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カテゴリー「教育改革を考える」の記事

2012年1月10日 (火)

橋下徹大阪市長への提言――府教育基本条例案は早急に撤回し教育委員会制度の改革を目指すべき

アゴラ言論プラットフォーム掲載論文

 大阪府教育基本条例案を読んでみました。率直に言って、この条例制定の動機は政治的過ぎるし、また適法性にも欠ける(『大阪維新の会「教育基本条例」何が問題か』市川昭午著参照)ので、これは早急に撤回した方がいいと思いました。これにこだわっていると、民主党が「ばらまきマニフェスト」にこだわったために、政治改革の本筋を見失ったように、折角の「維新」が元の木阿弥になるおそれがあります。それよりも、諸悪の根源は教育委員会制度にあるのですから、これを、地方自治体が責任を持って学校経営できるものに変えるよう全力を尽くすべきです。そうしない限り、地方教育行政組織の機能不全は今後も続きます。

 実は、日本における教育委員会制度の機能不全という問題は今に始まったことではなく、それが立法趣旨通りに機能したことは、昭和23年に教育委員会法が制定されて以来一度もないのです。言うまでもなくこの制度は、アメリカが占領政策の一環として日本に持ち込んだもので、戦前の教育行政を内務行政から切り離し、アメリカ生まれの教育委員会制度を日本に移植しようとしたものでした。しかし、アメリカと日本の歴史は全く違いますから、教育委員会を日本全国の市町村(当時二万以上あった)に設置することには無理があり、そのため、その義務設置を昭和27年まで延期したのです。

 しかし、昭和27年になっても、その設置単位や権限をどうすべきか等の話がまとまらなかったので、さらにその義務設置を1年延期することになり、そのための法案が政府文部省より国会に提出されました。ところが、この法案は衆院文教委員会において、突如、与党自由党によって否決され、同年八月、国会において審議未了となり、その結果、教育委員会は全国の市町村に義務設置されることになったのです。

 もともとこの法案は、文部省が大蔵自治庁とも協議し、社会党や日教組もこれに同調していたものでしたので、この法案の不成立は「文部省にとってはまさに晴天の霹靂と称すべきもの」であり、同省は「この意想外の事実に遭遇して、『周章狼狽、なすところを知らない』有様であった」といいます。

 では、なぜ与党自由党は、こうした大方の意志に反してこれを強行したのでしょうか。それは、当時、「日教組は官僚制を廃し教育の自由と教師の自由を保障することを掲げて、(都道府県)教育委員選挙に積極的に取り組み、組織力を使って組合員や推薦者を多数当選させたため、保守勢力は市町村にまで教育委員会を設置して委員に地域の有力者を送りこみ、日教組の監視を図った」ためであるとされます。

 当時、文部省にあって、その衝に当たっていた相良惟一文部省総務課長は、次のように述懐しています。「いわずとしれた、それは日教組対策に外ならなかった。日教組の進出に、強い反感と恐怖を持っていた自由党が、日教組勢力の分断を策するために、地教委をいっせいに設け、任命権をそこに移し、日教組の監視役たらしめようという意図をもったのである。」(山本敏夫、伊藤和衛共編・『新しい教育委員会制度』所収「教育委員会制のためになげく」)

 こうして全国の市町村に教育委員会が義務設置されることになったのです。つまり、日本の教育委員会制度は、もともとはアメリカが占領政策の一環として持ち込んだものですが、その占領が終わった後に、全国の市町村にそれを義務設置したのは、時の政権党自由党だったのです。その目的は、市町村に教育委員会を設置し、そこに教職員の任命権を移すことで、地域の有力者の力で、日教組の勢力伸長を掣肘することにありました。

 しかし、こうして発足した教育委員会制度は「必要な諸要件の未整備という客観的に不利な条件のほかに、創置後年月の浅いこの制度の運営に、委員たちが十分習熟しないというやむを得ない事情もあって」、市町村教育委員会は、教員人事や財政活動など実際の運営面において、種々の混乱を引き起こすことになりました。このため、特に、行財政面で教育委員会と密接な関連を有する地方自治体側から地教委(=市町村教育委員会)廃止の激しい運動が湧き起こりました。

 しかし、政府はこれらの廃止論に対して、当初は日教組対策の思惑もあってその「育成策」を主張して譲りませんでした。ところが、地方財政の窮迫や教員人事の停滞等により批判的世論が高まったため、この根本的改正を企図するようになりました。その手はじめが「地財再建法」(s30.2.29公布)及び「地方自治法一部改正法」(s31.6.12公布)で、これにより、教育委員会の財政権が大きく制限されることになりました。もちろんこれは、地方自治体側の要求に沿ったものでした。

 そして、その総仕上げとして提出されたものが、現行の「地方教育行政の組織及び運営に関する法律案」(s31.6.30)でした。その改正要点は第一に、教育委員の公選制を長の任命制とすること。第二に、教育委員会の予算送付権を廃し、支出命令権を長に移すこと。第三に、教職員の人事権を都道府県教委に移すこと。また、文部省から地教委までの一貫した中央教育行政の管理体制を確立すること等でした。これによって、地方自治体の不満を一部解消すると共に、日教組監視役としての教育委員会の機能維持を図ろうとしたのです。

 これが、わが国の教育委員会制度が歴史的に抱える基本的な問題構造です。橋下氏は大阪府知事就任以来、この教育委員会の学校経営機関としての機能不全を激しく攻撃する言動を繰り返しています。そして、この機能を回復するための方策として、大阪府教育基本条例案を提案しているわけです。しかし、この条例案は現行地方教育行政制度の下においては「自爆装置」となる可能性があります。そうなってしまっては、教育委員会制度の抜本改革という本丸に切り込むことは到底できません。

 橋下氏は、この教育委員会制度の学校経営機関としての機能不全という問題に直面し、それを解決しようとしているのですから、本筋の地方分権型統治機構改革と軌を一にして、実現可能な教育委員会制度改革案を策定して欲しいと思います。そのための材料はいくらでもある。例えば、民主党の2009年の政策集には、「②現行の教育委員会制度は抜本的に見直し、自治体の長が責任をもって教育行政を行います。③学校は、保護者、地域住民、学校関係者、教育専門家等が参画する学校理事会制度により、主体的・自律的な運営を行います。」とあります。

 また、「中央教育委員会の設置」と題して、

 「教育行政における国(中央教育委員会)の役割は、①学習指導要領など全国基準を設定し、教育の機会均等に責任を持つ。②教育に対する財政支出の基準を定め、国の予算の確保に責任を持つ。③教職員の確保や法整備など、教育行政の枠組みを決定する――などに限定し、その他の権限は、最終的に地方公共団体が行使できるものとします。」

 また、「保護者や地域住民等による『学校理事会』の設置」と題して、

 「地方公共団体が設置する学校においては、保護者、地域住民、学校関係者、教育専門家等が参画する「学校理事会」が主な権限を持って運営します。学校現場に近い地域住民と保護者などが協力して学校運営を進めることによって、学校との信頼関係・絆を深め、いじめや不登校問題などにも迅速に対応できるようにしていきます。こうした学校との有機的連携・協力が生まれることは、地域コミュニティの再生・強化にもつながります。」と提言しています。

 私は、この学校理事会の下に教育長をおいて学校経営にあたらせるべきだと考えていますが、この民主党の考え方にはおおむね賛成です。しかし、これを大阪府教育基本条例案に規定する地方教育行政組織に見てみると、そもそも府教委の教育委員は現行法では知事が任命し議会の同意を受けているのに、その教育委員に対する不信が露骨に現れています。その結果、知事が学校教育目標を設定したり、任期途中で教育委員を罷免したり、議会を通じて知事が府教育委員会に是正要請をすることができるなどの規定が見られます。

 また、教職員の人事任用制度のあり方については、現行の県費負担教職員制度は、教職員の任命権・給与負担と服務監督権が都道府県と市町村に分離しているために、学校経営の責任主体が都道府県教委にあるのか市町村教委にあるのか分からなくなっていることが問題なのです。従って、これを是正するためには、教職員の任命権を市町村教委に一本化する必要がありますが、従来、小規模市町村の学校管理能力に限界があるため、現在は政令指定都市のみに任命権が委譲されているのです。

 また、教育委員会制度そのものも、行政委員会として長部局に対する相対的自律性が法制上保障されていますが、現実的には、予算編成権や予算執行権は長にあり、また、市町村教育委員会事務局の人事権は、指導主事等専門的教職員を除いて長が握っています。都道府県教育委員会の場合は、事務局の人事権を巡って教職と行政職の間で綱引きが行われますが、これは、都道府県教職員組合の組織状況によって大きく左右される。つまり教育委員会の自律性はこうした事情によっても左右されるのです。

 おそらく、大阪府の教職員団体の組織率は高いので、橋下氏にとってはそれが白河法皇における「山法師」のようなものに見えたのでしょう。ただ、その団体交渉の様子をYOUTUBEで見ると、職員団体の分が悪いようですが・・・。いずれにしても、これらの問題は、学校経営の管理主体がどこにあるのか。学校か、教育委員会か、あるいは自治体の長かが判らなくなっていることが原因なのです。従って、この問題さえ解決できれば、教職員の職務モラルは高いですから、自ずと専門的リーダーシップを発揮する方向で問題解決が可能になると思います。

*以下2パラグラフでは区市長としていましたが、大阪都構想では市は廃して区のみにするとなっていましたので、市を省きました。(1/11)

 では、以上述べたような問題点を持つ現行教育委員会制度をどのように改革すべきかということですが、これを橋下氏が構想している大阪都構想に即して言えば、まず、学校管理の最終責任は区長が負う。区長は区内の学校の経営にあたる教育長を任命する。また、その教育長による区学校経営の監督機関として保護者、地域住民、学校評議会委員、教育専門家等よりなる学校理事会(=教育委員会)を置く。区長は、この学校理事会の意見を踏まえて教育長の任命・解職を行う。また、学校には校長の他、当該校の学校経営を評価する学校評議会を置く。

 では、このように区長を区市の学校経営の最終的な責任主体とした場合、大阪都はどういう役割を果たすか、ということですが、都は都全体の広義教育行政機能(給料表の作成や勤務条件の基準の設定等)を担う事になると思います。それは、知事部局の部課で処理すればよく、合議制の教育委員会を置く必要はないと思います。また、採用試験は都が行うとしても、実際の採用・転任、昇任・昇格等は区教育長が行う。教科書採択は折角教科書検定制度があるのですから、できるだけ学校の裁量権を拡大すべきです。(下線部修正1/11)

 なお、国には、民主党の政策集にあるような「中央教育委員会」を設置する必要があります。ここでは、全国的な教育基準の設定や、教育研究・教職員研修、教育内容研究や指導技術の開発、各種教育資料の提供、教育の機会均等を保障するための教育予算の確保、教員免許の授与(教員免許を国家試験とする)、教職員定数標準の設定等の、国の教育行政の全体的枠組みを設定します。

 以上、大阪都構想に即して、あるべき地方教育行制度改革のあり方を述べてきましたが、このためには、現行教育委員会制度の抜本的改革がどうしても必要です。実は、このような教育委員会制度の改革の必要性については、過去、教育改革論議がなされるたびに繰り返し指摘されてきたのですが、その都度換骨奪胎されてしまいました。なぜか。その最大の理由は、この地方教育行政組織を巡る関係者の利害が、同床異夢で不思議に一致しているからです。

 というのは、教職員にとっては管理機関は弱体の方がいい。市町村長には予算権がある。市町村教委は人事的に長部局と一体であり、曲がりなりにも学校管理権がある。都道府県教委は知事部局に対する相対的自律性が保障されていて教職員閥が構成できる。教職員団体は組織率さえ高ければ、地公労組織を通じて教育委員会や知事部局に対するヘゲモニーを握れる。文科省は教育委員会を地方出先機関として地方教育行政に対する指導力を発揮できる、というわけです。だから、この制度が学校経営上の機能不全を起こしていても、それは関係者にとって深刻な問題とはならないのです。

 橋下氏が大阪府知事となってこれを問題としたのは、おそらく大阪府の小中学校の学力向上のため、学力テスト結果を公表しようとして、府市教育委員会に反対されたためではないかと思われます。これ加えて、府知事選で、職員団体が組織的に現職知事を支持し、公務員には禁止されている選挙活動を公然と行い、しかもこれが常態化しているということもあって、冒頭言及したような、拙速かつ感情的で適法性を欠く府教育基本条例の提案となったのではないかと思われます。

 だが、地方教育行政組織における学校経営組織の機能不全という問題は、教育委員会制度を抜本的に改革しない限り、決して解決できません。これを、府教育基本条例案に見るようなやり方――知事の教育管理権を強化したり、教職員の処分権を強化したりするようなやり方で解決できると考えることは、現行法に抵触するというだけでなく、民主政治下における権力行使の作法という点でも、余りに感情的かつ独善的であるとの批判を免れないと思います。

 といっても、大方の世評は、既得権にしがみつく現状維持勢力に対する、氏の切れの良い、長時間の応答にも耐える、明快かつ攻撃的言説に拍手喝采しているようです。確かに、決定できる民主主義、責任をとる民主主義を目指すことは正しい。また、強烈な権力意志を持つことは政治家としての必要条件です。また、氏の演説は人々の関心を的確に捉えてよどみがない。しかし、府教育基本条例案は、そうした評価を台なしにしてしまう程拙速かつ不用意なものです。

 この事実に橋下氏が一日も早く気付き、この条例案を撤回し、「克・伐・怨・欲」の悪しき感情を四絶することによって、真の、決定できる民主的リーダー、責任をとる民主的リーダーに成長されることを切に希望します。

2011年10月29日 (土)

市川昭午著『愛国心―国家・国民・教育をめぐって』――日本人の民族的アイデンティティ回復の刻印

 「愛国心の研究は筆者にとって長年の懸案であった」と、著者はこの本の「あとがき」に書いています。おそらくこうした問題意識は、氏が、陸軍幼年学校(大阪)出であり、本土決戦が予想された昭和20年5月に15歳で軍籍に編入され、死を覚悟したという「戦争体験」に根ざしているように思われます。

 その後、氏は、旧制高校(松本)を経て新制の東京大学一期生として教養学科に進学し、同大学院人文学研究科で教育行政学を専攻して後、教育行財政学者としての道を歩まれました。

 私が、はじめて氏の著書に接したのは昭和50年で、書名は『教育行政の理論と構造』でした。当時の教育界は、反体制教育運動が猖獗を極めていて、この書は、そうした運動を主導していた宗像(誠也)理論を、「現状から見ての利害得失の、情勢論ないしは時務論」として厳しく批判していました。

 当時、氏は、国立教育研究所第二研究部主任研究官であったことから、文部省や政府の教育政策に反対する「カウンター教育行政学」が主流をなす教育界において、「民研派」に対する「国研派」と見なされ、孤軍奮闘している観がありました。

 そのためか、この頃の氏の論調は大変刺激的かつポレミック(論争的)で、読んでいて胸のすくような痛快さを覚えたものです。次に、今に通用するその「痛快語録」を三つほど紹介しておきます。

 「学問上の真理は賛否に数によって決まるものではないから、政治的効果を狙うのでなければ多数説か少数説かを気にする必要はない・・・奇をてらうつもりはないが、独自の説をとる少数派であるところに研究者としての自己の存在理由があるとさえ思っている。むしろ多数説に追随し、たいこを叩いてまわるだけなら、運動員としては評価できても、研究者としての価値はないのではあるまいか。」

 「『正しい理論』と『まちがった理論』という具合に、最初から正邪、黒白が決まっているものとは考えない・・・・神ならぬ人間の見解に絶対無謬ということはありえないから、・・・それを批判する側にも誤りや欠陥は指摘できるはずであって、要は摂るべきものは摂り、捨てるべきものは捨てるという態度が肝心である。」

 「学説を批判することはその論者を道徳的に非難することにはつながらない。真理か否かは認識上の問題であり、正義か否かは価値判断の問題だから、両者は違ったカテゴリーの属する。科学的見地からすれば、客観的な正義の存在は立証できないから、善・悪のレッテルを貼ったり、特定の目的に奉仕する度合いによって理論を評価したりするのは間違っている。」(以上『教育行政の理論と構造』より)

 氏は、その後も、上記のような研究者としての基本姿勢を一貫して保持し、教育行財政に関する基礎的研究を丹念に積み上げながつつ、その後の日本の教育政策の立案に、多くの貴重な提言を行ってきました。

 しかし、その後の日本の教育界は、上述したような反体制教育運動こそ下火になりましたが、高度経済成長が終わり低成長の時代となり国家目標が見失われるようになると、今度は「個性主義教育」が唱えられる一方、「愛国心教育」の必要が主張されるなど、混沌とした状況が生まれました。

 そうした中で、氏のなした言論は、これまた大変ユニークなもので、あるいはそれは、かって「カウンター教育行政論」と闘った時以上に、教育政治の世界において、「孤立的」・・・いや私にいわせれば「屹立的」なものでありました。

 その最初の現れが、臨教審以来、わが国の教育改革の潮流となった、学校教育の「個性主義化」の動きに対する批判でした。それは、今後の学校教育改革の基本的方向として、「個性主義への転換は誤り」であり、「学校教育は個性教育には向かない」とするものでした。

 つまり、学校教育は国民国家と表裏一体のものであり、国民国家が存続し続ける以上、「ある程度均質的な集団を対象に定型的な教育を行うのは当然」であり、それに個性主義を期待するのは「木に登って魚を求めるようなもの」だ、というのです。

 こうした見解に立って、氏は、「個性主義教育は崩壊する」とその見通しを述べられました。それが正しかったことは、「新しい学力観」「生きる力」「ゆとり教育」等といった言葉や、「総合的学習」のその後のなりゆきを見れば明らかです。

 では、なぜこうした間違った教育政策が採用されたのか。それは、根本的には、学校教育の急速な大衆化・普遍化に対応するためであり、当局としては、学校の種別化、教育課程の類型化、能力別学級編成など、学校教育の多様化政策をとる必要があった。

 しかし、それを前面に出すと「平等主義」に反するとの批判を受けるので、「平等主義を貫きつつ、しかも画一主義といわれる非難を回避する」ため、それを「個性化」と称した、というのです。(『未来形の教育』「学校教育の基本動向」参照)一種の”ごまかし”だったのですね。

 次に問題となったのは、平成15年に中教審より答申された教育基本法改正問題でした。

 氏は、この見直しにあたって中教審のメンバーとなり、「新しい時代を生きる日本人の育成」「伝統、文化など次代に継承すべきものの尊重、発展」「教育振興基本計画の策定など擬態的方策の規定」の三つの観点からする、「新しい時代にふさわしい教育基本法の改正」に向けた審議に参加しました。

 その審議がどのようになされたかについては、氏の著書『教育基本法を考える――心を法律で律すべきか』に詳しく紹介されています。

 要するに、それは「自由放談会」に近いもので、部会長が「議論の大勢」を判断しそれを事務局がまとめる。都合の悪い意見は無視する。また、委員は「現行法」の制定過程もその構成原理も理解しないまま、つまり、教育基本法改正に関する本格的な議論は殆どなされなかったというのです。

 そんな中で中間報告が発表され、「教育基本法の見直しを行うべきである」という結論が示されました。その後、関係団体代表による意見陳述や、有識者の参考意見、公聴会などを経て、平成15年3月20日中教審総会において、会長より文相に対する答申がなされました。

 その時、市川氏は、特に、「教育基本法に徳目や道徳律を理念として追加すべきだとしていること」について、不賛成である旨の意見を述べられました。

 その理由は、「法律は道徳律や宗教上の戒律とは違い、あくまでも人びとの行為を律するものであって、人びとの心を律するものではないこと。従って、自由民主主義国家において、教育一般の目的や方針、徳目などを法律で規定するのは適当でない」とするものでした。(「教育一般の目的や方針」は、「教育行政の目的や方針」とすべき、という意見)

 実は、こうした観点は、終戦直後、旧教育基本法が制定された時には自覚されていて、当時の田中文部大臣は次のようにいっていました。

 「いかに教育思想が混乱し不明確であるにしろ、道徳の徳目や教育の理念に関する綱領の如きものを公権的に決定公表することは、国家の任務の逸脱であり、パターナリズムかまたはファッシズム的態度といわなければならない。」

 また、明治23年に制定された教育勅語の起草においても、当時、法制局長官であった井上毅は、時の総理大臣山県有朋に対して次のような七箇条の諌言をなしました。

一、君主は臣民の良心の自由に干渉しないこと。
二、天を敬い、神を尊ぶといった言葉は宗旨上の争いを起こすので使わないこと。
三、反対論を引き起こすので哲学や思想上の理論に巻き込まれないこと。
四、政事上の臭みを疑われないようにすること。
五、漢文の口吻と洋風の気習を吐露しないこと。
六、愚を貶めたり、悪を戒めたりしないこと。
七、特定の宗派を喜ばしたり、他の宗派を起こらせたりしないこと。

 その結果、教育勅語には「内閣大臣の副書がなく、政治上の勅語・勅令とは区別され・・・したがって、法制上の取り扱いからいえば、それは天皇個人の国民全体に対する教育理念の表明であって、政府当局の教育方針を規定したものではない」とされたのです。といっても、その後、そうした立憲君主の統治行為の「限定的配慮」は次第に消え失せていきましたが・・・。

 この間の事情を少し述べると、実は、教育勅語に述べられた道徳律は、もともとは中国の儒教の五倫(父子の親、君臣の義、夫婦の別、長幼の序、朋友の信)の教えに基づくもので、日本のオリジナルの伝統思想ではなかったのです。つまり、江戸時代以降敗戦に至るまでの日本人の道徳教育は、中国の普遍思想である儒教に基づいて行われたのです。

 では、なぜ天皇が、国民に直接教育理念を宣明するようになったのか。それは、江戸時代に朱子学が導入されて後、中国を過度に理想化する風潮が生まれ、それに対する反動として「日本こそ中国だ」とする主張がなされた。それと、記紀を重視する国学思想とが結びついて、万世一系の天皇を中心とする「忠孝一本」の家族的国体観(=尊皇思想)が生まれた、ということです。

 そのため、その尊皇思想が、もともとは中国の儒教思想に由来するものであるにおかかわらず、それが、あたかも日本神話に淵源し、万世一系の皇統によって受け継がれてきた、日本古来の伝統思想であるかのように「誤解」されるようになったのです。

 そうした儒教思想の日本的変容があって、政治的秩序を定める法と、道徳規準を定める思想とが、別の原理に基づくこと理解が失われた。確かに、日本に立憲君主制を導入した井上毅らには、その辺の事情は分かっていました。しかし、日露戦争後、日本の固有思想が論じられるようになると、教育勅語に宣明された忠孝一致の国体思想が、日本発の万邦無比の普遍思想と観念されるようになったのです。

 このように、日本を一大家族・宗族国家と見て、政治と道徳を一体のものと見る皇国史観に基づく思想が、明治維新期から呼び覚まされたことによって、戦後、教育勅語が廃止されて後も、そうした「治教一致」の統治観念が、私たちの心に潜在的に残ることになったのです。これが、教育理念や徳目を法律に規定して怪しまない、日本人の心的態度を育てました。

 市川氏は、中教審の教育基本法改正論議において、こうした観点から、教育基本法に「教育の理念や目的、道徳規範」を規定することの誤りを指摘したのです。しかし、この意見に賛同するものはほとんどいませんでした。ということは、中教審の審議に参加した委員、官僚、政治家は、明治人以下の教養しか持ち合わせていなかった、ということになりますね。

 さて、前置きが長くなりましたが、以上のように市川氏の主張を理解すると、氏がなぜ、「愛国心の研究を長年の懸案」として来たかが判ります。それは、この著書の副題にあるように、氏の長年の関心は「国家と国民の関係、その国民を育てる教育」に置かれていた、ということなのです。

 こう見てくると、かっての「カウンター教育行政論」に対する氏の批判は、それが「国家」否定の考え方に立っていたこと。「個性主義教育」論に対する批判は、それが国民を育てるという学校教育の基本的役割を無視していたこと。そして、中教審の教育基本法改革論議に対する批判は、それが国民教育としての学校教育と、国民国家を民主的に運営していくための主体性を育てるための「教育」とを区別しないことに対する批判だったことが判ります。

 結果的には、教育基本法改正については、市川氏の意見が容れられず、教育理念や目的、道徳規範が法定されることになりました。しかし、これも、市川氏が予見した通り、それによって日本の道徳教育の効果が特に上がったとも思われず、かえって「逆効果」になることさえ危惧されます。

 というのは、「本当の意味で民主的な公共の担い手、国家・社会の主体的な形成者」を育てるためには、「既存の法律を評価し、それを訂正する能力を身につけ」なければならないからです。なのに、それを法律で規定して国民に強制するようなことになれば、かえって国民から、そうした国家運営の主体的能力を奪ってしまうことになりかねないからです。

 つまり、こうした問題――「国家と国民の関係、その国民を育てる教育のあり方」を問うということは、実は、日本人にとって「愛国心」とは何か、それはどのように教えられるか、はたしてそれは可能か、を問うことと同じなのです。

 市川氏のこの本における結論は、「愛国心について論じることは、民主主義国家に生きる市民として政治的義務」とするものでした。この結論は、一見、肩すかしのようにも見えますが、実は、ここに、私たち日本人に課された超重要な思想的課題が隠されていると思います。

 それは、一体なぜ我々は、殊更に「愛国心」を論じなければならないのか、ということで、このことは、戦後の日本人が、国家を無視して、国民の安全や福祉や自立や教育のあり方を考えてきた、ということに通底しているのです。

 また、この国家を、今後民主的に運営していくためには、「愛国心」を持つと同時に、それを時代の進展に合わせて不断に作りかえていく、そうした”法を超えた”民族的主体性が求められる、ということなのです。

 そのためには、そうした日本人の主体性を支えるべき民族的アイデンティティの回復が必要である・・・。この著書の「書かれざる最後の一ページ」には、そうした市川氏のひそかなる願いが、刻印されているように、私には思われました。

2008年10月25日 (土)

最近の教育界をめぐる”ちんぶんかん”

 最近、我が国の教育や教育界のあり方をめぐって、「意外な」事件が明るみに出たり、意表を突く発言や行動が相次いで、なんだか”ちんぷんかん”な状況が生じていますので、簡単に問題点の整理をしておきます。

 まず、大分の教員採用や教頭・校長の昇任をめぐる口利き汚職事件についてですが、これについては、「教育委員会を腐敗させたのは誰か」寺脇研氏の主張について、で一通り説明しました。

 その要点は、公立学校の場合は、一種の「教員ギルド社会」がベースにあるということで、現在でも、「旧師範学校の支配体制が残っている「田舎」や、教員組合と教育委員会が癒着している都道府県が危ない。」そんなところでは、採用や昇任人事などに、表向きのルールとは別の裏のルールが働く。ただし、「大分のように「お金が動く」というのはレアケースで、普通は「お金」ではなく県会議員や地域のボスからの「圧力」が多い。また、権力者に覚えめでたくなるためには、それまで盆、暮、正月の挨拶をはじめ、雑巾がけのようなことをし尽くさなければならない」といったような、一種の派閥人事に陥るケースが多い。

 また、教育委員会の人事が、「教育委員会生え抜きの職員が出世できず、課長以上の上級職を『教員出身者』と『教育現場をよく知らない県庁からの出向者』が固め」るようになると問題が大きくなる。しかも、トップの教育長が知事部局から来た場合、教育について詳しくなく、「『じゃあ、教員出身でナンバー2の富松審議官よろしく頼みます』となる。こうして不正につながりました。」というわけ。

 そこで結論としては、「結局、問題の本質は、教員や政治家たちが、国民のために働くという世界に身を置きながら、教育を受ける側の事を誰も考えていなくて、仲間内の論理だけで動いているということです。日本という社会は、昔はすべてそうして成り立っていたともいえます。建設業界に限らず、日本全体が巨大談合社会でした。しかし、それがどんどん暴かれて、今は入札談合はできなくなりました。教育は「最後の聖域」・・・ということではないでしょうか。」ということになります。

 では、どうしたらこのような問題点を解消することができるか、ですが、最初の「教員ギルド社会」の問題について、私は、教員免許制度及びその資格基準をより客観性のある全国統一のものとするため、従来の単位制から、国家試験制度とすることを提起しました。現在はこの教員の資格基準が曖昧なため、採用試験がこれに代わるものとなり、結局、その合否判定の曖昧さが、かえって採用時の不正や新たな「教員ギルド社会」の形成につながっていると考えるからです。

 次の、教育委員会の人事構成の問題ですが、これは決して特異なケースではなく、現行教育委員会制度がもたらす当然の結果だと思います。都道府県教育委員会の場合は、知事が教育委員を任命し、その教育委員によって構成される教育委員会が教育長を任命することになっています。また、教育に関する財政権は知事部局がもっていますので、教育委員会事務局の管理部門の重要ポストは知事部局が抑えることになります。

 市町村教育委員会の場合は、市町村長が教育委員を任命しその教育委員によって構成される教育委員会が、教育委員の中から教育長を任命するようになっています。そして、教育委員会事務局職員は指導主事を除いてすべて市町村の職員です。本来は学校と教育委員会事務局は一体のものであり当然人事交流すべきですが、県費負担教職員制度のもとではこの道は閉ざされています。

 これらの事実は一体何を物語るか、寺脇氏は「問題の本質は、教員や政治家たちが、国民のために働くという世界に身を置きながら、教育を受ける側の事を誰も考えていなくて、仲間内の論理だけで動いているということです」といっています。しかし、本当は、これは教員や政治家達の個人的な心構えの問題ではなくて、そもそも現行制度下の学校経営システム総体が、教員ギルドや知事部局や市町村部局の仲間内の論理に引き裂かれていて、学校経営体としての責任主体が一体どこにあるかわからなくなっていることから起こっていることなのです。そして、このような無責任なシステムの維持に文科省が深く関わっている、この事実を、寺脇氏は文科省の「仲間内の論理」から見て見ぬふりをしているというか、隠しているというか、責任を他に転嫁していると思います。

 果たせるかな、こうした矛盾に一見傍若無人な言い方で批判を加えているのが、大阪府の橋下知事です。

 ①8月29日、橋下徹知事は、全国学力テストで大阪府小学校が45位だったことについて、「教育委員会には最悪だと言いたい。これまで『大阪の教育は…』とさんざん言っておきながら、このザマは何なんだ」と述べ、府教委を厳しく批判した。

 ② 9月7日、橋本知事は、同府箕面市で地元FM局の公開生放送に出演した際、全国学力テストの結果公表に消極的な市町村教育委員会などを指して「くそ教育委員会が、みんな『発表しない』と言うんです」と発言した。

 ③ 橋下徹知事は17日の定例会見で、全国学力テストの結果公表をめぐり、市町村別データを明らかにしないよう文科省が都道府県教委に求めていることについて、「国民の意思はお構いなしだ。市町村別データ公表を序列化というなら、(民意を踏まえないような)文科省はいらない」と批判した。

 ④ 都道府県や市町村の教育委員会の見解を、教育委員長ではなく、事務局の教育長や課長が述べているケースが多いと指摘し、「教育長がホームページで教育観を披露していることさえある。これは暴走だ。関東軍と同じだ」と訴えた。

 ⑤ 橋下知事は「自民、公明両党が本気で地方分権に取り組んでいるのか不安だ。国会議員にたびたび地方分権をお願いしているのに改革が進まない」と苦言を呈し、両党が明確な地方分権改革案を打ち出さないかぎり、次期衆院選で応援しない意向を示した。さらに地方分権改革推進を打ち出している民主党の政策を評価したうえで、「今の段階では民主党の方が地方分権に力を入れていると思う。行政の長として民主の考え方に感銘を覚える」と述べた。

 ①は、知事の府教委批判です。府の教育委員は知事が任命しますから、これはかまいませんね。②は、知事の市町村教委批判ですが、こんなこと知事がいう権限はありません。③は、学力テスト結果の公表についての文科省の都道府県教委に対する指示に対する批判です。これは一種の頭越しですから当然⑤につながります。④は、教育委員会(合議制の)が形骸化しているということ。権限のないはずの事務局が実質的にそれを支配していることを「関東軍」になぞらえていったものです。適切な比喩ではないと思いますが。⑤は、教育行政においても地方分権が必要だということをいったものです。

 まあ、橋下知事のこれらの発言は、自分の権限とか責任ということは一まず措いて、「全国学力テスト」の結果をどのように公表するかということについて直截な私見を述べた、ということにすぎないと思います。しかし、確かに現行制度の矛盾があからさまに指摘されていることも事実です。結論からいうと、これは先に大分の教員採用や教頭・校長の昇任をめぐる口利き汚職事件について私見を申し述べたとおり、今日の教育委員会制度のもとでは、とりわけ公立小中学校経営の責任主体が曖昧になっているということに尽きるのです。一体誰が公立小中学校経営について最終的な経営責任を負っているのか皆目わからない、このイライラ感を橋下知事が表明したと見るべきです。

 そして、その解決策は、まず公立学校経営の基本単位を確定すること。その上で、現在文科省、都道府県知事、都道府県教育委員会、市町村長、市町村教育委員会間でバラバラになっている学校経営権をできるだけそこに委譲し、その責任を明確化することが、必要です。そのためには、現在の教育委員会制度は抜本的に改正する必要がある。都道府県教委と市町村教委の機能分担(前者は狭義教育行政、後者は学校経営)、教育委員の選出方法やその権能の再検討、学校教育と社会教育の分離、学校経営体としての教育委員会事務局の再編、学校から事務局まで統一的な職員制度の確立などです。

 また、この公立小中学校経営に関わる文科省の権限について、現在、先に成立した改正教育基本法によって、文科省の権限が大幅に強化され、補助金制度などによる中央集権的な学校経営関与が強くなっているかのような印象があります。この点についても、先ほど述べた学校経営の責任主体の確立と矛盾しない、義務教育推進に果たすべき国の役割を明確にしていく必要があります。

 ここで、最近話題になった中山成彬元国土交通大臣の「日教組批判」について私見を申し述べておきます。氏は、現在の歴史教科書が自虐史観に陥っていることを批判して次のように言っています。

 「どこの国の教科書をみても、祖国をつくり、祖国を護った英雄達の話はいっぱい出ているが、祖先が悪いことばかりしてきたということを教えている国はない。(中略)日本民族としての自覚と素晴らしい祖先を持ったという誇り、そして世界のために貢献したいという高い志を持った青少年を育てなければならないが、そのためには、自虐史観に貫かれた今の歴史教科書を一日も早く改定することが国家百年の計として必要であると考える」(『歴史教科書への疑問』489―490頁)

 また、日本の道徳教育の再建について、次のように述べています。
 「教育勅語が謳いあげている『目指すべき教育のあり方』が、けっして間違ったものでなかったことは明白であろう。むしろ、こうした指針がなくなったことが現在の教育の荒廃を生む一因となったと理解いただけるのではないだろうか。だからこそ、私たちは、『かつての教育勅語に相当する教育理念の制定を目指すべきではないか』と提案する」(『人づくりは国の根幹です!』78頁)。

  前者の見解についてですが、私も、いわゆる「自虐史観」は好きではない。なぜか、それは、「自分を被害者の位置に置くことで自己正当化しようとするため、一方的な意見を鵜呑みにする傾向がある」からです。いずれにしろ、歴史的事実はしっかり見つめないといけない。その上で、それが自分たちの父祖の時代に起こった出来事ならば、その恩恵とともに負債も引き受けて、それを次の時代に向けて改善し発展させなければいけません。現在私が本ブログで取り組んでいる「日本近現代史をどう教えるか」というテーマもそうした作業の一つです。(アンダーラインの部分を修正10/28)

 その意味では、ほんとに教科書をよくしたいと思えば、私は、自由に教科書は作らせて、検定制度で基本的な審査をしてパスしたものについては、現場教師にその採択を任せる、それくらいの責任を教師に持たせることが必要だと思います。現在の教科書採択制度など、その建前と実態は余りに違いすぎて不信感に陥らざるを得ません。これなど現在の教育委員会制度の表と裏の乖離を象徴する出来事だと思います。まあ、(教科書問題は)国民の、国を愛する心、そして伝統的英知に信頼を寄せるしかありませんね。

 また、後者の教育勅語の評価についてですが、これは山本七平さんが見事にそれと明治憲法との関係を解明しています。この二つが、前者は道徳教育、後者が立憲君主制として相互補完しながら日本の近代化を支えるべく期待されたのですが、明治時代はそれがうまくいったのですが、昭和になってその矛盾が明らかとなり、結局、教育勅語の天皇親政という政治思想が国民の意識を支配することとなって、議会政治が崩壊し、軍が政治を支配することになったのです。

 こうした歴史的事実を踏まえながら、日本人の道徳教育のあり方を考えていくほかありませんね。それは他から強制されるものではなく、自分を内から支えるもの、いわば自律を担保するものですから、法律の規制作用でできることではないのです。確かに人間は「教えなければ禽獣に近し」ですから、人間にするための「教え」は絶対に必要ですが、それは民族の知恵として親から子へその実際の「生き方」を通して伝えていくほかないもので、これもまた日本国民の力を信じるしかありません。

 この点で、中山氏のように日教組批判をすることは、裏から見れば過度に教師に期待を寄せるもので、福田恆存などは教員に道徳教育は諦めて知識教育の徹底を勧めていたほどです。それが本物の批判力とともに知識を超えた道徳規範の大切さを教えることになると。まあ、いずれにしろ、教育勅語に語られた道徳規範は、中国の儒教の教えを元にしており、これを見ても、道徳原理などというものは国家の枠を超えるものなのです。

 それとは別に愛国心を教えるというなら、私は今中教審の会長をしている山崎正和氏の次のような意見が妥当ではないかと思います。

 「このさい私が提案したいのは、内面的な価値としての倫理を学校で教えることはあきらめ、もっぱら客観的な順法精神の寛容に徹すべきだ」

 「こうして学校で教育できることが倫理ではなく法的正義だとわかれば、そこで教えられる愛国心」とは「法と法で定められた制度からなりたつ国への愛情であり、いいかえれば、合理的な近代国家への愛情であるほかはない」

 「端的にいえば、愛されるのはたとえば『和の心』や『日本的協調』ではなく、比較的犯罪が少なく納税意識が高く、衛生や交通の秩序が守られている現在の日本であるべきなのである。」

 ところで「この日本という政治単位が初めて誕生し、全ての住民がそれに帰属意識を覚え始めたのは、近代以降のことで・・・今日では、その版図は世界的な範囲に起源をもつ芸術や社会風俗をうちに含んでいる」

 そうした「現在の多元的な日本文化のあいだで、例外的に近代国家の成立とともにつくられ、結果として国民を一元的に統一している文化は、共通語としての日本語しかない」ように思われる。

 つまり、それは「異質な価値観を媒介して、日本社会を分裂から守る最強の防波堤に他ならない。しかもこれは十分に制度的な学校教育になじみやすい対象だから、愛国心はまず思いきった国語教育の充実に徹するべきだろう。」

 まあ、こんなところではないでしょうか。

2007年2月10日 (土)

教育再生会議の提言を検証する2

(3)すべての子供に規範意識を教え、社会人としての基本を徹底する

 ここでは、「道徳の時間」の確保と充実、高校での奉仕活動の必修化などが提言されています。これについては、前回のエントリー「山崎正和氏、次期「中教審」会長に内定」で紹介したとおり、道徳教育については、「国語教育や歴史教育の充実」を通して子どもたちの規範意識を育てていく外ないと思います。

 特に、歴史教育のあり方については、外国の視点でなく「比較的犯罪が少なく納税意識が高く、衛生や交通の秩序が守られている現在の日本」を維持・発展させていくという観点から、徹底した議論を積み重ねていくことが大切だと思います。福沢諭吉のいう「独立自尊」の精神に支えられた愛国こそが求められていると思います。

(4)あらゆる手だてを総動員し、魅力的で尊敬できる先生を育てる

 ここでは、2割を社会の多様な分野から教員に採用することや、優れた教員の優遇、指導力不足教員の認定及び分限の厳格化が提言されています。
 私のこの問題に対する意見は、「教員免許を国レベルの統一試験にする」ということです。(「私の教育再建策」参照)そのことによって、教員の質を高め一定水準以上に保つことができると同時に、その受験資格制限を撤廃することによって、社会人からも意欲有る人材を幅広く教師に登用することができます。

 現在の単位取得による免許制度では、その専門職としての能力保証が十分でなく、いきおい採用試験がそれに代わることとなり、それを突破しさえすれば、その後は専門職能の成長というより官僚制的なキャリヤアップを図ることが常識となります。その結果、県レベルの排他的かつ権威主義的な教員閥が形成される、これが問題なのです。

(5)保護者や地域の信頼に真に応える学校にする

 ここでは、「教育水準保障機関」による外部評価、副校長・主幹等の新設、民間人校長など管理職に外部の人材を登用が提言されています。
 ここでの課題は、要するに、教育委員会レベルの学校経営権を確立するにはどうしたらいいかということです。これに手をつけないで、現行制度のままで文科省や外部機関による評価や統制を強化をしても、私は決して「保護者や地域の信頼に真に応える学校」を創ることにはならないと思います。このことは、そのまま次の課題につながります。

(6)教育委員会の在り方そのものを抜本的に問い直す

 ここでは、教委を住民・議会が検証する。教職員の人事権は市町村にできるだけ移譲する。5万人以下教育委員会の統廃合を行う、などが提言されています。
 まず、教育委員会を地域の専門的学校経営機関にするにはどうしたらいいか、ということですが、私見では、まず、合議制の執行機関としての教育委員会の機能と、教育委員会事務局の機能を区別する必要があると思います。その上で、前者は執行機関ではなく教育行政の評価・審査機関とし、後者は教育長を中心とする専門的学校経営機関とするべきだと思います。

 そのためには、教育委員会の統合は不可欠です。現行の地方教育行政法でも広域連合による教育委員会が設置可能なのですから、思いきって5万人以上の人口規模の地域に統合し、そこに教職員の人事権や給与決定権を都道府県から委譲すべきです。ただし、現在の単位制免許制度のもとにおいては、採用試験における名簿登載、給料表の作成、服務基準の作成などは、県域の人事調整を可能にする観点から県レベルで行い、その後の採用、昇任昇格、転任や服務監督は地教委で行うこととするのです。

 また、専門的学校経営機関である教育委員会の監督者はだれかというと、それは、その自治体の長とし、その長が教育長をリクルートしてきて地域内の学校経営を任せる。その結果については、評価・審査機関である教育委員会(スクールボード)の意見を参考に長が判断する。

 また、教育予算は当然議会の承認を必要としますが、学校予算の執行はできるだけ学校の裁量に任せる。なを、地域住民の教育に関する民意は、議会及び評価・審査機関である教育委員会を通じて自治体の教育経営に反映されることになります。

 こうした改革に手を付けるのかどうかということが、教育再生会議の今後を占う試金石になると思います。これをやらないで教育委員会の無力をあげつらい、それを根拠に中央統制を強化するなど、まさに「いいがかり行政」という外ありません。

 なぜなら、教育委員会の地域の学校経営機関としての権能をほとんど換骨奪胎したままで、つまり、市町村教育委員会から教職員人事権や給与決定権を奪ったままで、その経営改善努力を期待するなど、できるはずがないからです。

(7)社会総がかりで子供の教育にあたる

 ここでは、提言されている「早寝・早起き・朝ご飯運動」は、蔭山英男氏らの自由で地道な教育実践の中から生み出されてきたもので、これは日本の伝統的教育法を継承するものといえます。ただし、これはあくまで教師や保護者による自主的な取り組みとして推進していくべきだと思います。朝の読書もいいですよね。

 次の、「経済的・時間的に子育て困難家庭への支援」については、私も大変いいことだと思います。老人のケアーだけでなく、こうした厳しい環境におかれた子どもに対する専門的ケアーは必要だと思います。私自身、母や姉の介護で、福祉施設の職員の皆さんに親身なお世話をいただき、心から感謝しています。

 次の、「社会総がかりで子供の教育にあたる」というのは、教育の問題を社会全体で共有するということであって、自分を正義と見立てて他を非難することではないと思います。「美しい日本」とはまず、自分自身を厳しく問う言葉であって欲しいと思います。

2007年2月 9日 (金)

教育再生会議の提言を検証する1

 去る1月24日、内閣に設置された教育再生会議の第1次報告「教育再生のための当面の取り組み」(『七つの提言と五つの緊急対応』)」が同会議総会で決定されました。新聞報道によると、安部首相も「今やるべきことを網羅している。ベストの案をいただいた。そういう意味では、100点だ」と、満足げな表情を浮かべたといいます。 

 また、首相は当総会で、「教育再生は待ったなしだ。第1次報告の実現に向けて内閣を挙げて取り組んでいきたい」と強調し、提言を実行に移すために、教員免許法改正案(免許更新制度導入)、学校教育法改正案(ゆとり教育見直し)、地方教育行政法改正案(教育委員会制度改正)の3法案を25日召集の通常国会に提出、成立を目指す考えを表明しました。

 こうして、今国会において、これら3法案が審議されることになったわけですが、これらの法案化をめぐって、今後、以上紹介した政府の教育再生会議(有識者17名、座長野依良治)と、文部科学省の諮問機関である中央教育審議会(第4期、30名の委員を任命、会長山崎正和)が、教育改革の方向性をめぐって激しいつばぜりあいを演じることになるのではないかと思います。

 ここにおける議論の焦点は、いうまでもなく、私は「教育委員会制度のあり方」だろうと思います。再生会議からは、地方教育行政法改正案に文科相の教委に対する是正指示(勧告)権を盛り込むことなど、小泉内閣下において進められてきた「地方分権」の流れに逆行する意見も出ています。びっくり!だって、文科省の教育委員会に対する「措置要求権」は、地方分権一括法によって99年に廃止されたばかりですから。

 早速、今回の教育基本法改正の効果が現れたか、といった想いがよぎりますが、ともあれ、24日に発表された教育再生会議の第1次報告の提言内容を、この地方分権という観点から検証してみたいと思います。

(1)ゆとり教育を見直し、学力を向上する

 ここでは、授業時間の10%増、土曜スクールの実施、習熟度別指導の充実、地域の実情に留意のうえ学校選択制の導入、などが提言されています。こうした、ゆとり教育の問題点については、市川昭午氏がつとに指摘してきたところであり、その結末も、そこで予測された通りです。(本ブログ「総合的学習のゆくえ」参照

 それにしても、授業時間の10%増については、総合的学習や選択学習の見直しで何とかなるとしても、土曜スクールの予算措置はどうするのでしょうか。教員の時間外勤務は、近年、次々に押し寄せる教育課題のため増える一方ですが、教員の場合は、労働基準法37条が適用除外されているので実績にもとづく時間外勤務手当は支給されないのです。こうした新たな施策に伴う定数改善や時間外勤務に対する手当等、必要な予算措置は確保されるのでしょうか。

  (2)学校を再生し、安心して学べる規律ある教室にする

 ここでは、出席停止制度の活用、反社会的行動を繰り返す子供に毅然たる指導などが挙げられていますが、これも、「ゆとり教育」に関わって主張された「個性主義による学校教育改革の帰結」といえる一面があることは否定できません。従って、ここでは、論語にいう「教えなければ禽獣に近し」という教育の原点に立ち返ることが必要です。

 それにしても、「いじめ問題」をめぐって、政府が教育委員会の責任を「一方的に」追及する姿勢を示しているのは、政略とはいえ滑稽さを通り越していきどおりを感じざるを得ません。このことに関し市川昭午氏は次のように言っています。

 「いじめ問題については、それを根絶できると考えるより、むしろ、いじめをしのぐ教育、単純ないじめに耐えられる教育も大切である。一方、犯罪行為に等しいいじめや暴力には厳正に対処することが必要である。そのためには、いじめに対処する具体的な基準を行政当局が作成し専門の職員を配置して対応したり、これらの問題に専門的に対処する教育機関を設置することなどが必要である。要するに『社会で許されないことは子供にも許されない』という規範意識を持たせることが大切である。」(『未来形の教育』市川昭午) 

 また、私見としては、義務教育をめぐるこうした問題点を抜本的に解決するためには、義務教育といえども、「教育をする側」と「教育を受ける側」の権利義務関係を明確にしておくことが必要だと思います。その意味で、「地域の実情に留意のうえ学校選択制の導入」ということも意味を持ってくると思います。(つづく)

2007年2月 2日 (金)

山崎正和氏、次期「中教審」会長に内定

 読売新聞(1月29日)によると、「伊吹文部科学相は29日、1月末で任期が切れる中央教育審議会(文部科学相の諮問機関、中教審)の鳥居泰彦会長(70)の後任に、劇作家で評論家の山崎正和氏(72)を起用することを内定した。」そうです。

 この山崎正和氏は、一週間ほど前の読売新聞(1月21日)『地球を読む』シリーズのエッセイで、「愛すべき現在の日本」と題して、次のように述べています。

 「新しい教育基本法が制定されて学校は従来にない課題を背負うことになった。・・・『伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできたわが国と郷土を愛する』心の涵養が求められているからである。もっともこの理想はきわめて穏当であって、政治思想の点で右傾化したとかの心配を誘うものではない。・・・そのせいか国会の論戦はイデオロギー的にはきわめて低調であった。」

 だが、「教育現場にとって真に困難でもあり、混乱を招きそうな課題は・・・愛郷心や愛国心といい、いずれも人間の内面の問題」だということで、こうした個人の価値観や規範意識にかかわることがらを、近代の制度的・組織的な学校のなかでどうして教えられるか、ということである。

 「論点は大きく二つに分けられる。・・・現代では・・価値の多元化がさらに進み、その多様性を認めることこそ倫理的だと広く考えられている」こと。もう一つは多くの内面的な価値は教える人の人格に結びついていて、教壇から組織的に伝授することは不可能に近いということである」

 前段でこのように述べた上で、中段では、新基本法が敬愛する「日本の伝統」そのものも、時代によってまた地域や階層によって違いがあり、時には価値観の上で衝突を招くことさえあった、と述べ、さらに、価値観の多元化の深刻な現代において、倫理問題について、平均的な教師が学校で教えられる事は限られている、と注意を促しています。

 そして後段では、「このさい私が提案したいのは、内面的な価値としての倫理を学校で教えることはあきらめ、もっぱら客観的な順法精神の寛容に徹すべきだ」として、次のように結論づけています。

 「こうして学校で教育できることが倫理ではなく法的正義だとわかれば、そこで教えられる愛国心」とは「法と法で定められた制度からなりたつ国への愛情であり、いいかえれば、合理的な近代国家への愛情であるほかはない」

 「端的にいえば、愛されるのはたとえば『和の心』や『日本的協調』ではなく、比較的犯罪が少なく納税意識が高く、衛生や交通の秩序が守られている現在の日本であるべきなのである。」

 ところで「この日本という政治単位が初めて誕生し、全ての住民がそれに帰属意識を覚え始めたのは、近代以降のことで・・・今日では、その版図は世界的な範囲に起源をもつ芸術や社会風俗をうちに含んでいる」

 そうした「現在の多元的な日本文化のあいだで、例外的に近代国家の成立とともにつくられ、結果として国民を一元的に統一している文化は、共通語としての日本語しかない」ように思われる。

 つまり、それは「異質な価値観を媒介して、日本社会を分裂から守る最強の防波堤に他ならない。しかもこれは十分に制度的な学校教育になじみやすい対象だから、愛国心はまず思いきった国語教育の充実に徹するべきだろう。」

 氏が、このエッセイで最もいいたかったことは、この最後の部分、「愛国心はまず思いきった国語教育の充実に徹するべきだろう」ということだろうと思います。こうした山崎氏の主張を見れば、今回、氏が中教審の会長に選出されたことは、私は、政治とのバランスをとる上で大変いいことだと思います。

 私は、本来、文部大臣というポストは、氏のような見識を備えた文化人が引き受けるべきで、戦後のイデオロギー対立の激しい時代はやむを得ないとしても、もうそろそろ、政治主義に対して文化主義を対置しうる人物を据えるべきではないか、と考えます。

 いずれにしても、今回の「教育基本法改正」は、政治の力で道徳教育をやれるという思い込みを具現化したものですから、私の予想では、これは次第に保守に対する信頼を失わせるひとつの契機になるのではないかと思います。

 もちろん、私は、このような議論をするからといって、日本人の愛国心やそのよって立つ歴史・伝統・文化を否定的に見ているわけではありません。それは、自分たちの言葉を大切にするという意味で当然のことだと思っています。

 それ故にこそ、それは決して法律でもって国民に強制するものではないということをいっているのです。福沢諭吉の言葉を借りれば、それは独立自尊の精神と分かちがたく結びつく「哲学の私情」ということになります。

 ところで、最近の朝日新聞(H19.1.25)の世論調査によると、日本に生まれて良かったと答えた人が、男女とも全ての年代で9割を超し、愛国心があると答えた人は78%に上ったといいます。

 おそらく、これは、北朝鮮や中国など、日本を取り巻く国際的な政治環境が厳しさを増していることによるものと思われますが、一方で、「愛国心」をしっかり持つ人の方が過去の戦争に対する反省も強いという結果も出ています。

 また、近年、蔭山英男氏や斉藤孝氏によっる、日本の伝統的な教育法である「読み・書き・計算」を生かした教育や、古典の暗唱教育などが注目を集めています。また、「早寝・早起き・朝ごはん」などの国民運動も始まろうとしています。

 こうした動きを見ると、一国における伝統・文化の創造的発展は、決して、権力による画一的強制によって生まれるものではないということが分かります。おそらく、今後は、国語教育から歴史教育の充実へと人々の関心が移っていくものと思われます。

 山崎正和氏は「愛されるのは・・・比較的犯罪が少なく納税意識が高く、衛生や交通の秩序が守られている現在の日本であるべき」といっています。しかし、それは偶然の産物ではなく、あくまで歴史的に形成されてきたものです。

 それだけに、安穏だからといって現状を無批判に肯定したり、またそれがいつまでも続くかのような錯覚に陥らないようにしなければなりません。歴史的思考法及び比較文化的思考法を学ぶ必要があります。私が「山本七平学」をすすめる所以です。

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