「教育委員会制もう一つの攻防」補説  −−小川正人氏の疑問に答えて−− 
(『学校事務』1996.7−9月号掲載)

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小川氏の疑問について
私は教育行政『独立論』者ではない
教育委員会と学校の組織的分離論の誤り
『学校に基礎を置く経営』が成功するためには
教育委員会と学校の人事交流について
『地教委制度』の活性化のためには
『学校選択』の可能性について
その他の疑問点に答える

 

小川氏の疑問について

 本誌1月号に、小川正人氏が「学校事務論を考える」と題して、私が「教育委員会制もう一つの攻防」(『学校事務』1995.5〜6月号)において論じたいくつかの論点について疑問を呈しておられるので、この機会に、先の私の論文に対する補説もかねて、氏の疑問にお答えしておきたい。ともあれ、小川氏には、研究者でもない私の論文について、教育行財政学の専門的見地から真摯な論評をいただいたことについて、心からのお礼を申し上げておきたい。
 個々の疑問点に対する私の見解については後の機会に論ずることとして、まず、小川氏の主張の基本的な部分についての私の意見を申し述べておきたい。
 氏の、私の意見に対する反論のポイントは、地域における学校経営機能の強化という課題について、「教育委員会事務局の教育行政職員の『専門職』化の確保という方向ではなく、むしろ、政策決定・執行単位としての学校の権限を強めて学校教職員の『専門職』スタップとしての活力を引き出し、学校−教職員の実践に対する地域・親のアカウンタヒビリティ(教育責任)の確立という方向で進める方が適切ではないだろうか」という点にある。
 それと同時に、今後の教育行政と一般行政の関係のあり方について、私の「論法」を、「教育行政専門職の確立=教育委員会の『独立』と権限の強化=教育行政専門事務職員の確保」という流れにおいて整理した上で、今日の「地方の行政が特別に教育委員会事務局職員の教育行政『専門職員』化を要請しているようには思われない」とし、むしろ、そうした教育行政の質や機能は、「地方行政の総合化=総合的政策立案能力の向上」の中でこそ高まっていくのではないか、との見通しを述べている点にある。
 そして結論として、学校組織を、行政・官僚制組織(行政→学校という階層的秩序)とは異った、教職員相互の実践的見識によって「ゆるやかに結合された」組織ととらえた上で、「学校事務職員を行政職員ないし教育行政職員ととらえて、教育委員会事務局と学校を同列の任用、人事交流の場ととらえ、学校経営機能を一元的に教育委員会事務局に掌握していこうとする改革構想には、慎重にならざるを得ない」としめくくっている。
 
私は教育行政『独立論』者ではない
 
 これに対する私の第一の反論は、まず、氏が私の「論法」とされた「教育行政専門職の確立=教育委員会の『独立』と権限の強化=教育行政専門事務職員の確保」という整理の仕方が必ずしも正確ではないという点にある。というのは、私は、前回の「教育委員会制もう一つの攻防」と題する論文においては、その副題にも示すとおり、あくまで地方における専門的教育行政機関であるところの教育委員会の、一般行政に対する「自律性」の如何を問題にしたのであって、その「独立」を主張したのではない。
 そのことは、私が、市川昭午氏の『教育行政の理論と構造』より引用した、氏のこの問題に対する見解―教育が社会発展にとって不可分の要素となり、総合的な行財政計画の一環たることを免れない今日、教育行財政の独立という主張はおよそ時代に逆行するものといえよう―をうけて、次のように主張していることでも明らかである。「問題は、この総合行政化の方向と教育行政の一体性の確保という、少なくとも過去において矛盾対立関係に陥りがちであったこの二つの課題を、共に満足させる制度的工夫があるや否やということで、学校事務職員の苦労も実はここに存していたのである」(『学校事務』1995.8月号p61)
 少なくとも私は先の論文における論考の出発点をここにおいていた。そしてその認識に至る前段として、戦後の教育行政改革における「教育行政の独立論」を田中耕太郎氏の論を中心に紹介したのである。それはなによりも、戦後の教育行政改革において教育行政と学校教育とが「対立的」ではなく「一体的」に捉えられていたという事実を紹介するためであって、そうした事実をふまえれば、学校事務と教育行政をことさらに区別する「論調」の非歴史性が明らかになると思ったからである。
 そういう意味では、私は、教育行政「独立」論者とはいえないので、この点については誤解なきよう訂正方お願いしておきたい。ところで、この教育行政「独立」論については、木田宏氏の紹介するところによれば、かの田中耕太郎氏でさえ、昭和32年頃には次のように述懐するに至ったとのことである。
「教育委員会が設けられたからといって教育権の独立が保証されるとは限らない。・・・それは、教育委員さらにそれを選挙する人々が教育を理解してこの制度を運用するかどうかにかかっている。そうした従来の経験に徴すれば、教育に対する理解は教育畑の者において優っており、それ以外の者において劣っているといいきれないものがある」(「司法権の独立と教育権の独立」ジュリスト1957.1.1)
 ここには、氏が、戦後、文部省学校教育局長の職にあったとき、教育の自主独立を強く求め、「地方における教育を知事の権限から引きはなし、教育行政を独立せしめ、教育者の自治に任せる」ことを推進したこのについての反省が語られている。つまり、ここにおいて、氏は、昭和25年の都道府県の教育委員選挙において三分の一を占めた教職員出身者の「教育に対する理解」力やその後の地方の教育界における「教育者の自治能力」に対する深刻な疑問を投げかけているのである。
 そして、こうした疑問が、私の先の論文において紹介したような、氏の、「教育行政は官僚的、政党的、組合的その他あらゆる不当な支配に服してはならないのであるが、それだからといって教育も法的秩序の枠内において行わなければならず、アナキーに陥ってはならない。制度上教育行政に関して責任を負う者の権限の行使に対して、教育者の自由や教育権の独立の名を以て反抗したり阻止したりすることは、教育者の地位を乱用するものである」という批判につながっていくのである。
 重ねて申し上げるが、私の、教育委員会の教育行政機関としての専門的自律性を向上すべしとの論は、以上のような認識の上に立って展開しているのであって、単純にその行財政上の一般行政からの「独立」を主張したり、また、教職員の自治能力に過度の期待をよせるものではないのである。従って、先の論文のおいて、私は、以前にはよく使った「教育事務職員」という言葉を、そうした誤解を避けるねらいもあってあえて使わなかった。
 
教育委員会と学校の組織的分離論の誤り
 
 以上で、「教育行政の総合行政化」という観点については、小川氏と私とにそれほど大きな認識の違いはないことが判っていただけたと思う。だが、問題は、小川氏が、地方における教育行政の政策立案能力の向上は、「地方行政の総合化とその総合的政策立案能力の向上」によって初めて可能になるとしている点で、これは、行政組織論的にいえば、戦後の教育委員会制度そのものに疑問を投げかけるものとも思われ、また、職員制度論的には教育行政職員を学校事務職員と切り離し、その完全な一般行政職員化をめざすものと受け取れる点にある。
 こうした小川氏の主張は、実は、地域における学校の経営管理機関たる教育委員会の権能の内、その行政管理機能のみを教育委員会に担当させることによってそれを一般行政に一体化させる一方、その学校経営機能を学校に大幅に委譲することを求めたものと理解することができる。うがった見方をすれば、それによって、学校の組織の「特殊性」(官僚制組織と異なる「ゆるやかに結合された」組織)を守り、その教育行政機関からの「独立性」を確保する事をねらったのではないかと見ることもできるのである。
 それというのも、小川氏のいわれるような、政策決定・執行の基礎単位としての学校を重視して、学校に多くの権限(教職員人事、教育課程編成、予算編成)を委譲して個々の学校に大幅な経営機能を担わせるという、欧米先進国の学校経営の改革動向―もちろん私は、学校に、その効率的運営のため必要なできるだけ多くの権限が委譲されるべきという見解について異論をさしはさむものではない―が、はたして、それが、今日の「日本の地方行政の現実の中でどこまで可能性のある提言」となりうるか疑問に感じざるを得ないからである。
 黒崎勲氏は、アメリカにおける教育改革の社会文化的背景として次のような点を指摘している。
 「アメリカ社会では、居住地域が厳しく経済的に階層化され」ていることによる社会対立の存在や、「そこでは英語を母国語としない子どもたちの教育活動に多くの時間を割かれること」「加えて、連邦からの特別教育補助金でさえ、その多くを人件費に費やしてしまうような、官僚化された膨大な教育行政機構と圧倒的な政治力を持って教職員の利益にのみ奉仕すると非難されることが多い労働組合が獲得している労働協約による制約、大学の最底辺にランクされる教員養成プログラムと教職への極めて低い社会的評価、その結果、とくに大都市おける慢性的な教職員不足」等々・・・。(『学校選択と学校参加』黒崎勲p10)
 おそらく、小川氏のいわれるような「欧米先進国の教育行政の改革動向」は、以上のアメリカの例に見るとおり、それぞれの国のそれぞれに固有な社会文化的条件を背景として生じていることであり、それを以て直ちにわが国の教育改革の方向と見なすことはできないのではないかと思う。少なくとも私には、今日の日本における教育改革のあり様を論ずるについて、教育委員会と学校とを組織論的に切り離し、学校をトータルの学校経営機関として教育委員会から独立させようという論理の必然性が理解できない。そもそも、そうした学校の経営機能を安定的に維持するためにも、相当規模の教育行政機関=市町村教育委員会による調整が必須なのではないか。
 私たち公立小中学校の事務職員がその制度創設以来悩んできたことも、実は、この事実と関係している。つまり、本来的には学校に対してこうした調整機能を果たすべき教育委員会が適切かつ効果的な権限行使をしないという問題である。学校へ所要の財務権限を委譲することや事務職員の職務内容を明確にすることなど、事務職員が教育委員会に要望してきたことは数多いが、その成否は一に教育委員会事務局の学校経営管理機関としての主体性如何にかかわっていたのである。小川氏も力説されるとおり、教育行政の「総合行政化」が必然とされる今日の日本においてこそ、こうした学校と教育行政とを一体的にとらえる視点が必要とされるのではないだろうか。
 このような私たちの関心に照らして小川氏の提案を吟味した時、氏の提案は、教育委員会と学校を組織論的に分離し、前者は一般行政組織と一体化し、後者は経営体として行政機関から独立した権能を持つべきとしているのであるから、結局、学校と教育行政とを従来のような相互に疎外された関係に固定化することを企図していると受け取られるのである。氏はまた、「文部省→教育委員会の教育行政ルート」の階層的秩序が学校組織に浸透することを防止するためにも、学校事務職員を「教育行政職員ととらえて教育委員会事務局と学校を同列の任用、人事交流の場ととらえ」ることに危惧の念を表明している。
 だが、氏が主張されるような教育委員会と学校との組織論的、職員制度論的分離を前提とした、学校への経営権(教職員人事、教育課程編成、学校予算編成)の大幅委譲などといったことが現実に可能であろうか。例えば、中野区のフレーム予算にしてからが、これは小川氏も指摘されているとおり、中野区の教育委員準公選制の実現により、教育委員会が「教育予算編成の面で委員会の独自性と自主的判断を生かさせるよう配慮された」結果実現したことであって、決して、地方行政の総合化という流れの中で、教育委員会がその「教育行政の質や機能」を必然的に高めた結果ではないのである。
 もし、教育行政の「総合的な政策立案能力の向上」ということが、小川氏がいわれるように地方行政の総合化の過程の中で必然的に起こってくるものなら、中野区で起こったようなことは、中野区にではなくて、すでに「総合行政化」が進行している他の自治体において起こっているはずである。しかし、事実はそうではないのであるから、教育行政の「政策立案能力の向上」ということは、やはり、教育委員会の専門的自律性が、ほかならぬ地方行政の長によっても承認されることがまず必要なのである。
 重ねていうが、私たち学校事務職員の体験は、こうした事実を裏書きしている。私たち学校事務職員は、教育現場で働く人間として、教師の教育実践から生まれる諸種の教育条件整備の要求を、教育委員会に伝えそれを教育行政施策に反映すべく努力してきた。しかし、こうした努力の果てに私たちが行きついた結論は、自治体は、学校のこうした要望をふまえて事業の立案をしたり制度(各種の事務処理上の規則、規程、要領等)をいじったりすることには極めて消極的だということである。その成否は一に教育委員会の学校経営管理機関としての自律性についての自覚如何にかかっていたのである。
 殊に、中野区のフレーム予算などの、長の権限である予算編成権の一部を教育委員会に委任するというようなことは、中野区の「準公選制」(先頃、その中野の準公選制も廃止されたらしいが)によって初めて可能になったのである。また、このフレーム予算自体、学校に直接、長の予算編成権を委任したというものではなく、あくまで、「教育委員会にその予算編成上の調整を委ねたもの」であって、この教育委員会の調整する「枠内予算」の枠内において、教育委員会が学校に配分した枠配分予算編成上の裁量権を学校長に委ねたというものである。
 また、小川氏は、学校事務職員の職能形成のあり方について、今後は、教育行政との一体化をめざすより、学校における「『専門職』スタッフとして活力を引き出していく方が、学校−教職員の実践に対するアカウンタビリティーに答える学校経営を実現していく上においてより適切ではないか」と提言している。だが、この提言についても私は、こうした学校経営に関わる政策決定は、それを行政と呼ぶにしろ経営と呼ぶにしろ、それは学校と教育委員会が密接に連携・協力する中で推進していかざるをえないものであって、学校事務職員がこうした職務を専門的に担当するものである以上、教育行政機関との交流を否定的にとらえなければならない理由はないと考える。
 学校事務の仕事を、小川氏のように、教育委員会の教育行政機能と切り離して教員の仕事と同列のものととらえその職能成長を構想することは、私の長年の職務経験に照らし、それは決して、教職員による学校事務職員に対する真の尊敬と信頼をかち得る道とはならないと思う。そうではなくて、学校事務職員は、教員とは違った専門性の獲得をこそめざすべきであり、そうすることが、総合行政化の流れの中で教育行政あるいは学校経営の専門的自律性を確立することにつながるわけで、事務職員はいわば教育界の総合職として地位の確立をめざすべきであると思う。
 この意味において、私は、教育界の総合職としての事務職員の職能成長をはかるためには、教育現場における教育実践者たる教員との協働体験を基礎としながらも、その職務経験は小中学校のみでなく県立学校や他の教育行政部局にも、必要とあらば一般部局に出向してでも幅広く求めるべきであると思う。こうした学校事務職員の職能成長のあり様については、小川氏自身も、『学校事務』に連載中の「地方自治体の教育財政」−政策(科学的)研究と財務・政策立案能力向上の必要−と題する論考の末尾において、次のように積極的な評価をしているのである。
 「国と地方自治体の双方における財政規模の拡大が期待できない今日の状況において、教育費の優先的確保とか教育財政の固有性・独立性といった『観念的』発想はますますその意味と力を喪失してきているといえ、代わって、上記のような教育財政研究と、関係者の政策立案・財務能力の質的向上を強く要請してきていると考える。その意味で、現場の実務者であり、一般行財政と教育行財政の双方に精通している学校事務職員の自治体−学校における政策立案に果たす役割は大きいと言わざるを得ない。」(『学校事務』1995.12)
 ところが、こういいつつも、氏は、地域の学校経営機能を高めるためには、教育委員会の学校経営機能を高めることより、「学校の権限拡大=専門職スタッフとしての教職員の確保を図る」ことの方がベターではないかいうのである。また、事務職員の教育委員会との人事交流についても、あくまで、そうした原則をふまえた上での職能形成という意味では否定さるべきではない、としながらも、その主張の本旨において、それが教育行政職員の専門職化=官僚化を進めるものであるとして警戒する姿勢を崩していない。
 
『学校に基礎を置く経営』が成功するためには
 
 おそらく氏の念頭には、「欧米先進国にみるような専門的教育行政官僚組織」(?)が日本に出現することに対する警戒心があるように思われ、また、これは、かっての教育行政オフリミッツ論を想起させもする。しかし、氏の「学校に基礎を置く経営」が、一方で、「公立学校での教育生産性と『評価』問題が(地域住民や父母による)カウンタビリティ要求の下で本格的に論議されていく」(『学校事務』1995.10月号p123)ことを当然のことして想定するものである以上、これはむしろ、「専門家批判であると同時に中央の官僚批判でもあった」(大田直子「これからの学校事務職員制度を考える」『学校事務』1996.2月号p55)「市場原理」に基づくアメリカやイギリスの教育改革の影響も見て取れるのである。
 だが、そうであるとしても、これらの国における「学校に基礎を置く経営」が成功を収めるためには、あくまで「公教育制度の枠内でそれが行われることが保証され」(上掲書p56)る必要があったのである。大田直子氏は、イギリスやアメリカの経験からこうした教育改革の成功のためには「そこ(学校)で働く人々が、自分たちの持つ教育目標を達成できるような環境を整えさせてくれる、教育長や地方教育当局の存在があって初めて、硬直化した公立学校の危機を克服する道が開かれる」と総括している。(上掲書p58) 
 結局、この「地域の学校経営機能」を高めるために、学校に権限移譲するとはいっても、それはあくまで「教育委員会制度」の枠組みの中で、教育委員会と学校の間でどのように権限配分するかという、いわばそれは”程度の問題”にとどまらざるを得ないのである。このことは、要するに、小川氏がいうように、教育委員会は「行政」、学校は「経営」というふうには簡単には割り切れないということを意味している。教職員人事や教育課程管理あるいは教育予算編成のどれをとっても、この調整のポイントが学校単位で完結するとは思われない。
 黒崎勲氏の紹介するところによると、アメリカ合衆国においてもっともラディカルな学校改革として評価されているシカゴ教育改革法では、この「学校を単位とする経営」を実現するにおいて、市教育委員会の行政権限を大幅に学校に委譲したという。そして、学校委員会(最も小さい教育委員会)を学校単位に設置し、そこに、@校長の交代・選任の決定 A総額だけが決められてくる学校予算の具体的な支出内容の決定・承認 B学校改善計画の策定・承認 という権限を持たせ、また、校長には、教職員の採用に関して強力な権限が認められた。
 そして、ここでの実験によって明らかになったことは、教育行政の官僚主義の打破をめざして「学校単位の学校経営」の実現した結果、学校に教育行政=教育政治を持ち込むことになり、結果的に、学校委員会の発足は校長に極めて過大な負担を負わせることになったという。「学校の問題の背景を(学校委員会に)説明するために校長は校長としての多くの部分を割かなければならない。これらの時間は本来、生徒の学習指導のために振り向けられるべきものではないか」(『学校経営と学校参加』黒崎勲P145)というような。
 また、この本の中で黒崎氏は、ニューヨークのイーストハーレムの学校選択制度についても併せて紹介している。これは、「学区を単位とし、公立中学校に対象を限定した学校の選択制度」で、「具体的には、コミュニティ学区の中学校を、24のみにスクールに分け、中学校1年生の時点で、父母に学校選択の自由を与え、どの学校に子どもを通学させてもよいとするものである。ミニスクールとは、独自の教育理念をそれぞれ掲げて、教職員がチームを組んで行う教育プログラムである。それらは、互いに一つの建物を共有し、50人から200人ほどの生徒数からなっている。」
 このオールタナティブスクールといわれる学校改革は、まず、小規模の学校における創造的で質の高い多様な教育プログラムの提供を前提として、親に学校選択の自由を認めることによって、この地域の教育関係者に改革に取り組む「企業家精神」を引き起こすことに成功し、めざましい教育成果を上げたとされている。ここにおいて、「教育の民衆統制」と教職員の「専門的指導性」の調和という、従来、教育委員会制度のもとでしばしばジレンマに陥りがちであった課題について、「学校選択の理念」がこの二つの原理を調和させる鍵となったと評価されているのである。
 なお、このように、「学校選択の自由」が、いわば「触媒」として学校改革のためのメカニズムとして機能するためには、次のような条件がそろう必要があると黒崎氏は指摘している。「それは、新しいタイプの教育活動を熱心に、献身的に行おうとする教職員の存在、そうした新しい試みを見守り、支持を与える親の理解、そしてなによりも地域の公立学校の意義を追求する教育委員会などの指導者の責任などといったもの」であると。そして、このような条件がそろったとき、はじめて学校選択の理念は専門家教職員に改革のための指導性を発揮させる条件を与えるものとなる」(上掲書p167)
 私の印象としては、このイーストハーレムの学校改革の方がシカゴのそれよりもより成熟したものであるように思れる。特にこの学区の学校選択制度を支えている教育行政の原理とされている次のような考え方には共感を持つ。
「第一に、高い質と多様な教育が存在してはじめて学校選択が意味を持つ。
 第二に、学校とは建物のことではなくて教育の思想とビジョンのことである。夢、ビジョンそして使命の明確な自覚のないところには学校は存在しない。
 第三に、教授と学習は一体のものであって、学習のないところに教育活動はない。
 第四に、生徒はそれにふさわしく扱われたときに、はじめてよく学習する。
 第五に、小さい学校ほど生徒にとってはよい学校である。そのような学校では生徒は疎外感をもたない。
 第六に、生徒、親、教職員に自分の学校という意識を助長すること。」
    (同p101)
 そこで、こうした学校改革の実験から日本が学ぶべきものがあるとすれば(日本人が単一民族であって平等主義的価値観を持つ点を考慮しつつ)、私は、まず、第二に述べられた教育行政原理に特に関心を払いたいと思う。そしてこの場合、教職員については、任されれば自らの夢やビジョンのもとにミニスクールでも作ろうという者は多いことと思うが、問題は、こうした教職員の挑戦と親の学校選択の自由とを見守りつつ、かつ適切な調整機能を果たしうる「教育の思想とビジョン」をもった教育委員会あるいは教育長がはたして存在するか否かということである。
 私は、こうした教育委員会や教育長の存在なしには、このようなシステムの安定的な維持は不可能であると思う。従って、私は、とりたてて教育委員会の教育行政機能と学校の経営機能とを分離し、前者は官僚的、後者は同僚的などと価値対立的にとらえる必要はないと思う。むしろ、両者は「教育サービスを提供する側」として一体的に捉えるべきであり、とりわけ、先に紹介したような「教育の思想とビジョン」という価値意識においては、両者にこうした理念の共有ができてはじめて、それぞれの学校における個性的な教育実践が可能となると思うのである。
 
教育委員会と学校の人事交流について
 
 ところで、この教育委員会事務局と学校の間の人事交流についてであるが、現在の日本においてその間に人事交流がないのは、それは、日本における地教委制度の特質上、そうした交流が現行職員制度上困難であるからである。本来ならば教育委員会事務局と学校との職務の密接性からいって両者間の人事交流、特に事務職員の交流があるのは当然であり、これが「県費負担教職員制度」によって、その管理下における学校の教職員を都道府県から「借りてくる」ことになっているために、職員制度上そうした交流ができなくなっているにすぎない。
 従って、こうした「地教委制度」の円滑な運営のためには、この「県費負担教職員制度」は廃止して、教職員の採用はすべて市町村で行うのがよいのであるが、この地教委の設置母胎となる市町村が一部の都市を除いてあまりに小規模であるために、教職員の任用やその他勤務条件の統一性を図るねらいから、例外的に、「県費負担教職員制度」を採用して、この地教委制度に現実的に対応しているわけである。実は、市町村立学校における事務職員制度の発足も、その県費負担職員たることを定めた「市町村立学校給与負担法」(昭和23年)の成立と期を一にしている。
 こうした日本の地教委制度は、そのモデルとなったアメリカの制度とどのように違っているかということだが、このことについては木田宏氏が次のように解説している。
 「(日本の)地教委制度が、教育を都道府県、市町村の固有事務と観念して、その団体の自治的な運営に委ねることを前提としていることは、戦後一貫した特徴である。しかも地方自治法が初め都道府県と市町村を全く同列に置いたことが、市町村教育委員会の意義を重たいものとした。このような教育委員会制度はアメリカのそれと大きく違っている。
 アメリカでは教育は州の事務と考えられ、市、郡その他の学区に置かれる教育委員会は、例え委員や教育長がその区域の住民の選挙によって選出されていても、州の機関とされ、委員も教育長も教職員もすべて州の公務員と観念されている。それゆえ州は学区の教育委員会に対し、教育税の徴収などについても指示する権能があるとされているのである。
 わが国では、市町村立学校の教職員は市町村の公務員であり、都道府県教育委員会にはその監督権がないのであるから、アメリカ以上に市町村の自治を重んじているのであり、『教育委員会制度は日本の教育の分断政策である』(『文部時報』s21.4月号)と憂慮された制度になっている。
 もう一つの大きな違いは、アメリカの教育委員会が学校教育を担当するものであるのに対して、わが国のそれは、教育、学術、分化を含む幅広い地域の教育事務を担当することである。アメリカのそれが学区という学校行政単位の行政機関であるのに対し、わが国の教育委員会は都道府県、市町村という包括的な地方公共団体の教育文化の事務を処理するものとされているからである。」(「教育委員会制度―その歴史と課題」『教育委員会月報』s63年11月号p11)
 こうしたアメリカの教育行政制度と日本のそれとを比べてみると、日本の教育委員会制度は、法律上は全く対等と観念される市町村教育委員会と都道府県教育委員会の間でどうにか県費負担教職員の「貸与」や教育事務の分担をしながらやりくっているわけで、このシステムにおける最大の問題は、やはり、教育行政管理に関わる事務組織や職員制度が、都道府県、市町村、学校の間でバラバラに分断される点にあるといわざるを得ない。
 小川氏は、教育行政組織と学校組織との組織原理の違いを強調するあまり、結果的には、以上指摘したようなわが国の教育行政制度の現状をそのまま肯定し、教育行政管理に関わる事務職員制度が三方に分断されていることについても、格別の問題意識をもっておられない。というより、学校事務職員の職域を学校に限定することによって(例外的に事務局との交流は認めてはいるが)、その教育行政職員としての独自の専門的職能成長を幅広く教育行政機関との交流に中に求めようとはせず、それを教員集団内における「同僚性」原理の中に溶かし込んでいこうとしている。
 私は公立小中学校に長年勤務しているから、そこにおける「同僚性」にもとづく「ゆるやかに結合された組織」の「良さ」についてはよくわかっているつもりである。しかし、地域に対して教育サービスを提供する機能集団としての学校組織を効率的に運営していくためには、こうした教職員間の教育実践を中心とする横軸の「援助的指導」の人間関係とともに、職員の個性や職能成長に応じて、合理的かつ能率的に組織運営を行うための縦軸の「行政的」人間関係も必要であり、この両者が適度の緊張を保つことによってはじめて、学校の総体としての組織運営の健全性が維持できると思うのである。
 その意味において、学校事務職員が、学校における専門的教育行政職員として、自信と誇りをもって学校に勤務しその組織運営にあたることは、今後、学校経営機能の高まりが期待される中において極めて重要な意義をもってくるものと思う。それと同時に、教員の場合は、その専門的職能成長を教育指導力の向上という方向において一層の専門性の徹底を図るべきで、そこでの「援助的指導」を基本として形成される人間関係も、決して自己中心主義や事なかれ主義に陥ることのないよう自戒することが必要である。
 また、小川氏の議論で一つ気になる点は、学校事務職員の教育委員会事務局等との人事交流については、以上指摘した通り、それが学校組織に対する官僚制の浸透につながるとして危惧の念を表明する一方、現行の教育行政制度の中で市町村から都道府県教育委員会まで広域に人事交流している教員の異動については、とりたててそれを問題とする姿勢を示していないという点である。これは氏の、行政組織と学校組織を原理的に区別する論理からいえば極めて片手落ちと思われるがいかがであろうか。
 
『地教委制度』の活性化のためには
 
 話を先に進める。私は先に木田宏氏のわが国の地教委制度の特質を説明する
文章を紹介したが、氏自身、昭和31年当時、文部省初等中等局地方課長の職にあって「地教行法」の立案、とりまとめにあたり、当時廃止論の高かった地教委を維持することに積極的な役割を果たしたとされる。そうした立場から、氏はその後の「地教行法」体制の中で、地教委制度の形骸化を防ぎそれを維持・発展させていくためは、市町村に対する都道府県の適切な指導・助言が不可欠であるとして次のような所説を展開している。
 「戦後、地方自治法が制定されたときは、都道府県と市町村とは共に基本的な地方公共団体として対等のものであるといった考え方が伺えたが、都道府県は「市町村を包含する地方公共団体」であるから、自ずから両者の役割に差違があるのは当然のことであり、昭和27年の改正で、「都道府県知事若しくは都道府県の委員会若しくは委員は、普通地方公共団体に対し、その担任する事務の運営その他の事項について適切と認める技術的な助言若しくは勧告をし、・・・必要な資料の提出を求めることができる」(第245条4項)と規定された。
 さらに昭和31年にいたって、同法に都道府県の事務として、@広域にわたる事務 A統一的な処理を必要とするもの B市町村に関する連絡調整に関するもの C一般の市町村が処理することが不適当であると認められる程度の規模のもの(第2条6項)が書き加えられ、都道府県の市町村に対する指導的役割のあることが明示されたのである。
 地方教育行政の組織及び運営に関する法律も当然ながら、この一般的原則を前提として、都道府県教育委員会が市町村に対し、「市町村の教育に関する事務の適正な処理を図るため、必要な指導、助言または援助を行うものとする」(同法第48条)と定め、その指導、助言、援助の例示として、11項目を掲げている。この項目が市町村教育委員会の職責の全般にわたっていることは言うまでもない。いな、市町村教育委員会のみならず、市町村長に対しても必要な指導、助言が行えるようになっているのである。しかし、果たして、都道府県の教育委員会は市町村に対してどのような指導と助言を行っているであろうか。」(「教育委員会の職責とその遂行への課題」『教育委員会月報』s61年6月号p10)
 木田氏は、こう述べた後、都道府県の教育委員会が市町村を指導することがほとんどないのは、一つは、戦前においては市町村は学校を設置してもそこで行われる教育については権限がなく、都道府県は学校の校長や教員に対して直接必要な指導助言を行い、市町村の役場職員をとおす発想をもちあわせていなかった点を指摘し、こうした体制が、都道府県の教育委員会が市町村の教育事務について指導するような体制に改まっても、現実の対応がそのように改まることとはならなかったと指摘している。
 その上で、「今日求められている教育改革は、国の課題を末端に及ぼしていけばよいというものではなく、家庭環境、社会環境など、児童生徒の生活環境全体における大きな変化の中で生じている諸問題に対応していかなければならない体のもの」であるとし、つまり、この地域教育の再建という自治の課題に取り組み、今日憂慮されている教育問題への解決の道を切り開いていくためには、市町村教育委員会の活性化が不可欠であるとしている。そして、そのためにこそ都道府県教育委員会は市町村の教育行政能力を高めていくよう適切な指導助言援助を心がけていく必要があるとしているのである。
 しかし、こうした要請に対して、「都道府県側から予想される反論は、市町村の教育委員会に、都道府県の指導を容れるだけの能力と力量が備わっているのか」
ということであろうが、「市町村と言えども、管内の学校、公民館の教職員あるいは区域内の有識者を動員すれば、かなりの人材を揃えて活動することができる、という地域の知恵」も働きうるのであり、もし、「専任者が極く僅かでもいて、多くの協力者の輪を拡げることができれば、さらにその活動の輪は充実したものになっていくのである」と提言しているのである。
 私も、学校事務職員として、市町村教育委員会との20年に及ぶ交渉を経験してきたが、私の先の論文「教育委員会制もう一つの攻防」において論じたように、現在の市町村の行政区割に変更がない限り、市町村教育委員会の教育行政機能を補完するためには、学校事務職員等による組織的・計画的な市町村教委に対するバックアップ体制がとられる必要があると思う。同時に都道府県教育委員会の市町村教育委員会に対する指導助言体制、さらにはそこに事務職員を交流、派遣することも検討されてよいわけである。(上掲書p12)
 本来的に言えば、日本の地教委制度は、先に木田氏の言葉として紹介した通り、
アメリカであれば州のにあたる機関による統一的な職員制度のもとで運営されるべきところ、市町村の行政区割りで「分断」されているのであるから、「理想型」としては、都道府県の機関としての地教委の再設置(旧郡単位程度を学区とする)が望まれるのである。しかし、当面その実現の可能性はないと考えられるから、この地教委の事務局体制を補完しその教育行政機能を賦活するため、教職員ほか地域の人材を活用することが検討の対象となってくるのである。
 あるいは、このような日本の地教委制度のあり方は、アメリカにおいて、その州によって統一された教育行政管理システムが、官僚化の弊をもたらすものとして批判の対象となっているらしい点を考慮すれば、あるいはそうした官僚化を未然に防止するという意味において意義を持っているといえるのかもしれない。しかし、私の経験からいえば、それが、とりわけ学校事務職員を含めた教育行政職員の組織的分断を結果している点については、教育委員会の学校経営機関としての機能の低下をもたらすものでありどうしても是正する必要があると考える。
 また、ここで私が重ねて理解を求めたいのは、私が教育行政の専門性にこだわり、それを担保する、学校から教育委員会事務局までの統一的な事務職員制度の導入を主張するのは、教育委員会に学校経営に関する権限を集中することを直接的に求めるためではなく、そのことが、学校への適正な権限移譲のための前提条件として不可欠であるからである。一体、教育委員会の専門的自律性の承認なくして、教職員に対する任命権の行使や中野区に見るような独自の教育予算編成システムの導入が可能であろうか。
 
『学校選択』の可能性について
 
 ところで、ここで、「学校を基礎とした経営」ということについて私見を申し述べさせていただく。これは、黒崎氏の「学校選択と学校参加」の論にも関係するわけだが、学校経営機能の活性化のモメントを教育委員会など管理機関に求めるのではなく、学校単位の経営機能の拡大に求めるべきとする論のことである。私は、先に述べた通り、学校に地域、父母の教育要求に柔軟に対応するための学校経営上必要なできるだけ多くの裁量権を学校に委譲をすることには賛成である。しかし、このことは「教育行政」に対する学校の「経営権」の独立などを意味するのではなく、「学校経営」はあくまで学校と教育委員会とを一体のものとしてとらえるべきであると考える。
 なぜならば、「学校を基礎とした経営」は、当然、学校の経営上の権限の拡大を意味するのであるから、その権限拡大に見合った経営責任が地域や父母から問われるようになるのは必至だからである。ましてや、こうした学校の経営上の権限拡大は、あくまで地域や父母の多様な教育要求に対応すると共にそれに対するプロフェッショナルリーダーシップを確立するためのものであるから、いわゆる「教育サービスを受ける側」と「教育サービスを提供する側」の軋轢は、特に、「教育サービスを受ける側」の権利が「学校選択」や「学校参加」において制度化されることにより一挙に高まることが予想されるのである。こうした両者の「権利の葛藤」の調整がはたして学校だけで可能であろうか。
 私は、学校に権限移譲するといっても、自ずと適正な範囲や限度があり、小川氏のいわれるような教職員人事や教育課程編成、学校予算編成などの権限の最終的な調整のポイントは、市町村教育委員会や都道府県教育委員会による総合的調整をどうしても必要とせざるを得ないと考える。結局のところこうした学校と教育委員会等との権限配分の問題については、それを抽象的に述べても意味はなく、その一つひとつについて各級機関の組織的特性を総合的に勘案しながら具体的に論じていくほかはないと思う。要は、学校と教育委員会とは学校経営機能あるいは教育行政機能をそれぞれの組織特性に応じて分担しているわけであって、「教育サービスを提供する側」としては一体のものと捉えるほかないのである。
 最後に、黒崎氏が紹介しておられるイーストハーレムにおける学校選択制度について、氏自身がまとめておられるように、それが、「教育の民衆統制と専門的指導性という教育行政研究の基本課題に対する一つの有力な解答」となりうるものであるという点について賛意を表しておきたい。私も、日本においても校区外通学の制限の解除をはじめとして「学校選択」の問題が本格的に論じられるべき時がきていると思う。小川氏のいわれる「学校―教職員の実践に対する地域・親のアカウンタビリティ(教育責任)の確立」ということも、これを契機に地域や父母の学校参加のための所要の制度改正へと発展していくだろう。
 その時、教育行政は、こうしたシステムのもとにおける教職員人事、教育財政、教育課程管理などの新たな行政課題についてそれを総合調整するという仕事を、「教育の思想とビジョン」=見識をもって主体的に処理する手腕を求められることになるのである。私は、そうした現場教職員に対する「見識ある指導性」を発揮する魅力ある教育行政を実現するためにも、それに従事する教育行政職員の育成ということについて、とりわけ学校事務職員を学校から教育委員会事務局を含めた幅広い職域の中でそのキャリヤ形成をはかることに大きな意義を認めるのである。
 なお、教育行政という言葉と学校経営という言葉の使い分けについててであるが、前者は公的な基準に基づく規制あるいは助成という公教育に関する狭義の行政作用に着目した言葉であり、後者は地域住民や父母に教育サービスを提供するという教育事業推進における経営管理機能に着目した言葉ということができる。私は、「教育委員会制もう一つの攻防」においてもこのことに言及したが、この教育行政と学校経営との機能的分離は概念的には可能であり、仮に、これを比喩として料理に例えれば、教育内容を素材として前者が「器」、後者が「調理法」の関係にあると理解することができると思う。
 だが、本稿においては、少なくとも、現行制度下において教育委員会の学校経営機能を論ずる限りにおいては、この両者の概念をことさら区別して論ずるよりは、むしろ同義的に扱った方が混乱が少ないように思われたので、この二つの言葉の厳密な使い分けには意を払わなかった。とはいうものの、もし、教育行政と学校経営との機能的分離を、あえて現行制度下において行うとすれば、私は、それは学校と市町村教育委員会の間でなく、市町村教育委員会と都道府県教育委員会の間で行うことの方が制度の趣旨にあっていると思う。
 だが、こうした「教育行政機関」としての都道府県教育委員会は、一方では県立学校に対しては経営機関としての立場にあり、他方、市町村教育委員会に対しては、「地教行法」第48条によって学校管理運営上必要な指導助言権が付与されているが、市町村教育委員会はあくまで当該市町村自治体に属する行政委員会であって指導の困難な場合もあり、かつ、その多くは、規模の問題などがあって経営体としての十分な機能を備えていないなど、つまり、こうした現行制度における組織的現状が、両者間の、教育行政機関と学校経営機関としての機能的分離を困難にしているところの一大要因と見ることができるのである。
 そこで、小川氏の、「学校経営をあくまで学校を単位として捉えよう」とする考え方についてであるが、私には、こうした考え方は、案外、東京など都市部の大規模教育委員会を念頭に置いて構想したものではないかと推測されるのである。というのは、これらの教育委員会の規模は、ほとんど、地方における県教育委員会の規模に匹敵するものであり、その組織機能は、必然的に前述したような狭義の教育行政機能にとどまらざるを得ないと思われるからである。従って、この場合には、地域の教育経営上のアカウンタビリティ要求に機動的に対応しうる、より小規模の学校経営機関を構想する必要があるのではないだろうか。
 いずれにしろ、私は、地域の教育経営における「教育行政」と「学校経営」の機能的分離は、以上のような現行制度の問題点が改善されてはじめてその意義が明らかになると考えており、おそらく、この時こそ「学校経営」を担うべき新しい組織のあり方について、地方行政による不効率な制度的制約を離れて自由にその「経営体としての組織のあり方」を構想できるのではないかと思う。市川昭午氏はこの経営体を関係地方団体が共同で設立した「公企業的組織」とすることを提唱しているが、私は、こうした発想を、現在の県費負担教職員制度をうまく活用することでその具体化の道をさぐることが可能なのではないかと考えているのである。
 
その他の疑問点に答える
 
 次に、小川氏の提出されたその他の疑問点についてお答えしておく。
教育事務職という試験区分で採用している県が1県しかないが、これは先進県、実験県のいずれと思うかという質問であるが、おそらく、これは富山県のことであろうが(昨年、鹿児島県も実施したと聞く)、一つの「実験県」として、十分調査した上で評価すべきことと考えている。評価が高ければ当然「先進県」と見なされうるであろうが、どういう訳かこうした調査が話題に上ったということを寡聞にして聞かない。私には、このことの方が不思議である。
 また、注1において小川氏は、旧教育委員会法の「事務局の職員」について規定する条項に「学校の事務職員」の任命に関する規程が含まれていることについて、それが教育委員会事務局職員の規定から消滅したのは1956年「地教行法」としているが、私の知る限りでは、これは「地教行法」ではなく、すでに昭和25年の「教育委員会法一部改正」において当該条項から削除されている。
 この理由についてだが、私は、それは、小川氏がいわれるような、学校事務職員の「学校固有職」としての規定の変更があったためではなく、逆に、「事務職員」に、とりたてて「学校の」という限定詞を冠することが不自然であったためではないかと思う。「事務職員」とは、あくまでも「事務職員」という一つの職種を表す概念に過ぎず、その意味では、事務局の事務職員も「学校の」事務職員も同一職種であり、従って、その間に交流があるかないかは、あくまで当局の人事施策上の問題に過ぎないのではないかと思うのである。
 ちなみに、こうした「事務職員」の考え方については、戦前(待遇官吏)も戦後(地方事務官→事務職員)も基本的には変わりはなく、つまり、私がここでいいたかったことは、今日の公立小・中学校の事務職員が閉鎖職的に扱われているという現実について、それが法制的に裏付けられているというような解釈がなされていることについて、旧教育委員会法の当該規定を紹介し、そうした考えに異を唱えたまでのことである。
 私自身、採用当時、県教育委員会に採用された事務職員でありながら、なぜ、市町村立学校の閉鎖職扱いを受けるのかが判らず、疑問に思っていた折り、当該条文見つけて、なるほど、我々学校事務職員は、教育委員会法制定当時は教育委員会事務局の事務職員と同様の取り扱いをうけていたのかと疑問氷解し納得したのである。
 
 なお、本稿は小川氏の疑問に答える形で「私論」の補説を行うために書いたもので、時期的には3月半ばに脱稿したものであるが、本誌の掲載が7月号からになったため、あわせて、その後の「制度研」による「私論」に対する批判(『育委員会事務局一体化論』を斬る『学校事務』1996.6)について、必要と思われる反論を付け加えさせていただく。柳原氏や竹山氏の批判については、白井氏がまとめられたものであり、本人による直接の文章ではないので反論を控えさせていただく。ただし、まとめを見る限りにおいても、いささか一方的なきめつけと独断が多いような気がするが・・・。 
 また、境野健児(福島大学)氏の発言(これも伝聞に属するが)のうち、私が埼玉のシンポで「国庫負担をはずす」といったというのは事実に反する。私は、国の逼迫した財政状況や、地方への権限移譲がとりざたされる昨今の状況の中で、学校事務職員の国庫負担はずしの可能性が高いことを指摘し、それに対処すためにも学校事務を地方教育行政の中にしっかり位置づけておくことが必要であると主張したのである。国庫負担問題についての私の意見については、拙論「国庫負担問題は定数問題である」(『国庫負担問題の10年』1993.9学事出版所収)を参照されたい。
 なお、白井吉宗氏自身の意見については、理論的には、ほぼ小川氏の主張にそったものであるので、特に付け加えて論じることはしないが、私論への批判の根拠として用いられた資料等に明らかな間違いあるいは曲解があるので、訂正させていただく。
1 竹山トシエ氏の「一体化論」への疑問としてまとめられた7項目のうち、そ の5番目に「東京、大阪、高校現場など、任用一本化政策が進んでいる所の現 実をどう認識しているのかが見えない(例えば、宮崎の人事交流の実態をめぐ って『学校には6給職を固定化し、7、8級の高校事務長職を知事部局に明け 渡した』との評価もある」と紹介し、根拠資料として宮教組事務職員部情報誌 『曳航』(95.6.26)をあげているが、それに関連する記事は当該資料にはどこ にも見あたらない。また、この引用文は過去形で書いているがその事実もない。
 これは一種のプロパガンダであり、もし私が反論しなければそれが事実として 定着するおそれがあるのである。論者としてモラルに反すると思うがいかがか。 
  ただし、類似の考え方が、本県知事部局にあるらしいことは判っており、ま た、学校事務を行政職に一本化する考えが、本県の行政改革の一環として検討 されていることが、副知事談話のような形で新聞発表(宮崎日々新聞1995.6.1 0)されたこともあり、私としては、こうした知事部局の考え方に転換を迫る上 からも、教育委員会の任命権者としての意義と、学校と教育委員会との一体性 の確保並びに両者間の人事交流の必要性について自説を展開しているのである。
 おそらく、このような知事部局の学校事務に対する”さめた”見方は、一般的 に通用しているもののように思われ、こうした状況を放置したままで「国庫負 担後」を迎えることはなんとしても避けたいというのが、私が、非力を省みず 本稿を起こした主たる動機であったのである。
 
2 同論NOTES(注記)2で、私が『学校事務』(96年6月号)において、 柳瀬氏の「学校から事務職員を全部吸い上げて教委を活性化した方がよい」と いう論に対し支持を表明していると批判しているが、私は、柳瀬氏の「学校経 営センター構想」が、教育委員会の学校経営機関としての専門的能力の如何を 問うものであり、必然的に「現行教育委員会制度の改革にもつながりかねない もの」(『学校事務』19 95.6P82右欄21行)であることを指摘したまでである。 (この時、私は、この構想を、先に論じたような大規模教育委員会の分割(学 校経営機関としての組織主体の再設置)の問題として受けとめた。)
  確かに、私がこの時引用した柳瀬氏の文章には、「学校経営センター」に関 わって「学校現場に事務職員が常駐しなければならないとは思えない」という 文章も含まれているが、当然、そういう考え方もあるわけで、ただし、私自身 の考えとして直接それに支持を表明してはいない。
  私は、本論の冒頭にも述べたとおり、学校に(その効果的な管理運営上必要 な)できるだけ多くの権限が教育委員会より委譲されることには賛成である。 従って、学校管理運営の基幹的スタッフであるべき事務職員の学校における存 在意義は重要かつ不可欠であろうと思っている。だが、学校と教育委員会とは 経営組織体としては一体のものであるべきと考えるから、事務職員が学校に勤 務することと教育委員会に勤務することには、白井氏がいうような”本質的差 違”があるとは思っていない。(おわり)