思う。

2017年2月12日 (日)

小池都知事における「人望の研究」

(前稿と重複する前段の文章を削除、次パラグラフ挿入2017.2.14.0:33)
 
最近の小池都知事の言動を見聞きしていると、正直言って気分が悪くなります。中には、小池氏の恣意的な権力行使や礼節をわきまえぬ言動に喝采を送る人もいますが、私は、これは、「平等社会になればなるほど、リーダーに求められる共通の能力」としての「人望」の欠如を示す以外の何物でもないと思います。
 
まず、小池都知事の石原元都知事の責任を追及する最近の物言いを見てみます。
 
(小池都知事の2月3日の定例記者会見)
小池都知事は、石原元都知事が移転決定の経緯を詳しく説明していないとして、「逃げてしまっているという印象」「石原さんらしくない」と批判
 
(2月8日 BSプライムニュースインタビューでの発言)
都議会特別委員会が石原元都知事や浜渦氏を参考人を決めたことについて、石原元都知事が「喜んで応じる」と語ったことについて、小池都知事は「いろいろ環境も変わってきましたので、そういったところで何か動かなければと思ったのでは。その時、知事でいらしたわけですから、侍とかの精神とか、日本男児たるものはとずっと言ってこられたわけですから、人に責任を転嫁することなく、自らのことをしっかり語られたらいいと思います」
 
浜渦元副知事が、石原元都知事は「国の大きなことをやっていたので、チマチマしたことは私がやってました」(浜渦のテレビでの発言)と言ったことに対し「都知事として選ばれていたわけでしょ。国のことは頼んでないでしょ。それを聞いてショックでしたね」
 
また石原都知事が行った尖閣諸島問題の取り組みについて「むやみに問題にされて結局14億円を宙に浮いている」「この始末はどうしましょうか」「国と都がやるべきこととをもう少し明確にしてやられた方が良かったのではないか」
 
(2月10日記者会見)
 参考人招致等に出席に意欲を示す慎太郎氏に対し「急にここにきて動きだされた。何があったのかよく存じません」「急に元気になったり、弱気になられたり。この後もどんな波になるか分からない」、「『記憶にありません』という姿勢をみせるなら、国民が見ている」
 
プライムニュースでの発言にもありますが、自分は石原元都知事の「後始末をやらされている」と、尖閣問題まで持ち出して責任転嫁しようとしているのです。言うまでもなく尖閣問題は、尖閣が個人所有になっており、中国へ売却という怖れもあったことから都が購入を決めたもので、購入資金の寄付募集のアイデア自体は、当時副知事だった猪瀬氏の発案だったといいます。
 
いずれにしても、こうした高飛車な挑発的言辞は、すべて目的があって発していることで、小池都知事は、豊洲移転が当初の予定より大幅に遅れることを予測し、この間に生じる膨大な無駄金=築地、豊洲の維持管理費、業者への保証金等に対する責任追求を、石原氏に責任転嫁しようとしているのでしょう。
 
では、その結果、どういう事態が発生するか。まず、豊洲への市場移転は困難になります。その理由は、豊洲の地下水が環境基準を満たしていないということですので、では築地は満たしているか、他の市場はどうかという話になります。最悪の場合、築地の汚染状態や危険性が暴露され”にっちもさっちもいかなくなる”こと請け合いです。
 
小池都知事が本物の政治家であるならば、まず、モニタリング検査結果を市場の安全をオーサライズするものと判断したことの誤りを詫び、地下空間の設置についても、公報と実際の工法が違っていたことの都の不手際の謝罪と共に、それを「盛り土」なし=土壌汚染対策工事の手抜きと判断した自分の誤りを訂正すべきです。
 
残念ながら、小池都知事はこのいずれもやっていない。そのために、モニタリング検査結果に異常値が出たことへの正しい対応もできなくなり、豊洲は危険との風評を既定事実化してしまいました。さあ大変、ということで、石原元都知事をこうした混乱の元凶とすべく、先に見たような挑発的言辞を弄するようになったのだと思います。
 
こうした見方に対して、小池都知事の石原元都知事に対する批判は確かに厳しいが、豊洲移転の決定を石原元都知事がしたことは間違いないし責任は免れないと考える人も多いようです。先日のプライムニュースに中田氏と猪瀬氏が出ていましたが、中田氏は、もう豊洲移転は無理との前提で、石原元都知事の責任を追及していました。
 
猪瀬氏は小池氏を内田攻撃の先兵として使ってきた関係上、小池氏の石原たたきを非難することは避けていましたが、『東京の闇』を見る限り、豊洲への市場移転は長い議論の結果決まったことであり、石原氏が独断で決めたことではない。土壌汚染対策は徹底して行われており、移転の時期はあくまで科学的に判断すべきだ、との見解です。
 
問題は、中田氏が移転は無理と判断しているのと同様に、小池氏も、豊洲への移転は困難と見ているのではないか。それ故に、石原氏への攻撃が常軌を逸したものになっているのではないでしょうか。あるいは、豊洲移転となる場合も想定し、石原元都知事の豊洲移転定過程における無責任さを印象づけようとしているのかも知れません。
 
いずれにしても、こうした小池都知事のやり方を続けていけば、私は、石原元都知事が悪人であるかどうかは、世間の常識に任せるとしても、肝心の都政は、豊洲移転が遅延することによって引き起こされる混乱に止まらず、彼女の言う「東京大改革」そのものも、「大改革」ならぬ「大混乱」に陥る可能性が極めて大きいと思います。
 
それは、政策の問題と言うより、おそらく、小池都知事の「人望」に、以下述べるような、九徳ならぬ「一八不徳」があるためでは?かって菅首相の時「東日本大震災」が発生し、その時首相であった菅首相の「人望」のなさがどれほど大きな混乱をもたらしたか、この際、このことを思い出して見る必要があると思います。(参考:「普通の人の常識で見た東電「全員撤退」問題の真相」)
 
その時、私は、菅首相の言動を見ていて、次のような一文を私ブログにアップしました。小池氏の言動に、菅氏と同じような危うさを感じましたので、以下再掲しておきます。
 
人望の研究――菅首相の場合
 原子炉への海水注入をめぐるドタバタ騒ぎで、「いら菅」と評されてきた感情激発型人間菅首相の「人望のなさ」がいよいよ明らかとなり、早晩、辞任を余儀なくされることになるのではないか、と予測されます。
 
 山本七平の『人望の研究』には、この「人望」とは何か、ということが大変興味深く論じられていて、この人望を身につけるためには、まず、「克・伐・怨・欲」を抑え、「己に克ちて礼に復る」こと。つまり、他人を押しのけ、オレがオレがと自己主張し、それが叶わないと人を恨み、私欲をたくましくする、そんな自己中心的な心を抑えて、礼節をもって人に接する事ができるようになること、これを、その第一条件としています。
 
 次に、そうした自己中心的な心を抑えたとしても、人間には「感情」がある。つまり、喜・怒(いかり)・哀(悲しみ)・懼(おそれ)・愛(執着)・悪(にくしみ)・欲の「七情」がある。そこで、これらの感情を抑制しないで野放しにすると、自分の本来持っている人間性が損なわれるだけでなく、周囲の者も、その感情に振り回されどうしたらいいのか判らなくなる(そのため、首相の意向を忖度し「海水の注水を止める」といった今回のような行動が生まれる)。従って、この「七情」の激発を抑えることが極めて大切だ、というのです。
 
 つまり、このような努力を積み重ねることによって、人は少しずつ「人望」を身につけていくわけですが、実は、この「人望」というのは、その人の職業や思想信条、あるいは時代や国の違いを超えて、リーダーに対して共通に求められる普遍的な「能力」となっている。
 
 さらに、こうした「人望」は、平等社会になればなるほど、リーダーに求められる共通の能力となってきていて、従って、リーダーたるべき人は、学問知識を身につけることと同時に、こうした「人望」を身につける努力=「自己修養」を怠らないようにしなければいけない、というのです。
 
 では、その「人望」というのは、具体的には、どのような「徳」を身につけることをいうのか、というと、『近思録』では、これを「九徳」と言い、次のような九つの徳目を身につけることを、その具体的な到達目標としている。
 
(一)寬にして栗(寛大だがしまりがある)
(二)柔にして立(柔和だが、事が処理できる)
(三)愿にして恭(まじめだが、ていねいで、つっけんどんでない)
(四)乱にして敬(事を治める能力があるが、慎み深い)
(五)擾にして毅(おとなしいが、内が強い)
(六)直にして温(正直・率直だが、温和)
(七)簡にして廉(大まかだが、しっかりしている)
(八)剛にして塞(剛健だが、内も充実)
(九)彊にして義(強勇だが、義しい)
 
 何となく、判ったような判らないような感じで、まあ、なんと細かな人間観察をしたものか、と感心しますが、いずれにしろ、こうした「九徳」を身につけることが、リーダーたるべき条件であると、儒教は教えてきたわけです。
 
 現代の日本人は、儒教といえば、封建的な人間道徳を教えるもので、個人の自由を基本とする現代社会には合わないと考える人も多いと思いますが、こうした儒教におけるリーダー条件を見れば、その人間観察が決して半端なものではないことが判ります。
 
 といっても、これらの徳目には、それぞれ相反する要素が含まれていて、どちらが欠けても不徳になる、全部がそうなれば「九不徳」となり、両方が欠ければ「十八不徳」になる。では、その理想的な状態とはどういう状態を指すのかというと、これらの徳の相反する要素をバランスさせることであり、つまり、これが「中庸を得る」ということなのではないかと思われます。
 
 そこで、この「九徳」をよりわかりやすくするために、あえて、その逆の「十八不徳」になるとどうなるか書き出してみると、
 
(一)こせこせうるさいくせに、しまりがない。
(二)とげとげしいくせに、事が処理できない。
(三)不まじめなくせに、尊大で、つっけんどんである。
(四)事を治める能力がないくせに、態度だけは居丈高である。
(五)粗暴なくせに、気が弱い。
(六)率直にものを言わないくせに、内心は冷酷である。
(七)何もかも干渉するくせに、全体がつかめない。
(八)見たところ弱々しくて、内もからっぽ。
(九)気が小さいくせに、こそこそ悪事を働く。
 となります。
 
 以上、山本七平による「人望」の条件について記して来ましたが、「克・伐・怨・欲」を抑えられず、「七情」をところ構わず発散し、と言ったところで、なんだか”オレは聞いてない!と怒鳴り散らす・・・らしい菅首相の姿が自然と脳裏に浮かんできました。
 
 さらに、これを前記の「十八不徳」に照らしてみると、不思議にピタッと当てはまる項目が、菅首相の場合にはいくつもあるように思われ、ああ、これでは、この危機的状況の中で、日本のリーダーを務めることはできないだろうな、と思われました。
 
 なにしろ、リーダーにこうした「人望」を欠いた場合は、旧日本軍においてすら、部下が面従腹背となり、組織が全く動かなくなったと言いますから。
 
 平等社会になればなるほど、リーダーには、こうした「人望」を身につけることが求められる・・・。日本の政治家の皆さんも、以上の「九徳」を自らを写し出す鏡として、真に「人望」あるリーダーを目指していただきたいと思います。」
 
「十八不徳」・・・どれを見ても都知事就任後の小池都知事にぴったりのような気がします。
 

2017年2月 5日 (日)

小池都知事は、なぜ石原慎太郎元都知事を「さらし者」にしようとするのか(2)

 この件について、小池都知事は「第一次自己検証報告書」の発表時は、地下空間の設置について、都の技術者らには「プロジェクトX」との思いがあったとか、この事実を都の幹部が周知しなかったことについて技術者は愕然としたとか、この事実が公表できなかったのは都議会の民主党などが豊洲移転に反対していたからだとか、注釈的な説明をしていたように記憶します。確か、民進党がこれに対して抗議したような話も・・・。
 
 ところが、「第二次自己検証報告書」では、一転して、「全面盛り土」をせず建物下に地下空間を設けたのは、都の「整備方針」違反であったと決めつけ、その責任者を厳しく追及するようになりました。私は、その「整備方針」に石原氏の決済印があるのなら、石原氏は「全面盛り土」を指示したことになるから、ここで「整備方針」に違反して地下空間を設置した責任を問われるべきは技術者らではないかと思いましたので、ここで石原氏を批判するのは筋違いだと思いました。
 
 もちろん、石原氏は、当時、土壌汚染対策はしっかりやれと指示していたらしく、猪瀬氏の証言では、その意を受けて、30メートルメッシュ(900㎡ごとに、検査するポイントを1カ所選ぶ)の土壌汚染調査を、10メートルメッシュに精密化して行ったそうです。従って、当然のことながら土壌汚染対策に金がかかることについては石原氏も承知していたと思います。しかし、その具体的な工法については専門家集団を信頼して任せていたのだと思います。
 
 こう見てくると、小池都知事の質問状に対する石原氏の回答は、小池氏が「ゼロ回答」だと怒るようなものではなく、私にはむしろ、極めて真摯な対応がなされていると思いました。
「市場関係者の皆さんを含め東京都民の皆さんや国民の皆さんに対しては、私が就任中のことに端を発して結果としてこのような事態に立ち至っていることについてまことに申し訳なく思っております」と率直に謝罪の言葉も述べていますし・・・。
 
 さらに「今となっては、小池都知事の責任と権限をもって、私が就任する以前の段階から今日に至るまでの各都知事のすべての時代の本件に関する資料をいわゆる「のり弁」的な細工をすることなくすべて公開していただき、ぜひ皆さんの目で何が行われたのかをご覧いただくしかないと思っております。無責任に聞こえるかもしれませんが、その専門的内容に鑑み、記憶の問題ではなく、資料がすべてを物語ってくれるものと思っています。」
と提言しているのです。
 
 だから、小池知事は、都知事の持つ強大な権限と膨大な東京都の職員組織を使って、疑問と感じる点を、関係者や資料に当たって徹底して調べればいいのです。石原氏もそれを望んでいます。そうした石原氏の、いわば「恭順」と感じられる程の姿勢を無視して、石原氏の賠償責任を問う市民裁判に便乗し、今までの弁護方針を一転し。担当弁護士を総入れ替えしててまで、石原氏の豊洲移転決定の責任を追求しようとしているのです。
 
 私は、徹底してやればいいと思っています。そもそも「豊洲移転」については、2月2日のゴゴスマでの浜渦氏の証言では、石原都知事以前の青島都知事の時に決まっていて、豊洲以外の土地の可能性について、浜渦氏が都に聞いたところ、築地の業者の意向もあり豊洲以外にはないとのことで、当時の行政課題としては、いかに早く築地から豊洲に移転するかだった、と言っています。
 
 また、猪瀬氏の前掲書でも、「都議会でも2009年に、民主党が議会で最大勢力となった際に、現地建て替え案が検討されましたが、民主党は結局、その案を引っ込めました。現地改築は無理との結論に達したからです。営業しながら立て替えるのは不可能だし、やるとしても結局移転して立て替えないといけません。都議会や共産党や一部コメンテーターは『反対だから反対』と言う原理主義に陥っているように見えます。」と言っています。
 
 小池都知事は、こうした豊洲移転が決定されるまでの経緯を無視し、「衛生面では築地の方がよっぽど問題がある」ことも無視し、移転を先延ばしすればするほど豊洲、築地の維持費用や業者への保障金などの費用がかさんでくる現実も無視して、豊洲移転を推進した石原元知事に対する賠償責任を、市民団体の訴訟に相乗りする形で強引に進めようとしているのです。こんな事態を招いたのは”おまえの責任だ”と言いたいのでしょう。
 
 これは、豊洲のモニタリング検査結果に異常数値が出たことが契機になっているようですが、こうした小池氏の判断について、郷原信郎氏は次のように批判しています。
 
 「小池氏が、「盛り土」問題を大々的に取り上げる際、「安全性の確保のオーソライズを行う機関」として位置づけた専門家会議の平田座長も、「地上と地下は明確に分けて評価をしていただきたい。」「地上に関しては大きな問題はない。」と繰り返し述べて、豊洲市場の地上の安全性について、地下水の数値と環境基準との関係を過大視すべきではないことを強調している」(「『小池劇場』の暴走が招く地方自治の危機」郷原信郎
 
 また、宇佐見典也氏は、「豊洲市場は現状においても土壌汚染対策は完璧で食の安全は確保されている」として、次のような説明をしています。
 
 「環境基準」という言葉の意味について、「土壌溶出基準」と「土壌含有量基準」の二つがあり、前者は「これは地下水等を通じた人間の直接的な摂取を想定したもので、「70年間人が1日2ℓその土地の地下水を摂取し続けること」を前提に設定されています。」後者は、地下水等の直接的な摂取がない場合を想定した基準で「70年間その土地の上に人が住み続けること」を前提に「土が舞って口に入る」ことを想定したもので、この二つの基準を総称して「環境基準」と呼んでいます。
 
 豊洲の場合は「地下水の摂取や利用」が”全くない”わけですから、本来重視すべき(環境)基準は「土壌含有量基準」です。ただこの土壌含有量基準の観点で見たとしても、豊洲では(2005年から東京ガスによる土壌汚染対策が行われた)が、2007年の調査の段階で(環境)基準を超過する(地下水の)汚染が判明したので、「健康被害が生じるおそれはないが汚染は確認される「形質変更時要届出区域」に指定された。()内は筆者
 
 この「形質変更時要届出区域」では、土地の形状を大きく変えない限りは”健康被害を生じるおそれがない”わけですから、そのまま豊洲の工事を強行することもできたわけですが、「汚染が残ったままでは生鮮食品を扱う市場にふさわしくない」という理由で総合的な汚染対策が進められることになりました。その代表的なものがいわゆる「盛り土」の措置で、実際に一部安全上の措置で地下ピットが設置された場所以外は盛り土がなされました。
 
 こうした汚染対策が総合的に実施された結果、平成26年(2014年)6月の時点で豊洲は土壌含有量基準を99%以上の地点で満たすこととなりました。(中略)もちろん汚染が確認された1%以下の地点でも汚染処理がなされています。そしてこの上にさらにコンクリが敷かれることになるわけですので、もはや「汚染土が舞って、口に入り健康被害が生じるおそれ」は、全くなくなったと言っても良いでしょう。」
 
 つまり、土壌汚染対策法上の安全基準はすでに満たされているのです。(「豊洲は安全だけど安心じゃない」というレッテル貼りに屈してはいけない」宇佐見典也)。
 
 では「なぜ東京都は食の安全に関係のない地下水のモニタリングをしているのか?」というと、東京都若林基盤整備担当部長は次のように言っているそうです。

 「豊洲新市場用地における二年間モニタリングは、形質変更時要届け出区域台帳から操業由来の汚染物質を削除するといった、記載事項を変更するための手続に必要な措置として実施するものと認識しております。」
 
 つまり、土壌汚染対策法上「安全」は確保されているが、さらに「安心」のため地下水を環境基準以下に抑えることで、形質変更時要届出区域の指定を全部又は一部を解除すべくモニタリング検査を行っているということ。この場合、「安心」と「安全」を混同しないことが大切で、小池都知事は、モニタリング検査結果を「安全」をオーサライズする基準と誤解したために、今回のような大騒ぎを引き起こすことになっているのです。
 
 ここで、今なすべきことは、第9回目のモニタリング検査結果が急に悪化した原因を特定すること。また、汚染された地下水は、くみ上げて浄化した上で外海に排出するようになっているのですから、いずれピークアウトして、「安心」レベルで安定すると思われるので、少しも慌てる必要はないのです。
 
 厳密に言えば、法的根拠なく強権的に豊洲移転を延期した小池都知事の責任こそ問われるべきでしょう。第二次報告書では、都の「整備方針」には「全面盛り土」は建物下は省かれているにもかかわらず、都は「全面盛り土」を決定したと歪曲し、地下空間設置は土壌汚染対策上問題がないことが明らかなのに、関係者8名を厳重処分、あまつさえ、3期前の石原元都知事の豊洲移転推進の責任を問おうとしているのです。
 
 浜渦氏は、ゴゴスマで、”石原は巨竜だが残念ながら年老いている。これは誰もが通る道で、小池氏も老いるときが来る。それを先輩政治家であり前任都知事でもある石原を、足で蹴りつけるようなことはすべきでない、と言っています。もちろん、政治の世界ですから問題があれば徹底的に批判されます。しかし、豊洲移転問題に関して、小池氏が石原氏を「さらし首」にしようとするのは、一体何のためか、不可解と言わざるを得ません。
 
 確かに、近年の石原氏は、老いの故か、繰り返しや失言が多くなりました。政治家ですからそれを批判されても仕方ありません。また、氏は、都知事を4期務めましたが、元々国政政治家であって、戦後の日本社会を「宦官国家」と言い、戦後日本のアメリカ依存体質を批判してきました。また、アメリカに対してだけでなく中国に対しても言いたいことを言ってきました。それだけにマスコミの反発も強く、毀誉褒貶は今も相半ばしています。
 
 といっても、都知事としての実績がないわけではなく、都財政の黒字化(五輪費用4000億はここから捻出)、日本で初めて公会計制度導入、風俗店の一斉撤去、排ガス規制、東京オリンピック誘致計画、災害対策費の備蓄、羽田沖の拡張・第四滑走路の建設、東京の治安回復、東京マラソンの実施、認証保育所の待機児童対策、三環状整備、横田空域一部返還、羽田国際化、学区撤廃、建物の耐震化促進、尖閣諸島購入計画、新銀行東京等があります。
 
 中には失敗とされた事業もありますが、4期にわたって都民に支持されたことも事実です。小池都知事は、そうした元知事の仕事を同じ保守政治家として引き継いだわけですから、それなりの敬意を払うべきではないでしょうか。ましてや、小池氏の都知事選勝利は、猪瀬氏のバックアップあってのことであり、その猪瀬氏を都知事に推薦したのは石原氏です。そして、その当の石原氏は、小池知事の質問書に、戸惑いつつも誠意を持って答えようとしたのです。
 
 それは、石原氏が、年来、官僚批判を繰り返してきたことからも判るように、氏自身、開かれた「都民ファースト」の都運営のためには、都知事のリーダーシップが不可欠だと考えてきたからではないでしょうか。また、都議会の「ドン支配」とか「ブラックボックス」とか言われるような非民主的で閉鎖的な議会運営についても、改善すべきとの問題意識も持っていたに違いないのです。それ故に、石原氏の回答が「誠意を感じさせる」ものになったのです。
 
 小池氏は、ゴゴスマでの浜渦氏の証言について「まあ、非常に自由にお話をされていたと聞いている。私から言わせれば、ご自分に都合のいいように解釈されているようだと、言えるのではないか」「キーマンでいらっしゃるので、どんどん発言されればいいのではないか。これから百条(の設置)や、(住民訴訟で)司法の動きにもなってくる。(テレビではなく)そういった所で、お述べいただければと思う」と言っています。
 
 さて、このように、日を追って挑発的な言辞を吐くようになった小池氏に、世論はどのような反応を示すでしょうか。私自身、石原氏に対する小池氏の質問書を見て以降、次第に不審をおぼえるようになり、私ブログ「竹林の国から」にも、ツイッターのコメントにも小池批判を書くようになりました。こうした疑念と不信は小池氏のその後の言動でますます強くなりました。すばらしい女性リーダーが登場したと喜び、誇りにさえ思ったのに、誠に残念と言うほかありません。

小池都知事は、なぜ石原慎太郎元都知事を「さらし者」にしようとするのか(1)

 小池都知事に対する一般国民の見方も当初の絶賛から少しずつ失望そして批判へと向かいつつあります。私自身もそうで、私が疑問を感じ始めたのは、小池都知事の石原氏に対する質問状を見てからです。
 
 その質問状の内容ですが、大まかに次の四点、1.なぜ土壌汚染のある豊洲に移転を決めたか及びその交渉経過について 2.東京ガスと東京都の汚染対策費用の負担割合について、3.豊洲市場の事業採算性について 4.土壌汚染対策としての盛り土の評価と建物下に盛り土がされなかったことについて、5.以上のことについての石原氏の道義的責任と、その具体的な取り方について糾すものでした。
 
 その質問の各項目が、あまりに微に入り細をうがったものでしたので、84歳の高齢しかも脳梗塞を患ったとされる三期前の知事石原氏に対する質問書としては、いささか酷過ぎると私は思いました。細目の事務処理や技術的なことは、都に残された資料や都職員等に聞けば分かることで、後任の知事が高齢の元知事に、その細部について問い詰め、元知事は何とか誠意をもって答えようとしているのに「ゼロ回答」だと決めつけ、その質問書や回答書を公開して「さらし者」にするというのは、いささか常軌を逸していると私は思いました。
 
 次に、石原氏の1の質問(なぜ土壌汚染のある豊洲に移転を決めたか及びその交渉経過について)に対する回答を見てみたいと思います。
 「1999年4月に私が都知事に就任する以前から東京都の幹部や市場関係者の間では築地市場の限界を感じ、移転先候補地を物色する中で豊洲という場所を決めていたようで、就任早々にそのような話を担当の福永副知事から聞いた記憶です。ただし、豊洲の中の東京ガスの敷地であるとまでは聞いた記憶はありません。したがって、少なくとも豊洲という土地への移転は既定の路線のような話であり、そのことは当時の資料をお調べいただけば分かるものと思います。」
 
 石原氏は「豊洲が東京ガスの敷地」であったことも忘れているような状態で、ただ豊洲移転が既定路線だったと記憶しているだけで、結局、「当時の資料をお調べいただけば分かる」と言うほかなかったようです。
 
 次に2の質問(東京ガスと東京都の汚染対策費用の負担割合について)に対する回答
 「担当が福永副知事から浜渦特別秘書に交代したことと、その理由がハードネゴシエーションが必要なためその適性を考慮してのことであったことは覚えておりますが、交渉に至る経緯とその後の経過の内容は、その後相当な期間が経過していることもあり、記憶にありません。場面、場面で決裁を求められたことはあったのかもしれませんが、大型構造物の建築や土壌汚染といった専門的、実務的内容に鑑みても詳しい交渉の経過の報告は受けていなかったと思います。いずれにせよ、この点は記憶に頼るより当時の資料を見ていただけば分かることだと思います。」これも当時の資料を見れば分かるというもの。
 
 また、土壌汚染対策費用の負担割合については、「今思えばアンフェアだと思いますが、私の判断を求められることがありませんでしたから、全く分かりません。」また、汚染対策費用を含む豊洲の土地価格が858億に上ったことについては「妥当うんぬん以前にずいぶん高い買い物をしたと思いますが、何故そうなったのかは私に判断を求められることがなかったことから分かりません。しかし、この点は東京都及び東京ガスに残っているはずの当時の諸条件に関する交渉経過の資料を見れば明らかになるものと思います。 」これも上と同じ答えです。
 
 次に3の質問(豊洲市場の事業採算性について)に対する回答
 「場面、場面で決裁を求められたことはあったのかもしれませんが、特段の知事の判断を求められたことはありませんでしたから、その専門的、実務的内容に鑑み、実務を担当した職員に任せておりましたので、分かりません。」これも上と同じです。
 
 次に4の質問(土壌汚染対策としての盛り土の評価と建物下に盛り土がされなかったことについて)に対する回答
 「指示、推奨あるいは容認といったことではないですが、そして、どなたからであったかは忘れましたが、ある専門家から「盛り土をするより汚染対策として地下にコンクリートの箱を重ねて埋め込み、土台として構えた方が工期も早いし、安く済むので良いのではないか」という提案があり、「なるほどそれなら一挙両得だから検討するに値する。」といった話を週に1度の昼食会だったかで都の幹部らと話した記憶はあります。」
 
 この点を捉えて、石原氏を地下空間設置の元凶だとする言説が流布するようになりましたが、当時の市場長比留間英人氏から石原知事に「コンクリート製箱の埋め込み案」はコスト高になるため採用できません」との報告を受け、石原知事は「ああそうか、分かった」と了承したことが、比留間氏自身の証言から明らかになりました。つまり、この「「コンクリート製箱の埋め込み案」と、建物下の地下空間は全く別の話だと言うことです。
 
 この、建物下に盛り土がなく地下空間になっていたことについて石原氏は「私はその点について何らかの指示をしたことはないと思いますが、 そもそもそのような専門的なことは、知事ではなく、担当職員が専門家の意見を聞いたり専門業者と協議したりしながら実質的に決定するものだと思います。」と答えています。
 
 最後に、5の道義的責任の追求に対しては、石原氏はとまどいつつも以下のような神妙な答え方をしています。
 
 「都知事の業務をよくご存じの都知事からこのような専門的な内容の事項について道義的責任をご質問いただくことにいささか複雑な思いを感じざるを得ませんが、市場関係者の皆さんを含め東京都民の皆さんや国民の皆さんに対しては、私が就任中のことに端を発して結果としてこのような事態に立ち至っていることについてまことに申し訳なく思っております。

 かつ調査に協力する意味で当時の記憶を整理し、思い出してはみたのですが、内容が大型構造物の建築や土壌汚染あるいは法律問題を含む売買契約交渉といった専門的、実務的内容であるため、何らかの決裁を求められてこれを行ったにせよ、そのほとんどを思い出すことができなかったことを申し訳なく思っております。
 
 そもそも、都知事が最終決裁を行うべき事案は膨大かつ多岐にわたるところ、本件のように専門的な知識・判断が必要とされる問題については、私自身に専門的知見はないことから、都知事在任中、私は、知事としての特段の見解や判断を求められたり大きな問題が生じている旨の報告を受けたりしない限り、基本的に担当職員が専門家等と協議した結果である判断結果を信頼・尊重して職務を行っておりました。
 
 本書のご回答において、度々、私自身は関与していないとか、担当者に任せていたとか、担当職員が専門家の意見を聞いたり専門業者と協議したりしながら実質的に決定していくもの等お答えしている趣旨は、このような意味合いです。加えて、13年半という在任期間中に私が都知事として決裁をした案件数は膨大であることもあり、ご質問の各事項については、本書のご回答以上の記億はございません。

 今となっては、小池都知事の責任と権限をもって、私が就任する以前の段階から今日に至るまでの各都知事のすべての時代の本件に関する資料をいわゆる「のり弁」的な細工をすることなくすべて公開していただき、ぜひ皆さんの目で何が行われたのかをご覧いただくしかないと思っております。無責任に聞こえるかもしれませんが、その専門的内容に鑑み、記憶の問題ではなく、資料がすべてを物語ってくれるものと思っています。」
 
 こうした石原氏の回答について、小池都知事はこれを「ゼロ回答」だと「憤りを露わにし」、質問状と石原氏の回答を全文公表しました。これに対し、ほとんどのマスコミは、これに付和雷同し、石原の「ゼロ回答」を無責任だと批判嘲弄しました。小池都知事は、これにさらにたたみかけるように、5年前から起こされている豊洲市場の土地購入をめぐる住民訴訟で、従来「石原元都知事に責任を認めない」方向で対応してきた都の弁護方針を180度転換し、石原都知事の責任を検証するとして、弁護団を総入れ替えし、6人の特別チームを発足させました。
 
 私は、こうした小池都知事の石原氏に対する対応を見ていて、正直、その情け容赦のない攻撃に驚くと共に、怒りを感じるようになりました。というのも、以上見た通り、石原氏の回答は、氏自身にとっては豊洲移転問題は既定路線であり、それを促進する決断はしたものの、用地買収交渉は副知事の浜渦氏に一任し、土壌汚染対策等の専門的な課題の処理は都の職員を信じて任せていた、と言うもので、石原氏としては誠意を尽くしたもののように感じられたからです。従って、「ゼロ回答」との非難には当たらないと思いました。
 
 このことは、特に盛り土問題が発覚して以降の石原元知事の言動を見れば判ります。この事実を初めて知らされた時の氏の対応は、「欺された」「都は伏魔殿」というものでした。元来氏には、国会議員の頃から官僚に対する不信がありましたので、”自分としては土壌汚染対策に万全を期すよう指示していたのに、こんな手抜きをしていたのか”と言う思いが、こうした発言になったのではないかと思います。
 
 ただ、実際は、建物下に地下空間を設けることは、土壌汚染対策としては決して「手抜き」ではなかったわけで、石原氏は、小池氏の発表を聞いて、とっさに、これを「手抜き」と思い込んでしまった結果、上記のような発言になったのだと思います。なんと言っても豊洲の土壌汚染対策を説明する公報が「全面盛り土」となっているのに、実際は建物下は空間で盛り土がなされていなかったわけですから、そう思い込むのも当然です。
 
 また、この事実については、その後問題になったように、歴代の市場長を始め都の幹部も知らない、あるいは問題認識を持たなかったことが判明しました。その結果、組織としてのガバナンスの欠如や、事実と異なる土壌汚染対策の説明を都議会等で行った責任が問われることになり、8人の関係者が処分されました。これについては、石原都知事の下で副知事を務めた猪瀬元知事も知らなかったのですから、石原氏が知るはずはありません。
 
 ではなぜ、この事実が都で共有されなかったかについてですが、その原因としては、私は、猪瀬氏が氏の著書『東京の敵』で指摘した、次の二点が考えられると思います。
 
二、意図して公にしていなかったが、悪いことをしていない場合。これまで盛り土をすると喧伝していたため、変更したならばその安全性を再度一からアピールする必要があります。移転の工期は確実に遅れてしまうため、こっそりとやってしまったと言う可能性。
 
三、担当者は意図して隠していたわけでも、悪意があってやったわけでもない場合。むしろコストを抑えて安全性をより高められるとの判断ではないかと思います。全てがやり直しになるわけではなく、あくまで建物の下の部分であり、それ以外の盛り土は行っているので、自分たちで進めていい範疇だと思った。

 この二つの考え方に共通しているのは、「悪いことをしているわけではない、むしろいいことをしたという自負が、都の技術職員にあった」ということ。しかし、当時、都議会では民主党が多数派を占め、石原都知事が決定した豊洲移転を阻止すべく、議会で攻勢を強めていた。これに対し、移転推進派の自民党、公明党は「盛り土するから安全」と訴えていたので、建物下に盛り土がないという認識が技術者レベルに止まった、というのが事の真相ではないでしょうか。
 
 しかし、都の土壌汚染対策の手続きとしては、最終的な都の整備方針(平成21年2月26日)には、「埋め戻し・盛土」については、①採石層の設置には「敷地全面にわたり」とあるのに、②埋め戻し・盛土には「敷地全面にわたり」の記述が省かれていました。このことは、「整備方針」がその提言を承けることとなった「技術者会議報告書」の「埋め戻し・盛土」の記述でも同様の処理がなされていました。つまり、都の「整備方針」は建物下は盛り土をしないことを予定していたのです。(参照「小池都知事「根回しなし」は結構だが事実認識を誤っては元も子もない」) *(2)に続く
 

2017年1月 3日 (火)

朝日新聞論説「憲法70年の年明けに『立憲』の理念をより深く」に潜在する、お気楽な「天秤の論理」

以下、表記の記事の論述に沿って私見を述べます。(私見は斜体字)
 
 世界は、日本は、どこへ向かうのか。トランプ氏の米国をはじめ、幾多の波乱が予感され、大いなる心もとなさとともに年が明けた。
 保守主義者として知られる20世紀英国の政治哲学者、マイケル・オークショットは、政治という営みを人々の航海に見立てている。
 海原は底知れず、果てしない。停泊できる港もなければ、出航地も目的地もない。その企ては、ただ船を水平に保って浮かび続けることである――。
 今年の世界情勢の寄る辺なさを、予見したかのような言葉として読むこともできるだろう。
 と同時にそれは本来、政治にできることはその程度なのだという、きわめて控えめな思想の表現でもある。
 
 保守主義とは固定した観念に囚われず、歴史的経験の積み重ねの中で得られてきた知恵をたよりに、一歩一歩、試行錯誤しながら、手探りで次の時代を形成していく、そうした歴史観をベースにしている。朝日新聞がこうした保守主義に立つと、新年早々宣言したことは、単なる便宜的借用でなければ大変良いことである。
 昨今、各国を席巻するポピュリズムは、人々をあおり、社会に分断や亀裂をもたらしている。民主主義における獅子身中の虫というべきか。
 オークショットのように抑制的で人気取りとは縁遠い政治観は、熱狂や激情に傾きがちな風潮に対する防波堤の役割を果たす。
 
 ポピュリズム批判を保守主義の観点からすることは正しいが、ポピュリズムの「熱狂や激情」は「本音」からだけ生まれるものではなく、むしろ「建前」から生まれることが多いと知るべきである。
 ■人々の暮らしの中で
 不穏な世界にあって、日本は今年5月、憲法施行70年を迎える。
 憲法もまた、政治の失調に対する防波堤として、大切な役割を担ってきた。その貢献の重みを改めて銘記したい。
 
     「憲法を政治の失調に対する防波堤とする」と言うこの主張は、前段の保守主義の主張と必ずしも一致しない。憲法の基本的性格を権力の暴走に対する歯止めとするのは正しいが、保守主義は固定した観念に囚われないので、憲法を絶対視するようなことはせず、時代に合わせて憲法改正することを躊躇しない。問題は、今日の政治を「政治の失調」とする「政治的見方」が正しいか否かであって、憲法を守るか守らないの話ではない
 
 「立憲主義」という言葉の数年来の広がりぶりはめざましい。政治の世界で憲法が論じられる際の最大のキーワードだ。
 中学の公民の教科書でも近年、この言葉を取り上げるのが普通のことになった。
 公の権力を制限し、その乱用を防ぎ、国民の自由や基本的人権を守るという考え方――。教科書は、おおむねこのように立憲主義を説明する。
 
   公権力の制限、権力の乱用から国民の自由や基本的人権を守るのが「立憲主義」というが、前項で述べた通り、それは憲法絶対を意味しない。問題は、「政治の失調」と見る判断が正しいか否かであって、ここでは、「政治が失調している」ことを前提に、それを憲法を絶対視する観点から阻止しようとしているわけで、これは一つの政治的主張にすぎない。
 それは人々の暮らしの中で具体的にどう働くのか。
 例えば、政党機関紙を配った国家公務員が政治的な中立を損なったとして起訴されたが、裁判で無罪になった例がある。判断の背景には、表現の自由を保障した憲法の存在があった。
 
 憲法が「表現の自由」を保障していることの重要性を説いているが、現在の政治が「表現の自由」を圧迫していれば問題だが、それは未だ証拠立てられていない。確かに、世論が保守化し、いわゆるリベラル左翼に厳しくなっていることは事実だが、それこそ「表現の自由」の結果と言うほかはない。
 ■民主主義をも疑う
 立憲主義は、時に民主主義ともぶつかる。
 民主主義は人類の生んだ知恵だが、危うさもある。独裁者が民主的に選ばれた例は、歴史上数多い。立憲主義は、その疑い深さによって民主主義の暴走への歯止めとなる。
 
 立憲主義は民主主義の暴走への歯止めになる、というが、民主主義は憲法を変えることが出来るので、憲法は民主主義の暴走への歯止めにはならないと見た方が良い。民主主義の暴走を防ぐためには、「建前」の議論ばかりでなく「本音」の議論にも十分注意を払い、言論における事実論と価値論を混同しないようにすること。その上で、事実論を合理的、論理的、実証的に行うことで現実を客観的に把握することに努める。次に、社会的に合意形成できる理想像を見定める。その上で、現実から理想像に近づくための実現可能な方策を案出する。政治家に求められているのはこうした政治的リーダーシップなのである。
 根っこにあるのは個人の尊重だ。公権力は、人々の「私」の領域、思想や良心に踏み込んではならないとする。それにより、多様な価値観、世界観を持つ人々の共存をはかる。
 
 立憲主義の根本にあるのは「個人の尊重」であり、それは思想信条の自由を守ること、との主張だが、現実に起こっていることは、その「思想信条の自由」が保障されているために、自分たちの主張が少数派に転落しかかっているということである。
 ただ、こうした理念が、日本の政界にあまねく浸透しているとは到底いえない。
 自民党は立憲主義を否定しないとしつつ、その改憲草案で「天賦人権」の全面的な見直しを試みている。
 例えば、人権が永久不可侵であることを宣言し、憲法が最高法規であることの実質的な根拠を示すとされる現行の97条を、草案は丸ごと削った。
 立憲主義に対する真意を疑われても仕方あるまい。
 
 自民党憲法草案が97条(人権が永久不可侵であることを宣言)を削ったことは、「天賦人権」を否定したこと、というが、「天賦人権」とは「神の下の平等という観念を下敷きにした人権論」であって、いわば国家を超えた神の下の平等という宗教的観念に基づくものであり、そうした観念を日本国憲法見直し論議に持ち出すのは滑稽である。憲法の人権規定は、あくまでそれぞれの国家内に適用されるもので、他国に強制できるものではない。

 また、自民党の憲法改正草案が日本国憲法97条を削除したことを「人権が永久不可侵であること」を否定するものであるかのように言っているが、自民党の改正草案では、第11条(基本的人権の享有)に「国民は、全ての基本的人権を享有する。この憲法が国民に保障する基本的人権は、犯すことの出来ない永久の権利である」とあり、第97条の削除はそれと重複するから削ったと説明されている。これは事実に反する記述である。
 衆参両院の憲法審査会は昨年、立憲主義などをテーマに討議を再開したが、議論の土台の共有には遠い。
 どんな立場を取るにせよ、憲法を論じるのなら、立憲主義についての真っ当な理解をより一層深めることが前提でなければならない。
 
  「立憲主義についてのまっとうな理解」という意味が、以上述べたような「政治的主張」に基づくものであれば、それは「おれの政治的主張に対する理解を深めることを前提に憲法を論じよ」と言っているわけで、自己中心的な主張と言うほかはない。
 ■主要国共通の課題
 立憲主義にかかわる議論は、欧米諸国でも続く。
 一昨年のパリ同時多発テロを経験したフランスでは、非常事態宣言の規定を憲法に書き込むことが論じられたが、結果的に頓挫した。治安当局の権限拡大に対する懸念が強かった。
 同じくフランスの自治体が、イスラム教徒の女性向けの水着「ブルキニ」を禁止したことに対し、行政裁判の最高裁に当たる国務院は「信教と個人の自由を明確に侵害する」という判断を示した。
 個人、とりわけ少数者の権利を守るために、立憲主義を使いこなす。それは今、主要国共通の課題といっていい。
 
 西洋諸国は、今日、同時多発テロの脅威に晒されるようになって、「非常事態宣言」が出された場合は、公共の秩序維持のため、一部「人権」の制限が出来るようにしようという議論だとと思うが、日本でも同じことが頻発すれば同様の議論が起こるだろう。だから、そうした状況を生まないよう、あらかじめ手を打っておくことが肝要だということ。
 環境は厳しい。反移民感情や排外主義が各地で吹き荒れ、本音むき出しの言説がまかり通る。建前が冷笑されがちな空気の中で、人権や自由といった普遍的な理念が揺らぐことはないか、懸念が募る。
 
 本音(反移民感情や排外主義)と建前(人権や自由といった普遍的理念)のバランスが、建前が冷笑される空気の中で揺らいでいる、と言っているが、先に述べたように、「ポピュリズムの熱狂や激情は本音からだけ生まれるものではなく、むしろ建前から生まれることを知るべき」である。むしろ、過度な「建前」の理想の主張が、「本音」としての反移民感情や排外主義を生んだと考えるべき。
 目をさらに広げると、世界は立憲主義を奉じる国家ばかりではない。むしろ少ないだろう。
 憲法学者の長谷部恭男・早稲田大教授は「立憲主義の社会に生きる経験は、僥倖(ぎょうこう)である」と書いている。
 であればこそ、立憲主義の理念を、揺らぎのままに沈めてしまうようなことがあってはならない。
 世界という巨大な船が今後も、水平を保って浮かび続けられるように。
 
 世界が、日本的論理とされる「天秤の論理」の平衡を保っていけるようにすべき、と言っているが、欧米諸国の思考法は、「本音」と「建前」を天秤にかけ、そのバランスを取るような考え方ではない。そうではなく、現実論も理想論も言葉でしっかり規定し、それを全体的に把握することで自らの思想を形成し、それに基づいて行動するのである。宗教的対立や思想的対立が深刻になるのはそのためである。

 それ故、「思想信条の自由の上に立つ立憲主義社会に生きる経験は僥倖」なのであって、それを「天秤の論理」で個人が「理外の理、言外の言」でバランスを取る日本人と同一視してはいけない。それが出来る日本を「政治天才」とイザヤ・ベンダサンは言ったが、自分がどういう思想に基づいて発言しているか自覚することが先ず必要である。朝日の論説委員には、ぜひ『日本教について』を読むことをお勧めしたい。

2016年12月 5日 (月)

小池都知事、「根回しなし」は結構だが事実認識を誤っては元も子もない

小池都知事の都知事選におけるパフォーマンスは実にスマートで、安倍首相も”きつい一本を取られた”というほどお見事なものでした。しかし、知事就任後、「東京大改革」の手始めとして氏が行った「豊洲移転延期」と、地下空洞の存在が発覚して以降の氏の問題処理については、コンプライアンスの観点からの疑問に止まらず、事実認識を誤っている、あるいは歪曲だ、との指摘がなされています。

この問題については、橋下徹氏が、小池都知事の「豊洲移転延期」の決断に対して当初から疑問を呈し、豊洲の安全性については、土壌汚染対策が十分すぎる程行われており問題ないこと。費用や利便性の問題は開場後に対応すればよいこと。また、地下空洞については、建築工法上はもちろん土壌汚染対策上も問題ない。小池都知事が「東京大改革」に本気で取り組むなら、まず来年度予算編成に全力を注ぐべきだ、と提言していました。

こうした橋下氏の見解に対して、”小池氏に嫉妬しているのでは”等揶揄する意見もありました。私自身の意見は、技術的な観点では橋本氏の言う通りだが、小池氏としては、都議会の現状から”敵を弱くし見方を増やす政治”をやらざるを得ない。そこで、豊洲の土壌汚染対策の一環としてのモニタリングが完了していない点を突き、その安全性確保に万全を期す姿勢をアピールしたのではないか、というものでした。

といっても、豊洲の安全性については、マスコミの醸成する「空気支配」に振り回されることなく、科学的な検証を経て、出来るだけ早期に開場すべきと考えていました。ところが、「地下空洞」が発覚して以降の小池都知事の対応は、「なぜ地下空洞が設置され、かつそれが隠蔽されたか」の事実解明に向かうより、「地下空洞」設置を「整備方針」違反と決めつけ、その責任者を追求する姿勢が目立つようになりました。

こうした違和感は、私は、10月7日に公表された石原都知事に対する質問状を見て感じました。マスコミでは小池都知事の追求姿勢を囃す意見が大半でしたが、私は、3代前の84歳の老知事に対する質問状としては、いささか酷すぎると思いました。質問の答えは「幹部職員や担当職員からも事情を聞いていただければ、自ずから何があったのかは明らかになる」(石原元都知事の謝罪文)のに、あえて晒す必要があるのかと・・・。

ただ、小池都知事が、「豊洲の安全性」について、都が事実と異なる答弁や説明を議会や都民に対して行ったことを問題にし、個人責任を追求するのは当然だと思います。日本の伝統的なやり方としては、”私の不徳の致すところ”などと言い個人責任を曖昧にする傾向がありますので、同じ過ちを繰り返さないためには、職務上の個人責任を明確にし、然るべき処罰を行う必要があります。

しかし、その処罰を適正ならしめるためには、「なぜ地下空洞が設置され、かつそれが隠蔽されたか」の事実解明をしっかり行わなければなりません。この点、小池都知事はこの事実解明に失敗している。『失敗の本質』などの本を紹介し、意思決定における「空気支配」の問題点を指摘しながら、自身は、この「空気」を支配しようとして逆に「空気」に支配されているように見える。

こうした疑問は、第二次自己検証報告書で「平成21年2月6日、石原知事決定の「豊洲新市場整備方針」(以下整備方針という)が策定された。技術会議の提言内容(敷地全面A.P.+6.5mまで埋め戻し・盛土)をもって都の土壌汚染対策とすることが明記された。これにより、専門家会議、技術会議の提言は、都の方針となった。」と記述して以降の論理展開に感じるようになりました。

その論旨は次の通り。
整備方針には、「技術会議から報告を受けた土壌汚染対策の具体的内容、経費及び工期をもって、都の土壌汚染対策とする。」と明記され、「埋め戻し・盛土」の項には、「敷地全面にわたり、A.P.+2.0mの位置に厚さ50cmの砕石層を設置する。」「砕石層設置後、計画地盤高(A.P.+6.5m)まで埋め戻し・盛土を行う。」と明記されている。

従って、こうして知事方針となった「整備方針の決定以降、状況の変化等により、仮に整備方針と異なる意思決定を行うことを迫られた場合には、上司等への報告はもとより、整備方針の変更や専門家会議、技術会議への報告など必要な措置を講じるべき状況となった」。従って、その後、「整備方針に反して、建物下に盛土をせず地下にモニタリング空間を設置することを前提に基本設計の作業を進めた」市場長や市場部長級職員の責任が問われるなければならない。

また、なぜ地下にモニタリング空間を設置したのか、と言う疑問については、「平成20年後半から21年はじめにかけての時期、土壌汚染対策法改正への対応を迫られた中央卸売市場管理部新市場建設課において、地下にモニタリング空間を設置することによって万が一の場合に備える必要があるとの基本的な認識が生じ、新市場建設調整担当部長の指示のもと具体的な内部検討に入っていたと推察できる。」としている。

こうした論理展開の中で私が抱いた疑問は、石原知事決定の「豊洲新市場整備方針」が「全面盛り土」であったと言うなら、追求さるべきは、その方針に反して地下空洞を設置した者達ではないか。少なくとも、その後の石原氏を地下空洞設置の元凶とするかのごとき風評が生じたが、それは小池氏の石原氏に対する居丈高な質問状や物言いに端を発しているのだから、訂正ないし謝罪をすべき、というものでした。

また、「全面盛り土」による土壌汚染対策が都の方針として決定された、というが、都の「整備方針」には本当にそんなことが書かれているのか疑問に思いました。というのも、私は「全面盛り土」は専門家会議が提言し、その後技術者会議と都の建設部門の技術者が協議して地下空間の設置となった。それが議会で間違った説明をされても問題にならなかったのは、地下空間の設置は技術者間で当然視されていたからではないか、と考えたからです。

その頃、粉屋の大阪to考想」さんのブログ記事「「2016-11-04 東京都市場地下空間に関する調査特別チームの第二次自己検証報告書の検証 ~ 東京都の恣意的な犯人特定の手法と論理破綻 ~」を読みました。そこには、件の「整備方針」には、「技術会議の提言内容(敷地全面A.P.+6.5mまで埋め戻し・盛土)をもって都の土壌汚染対策とする」など書かれておらず、逆に、地下空間設置が予定されていた、との指摘がなされていました。
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この「整備方針」に記載された表を見ていただくと判りますが、「埋め戻し・盛土」については、①採石層の設置には「敷地全面にわたり」とあるのに、②埋め戻し・盛土には「敷地全面にわたり」の記述が省かれています。これは、このことは、「整備方針」がその提言を承けることとなった「技術者会議報告書」の「埋め戻し・盛土」の記述についても同様です。
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では、もともとの専門家会議の記述はどうなっていたかというと次の通り。対象が「建物建設地」と「建物建設地以外」に区分され、両者とも「埋め戻し・盛土」すると記述されています。
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これが、どうして「平成21年2月6日、石原知事決定の「豊洲新市場整備方針」(以下、「整備方針」という)が策定された。技術会議の提言内容(敷地全面A.P.+6.5mまで埋め戻し・盛土)をもって都の土壌汚染対策とすることが明記された。これにより、専門家会議、技術会議の提言は、都の方針となった。」という「第二次自己検証報告書」の記述になるのでしょうか。

逆ですね。これは「埋め戻し・盛土」は建物下は行わない、と読むべきです。となると、「第二次自己検証報告書」のその後の論理展開はみな崩壊することになります。つまり、平成21年2月6日、石原知事決定の「豊洲新市場整備方針」で、「建物下は盛り土せず地下空間設置する」となったわけですから、「建物下に盛土をせず地下空間を設けた」市場長や市場部長級職員の責任を問うことなど出来なくなります。

もちろん、議会等で、土壌汚染対策として「全面盛り土」を行ったと事実と異なる答弁をしたり、都の公報等で誤った情報提供をしたことの責任は問われるべきです。しかし、それは、技術部門からの説明が十分なされなかった結果であって、確かに「職責上知りうる立場にあったからその責任は免れない」とは言えますが、少なくとも、彼らは意図的にウソをついたのではありません。

次に、なぜ地下空間を設置したのか、と言う疑問について、第二次自己検証報告書は「土壌汚染対策法改正への対応を迫られた中央卸売市場管理部新市場建設課において、地下にモニタリング空間を設置することによって万が一の場合に備える必要があったため」と推察しています。しかし、「粉屋の大阪to考想」さんは、建物下の地下空洞の設置は、建築工法の常識として当初からあり、モニタリング空間の設置は後から加えらたとしています。

私もそう思います。では、こうした第二次自己検証報告書の無理な解釈がどうして生まれたというと、その原因としては、小池都知事が豊洲移転延期の理由として「2年間のモニタリング検査が完了していないこと」や、地下空間設置の、土壌汚染対策としての有効性について専門家会議の了解を得ていない(小池氏の言葉では「オーサライズ」されていない)としたたためだと思います。

では、東京都は、何もかも専門家会議の言うとおりにしなければいけないのかというと、専門家会議は「条例上の根拠に基づく「附属機関」ではない」から、最終的な整備方針は都が決定できる。こうした指摘は橋本氏も当初から行っていて、これをより詳細に論じたのが、郷原信郎氏の「小池都知事「豊洲市場問題対応」をコンプライアンス的に考える2016年11月9日 」でした。

こう考えを進めてくると、小池氏が、2年間のモニタリング検査が完了していないことを理由に豊洲移転を延期したことのコンプライアンス上の妥当性が疑われます。また、「整備方針」で「建物下は盛り土せず地下空間設置が決定された」と、事実の歪曲ともとれる無理な解釈をしたのは、小池都知事の”処分ありき”の姿勢を正当化するためたっだのではないかとも疑われます。

この結果、第二次自己検証報告書のこの疑問に対する答えは、都の整備方針に反し地下空洞を設置したのは職員の「ホウレンソウ」が不十分だったため、という陳腐な説明になっています。しかし、都の整備方針に反する重大な決定が「ホウレンソウ」の不十分だけで説明できるでしょうか。事実は、都の整備方針に反してはいないが、議会の説得が困難だったため、あえて「ホウレンソウ」がネグられたのでは。

この間の事情を端的に指摘しているのが、都議会議員のやながせ裕文氏の「豊洲問題。地下空間の隠蔽は、都議会が生み出した」(2016/10/11)です。

「なぜ豊洲市場の地下に、盛り土をせずに「地下空間」を設置したのか?
 
さまざまな議論がなされているが、「地下空間」を設置したほうが、「工期短縮」「コスト削減」「土壌汚染対策の実効性の担保」といった観点から「盛り土」するよりも優位である、といえる可能性が高い。
 
では、なぜ、その比較優位な「地下空間」プランを秘密裏に進めたのか?秘密にしなければならない理由は何だったのか?
 
東京都による内部調査では、技術系職員と事務系職員の縦割り組織のなかで、情報共有がなされずに、空気のように決定されていったと結論付けている。原因は「組織体質の問題」であるとして、責任者を特定させない、隠蔽体質丸出しの報告書となっているが、とても納得できるものではない。
 
理由は確実にある。地下空間設置を決定した当時の都議会の状況を紐解けば、その理由が見えてくる。
 
2009年、東京都議会議員選挙では都議会民主党が大躍進し、54議席(定数127名)を獲得。第一会派に躍り出た。「豊洲移転にNO!」を公約として勝利した都議会民主党は、当時の石原知事が決定していた豊洲移転を阻止すべく、議会で攻勢を強めていく。
 
築地再整備を検討する特別委員会を設置し、豊洲移転の対案として築地での現在地再整備プランを策定。豊洲移転案と築地再整備案を比較検討するという、都議会史上稀にみる激しい論戦が交わされた(民間では当たり前のことだが)。
 
委員会は怒鳴りあいとヤジの応酬で、一進一退。豊洲移転推進派の自民・公明、現在地再整備派の民主・共産等が、お互いの案の欠点を取り上げあい、激しく批判をしあった。特に、豊洲移転批判の矛先は「土壌汚染対策の実効性」であり、その批判の反論の最たるものが、法で定められている以上の対策である「盛り土をするから安全」というものであった。また、どちらのプランのほうがコストが安く工期が短く済むか、も大きな論点のひとつで、豊洲移転プランはかなり安価なコストで工期も短く設定されていた。
 
2011年、都議会民主党の議員が切り崩しにあい、怒号飛び交う本会議で、かろうじて1票差で「豊洲市場建設設計予算」が可決。その後、自民党議員の自殺、更なる民主党議員の切り崩しによる造反など、豊洲移転は揺れに揺れて、いつひっくり返ってもおかしくない状況だった。
 
2011年といえば、報告書によると、6月に地下空間の基本設計が完成し、8月新市場整備部で地下空間設置を確認、9月実施設計の起工と、盛り土をせずに地下空間プランが一気に動いた時期と一致する。
 
いかに、豊洲市場のコスト削減を図り、工期を短縮するか。盛り土をせずに「地下空間」を設置することは合理的な解答だ。ただし、「盛り土」は土壌汚染対策の中核をなすものとなっており(説明をしており)、これを議会に報告していたらどうなっていたか?
 
これ幸いと、豊洲移転反対派は息を吹き返し、専門家会議のやり直しを要請。議論は紛糾し、決着まで、さらに長い年月を要することになっただろうことは想像に難くない。場合によっては、豊洲移転がひっくり返ることになったかもしれない。
 
当時、市場の技術系職員も事務系職員も、議会での議論での矢面に立っていたから、「盛り土」の重要性に対する認識は十二分にあったはずだ。誰かが「これは議会に報告はしない」と決断したのかどうかはわからない。ただ、盛り土しないことを報告すれば、議会での議論が振出しに戻ることもよく理解していただろう。
 
当時、都庁と都議会を覆っていた張り詰めた空気が、地下空間の隠蔽を生み出した。と私は思う。」
 
つまり、当時、野党が多数派を形成していた都議会では、豊洲の「ゼロリスク」の土壌汚染対策を求める「空気」が蔓延していた。そのため、専門家会議の全面盛り土の提言とは異なる「地下空間設置」によるの土壌汚染対策の有効性について、都が議会の承認を取り付けることは困難だった。こうした状況の中で、なし崩し的に取られた方策が、「地下空間設置」の事実を建築関係部門に封じ込めることだった・・・。

これが事実だとすれば、真に引き受けるべき課題は何か。一言で言えば、政治的意思決定におけるこのような「空気支配」をいかに脱却するかと言うこと。小池都知事が目指す「根回しなし」フルオープンの政治姿勢は、本来こうした「空気支配」からの脱却を目指していたはずです。であれば、以上指摘したような事実認識の誤りは早急に訂正し、第二次自己検証報告書を出し直すべきと考えます。

2015年10月 5日 (月)

集団的自衛に「専守防衛」理念を組み込むことの可能性について

安保法案が成立した現在の段階での議論の整理を私なりにしておきたいと思います。私は今回の安保法案をめぐる議論は、70年安保以降棚上げされてきた日本の安全保障に関する議論を、戦後の日本の安全保障の現実を踏まえて総括する良い機会だから、徹底して議論すべきと考えていました。

世論調査によると、会期末の段階でも、この法案に対する国民の理解は深まっておらず、ほとんどの世論調査で、過半数を超える人が議論は不十分と答えていました。本来なら継続審議にして議論を続けるべきでしたが、野党の態度から見て、建設的な議論は不可能と思われました。

また、今後の政治日程から考えても、内政では、経済再生、TPP交渉、マイナンバー制導入、消費税再増税問題、外交では、中韓との関係、日ロ交渉、国連外交など重要課題が目白押しです。従って、安倍内閣がこれらの課題の処理に責任を負う限り、この段階で、与党が、再可決可能な安保法案の今国会での採決を見送ることはありえないと思われました。

そこで、野党は、来年夏の参院選に焦点を合わせ、今国会では対案を出さず、与党のイメージダウンを図ろうとしました。そのため、安保法案に対して「戦争法案」とか「徴兵制になる」とかのレッテル貼りに終始しました。また、日本の安全保障の問題を、憲法第9条をめぐるお馴染みの神学論争に持ち込もうとしました。

それが功を奏して、安保法制についての政府説明が不十分であるとの意見が、法案成立後も各種の世論調査で8割に達しました。といっても、ここには少なからず、政府の安保法案説明のマズさも影響したと思います。その最大の問題点は、この法案に関する議論が「集団的自衛権」の是非論に焦点化されたことでしょう。

このことについては、大阪市長の橋下徹氏が、この法案の「存立危機事態」認定の新三要件には、集団的自衛権の行使が国連で認められるための第一条件である「被攻撃国からの要請」が書かれてないこと。集団的自衛権といっても、あくまで、我が国の防衛に共同対処する他国の防衛だから、これは個別的自衛権の範疇では、との見解を示しています。

ただし、「存立危機事態」概念は曖昧なので、維新案ではこれを「武力攻撃危機事態」とし、「我が国に対する外部からの武力攻撃が発生する明白な危険があると認められるに至った事態」と定義する。さらに、こうした事態に対処する「我が国と密接な関係にある国」を「条約に基づき・・・我が国の防衛のために活動している外国軍隊」つまり同盟国とし、その活動領域を「我が国周辺の地域」に限定する、としています。

確かに、こうすれば、現憲法の「専守防衛」の考え方に適合するし、「戦争法案」であるとか、憲法違反であるとかの神学論争に巻き込まれることもなかったかもしれません。ただ、政府があえてそうしなかったのは、万一日本が存立危機事態に陥った場合、その危機に共同対処する国をあらかじめ限定すべきでない、との判断に立ったためではないでしょうか。

ただ、残念ながら、論議はこうした方向に進まず、「集団的自衛権」の是非論に終始しました。私自身は、この法案に関する議論が始まってから、あらためて「集団的自衛権」について勉強しましたが、この概念を正しく理解するためには、まず国際連合憲章下の安全保障体制を知らなければならないと思いました。その上で、どういう時に集団的自衛権が発動されるのか、その条件は何かを正しく理解する必要がある。

そうすれば、いわゆる侵略戦争は国際連合憲章第2条で違法化されていること。個別的であれ集団的であれ、国家が自衛権を発動できるのは、同第51条により「安全保障理事会が・・・必要な措置をとるまでの間」とされていること。また、その発動には国連決議が必要なこと(訂正:「その発動には安保理の関与が求められている」)。さらに報告義務も課されていること、等を知ることができます。

また、こうしたハードルをクリアーして集団的自衛権を行使するとしても、この行使には先に述べたように被攻撃国からの要請が必要なこと。かといって、これはあくまで行使国の権利であって義務ではないこと。また、かつ、その実力行使は「他に手段がない」場合に限られ、さらに、その行使は「必要最小限度」に止められるべきこと。

つまり、これらの規定を見れば、集団的自衛権に基づく実力の行使は、たとえ、それが同盟国たる被攻撃国から要請があったとしても、簡単に発動できるものではないことがわかります。また、その発動もその方法や規模も、当該国内の政治的手続きを経て決定されるものであって、あくまで当該国の国益に沿って判断されるものだと言うことです。

つまり、集団的自衛権は文字通り自衛権の一種であって、自衛と関係なしに他国を防衛するものではなく、あくまで「自衛のため」の他国防衛なのです。ところが、集団的自衛権の一般的定義「ある国家が武力攻撃を受けた場合に直接に攻撃を受けていない第三国が協力して共同で防衛を行う権利」には、この「自衛のため」がはっきりしない。

そのため、先に紹介したような理解抜きに、今回の安保法案を「集団的自衛権の容認」としてしまうと、必然的に、自国と関係のない「他国の戦争に巻き込まれる」との危惧を生むことになります。そうした誤解を避けるためには、この法案は、世界の安全保障環境の変化を踏まえ、まず、日米安保体制下の「自衛力」の強化を図るものと説明すべきでした。

言うまでもなく、日本国憲法は日本の自衛権は認めていると解釈されています。ただし、その「自衛力」は「戦力」ではなく、「交戦権」は認められていません。これはどういうことかというと、この自衛力を行使する自衛隊は軍隊ではなく、ただ、自国に対する武力攻撃を排除するためにだけ「武力の行使」が認められている、ということです。

しかし、この「自衛力」だけが認められた自衛隊だけでは、日本の安全は守れないので、アメリカと同盟を結び、「戦力」であるアメリカ軍を日本に駐留させ、日本の防衛力の不足を補っているのです。ところが、ソ連崩壊後、中国がアジアに覇権を求め、アメリカとの棲み分けを主張するようになったため、従来の片務的な日米安保体制が揺らいできた。

そこで、こうした日米安保体制の揺らぎを補強し、その自国(日本)防衛に果たす機能を強化しようというのが、今回の安保法案=「平和安全法制」整備案なのです。この補強策が、いわゆる日本の「存立危機事態」に対処するに当たって共同防衛に当たっている米軍等が攻撃された場合、日本がこれを「武力行使」し排除することを可能にすることです。

では、なぜこれがなぜ問題になるかというと、この米軍等の防御が、日本が直接攻撃を受ける前になされた場合、それは国際法上「集団的自衛権」の行使に当たる。しかし、従来の政府解釈では、日本は国際法上「集団的自衛権」は「有するが行使できない」としてきたので、そこで、「自国防衛」の為には「行使できる」と解釈変更しようとしたのです。

これを「矛」と「盾」の関係で言えば、日米安保体制下の日本の安全保障は、矛の役割を米軍が、盾の役割を米軍と自衛隊が共同して担っており、今回の安保法案は、この後者の盾の機能強化を図ることで日米安保体制を補強しようとしたのです。従って、これを、日本が矛となって他国を攻める「戦争法案」だと避難するのは正しくありません。

まして、今回提出された安保法案は、あくまで現行憲法の「専守防衛」の枠内にあるものであって、繰り返しますが、自衛隊は「戦力」ではなく、相手の武力攻撃を排除するだけの最小限の「自衛力」とされているのです。さらに「交戦権」も否定されていて、従って、その自衛権発動に伴う「武力の行使」には、次のような3つの条件が付されています。

第1、我が国に対する急迫かつ不正の侵害があること、第2、これを排除するために他に適当な手段がないこと、第3、必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと。なお、この自衛権行使のための防衛出動は首相が命じ、また、発動後も無制限に許されるわけでなく、戦時国際法の順守や、事態に応じた合理的判断などが求められています。

こうした自衛権発動に伴う「武力の行使」は、今回の法案では「武力攻撃事態」と「存立危機事態」だけに認められています。それ以外の「重要影響事態」では「後方支援」だけが認められています。またPKOは、停戦監視などの「平和維持活動」であって、こうした活動中における「武器の使用」は、警察行動に準ずるものとして取り扱われます。

つまり、この場合の「武器の使用」は、警察官職務執行法第7条に基づく警察行動であって、あくまで「正当防衛」若しくは「緊急避難」に該当する場合を除いて、人に危害を加えてはならないことになっています。言うまでもなく、この警察行動の対象となるのは「基本的に犯罪者か犯罪集団」であって、国家間の戦争とは区別しなければなりません。

では、なぜ野党は、この法案に対して「戦争法案」などのレッテルを張り、廃案を主張するのでしょうか。それは先に述べた通り、同じ土俵に立って議論すれば、結局、修正論議に応ぜざるを得なくなるからです。つまり党利党略な訳ですが、ここには、「戦力放棄」を謳った日本国憲法と日本の安全保障の整合性をめぐる神学論争が影響しています。

では、この論議のどこがおかしいかということですが、これを知るには、まず、日本国憲法第9条2項の「戦力放棄」条項がどうして生まれたかを知る必要があります。この「戦力放棄」条項の発案者は、時の首相幣原喜重郎ですが、氏がこれを憲法に書き込もうとしたのは、敗戦後の日本を取り巻く次のような歴史的事情が背景にあったためです。

幣原は、日本の天皇制を存続するためには、連合国の日本に対する軍事的脅威と天皇制の関係を断ち切る必要があると考えた。同時に、戦後の米ソ対立を予見し、日本が米国の先兵となる危険性を未然に防ごうとした。そこで、マッカーサーに原爆発明後の世界平和のためには、日本が「狂人」となって究極の軍縮=戦力放棄を行うことを提案した。

また、マッカーサー自身も、日本の占領を成功させるためには天皇の力が必要と考えていた。日本の占領を成功させることでアメリカ大統領になる野心も持っていた。さらに言えば、マッカーサーは敬虔なカトリック教徒であって、「アメリカのキリスト教系新興宗教の『通俗的終末論』」の信奉者であり、原爆投下=終末後の千年王国を夢想していた。

つまり、幣原は、これらのことを総合的に勘案し、原爆投下後の世界平和は、アメリカによる原爆の管理と、その下での「世界の軍縮」によって実現できるとマッカーサーを説いたのです。そして、そのためには、日本が「狂人」となって「戦力を放棄」し、「世界の軍縮を先導する」ことが、世界に平和をもたらす唯一の道だと説得したのです。

つまり、日本国憲法第9条2項の「戦力放棄」は、以上のような歴史的事情を背景に幣原の狡知によって生まれたもので、私は、その真の目的は、幣原の「負けて勝つ外交戦略」、つまり、戦後の米ソ対立の代理戦争に日本を使わせない、だったと思います。日本が戦力放棄して世界の軍縮をリードする、は、これを隠蔽する仮構の論理に過ぎなかった!

従って、日本の憲法学者らが日本国憲法第9条を世界平和のシンボルとするのは、少なくとも歴史的には間違いです。だから、幣原はその人を「狂人」と呼んだのです。従って、今日その実現可能性を追求するなら、それは、日本国憲法の「戦力放棄」に固執するのではなく、世界の軍縮、特に弾道ミサイルなどの攻撃用兵器の削減を求めるべきです。

実は、これこそが、日本の平和憲法が指し示す「専守防衛」の考え方なのです。こうした観点から見れば、今回の安保法案は、あくまで日本国憲法の「専守防衛」の枠内で、「日本の存立危機」に対処する日米同盟の「盾」のあり方を模索するものと言えます。もちろん、この場合の「矛」の役割は米軍が担うわけで、片務的であることに違いはありません。

繰り返しますが、日本国憲法を守ろうとする人たちが、先ずやるべきことは、こうした「専守防衛」の考え方を、日本だけでなく世界に広めること。こうした考え方に基づいて世界の軍縮を主張すること。特に、各国軍隊の攻撃用兵器の順次削減を求めることです。できれば国連憲章に「専守防衛」の規定を書き込むよう頑張ってもらいたいと思います。

なお、小林よしのり氏は、憲法第9条を改正しないまま集団的自衛権を論ずることの危険性を指摘しています。要するに、現憲法は自衛隊を軍隊と認めておらず、従って軍隊としての主体的な判断も行動もできないから、この状態で集団的自衛権を容認すれば必ずアメリカに追随せざるを得ない。だからこの法案は「戦争法案」といわざるを得ないと。

要するに、先ず憲法改正をして自衛隊を軍隊として認めることが先だと言っているのですが、その場合「専守防衛」の理念をどうするか。言うまでもなく「専守防衛」は憲法との絡みで生まれているのですが、これを空想に終わらせず、集団的自衛から集団安全保障へという流れの中で、各国の安全保障の基本理念として「専守防衛」を導入できないか。

そのためには、今回の安保法案のように、まず集団安全保障の中に「専守防衛」を組み込み、それがうまく機能するかどうか。それが世界平和に貢献すると認められるかどうか、一度やってみる価値があると思います。もちろん、それが認められれば、その実績を基に、自衛隊を「専守防衛」の軍隊として認めることも可能になるのではないでしょうか。

2015年8月 1日 (土)

安保法制の「集団的自衛権」は我が国の「存立危機事態」に同盟国と共同で対処すること(2)

前回言及した中国の東シナ海、南シナ海における軍事進出の脅威にどう対処するかについて、自民党の佐藤正久氏は極東における安全保障環境の変化について次のように述べています。

「中国は1950年代以降、“力の空白”を埋めるかのように、時に武力を用いて周辺地域に進出」している。

つまり、「 冷戦が終結してソ連が崩壊し、東欧同盟国を失ったロシアが中国との関係改善に動き国境問題が解決した結果、中国人民解放軍の課題は台湾問題となり、一方で、第二次天安門事件や台湾海峡危機の結果、中国人民解放軍の第一潜在仮想敵国はロシアから、台湾を支援するアメリカ合衆国に変わった。

1993年には、李鵬首相が全国人民代表大会で「防御の対象に海洋権益を含める」と表明した。1997年に石雲生が海軍司令員に就任すると、沿岸海軍から「近海海軍」への変革を本格化させた。その中で打ち出された「海軍発展戦略」の中でも、第一列島線および第二列島線の概念が強調された。

法制面では、1992年に、尖閣諸島、西沙諸島、南沙諸島を中国の領土であると規定した「領海法」を施行し、1997年には、国防の範囲に海洋権益の維持を明記した「国防法」を施行、さらに現在、国家海洋局が中心となって、島嶼の管理を強化する「海島法」の立法作業を進めている。

その目的は、「短期的には対米国防計画、長期的には中国が世界に同盟国を持つ覇権国家に成長するための海軍建設長期計画。具体的には、2010年までは第一列島線に防衛線を敷き、その内側の南シナ海・東シナ海・日本海へのアメリカ海軍・空軍の侵入を阻止することである。」

「但し当然の事ながらこれら第一、第二列島線概念は公式に対外的にアナウンスされた方針ではなく、あくまで人民解放軍内部の国防方針である」という。その海軍建設のタイムスケジュールは次のようになっている。

「再建期」 1982-2000年 中国沿岸海域の完全な防備態勢を整備 ほぼ達成済み
「躍進前期」 2000-2010年 第一列島線内部(近海)の制海権確保。
「躍進後期」 2010-2020年 第二列島線内部の制海権確保。航空母艦建造
「完成期」 2020-2040年 アメリカ海軍による太平洋、インド洋の独占的支配を阻止
2040年 アメリカ海軍と対等な海軍建設

こうした中国の動きがどこまで現実のものとなるか、このことを正確に予測する必要があります。実は、こうした計画の一環として、中国の歴史認識をめぐる対日プロパガンダが行われているのです。それは第一に、戦後ポツダム体制の枠組みを復活すること。第二に、その中で中国をファシズムと戦ったメンバーと位置づけること。第三に、それによって日本を打倒すべき「ファシズム勢力」と位置づけ日米離間を謀ることです。

こうした中国の思惑を逆転させたのが、安倍首相の米国上下両院における演説でした。安倍首相は、日本はアメリカと共に戦後冷戦を戦って勝利し、自由・人権・民主主義・法の支配による国際秩序形成に貢献してきたと述べ、戦後の国際秩序をポツダム体制に引き戻そうとする中国の狙いを阻止しました。今回の安保法制の提案も、こうした国際秩序観を前提にしているのであって、それ故に、中国や韓国以外の世界各国はこれを支持しているのです。

ただし、この場合も、日本の安全保障政策における「専守防衛」の原則は堅持されるべきです。それは、「戦争に巻き込まれない」と言う消極的な理由からでなく、世界平和に向けた、武力に依らない平和維持活動の原則を確立するためです。また、自由・人権・民主主義・法の支配による世界秩序の形成を謳う以上、テロの脅威に屈しない国際平和維持活動には、同様の「専守防衛」の原則の許す範囲内で積極的に参加すべきです。

私は、今回の安保法制についてこのように考えていますが、この安保法制案に対して、多くの学者や歴史家、さらには著名な文化人からの反対の声が相次いでいます。そこで、ここでは近現代史家である半藤一利氏や保阪正康氏の反対意見について、私なりの歴史認識をふまえた私見を申し述べておきたいと思います。

半藤氏らは、昭和史の反省から、この法案に反対しているのですが、一体どういう反省に立って、今回の安保法制提案における「集団的自衛権」に反対しているのか、その根拠が判然としません。私は、昭和史の反省をふまえるなら、日本が日英同盟(=集団的自衛権)を破棄し、それに代わって四カ国条約(集団安全保障)を締結したことが、日中戦争に至った最も大きい外交的要因ではないかと思っています。日独同盟はこの代替として採用されたからです。

この教訓を踏まえれば、今日の国際的な安全保障環境の下で、日米同盟を堅持することは極めて重要です。確かにアメリカは万能ではありません。理想主義故に失敗もあります。しかし、戦後の自由・人権・民主主義・法の支配に基づく世界秩序を支えてきたのはアメリカです。つまり、このアメリカとの同盟関係を堅持しその再構築を図ることで初めて、中国の主張する「反ファシズム連合」という、旧ポツダム体制復活の野望をくじくことができます。

そもそも、彼らが日本に押しつけようとしている歴史観とはいかなるものでしょうか。半藤氏は韓国が主張する慰安婦問題や、中国が主張する南京大虐殺について、日本が歴史的事実の検証作業を地道に行ってきたことに対し、それに「歴史修正主義」のレッテルを貼り、いわゆる人道的主義的観点からこれを非難しています。

しかし、歴史を現代の価値観で裁けば歴史の事実は見えなってしまいます。一方、中国や韓国が日本に強要しようとしている歴史認識は、事実とかけ離れた政治的プロパガンダ以外の何者でもありません。確かに、歴史上の罪を現代的価値に照らして贖うこともケースによっては必要でしょう。しかし、そのためにも、まず歴史を客観的に検証し事実を見極めることが大切です。

この点(事実の見極める上での言葉の大切さについて)、この安保法制を巡って、共同通信社が今年の5~6月に実施したという次の戦後70年世論調査の結果は大変興味深いものがあります。

「仮に外国が日本を攻撃してきた際の対応を聞いた設問では『非暴力で抵抗する』が41%で最も多く、『武器を取って戦う』の29%を12ポイント上回った。『逃げる』16%、『降伏する』7%を合わせると、非交戦派は64%に上る。安倍政権が目指す『戦争のできる国』を国民は拒否していると見るべきだ」

まず、この64%の非抗戦派の人たちは、実際に日本が外国の占領下におかれたとき、占領軍の圧倒的権力にどのように非暴力で対抗できると思っているのでしょうか。まあ、安保法制に対する危険・邪悪といったイメージが世論の空気を支配しつつある中でのアンケートですから、それに対する拒否反応が出ただけだと思いますが、仮にそうなった場合、どのような情況が現出するか、過去の事例を見てみる必要があります。

かって山本七平氏は、日本人が戦争に敗れて連合国の捕虜となり捕虜収容所に入れられたとき、その収容所内でどのような秩序が現出したか次のように語っています。驚くべきことに、そのほとんどが暴力団支配に陥ったそうです。また、日本人約60万人がシベリア抑留されたとき、ソ連に迎合し仲間を告発することで身の安全を図る人間が輩出したこと。『テャーズ』の遠藤誉氏も、中国における自らの体験をもとに同様の証言をしています。

つまり、「非暴力で抵抗する」とは言葉で抵抗することです。南方の捕虜収容所内部でどういう秩序を形成するかは、収容所内の自治に任された。にもかかわらず、そのほとんどが暴力団支配に陥ったということ。ここに、日本人の言葉による秩序形成能力の弱さが露呈しているのです。極限状態におけるこの言葉による秩序形成能力の弱さが、空想的な言辞の横行による無秩序を招き、それが暴力団支配をもたらしたのです。この根本原因が、言葉と現実の遊離にあります。

この点、 日本報道検証機構, 2015年7月23日の記事、「安全保障関連法案の合憲性をめぐり、朝日新聞が実施した「憲法学者へのアンケート」結果は、学者でさえ、この言葉と現実が遊離する傾向が極めて強いことを如実に示しています。

「憲法学者122人回答 『違憲』104人『合憲』2人」で、回答者の大半が安保法案について違憲か違憲の可能性があると答えた」。その一方で、設問(4)現在の自衛隊の存在は憲法違反にあたると考えますか、という問いに回答者の6割超の77人が違憲もしくは違憲の可能性があると答えた。また、設問(5)憲法9条の改正について、どのように考えますか、という問いに、改正の必要がないと答えた人は99人だった。(この(4)と(5)の問いに対する回答は、朝日新聞は紙面の版記事に載せなかった)

これはどういうことを意味するかというと、自衛隊の存在を違憲とする人が6割超77人いたのなら、これらの人々は、自衛隊を解散すべきか憲法を改正すべきかのどちらかを選択すべきですが、なんと、99人が憲法9条を改正する必要がないと解答したということです。これは、自衛隊を違憲とするほとんどの憲法学者は、自衛隊は憲法違反だが、憲法9条は現在のまま(つまり矛盾したまま)放置してもよいと考えているということです。

いうまでもなく、これは論理的に矛盾していますが、実は、このような「自衛隊は必要だが、同時に自衛隊を憲法違反といえる状態も必要」といった考え方は、かってイザヤ・ベンダサンが「天秤の論理」と名付けたものです。つまり日本人は、物事を言葉で厳密に規定せず。本音と理想を天秤にかけ、そのバランスを取る、つまりその支点の位置に身を寄せることで、その時代の空気に迎合し身の安全を図ろうとするのです。憲法学者にしてこの通りですから、一般の人が同様の考え方をするのも当然です。

なお、ここでさらにおもしろいのは、これらの学者がこの法案に反対する理由として、それは「存立危機事態」の定義が漠然としているため、集団的自衛権の歯止めなき行使につながる恐れがあり、憲法9条に反する、といっていることです。法案では、我が国が「存立危機事態」にあることの認定には、原則国会の事前承認が必要としていますが、それも信用しない。だから「集団的自衛権は有するが行使できない」とする従来の憲法解釈を維持すべきとしているのです。(憲法学者ら173名による「安保関連法案に反対し、そのすみやかな廃案を求める憲法研究者の声明」)

しかし、今回の政府の提案は、我が国が「存立危機事態」に直面した場合、同盟国と共同でその危機事態に対処しようとするものであって、あくまで「専守防衛」の枠内での限定的な「集団的自衛権」の発動を可能にしようとするものです。そのために、それが「歯止めなき行使」とならないよう、その行使の3条件とともにその具体的事例を例示し、さらに「存立危機事態」にあることの認定にあたって、国会の原則事前承認を義務付けているのです。

また、今回の安保法制を巡る国内の議論は、かっての60年安保とはその時代背景が違います。60年安保の時代は、社会主義や共産主義に対する夢が厳然として生きていました。それ故に、アメリカとの同盟に不安があり、あれだけの反対運動になったのです。しかし、今回は、そうした希望が完全に消滅した中での、アメリカに対する不信と、日本が主体的に安全保障策を講じることへの不信・不安を表明するものとなっています。これは、一体どうしたことでしょうか。

もともと、日本国憲法第9条2項の「戦力放棄」条項は、戦後の東西冷戦を見越して、日本人がその先兵として使われないよう「負けて勝つ」外交的狡知として組み込まれたものでした。つまり、それは日本にとって手段だったのですが、いつしか目的とされるようになった。なぜこのようなことになったかというと、それは、かってイザヤ・ベンダサンが「日本人は安全と水はタダと思っている」と喝破したように、日本人の伝統的な安全保障観が、戦後70年の平和の中で復活したためでしょう。

でも、先に述べた通り、戦後70年の日本の平和は、憲法9条だけでもたらされたものではなく、日米安保とのセットで守られてきたものです。この単純な事実を日本人がリアルに認識すること。これが、今日の日本人に求められていることではないでしょうか。リアリズムを見失った民族が滅びることは、先の大戦で証明済みです。山本七平は、昭和の敗戦の最大要因を、日本人が「事実(「現実」を訂正)を見る勇気を失ったため」としました。今回の安保法制を巡る議論で日本人に求められるのはこの「事実(同上)を見る勇気」だと思います。

こうした観点に立って私が今期待しているのは、政府と維新の修正協議ですね。維新案は、本稿で述べた「専守防衛」の範囲内での「集団的自衛権」のあり方に、より明確な定義を与えようとしています。両党間のリアルな現実認識に立った熾烈な政策論争に注目したいと思います。
8/3 2:36一部校正

2015年7月31日 (金)

安保法制の「集団的自衛権」は我が国の「存立危機事態」に同盟国と共同で対処すること

安保法案をめぐって国論が分裂状態になっていますね。その第一の原因は、集団的自衛権の説明が、必ずしも国民一般が納得できるものになっていないということがあります。そもそも、その定義 「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利」というのがいささか物騒です。

事実、過去安保理に報告されたその適用事例が「ハンガリー動乱、テェコスロバキア動乱、ベトナム戦争、コントラ戦争、アフガニスタン紛争」だといえば、とんでもないということになります。にもかかわらず、なぜ、従来「集団的自衛権は持っているが行使できない」としてきた政府の憲法解釈を変更し「行使できる」とする必要があるのか。

このあたりについて自民党の石破氏は今回自民党が提出している安保法案について「大国が集団的自衛の名を借りて、小国を蹂躙(じゅうりん)する権利ということではなくて、国連が機能してくれるまでの間、自分の国は自分で守るという個別的自衛権と、そして、関係の深い国々がお互いに守り合う侵略を排除する」というのが、国連憲章に集団的自衛権が盛り込まれた「意味づけである」と以下のように説明しています。(安全保障法制整備推進本部での講演2014.4.7)

つまり、これを日米安保についていえば、「アメリカと一緒に世界中で戦争する権利ではなくて、大国の横暴(かっての東西冷戦時代ではソ連、今日では中国)から小国が自らの身を守る権利」として、日本はアメリカと同盟条約を結び集団的自衛権を行使できるようにしているということ。

なお、この「集団的自衛権」は、いうまでもなく国家の自然権である自衛権をベースとするものです。また、我が国の自衛権行使は、憲法上「必要最小限度の武力行使」に止まるとされています。ところが「今までは集団的自衛権なるものは、どういう理由なのか知らないが、それは全部その外だということになっていた」。しかし、「必要最小限度」の範囲内に入る「集団的自衛権」もあるのではないかと考えた。

ただ、ある内閣が「集団的自衛権の行使は、必要最小限度のものであればそれは合憲である」といったとしても、次の内閣総理大臣が『いやいやあのような考え方はそうではない、私は集団的自衛権の行使は合憲ではないと考える』というと法的安定性がない」。そこで、「どういうような法形式によるかは別として、集団的自衛権の行使は、このような場合は許されるというような、そういう考え方を体現するような法整備は絶対に必要」ということになった。

といっても、「私どもはそれを必要最小限度であれば行使できる、行使すると言っている訳ではありません。ご存じのとおり自衛隊の行動は、自衛隊法に根拠規定を持たない限り、飛行機は1センチも飛びません。戦車は1ミリも動きません。船も1マイルも動きません。

自衛隊法というのは、そのような書き方になっておりまして、できる事は、これとこれとこれということをポジティブリスト的に、根拠規定を持たなければ、何一つやる事はできません。ですので、これをやれば無限定に広がるような事はございません。」等々。

そこで、現憲法下で「必要最小限度」の範囲内にあると考えられる「集団的自衛権」行使の事例を、ポジティブリスト的に例示した」というのです。その事例が次の8つです。

事例8:邦人輸送中の米輸送艦の防護
事例9:武力攻撃を受けている米艦の防護
事例10:強制的な停船検査
事例11:米国に向け我が国上空を横切る弾道ミサイル迎撃
事例12:弾道ミサイル発射警戒時の米艦防護
事例13:米本土が武力攻撃を受け、我が国近隣で作戦を行う時の米艦防護
事例14:国際的な機雷掃海活動への参加
事例15:民間船舶の国際共同護衛

これらの「集団的自衛権」の発動事例の前提条件は、まず、専守防衛(防衛上の必要があっても相手国に先制攻撃を行わず、侵攻してきた敵を自国の領域において軍事力(防衛力)を以って撃退する)の基本方針のもとに、次の3条件を満たすこと。

①全般的な作戦において、相手の攻撃を受けてから初めて軍事力を行使する。
②その程度は自衛に必要最低限の範囲にとどめ、相手国の根拠地への攻撃(戦略攻勢)を行わない。
③自国領土またはその周辺でのみ作戦する。

「集団的自衛権」はこの3条件に加えて、次の新3条件を満たすこととされています。
①我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること。
②これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと
③必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと。

国会では、集団的自衛権は、「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利」であり、これは上記の「専守防衛」の第①条件と矛盾するのではないか、との指摘がなされていました。

これに対して政府は、「集団的自衛権」の第①条件は、この攻撃により「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」としているので、専守防衛の「我が国に対する武力攻撃」とは矛盾しないと反論していました。

この「集団的自衛権」の3要件の最初の①は「存立危機事態」とされるものですが、そうであれば、「集団的自衛権」を発動する場合、その前提条件として、我が国が「存立危機事態」にあること。かつ、その認定には国会による原則事前承認が必要なことを、もっと解りやすく説明すべきです。そうでないと、我が国に直接関係のない「外国に対する武力攻撃」が我が国近辺に延焼し、それに巻き込まれる形で「集団的自衛権」が発動されるとの疑念を招きかねないからです。この点、安倍首相の「集団的自衛権」の模型を使った火事と消火の説明は、こうした誤解を招きやすいものでした。

従って、今回の政府の「集団的自衛権」の行使の条件は、あくまで、日本が「自国と密接な関係にある外国」と共に、相協力して我が国の「存立危機事態」に対処する、ということであって、決して、我が国の「存立危機事態」とは本来無関係(「関係のない」を訂正)の他国の紛争に巻き込まれることを意味しないことを、繰り返し説明する必要があります。(火事は放火によるよりタバコの不始末など自己責任に帰する場合の方がはるかに多いですからね)

ただし、この場合、「自国と密接な関係にある外国」が同盟国たるアメリカ以外どんな国が考えられるか、ということが問題となります。韓国、台湾、フィリピン、東南アジア諸国等が考えられますが、「専守防衛」の枠内での「集団的自衛権」のあり方を考える限り、同盟国以外の国に対する攻撃を、「我が国の存立を脅かす攻撃」と見なすことができるかどうか疑問です。また、それが米軍に対する攻撃であっても、それが「我が国の存立を脅かす明白な危険」がなければ、当然「集団的自衛権」発動の対象とはなりません。

こうした視点で、先の「集団的自衛権」行使の8つの事例を見れば、事例8から13までは、集団的自衛権を発動する対象国は米国、場所は「我が国近辺」ということになります。その他の事例14、15が、国連の決議を受けた上での防御的活動ということになります。最も心配なのは、東シナ海や南シナ海における中国の軍事的進出が、どういう脅威を我が国にもたらすかということですが、これについては我が国だけでなくアメリカをはじめとする国際社会が共同で対処するほかなく、従って、事例14、15はその範疇にあると見ることができます。

2014年9月13日 (土)

元菅内閣主要閣僚の執拗な「仲間のかばい合い」から見えること

元菅内閣の主要閣僚は、今後も「菅元首相が東電の全面撤退を阻止して日本を救った」と主張するつもりのようですね。

このことは9/11のプライムニュースにおける福山元官房副長官の話しぶりでわかりましたが、その中で、司会者がなぜ清水社長の電話で撤退と聞いたとき、もしそれが全面撤退なら大変なことになるのはわかりきったことだから、「撤退は全面撤退かどうかなぜ聞かなかったか」と質問していました。

それに対して福山氏は明快に答えませんでしたが、実際は、それを再確認するために菅元首相に話す前に枝野氏が吉田所長に電話して全面撤退ではないことを確認しています。

この番組ではそこまでの追求をしませんでしたが、おそらく、菅元首相に全面撤退と伝えた海江田、枝野氏ら主要閣僚らの責任が大きいとしたのでしょうが、いかにも中途半端な印象を受けました。もっとも海江田氏は逃げ腰のようですし、枝野氏の場合は少なくとも現場が撤退しないことを知っていました。

いずれにしてもこの「東電が全面撤退しようとしたか、しなかったか」の議論は誠につまらないはなしで、要するに、それほどの危機的状況だったのですから、官邸だけでなく東電も含めて今後どう事故対応に当たるべきかを冷静に議論すべきだったのです。

この段階では、まだ水素爆発は起こっていませんが、状況に応じて、事故対応に当たる以外の職員の退避を考えることは当たり前ですし、何人残すか、それ以外の人をどこに退避させるかを議論するのも当然です。そもそも残った人間がいつまでもがんばれるわけではないし、交代要員も必要でしょうから。

つまり、こんな危機的状況の中で他の人の責任を追及しても仕方がないのです。責任追及は事故が収束して後にやればいいことで、それより全員一致して事故対応に当たることが求められていたのです。

ベントを誰が止めたかと言う議論についても同じです。菅元首相が事故発生後、「イラ菅」ぶりを全面展開して関係者をどやし続けていなければ、武黒氏の「官邸がぐちゃぐちゃ言ってんだよ、四の五のいわんでベントを止めろ」などと言った発言も生まれなかったでしょう。

こんなつまらない話を、長くやればやるほど民主党にとっては損だと思うのですが、元菅内閣の主要閣僚はがんばりますね。おかげで、この東電撤退問題の解決はまだまだ長引きそうです。しかし朝日新聞も「撤退報道」を誤報と認め謝罪したし、朝日新聞以上に過ちを認めない政治家たちということで、彼らは歴史的教訓を残すことになるでしょう。

こうした元菅内閣の閣僚達の態度を見ていると、日本人の悪しき「仲間のかばい合い」が偽証を生む状況を彷彿とさせますね。これを戦前昭和の軍人達の「仲間のかばい合い」と比較してみると、なぜ、日本はあんな意味不明な戦争を止められなかったか、その真の事情がわかるような気がします。

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