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カテゴリー「時事問題」の記事

2009年12月23日 (水)

日本人は、オバマ大統領の「戦争論」にどう向き合うか。

 鳩山首相の普天間問題をめぐる対応には、誠に首をかしげざるをえません。11月13日の日米首脳会談ではオバマ大統領に「沖縄における米軍再編に関する二国間合意の実行について迅速な完遂」を約束したような言動をしておきながら、翌14日には、訪問先のシンガポールで、日米合意を前提にしない考えを記者団に表明し「具体的な移転先を約束したわけではない」と否定しました。

 そんな経緯があるのに、COP15に出席する12月18日に、「普天間問題先送り」をオバマ大統領に説明する会談を持つよう呼びかけあっさり断られています。にもかかわらず鳩山首相は、12月19日、COP15関連の晩餐会の席上、米国のクリントン国務長官にその「先送り方針」を説明しました。その結果、クリントン長官が「よく分かった」と答えたことを記者団に明らかにしました。

 私は、”えっ!晩餐会の立ち話でそんな話を?”と首をかしげましたが、何のことはない、22日には、クリントン長官が藤崎一郎駐米大使を呼び、日本の立場を理解したわけではない旨を伝え、鳩山総理の受け止め方に釘を刺した上で、日米合意に基づく現行計画の早期履行を求めたことが明らかになりました。これに対して鳩山首相は、「お互いに日米同盟が大事だから頑張ろう」という意味だと訂正しました。

 素人でも分かるような変な話ですよね。同様の不可解な印象は、鳩山首相の「友愛ボート」の話(14日、アジア太平洋経済協力会議関連のフォーラムで講演)を聞いた時にも持ちました。だって自衛艦を災害救援に使うなんて、緊急の時にはそんなこともあるかもしれませんが、政府がそれを自衛艦の計画的な使用法として構想するなんて、平和ボケもいいとこだ、と思ったからです。

 ところが、なんとこの話は、11月13日の日米首脳会談でも、鳩山首相がオバマ大統領に提案していたのだそうです。関係者によると、会談の途中、鳩山首相が「友愛の船」構想を持ち出し、説明を始めたところ、オバマ大統領は鳩山首相が説明を続けている最中に、話を露骨に遮る形で発言し、在日米軍など日米安保にかかわるテーマを持ち出し、このため鳩山首相の「友愛の船」についての語りかけは完全に中断される形になった、といいます。
 
 アフガンに3万ものアメリカ兵の増派を決断し、現在も対テロ戦争を継続中のアメリカの大統領に対して、よくもそんな寝ぼけたような話をするもんだと、その無神経さに改めて驚かされました。

 ところで、マスコミでは、この普天間基地の移設問題について、鳩山首相の冒頭に紹介したような雲をつかむような不明瞭かつ無神経な発言について、今後の日米同盟を危うくするものだ、と危惧する意見が多いようですね。一方、「普天間基地の辺野古移転案は、日本の官僚体制による米海兵隊の全面撤退計画に対する引き留め工作」であり、鳩山政権としては、あくまで海兵隊のグアムへの全面撤退を主張すべきである」とする意見もあります。(参照)

 この後者の意見は、アメリカ自身、実は普天間基地はグアムに移す方がいいと考えているというもので、アメリカが一見辺野古にこだわっているように見えるのは、日本が”思いやり予算”まで出して”居てくれ”というから、それをみすみす断ることはしないというだけのことだ、と言っているのですが、ホントですかね。

 いずれにしても、肝心なことは、日米同盟のもとで日本の安全及び極東アジアの平和をいかに維持するかということで、その上で、現在、住民生活に大きな危険を及ぼしている普天間基地の再配置をどうするか。それを専門的な見地からやって、その結果を国民に説明するということだと思います。

 その結果、グアムや沖縄以外の本土の空き空港を利用するなどの余地があるというのなら、沖縄の基地負担軽減のためにも、それを国民に説明し理解を得るよう努める必要がある思います。そのために民主党が時間が必要というなら、もっともだと思いますが、実際は、僅か数議席しか持たぬ連立社民党の主張に引きずられている印象です。

 このため、社民党の、単に”沖縄から米軍基地をなくせ”という主張と、”日米同盟のもとでの日本の安全保障及び極東アジアの平和維持のための基地は何処に置くべきか”という議論との区別がつかなくなっています。特に問題なのは、社民党が日米同盟の意義やアメリカの極東の平和維持の努力を有害無用のものと考えているらしいことです。

 これが単に社民党だけの問題なら、放っておいてもいいのですが、実はこうした平和観は日本人の伝統思想にもつながっていて、何もしないでいると、それが国民の多くの支持を得ることになってしまう危険性があります。そしてそれは必然的に、現在のアメリカの日米同盟及び極東の平和維持に果たしている役割を無視することになります。

 私は、それは、日本の安全保障にとって極めて危険な考え方だと思います。なぜか、日本はアメリカとの同盟関係なしに、独力で自国の安全及び極東の安全を守るだけの力を持たないからです。日本は通商国家として生きる外ない。そのためには世界とりわけ極東の安全保障は必須である。しかし、国土の狭隘さ、資源の少なさなどの自然条件や、食糧安保という観点からも、またイデオロギー的に言っても、軍事力とイデオロギー力を兼ね備えた政治大国には到底なれないからです。

 さらに、お隣の中国は、その軍事力とイデオロギー力を兼ね備えた超政治大国として国際政治社会に躍り出ようとしている。その政治体制は一党独裁であり、民主政治の基本的条件である思想・信条の自由を始めとする基本的人権は制限されている。確かに、今後日中の経済関係は不可欠ですが、その政治体制が民主化の方向に向かうまでは安心はできない。このことは中国共産党の反日教育の実態を見ても明らかです。ゆえに、民主的政治大国であるアメリカとの同盟は不可欠なのです。(『アメリカでさえ恐れる中国の脅威』参照)

 では、そのアメリカの平和維持のための基本的な考え方とはどのようなものでしょうか。実は、こうした問題を考える上で最もよい資料が、次のノーベル平和賞受賞式においてオバマ大統領が行った演説です。ここにはオバマ大統領の「戦争観」が明快に語られています。オバマ大統領を支持する日本人は多い。なら、ぜひ、以下のオバマ大統領の演説を読んで、その戦争観について、それぞれの意見をまとめていただきたいと思います。

(以下、オバマ大統領演説の共同訳を、その論旨を損なわない範囲で抜粋します。分かりにくいところは私訳も交えています。)

 まず、オバマ大統領は「この栄誉を、深い感謝とともに謹んでお受けする」といいました。なぜなら、「この賞は、この世が残酷さと困難に満ちていても、われわれは単なる運命の囚人ではなく、行動こそが重要であり、歴史を正義の方向に向けることができる、という崇高な精神を支持するもの」であるからだと。

 その上で、自分は、この栄誉にふさわしいとは思わないが、それ以上に問題なのは、この賞を受けた「私が二つの戦争の最中にある国の軍最高司令官だ」という事実だと、いきなり今回のノーベル平和賞受賞問題の核心を突きました。続けて、

 しかし、この戦争は、どのような形であれ、昔から人類とともにあったもので、その道義性が疑われたことはなかった。部族間の、そして文明間の力の追求と相違の解決手段として、干ばつや疫病のように現実にあるものだった。

 時を経て、集団間の暴力を規制する手段として法律が登場すると、「大義のある戦争」という概念が登場し、戦争は自己防衛の最終手段として、適正な武力により、可能な限り非戦闘員は犠牲にしないという条件に合致する場合のみ正当化されるようになった。

 だが、歴史上、「大義のある戦争」という概念はほとんど実現していない。それは、「外見の違う人々、異なった神を信仰する人々に対し無慈悲にその能力を行使した。全面戦争では、戦闘員と一般市民の区別が不鮮明なものになった。

 さらに核兵器時代の到来もあり、勝者にとっても敗者にとっても、あらたな世界戦争を予防する仕組みが必要なことが明確になった。そこで「米国は平和を守る構想を打ち立てる上で世界を主導した。マーシャルプラン、国際連合、戦争抑止メカニズム、人権擁護の条約、虐殺の予防、最も危険な武器の規制がそれだ。

 もちろん、恐るべき戦争は発生し、残虐行為も起きてきたが、冷戦は終結し、商業は世界の大部分をつなぎ合わせ、数十億人が貧困から脱した。自由、民族自決、平等、法の支配といった理想は、もたもたしながらも前進してきた。これは米国が真に誇れる遺産である。

 21世紀に入り10年、古い構造は、新しい脅威により崩れつつある。世界はもはや二大核超大国間の戦争の脅威におびえることはないだろうが、核拡散は破滅への危険を増している。テロは、激しい憎悪を抱く少数の人間が罪のない人々を大量に殺すことが可能になった。

 私は今日、戦争をめぐる問題の絶対的な解決策を携えてはいないが、私が認識していることは、こうした難題に立ち向かうには同じ考え方、懸命の努力、すべての人たちの粘り強さ、さらに、大義ある戦争の概念と平和の必要性について新思考が求められているということである。

 私は、マーチン・ルーサー・キングの「暴力は決して永続的な平和をもたらさない。社会的な問題を何も解決せず、もっと複雑な問題を新たに作り出すだけである」というキングのライフワークを引き継ぐものであり、非暴力の道徳的な力を信じる証言者だ。

 しかし、国民を守り保護することを誓った国家のトップとして、彼らの例だけに導かれるわけにはいかない。私は現実の世界に対峙し、米国民に向けられた脅威の前で手をこまねくわけにはいかない。

 誤解のないようにいえば、世界に悪は存在する。非暴力運動はヒトラーの軍隊を止められなかった。交渉では、アルカイダの指導者たちに武器を放棄させられない。時に武力が必要であるということは、皮肉ではない。人間の欠陥や理性の限界という歴史を認識することだ

 私はこの問題点について提起したい。なぜなら今日、理由のいかんを問わず、多くの国で軍事力の行使に二つの相反する感情があるからだ。

 しかし、世界は思い出さなければならない。第2次大戦後の安定をもたらしたのは国際機関や条約、宣言だけではない。いかに過ちを犯したとしても、その国民の血と力で60年以上にわたり、世界の安全保障を支えてきたのは米国なのだ。

 われわれの献身と犠牲が、ドイツから韓国までに平和と繁栄をもたらし、バルカンに民主主義を打ち立てることを可能にしたのだ。われわれの意志を押しつけるためではなく、子や孫のよき未来のために重荷を背負ってきたのだ。

 つまり、平和を維持する上で、戦争という手段にも果たす役割があるのだ。しかし、この事実は、いかに正当化されようとも戦争は確実に人間に悲劇をもたらすという、もう一つの事実とともに考えられなければならない。

 私たちの課題は、この両立させることは不可能に見える二つの事実に折り合いをつけさせることだ。具体的には、かつてケネディ元大統領が言ったように「人類の本性を急に変化させるのではなく、人間のつくる制度を少しずつ発展させた上で、実際的かつ達成可能な平和を目指す」ことだ。

 では、この発展の実際的なステップとは何だろう。

 まず初めに、戦力行使について規定する基準を、強くても弱くてもすべての国々が厳守すること。無分別な攻撃は許されない。世界はそれた対決しなければならない、ということだ。

 その際、特に重要になのは、われわれは、政府による自国市民の虐殺や、一つの地域全体を暴力と苦悩に巻き込みかねない内戦をどのように防ぐかということだ。それは、後により大きな犠牲を伴う介入が必要になる可能性がある。だからこそ、すべての責任ある国家は、平和維持において、明確な指令を受けた軍隊が果たし得る役割というものを認めなければならない。

 世界の安全保障における米国の責務が消えることは決してないが、米国は一国だけでは行動できない。北大西洋条約機構(NATO)諸国の指導者や兵士たち、そして他の友好、同盟国は、アフガンでその能力と勇気をもってこれが事実であることを示してくれた。

 しかし、多くの国で、任に当たる者たちの努力と、一般市民の抱く相反する感情との断絶がある。私は、なぜ戦争が好まれないのか理解している。だが、同時に、平和を求める信条だけでは、平和を築き上げることはできないということも分かっている。

 平和には責任が不可欠だ。平和には犠牲が伴う。そうだからこそ、NATOが不可欠であるのだ。そうだからこそ、われわれは国連と地域の平和維持を強化しなければならない。いくつかの国だけにこの役割を委ねたままにしてはいけないのだ。

 だからこそ、われわれは国外での平和維持活動と訓練から、オスロとローマ、オタワとシドニー、ダッカやキガリへ、故郷へと戻った者たちをたたえるのだ。戦争を引き起こす者としてではなく、平和を請け負う者たちとしてたたえるのだ。 

 武力行使について最後に言っておきたい。戦争を始めるという難しい決定を下すのと同じように、われわれはいかにして戦うのかについても明確な考えを持たねばならない。

 武力が必要なところでは、一定の交戦規定に縛られることに道徳的、戦略的な意味を見いだす。規定に従わない悪意ある敵に直面しようとも、戦争を行う中で米国は(規定を守る)主唱者でなければならないと信じている。だから、私は拷問を禁止にした。

 われわれが戦争を行うことを選択するとき、心に重くのしかかる問題について私は言及してきた。しかし、そうした悲劇的な選択を避けるための努力についてもう一度立ち戻り、公正で永続的な平和を構築する上で必要な三つの方策を説明しよう。

 まず最初に、規則や法を破る国と立ち向かう際に、態度を改めさせるのに十分なほどに強い、暴力に代わる選択肢を持たなければならないと私は信じている。制裁は実質的な効果がなければならない。非協力的なそれらの国の態度には圧力を強めなければならない。そうした圧力は世界が一つになって立ち上がったときにのみ、成り立つのだ。

 核兵器の拡散を阻止し、核兵器のない世界を追求する取り組みが急務だ。各国は(核拡散防止)条約(NPT)に従うこと。核兵器を持たない国は所有を断念すること。核兵器を持つ国は軍縮に向けてまい進すること。

 また、イランや北朝鮮のような国が核不拡散体制を悪用しないよう主張することもわれわれの義務だ。中東や東アジアでの軍拡競争の危険性を無視することはできない。平和を追求する者は、核戦争のため各国が武装するのを何もせず傍観してはならないのだ。

  同様の原則は国際法に違反し、自国の人々をむごたらしく扱う国々にも適用される。国際社会の関与や外交努力はあるが、その時、われわれが結束すればするほど、武力介入したり、抑圧の共謀者となるといったような選択を迫られることは少なくなる。

 これは第2の点につながる。われわれが求める平和の本質についてだ。平和は目に見える紛争状態がないということだけではない。すべての人々が生まれながらに持つ人権と尊厳に基づく平和だけが、真に永続することができる。

 第2次大戦後、世界人権宣言の起草者を後押ししたのはこの洞察だ。荒廃の最中、彼らは人権が守られなければ、平和は空虚な約束にすぎないと認識したのだ。

 しかし、こうした言葉は、人権は西洋の原理だとか、地域の文化に合わないとか、国家の発展の一段階にあるので守れないなどと間違った考えで言い訳する国もある。

 しかし、市民が自由に話したり、好きなように礼拝したり、指導者を選んだり、何の恐れもなく集会を開いたりする権利を否定されるところでは、安定した平和は得られないと信じる。われわれの最大の親友は、市民の権利を守る政府だ。

 米国はさまざまな国の独特の文化や伝統に敬意を払いながらも、常に人類共通の思いの代弁者になる。希望と歴史はこうした(自由を求める)運動の味方になるとはっきりと示すことが、すべての自由な人々と自由な国家の責任だ。

 これも言わせてほしい。人権は、言葉で熱心に説くだけでは促進できない。時には、労を惜しまない外交と連携させなければならない。しかし、相手に手を差し伸べずに制裁を科したり、議論の余地なく非難するだけではだめで、抑圧的な政権は、開かれた扉という選択肢がなければ、新たな道を進めない。

 単純な公式はない。孤立させることと関与すること、圧力をかけることと励ますこと、両者の間のバランスを取るよう、最善を尽くさなければならない。そのようにして人権と尊厳は徐々に向上するのだ。

 第3に、市民の権利や政治的な権利があるだけでは公正な平和とはいえない。経済的な安定と機会が保障されなければならない。なぜなら真の平和は恐怖からだけではなく、貧困からの解放でもあるからだ。

 きちんとした教育を受けたり、家族を支える仕事を得たりするという子供たちの望みがかなえられないところに安全はない。希望がなければ、社会は内側から腐りかねない。

 それゆえ、人々に食料をもたらす農家や、子供たちを教育したり病人を世話したりする国々を支援することは、単なる慈善事業ではない。このことはまた世界が団結して気候変動に立ち向かわなければならない理由でもある。

 国家間の合意。強力な制度。人権の保護。開発への投資。これらすべてが、ケネディ大統領が言及した進化をもたらすのに極めて重要な要素だ。またこれを完遂するためには、道徳的想像力の継続的拡大、すなわち、全人類が共有すべき何かがある。

 世界がだんだん小さくなるにつれて、われわれが基本的に同じものを望んでいると理解し、自分自身や家族がある程度の幸福感や充足感を持って人生を全うすることは、人類にとってだんだん容易になるだろうと、皆さんは思うかもしれない。

 しかし、目まいがするほどのスピードでのグローバル化、現代の文化的平準化の中で、人々が大事にしている自分ら特有のアイデンティティー、すなわち人種、部族、そして恐らく最も力強い宗教といったものの喪失を恐れることは、驚くに値しない。

 しかし、最も危険なのは、偉大な宗教であるイスラム教を歪曲(わいきょく)し、汚し、アフガニスタンからわが国を攻撃した者によって、宗教が罪なき者の殺害を正当化するために利用されるそのやり方だ。

 こうした者たちは、われわれに、いかなる聖戦も正しい戦争とはなり得ないことを思い出させる。もし、心から神聖な意志を実行していると信じるなら、抑制する必要などないだろう。自らと同じ信仰を持つ人の命を容赦する理由などないはずだ。

 そうしたねじ曲がった宗教の考え方は、平和の概念と両立しないだけでなく、信仰の目的とも矛盾する。なぜなら、すべての主要な宗教の中心にあるただ一つのルールは、自分たちにしてほしいと思うことを他人にも行う、ということだからだ。

 われわれは誤りに陥りがちであり、間違いも犯す。自尊心や権力、そして時には悪がもたらす誘惑の犠牲ともなる。どんなに素晴らしい意図を抱いていても、時に自分たちの誤りを直すことに失敗することがある。

 しかし、人類の状態を完成させることが可能であると、信じるためにも、人間性が完全であると考える必要はない。また世界をより良くする理想に近づくために、理想化された世界に住む必要はない。

 ガンジーやキング師らの人々が実践した非暴力主義は、いかなる場合でも現実的で可能性を秘めていたわけではない。しかし彼らが唱えた愛、そして人類の進歩にかけた彼らの信念は、どんな時もわれわれの旅を導く北極星でなければならない。

 なぜなら、もしわれわれがその信念を失い、ばかばかしい、甘いと言って退けたり、戦争や平和に関する決定を下す際に無視したりするなら、人間性の最も優れた部分、可能性にかけたわれわれの思い、そして倫理的な指針を喪失することになってしまうからだ。

 キング師は次のように語った。「私はあいまいな歴史への最終回答として絶望を受け入れることを拒否する。私はまた、人間が現在『そうである』性質が、永遠の課題である『そうであるべき』姿に近づくことを不可能にしているとの考えにはくみしない。」

 だから、あるべき世界に到達するよう努力しよう。今日、世界のどこかには、戦闘で不利になりながらも毅然と平和を守る兵士がおり、残虐な政府に対し勇気をもって行進を続ける女性がいる。

 こうした手本を見ならおう。この世界に抑圧はいつも存在することを認めながらも正義に向かって進むこともできる。腐敗が手に負えないことを認めながらも尊厳を追求し、戦争がこれからもあると知りつつも、平和への努力を続けることができる。

 われわれにはそれが可能だ。なぜならそれこそが人間の進歩の物語であり、全世界の希望であり、この困難な時代にあってわれわれが地上で果たすべき仕事であるからだ。

以上 

2009年12月11日 (金)

小沢一郎氏の権力意志と歴史認識について(2)

 鳩山首相は、12月5日、今後の政権運営のあり方をめぐって、前日4日に首相官邸で小沢幹事長及び輿石東参院議員会長と協議したことを明らかにしました。これについて、小沢一郎幹事長は7日の記者会見で、「私は首相とは会ってません。首相に聞いてほしい」と否定しました。一方の首相は、首相官邸で記者団に対し「まぼろしの方とお会いしたと・・・。現実は、お会いしました。私から持ちかけた。普天間基地移設問題と平成21年度第2次補正予算に関する対応を申し上げた。『その通りで、頑張ってください』という話だった」と、会談があったことを改めて認めました。

 これらの記者会見の様子は、テレビ報道されましたので、多くの国民が目にしたことと思いますが、”一体どっちが首相なんだろう?”と首をひねった人も多かったのではないでしょうか。果たして、小沢幹事長の方が世間の噂通り傲慢なのか、それとも、鳩山首相のリーダーシップ能力が欠如していて、部下から舐められているのか、いずれにしても、内閣のあり様としては前代未聞の醜態のように思われました。

 次いで、12月8日には、当日開催された基本政策閣僚委員会で、菅直人副総理兼国家戦略担当相と国民新党代表の亀井静香金融・郵政改革担当相が、約20分にわたって口論したことが報じられました。

 菅氏は当初、4日に決定するだった経済対策が8日に先送りされたことについて、亀井氏が4日の閣僚委員会に出席しなかったことを批判し、次いで、亀井氏の推薦で元大蔵事務次官の斎藤次郎氏が日本郵政社長に就任したことや、郵政関連法案の成立にも協力したことをとりあげ、「亀井政権じゃないんだ」「鳩山由紀夫首相を支えて、政権全体の責任を分かち合ってもらいたい。党を代表する立場なんだから、理解してもらいたい」と注文を付けました。

 これに対し、亀井氏は閣議後の記者会見で、「ああいうのは議論とは言わない。菅氏は言ってはならんことを言った」と憤まんやるかたない様子でした。結局、亀井氏は、第2次補正予算案に盛り込む経済対策の規模を、当初案より1000億円上積みして、7兆2000億円とすることについて、「首相が決めれば私は従う」と述べ矛を収めました。

 ここで問題は、亀井氏の言う「菅氏は言ってはならんことを言った」の意味ですが――これを詮索する報道は見かけませんが――私は、このポイントは、菅氏の発言によって、日本郵政社長に斉藤氏を充てたことや、日本郵政とゆうちょ銀行、かんぽ生命保険3社の株式売却凍結法案などの「郵政関連法案」の成立は、亀井氏の意向によるものであって、民主党の本意ではないということが国民の前に明らかにされたことだと思います。当然菅氏はこうした計算をしていたはずで、亀井氏が憮然としていたのもむべなるかなと思いました。

 それにしても、今までの亀井氏の行動は、国民新党がいくらキャスティングボートを握っているからといって、国民新党の獲得議席数からすれば、国民の意向を無視した独断・独善的行動といわざるを得ず、それだけに、菅氏の発言は国民の目には”まっとうな意見”と映ったのではないかと思います。本来なら、こうしたことは、鳩山首相のリーダーシップさえ”まっとうに”発揮されていれば起こり得ないことなのですが、ここでも、氏のリーダーシップの無さが遺憾なく露呈されたと思います。

 しかし、真の問題は小沢氏です。氏は、今後、民主党政権をどのように運営しようとしているのか。普天間基地移設問題を端緒に信頼の揺らいでいる日米同盟関係や、核戦力を含め軍事力を一層強化しつつある一党独裁国家中国との外交関係をどのように調整しようとしているのか。本年度の国債発行額が、終戦直後の1946年度以来63年ぶりに税収を上回るという財政の異常事態にどう対処するのか。そのあたりの氏の意向が一向に見えてこない、ということなのです。

 そこで、前回言及しました氏の著書『日本改造計画』と『小沢主義』などから、氏のこうした問題に対する基本的考え方を探ってみたいと思います。

 まず、日本の安全保障の問題の問題ですが、とっかかりの問題提起として、WSJ(ウオールストリートジャーナル)10月26日のTokyo Defense kabuki と題する記事を念頭に置いていただきたいと思います。外国のジャーナリストがこの問題をどのように見ているのか、ここに明快に示されているからです。

Mr. Hatoyama may feel that he's simply sticking to a campaign pledge to put more distance between Japan and the U.S. But it doesn't sound like he's thought much about the alternatives. Will Japan spend more on its own defense? Does Mr. Hatoyama think the North Korean nuclear program and growing Chinese military force aren't serious enough to warrant a closer U.S.-Japan relationship? Does he think diplomacy alone can keep Japan safe? These are the questions Japan's new prime minister needs to be asking, rather than putting on a kabuki show on defense.

 鳩山氏は、単に、日米の同盟関係に今よりも距離を置くとした選挙公約にこだわっているだけなのかも知れない。しかし、彼はそれに代わる十分な対案を持っているようには思えない。日本は自国の防衛により多くの支出をしようとしているのか。鳩山氏は、緊密な日米関係による保障を必要とするほど、北朝鮮の核開発プログラムや中国の軍事力増強は深刻ではないと考えているのか。彼は、外交だけで日本の安全が確保できると思っているのか。これらが、防衛問題について日本の新首相が問われている問題である。歌舞伎を演じている場合ではないのである。(私訳)

 ここで問われているのは以下の三点です。
一、日本は自国の防衛により多くの支出をしようとしているのか。   
二、北朝鮮の核開発プログラムや中国の軍事力増強は、緊密な日米関係による保障を必要とするほど、深刻なものではないと考えているのか。
三、外交だけで日本の安全が確保できると思っているのか。

 では、これらの疑問についての小沢氏の考えはどうなっているのでしょうか。それは氏の次のような言葉に明快に示されています。

外交不在の国

 そもそも日本は歴史的に見ても、島国という地理的条件もあって、外交らしい外交をほとんどやってこなかった国である。
 近代に入って、日本は西欧諸国とも外交関係を持つようになったわけだが、明治維新の元勲たちがいた間はよかったが、彼らがいなくなってしまうと途端に「外交音痴」に戻ってしまった。そして、昭和の日本は国際問題を処理することができなくなり、あのような戦争に突入することになってしまったというわけだ。

 戦後は、「アメリカの傘」に守られていた日本は、外交や防衛といった国家にとって重要な問題をみずから考え、決断する必要に迫られずに済んだ。
 しかし、冷戦構造の終結によって、そうした時代はすでに過去のものとなった。日本は否応なしに「自分の脚」で立ち、「自分の頭」で考えて決断することが求められている。

無定見な対米外交

 今の日本が抱えている最大の外交問題は何といっても、対米関係、ことにアメリカが行なっている「テロとの戦争」への対応だろう。
 僕は日本の外交にとって最も重要なのは日米関係だと思っている。日本と同じ政治体制、経済体制を持ち、長い歴史的関係を持つ両国が緊密な関係にあることは、世界平和にとっても、また日本の繁栄と安全のためにも必要不可欠なことだ。
 しかし、だからといって現在のように「アメリカのI」機嫌取り”をしていればよい」というような態度を取るのは、けっして本当の意味での同盟国のあり方ではない。

 読者もご承知のとおり、アメリカは二〇〇一年のアフガン戦争、そして二〇〇三年のイラク戦争において「これはアメリカの戦争だ」として、国際社会の同意を待たずに戦争を開始した。
 僕は、日本が国連決議を待たずにアメリカ支持を打ち出したことそのものを一方的に批判しているわけではない。
 国際社会全体がアメリカのやり方を支持しなくても、日本の国益や世界平和の観点から、同盟国としてアメリカを支えるという判断がそこにあるのなら、それはそれで国家としての行き方であり、一つの外交政策となりうる。

 しかしながら、そこにはたして日本外交としての見識や思想があったのか。あるいは国益に基づく判断があったのか。そんなものがあるとは、僕にはとうてい思えない。
 しかもその一方において、アフガンの復興と治安維持のため、国連は各国に要請してPKOを組織してアフガンに派遣したが、日本は国連の活動であるPKOであるにもかかわらず、「危険だから」という理由で参加を断わっているのである。

その場しのぎの下策

 そもそも、自衛隊は紛れもない軍隊であり、その軍隊を自国の領土の外に派遣するというのは、ひじょうに重大な意味を持っている。
 自衛隊を派遣するならば、まず日本の立場と方針を明確に説明し、その枠の中で行動するのが当然のことであって、「その場その場で対応する」という対応は国家のあり方としては下策だ。
 ましてや、自衛隊の海外派遣については、従来から憲法第九条の規定に抵触するのではないかという議論が絶えないところだ。

 アメリカと連携して対テロ戦争に参加するというのであれば、従来の憲法解釈を変更し、我が国の安全と直接関係のない事態であっても、目米同盟のもとにアメリカと集団的自衛権の行使が可能であると、日本政府として正式に決定した上で、堂々と自衛隊をイラクに派遣するのが筋というものであろう。

国連に「御親兵」を

 今のアメリカの過ちは、世界の平和を自国だけの力で維持できると過信しているところにある。
 たとえば現在のイラクの混乱にしても、やはりアメリカが「これはアメリカの戦争である」として、国連による決議といった手続きを経ずに戦争を開始してしまったことがそもそもの誤りだった。
 これがもし、アメリカが最初から国際協調の中でイラク問題を処理していたら、ここまで戦後統治に苦労することはなかったはずだ。

 といっても、今の国連には残念ながら、平和のための実力行使を行なう自前の警察力、軍事力がない。現在の国運の枠組みでは、国連が平和維持活動を行なうときには各国からの軍隊がそれに参加することになっているわけだが、それではしょせん「借り物」にすぎない。

 国連が本当の機能を果たすためには、やはり常設の警察軍を自前で持つのが理想である。しかし、国連がみずから独自の警察車を創設することは、今の世界情勢ではほぼ絶望的であろう。

 そこで僕がかねてから理想として提唱しているのが、日本が世界に先駆けて、国運にその力を提供するということである。
 ご承知のとおり、明治維新の際、新政府は当初、自前の軍隊を持たずに、薩長をはじめめとする旧藩の「多国籍軍」によって国家防衛、治安維持を行なっていた。今の国連と同じである。
 僕は、この明治維新の故事にならって、日本は今こそ国連に「御親兵」を出して、世界平和への我が国の姿勢と理念を世界にアピールしていくべきだと思っている。

今こそ日本国憲法の精神を

 といっても、現在の自衛隊をそのまま国連に差し出すのは内外から誤解を受ける恐れがある。だから自衛隊とはまったく別に国連専用の組織を編成し、これを提供するわけである。もちろん、その場合、その部隊は国運事務総長の指揮下に入る。
 日本には不幸な過去があるから、現在のように自衛隊を国連の平和維持活動に提供すれば、それは周辺諸国に対して余計な疑念を起こしかねない。自衛隊はあくまでも国家防衛に専念する、専守防衛の兵力としておけば、そうした摩擦はなくせる。

 さらにもう一つ、付け加えれば、国連に部隊を提供することは現行の憲法といささかも矛盾するものではない。いや、それどころか憲法の精神に合致していると言っても過言ではない。

 なぜなら、先はども述べたことと重なるが、日本国憲法前文には世界の国々、諸国民と協力して「国際社会において名誉ある地位を占めたい」という理想が掲げられている。  一国だけの努力や活動ではなく、世界との連帯こそが重要であるという憲法の理想に、現在の地球上で最も近いのが国連であるし、実際、国連憲章の精神は各国が個別的に平和を目指すのではなく、国際的な協調の中で平和を実現するということにあるのだから、これはまさしく日本国憲法の精神とも合致するものだ。

 だとすれば、日本が国連の改革・発展に尽力していくのは、憲法の要請するところだとも言えるわけである。
 さまざまな問題を抱えている国連をどう改革し、世界平和実現のために実効ある組織に変えることができるかを考えるのが、現代を生きる我々日本人の責務ではないだろうか。

 何度も繰り返すけれど、外交とはまずみずからの信念、ビジョンを世界中に明確にアピールすることから始まる。そして、みずからの信念に基づく行動を起こしてこそ、国際社会において敬意を払われる国家になれる。
 僕は日本に、そうした国になってほしいと心の底から思っている。

日本は世界に何をできるか

 もちろん、国連部隊の創設ですべてが解決するわけではない。軍事力・警察力の行使は、あくまでも「対症療法」的なものであって、戦争や紛争、あるいはテロそのものがそれによってなくなるわけではない。
 現在のイスラムーテロにしてもそうだが、あらゆる戦争や紛争の根っこにあるのは貧困の問題だ。

 こうした世界的規模での貧富の差、富の偏在をどうやって解決していくか。これは難問ではあるが、日本が二十一世紀の外交課題として取り組んでいく問題だと思っている。

 日本は戦後半世紀の間、アメリカの傘の下で保護されてきたから、みずからの信念、哲学を問われることはなかった。
 しかし、二十一世紀の日本はそうであってはならない。「自立した国家」として、世界に何が貢献できるか、それが問われている。「アメリカのご機嫌を取っていれば大丈夫」などといった安易な道は止め、今こそ「日本が世界に対して何をできるのか」を考えなければいけないと僕は思う。 

 以上で、先の一及び三の疑問についての小沢氏の答えは明らかだと思いますが、では次に、二の疑問についての小沢氏の答えはどうなっているのでしょうか。

靖国参拝の問題点

 小泉首相が就任以来、靖国参拝を繰り返して、そのたびに中国や韓国の反発や抗議を受けてきたのはご承知のとおりである。
 首相は、この靖国参拝について「政治家の信念として」とか「不戦の決意を込めて祈願している」などと語っているが、そうした政治的信念に基づくというのならば、堂々と靖国神社に行くのが筋というものである。

 つまり、あくまでも首相としての公式参拝ではなく、私人としての信仰活動だということにして、アジア諸国や国内からの反発を避けようとしたわけである。

 僕は中国や韓国が繰り返している批判には同調するつもりはないが、首相のこのやり方は姑息きわまりないものだと思っているし、政治家としての見識を大いに疑う。靖国神社に参拝するのが自分の信念ならば、それをきちんと説明するほうがかえって日本のためになったはずだ。

自らの信念を堂々と述べる

 僕は年に一回、「長城計画」と題して、一般からの参加者を募って中国指導部と人民大会堂で会食・懇談をしたり、北京市内や万里の長城を見学する交流事業を実施している。これは日中国交回復を成し遂げた田中角栄元首相の「両国の友好親善のためには草の根レベルの交流が大切」という精神から、自民党時代の昭和六十一年から行なってきたものだ。 そんな関係もあって、僕はこれまで何度も中国の指導者だちと会談を持ってきたが、そのときに靖国問題がしばしば話題に出る。

 もちろん、中国側は靖国神社の存在そのものを不快としているわけだが、僕はそのたびに自分の信念をきちんと説明している。
「どこの国でも、自国のために命をささげた国民に敬意を払うのは当然のこととされている。我が国においては、それが靖国神社であって、そこに行って日本人が感謝の念を示すことに他国から文句を言われる筋合いはない」

 「戦争の勝者が敗者を裁いたことによる「戦犯」という考え方を僕はよいとは思わないが、ただ靖国神社にいわゆるA級戦犯の人々が雌られていることは問題だと思っている。なぜならば、靖国神社とは戦死した人を祀る場所であって、戦犯とされている人たちは戦死者ではないからだ。この問題をクリアすれば、僕は首相が靖国神社に参拝するのはまったく問題がないと思っている」

 こうやって僕は中国要人に対して、さまざまな問題に関していつも堂々と自己の信念を明確に説明しているが、それで会談がこじれたり、会談をキャンセルされたことは一度もない。
 もちろん、僕の話で彼らが考えを変えるわけではないが、「あなたの考えはよく分かった」と理解してくれる。

 今回の訪中(二〇〇六年七月)で、胡綿濤主席をはじめとする、中国首脳と会談したときにもあらためて感じたことだが、立場の違い、歴史の違い、民族の違いはあっても、みずからの所信を堂々と述べれば、相手はそれなりに尊重してくれるし、理解もしあえるのだ。これは中国に限らず、どこの国であっても同じことだろう

最も恥ずべき「嘘つき」の汚名

 そもそも、現在、靖国神社問題がごじれているのは、ひとえに日本側の対応に問題がある。
 外交においては、「嘘つき」と呼ばれることは最も恥ずべきことである。その恥ずべきことを一国の首相が行なったために、中国も韓国も余計に憤激しているのである。このことはあまり知られてないようだから、ことの顛末を簡単に振り返れば、こうなる。

 二〇〇四年十一月にチリーサンティアゴで行なわれた日中首脳会談の場で、胡錦濤主席から靖国参拝を見送るように要請された際、小泉首相は「分かった。適切に対処したい」と答えた。
 ところが、それでも小泉首相は二〇〇五年十一月になって靖国参拝をしたわけである。これでは中国側が「小泉首相は言うこととやることが違う男だ」と不信感を持ってもしかたがない。

 一国の首相である以上、その場しのぎのごまかしを言って済ませることは許されない。首相はその場を取り繕うために「適切に対処したい」と言ったのかもしれないが、それは最悪の選択だ。
 参拝するつもりだったならば、「主席の立場はよく理解した。しかし、私は日本人の立場から参拝せざるをえないのだ」と堂々と語っておけばよかった。

 一般の人間関係と同様、国際関係においても嘘やごまかしは最もよくない。本音で話し合い、自分の信じるところを語れない人間は誰からも信用されない。

(以上『小沢主義』より抜粋引用)

 これで、二の疑問についての小沢氏の見解もほぼ明らかになりました。氏は、自民党時代の昭和61年から、田中角栄首相の「両国の友好親善のためには草の根レベルの興隆が大切」という精神から、年に一回、一般からの参加者を募って中国との交流事業を実施してきているのです。従って、今回の総勢600名にも達するという同行者を連れての中国訪問も、その一環ということになります。そこで、中国指導部とも、それぞれの国の「立場の違い」「歴史の違い」「民族の違い」を尊重しつつ、率直な意見交換が行なえるのなら、それは本当にすばらしいことではないかと思います。

 そういえば、小沢氏はかって(2002年4月6日)、福岡市内で講演し、東アジア情勢に関連して、中国の軍事力増強への懸念を示すとともに、日本の「核武装」論に言及したことがありましたね。

 「私はこの間、中国共産党の情報部の連中に言ってやった。あまりいい気になっていると、日本人はヒステリーを起こす。中国はロケットだの、核弾頭だのと言っているが、核兵器を作るのは簡単だ。日本がその気になれば一朝にして、何千発の核弾頭が保有できる。プルトニウムは一杯余っているのだから」と語った。そのうえで、「日本は軍事力では(中国に)負けない。だけどそういう時代にまた逆戻りするのか。それで本当にお互いの共存繁栄を図れるのか」とも語り、日中両国とも軍備増強路線は取るべきではないとの考えを強調した、というものです。

 さて、以上のような氏の主張を見ていると、鳩山首相の最近の対米交渉における、「嘘つき」といわれても仕方のないような曖昧な態度について、氏がどう見ているか、おおよその見当がつくように思われます。冒頭に紹介した「私は首相と会っていません」という、小沢氏の木で鼻をくくったような、突き放した物言いは、氏の鳩山首相に対する感情が決して同情的なものではないことを示していると思います。

 それにしても、なぜ、以上のような、氏の著書から伺われる小沢氏の思想信条と、氏の現実政治における政治手法及びそこから生み出される言動とは、関連して論じられることが少ないのか。そこには、およそ同一人物のものとは思われないほどの懸隔があるから、実は、社民党や国民新党との連立も可能となっているわけで、次回は、これらの問題を、小沢氏の日本の経済・財政問題についての考え方とも合わせて、総合的に考えてみたいと思います。

2009年11月28日 (土)

小沢一郎氏の権力意志と歴史認識について(1)

 渡部昇一氏は、2009年11月号『正論』「社会党なき社会党の時代」の末尾で次のように民主党政権成立後の政治状況の変化を嘆いています。

 「自民党は結党以来、東京裁判史観を是とするか非とするかという対立軸を意識してきたはずで、国家としてそれを乗り越えることが目的だったはずだ。戦後社会のかかえる歪みは全てそれに通底していると言って過言ではない。自民党は民主党に圧倒されたのではない。自らの存在理由であった結党理念を、ただ政権与党でありたいという動機からどんどん薄めていき、日本国を守るとはいかなることかという本質を忘れ、”保守もどき”政党に堕してしまったことが真因である。

 我々はマルクス主義に勝ったと思っていたが、「人権」「人道」「平等」「環境」という一見善なる言葉の陰に極左的価値観は浸透し、わが国を蝕んでいる。社会党という看板はなくなったが、その命脈は民主党に息づき、「保守」や「自由」を押し潰そうとしている。言い換えれば、マルクス主義という衣は見えづらくなったが、それとの戦いは終わっていないということだ。ソ連は解体したが、マルクス主義は日本で優勢になってきているのである。」

 最近は、保守か革新かを見分けるメルクマールは一体何なのかさっぱりわかりにくくなっていますが、この論文によると渡部昇一氏は、「東京裁判史観を是とするか非とするか」がその対立軸だといっています。氏は、日本がサンフランシスコ平和条約で東京裁判の判決を受諾したというのは、その判決主文に基づいた刑の執行については受諾したが、東京裁判において読み上げられた判決内容全般を受諾したものではない、といっています。

 具体的には、東京裁判が、昭和6年の満州事変から太平洋戦争終結までの日本の戦争について、それをアジアに対する植民地支配と侵略を目的とした犯罪行為と判決したことについて、異議を申し立てているのです。

 また、一九九五年八月、戦後五十年にあたって時の総理大臣・村山富市氏が談話(私見参照)という形式で、日本の「植民地支配と侵略」をアジア諸国の人々に対して謝罪したことについても次のように批判しています。「日本はサンフランシスコ条約を締結して国際社会に復帰したのであり、その時点で東京裁判とは完全に縁が切れた」はずである。しかし、これを外務省が否定したために、自民党もこの談話を踏襲するようになり、自らを脆弱、自虐的にしていった。これが今回の選挙敗北の原因だと。(下線部挿入12/2)

 この東京裁判の判決についての日本政府の公式見解(サンフランシスコ平和条約において日本政府が受諾した東京裁判の判決)は、「その主文のみではなく、裁判所の設立、あるいは審理、あるいはその根拠、管轄権の問題、あるいはその様々なこの訴因のもとになります事実認識、それから起訴状の訴因についての認定、それから判定・・・あるいはその刑の宣告でありますセンテンス、そのすべてが含まれている」とするものです。

 しかし、この政府見解は、「東京裁判の判決に述べられた事実認識等を積極的に肯定あるいは評価」したものではなく、ただ、「これを不法・不当なものとして異議を申し上げる立場にない」ということをいったものに過ぎません。渡部氏は、こうした政府見解を「これは裁判と判決をごっちゃにした誤り」であると批判していますが、政府は、東京裁判自体の評価あるいはその判決に述べられた事実認識等について異論があることは認めています。

 というのも、東京裁判については、「原子爆弾の使用など連合国軍の行為は対象とされず、証人の全てに偽証罪を問わなかった。また、罪刑法定主義や法の不遡及が保証されなかったのも明らかである。こうした欠陥の多さから、東京裁判とは「裁判の名にふさわしくなく、単なる一方的な復讐の儀式であり、全否定すべきだ」との意見も珍しくなく、また、「ほとんどの国際法の専門家の中では本裁判に対する否定的な見方が多い」のも事実だからです。

 しかし、国民の間には、「この裁判の結果を否定することは「戦後に日本が築き上げてきた国際的地位や、多大な犠牲の上に成り立った"平和主義"を破壊するもの」、「戦争中、日本国民が知らされていなかった日本軍の行動や作戦の全体図を確認することができ、戦争指導者に説明責任を負わせることができた」として東京裁判を肯定(もしくは一部肯定)する意見」もあります。(wiki「極東国際軍事裁判」参照)

 こうした、日本人の間における、東京裁判の評価をめぐる意見の対立は、一見矛盾していているように見えますが、実は、その評価の視点を、他国による評価ではなく、日本人自身による主体的な評価の位置に置いてみれば、自ずとそのコンセンサスを得る道は開かれるのではないかと私は思っています。

 つまり、こうした自立の視点でこの問題をとらえれば、東京裁判のもつ国際法上の問題だけでなく、それが勝者による復讐的性格をもっていたことや、次に述べるような占領統治のための宣撫工作としての性格を持っていたことも、素直に認識できるのです。また、この裁判を通して、戦時中は国民に対して隠蔽されてきた、実に多くの謀略的事実が明らかになったことも、事実であると確認できると思います。

 終戦直後、首相になった幣原喜重郎は、太平洋戦争の原因及びその事実関係を明らかにし、将来再びこうした大きな過誤を繰り返さないようにするために、内閣に「戦争の原因及び実相調査に従事する部局」を設置し、政治、軍事、経済、思想、文化等あらゆる部門に亘り、徹底的調査に着手することを決し、昭和20年11月24日に内閣総理大臣の監督下に戦争調査会を設置しました。

 しかし、この日本人自身による、戦争原因及び実相を明らかにしようとする取り組みは、敗戦後日本が連合国の占領下に置かれたことによって、その継続ができなくなりました。そのため幣原首相は、やむなくこれを民間事業として調査を継続することとし、その仕事を、それまで調査会の事務局長官であった青木得三氏に託しました。

 その結果、昭和24年12月に『太平洋戦争前史』全五巻が完成しました。この記録集は日本人自身の手になるもので、「太平洋戦争の原因であり得ると考えられる史実を能う限り綿密詳細に記述した」もので、占領下では唯一のものです。青木氏は、「この中から真の原因を探求するのは読者の任務である」として、その公正な評価を後世の日本人に託しました。また、氏は、極東国際軍事裁判についても次のような感想を述べています。

 「極東国際軍事裁判即ち東京裁判はニュルンベルグ裁判と共に人類歴史にあって以来空前の裁判であった。東京裁判の判決については種々の議論もあろうが、この裁判があったればこそ、種々の外交上の秘密電報、秘密記録、枢密院会議及び審査委員会の記録などが公にせられた。又各被告の宣誓口述書も公にせられた。私は本書を執筆するに当たって東京裁判の速記録に最も多く依頼した。もし本書が幸いにして人類永遠の平和と戦争発生の防禦とに役立つならば、それは又東京裁判の功績である。」
 
 しかし、残念ながら、こうした戦争の原因と実相を明らかにしようとする日本人自身の取り組みは、その後の保守と革新のイデオロギー的対立のために、国民のコンセンサスを得る議論には発展しませんでした。それどころか、戦後60年を経てもなお、冒頭紹介したような「東京裁判史観を是とするか非とするか」という、日本の占領時代に設定された対立軸を克服し得ないまま、今日に至っているのです。

 このことについて、山本七平は、すでに40年ほど前に、この東京裁判とその後の占領統治における情報操作について、それがマッカーサーの占領政策の手段でもあった事実について指摘し、日本人が自らの問題として昭和戦争の失敗の原因を探求するためには、「まず、マック制というその宣撫班的発想から自らを解放することである。これがある限り、何の結論も出てくるはずはない。」といっています。(『ある異常体験者の偏見』p178)

 ここでいう宣撫班的発想とは、氏によれば「占領統治」の基本図式であって、その目的は、占領統治をうまく進めることであり、その第一の方法は、「民衆はわれわれの敵ではない」「占領軍は民衆の味方であり保護者である」と宣言すること。ついで、「お前達をこのように苦しめた一握りの軍国主義者は我々の手で処罰する」ということ。そして絶えず原住民間の分裂を策し危機をあおり立てて深く考えさせないよう言論統制(マックコードと言われその締めつけは東条時代よりひどかったそうです)することによって、その不満が占領軍にではなく、現地政府に向かうようにすることだといいます。

 この宣撫工作によって、日本人は、昭和の戦争の本当の原因を、自らの問題として考えることができないまでに洗脳されてしまいました。そのため、多くの日本人が、昭和戦争の原因は「一部の軍国主義者」が勝手に起こしたものである、と考えるようになりました。さらに、自らを「殺される側」に置き、「殺す側」にあると目されるものを糾弾することによって、自らの正義感を満足させるという自己欺瞞に陥ることになりました。

 しかし、この時代における戦争の実相は、それは確かに、この戦争を指導した陸軍大学や海軍大学卒のエリート軍人たちの責任は重大ですが、しかし、それ以上に、党利党略から軍を政治に巻き込んだ政治家達の責任も重いのです。さらに、事実を伝えるべきマスコミが率先して宣撫班的役割を担い国民を戦争に駆り立てていったこと。また、そこに戦争を熱狂的に支持した国民がいたことも忘れてはなりません。

 といっても、この戦争の原因が全て日本側にあったというわけではありません。また、戦争指導をした日本軍人が特に邪悪だったというわけでもありません。むしろ、お節介な善意が仇をなしたといった方が事実に近かった。また、日本兵の多くが略奪や残虐行為を好んだわけではなく、これは、食料を現地調達せざるを得なかった日本の貧困や、便衣兵やゲリラなど一般住民と区別のつかない兵士と戦わざるを得なかったとことも考慮に入れる必要があります。

 一方、太平洋戦争における米軍との戦いは悲惨の一語に尽きます。対米戦争による日本軍の戦死者は230万ですが、アメリカ9万人に過ぎません。さらに日本軍の戦死者の内、戦闘以外の、餓死や病死や溺死による死者が一体どれだけいたのか、一説では広義の餓死だけでも全戦死者の半数を占めると言います。この外、特攻攻撃によって多くの若者の命を犠牲にしたことなど、作戦の巧拙を論ずる以前の、日本人の人命軽視思想を象徴する出来事もあります。
 
 こうしたことを総合的に考えると、冒頭に紹介した「東京裁判史観を是とするか非とするか」とかいうような対立軸の設定から、私たちが今だに脱却できないでいることは、この戦争の問題を今なお他人ごととしている証左といえます。この点、自民党の中の保守主義を標榜する政治家たちの多くも、この陥穽に落ちていますし、一方、社民党の原理的平和主義者たちは、この戦争の主因を「一部の軍国主義者」に求めることで、自分たちの無垢無罪を主張しているのです。

 こうした、まさに時代錯誤とも思われる政治状況の現出について、渡部昇一氏は、、「人権」「人道」「平等」「環境」という一見善なる言葉の陰に極左的価値観は浸透し、わが国を蝕んでいる。社会党という看板はなくなったが、その命脈は民主党に息づき、「保守」や「自由」を押し潰そうとしている、と述べています。しかし、そうした認識はうがち過ぎではないでしょうか。私は、これらの言葉の背後にある価値観は、必ずしも「極左的」なものではなく、むしろ「伝統的」なものではないかと思います。

 問題は、こうした「伝統的」な価値観を対象化できず、その長所と欠点を見極めることができないまま、無意識的にそれに振り回され続けている日本人の心性にあるのではないでしょうか。社民党や国民新党はこの類かと思いますが、では、民主党本体はどのような価値観を持っているのか、また、彼らは、さきほど述べた「東京裁判史観」の問題も含めてどのような歴史観を持っているのか。

 そこで鳩山首相ですが、この人はもう何が何だかわかりませんのでパスします。問題は、小沢幹事長ですが、この人の価値観や歴史認識については、氏の著書『日本改造計画』や『小沢主義』に明らかです。この『日本改造計画』という本は、私は、その書名が田中角栄の『日本列島改造論』に似ていたことから読みませんでしたが、最近これを読んで、それが実に的確な日本人論に支えられていることに正直ビックリしました。さらに、『小沢主義』を読んで、氏の日本の歴史認識の確かさに再び驚かされました。

 その内容の紹介については次回に譲りますが、民主党がこの小沢氏の思想を中心にまとまっているとすれば、私は、これは渡部昇一氏も望まれておられる、日本人の東京裁判及びそれに引き続くマックによる「日本原住民宣撫工作からの脱却」という課題は、そう遠くない時期に解決できると思います。そして、その後に来るものは何か、それは日本の未来は、日本の歴史的伝統的思想を発展させる形でしか構築できないと言う事実を知ることです。

 山本七平は、その”まぼろしの名著”『山本七平の日本の歴史』の末尾に次のような誠に興味深い言葉を遺しています。

 「歴史の歪みを正し、未来の予定表を組む」という日本人の生き方は、「前方に先進国とか先進人民国とかを自己の未来像として置く」後進民族の生き方である。しかし、自らの文化を生み出した先進民族は、「目標を未来に置き、これに到達すべき予定表を組むことは不可能」であることを知っていた。だから、「過去をそのまま残す」ことで、現在の自分の位置を知ろうとした。歴史――過去がまがっているなら、まっすぐにしてはならない。そんなことをすれば、自分の位置がわからなくなる・・・。

2009年11月19日 (木)

日米首脳会談共同記者会見におけるオバマ大統領の「No」の意味

 日米首脳会談後のオバマ大統領と日本人記者とのやりとりで、一瞬”緊張”を感じた人も多かったのではないでしょうか。

 記者のオバマ大統領に対する質問は次の通りです。質問は三組あり、一、二組にはそれぞれ関連した二つの質問が含まれていました。

1-① 政権期間中に広島と長崎への訪問なさってはいかがでしょうか。その希望はお持ちでしょうか。
1-② そして、広島と長崎の核爆弾投下の歴史的意味をどのようにお考えでしょうか。あれは正しい決定だったでしょうか?

2-① また、北朝鮮の状況考慮したうえで、日米同盟はどのように強化されるべきでしょうか。
2-② この分野において核兵器削減に両国はどのように協調すべきでしょうか。

3 また、普天間飛行場移設問題について、いつまでの解決と想定していらっしゃるでしょうか。日本がこの決定を先延ばしにすべきでしょうか。例えば、来年まで、あるいは現在の協議の外で決めることでしょうか。どのようにお考えでしょうか。

 これに対するオバマ大統領の応答は次のようなものでした。
まず、前置きとして、
Let me, first of all, insist that the United States and Japan are equal partners. We have been and we will continue to be. Each country brings specific assets and strengths to the relationship, but we proceed based on mutual interest and mutual respect, and that will continue.

 さて、まず第一に、米国と日本は対等のパートナーであると申し上げたい。これまでもそしてこれからもです。両国は、相互の関係についてそれぞれに独自の利益と熱意を持っています。しかし、私たちは、相互利益・相互尊重の精神に基づいてそれを推進しており、それは今後も継続されるでしょう。

(作業グループの立ち上げ)
3 That's reflected in the Japan-U.S. alliance. It will be reflected in the resolution of the base realignment issues related to Futenma. As the Prime Minister indicated, we discussed this.

 こうした関係は日米同盟に反映してきました。それは、普天間飛行場に関わる米軍再編の決定にも反映するでしょう。鳩山首相が述べましたように、私たちはこのことについて話し合いました。

The United States and Japan have set up a high-level working group that will focus on implementation of the agreement that our two governments reached with respect to the restructuring of U.S. forces in Okinawa, and we hope to complete this work expeditiously.

(その結果)米国と日本は高レベルの作業グループを設置することとし、そこで、私たちは沖縄における米軍再編に関する二国間合意の実行に焦点を合わせ(て議論す)ることにしました。私はこの作業が迅速に完遂されることを期待しています。

(基地の負担軽減)
Our goal remains the same, and that's to provide for the defense of Japan with minimal intrusion on the lives of the people who share this space.

 私たちの目標は同じです。それは基地提供に関わる人々の生活への悪影響を最小限にしつつ日本に防衛力を提供することです。

(アメリカ人への感謝)
And I have to say that I am extraordinarily proud and grateful for the men and women in uniform from the United States who help us to honor our obligations to the alliance and our treaties.

 そして、私は、この同盟条約に対する私たちの義務の遵守に尽力している(制服の)米国人たちに対して、特別の誇りとともに感謝の念をもっていることを申し述べたいと思います。

2-②核拡散防止、核兵器廃絶
With respect to nuclear weapons and the issues of non-proliferation, this is an area where Prime Minister Hatoyama and I have discussed repeatedly in our meetings. We share, I think, a vision of a world without nuclear weapons. We recognize, though, that this is a distant goal, and we have to take specific steps in the interim to meet this goal. It will take time. It will not be reached probably even in our own lifetimes. But in seeking this goal we can stop the spread of nuclear weapons; we can secure loose nuclear weapons; we can strengthen the non-proliferation regime.

 核兵器とその拡散防止の問題については、鳩山首相と私は、私たちの会議を通じて何度も議論してきました。私たちは核兵器の無い世界についての未来像を共有している、と私は考えています。私たちは、これは遠い未来のことではあるけれども、この目標を達成するためには暫定的な複数の段階を経る必要があると認識しています。それは時間を要します。たぶん私たちの一生間には到達できないかもしれません。しかし、このこの目標を追求するなかで、核兵器の拡散をストップさせることはできるし、核兵器の削減を確実にすることすることができます。私たちは核拡散防止体制を強化することができます。

As long as nuclear weapons exist, we will retain our deterrent for our people and our allies, but we are already taking steps to bring down our nuclear stockpiles and -- in cooperation with the Russian government -- and we want to continue to work on the non-proliferation issues.

 核兵器が存在する限り、私たちは、私たちの国民と同盟国を守るための抑止力を保持しますが、しかし、私たちは、すでにロシア政府と協調して核兵器の保有量を減らすことに着手しています。そして、この核拡散防止の問題に関する仕事を継続したいと思っています。

1-②(広島、長崎原爆問題について)
Now, obviously Japan has unique perspective on the issue of nuclear weapons as a consequence of Hiroshima and Nagasaki. And that I'm sure helps to motivate the Prime Minister's deep interest in this issue.

 さて、当然のことですが、日本は広島と長崎に対する(原爆投下)の結果として、核兵器問題に対する独自の視点を持っています。そして、私は、この問題に関する鳩山首相の深い関与を励ますべく、支援を確かなものにしていきたいと思っています。

1-①(広島、長崎訪問について)
I certainly would be honored, it would be meaningful for me to visit those two cities in the future. I don't have immediate travel plans, but it's something that would be meaningful to me.

 私は、将来それらの二つの都市を訪問することは、私にとって確かに名誉なことであり、意義深いことであろうと思っています。近々の訪問計画は持っていませんが、しかし、それは私にとって意義深いものであります。

2-①(北朝鮮問題について)
You had one more question, and I'm not sure I remember it. Was it North Korea?

もう一つ質問がありましたね、記憶が不確かなのですが。北朝鮮でしたっけ?

Q Whether or not you believe that the U.S. dropped a nuclear weapon on Hiroshima and Nagasaki -- it was right?

質問者 米国が広島と長崎に核爆弾を投下したことを、あなたは正しいことだとお考えですか?

PRESIDENT OBAMA  No, there were three sets of questions, right? You asked about North Korea?

オバマ大統領 いいえ、質問は三組でした。そうですよね。あなたは北朝鮮について質問しましたね?

Q I have North Korea as well, yes.

質問者:私は北朝鮮についても質問しました。はい。

PRESIDENT OBAMA  Yes. With respect to North Korea, we had a extensive discussion about how we should proceed with Pyongyang. (後略)

オバマ大統領 よろしい。北朝鮮問題についてですが、私たちは、北朝鮮政府とどのように交渉を進めるかについて、幅広い議論をしてきました。(後略)

(以上あくまで私訳です)

 両者の応答は以上の通りですが、これに対する日本のマスコミ一般の報道は、この興味深いやりとりの意味の詮索をスルーするものが多かったようです。この記者会見のプロトコル(外交儀礼)をチェックするものはいなかったのか、と疑問を呈する意見もありました。

 一方、次のように、その意味を解説する意見もありました。(参照

 「会見の後の質疑応答の部分で代表の日本側記者が「広島、長崎への原爆投下は正しかったとお考えですか?」という質問を投げかけた部分は、非常に重要なやり取りだったと言わざるを得ません。オバマ大統領は、明らかに狼狽していました。「ずいぶん沢山の質問ですねえ」とふざけて見せ、「最後の質問は何でしたっけ・・・北朝鮮の問題だったかな?」と巧妙に話題を振って、見事に「北朝鮮の話」を延々として時間切れに持ち込んだのです。要するに質問への回答を拒否した形になりました。オバマ大統領という人のスピーチや、質疑応答での対処はずいぶん見てきていますが、こうした光景は異例です。

 その前の部分では、広島・長崎への訪問予定に関しては「短期的には予定はありません」としながらも「訪問ができたら大変な名誉です」という言い方で、「ニュートラル+やや前向き」の回答をしていましたが、「短期的には予定はない」という発言の部分については、「原爆投下の是非」への回答拒否と併せて、これも重苦しい瞬間でした。この重苦しさをどう乗り越えてゆけば、良いのか、それはオバマの問題であるだけでなく、日本側としてももっと真剣に考えて行かねばならないと思います。」

 これはオバマ大統領は「原爆投下の是非」について回答を拒否した、という意見ですが、私は、より正確には、次のように解釈すべきではないか、と思いました。

オバマ大統領 もう一つ質問がありましたね、記憶が不確かなのですが。北朝鮮でしたっけ?
質問者: 米国が広島と長崎に核爆弾を投下したことを、あなたは正しいことだとお考えですか?
オバマ大統領 いいえ(残っている質問はそれではありません)、あなたは3セットの質問をしたのですよ(質問番号を確認=筆者)。そこで、私はまず3の質問について答えました。それから2-②、そして1-②、1-①の順で答えました。残った質問は2-①北朝鮮に関する質問のはずです。そうですよね。
質問者 私は北朝鮮についても質問しました。はい。

 つまり、オバマ大統領は、記者の再質問に対する回答を拒否したのではなく、その質問については、1-②ですでに答えられる範囲で答えた。あなたが今繰り返した質問は残された質問ではない、といったのではないでしょうか。だから、「No!」といった。そして、その説明として”あなたの質問は三組あった。”と質問の数を質問者に確認した上で、残された質問は”北朝鮮について”ですね、と念を押したのではないでしょうか。その質問に対する回答を拒否あるいははぐらかすためなら、「No!」という断定的な言い方はしませんし、質問の数を確認するようなことをする必要はありませんから。では、なぜ、あえて、「もう一つ質問がありましたね、記憶が不確かなのですが。北朝鮮でしたっけ?」という質問を記者にあえてしたか。

 それは、大統領は、この質問にはすでに答えられる範囲で答えているという事実の確認を求めると共に、その非礼を指摘する意味もあったのではないでしょうか。

 もしそうだとすれば、瞬時にこれだけの周到な弁論を組み立て、質問者に、「No!」を突きつける討論術は、さすがに見事というほかありません。

 ところで、普天間基地をめぐる日本側の対応について、オバマ大統領があえて、次の言葉を日本人に突きつけたことの意味を了解した日本人は一体どれだけいたでしょうか。

  「私は、この同盟条約に対する私たちの義務の遵守に尽力している(制服の)米国人たちに対して、特別の誇りと感謝の念をもっていることを申し述べたいと思います。」

 ここでは、日本人の、この同盟に対する貢献が言及されていないことに注目すべきだと思います。

2009年10月30日 (金)

鳩山・「亀福」内閣後の小沢「普通の国」政治の行方

 鳩山邦夫元総務大臣の「正義」連発報道が発端となって、自民党崩壊から民主党政権誕生に至るまでの国内政治の推移についてフォローしてきました。それまでは、昭和史における青年将校の暴走について考えていて、その最大責任は、軍人というよりむしろ政治家にあったのではないか、などと考えていました。というのは、軍の政治介入を決定的にした「統帥権干犯」騒動は、実は、政友会による党利党略のための「軍の抱き込み」の結果引き起こされたものだったからです。そして、これを主導したのが政友会幹事長森恪、それに沿って政府・民政党を国会で追及したのが、政友会総裁犬養毅と鳩山一郎でした。

 今年の5月3日に放送されたNHKジャパンデビュー「天皇と憲法」でもこの問題を取り上げていました。しかし、当時の政局に配慮したのか、あえて鳩山一郎の名前は出さず、犬養毅の責任だけを追及していました。しかし、実際は「統帥権干犯」に引き続く政友会の議会攪乱については犬養首相は極めて消極的で、にもかかわらず、幹事長森恪は独断でそれを推進し、鳩山一郎はそれを積極的に支援したのです。そんなことを考えていたところに、その孫の鳩山邦夫総務大臣が、かんぽの宿売却問題を追求して「正義」を連発し、兄の鳩山由紀夫民主党代表がそれを後押しする姿に接したのでした。

 私は、今までに度々論じてきた通り、小泉構造改革には賛成の立場をとってきました。従って、郵政民営化も必要な改革だと思ってきました。ところが、鳩山邦夫氏の、郵政社長西川氏に対する”国民の貴重な国有財産をかすめ取った”というような非難の仕方が、あまりにも一方的で、一体いかなる証拠があって、人を犯罪者扱いするのか。あまつさえ、自らを「正義」だと公言してはばからないその態度に、政治家の恐るべき傲慢さを感じたのです。私は、ベンダサンの言った「正義を口にすれば必ず汚れる」という言葉を肝に銘じていますので、かくも軽々と「正義」を口にする政治家に不審に感じたのです。

 この件は、当初、鳩山邦夫氏の個人的「思いつき」によると説明されてきました。しかし、今日までの情報を総合してみると、西川社長の押し進める郵政民営化に反対する総務省官僚などの情報操作もあったのではないかと推測されます。そこで、鳩山氏は、選挙を間近に控え郵政票の回帰を望む麻生首相と連携し、うまく西川社長を退任させることで、郵政民営化の見直しに着手しようとしたのではないかと思われます。しかし、これが党内の郵政改革グループの激しい反発を生み、この混乱の中で妥協策が模索されましたが、鳩山氏は”思惑”はずれもあって「正義」に固執し、妥協を拒み続けたのです。

 この混乱に野党が「千載一遇のチャンス」とつけ込むのは当然の話で、国会で「かんぽの宿一括売却」にいたるプロセスに疑惑があると追求を始めました。また、マスコミもこの疑惑を盛んに報じ、鳩山氏も正義の味方よろしくパフォーマンスを繰り広げましたので、あたかも、本当にこの間に不正があったかのような空気ができてしまいました。しかし、あれだけ騒がれながら、今日までその不正の証拠が提示されていないところを見ると、実はこれは「事件」ではなく、その本質は「政争」に過ぎなかったのではないか、と思われます。(いずれ公平な調査が行われ事実が判明すると思いますが)

 しかし、結果的には、この問題が自民党内で決着するまでに、なんと6ヶ月もかかってしまいました。この間民主党は、「かんぽの宿」売却問題を突破口として、郵政民営化の見直しの必要性や、さらには小泉構造改革が日本を格差社会に変えたとする宣伝を巧みに行いました。一方、麻生首相も、この問題の処理について「ブレ」が生じ(当然ですが)、さらに、鳩山氏に私信を暴露されるという「みっともなさ」も重なり、国民の自民党に対する不信を一気に爆発させることになりました。それに、東国原宮崎知事による、自民党総裁擁立を条件とする立候補承諾、という話までありましたね。

 このように見てくると、政党間の政権をめぐる駆け引きは、まさに策略・秘略をつくした「仁義なき闘い」であることが判ります。冒頭に紹介しましたように、かっての政友会は、政権党である民政党を斃すためには、「統帥権干犯」騒動まで引き起こして軍部を味方につけようとしました。その中枢に鳩山一郎もいたわけで、ただし、今回の場合は、引き込まれたのは軍ではなく国民ですから、民主政治としては当然のことといえますが、それが政略の一環としての言論に過ぎなかったことを、国民としてしっかり見ておく必要があると思います。それが、政権奪取後の民主党の行動をチェックする唯一の方法だからです。

 その意味で、今回の「かんぽの宿」問題が猖獗を極める中、鳩山由紀夫氏が言ったという次の言葉は、誠に意味深長といわざるを得ません。

 「私は正攻法で正面から(自民党に)戦いを挑み、政権交代を果たしたいと願っているハトだが、もう1羽は中から内臓をえぐってしまうのではないか」

 「友愛」などという福祉的な看板の裡には、そうしたすさまじいばかりの権謀術数が隠されているのかも知れませんね。

 さて、今回も前置きが長くなってしまいましたが、本題に入りたいと思います。
  
  以上のようなわけで、民主党に政権が移り、「国民との契約」と称するマニフェストをもとに現在民主党独自の政策が実行に移されつつあります。その一つに、前述した「郵政民営化の見直し」があります。民主党は国民新党との連立によって、郵政担当大臣に亀井静香氏を任命し、亀井氏はその連立合意に従って、郵政民営化の見直しを大胆に進めています。今回、亀井氏は西川社長を政治的に追放する事に成功し、その代わりに、かって小沢氏と盟友関係にあった元大蔵次官斉藤次郎氏を次期社長に据えました。

 こうした人事に対して、小泉内閣のもとで郵政民営化を推進した竹中平蔵氏は、、「なぜなのかを明確にせず(西川氏の郵政社長としての経営責任が明示されないまま=筆者)、正式な手続きを踏まず(社長人事は同社の指名委員会の権限=筆者)、嫌がらせのように一民間人に圧力をかけた。尋常ではない」と激しく抗議しています。また、10月25日のサンプロでの大塚耕平金融副大臣との討論では、亀井氏のすすめる郵政民営化見直しは、郵政国営化に戻すことであり、そのような亀井氏の主張を民主党も受け入れたのだから、その通りすべきだ。中途半端な民営化は最も危険、と主張しています。

 そして、多くの論者が、こうした郵政民営化の見直し、つまり郵政の国営化に対して危惧の念を表しています。しかし、私は、民主党は郵政国営化はやらないと思います。また、亀井氏もそれをごり押しするつもりはないと思います。要するにこれは権力闘争で、亀井氏にとっては、小泉氏のおし進めた郵政民営化をぶっ壊し、氏が任命した郵政社長を追放すれば気が済むわけで、それが首尾よくいった後は、郵政民営化による改革を押し進め経営改善を図ると思います。四分社化も郵便局会社と事業会社を統合するくらいでごまかすのではないでしょうか。結局、竹中氏の言う中途半端になるのかも知れませんが。

 というのは、先の討論で大塚耕平副大臣は、元郵政公社社長の生田氏の考え方を引き継ぐようなことをいっていましたし、また、原口総務大臣も一定の猶予の後、郵貯、簡保の株式上場をするといってました。亀井大臣は俺の権限だといって怒ってましたが、おそらく政治的タイミングが悪いという意味でしょう。おそらく、この問題も、例のモラトリアム宣言と同じやり方で、常識的な「落としどころ」で収めるつもりなのです。つまり、結果さえよければ、そのプロセスにおいてどれだけ「漫才」をやろうとかまわない、世論は結果的に勝利を収めた側につく、といった考え方なのです。

 なぜ、私がこのような判断をするかといえば、実は、この問題の背後に小沢氏が控えているからです。氏の公式サイトに書かれた次の「政策」を見て下さい。

特殊法人等の廃止・民営化
 特殊法人、独立行政法人、実質的に各省庁の外郭団体となっている公益法人等は原則として、すべて廃止あるいは民営化する。それに伴い、それにかかわる特別会計も廃止する。今日、どうしても必要なものに限り、設置年限を定めて存続を認める。

経済の持続的成長と財政の健全化
 個別補助金の全廃と特殊法人等の廃止・民営化により、財政支出の大幅な削減を実現すると同時に、本来民間で行うべき事業から政府が撤退し、民間の領域を拡大することで、経済活動を一層活発にする。それによって日本経済を持続的成長の軌道に乗せ、税収を増やすことで、財政の健全化を加速する。
  
 この基本政策から、「郵政国営化」が生まれるはずがありません。では、なぜ亀井氏を野放しにしているか、はっきりいって、この問題について何らかの責任を問われるようになった場合のスケープゴートとして、利用価値があるからでしょう。この点は福島氏についても同じです。あるいは、亀井氏はこうした危険性は当然察知していて、斉藤氏に「負い目」を持つ小沢氏の歓心を買おうとしたのかもしれません。いずれにしろ、民主党が参議院においても二分の一を確保した後、国民新党あるいは亀井氏自身が生き残るためには、民営化の方向は拒否できないと思います。

 これらの方向性は、小沢氏の過去の政治的主張や行動を見てもわかります。小沢氏の本来の主張は、「普通の国」作りを進めることなのです。その思いは、1990年8月の湾岸戦争において、自民党幹事長として、135億ドルにも及ぶ世界一の経済貢献を行いながら(この時の資金拠出に協力したのが大蔵省の斉藤次郎氏)、国際社会に認められず、クウェート政府の感謝広告にも日本の名前は出なかった、という苦い経験に基づいています。それが小選挙区制の導入という政治改革構想につながっていったのです。

 もちろん小沢氏は、こうした思いきった選挙制度改革(「小選挙区比例代表並立制」の導入)によって、政界の再編を行い、それまでの自民党の「後援会」を中心とする政治システムを「政党本位、政策本位」の二大政党制に変えようとした、これは間違いないと思います。しかし、そのもう一方の目的は、湾岸戦争という国家の危機に際して、自衛隊派遣に執拗に反対した左派政党を切り捨て、国際貢献のできる、発言力を持った「普通の国」日本をつくることにあったともいわれています。『日本政治の対立軸』大嶽秀夫)

 そうした小沢氏の「思い」の性急さと、その手段を選ばない多数派工作のやり方が、その後の日本の政界の台風の目となり、55年体制下の自民党単独政権を分裂させて、その後の幾多の政党の消長・離合集散を招くことになりました。とりわけ、不可解極まる自社さ連立政権の誕生もその反動といえます。その小沢氏に対して、2002年9月、民主・自由両党の合併協議を提案した鳩山由紀夫氏の決意は、一体いかなるものだったのでしょうか。しかし、これによって鳩山氏は首相になれた訳で、小沢氏もまた、これで救われたことは間違いありません。

(以下敬称略)*wiki参照
 2003年9月、小沢は民主党との合併後、民主党の代表代行に就任しました。11月の第43回衆院選で民主党は、公示前議席より40議席増の177議席を獲得しました。合併後小沢は、野党結集のため社民党に民主党への合流を呼びかけました(失敗)。2004年5月には年金未納問題で管が代表を辞任、岡田克也が代表となり、小沢は副代表になりました。しかし、2005年9月のいわゆる郵政選挙では、民主党は現有議席を60近く減らして惨敗しました。そのため岡田は代表を辞任、小沢も党副代表を辞任しました。ところが 2006年3月、後任の前原が「堀江メール問題」で辞任、その後の代表選で小沢は119票を獲得し、菅直人氏を破って第6代の民主党代表に選出されました。

 代表選後、小沢は、菅を党代表代行、鳩山由紀夫を党幹事長にするトロイカ体制を敷きました。そして、これ以降の小沢の国会での戦術は、前原時代の「対案路線」ではなく、徹底した「対立路線」をとり、与党との対決姿勢を鮮明にしました。その結果、2006年10月に北朝鮮が核実験を行った際は、「周辺事態法は適用できない」とするトロイカ体制の見解を発表し、前原誠司をはじめとする党内の若手の反発を招きました。7月29日に行われた、第21回参議院議員通常選挙で民主党は60議席を獲得、参議院第1党となり、野党全体(共産党を含む)で過半数を獲得しました。

 こうして生まれた「ねじれ国会」では、11月に期限切れとなるテロ対策特別措置法(テロ特措法)の延長問題について、小沢はアフガン戦争が国際社会のコンセンサスを得ていないとして海上自衛隊の支援活動に反対しました。そのためテロ特措法は、安倍内閣の突然の総辞職もあり延長出来なくなり失効しました。安倍晋三の後任には福田康夫が選出されました。2007年11月には、小沢は福田と会談、連立政権協議がなされました。しかし、民主党内の反対で小沢は連立を拒否。小沢はその責任を取り代表辞任を表明しましたが、民主党内の慰留を受け、代表を続投することになりました。

 その後、テロ特措法の後継の法律として衆議院に提出された「新テロ特措法」は、民主党が多数を占める参議院では否決されましたが、衆議院本会議で与党の3分の2以上の賛成多数で再可決・成立されました。また、2008年度予算案も、野党3党の欠席のなかで強行採決されました。そのため、民主党はその「報復」(民主党は、官僚出身者であることを理由)として、武藤敏郎副総裁の日本銀行総裁への昇格を拒否し、さらに、政府与党が再提案した田波耕治の総裁候補にも同意しませんでした。その結果、白川方明が総裁に就任しました。

 9月には、民主党代表選で小沢が無投票で三選されました。その後、鳩山邦夫総務大臣が「かんぽの宿」売却問題で郵政社長の西川社長の解任を求めたことから、自民党内での郵政民営化をめぐる対立抗争が激化し、民主党はそれにつけ込む形で、郵政民営化見直しを主張しました。しかし、2009年5月、西松建設疑惑関連で小沢の公設秘書が逮捕されたため、小沢は民主党代表を辞任。後継には、側近として共にトロイカ体制を支えてきた鳩山由紀夫を支持しました。小沢は5月17日、選挙担当の筆頭代表代行に就任しました。

 以上、小沢氏が自民党幹事長として湾岸戦争に対応して以来の氏の行動及びその主張の変化について見てきました。これを見ると、小沢氏が「普通の国」論で展開した論理と矛盾しているように見えます。しかし、それは多分に民主党の党内事情を反映した政略的行動でしょう。というのも、氏の対テロ戦争についての基本的な考え方は、「日米同盟のもとにアメリカと集団的自衛権の行使が可能であると、日本政府として正式に決定した上で、堂々とイラクに自衛隊を派遣す」べきというものだからです。(『小沢主義』p49)

 では、民主党が参議院でも半数を獲得した後の氏の行動はどのように変化していくのでしょうか。いうまでもなくそれは、氏が提示している基本政策の方向だと思います。それは、従来の政官業癒着の権力構造、官僚依存の無責任な政治体制を脱却し、政治家主導のリーダーシップを確立するという、明治以来の民主政治の課題をはっきりと捉えています。同時に、政治において大切なことは「自らの信念を堂々と述べること」といい、「一般の人間関係と同様、国際関係においても嘘やごまかしは最もよくない。本音で話し合い、自分の信じるところを語れない人間は誰からも信用されない」と強調しています。(上掲書p155)

 しかしながら、新政権発足当初の民主党の政治手法は、「言論を通しての意志決定」という民主主義の原則を蹂躙するような、ごまかしや牽強付会が目につきます。とりわけ、亀井大臣の言論は、言論というよりブラフあるいは恫喝であり、世論を政治的操作の対象としか見ないもので、まさに権力乱用というほかありません。こうした、言葉に対する「誠実さ」と「正確さ」を欠いた政治的パフォーマンスが、民主党政権では許されるのか。何を言っても何をやっても結果さえよければそれでいいのか。

 あるいは、こうした言葉に対する”鈍感さ”は、鳩山首相の言葉の「軽さ」から来ているのか、小沢氏の政策よりも議席数を優先する考えの故か、その政権奪取にいたるプロセスが、堂々たる言論というより、多分に政略的言論に端を発しているだけに、今後の民主党の政権運営における説明責任が徹底して問われなければならないと思います。民主政治とは、その意志決定に至るプロセスにおける合法性と合理性によってその正当性が担保されるものであり、目的だけで正当化できるものではないからです。

 民主党が、真に日本に民主制を定着させた歴史的政党と評されるかどうかは、まさにこの点にかかっているといえます。

(追記)小沢氏は、小泉政治について、「市場原理・自由競争の名のもとに、セーフティーネットの仕組みについて何の対策も講ずることなく、ごく一部の勝ち組を優遇し、大多数の負け組に負担を押しつける政治」であり、「そこには理念もなければ、確固たる信念もない」と批判しています。私は、この部分には同意できません。というのは、氏は「今の日本の低迷は、利益分配型の戦後政治のあり方と、コンセンサス社会の弊害によってもたらされた」といい、改革を決意したなら、それに伴う犠牲や痛みには一切妥協すべきでない、といっているからです。(前掲書p83)

 小沢氏は、そうした観点から織田信長における「合戦の無慈悲」を肯定しているわけで、小泉氏が、田中政治の生んだ政官業トライアングルの既得権構造の打破に果敢に挑戦したことは評価せず、ただ、セーフティーネットの対応が遅れたことをもって、その構造改革路線を全否定しようとするのは、いささか身びいきが過ぎるというか、バランスを失した見解だといわざるを得ません。私見では、小泉内閣を引き継いだ安倍内閣以降この問題に取り組むべきでしたが、なんだかイデオロギッシュな戦後レジーム脱却論に流れましたものね。

 まあ、小沢氏の真意は、改革が不徹底だ、ということだと思いますが。

(最終校正11/1 5:27)

 

2009年10月22日 (木)

鳩山「友愛」、亀井「怨念」、小沢「普通の国」政治の不思議な関係

 今日の日本の民主政治を壟断する亀井大臣の立ち回りには、本当に驚かされます。21日には、公正取引委員会の竹島一彦委員長らを金融庁に呼び、大企業による中小企業などの「下請けいじめ」の是正と、「明るく正しい良き談合作り」を要請したといいます。これに対して、竹島委員長は「良い談合、悪い談合はない。談合はとにかくだめだ」と注意したそうですが、こうした特定の利益団体の票獲得をねらった「法による支配」を無視した政治的パフォーマンスがいつまで許されるのでしょうか。

 先日までは、亀井大臣の「モラトリアム発言」で大騒ぎでしたね。結局、「一律でなく申請をベースとした猶予措置、政府保障が付く緊急補償制度の利用、融資後焦げ付いた場合は公的資金活用、一年間の時限立法、猶予期間は最長3年、金融検査マニュアルの見直し、不良債権基準緩和、融資状況の報告を義務付け」という「貸し渋り・貸しはがし」対策法に落ち着いたようです。金融界は、返済猶予の一律義務化でなくなり、焦げ付いた融資について政府保障が付いた(政府の公的資金を投入する)となったことで安堵しているそうですが、とんだ人騒がせです。

 こうしたドラマ展開について、田中竜作氏は次のように解説しています。http://www.news.janjan.jp/government/0910/0910091424/1.php
 「民主党のベテラン秘書は次のようにニンマリとしながら解説する。
 「亀井さん一流の高い目標設定だ。おかげで、ウチが主張した返済猶予は陽の目を見るよ」。もし亀井大臣がブチ上げなかったら、銀行業界あげての反対で法案化の行方は怪しくなっていたかもしれない。亀井大臣の功績は小さくないのである。
 9日昼、金融庁で持たれた記者会見が終わった後、筆者は「大臣の思う線に落ちそうですね」と水を向けた。
 「俺は最初からこうなると思ってたよ」。亀井氏は、してやったりの笑みを浮かべた。
 数時間後、亀井大臣の意向にほぼ沿った原案が連立与党から出され、亀井氏は了承した。」

 つまり、こういうやり方が「亀井流」なのです。ところで、民主党の小沢幹事長は21日、都内での「小沢一郎政治塾」で講演し、自民党政権当時の政官関係を「党と政府を使い分け、官僚との交渉で『これだけ勝ち取った』と掛け合い漫才をやっていた」と批判した、と報道されていますが、「亀井流」はその典型です。漫才士には話の「落としどころ」はもちろんわかっている。それを知らないふりをして(つまり観客を騙して)話を「落とし」笑わせるわけですが、亀井大臣は、民主党の官僚出身議員との間で漫才をやり、国民を騙しているのです。笑って済まされることでしょうか・・・。

 こうみてくると、冒頭紹介した「明るく正しいよき談合づくり」というのも、そういう漫才のネタ作りと見なければなりません。では、その「落としどころ」は何処にあるのでしょうか。おそらく、それは来年の参議院選挙での建設業界の票獲得であり、現在進行中の郵政民営化見直しについては、100万と言われる郵政票の取り込みでしょう。もちろん政治家は選挙が全てですから、それが優先されるのは仕方ありませんが、国策の決定に当たってこうした票獲得のための漫才ばかりやられてはたまりません。

 小沢氏は、先の講演で、「国会から官僚支配をなくさなくてはならない。野党が十分な情報と資料を得られる仕組みを作りたい」と述べ、衆参の法制局や調査局の拡充など、国会の調査能力の強化を唱えた、といいます。これは私が「政治主導と派閥の関係――官僚内閣制から内閣官僚制への転換」のエントリーで述べたように、内閣官僚制の構築を目指すものといえます。つまり、政策判断において必要となる情報をいかに入手するかが政治主導のカギになるということです。このことは政治家と国民との関係についてもいえるわけで、亀井大臣の漫才ネタに振り回されないよう十分な注意が必要です。要するに、常識の目で事実関係を正確につかみ取るということですね。

 そうした観点に立って、現在進行中の民主党による政治主導の政治を見ると、亀井大臣のみならず、誠にばかばかしい常軌を逸した政治行動が目に付きます。そこで、現在民主党が進めている政策についての、私なりの常識的判断を述べておきたいと思います。私は先に、エントリー「教育政策について民主党と自民党のマニフェストを比べてみた」で、民主党の2009INDEXやマニフェストにみられる政策構想の期待される部分について紹介しました。これを見ると、確かに自民党は「しがらみ」から抜けていない。このことは、文藝春秋11月号の「『自民党はぶっ壊れない』与謝野馨×鳩山邦夫×石破茂」を見てもよく判ります。まるで、自民党壊滅のA級戦犯が靖国神社に祀られたような印象を受けますね。

 この鳩山邦夫氏については、私見を、エントリー「正義を連発する”アホ”大臣を見る不快」「なぜ麻生自民党は国民の支持を失ったか――見失われた「構造改革」の旗印」で述べました。鳩山邦夫氏は、先の文藝春秋で、自らの引き起こした日本郵政の西川社長更迭騒ぎについて、「自民党の利益をまず考えて、総理を怒鳴りつけてでも西川さんを切りますよ。昔の派閥の実力者はそうだった」などど述べています。だが、一体、氏が公言した、西川社長はかんぽの宿という「国有財産をかすめ取った」という批判に一体どれだけの根拠があったのでしょうか。

 西川社長は、辞任にあたっての記者会見で、--かんぽの宿の問題発覚のときに辞めるという考えはなかったか、と問われ、「かんぽについては、反省すべき点はあったが、不正な点は一切なかった。それが、辞任の理由になるとはまったく考えておりませんでした。」
と答えています。

 また、「竹中平蔵元総務相は20日、日本郵政の西川善文社長が辞任を表明したことについて、「政治家は(西川氏を)代えると言いながら、なぜなのかを明確にせず、正式な手続きを踏まず、嫌がらせのように一民間人に圧力をかけた。尋常ではない」と政府の対応を批判」しました。参照http://news.goo.ne.jp/article/jiji/business/jiji-091020X408.html

 私も関連情報をネットで見てみましたが、西川社長に辞任を迫る側が、はたしてそれに相当する不正を立証し得たか、というと、竹中氏が指摘されるように、「なぜなのかを明確にせず、正式な手続きを踏まず、嫌がらせのように一民間人に圧力をかけた。尋常ではない」といった印象はぬぐえません。野党の政局戦略としては、あり得る話だとは思いますが、自民党政府の郵政担当大臣が、野党の政略の露払いとなる騒動をあえて引き起こし、あげくの果てに首相からの私信を暴露するに至っては、国民が自民党に愛想を尽かすのも当然です。

 マスコミの推測としては、「落ち目の麻生首相の後釜ねらい」だったとか、次の記事のような「どうせこの内閣はろくなことにならない。それなら今のうち、自分だけ思い切り目立って泥舟から抜け出し、次期衆院選での当選を確実にして、選挙後の政界再編でも役者の一人になろう」というようなものだったろう、などと推測されていますが、さもありなんと思います。国民も随分と舐められたものです。

「かんぽの鳩山」にあやかる麻生総理と甘利行革担当大臣」
週刊文春2009年2月26日号「THIS WEEK 政治」http://bunshun.jp/shukanbunshun/thisweek_pol/090226.html

「かんぽの宿」問題で、郵政民営化のカラクリを分かりやすく暴いた鳩山邦夫総務相。「国民の財産がハゲタカにさらわれる」寸前に阻止したとして、今や愛称は「かんぽの鳩山」。麻生ダメ内閣で一人だけ「救国の英雄」扱いである。

 しかし、裏があると分かっていたなら、なぜもっと早く指摘しなかったのか。

「本人は『最初は勘でした』と告白しています。昨年末まで『かんぽの宿』の問題など何も知らなかったのに、入札の報告を受け、とっさに『これはおいしい話だ。第二の“死に神”になるぞ』と直感したのだそうです」(全国紙政治部デスク)

 鳩山氏は安倍改造内閣の法相だった時、死刑執行をめぐり朝日新聞のコラムに「2カ月間隔でゴーサイン出して新記録達成。またの名、死に神」とからかわれた。猛然と抗議したところ、死刑賛成が圧倒的多数の世論に味方されて、朝日新聞に謝罪させ、結果的に男を上げた。

 今回も、「誰もが知っている『かんぽの宿』をめぐって所管大臣が騒げば、死に神騒動と同じように、注目を集められる」と思い立ったのがきっかけ。「地元で支持者とビールを飲んだ勢いで売却不許可を決断し、後から役所に理屈を考えさせた」のだという。

「どうせこの内閣はろくなことにならない。それなら今のうち、自分だけ思い切り目立って泥舟から抜け出し、次期衆院選での当選を確実にして、選挙後の政界再編でも役者の一人になろうという考えです」(自民党関係者)

 思惑は的中。鳩山氏は二〇〇五年の郵政選挙で、東京から福岡六区に国替えしたばかり。今回は自民党への逆風で、世論調査で対抗馬の民主党議員に遅れをとっていたが、今では鳩山支持が急上昇中だ。

「麻生太郎首相が『郵政民営化に反対だった』と失言したのも、鳩山氏にあやかろうとしたのが原因です。政権は下り坂ですが、鳩山氏は『麻生も勘の悪い奴だ。かんぽ問題は自分が指示したって言えば、支持率も上がるのに。このままじゃ俺から麻生と別れることになるかもな』と鼻息は荒い。甘利明行革担当相が公務員改革問題で人事院総裁を批判するのも、鳩山流を見習って目立とうとしているためです」(同前)

 いつの間にか麻生首相に代わり、鳩山氏が内閣の主役に躍り出た。ただし、目的はあくまで個人PR。政権の存続は二の次らしい。」

 兄である鳩山由紀夫首相とは犬猿の仲だそうで(そりゃ、そうですよね)、今後、どのように振る舞われるか、いずれにしても、折角、「正義」を口にされるのですから、そのまえにもう少し我がことについて「正直」であって欲しいですね。

 さて、前置きが長くなりましたが、次に民主党の政策とその政治手法について私なりの意見を申し述べておきます。

○ 小泉構造改革批判
 民主党は、本当は小泉構造改革賛成なのです。2003年の民主党衆議院議員中島政希氏の次のインタビュー記事「小泉構造改革路線を推進せよ」をとくとご覧下さい。http://homepage2.nifty.com/seiyu/interview13-6.html

―― 民主党は小泉政権にどう対処しますか。

中島 鳩山さんの言うとおり、小泉改革を政権の外にいて推進するということでいいと思います。今は改革の旗を小泉さんに預けておく、万一彼が挫折したらまたわれわれが旗手になる、そういう気持ちでいいんじゃないでしょうか。
 私が鳩山さんたちとさきがけや民主党を創った理由は、制度疲労に陥った戦後日本のシステム、政治や行政や経済の仕組みの抜本的改革を実現するには、自民党に代わる、しがらみのない新しい保守政党が必要だと考えたからです。小泉さんのいう改革の大部分は、私たちが年来主張してきたことです。自民党を基盤にして、本当に小泉さんがこれを実現出来るならたいしたもので、応援するのに吝かではありません。

≪小泉改革の行方≫

―― 小泉さんの改革への意欲は良くわかりますが、旧態依然たる自民党を基盤にしていて出来ますかね。

中島 構造改革の対象は自民党支配システムそのものなんですね。政官業の癒着体制、経済活動へ規制や許認可、補助金や公共事業のバラマキ、自民党政権はこれらを所与の条件として成り立っているのです。例えば、不良債権処理とは生産性の低い企業を潰す、つまり地方の土建屋さんや不動産屋さんや卸問屋さんなど、自民党を一番応援して来た人たちに犠牲を強いるということです。
 だから小泉改革の成功とは、すなわち自民党体制の解体に他ならないのです。小泉さんの位置は、ちょうど旧ソ連のゴルバチョフに相当する。ゴルバチョフは改革を進めた、それが成功した時には共産党一党体制は崩壊し、彼が拠って立つ政治基盤はなくなっていた。

―― 小泉さんは日本のゴルバチョフになれるでしょうか。

中島 なって欲しいと切に期待しているんです。ただ、構造改革に劇的に着手するには、もうかなり時期を逸している。民主党がいっていたように、遅くとも去年の夏前に着手すべきだった。いまは明らかに景気の下降局面で、手をつければ、たちまちいろいろなところから悲鳴が上がる。自民党政治家たちはそれに耐えられないのではないでしょうか。

―― 小泉改革は頓挫すると・・・・。

中島 構造改革というとき、手術患者は自民党自身です。患部はわかっていても、患者が自分でメスを持ってそれを切り取ることが出来るかです。既存のシステムの抜本的改革はそれほど難しい、ということです。

―― 確かに自分じゃ切れない。政権交代なしで改革が成功したためしは、あまり聞きませんね。医者は別に必要ですね。

中島 麻酔もね。小泉さんは改革には痛みが伴うと言っていますが、一時的に予想される失業率の上昇などにどう対処するのか。まだ具体的な処方箋は言っていません。セーフティネットの整備は改革を成功させる上で必須の条件です。民主党はこの点参議院選の公約の中にも、明快に述べています。」

 つまり、これが民主党の本音なのです。いま言っている小泉構造改革批判は、政権を取るためについた嘘です。嘘をつき続けているうちにそれが本気になったかのようですが、こういう自己欺瞞は人間を優柔不断にします。今日の政治状況で、一体誰が首相なのかわからないような情況が現出していますが、これも不正直の結果かもしれません。

○ 外交・安全保障
 やっぱり、アメリカに対する”二枚舌外交”と見なされ、とうとう恫喝を招いたようですね。対米外交の対等を主張するつもりが、恫喝の果てに降参を余儀なくされるのか、それとも、窮鼠猫を噛むのか?噛めるわけもありません。
 「ゲーツ国防長官:「普天間基地の移設がなければ海兵隊のグアム移転はないし、グアムへの移転がなければ沖縄での兵員や基地の縮小もない」

○ モラトリアム問題 
 上記の通り

○ 郵政民営化問題
 例の、「落としどころ」探しに、従来の脱官僚の主張を棚に上げ、”天下り”に”渡り”の餌をつけて、もと「豪腕大蔵省事務次官」を任命しました。どんな「落ち」をつけるか見物です。
 
○ 子ども手当
 鳩山首相は国連で、これを内需拡大策といいましたが、国内では子育て支援策といっています。従来は、高齢者福祉ばかりに目がいって子育て支援が後回しになっていました。特に、貧困家庭の経済支援は必要ですね。しかし、現在の財政状況下で政策を実行するなら、現在の児童手当制度を拡充するのが一番簡単です。中学校卒業まで支給することとして、所得制限を二段階に分ける。給付水準は上限で現在の三倍程度にする。

 そうすれば財源も国、地方自治体、事業主拠出金でまかなうことができますし、財政的にも何とかなるのでは。また、将来消費税率が上がった段階で、あらためて扶養控除の見直しを含めて制度全体を見直せばいい。自民党もかってそういう主張をしていたのですが民主党はこれに反対しました。これも政局作りの一環とは思いますが。ムダなことをやるものです。

○ 高速道路無料化
 高速道路の巨額の費用をかけて設置したETC設備は一体どうなるのでしょうか。確かに現在の高速料金は高いと思います。その値下げが必要なら、交通量を見ながら、料金設定すればいいことで、これはETCシステムで簡単にできます。高速道路だけ無料化すると、バスや鉄道やフェリーなどとの料金のバランスがとれなくなるし、CO2削減にも逆行します。

○ 暫定税率の廃止
 環境税の創設の見返りとして提案しないと嘘になります。

○ ダム建設中止
 なぜ、ダム建設がそんなにムダなのか、しっかり国民に資料を示し説明してから話を進めるべきですね。それにしても、水力発電はなぜダムの利点とならないのでしょうか。話によるとサイリスタによって交流を直流に変換し送電できるようになれば、水力だけで電気をまかなえるという学者もいるみたいですが。

○ 農産物所得補償
 農協の存在が問題になっているようですし、従来の自民党の農政も行き詰まっているようです。そこで、直接生産者を支援する仕組みとしての「所得補償制度」が提案されているわけですが、その制度設計がどうなるか、それが明らかになるまでは、よく判りません。

○ 政治主導
 先に、小沢氏の講演の内容の通りです。各大臣が勝手な自分の判断で腕ずくで政策を押しつけるのが政治主導ではありません。内閣官僚制が確立すれば自ずと政治主導の予算編成も可能となります。

 以上、簡単に民主党の政策とその政治手法について、私の常識的判断を付け加えさせていただきました。そこで最後に問題となるのが、これらの民主党の政権運営について、民主党のキーマンとされる小沢幹事長はどう考えているか、ということです。22日の読売新聞には、「民主党の小沢一郎幹事長は21日、ルース駐日米大使と党本部で会談し、「日米関係は何よりも大事だ。互いに言うべきことを言い合うべきで、米国も率直に言ってもらいたい」と述べた、とされます。
 
 もともと、小沢氏は、92年に、いわゆる湾岸戦争を契機に国連軍に参加できる「普通の国」づくりをめざしてPKO法案成立に尽力した人物です。93年には、政権交代のできる二大政党制作りのため、選挙制度改革=小選挙区制度の導入を主張し、自民党を割って新進党を作りました。

 さらに、94年には、野党政権の中での社会党の影響力の削減をねらって「改新」を立ち上げたところ、社会党が連立を離脱し自民党と連立したため、再び野党に逆戻りした、という苦い経験ももっています。その政治手法は、豪腕とも傲慢ともいわれ、多くの政敵をつくりながら今日至っているわけですが、こうした経歴やそのホームページの政策を見ると、その政治理念は極めて「自由主義的」かつ「保守的」であることがわかります。

 ただ問題は、立花隆氏が文藝春秋十一月号「小沢一郎『新闇将軍』の研究」で指摘しているように、氏の政治手法が密室政治=宮廷政治であるということです。

 「民主主義の政治過程で主役をしめるのは、公開の場における言論だが、宮廷政治で主役を占めるのは、密室における政治的実力者の取引、談合、恫喝、陰謀、抱き込みなどであり、そこで主たる行動のモチベーションとなるのは、政治的見解の一致不一致ではなく、物質的利益と政治的利益の分配、あるいは義理人情、愛情、怒り、嫉妬、怨恨といった感情的どろどろである。」

 最近、鳩山「友愛」政治の政治的見解の一致不一致に、甚だしい齟齬が生じていますが、一体その原因は何か。鳩山首相のリーダーシップの曖昧さが主因だとは思いますが、小沢氏が影の最高権力者であることは明白であり、かつ上記のような批判もあるわけですから、そうした疑念を払拭すべく行動していただきたいと思います。氏のホームページの政策提言を見る限り、到底政策に無関心な方のものとは思われません。ぜひ、正々堂々の政策論争を期待したいと思います。

2009年10月14日 (水)

自民党「保守の思想」、鳩山首相「友愛思想」は、歴史認識問題とどう関わるか

 野党になった自民党がいかにも精彩を欠いて見えるのは、誠に意外な感じがしますね。それに比べて、政権与党となった民主党の面々は、それぞれに自分の政治家としての言葉を持っているようで、結構頼もしく見えます。まあ、55年体制以降初めての政権交代ですから、自民党のショックも大きいのだとは思いますが、よって立つ思想的基盤さえしっかりしていれば、民主主義社会で政権交代はあたりまえなのですから、二大政党制下の野党として、ぜひ堂々とその責任を果たしてもらいたいと思います。

 でも、残念ながら、自民党にそうした覇気が見えないのは、その「保守の思想」が脆弱だからではないでしょうか。それを象徴する出来事が、鳩山邦夫元総務大臣が日本郵政社長西川氏を解任しようとした事件――結局、麻生首相は鳩山総務相を解任し、鳩山氏は麻生首相は自分に一任していたとして、首相の私信の暴露に及んだ――や、古賀自民党選挙対策委員長による、東国原氏の自民党総裁候補擁立事件だったと思います。これが、麻生首相の”漢字の読み違い”や「定額給付金」をめぐる度重なる”食言”と相まって、自民党に対する信頼を決定的に低下させたのです。

 さらに、そうした”ブレ”が単なる首相や大臣の”失態”に止まるものではないことを証明したのが、今回の総選挙直前に行われた、自民党による民主党に対する「ネガティブ・キャンペーン」でした。それは、近年の、特に若者世代に見られる保守化傾向や、社会一般に見られる公務員バッシングの風潮に訴えようとしたものでした。しかし、世間の評判ははなはだ悪かった。なぜなら、その「日教組」や「労働組合」に対する批判がおよそ時代錯誤であり、55年体制下ならともかく、今日の「無党派K1ガチンコ時代」の闘い方としては、ひどく”みじめ”に見えたからです。

 では、こうした自民党の「保守の思想」の思想的劣化は、いつ頃からはじまったのでしょうか。私は、それは、93年7月の総選挙で自民党が過半数割れし、社会、民主、公明、日本新党、新生党、さきがけなどが細川連立政権を作った時以降のことだと思います。その後、94年6月、新進党主導の連立与党が立ち上げた新会派「改新」が社会党を外したことから、社会党が連立離脱し、そのため連立与党の羽田内閣が総辞職、次いで、自民党が、新党さきがけや社会党と連立して、社会党委員長村山富市を首班とする村山内閣をつくった。

 しかし、この「自社さ」連立政権は、日米安保を基本的な安全保障政策とし、自衛隊を合憲とする自民党が、それを真っ向から否定する社会党と連立を組んだもので、政権欲しさとはいえ、あまりにも節操のないものでした。といっても、その後社会党は、日米安保条約の堅持と自衛隊合憲を表明し、それまでの方針を大転換しました。また、小選挙区制の導入、年金支給年齢の65歳繰り延べ、被爆者援護法の成立、従軍慰安婦に対する基金の発足、さらに1995年8月の終戦記念日には、次のような村山談話を発表しました。

 「・・・いま、戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきことは、来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、未来を望んで、人類社会の平和と繁栄への道を誤らないことであります。 

 わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。

 敗戦の日から50周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません。同時に、わが国は、唯一の被爆国としての体験を踏まえて、核兵器の究極の廃絶を目指し、核不拡散体制の強化など、国際的な軍縮を積極的に推進していくことが肝要であります。これこそ、過去に対するつぐないとなり、犠牲となられた方々の御霊を鎮めるゆえんとなると、私は信じております。・・・」

 この村山談話については、特にその第二段「国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与え」たとする部分が、今日も論争の的になっています。というのも、この談話は、先に述べたように、およそ常識では考えられない「野合政権」のもとで生まれたものだからです。しかし、その後の歴代内閣はこの談話を踏襲しています。おそらくそれは、戦後五十年を期に、この問題に外交的な決着をつける意味で有効と判断されたからではないでしょうか。

 もちろん、だからといって韓国や中国が日本に求める歴史認識を全て受け入れなければならないというものでもありませんし、また、その事実関係や歴史評価をめぐって見解が分かれるのも当然です。しかし、その当否は、今後の実証的な歴史研究に委ねるべきであって、外交問題としては、この談話をもって一区切りとすべきだと思います。この点、私は小泉首相が、この談話に自らの戦後六十年談話を加えて、歴史認識問題の決着をはかり、靖国神社参拝問題を内政問題として処理しようとしたことは、正しい判断だったと考えています。

 問題は、A級戦犯の合祀であって、私は、本当は、これは靖国神社の方でそうした政治的事情を考慮すべきだと思います。というのは、これを総理大臣が指図することは憲法上できないわけですから、そうしない限り、首相や閣僚が靖国神社に参拝して戦死者の慰霊をすることが、政治的理由でできなくなってしまうからです。本来は、日本政府が村山談話を踏襲することを表明している以上、戦死者の慰霊を日本がどのように行うかは、あくまで日本の内政問題であって、他国の干渉すべきことではないと思うのですが、そうならないのは、これらの国のお国柄というほかありません。

 この点、繰り返しになりますが、小泉首相が、村山談話の踏襲を表明した上で、さらに、終戦60年を迎えて次のような談話を発表し、自らの靖国神社参拝の意味を説明したことは、私は妥当なことではなかったかと思います。こうした説明をしてもなお、中国や韓国が、日本人の戦死者慰霊の仕方について干渉する、ということは、日本人のナショナリズムを刺激することであり、明らかに行き過ぎだと思います。小泉首相の行動は、一時外交摩擦を生みましたが、中国や韓国にその行き過ぎを伝える意味で必要なことだったのではないでしょうか。

 「私は、終戦六十年を迎えるに当たり、改めて今私たちが享受している平和と繁栄は、戦争によって心ならずも命を落とされた多くの方々の尊い犠牲の上にあることに思いを致し、二度と我が国が戦争への道を歩んではならないとの決意を新たにするものであります。
 先の大戦では、三百万余の同胞が、祖国を思い、家族を案じつつ戦場に散り、戦禍に倒れ、あるいは、戦後遠い異郷の地に亡くなられています。
 また、我が国は、かつて植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。こうした歴史の事実を謙虚に受け止め、改めて痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明するとともに、先の大戦における内外のすべての犠牲者に謹んで哀悼の意を表します。悲惨な戦争の教訓を風化させず、二度と戦火を交えることなく世界の平和と繁栄に貢献していく決意です。・・・」

 もちろん、こうした談話を発表したからといって、それは、日本人が、かっての日本の戦争指導者の戦争責任について、それを等閑視することを意味するものではありません。私は、中国や韓国にそれぞれの歴史の見方があり、それに基づいて日本批判をするのは、両国が被害を受けた側でもあり当然のことだと思います。しかし、同様に、日本人自身が、自らのこととして過去の戦争について共有すべき歴史認識もあるわけで、それは、中国や韓国が日本に対して持つ歴史認識以上に、正確かつより厳しいものであるべきだと思っています。

 こんなことをあえていうのも、実は、今回の政権交代にともなって、おそらく最後に問題となってくるのは、この歴史認識の問題ではないかと思うからです。先に自民党の「ネガティブ・キャンペーン」について触れましたが、この問題はここに端を発しているのです。日教組に対して「国旗・国家を否定する」反日教育を行うとか、”愛国心”のない国をつくるとか、間違った歴史観や社会観を教え、国民の生命、財産、領土、資源を危険にさらすとか、家族制度や自助・共助の精神を否定する、とかの危惧を表明するのは、その歴史認識(伝統文化を含む)に対する不信があるからです。

 確かに、こうしたネガティブな批判の仕方は、先に述べたように”みじめ”にしか見えません。しかし、民主党がこの問題を軽視することは危険だと思います。というのは、民主党の政策の中には、戦争責任や戦後処理の問題、国立追悼施設の設置の問題、二重国籍の容認の問題、永住外国人に地方参政権を付与する問題等、関係国間の相互理解と信頼なくしては、解決不可能な問題が多く含まれているからです。また、対等な日米関係を実現するという一方で、では、中国とは対等な関係が築けるのか、といった問題も生じてきます。

 重ねていいますが、こうした問題は、日本人のナショナリズムを無視するような形で処理されるべきではないと思います。確かに、日中戦争、大東亜戦争については、村山談話に述べられたような反省にならざるをえない。しかし、より大切なことは、それを自らの民族の歴史の問題として、主体的に検証することです。自民党がこの問題を日教組や労働組合攻撃のような形でしか提起できないのは、その「保守の思想」の思想的劣化の現れだと思いますが、民主党も、この問題を中国や韓国に迎合するのではなく主体的に処理することが必要だと思います。(10/15最終校正)

 以上、自民党のネガティブ・キャンペーンに見られる保守の思想や、民主党の政策には、こうした歴史認識に関わる問題が伏在していることを指摘しました。そこで、ついでに、小沢一郎(民主党幹事長)氏のホームページを見てみたのですが、そこには、以上紹介したような歴史認識に関わるような「公約」は一つも含まれていませんでした。また、安全保障問題についても、「平和は自ら創造する」と題して、次のような提起がなされていました。ここには、鳩山首相の一枚看板である「友愛」外交や、グローバリズム批判に見られるような”危うさ”は感じられず、一安心した次第です。

*問題は、日米同盟による安全保障と国連による集団安全保障を並べて、前者の重要性を軽視しているかに見えるところです。といっても、氏は政略上有効であれば何でもやる人ですからね。社民党や国民党の連立利用も氏の意向だそうですし・・・、道理で他の人が黙っているはずだ。(下線部挿入10/15)

V、平和を自ら創造する

真の日米同盟の確立
 日米両国の相互信頼関係を築き、対等な真の日米同盟を確立する。そのために、わが国はわが国自身の外交戦略を構築し、日本の主張を明確にする。また、日本は国際社会において米国と役割を分担しながら、その責任を積極的に果たしていく。さらに、真の日米同盟の確立を促進するために、米国と自由貿易協定(FTA)を早期に締結し、あらゆる分野で自由化を推進する。

アジア外交の強化
 アジアの一員として、中国、韓国をはじめ、アジア諸国との信頼関係の構築に全力を挙げ、国際社会においてアジア諸国との連携を強化する。特に、エネルギー・通商分野において、アジア・太平洋地域の域内協力体制を確立する。

貿易・投資の自由化を主導
 世界貿易機関(WTO)において貿易・投資の自由化に関する協議を促すと同時に、アジア・太平洋諸国をはじめとして、世界の国々との自由貿易協定(FTA)締結を積極的に推進する。それに向け、農業政策を根本的に見直すことで、わが国が通商分野で国際的に主導権を発揮する環境を整える。

政府開発援助(ODA)の抜本見直し
 政府開発援助(ODA)を抜本的に見直し、相手国の自然環境の保全と生活環境の整備に重点的に援助する。それにより、日本が地球環境の保全で世界をリードする地位を築くための突破口とする。

自衛権の行使は専守防衛に限定
 日本国憲法の理念に基づき、日本及び世界の平和を確保するために積極的な役割を果たす。自衛権は、憲法第9条に則って、個別的であれ集団的であれ、わが国が急迫不正の侵害を受けた場合に限って行使する。それ以外では武力を行使しない。

国連平和活動への積極参加
 国連を中心とする平和活動については、国連の要請に基づいて積極的に参加する。国連の平和活動は、国連憲章第41条及び42条に基づく強制措置への参加であっても、主権国家の自衛権行使とはまったく性格を異にしており、したがって日本国憲法第9条に違反せず、むしろ、国際社会における積極的な役割を求める憲法の理念に合致するものである。

2009年10月 6日 (火)

民主党政治主導の「悪しき前例」となりかねない亀井大臣の”傍若無人”

 亀井金融郵政改革担当大臣の暴言・暴走が止まるところを知りません。

 先日(10月1日)のフジテレビ(BS)の報道番組「PRIME NEWS」には亀井大臣が出演し、中小企業に対する金融機関の貸し出し返済のモラトリアム政策について質問を受け、次のような趣旨の発言をしていました。

 曰く、私は金融相という重い仕事ではなく、もっと軽い仕事を望んでいた。実際自分は金融については素人で民主党には他に専門家はたくさんいる。しかるに鳩山総理があえて自分に金融大臣をやれと言ったのはなぜであるか。つまり、鳩山総理と私の金融政策における齟齬は全くない、ということである。

 これは、亀井氏自身は自分は金融の専門家ではなく、今回の私の金融政策はあくまで政治家として提示しているものであるが、鳩山首相はそれを全面的に支持している、ということでしょう。いわば、金融行政における政治主導を腕力のある亀井氏に託しているわけです。しかし、こうした氏一流の「庶民の味方」を気取る政治判断が、今後の日本経済にどのような影響を及ぼすことになるのでしょうか。また鳩山首相の任命責任はどうなるのでしょうか。

 また、氏は10月5日、東京都内で行われた講演会で、「日本で家族間の殺人事件が増えているのは、(大企業が)日本型経営を捨てて、人間を人間として扱わなくなったからだ」と述べ、日本経団連の御手洗冨士夫会長に「そのことに責任を感じなさい」と言ったそうです。御手洗会長は「私どもの責任ですか」と答えたといいます。

 ここには二つの間違いがあります。一つは近年家族殺人が増えているというのが全くの間違いであるということ。統計では、特に子殺しなど大幅に減少しています。

(以下「凶悪犯罪増加の誤解を解くページ」参照)http://pandaman.iza.ne.jp/blog/entry/515559/

 「日本で家庭内殺人が多いってのはちょっと意味が違います。単なる「総殺人数の中の家庭内殺人比率」と「家庭内殺人発生数」をゴッチャにしている事からくる錯覚です。それどころか家庭内殺人が多く感じるのは皮肉にもいかに日本が治安がいいか示す証拠になってます。

 というのはアメリカ途上国のように日本の何倍、何十倍も殺人が起きている国のように「町を歩いていたら突然、ギャングに襲われて殺された」というような治安の悪さゆえの面識のない加害者被害者による乱暴な殺人が警察の努力により根絶されて極端に減少し、比較的減りにくい家庭内や知人同士の殺人が目立つようになっただけです。街中の強盗殺人などは警察の努力で減らせますが家庭内殺人は家庭内のいざこざが原因で起こるので警察の努力では比較的減らしにくいのです。

 日本で家庭内の殺人が多いのではなく殺人件数の低下から全体から見た割合が変化しただけです。しかも日本ではその家庭内殺人すら外国よりはずっと少ないですし減少もしくは横ばい傾向です。よく日本で家庭内殺人割合が多いことについて「日本人特有の病理」とか「家庭内の愛情が薄くなった」とかいうご高説をたれる人がいますが大嘘です。」

 もう一つの間違いは、日本的経営についてです。これは終身雇用、年功序列制に象徴されますが、これが可能であったのは、戦後の高度成長期、右肩上がりの経済成長ができた時代のことなのです。これが低成長の時代、経済のグローバル化の時代を迎えて、企業は生き残りをかけて経営体質の合理化・効率化を図らざるを得なくなった。そうなるとどうしても従来の企業福祉的な負担を軽くせざるを得ない。

 そこで、そうした負担を企業に代わって引き受けることになるのが社会福祉政策であって、これは当然のことながら政府の責任である。そこで政府は雇用保険や職業訓練等社会のセーフティーネットを整備したり、また、万一の場合の生活保護や生活支援のための財源も確保もしなければならない。そこで、公的部門のムダを徹底して排除する一方、「親方日の丸」体質の残る公営企業部門を民営化し、経営のガバナンスを高めて自立を図る。また、規制を緩和して起業のインセンティブを高めるなど、雇用機会を創出するための経済政策も採らなければならない。(しかし、こうした対応が、膨大な財政赤字やリーマンショックに始まる世界不況の勃発のために遅れた。)

 これが当時の政府(小泉内閣以降の自民党政治)に課せられた課題であったわけですが、亀井氏は郵政民営化(参照)に執拗に反対するなど、政府の以上のような努力を妨害する役回りを演じてきたのです。そして今回は、大企業に対して「日本で家族間の殺人事件が増えているのは、(大企業が)日本型経営を捨てたからだ」などと濡れ衣を着せ、「反省」を強要しているわけです。(今日、政治家のなすべきことは、先に述べた社会福祉政策に加えて、労働の選択的流動性を高めることであって、そのためには、従来、正規社員のみを対象としてきた労働法制や雇用慣行を、全労働者を対象とするものに作り変える必要があります。10/9追記)

 これに対して御手洗会長が、それは「私どもの責任ですか」と応じていますが、はたしてこんな亀井大臣の非常識いつまで放任されるのでしょうか。また、こんな”わがまま”(多分に、小泉改革に対する個人的恨みに端を発している)は郵政改革見直しでは、どんな”暴力”に発展するのでしょうか。また、これを鳩山「友愛」政治はどう処理するのでしょうか。

 悪くすると、これが民主党の政治主導の「悪しき前例」となりかねません。折角の政権交代、ほんとにやらなければならないことはたくさんあるのに、もう少し大切にしてもらいたいですね。(*政治主導の悪しき前例」とは、政治家が世論受けを狙って建前のきれい事だけを言い、官僚にはその本音を斟酌させて落としどころを見つけさせ、自分は名を取ろうとする政治手法のこと。国民は建前に振り回されて「現実」を見ることができなくなり、不満だけをつのらせることになります。下線部追記10/8)

(以下10/7日追記)

 なお、ついでですから、鳩山首相の「友愛」理念についても私見を申し述べておきます。先に、亀井大臣の金融政策は鳩山首相がその腕力を見込んであえてやらせているのだ、ということを申しました。このことについては、亀井大臣自ら、自らの政策は鳩山首相の「友愛」政治に沿ったものだと何度も公言しています。多くの場合「亀井流」発言として聞き流されていますが。

 だが、案外この発言は、鳩山首相の「友愛」政治が、「亀井流」庶民の味方政治と似ているということを裏書きしているのかも知れません。ということになると、問題は少しこじれるかも知れませんね。一連の亀井発言はどう考えても一国の大臣の発言としては常軌を逸しているし、そうした言動を鳩山首相の「友愛」政治が黙認していることになりますから。

 こうした鳩山首相の「友愛」理念が、国際政治の中でどう受け取られているか、ということについては、これを曖昧だとして疑問視する意見が多いようですが、特に問題視されている訳でもないようです。かといって、それが諸国間の利害を調整するほどのキーワードになり得るかというと、首をかしげる人も多いのではないでしょうか。

 ただし、これが国内政治の問題となると、前述したような問題点も出てきているわけで、これが鳩山首相の政治手腕に疑問符を投げかける材料ともなりかねません。確かに、こうした理念を理想として掲げることは悪いことではないと思いますが、実際問題の処理においては、周到な事実認識に基づく冷静な判断が求められるからです。

 この鳩山首相の掲げる「友愛」という言葉は、本人の説明ではフランス人権宣言の「自由・平等・博愛」の博愛に当たるものだそうです。そこで、フランス人権宣言に当たってみましたが、この宣言文には「博愛」という言葉は見あたりませんでした。ネットで調べてみると、この「自由・平等・博愛」は、フランス人権宣言の前からある言葉で、元はフリーメイソンのスローガンだったそうです。

 このフリーメイソンリー(リーがつくと組織名となる)という組織は、wikiによると、西欧において、絶対王政から啓蒙君主、市民革命へと政治的な激動が続く時代に広まったもので、特定の宗教を持たずに理性や自由博愛の思想を掲げるヨーロッパ系フリーメイソンリーは、特定の宗教を否定したため、自由思想としてカトリック教会などの宗教権力からは敵視されたのだそうです。フランス革命の当事者たちの多くもフリーメイソンであったため、しばしば旧体制側から体制を転覆するための陰謀組織とみなされた、といいます。

 この団体は現在もあり、その入会条件は「無神論者や共産主義者は入会できない。たとえ信仰する宗教があったとしても、社会的地位の確立していない宗教である場合は入会できない。ただし、特定の宗教を信仰していなくても、神(あるいはそれに類する創造者)の存在を信じるものであれば、入会資格はある。これらの信仰を総称して、「至高の存在への尊崇と信仰」と呼ぶ。そのほかの入会資格として、成年男子で、世間での評判が良く、高い道徳的品性の持ち主であり、健全な心に恵まれ、定職と一定の定収があって家族を養っていること、身体障害者でないことが求められる。」となっています。

  つまり、特定の宗教を超えた「理性や自由博愛の思想」が求められるとは言っても、それは「至高の存在への尊崇と信仰」に基づくものであり、それ故に無神論者や共産主義者は、会員となることができないのです。実は、日本占領時連合国総司令官であったダグラス・マッカーサーもこの会員であり、昭和天皇が会員となることを望んだそうです。また、鳩山首相の祖父である鳩山一郎は戦後この会員になっています。

 これで、鳩山首相の祖父鳩山一郎がなぜ「友愛」という言葉を好んだか判ります。ただ、この言葉は、英語でfraternity という訳語があてられているように、元来キリスト教の隣人愛に基づく言葉ですから、絶対神の観念の希薄な日本人にはピンと来ない言葉なのかも知れません。日本人にとっては、亀井大臣ではありませんが、人間を大切にする「和」の政治とでも言った方がわかりやすいかも。

 ところで、先に、フランス人権宣言に「友愛」という言葉はないと申しましたが、それは、「人身,意見,表現の自由(7,10,11条),所有の不可侵(17条),罪刑法定主義,無罪の推定(8,9条),抵抗の正当性(16条)等を宣明するとともに,国家形成上の最も基本的な原則として国民主権(3条),法律の支配(6条),武力(12条),租税(13,14条),行政報告(15条)について規定した」ものです。つまり、フランス人権宣言は、国民の基本的人権と民主的政治原則について規定したものなのです。

 つまり、「友愛」(=fraternity)という言葉は政治概念ではなく、一種の倫理概念であって、それはフランス革命を推進したメンバー間には、当然のこととして共有されていたので、この宣言文では、特にこの理念を謳い上げることをしなかったのだと思います。とすると、鳩山首相が国際社会で「友愛」を強調することは、西欧諸国のリーダーたちにとっては、言わずもがなのことであり、問題は、現実問題をどう処理するかだよ、ということになるのではないでしょうか。

 そこで結論ですが、鳩山首相の「友愛」政治は、先に紹介したような亀井大臣の暴走の処理を通して、その実相が見極められることになると思います。繰り返しになりますが、折角の政権交代ですから、鳩山首相には、ここぞという局面では、(小泉首相のように)情を断ち切る非情さを見せて欲しいですね。

 

 

    

 

2009年9月30日 (水)

政治主導と派閥の関係――官僚内閣制から内閣官僚制への転換

 以前、野党時代の鳩山由紀夫氏の印象について、その無表情でユーモアのかけらもない政敵攻撃スタイルを批判したことがあります。ところが、首相の地位を得て後の鳩山氏の表情は実に明るく、高々と国際社会に友愛の旗を掲げ、颯爽としているように見えます。日陰から陽の当たる場所に立ったのですから、それも当然だとは思いますが、その印象があまりに対照的ですので、弟の鳩山邦夫氏ではありませんが、つい氏の「宇宙人」鳩山由紀夫説を思い出してしまいました。 

鳩山邦夫氏の談話(『文藝春秋』八月号「鳩山邦夫大いに吼える」)

 「兄は努力家です。しかし信念の人では全くないと思います。自分の出世欲を満たすためには信念など簡単に犠牲にできる人です。・・・今は虚像が前面に出すぎていますよ。実像はしたたかを絵に描いたような人で、じぶんのためになるのなら、どんな我慢もできるんですよ。あの人は。」

 「ズルい人ですから、いまでも政界遊泳術という点では日本一のスイマーでしょう。最後に自分がうまく昇りつめられるように、全て計算して生きてきたという感じがします。だから見事だといえば見事なのですが、私のような自分の信念や正義漢を大切にする人間からは、考えられない世界に生きている人ですね。」

 「私から見れば宇宙人ですね、まさに。自分の権力欲にここまで忠実に生きてこれるというのは大したものですよ。・・・
 兄は私に『小沢一郎的なものを全部、今の政界から抹殺するんだ。それがオレのライフワークなんだ』とも口にした。どうして小沢一郎がそんなにダメ何だと尋ねると、兄は『とにかくすべて金権政治だ。ぜんぶ金じゃないか。派閥の計算だけでやるじゃないか』という。・・・
 問題はそこまで嫌っていた小沢一郎さんにゴマををすって、べったりくっついていったことです。・・・やはり信念のないのが宇宙人なんでしょうね(笑)。」

 その鳩山邦夫氏は、民主党勝利後にマスコミのインタビューを受けて、その勝因の一つに、”おれが麻生の足を引っ張ってやったこと”を挙げていました。その自覚がある、と言うことでしょうが、それにしても、ケネディーファミリーにも比定される鳩山家の、「漫画的」に正直な弟と、「宇宙人」的マキャベリストである兄の取り合わせは、これからも、日本の政界にホットな話題を提供していくことでしょう。

 ところで、民主党政権になって、「政治主導」ということが世間の注目を集めています。鳩山首相自ら、なんかしらん、自分中心の外交方針を掲げて国連演説をし、一定の評価を受けていますし、各大臣もそれぞれおらが大将でものを言っている、といったそんな印象。一方、前原国交大臣のように、半世紀以上続いたダム建設を”ムダ”だといってその中止を明言し、住民説得に奔走する大臣もいます。まさに政権交代なくしては起こりえない”奇跡”が眼前しているわけです。

 そこで、今回は、民主党政権の「政治主導」は今後どうなるのか、それが機能するためにはどのような条件整備が必要か、ということについて、山本七平の『派閥』(1985年4月25)を参考に、「歴史的」考察を加えてみたいと思います。この『派閥』という本は、今から約25年前に出された本ですが、今回の政権交代にともなう「政治主導」のあり方を考える上で重要となる歴史的視点を提供しています。それは、日本の組織の共同体的性格に対して、一定の合理性を持つ「法と権利の世界」を構築する必要を説くもので、タイムリーと思われますので、以下引用が長くなりますが、紹介させていただきます。

 「今日の官僚制にはよさも悪さもありますけども、その最大の問題はやっぱり閉鎖共同体だということだろうと思うんですね・・・したがって通産省とか農林水産省など、個々の閉鎖共同体の間の調和をいったいどうするんだ、ということが最大の問題になってくる。官僚制は、分業の原則に従って業態別に分かれている。つまり縦割りになっているのですが、では何本もある縦割り組織の対立をだれがどのように調整するのかという大きな問題が出てくる。この問題に対する答は今のところ見つかっていません。

 明治の初めのうちは、藩閥という横のシステムが機能していて、伊藤博文の子分は大蔵省にもいれば商工省にもいる、陸軍省にも外務省にもいるということになっていましたから、伊藤博文が『ちょっと来い』といえばいろんな省から人開か集まってきた。したがって、縦の原理と横の原理のバランスがあったと思うんですね。ところが、高文制が明治二十六年から始まって二、三十年たちますと、選抜制でやってますから、藩閥がなくなってくる。・・・藩閥色が急速に薄れて、そして各省縦割りになって横の原理がなくなってくるわけですね。藩閥についで現われた横の原理が政党政治です。」

 しかし、「藩閥に対抗して出てきた自由民権運動、それを基にしてできた自由党は、一種の「対抗藩閥」という形にならざるを得なかったことである。その意味では藩閥は派閥の母体といえるが、この派閥的政党政治は失敗し、次に軍閥が登場する。そして戦後でこの政党政治が復活したわけだが、では大谷氏が「見つかっていません」といわれた「横割りの原理」、いいかえれば、この縦割りの組織の統合はどこが行うべきなのか。」

続いて、山本七平と天谷直弘氏の対談

山本 調整機能は本来、閣議がやるべきでしょうね。

天谷 それがまた、日本の官僚制の非常に大きな特徴の一つにもなっているんですが、内聞官僚はいないということなんです。大蔵官僚はいる、通産官僚もいる、しかし、内閣官僚はいないわけです。内閣官僚は、益荒男派出夫で、各省からみな出かけている。

山本 ほんとだ。(笑)総理補佐官というのがそうですね。

大谷 先はどもいいましたように、日本のビューロクラシーは、本来、藩であり共同体であり、終身雇用になっており、したがってフランチャイズ、テリトリーがはっきりしていなければ力を発揮できない。ところが、内閣というテリトリーを見ますと、終身雇用になっていない。各省から全部派遣されている。ですから、内閣官僚制は存在しないということになってしまう。アメリカですと、ホワイトハウスがものすごく強いわけで、たとえばニクソンを補佐するハルトマンという人は、それまで広告代理店をやってたんでしょう。

山本 そう、そう。(笑)

大谷 このおっちゃんが乗り込んできて、ある日から偉くなって、断固権力を振るうわけですけれど、日本ではそんな制度はないですからね。日本では、官僚を超えた、そういう内閣補佐官みたいなものは存在していない。アメリカの大統領補佐官に似た機能――縦割りを横に束ねる機能を日本で求めるとすれば、政党か国会かということになるんですね。

 ところが政党を見ますと、自民党に政務調査会(略称、政調会)がありますけれど、その中の商工部会とか農林部会とかみな縦割りになっている。つぎに国会に行きますと国会がまた、農林族とか商工族とか郵政族とかにわかれている。つまり、国会も政党もすべて縦割りになっていて、行政機構をコピーしてはいけない、別の原理と別の機構をもって政治と行政はバランスしなければいけないのに、まるでホモセクシュアルみたいになっているんですね。したがって、内閣の統合力も、国会と政党の統合力も低く、村々、族々が栄えている状態なんですがね。」(以上前掲書p22~25)

 そしてこの「村々、族々」を何とか統合して部分的にまとめ上げているのが派閥である。だが「派閥」は何らかの「原理」に基づく「統合機関」ではない。いわば「裏権力としての統合機関」なのである。「角番十年氏」の語ったことを、あとで「派閥とは何か、なぜ存在するのか、どこにその存在理由かおるのか」という点から読み返してみると、結局、そういう結論にならざるを得ない。いわば各省と「ホモセクシュアル」に結合している建設族、商工族、農林族等の「族々」の有力者を、「角閥」の中に統合して、これを支配しているのが角栄氏ということになろう。

 もちろん、各省の利害は対立するであろう。さらに外部からの圧力団体の利害も対立する。それぞれ対立する「族」と「村」を「派閥」という組織の中に統合し、これを握り、その矛盾を強制的に調整する能力を持つものが、統合する力、すなわち「権力」を握る。そしてその権力の源泉はまず相手を当選させることも落選させることもできる、ないしはできると信じ込ませること、すなわち選挙区の「安堵」能力に基礎がおかれており、さらに抜擢、援助その他が加わること等によって成り立っている。

 簡単にいえば「縦割り」は「当選か落選か」を握る権力で束ねられ、これが、「族」と「村」を統合できるから権力になる。ということは「裏権力」とは一言でいえば「納得治国家の派閥・人脈権力」であろう。その一面はまことに伝統的”幕藩的”である。

 大臣とは一面、各省とそれに一体化した「各省族議員」から派遣された内閣へのスポークスマンのような位置におり、その主張の代弁者たらざるを得ない。一方、派閥からの派遣者として、その派閥の領袖の意向の代弁者たらざるを得ない。従ってその派閥が強大で強力な権力を持っていれば、派閥の意向を閣議で主張する、閣議がその決定通りになれば、閣議は派閥決定の形式的な認証機関に過ぎなくなってしまう。」

 「前に天谷氏は内閣官僚のいない日本では内閣官僚は『益荒男派出夫』だといわれたが、こうなると大臣も同じことで各派閥からの益荒男派出夫ということになってしまう。そしてこうなれば、地下茎を通じて縦割り行政を横断的に握り、最大派閥を掌握して閣議を握った者が権力者ということになる。」(以上前掲書p82~p84)

 これが小泉元首相が登場し”自民党をぶっ壊す”といって内閣主導の「政治主導」体制を作り出す以前の、自民党の派閥主導の政治統合システムでした。このときは、小泉元首相は、各省大臣や与党幹部の人選を、派閥の意向を無視して一本釣りで決めたり、法案作成においても、従来省庁間の合意が前提になっていたものを、経済財政諮問会議で骨太の方針を決め、閣議決定までもっていき内閣の大方針とし、それに従った予算編成をさせたり、族議員の抵抗に対しては、与党の事前審査を受けずに法案を国会提出したりしました。

 では、こうした縦割り組織を、従来の派閥はどのようにして統合していたのでしょうか。それは、これらの縦組織間に、表からは見えない「地下茎的裏組織」を張り巡らせ、これを裏で操作することでインテグレート=統合していたのです。ガルブレイズによれば、そうした政治的権力の源泉は、個人的資質、財力、組織であり、その行使は、威嚇、褒賞、条件づけによってなされるといいます。しかし、派閥による統合の場合は、この組織が裏組織のために見えず、こうした権力行使を制度的にコントロールすることができませんでした。

 では、田中氏はこうした裏組織である派閥をどのようにコントロールし統合機関としていたのでしょうか。田中氏は、その権力の源泉である財力とは別に、個人的資質として、人を惚れ込ませる「実直さ・義理堅さ」――日本の伝統的庶民的倫理――とをもっていたといいます。また、彼自身学歴がなく学閥には無関係であったことから、実力があれば、学歴に関係なく人材登用する。またカネをばらまく場合も、自分の派閥だけでなく派閥を超えて必要と思うところに金を渡す、それも金額が多い。さらに絶対に領収書をとらないなどなど、まことに日本人の伝統的心情に即した行動をとった、と。

 また、政治家にとって最も重大な関心事は、自分の選挙地盤=所領を安堵する(=守る)ということであって、その「所領安堵」をしてくれる派閥の領袖に対しては、戦国時代の地侍がそうであったように忠誠を尽くす。そうした所領安堵のための手法が、一般会計や特別会計からのその所領を維持するための予算配分や公共事業の割り当てだったのです。そのことは、権力行使における報償に当たりますが、逆の威嚇にあたるものは(口にはしないが)「お前を落選させてやるぞ」だったそうです。

 また、もう一つの人心収攬術が、「慶弔」で、「人に会う前にその人のことを両親から親戚縁者、出身地、一族の中の有名人等々まで調べて、すぐにそこから話を始める」「特に葬式・・・こういう時絶対に義理を欠くようなことはしません」「角栄氏の特徴はそれが実に綿密なだけでなく、選挙区はもちろん官僚群にまで及んでいた」こうした努力の積み重ねが、選挙民に報償権力を行使して自己に投票させるという結果になっていたといいます。

 つまり、「実直(信頼性)、抜擢による施恩、慶弔の重視に見られる伝統的義理・人情の絶対化、あらゆる世話役、地元への面倒見のよさ(故郷の重視)等、(これが)いわゆるスキンシップ的に行われ」ることによって、権力行使における条件付けがなされ、自民党を支持する安定的な票田の育成につながっていたのです。そしてこうした手法を田中派幹部として体得し、それをひるむことなく実行に移し得た人物が、小沢一郎氏であったといいますが、氏はそうした影を今でも引きずっていますね。

 では、その問題点の基本はどこにあるのか。それは、戦後は内閣の権能が強化され、閉鎖的共同体的に運営される各省庁を政治的に統合する権能は、首相がこれを行うとされながら、「その手足たるべき内閣官僚は存在せず、補佐官は閉鎖共同体である各省からの、大臣は派閥からの、益荒男派出夫であって、統合機関としての実体を持たなかった」ということ、そのために派閥が、これを「地下根茎的組織」を通じて裏から内閣や官僚を支配することになった、という、この制度的欠陥をいかに克服するかということなのです。

 「もっとも時代は少しづつ変化し、制度を変えなければ改革はあり得ないこと、同時に制度とは、変える意志があれば変えうるという発想は、徐々にだが国民に浸透している。電電や専売の民営化、国鉄の分割案、さらに健保への私企業の参入計画等、過去には考えられなかったことが八十年代に入って徐々に出て来たのは、制度の改革ないしは見直しが基本であることが理解されてきたからであろう。

 国鉄をそのままにしておいていかに「親方日の丸でなく私企業的なマインドをもて」とお説教をしてもそれは無理な話であり、義務教育を国家独占に等しい戦時中の国民学校の制度のままにして「教育荒廃」を文部省のお説教で何とかしようとしても、それははじめから無理である。このことは、政治についてもいえる。否、政治にこそそれが最も強く主張されねばならない。

 民主制とは「法と権利の世界」が「事実の世界」に正確に対応せねばならぬ政治制度のはずである。・・・派閥の領袖たちでなく、内閣という統合の中枢機関が、真にその機能をもってはじめて「責任内閣制」という制度が「法と権利の世界」に正しく対応するはずで、それを現実化しうる制度が確立すれば、明治以来の最大の改革となるであろう。これを主張し、制度の内容を提示することが、新しく要請される「正論の政治」であろう。

 だが、そこにはもちろん、国民の「代議士なる者」への意識の変革という重要な要素が、さまざまな面で要請される。・・・いわば「・・・田中角栄方式」というべきもの、簡単に要約すれば、明治のいわゆる国庫下鍍金を選挙区につぎ込みうる能力を政治力と考え、この能力を持つ者に投票し、一方はこの能力を自己ないし自己派閥政治的資産とするという行き方、この行き方が徐々に終わりに向かいつつあるということである。」

 しかし、「これが「大分県の一村一品運動のように、地方自らの手で、その地方の特性を生かした新しい国作りという方向に進み出せば、前記の能力は、支持さるべき政治力でななくなってくる。ここに、たとえ派閥が残ってもその内実は変化せざるを得ないという前提があるであろう。長い間「外交は票にならない」といわれて来た。これは「・・・田中角栄式方式」が絶対の場合は、そういわれて当然である。だがここにはすでに政治意識の新しい変化の目が出ていると思われる。」(以上前掲書p236~238)

 まるで、今日の政治状況を踏まえて書かれた評論であるかのような錯覚を覚えますが、その後のことを少し付け加えるなら、1990年代から、こうした政治改革の気運が高まり、中選挙区制を廃止して小選挙区比例代表制が導入され、政党助成金法の成立(1994年)したということ。そしてそれが、後の小泉構造改革を可能にしたということ。また、この時期、小沢一郎氏や鳩山由紀夫氏が二大政党制を導入するため、行動を開始したということは間違いないと思います。

 ところが、2001年4月、一人の”変人”宰相が自民党に登場し、”自民党をぶっ壊す”と豪語して、こうした政治改革、いわゆる小泉構造改革(参照)に取り組みはじめました。それはまさに田中角栄方式による派閥統合システムを”ぶっ壊す”もので、そのため民主党は完全に改革政党としてのお株を奪われた格好になり、小泉劇場の前で沈黙を強いられることになりました。しかし、小泉内閣以降の自民党政権が、この政治改革路線の継承・発展に失敗し、そこに民主党がつけ込むかたちで、今回の「あれよあれよの政権交代劇」となったのです。

 こうして、現在、民主党による「政治主導」の国政運営が取り組まれているわけですが、いうまでもなくその要諦は、「官僚内閣制から内閣官僚制への転換」であることは、以上の論述によって明らかだと思います。また、そのためには公務員制度改革が必要ですが、これも小泉構造改革以来取り組まれていることですので、財政諮問会議の経験とも合わせて、閉鎖共同体的に運営される官僚組織、その他外部の圧力団体の要求に対して、「政治主導」体制をいかに確立するか、知恵を働かしていただきたいと思います。

 というのは、こうした日本の組織の閉鎖共同体的性格やその派閥体質は、なにも中央政界や省庁に特有な現象ではなく、地方の公務員組織においても、さらに「財界、労働界、学界、宗教界、言論界等々、日本の社会のすみずみまで存在し、それが政治の世界に現れているにすぎない」からです。現在は、いわゆるグローバリズムの波の直撃を受けた中央政界において「政治主導」体制の構築が話題を集めていますが、同様の問題が地方にも存在していることは、あらためて申すまでもありません。

 こうした問題点を、地方においても、それを自らの課題として主体的に取り組む必要に迫られているからこそ、今日「地方分権」が訴えられているわけで、単に中央から地方に権限委譲するというだけの話ではないのです。それにしても、国民新党の亀井氏や社民党の福島氏は、こうした課題を新政権の中で、どのように処理していくのでしょうか。また、それを鳩山首相はどのようにコントロールするのでしょうか、他称「宇宙人」自称友愛政治家鳩山由紀夫首相の真価は、その時明らかになると思います。

*二カ所の下線部は、それぞれ「豹変ぶり」「正体」としていましたが、失礼に当たると思いましたので、訂正させていただきました。(10/2)

2009年9月18日 (金)

鳩山民主党政権の”看板”に偽りはないか。――正直がなければ友愛もない

 鳩山内閣は、75%(読売新聞)という国民世論の高い支持率に迎えられて華々しくスタートしました。しかし、民主党のマニフェストに示された政策理念が”高尚”であるだけに、しばらくは混乱が続くのではないかと思います。しかし、そのうち現実社会とのすりあわせも出来て、地に足のついた議論が出来るようになるのではないでしょうか。今後の議会における自民党との丁々発止の政策論争や、マスコミによる徹底した検証報道に期待したいと思います。

 そんなわけで、しばらくは時事的な話題を離れて、「昭和の青年将校はなぜ暴走したか」の続きを書こうと思っていました。しかし、亀井静香氏が郵政改革相に就任したことで、前回書いた、民主党の脱官僚政策と小泉構造改革の親近性の認識が破れる情況が出てきました。そこで、再度、前回書いたことを再認識するために、二人の専門家の意見を紹介しておきます。一人はダイヤモンド社論説委員の辻広雅文氏、もう一人は小泉構造改革を押し進めた竹中平蔵氏です。

辻広雅文(ダイヤモンド社論説委員)

【第84回】 2009年09月16日
「直接補助」政策を掲げる民主党政権の“踏み絵”~業界団体を破壊するのか、取り込むのか

 「民主党は、子ども手当ての支給、高速道路無料化、農家戸別補償などの直接補助政策を掲げている。つまり、それは各種の業界団体を飛び越えて所得を再配分する政策である。前者が、公共事業を通じて供給側(企業、産業)をテコ入れする手法であるなら、後者は、需要側(家計、消費者)に焦点を当てる政策、と言ってもいい。

 この直接補助政策を民主党は高らかに掲げ、総選挙に圧勝、悲願の政権を手にした。そして、この未知なる与党には、ある「踏み絵」が待っている

 もう少し、説明を加えよう。中間業界団体を通じて末端にまでおカネを回す間接補助政策は、二つの柱に支えられていた。一つは、補助金、助成金などの特別な予算措置であり、もう一つは、法規制あるいは裁量規制によって生じる超過利潤である。前述した農業、郵政関連事業、医療などが典型的な規制保護産業であったことは、言うまでもない。(*これが、戦後自民党が築き上げた国土均等発展、地域間や家計間の格差を是正する所得再配分システムである。)

 ところが、日本経済が低成長時代に入り、そこにバブル崩壊が加わって長期低迷に至ると、補助金や助成金などの優遇措置の原資である税収が減少した。公債発行による借金も世界一の水準に達した。そうして、税金が流れ出す蛇口は止まり、還流ルートは細る一方になった。一つの柱が崩れそうになれば、もう一つの柱にしがみつこうとするのは理の当然である。中間業界団体は、規制保護による既得権にますます固執するようになった――。

 そこにメスを入れたのが、小泉政権であった。構造改革によって、規制を外し、既得権を剥ぎ、生産性を向上させようとした。長きに渡って二重の保護政策に使って(浸って=筆者)きた規制産業は、すっかり競争力をなくしてしまっていたからである。経済の活性化を本気で志向する政府であれば、遅すぎるほど政策であった。

 だが、後を引き継いだ三代の自民党政権は、小泉政権がさまざまな格差を拡大したと批判されると、構造改革路線を次第に離れ、かっての間接補助型の所得再分配方式に回帰し始めた。その結果、自民党は二つの相反する主張を持つ層からともに批判されることになった。格差拡大に怒り、その是正が不十分だと不満を持つ層と、構造改革路線が中途半端に終わり、既得権益層の逆襲が始まっていると批判する層である。

 この二つの層がともに自民党を拒否し、民主党を支持した。あるいは、巧みに民主党が引き込むことに成功した。これが、総選挙における民主大勝の理由である。

 しかし、この大勝によって、民主党は難問を抱えることになった。相反する主張を持つ層に対して、どちらも満足させる政策を打つことなどできない。どちらを向くべきなのか、踏み絵を踏まなければならないのである。

 彼らの政策手法は、直接補助である。上記したように、間接補助の仕組みは維持しようにも維持できない時代背景もある。とすれば、おカネの流れから中間業界団体を外す傾向を強めることになる。

 実際、農家に対する戸別補償は直接補助の最たるものであり、農協組織に多大なる打撃を与えることになるだろう。小沢一郎代表代行も、農業改革における農協の存在を障害だと口にすることがある。その狙いは、自民党族議員―農協―農水省という鉄のトライアングルの解体であろう。

 また、民主党のマニュフェストには、厚労省と文科省に分かれている育児支援を一元的に担当する「子ども家庭省」の設置が盛り込まれている。つまり、保育園と幼稚園の一元化である。両者の一元化によって、それぞれに関係するあまたの協会、団体などを廃止し、助成金、補助金などを取り上げ、その代わりに、育児家庭に直接補助を行うのである。

このように中間業界団体を干上がるに仕向けて、自民党型の既得権益維持システムを破壊する方向に進むなら、民主党は構造改革推進派の支持を重視する政権運営に舵を切ることになる。

 ところが、構造改革による既得権益打破の象徴である郵政民営化に対しては、まったく逆の政策を遂行しようとしている。国民新党を連立に加え、日本郵政の4分社化は凍結、西川善文社長を辞めさせ、一体化にまで逆行させようか、という意気込みである。

 これらの正反対の政策の混在を、どう考えたらいいのだろう。

 総選挙で大勝したことで抱え込んだ踏み絵という難題を、まだ整理できていないのかもしれない。そうではなくて十分理解しているのだが、例えば日本郵政の労組を始めとして支持、支援してもらった団体には配慮せざるを得ないという政治的リアリズムゆえかもしれない。もっとずる賢く、農協外しや育児支援一元化という先制パンチを、他の業界の中間団体がどれほど恐れ、恭順の意を示すのかをじっと観察し、いずれ取り込みを図ろう、という心積りかもしれない。この場合は、いくつかの既得権維持システムは変形されて、民主党に引き継がれることになるだろう。おそらく、こうしたさまざまな事情、思惑が民主党内部にうず巻き始めているのだろう。

 最後に、もう一度、直接補助政策の特質に立ち戻りたい。

 間接補助政策からの転換を図るということは、その産業を保護している規制を外せるということである。技術革新を生み、生産性が向上するような自由競争的な市場を制度設計できるということである。それは他方で、正当な競争の上に敗れた企業には退出を促し、雇用維持のための過剰な政府支援は行わないという自由主義的冷淡さを併せ持つ政策である。

 しかし、その一方で、個人が仮に失業しても生活を維持し、なおかつ職場に復帰できる支援システムを社会保障政策として遂行する、つまり、個人に直接補助し、護る、という政策である。

 旧産業再生機構の専務を務め、現在は経営基盤共創基盤センター代表である冨山和彦氏は、直接補助政策の本質を、「企業や産業を競争に追い込み、生産性向上をひたすら図ってもらうと同時に、個人に対する高福祉高負担が両立する政策だ」と表現する。

 この本質を民主党が理解しているか、その一点を注視したい。」

 以上、長文の紹介になりましたが、私も、民主党が「新しい国のかたち」の基礎を築くことができるかどうかは、まさに「この本質を民主党が理解しているかどうか」その一点にかかっていると思います。

 また、この点についての竹中平蔵氏の意見は次の通りです。

郵政見直しが招く大損害:竹中平蔵(慶應義塾大学教授)(1)
2009年8月18日(火)08:00
抵抗勢力と同じポジションを取った民主党

 「民主党といえば「改革」のイメージもあった。私も小泉政権に参画することが決まったとき、民主党が改革を少しはサポートしてくれるのではないか、と考えていた。しかし、フタを開けてみたら、民主党は不良債権処理にも反対、郵政民営化にも反対の姿勢を打ち出した。自民党の抵抗勢力と同じポジションを取ったのである。

 郵政民営化が国会で盛んに議論されていた時期、何人かの民主党議員から、個人的に「竹中さんのおっしゃるとおりなんですよね」などと声を掛けていただくこともあった。だが、それに対して「それなら、あなたも政治家なのですから郵政民営化に賛成されたらいかがですか」と聞くと、「いや、それはさすがに難しくて……」という、サラリーマンの中間管理職の悪しき例のような答えをいただくことが多かった。そのような個人的体験があるからこそなおさら、民主党が政権を取ったときに、実際にどのようなスタンスを取るのかは、どうしても注目せざるをえないのである。

(中略)

 今後、既得権益者たちが求めてくるのは、おそらく郵政三事業の一体化である。民営化にあたって郵便事業株式会社(日本郵便)、郵便局株式会社(郵便局)、郵便貯金銀行(ゆうちょ銀行)、郵便保険会社(かんぽ生命)に分けた郵政事業を再び一体化させるというもので、これは間違いなく民営化を中途半端なものにする。

 たとえばゆうちょ銀行の完全な民営化とは、民間の銀行と同じ銀行法を適用することである。ところが三事業を一体化すれば、銀行業務と宅配便業務を一緒に行なうことになる。これは銀行法で禁止された行為で、三事業を一体化する場合、新たな法律が必要になる。すなわち銀行法の適用を受けない銀行になり、これでは完全民営化にならない。所管も金融庁だけでなく、総務省との共管になる。総務省の権限が残るわけで、これぞまさに郵政ファミリーの悲願である。

 三事業一体化のほか、別々の会社に分かれている郵便局と郵便事業を一緒にするという話も出ているが、これも危険である。彼らだけで、かつての郵政の91パーセントを占める。せっかく民営化で4分割したのに、9割以上を一緒にしてしまうことになるのである。これもまた郵政ファミリーの悲願で、民営化すれば官のガバナンスから離れて自由度が高まる一方、中途半端な民営化だから、責任は民間より軽い。そこに巨大な郵政ファミリーが生まれれば、まさにやりたい放題である。

 民主党政権になって、中途半端な民営化になれば、残念ながら郵政民営化は「失敗に終わる」だろう。郵政民営化が失敗すれば、その負担は全部国民にかかってくる。一方で郵政ファミリーは、ぬくぬくと生きる。これはかつての国鉄と同じ構図である。国鉄時代は毎年赤字でも職員はぬくぬくとし、一方で運賃をどんどん値上げしていた。それが民営化以降、大幅な値上げはなくなったのだ。 

(中略)

 今後の日本を考えるとき、まず覚えておきたいのは、いまの民主党人気がバブルだということである。実力以上に、期待や評価が高い。このことは、7月の東京都議選を見てもわかる。結果は民主党の圧勝だったが、民主党の候補者は自民党の候補者に比べ、どう見ても実績や実力では劣るように映る。8月末の国政選挙でも、同じ事が起きるだろう。

 バブルがひとたび起これば、その後の道は2つしかない。1つは実力を高め、評価に近づけることで、これこそ国民にとって望ましい道である。だがそれができない場合、いずれバブルが崩壊し、民主党は徹底的に叩かれる。

 このとき何が起きるかというと、国債の暴落である。日本経済に対する世界の信認は、すでに大きく揺らいでいる。株価を見れば明らかで、世界的大不況のなか、アメリカとヨーロッパは株価が5年前に戻っている。中国は2年半前と同じで、日本はどうかというと、26年前と同じなのだ。官僚社会主義の跋扈により、日本経済は26年前まで戻ってしまったのである。
 
 しかも現在も、財政赤字がどんどん増えている。「このままだと失われた10年になる」という声もあるが、とんでもない。1990年代の「失われた10年」のときは、始まりの時点で日本は黒字だった。ところが今回は、赤字からのスタートである。このままでは日本経済は10年ももつまい。そうした日本に対するマーケットからの警告が、まず国債市場を通して表れる可能性は高い。

 それを止める手だては、民主党が実力を付けて改革を行なうか、さもなくば民主党バブル崩壊後、自民党の改革派と民主党の改革派が正しい政策を掲げるしかない。結局は日本経済を強くして、成長させないことには、何をやってもうまくいかないのである。福祉の充実にしても、まずは所得がなければ話にならない。所得があって初めて、それをいかに再配分するかの議論ができる。所得を増やすには成長が必要で、そのために求められるのが日本経済を強くするための仕組みの変換、つまり構造改革なのである。

 いま構造改革というと、「格差を拡大するもの」と見なす風潮が強いが、これは大きな間違いである。メディアも「小泉構造改革によって格差が拡大した」などと喧伝しているが、これは構造改革によって既得権益を失う人たちのネガティブキャンペーンに毒された結果といっていい。少なくとも小泉改革の時代、格差は拡大していない。このことは、所得の格差や不平等の指標であるジニ係数を見れば明らかだ。当然の話で、経済が拡大し失業者が減れば、格差は縮小するのである。そんな当たり前の話を無視し、既得権益を失いたくない人たちのウソに騙され、みんなで改革を止めようとしていることに、早く気付かなければならない。」

 私は、今日の郵政民営化をめぐる日本の政治状況のはなはだしい混乱を見ていると、かっての国鉄民営化の時のことを思い出します。あの時の改革に伴う”痛み”は大きかった。相当数の自殺者も出た。それに比べると、今回の郵政民営化に伴って生じた”痛み”って一体なんだろう?少なくともユーザーから見て郵便局が不便になったとは思えないし、ATMなどは随分利用しやすくなった。

 違いは、国鉄改革の時は反対勢力は労組のみ(それも分裂していた)だったが、郵政改革の場合は、労組のほか特定郵便局長や郵政ファミリー、そこに天下っている官僚群など膨大な既得権者がいたということ。さらには鳩山総務相や麻生首相など政府首脳がブレたこと。それに民主党が党利党略でつけ込んだこと。つまり、それだけ既得権が甘く大きく、その政治的抵抗力が強かった、ということではないかと思います。

 しかし、そのために、竹中氏が予測するような日本経済の混乱が起これば、民主党は厳しくその責任を問われることになるでしょう。そうならないためには、辻広氏がいうように、民主党がその直接補助政策の本質を「企業や産業を競争に追い込み、生産性向上をひたすら図ってもらうと同時に、個人に対する高福祉高負担が両立する政策」と思い定める事が必要です。それは、一面、小泉構造改革を継承することでもあります。

 民主党のマニフェストに示された「新しい国のかたち」が大変魅力的なものであるだけに、民主党には、ゴマカシのない正々堂々たる議論を期待したいと思います。正直がなければ友愛もない、私はそう考えます。

(校正9/19)

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