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カテゴリー「義務教育国庫負担制度のゆくえ」の記事

2007年1月 1日 (月)

国庫負担は定数問題である

私は、平成5年1月号の『学校事務』誌に「国庫負担は定数問題である」という論文を発表した。この論文は、同誌編集長であった山口克夫氏より「名論分」との評価を受け、その後、『学校事務職員の給与費等の国庫負担問題の10年』と題する特別増刊号に収録された。これは、学校事務職員問題を現行教育委員会制度の二重管理構造の中で理解するとともに、その問題の所在を定数問題にあると喝破したものである。市町村合併が進んでいる今日から見ると、多少の読替を必要とする箇所もあるが、その基本的視点は共同実施による学校事務の組織化が話題になっている今日においても、なおその重要性を失っていないと考える。

「国庫負担問題は定数問題である」「teisuumondai.htm」をダウンロード

義務教育国庫負担制度のゆくえ

(「宮事研」ホームページ過去ログです)
 
三位一体改革における義務教育費国庫負担金の取扱について(2004.12.4))

 去る11月26日、標記の件について政府・与党の合意がなされました。(「資料室」に関連資料をアップします。)
① 義務教育費については、その根幹を維持し、国の責任を引き 続き堅持する。その方針の下、費用負担については地方案を生 かす方策を検討し、また教育水準の維持向上を含む教育のあり 方について幅広く検討する。こうした問題については、平成1 7年度秋までに中央教育審議会において結論を得る。
② 中央教育審議会の結論が出るまでの平成17年度予算につい ては、安定措置を講ずる。
として、
1 義務教育国庫負担金の改革については、全体像において85 00億円程度の減額を計上する。
2 その間、17年度の暫定措置として4250億円程度を減額 することとし、その旨を法律で規定する。
3 17年度において、税源移譲予定特例交付金に4350億円 程度を加える。その額は、教職員給与費を基本として配分す  る。
4 「三位一体の改革に関する基本的枠組み」に基づき17年秋 の中教審の答申を得て、18年度において恒久措置を講ずる。

 文科省としては、17年度秋の中教審答申を得た後に、「恒久措置」を講ずるとしたところが、大成功だったといえるのではないかと思います。
 当然、そこでは義務教育における国と地方の役割分担のあり方、財源保障のあり方が検討されるものと思います。
 私は、前者における議論の中心は「教育委員会制度の改革」だと思います。後者は、おそらく「交付金化」の方向ではないかと思います。
 もちろん、総会のあいさつで申し上げましたように、その改革の基底の流れは、「地方自治」に「学校経営」システムをどう組み込むか、ということです。
 ようやく教育界も、「戦後」を卒業することができそうです。でも、卒業するためには、その間に何を学んだかということが問われます。
 私たちは、「状況倫理」の世界に住んでおり、状況が変わると過去の言動を忘れてしまう傾向がありますが、それでは過去は卒業できません。
 そこで、そうした戦後教育界の反省点も踏まえながら、今回の教育委員会制度改革の具体的方策について考えてみたいと思います。あくまで私見ということで・・・。

義務教育国庫負担制度の行方1(2005.2.22)

 国庫負担制度の今後のあり方について、学校事務職員の身分とも関係しますから、基本的な考え方を整理しておきます。
 わが国の義務教育に対する国庫負担制度の端緒となったのは大正7年の市町村義務教育費国庫負担法です。これにより、市町村立小学校教員給与の一部を国庫負担とすることが認められました。当時は、地方財政中に占める教育費の割合が極めて大きかったことから、同法の国庫支出金は地方財政能力の格差を調整する機能をはたしたとされます。
 昭和15年になると、この義務教育費国庫負担法は,同年の勅令により道府県支弁となった尋常小学校教員給与の半額を国庫負担とすることになりました。ここに義務教育教員給与の府県支出と、これに対する国庫の半額負担および一般的地方財政調整交付金を組み合わせる安定した義務教育費国庫負担制度が確立いたしました。
 戦後の昭和25年に、地方財政平衡交付金制度(地方交付税)により、特定の使途を定めた国庫負担・補助金のすべてが廃止され、義務教育費国庫負担法も廃止されましたが、しかし同制度の下で地方自治にゆだねられた教育費は往々にして削減の対象となり、地方教育費の水準の低下が深刻化したとされます。
 そこで、昭和28年に義務教育費国庫負担法(新法)が義務教育水準の維持・向上を目的として、平衡交付金制度の例外として、旧法と同様の義務教育教員給与の半額国庫負担制度が復活し今日に至っています。新法では併せて教材費の一部が国庫負担とされ、昭和33年の改正以降半額国庫負担となりました。(以上平凡社「世界大百科事典」参照)
 ところで、義務制学校に事務職員が配置されるようになったのは昭和22年の学校教育法からで身分は地方事務官とされ、昭和23年の市町村立学校給与負担法により教員と同様県費負担職員となりました。
 同年の教育委員会法により職名が「事務職員」となり、昭和28年の義務教育国庫負担法によって、給与の半額が国庫負担となりました。
 一方、昭和25年(朝鮮戦争が契機となる)以降の教育界は、わが国の文教政策をめぐる政府文部省と日教組を中心とする勢力の激しい対立関係の中に置かれることになりました。
 しかし、そうした混乱にもかかわらず、戦後の小中教育が国際的に高い評価を受けるようになったのは、とりもなおさず、わが国の義務教育が国の統一的な基準(指導要領等)のもとに効果的に運営されてきたからであります。そして、こうした施策展開を担保したものが、とりもなおさず「義務教育費国庫負担制度」でありました。
 しかしながら、昭和60年代に入ると、この国庫負担制度を維持することが国にとって財政的に困難となり、こうして本法制定以来拡充の一途をたどってきた義務教育国庫負担制度はその後漸次負担対象を縮小され、今日、教職員の給与費を残すのみとなりました。そしていよいよ、その給与費が国庫負担の対象から外されようとしているのです。
 ではなぜ、このように歴史的にその必要性が確かめられてきた義務教育費国庫負担制度の存在意義が疑われるようになったのでしょうか。
 それは、昭和60年当時は、国の財政に比べて地方財政の方が相対的に裕福だと思われていたからで、要するに当時の議論は地方への負担転化の話でしかなかったのです。
 しかし、今日はそのような財政的に余裕のある地方自治体はほとんどなくなっています。なのに国庫負担廃止の議論は健在です。なぜかというと、「義務教育費国庫負担制度のために地方教育行政の主体性が損われており、地方の特色や創意を生かした学校運営ができなくなっている」との危惧が生じているからです。
 そこで問題は、「国庫負担制度による財源の確保」と、「地方の学校管理運営における自由裁量性を確保」という二つの課題をどう関係づけて考えるか、ということです。
 これが矛盾対立関係にあるとすれば、国庫負担制度を廃止して、地方交付税化すべきとなります。
 しかし、両者は必ずしも矛盾対立するものではないことは、今までの歴史を見ても明らかです。
 確かに、国庫負担制度を通して地方の学校管理運営上の裁量権が相当制限されてきた側面もありました。
 しかし、主任制にしても職員会議の設置にしても、学校評議員にしても最近の学校評議会の設置にしても、結局その基本的なねらいは、学校の伝統的で閉鎖的な組織運営体制を打破しようとするところにあったように思われます。
 実際、地方が、こうした課題に対してどれだけ積極的に取り組んだか、ということは大変疑問な訳で「地方に行くほど保守化する」傾向もあるのです。
 こう考えると、国庫負担問題を考える場合、まずしておかなければならないことは、義務教育における「国と地方の役割分担」を明らかにするということ、その次に、地方における都道府県と市町村の役割分担を明らかにすることです。

義務教育国庫負担制度の行方2(2005.2.27)

 次に、教育委員会事務局を含めた学校管理運営組織は今後どうななっていくのかということについて考えてみます。(月刊誌「学校事務」4月号に掲載した私論の一部です。)
 伝えられるところでは、今年の秋をめどに中教審の論議を経て、その基本的な方向性が決定されるとのことです。
 そこで、以下、先に述べたような「ゆとり教育」や「総合的学習」などの教育課程をめぐる全般的な見直しの動きの中で、「三位一体改革」後の教育行財政制度がどうなっていくのかということについて、私なりの考えを述べさせていただきます。
 何事においてもそうですが、一つのシステムが行き詰まったとき、それを改革するためのキーは、そのシステムにおいて矛盾が集中する部位に隠されているものです。そして、今日のわが国の教育行財政制度においてその矛盾が最も集中している部位は、公立小中学校の事務職員制度です。
 従って、ここに集中している矛盾の正体を見届けることがまず必要です。それが、公立小中学校の事務職員の職務を不安定にしている原因となっているからです。
 現在の教育委員会制度の最大の矛盾、それは、公立小中学校の管理機関が都道府県教育委員会と市町村教育委員会に2分されていることにあります。つまり、そのどちらが、所管する学校の管理運営の責任主体であるのかわからない状態になっていることです。
 これが、公立小中学校の事務職員の職務の系統性及びその帰属意識を混乱させ、その職務に従事する事務職員の身分を都道府県と市町村に分裂させ、教育委員会事務局との間の人事交流をせき止めて学校の閉鎖職にした元凶なのです。
 では、どうしてこのようなおかしな仕組みになったのかということについては、私は平成5年に本誌に発表した「国庫負担問題は定数問題である」と題する論文の中で詳述しました。繰り返しになりますが、今後の教育行財政制度の行方を見極める上で重要だと思われますので、その要点を述べさせていただきます。
 まず、教育委員会の設置単位については、旧教育委員会法成立(昭和23年)以降も、当時の市町村単位に教育委員会を設置することに賛成する意見はほとんどなく、昭和27年には三度その義務設置を延期する法案が用意されていたこと。
 しかし、政府自由党は、当時、都道府県レベルで勢力伸長著しかった日教組勢力を分断掣肘するために、教育委員会を市町村の義務設置とすることを延期する法案をあえて廃案に追い込み、その結果、教育委員会は全国の市町村に義務設置となったこと。
 しかし、こうして導入された教育委員会制度は、地方自治体の長部局から相対的に自立したものであったたために、その設置当初(昭和27年)から、地方自治の総合行政に反するものとして自治体の長の反対が強かったこと。
 こうした矛盾対立する関係に一定の整理をつけたものが、昭和31年の「地教行法」で、そのポイントは、市町村を設置単位とする教育員会制度を名目的に残す一方、文部省を中心とする中央集権的な教育行政システムを確立することでした。義務教育国庫負担制度は、そうした文部省の施策展開を財政的に担保するものとして、その後次第に拡充して行きました。
 一方、自治体の長は、この「地教行法」によって「教育予算権」を回復し、合わせて教育委員の公選制が廃止され長による任命制となったことで、とりあえず教育委員会制度に対する攻撃の矛先を収めました。
 いうまでもなく、こうした妥協を余儀なくさせた時代背景にあったものが、その後、一段と厳しさを増す文部省対日教組の学校管理運営をめぐる対立構造にあったことは申すまでもありません。
 しかし、こうした文部省と日教組の対立関係も、1991年のソビエト崩壊以降、次第に収束へと向かいます。そして、この後に顕在化してきた問題が、先述した「地教行法」によって確立した文部省中心の中央集権的な教育行財政システムなのです。
 いうまでもなく、この文部省中心の中央集権的な教育行財政システムは、その形骸化が指摘されて久しい教育委員会制度と密接にリンクしていますので、それが今回の国庫負担制度の見直しを契機に教育委員会制度の見直しに発展すると思われます。

義務教育国庫負担制度の行方3(2005.2.27)

 では、次に、私の考える、現行教育委員会制度の見直しのポイントを指摘しておきます。
・ 学校の管理運営をめぐる二重管理構造は解消さるべきこと。市川昭午氏が予てより主張してきた通り、県教委は狭義の教育行政機能を、合併後の広域自治体は学校経営機能を分担すべきだと思います。
・ 次に、この後者の学校経営機能を担う組織がどのようなものとなるか、自治体の一部局として運営すべきか、それとも独立した法人格を持つ学校経営体とすべきかは意見の分かれるところです。
・ しかし、その判断のポイントは、私は、学校とこの新設の学校経営体(組織)との人事交流が可能となり、それによって学校経営に当たる専門的人材の育成が可能なシステムにするということだと思います。
・ 当然、学校事務職員の任用はこの学校経営体の事務職員と一本化し、事務室においても一体的な組織運営ができるようにすべきです。
・ その場合の事務職員の配置は、学校の規模や事務量に応じ、正規職員のほか臨時的任用職員等の採用とも組み合わせて、基本的な複数配置体制(極小規模校を除く)を確立すべきです。
 私は、1999年7月号「学校事務」に掲載した「『共同実施』!やってみようではありませんか」で「1997年学校基本調査による全国の小中学校学級 規模別定数試算表」を作成していますが、この段階でも、現有の県費負担事務職員定数と市町村費事務職員配置数によって、中規模以上の事務職員の複数配置が可能でした。(臨時的任用職員等と組み合わせればさらに余裕のある配置ができます)
・ 学校運営組織は、基本的に、校長、教頭(副校長)、事務部長、教務部長の4役体制 とすること。この場合、教育課程管理における教務部長の役割を強化し、校長職の直接の補佐職として現在の教頭職を副校長職とし、事務部長からも副校長、校長となる昇進ルートを確保すべきです。
・ その上で、学校単位の学校事務機能を強化するため、一定地域における学校事務の共同実施組織を編成し、係制による組織的な事務処理体制を確立します。その場合の「共同実施」加配は、全体的な事務職員の定数配置基準に含めます。

 以上のように考えてくると、公立小中学校の事務職員の身分は、現在のような県費負担教職員から外れて合併後の広域自治体の職員となり、新設の学校経営機関には出向という形で勤務する可能性がでてきます。
 もう一つの可能性としては、広域連合組織に教育委員会を設置することが考えられます。広域連合では、都道府県と市町村が連携して組織運営することができますので、職員も県費負担職員と市町村職員が相乗りする形で組織することができます。
 もちろん、この新設の学校経営機関と学校とは、学校経営機能を担う上で一体的に行動することになりますから、当然のことながら、学校に配置される事務職員と学校経営機関に勤務する事務職員は職員制度上も一本化されます。
 また、このように学校経営機能が自治体単位で強化されることになった場合、教員の任用どうなるでしょうか。おそらく、その教職としての専門性が重視され、従来の終身雇用的な任用のあり方から契約的な任用関係に変わっていくかもしれません。
 しかし、このように学校職員の任用関係が新たなものになるといっても、義務教育は「公教育の中核」としての性質を持っていますから、この学校経営機関に対する最終的な監督権は自治体の長に置かれると思います。
 従って、教育予算の承認や、新たにこの学校経営機関に対する「評価機関」となるであろう合議制の教育委員会(評議会)の委員等の選任についても、地方自治の趣旨が生かした仕組みが採用されるものと思われます。
 このような地域社会における公立学校管理運営の基本的スタイルが確立してはじめて、地方自治の名にふさわしい、学校と地域社会の共同事業としての学校経営が可能となると思います。

義務教育国庫負担制度の行方4(2005.2.27)

 さる2月24日に「全事研セミナー」で文科省の行政説明を聞いてきました。内容的には、本ホームページでも紹介している内容の解説で取り立てて目新しい内容ではありませんでしたが、最後に、文科省としては今までの「籠城戦」から次に「打って出る」戦い方に転じるつもり、といっているのが印象的でした。
 その策を具体的に述べることはしませんでしたが、その一つは、学力低下問題(この元凶とされる「ゆとり教育」については、「詰め込み教育の苦しみから救出するというのは多分に建前である。本当のところは、資質と意欲のある生徒には能力を最大限に伸ばしてもらう一方、資質と意欲に乏しい生徒にはそれほど無理をしてもらう必要はないということであろう」(市川昭午「教職研修03’12月号p116」)を契機に、学力テストや教職員の評価制度等を通じて、文科省の主導権の再構築を図り、その手段としての国庫負担制度の必要性を訴える、ということでしょう。
 それから、事務職員に関係することでひとつの可能性としては、合併後の自治体(市)に対して直接国庫負担する方策の検討ということが考えられます。例えば、市町村立学校の事務職員の人件費を直接市に国庫負担するという考え方です。
 東京都の市の教育長会は、事務職員の配置については都の職員ではなく市の職員を配置すること、ついてはその財源保障をしていただきい旨申し入れています。
 いずれにしろ、本県の宮崎市に見る如く、市町村合併が進み自治体の学校管理運営能力が高まるほど、そうした要望が強くなることは明らかで、県との軋轢は今後一層深刻の度を増してくるものと思われます。文科省がこうした地方の「隙」を見逃すはずはありません。
 いずれにしても、義務教育について国が財源補償の問題も含めてその関与を放棄することは考えられません。問題は、むしろ地方教育行政における先に述べた「二重管理」の問題にあることは明らかです。義務教育については、合併後の市にその管理運営の権限をシフトしていく、その基本的仕組みの中でその財源保障としての国庫負担制度を維持する、というのがこの問題の「落としどころ」なのではないでしょうか。

「義務教育国庫負担法」問題の所在はどこに(2005.10.15)
 10月12日中教審義務教育特別部会の答申素案が提示されました。
 内容は、義務教育費国庫負担制度について維持することを柱とするもののようです。これに対し、中学校「職員給与8500億円の負担金削減を求める地方6団体側は反発し、反対意見を盛り込んだ両論併記とすることを強く求めた。」とされます。
 一方、小泉首相は、削減について「既定方針だ」として中山文科相に「地方案を尊重するよう指示した」とされ、片山氏も(前総務大臣)も、これでは「国の権限縮小にはならない」「今の義務教育は荒廃している」「政治の場で決めなきゃしょうがない、審議会は責任をとるところじゃない」(内外教育10.14)と述べたとされます。
 一方、中山文科相は、「地方団体の中にもいろいろな意見があり、制度堅持を求める声が非常に強い」との認識を示した上で、負担堅持の必要性を改めて強調した、とされます。
 さて、いよいよ大詰めですが、この問題どうなるでしょう?
 私見を申し上げますが、私は、この国庫負担をめぐる攻防(これについては、私は、平成9年に「教育委員会制度もう一つの攻防」というタイトルで雑誌に論文発表しています)は、本当の「問題の所在」ではないと思います。
 というのは、これは、ある事業について金をどこから持ってくるか、それを誰が使うかの争いであって、その事業自体のあり方や組織のあり方及びその運営方法についての議論をすっとばかしているからです。問われているのはこれなのに!
 「地方分権や民営化」というその言葉の趣旨は、早い話が学校経営の責任主体を明確にするということです。そして、これは県レベルではなくその設置者である市(町村)レベルで考えざるを得ない。
 難問は、このレベルで、どう学校経営の責任主体及びその専門的執行機関を「制度的に」に確立するか、それに伴う職員制度をどう改革するか、ということなのです。ということは、「地教行法」の抜本改革は不可欠ということです。(なぜ、文科省は手直しですまそうとするのか?)
 とすると、小泉首相は、今回は失敗する可能性が大きい。というのは、彼の周辺にこの制度のあり方を具体的な政策として提言できるものが見あたらないからです。地方の側も片山氏程度では無理ですね(発言を見る限り)。つまり、国庫負担問題は、この手続きをとばして決着できないということです。(やれば暴力になる)
 ではどうするか。場合によっては、その新しい制度をどうするかについて、その政策立案機関の設置も含めて、しきりなおし、ということになりかねませんね。あくまでも私見ですが・・・。

政治的決着があるなら(2005.10.20)
 前回述べたとおり、国庫負担問題は中教審答申と地方6団体及び首相の意向が対立する形になっています。しかし、この6団体というのはどれほど地方の意見を代表しているかきわめて疑問で、「日本の教育を考える10人委員会」によるアンケート調査では、全国の市町村町の実に82%が国庫負担制度維持に賛成と回答したと報じられています。(「内外教育」10月18日)
 この問題については、前回述べたとおり制度論としての決着が当面困難だとすれば、本年度の負担金削減分8500億円をどこから持ってくるかが問題になりますが、これは現在の2分の一の負担割合を切り下げ、三分の一にすることで約8000億円が生み出されますので、この方法で「政治決着」が図られる可能性があると、同誌は伝えています。
 確かにその可能性もありますが、問題の先送りであることは間違いありません。

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